【完結】罪状記録   作:初弦

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昨日の敵は今日の友?

「専門家だよ、専門家。ちょうどよくタイムトラベルでノーベル賞取ったどこぞのどいつかがいるだろ?」

「稀咲に知らせんのはちょうどよくは全くねえけど!?」

 

 花垣が灰谷相手にタメ語で突っ込むレベルでちょうどよくはまったくない。

 十二年前の出来事は花垣にとってはつい先日なので、尚更ちょうどよくはない。

 

「稀咲がどうしてんのかは知ってんなら純丘の方も知っとけよ」

「ヴ」

「つっても言い分には賛成だ、あいつに言えば悪用されるのがオチだろ」

「感知してねえところで知られる方がまずいだろ?」

 

 苦々しげな望月の提言に、蘭は心外そうに反論した。

 

「手元に置いとけば動向は把握できる。それにフクブが稀咲を殺したがってるんだったらあいつは当事者だ。それこそ命懸けで協力してくれんじゃね?」

 

 ……意外と真っ当な意見だ、というのが全員の感想だった。

 

「だとして、誰があいつを呼び出せんだよ。どいつか後生大事に連絡先でも持ってんのか? LINEのアカウントとか?」

 

 これはイザナの失笑気味の呆れ声。

 絶対持ってねえだろと言わんばかりで、実際誰も持っていない。

 

「それとも所属大学にでも電話かけるか? ノーベル賞取った学者殿にアポ無し連絡なんざ、俺ら反社はハナからナシ。テメエらの誰も大層なお勉強なんぞしてねえんだから、せいぜいが面白半分のイタ電扱い、本人に取り次がれる前にあの野郎の取り巻きに断られんのがオチだろ」

「それ、俺行けるかも」

「ハ?」

 

 しかしここで控えめに挙げられた手に、イザナの口から素の驚きが漏れた。

 

「ヤ稀咲直通の連絡先は俺も知らねンだけど」

 

 一虎は挙手をしたまま、なんとなく弁解した。

 

「半間と稀咲がまだつるんでたらワンチャンある……俺、なんか未だに半間とメル友で」

 

 一虎はケータイを取り出した。

 docomoのメールボックスに延々と積み重なる半間からの一方的な連絡、ごくまれに、一虎が当たり障りのない返信を行った記録も残っている。

 

「……なんでだよ」

「ほんとにな」

「俺らも言った」

 

 言葉を熟考した結果シンプルになったツッコミに、場地も千冬も頷いた。花垣も頷いた。

 

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From:羽宮一虎

To:半間修二

Title:至急

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稀咲の知恵借りたいんだけど

半間くんあいつ呼び出せる?

純丘くんの件で

 -End-

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 返信は五分で来た。

 

━━━━━━━━━━━━━

From:半間修二

To:羽宮一虎

Title:Re:至急

━━━━━━━━━━━━━

どこ集合か教えろってよ

俺も行く〜野次馬1人追加な

 -End-

━━━━━━━━━━━━━

 

「……あいつら、仲良しか?」

「知らん……」

 

 御本人本体は呼び出しから三十分も経たずに来た。そんなに暇な立場でもないはずだが。

 

 粗方の説明を聞いた鉄太、開口一番の言葉がこちら。

 

「頭おかしいのか?」

「そりゃオマエの研究内容と比べて? それともオマエの兄貴の言動と比べて?」

 

 たっぷりと揶揄を含んだ言葉。蘭は食えない笑みを浮かべて、眼差しは鉄太を品定めするようだ。

 鉄太は頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。やたらと彼の兄に似た仕草だった。

 

「大変そうだなァ稀咲」

「オマエはオマエでなんでついてきた……?」

「俺に連絡寄越したのはオマエらの方だろ〜?」

 

 半間はへらへらと笑った。

 

 事実なので(そして実際、取り次いでくれたので)誰も追い出せない。無害ならいいか……いいのか?

 

「マァいい……あの頃散々っぱら手こずらされた理屈がただのカンニングとわかっただけでも俺には収穫だ。俺が下手打ったわけじゃなかったな」

「反省してねえのかテメエはよ」

「もっと上手くやれたとは思ってるな」

 

 場の全員の反感を煽るだけ煽って「……真面目にやるか」鉄太は嘆息した。

 

「とりあえず、前提条件を共有する。まず、俺が証明したタイムトラベル論は、花垣、テメエのそれには微塵もそぐわない。まるきり別物だ。ふざけてんのか。なんだそのチート。質量保存の法則からして反してんだよ」

「罵倒されても知らねえけど」

「とにかくこの理論は通用しねえ」

「つまり役立たずってこと?」

 

 呑気に述べた竜胆は一睨みされた。

 呼び出しておいてこの言い草。さすが灰谷。なにもさすがではないが。

 

「それはそれとして、だ」

 

 仕切り直す。

 稀咲ではなくなった鉄太、今この場では彼しか持ち得ない情報がひとつだけあった。

 

「花垣、オマエのタイムリープはおそらく佐野真一郎から直接受け継いだものだ。タイムリープ能力が突然分裂でもしてなけりゃ、このトンチキ能力は現状この世にただひとつしか観測されてない」

「……なんでそれが断言できる?」

「花垣は佐野真一郎に会ったことがある」

 

 さらりと明かされた新情報——花垣に視線が集まった。

 花垣は勢いよく首を振った。心当たりがまるでない。

 

「と言っても、本人はまるで覚えてねえようだが」

 

 鉄太はそのように付け加えた。

 予想していたとばかりに、鉄面皮には動揺も落胆もない。

 

「俺らが小六の頃だ。二〇〇三年の七月末……」

「タケミッチが真一郎くんに会ってたとして、なんでそれをオマエが知ってる?」

 

 都合が良すぎていかにも疑わしい。

 龍宮寺の疑念に「俺もたまたま現場に居合わせたからだよ」と、鉄太は答えた。

 

「たまたま……?」

「俺も信用されるようなことをしてきた覚えはねえ、疑いたいってんならどうぞご勝手に。事実だがな。マイキーの兄貴だったってのも、黒龍(ブラックドラゴン)について調べてるときにあとから知った。それでも証明がほしいンなら橘にでも聞けよ」

「おい、なんでヒナがそこで出てくる」

 

 突然出てきた婚約者の名前に、思わず威嚇する花垣。

 

「俺と橘が同じ塾に通ってたことは聞いてたよな? 塾の帰り道で見かけたんだ。橘も居合わせてた。あいつは……よく覚えてるはずだ」

 

 鉄太は、この言葉は何故か、少し苦々しげな雰囲気をまとっていた。彼らは理由を知らない。

 

「俺も細部までは曖昧だが——佐野真一郎はあのとき、花垣、オマエに何かを渡したようなことを言っていた。そのわりにどっちもなんも持ってねえから、当時の俺は妙に思ったのを覚えてる」

 

 あの日の公園を覚えている。思い出すのに目を閉じる必要なんてない。網膜と可視光線を頼る必要などない。経年により色彩はぼやけて、それでも、鮮明に展開される。

 

 花垣武道を知った日。

 橘日向が心奪われた日。

 

 端で見ていた稀咲鉄太は、おそらく、状況をもっともよく理解していた。

 眼差しの向く先がどうなったのかなんて、誰に言われなくても自分が一番理解していたのだ。一方的にもずっと見ていたから。

 

 あのとき、もしも、自らこそが立ち向かえていたら?

 稀咲鉄太は彼女のヒーローになれたのか?

 

「——タイムリープの能力をあのときに受け渡してたら、説明がつく」

 

 ……回顧を無理やり断ち切った。

 仮定は、実現しなければ無価値でしかない。

 

「明司の言い分だと〝能力を譲った〟とかいう話だったんだろ。つまり、その相手が花垣だ。どうしても羽宮だの場地だのに能力が渡っているか確認したいんだったら、俺は止めねえが」

「……殺人を煽るつもりなら見過ごせませんが」

 

 直人の声が明確に強張った。

 幾度ものタイムリープの中、何度も、何度も、殺されかけ、誰かは殺され、彼らは対峙し続けた。直人は未だ、鮮明に覚えている。鉄太にはない記憶。

 

 鉄太はしばし、直人を眺めた。橘日向の弟を眺めた。

 彼にとっての橘は日向であり、ゆえに彼女の弟を〝橘弟〟として認識している。

 

「……特にそんなつもりはない」

 

 話を切り上げる。

 

「十二年前なら諸手を上げて歓迎したかもしれねえが、そこの二人が死んだところで今更俺に得もない」

 

 切り上げるついでにしたって余計な一言や二言が多すぎる。

 

 コイツ一発殴りてえなの顔をした花垣をちらりと見て、鉄太は鼻を鳴らした。溜飲は多少下がった。

 

「やるにしたって、他の論点を討論してからにしろ」

「なにか他に思いつくのか?」

「〝黒い衝動〟」

 

 三途がマスクの下で顔をしかめた。

 

 タイムリープの説明の際には努めて簡略にしたが、なにせこの事例は条件が整理されておらず、整理するにしてもサンプルが決定的に足りない。

 手がかりがあればと万次郎が求めるので、三途も素直に、詳らかに話した。

 既に存在しない未来の光景。植物状態の万次郎。家出をしたエマ。亡くなった万作。執り行われた葬式。氾濫する川へと落ちていくひと。上書きされた古傷。

 

 真一郎が目撃したという、謎の黒い影。

 

「俺が東卍(トーマン)に入る際の、マイキーの話は覚えている。心の中にある黒い〝何か〟とやら。当時の俺は、ある種の精神的要因かと思っていたが……最初の世界とやらの出来事を踏まえると、話が変わってくる」

 

 因果の根源、佐野真一郎が殺害した自称タイムリーパー。

 あるいは浮浪者の老人。

 

 死の間際に遺した言葉は——

 

「呪いなんて、本当にあると思ってんの?」

「さァな。俺はタイムトラベルは理論上可能だと証明したが、呪いがないと証明したことはねえ」

 

 ソウヤの疑念に満ちた問いかけに、鉄太は素気なく答えた。

 

「ならあんのか!?」

「あるかもないかも証明したことはねえ。とりあえず、呪いかどうかは知らねえが〝黒い衝動〟とやらは確実にある、と見る」

 

 林田に妙な取られ方をしたので即座に訂正した。

 

「状況を整理する。黒い衝動が初めに観測された件、つまり、佐野真一郎が二〇〇三年と二〇〇〇年を行き来した件だが、これはタイミングといい内容といい明らかにタイムリープを契機に発動している。ほか、何度か衝動は起きかけたようだが、二度目にタガが外れたのはハロウィンのときだな?」

「……そうだな」

 

 鉄太はあれだけのことを冒しておきながら、まるで昔のように平然と話を振ってくる。

 噛みついたところで今は無意味だ、万次郎も素直に頷いた。

 

 血のハロウィンになり得なかった惨劇。一命をとりとめた人々。

 

「他は?」

「……12・1と、関東事変がちょっとヤバかったかもな?」

 

 本来の道筋——聖夜決戦と、二〇〇六年の二月二十二日に起きるはずだった事件では、それぞれ、万次郎はたしかに暴走しかけていた。

 聖夜決戦では柴大寿が早々に打ち倒された。関東事変では、一時は灰のようになり、そして因縁は未来に引き継がれた。

 

「改変前の未来ではどうだった」

 

 話を差し向けられる。

 

 花垣が考え込み、直人は眉をひそめた。

 何度もタイムリープを繰り返し、上書きに上書きを重ね、複雑に入り混じった記憶をなんとか掘り起こす。

 

「……まず、未来のマイキーくんには俺らほっとんど会えてねえんだよな」

「えーまじ? 俺らの仲だってのにな」

「軽い軽い」

「……僕たちが〝東京卍會トップの佐野万次郎〟の動向に迫れたのは、前回のタイムリープぐらいで、その件も彼本人には会えませんでした。ただ、元東京卍會のメンバーを殺し回っていたことを考えると……」

「前回のタイムリープってのは、関東事変改変前だな?」

「はい」

「前々回は? 十一代目黒龍(ブラックドラゴン)が発足してただとか言ってたが」

「あなたが粛清と称して半数殺害していましたが?」

 

 直人の口調も刺々しくなるというもの。

 

「その俺はずいぶん過激なことだな」

 

 し、白々しい……。

 

 稀咲ではなくなった鉄太からすれば、潰えた未来でしかない。

 にしても白々しいが。というか実現こそしなかったにしたって、しっかり計画立案はしていたはずだが。正直未遂罪の範疇だろと直人はとっても言いたい。

 

「つまり……8・3抗争、ハロウィン、12・1宣言。この三件は、花垣のタイムリープの結果、明確に何人か生き延びた結果、筋書き外の殺しや死人が発生している」

 

 じとじとと刺さる視線をまるで無視しつつ、鉄太はそのように取りまとめた。

 

「ハロウィンはテメエの仕業も百歩譲るにしたって、8・3抗争はどれだよ」

「生き延びたドラケンが復讐で殺してたとか言ってたのは、俺の聞き間違いか?」

 

 名指しされた龍宮寺が心底嫌そうな顔をした。

 今では子供が生まれる寸前の夫婦、しかし何度もやり直す前は自分か妻のどちらかかどちらもが確実に死んでいたらしい、と言われればさすがにそんな顔にもなる。

 

「俺は生き返ったし、直人も助けたけど……」

「最初の代償がなんだったかは知らねえが、少なくともオマエの話じゃ千堂が死んでる」

 

 その回のタイムリープでは、千堂を死に追いやった元凶も、稀咲鉄太だった。

 目の前で墜落した旧友の姿を思い出し、花垣は思わず、身震いした。

 

「……しかし、あながち呪いも的はずれじゃねえのかもな。悉く死人が出てる」

 

 鉄太はつぶやいた。

 

 ほとんどの元凶は稀咲鉄太だったが、とはいえ——彼の東京卍會巨悪化計画も、おそらく、佐野真一郎がタイムリープしなければ実現し得なかった。

 なにせ万次郎は、最初の世界では死んでいる。

 

「……シンイチローのタイムリープは死人は出てねえよ」

「いや、佐野真一郎本人が死んでる。三途の傷もある種の代償か?」

「ア゛?」

 

 三途は反射で凄んだ。

 

「威嚇すんな」

 

 武藤が宥めようとしたが「もう隊長でもねえのに兄ヅラすんな」爆速で突っぱねられた。武藤はちょっぴり傷ついた。三途も自分で言ってて傷ついた。

 誰も幸せにならないやり取りだ。

 

「まァただ、俺が言いたいのはそのあたりだ。誰も死んでねえ、どころか〝黒い衝動〟とやらもろくに発動してねえタイムリープが一度だけある」

 

 鉄太は(傍らの諍いをフル無視して)淡々と言葉を続けた。

 

「それ……つまり、今か?」

 

 今まで口を閉ざして、鉄太の見解を聞いていた三ツ谷、ここでようやく口を開いた。

 言いながらも、てのひらを開く。指を畳んでいく。

 

「8・3抗争はドラケンが助かった」

 

 親指。

 

「ハロウィンは場地も一虎も死ななかった。〝衝動〟ってのは出たけど、俺らで無理くりねじ伏せた」

 

 人差し指。

 

「12・1宣言は小火の怪我人はいたが死人は出てねえ。関東事変では、エマちゃんもマイキーの爺ちゃんも生き延びた」

 

 中指、薬指。

 

「俺らは今、まァちょいちょいやらかしとかあったりなかったりしても、なんとなく元気に生きてる。結婚する奴らがいりゃ、子供ができるやつもいる」

 

 小指。固めた拳を軽く掲げてみせる。

 

「そうだ」

 

 鉄太はまず肯定した。

 

「それで——ずいぶんと甘ったるい平穏に辿り着いて、だ。今回だけ代償はナシか?」

 

 偶然の一致だろう。ただの符合でしかない。

 と、言うには、元から妙な現象だ。

 

 単に平和な未来だから、暴走族や暴力団とは(天竺は、天竺である)そう縁もないから、と容易く断言するには、三途春千夜と、佐野真一郎の前例がある。

 平和な過去でなにも知らない子供だった少年は、口元を幼馴染に切り裂かれた。平和な未来でバイク屋を経営していた男は、強盗致傷により命を失った。

 

「マイキー、〝黒い衝動〟が最後に表に出そうになったのは、いつだ?」

 

 万次郎は考えを巡らせた。

 

「……関東事変の、とき……」

「つまり、十二年は前だな?」

「……そうだな」

「他、ここ数年でバタバタ人死が出た例は?」

「ねえよ」

「あに……大寿の知り合いも、せいぜい爺さん婆さんの葬式ぐらいで、若いやつの不幸はなかった。はず」

「あったらやべえだろ。こんなとこで話してる場合でもなく噂になってるぜ」

 

 ナホヤの渋い顔。

 

「俺は東京に帰ってきたのは最近なんでな」

 

 鉄太は肩をすくめた。それから天竺に視線を向けた。

 

「オマエらは?」

「……まァ稼業が稼業だ。多少はあるけどよ」

 

 望月がぐるりと首を回して、それから視線をすべらせた。眼差しの先に鶴蝶を据える。

 

「うちの№2は人死が嫌いなんでね」

「ほとんどのやつは、好きじゃあねえだろ」

 

 鶴蝶は苦々しげにつぶやいた。

 

 イザナが空っぽにならず、その空っぽごと闇社会に染まらなかった未来では、鶴蝶の些細な我儘は比較的通る。王様はなんだかんだで下僕に甘いので。

 

「死んだとしてもそう突拍子もないシチュエーションじゃあねえ。あったとして、せいぜいシャブ中が残当に野垂れ死んだとかな、日頃の行いだ」

「そうかよ。……平和だな。なんとも」

 

 鉄太は事実をただ繰り返した。

 

「どれそれが成功して、どれそれはもうすぐ結婚で、どれそれは子供まで生まれる。ヒーローが戦って、順当に、勝ち取った未来らしい」

 

 鉄太はふたたび花垣に視線を戻した。

 

「で、この未来の代償は、なんだ?」

 

 今までの数多の死である。

 今までの数多の不幸である。

 今までの数多の傷と血と汗と涙である。

 

 と、答えるには——たしかにこの未来は異色すぎた。

 

 一部の歯車は噛み合わないままでも、ほとんど、誤差だ。あまりに平和で、あまりに上手くいき過ぎた。

 

 彼らは知る由もないことだが——消え失せた未来、あるべき道筋では、むしろこれ以上に万事が幸せで円満な、大団円まで辿り着くはずだった。

 取りこぼした命をすべて集め、各々の満足な形を実現した、幸せな世界。

 

 そのとき行われたタイムリープは、一九九九年へと遡るものだった。

 

 真一郎のタイムリープは二〇〇〇年と二〇〇三年を行き来するものであり、すなわち、一九九九年の時点では彼はタイムリープのことなど影も形も知らなかった。

 タイムリーパーを殺害してまで救い上げた過去は、そっくりそのまま、上書きされ、書き換えられた。物語の起点は終点に置換された。

 〝黒い衝動〟と呼ばれる現象は、前任者から与えられた〝呪い〟ごと、消え失せてなくなった。

 

 彼らはもはや辿り着けない。

 

 寺野南は三天戦争には参加しなかった。

 明司武臣は日本国外へ連れ去られた。

 黒川イザナは死ななかった。

 聖夜決戦は起こらなかった。

 ハロウィンの抗争は血の二つ名を冠さなかった。

 

 歯車は噛み合わず、物語は致命的に欠損し、ハッピーエンドには至らない——

 

「この未来に代償はないのか? ないとして、何故だ?」

 

 ——()()()()()

 

 しかし彼らは今ここに生きている。

 

「……それは、稀咲、オマエの推測でしかねえよな?」

「ああそうだ」

 

 千冬の問いかけに、鉄太は頷いた。

 もちろん推測でしかない。黒い影は単なる見間違い、死人の一致はただの偶然、今回幸せになったのは乱数の女神様の気まぐれ。そう解釈することも可能だろう。……可能だろう、が。

 

「推測だが、基本的に、たいていの現象には要因がある。法則が解明されていない出来事は、あくまでも解明されていない段階だからこそで、それを解明するだけの技術がまだ養成されていないからだ。少なくとも俺はそう考える。それで——兄貴もおそらくそう考える」

 

 今回考えるべきは、タイムリープの要因追及それそのものではない。

 

「あの人の思考はもとより現実的でシビアだ。奇跡には頼らない。できるだけ悲観的な推測を元に、最悪を潰していく形で行動する」

 

 この会合は本来、タイムリープの能力を奪取した純丘榎への対策を立てるものだ。

 ようやく話は戻ってきた。

 

「必死こいた花垣の形相をリアルタイムで見ていたんだ。タイムリープを併せれば、未来でそれなりに死人が出たことはあの人も察してるだろう」

「……あ俺タイムリープの話と一緒にそのへんけっこー言ったわ」

「これだからバカは」

「テメ!?」

「どうも察してるどころじゃねえらしいな」

 

 駄賃のように花垣を罵って(ノルマか?)鉄太はサラリと話を戻す。

 

「そして明司武臣の話にどこまで含まれていたかは、本人から聞き取れねえにしても——マイキーの〝黒い衝動〟は薄々勘づいてたんじゃねえか」

「あー……それは俺が聞いたことあんな。昔」

 

 場地が己が記憶を参照して、つぶやいた。

 

「……オマエらにはプライバシーとかねえのか? いや、だったら尚更だ」

 

 信頼由来にしたって雑すぎる情報漏洩に、鉄太は一瞬半眼になった。すぐに気を取り直した。

 

「どっちにしろ、タイムリープ中の花垣に勘づいていたようなら、その期間も、なにを変えようとしたのかも、兄貴のことだから推察できただろうよ。それにあの人は、ハロウィンのときに現場にいた。だから……タイムリープで変えた結果〝黒い衝動〟が発露したマイキーを見ている」

 

 ここで彼は一呼吸置いた。

 

「タイムリープの発動や改変には、当人や、周辺の人間の生死を危ぶむレベルのリスクがある。ハイリスクな代物だ。この前提条件を共有した上で、現状における、俺の疑問を提示する。兄貴は何故——俺を殺すにしたって——そんな不確かで危険な手段に手を出すことを選んだのか」

「……事が起きる前に、じゃねえの? 本人が言ってたんだろ」

 

 林の提言に「それだけ短絡的なら、まだ読みやすいがな」鉄太はぼやいた。

 鉄太の発言に毎度毎度物言いに毒が入るのは、別に対花垣限定でもないようだ。

 

「ノーベル賞取るレベルの人間一人、改変前は日本社会の巨悪のトップだったか、我ながらご大層なもんだが……そんな人間を、今ならさておき過去に遡ってまで消し飛ばしたとしてだ。十数年分の余波がなにをもたらすのか予測がつかねえ」

 

 人間は動物の中でも複雑な社会性を有している。人々は無意識のうちに互いに影響を及ぼし合い、社会は構築されている。各々の影響力は決して平等ではない。

 社会的に巨大な立ち位置を築く人間は、当然、大きな影響を及ぼしてきたはずだ。

 

 数多の人々、数多の事柄、歯車は複雑に噛み合わさる。

 それらの帳尻合わせに、果たしてなにが起こるだろう。

 

「そのリスクにも考えが及ばねえ馬鹿だってのか? 兄貴が?」

 

 兄貴兄貴と彼は呼ぶが、これは単に舌に馴染んだ呼び名でしかない。

 彼らの家族としての縁はとうに終わっている。失望され見限られた瞬間、なけなしの弟に対する情が兄から消えたことを悟った。

 

 鉄太にとっての兄は、ついぞ勝てなかった男。勝ち逃げをした男。

 そのはずだった男。

 

「そもそもあの人は……タイムリープに手を出す理由について、断言したのか?」

 

 鉄太は、このときはイザナと、鶴蝶を順に見た。

 天竺主従二人——純丘の殺意の吐露を見ていた二人は、顔を見合わせた。

 

 純丘が実弟への殺意を口にしたのは、今の稼業から足を洗うつもりはないのか、と問われたときだった。タイムリープの文脈ではない。

 なまじ彼らはタイムリープについての情報収集の最中だったこと、現状は実行不可能と述べたからこそ、鶴蝶は、タイムリープの悪用を疑ったが。それとて断言されたわけではない。

 

 純丘榎は、タイムリープに興味を示す理由、それを手に入れてなにを行うのか、根本の動機について頑なに言及を避けていた。

 実弟を殺すつもりではないか、という推察とて、所詮は推察だ。

 

「そして、今回は奇妙なぐらいに誰も死んでいない。これらがすべて、偶然ではないと仮定する」

 

 偶然ではないとして。

 

 ……花垣も直人も〝黒い衝動〟の対策は行なっていない。彼らの目的は橘日向の生存だったからだ。激変する未来で情報を集め、来たる過去を阻止することで精一杯だったからだ。

 そもそも〝黒い衝動〟自体、万次郎の生来の性格や性質等ではなく、超常現象の一種だとは知らなかった。

 

 真一郎は対策を考える以前に死んでいる。〝黒い衝動〟を作り出してしまった、最初に目撃した人間だったが、彼はゆえにこそまず真っ先にその毒牙にかかって命を落とした。

 

 今まで現れたタイムリーパーたちは、いずれも、対策をしていない。

 

 あるいは、たとえば……破棄された世界、途絶えた分岐の果ての〝最高の未来〟では、二〇〇八年には三天戦争が勃発した。関東卍會が勝利し、梵天が君臨した。

 かの世界では、万次郎の内側に巣食った〝黒い衝動〟がついに発露した。元東京卍會のメンバーの安全と幸せを保証する代償に、いくつもの不幸を産んでいた。

 

 なにより、佐野万次郎は幸せではなかった。

 

 この世界、この現在では、佐野万次郎はオートレーサーとなった。それなりに幸せである。

 彼が暗躍し、人為的に〝最高の未来〟を作り上げたわけではない。

 

 ……佐野万次郎は、だ。

 

「つまり……この()は、とっくに手入れされた未来なんじゃねえか?」

 

 諸々の情報を照らし合わせ、推測と推論を重ね、鉄太は結論を口にした。

 

「佐野真一郎でも、花垣でもない、第三者の手で」

 

 鉄太を召喚するだけして、事の推移を眺めていた蘭。

 口元には笑みもなく、顎に手を当て、彼らを観察している。

 

 そこに弟が音もなく寄って行った。

 蘭は一瞥だけで竜胆の表情を見た。こちらもまた、笑みはなく、視線は鉄太を捉えていた。

 

「……どーすんの兄ちゃん。なんか爆速で話進んじまってるケド」

「んー……」

 

 ひそりと小声で囁かれ、蘭はかすかに唸る。自らの顎を指先を二度撫でる。

 

「とりあえず、どこまで時間稼げるか、だよなァ?」

「時間稼ぐって、口挟むタイミングもねえけど……?」

「できるできねえじゃなくてやるやらねえなんだよ」

「無茶こくなよ」

「フクブに言えよ」

「そりゃそうなんだけど」

 

 ほとんど聞こえないよう、気取られぬよう、顔すら向けずにぽそぽそと小声で。

 ただ声色は双方辟易としている。

 

「過保護か無茶振りかの二択って、ほんっとあいつ極端だよ」

「それなー。てか稀咲ってマジで頭キレんのな、ヤ、わかっちゃいたけどさ」

「なー、ここまで読んでくるのは俺も想定外だわ。ったく、兄弟揃って怖ェ怖ェ」

 

 

  昨日の敵は今日の友?

 

 

 ——銃声が轟いた。

 

「うお」

「おいなにしてんだ! せめて撃つなら言えよ!」

「……悪い」

 

 純丘の謝罪は、謝罪のくせして上の空であると丸わかりの声色だった。

 

「……どうした?」

 

 明司が訝しんだ。

 純丘は一頻り首をひねったのち、拳銃の弾倉を開けた。

 

 掌に弾丸が落ちる。

 いずれも空砲だ。

 

「本当になにしてんだ……?」

「……ちなみに俺が空砲に差し替えたところって、誰か見てたか?」

「見てたかもなにも、ブラジル発つ前にわざわざ入れ替えてたろ」

 

 と、明司。なに言ってんだコイツは、そんな目で純丘を見つめている。

 

「日本だとなにかと面倒くせえと」

「あー。その時点からか」

 

 無造作に放り出された拳銃がテーブルをすべっていく。実弾が入っていないにしても、危ないことこの上ない。

 

「となると、今は何回目だかな……」

 

 独り言ちながら、純丘はコートの衿を整えた。

 

「……何回目?」

「君が見たという〝実弾を抜いた俺〟とやら、あいにく俺には全く記憶にない」

「……記憶喪失か?」

「どうもそうでもないな。俺は一度以上のタイムリープをしているらしい、今のところ自覚はないとしても。とりあえずここで死んだことが起点で間違いないだろう」

 

 純丘の口調は至っていつも通りのものだった。

 口調に釣られてそうか……と流しかけた明司、「今とんでもないこと言ったよな?」純丘を二度見した。

 

「繰り返していなければこれにて過去へ、一度以上繰り返しているなら、なにか対策を立てているだろうとは踏んでいたが。行き当たりばったりを仕込むなよ、ったく、弾倉を確認していたらどうす……ああ、だから空砲か」

 

 己に対する愚痴を吐きながら、一通り服装を整えた純丘は、テーブルに放り投げたばかりの拳銃を回収した。

 元通りに空砲を入れ直し始める。

 

「となると、ブラジルを発つ前、日時指定で車と閃光弾つきで病院へ向かってくれると助かるとか言ったことまで〝記憶にない〟か?」

 

 ここで寺野が口を挟んだ。

 

 純丘は眼差しを空へと向けた。思い出すような視線の動きをしばし、それから寺野を見つめ直して、にっこりと微笑んだ。

 

「一切ないな!」

「やっぱりか」

「君の登場、やけにタイミングが良いとは思ったんだ」

「俺としても様子が妙だとは思っていた。未来の純丘か……一回決闘でも頼んでおくべきだったな」

「いつの俺だろうと死ぬが……?」

「お……オマエら……」

 

 非現実的な現象まで完璧に逆算する同僚。非現実と非常識にふつうに適応する同僚。さまざまな同僚。

 明司はいよいよ目眩がしてきた。まともなやつ俺しかいねえのか?

 

「ともあれ、これで最後の確証を得た」

 

 軽やかに述べた純丘は、拳銃を懐に仕舞い、立ち上がる。

 

「そろそろ痺れも切らしただろ? 俺の計画を話そうか」




花垣は佐野真一郎と〜
:31巻273話

千堂が死んでる
:2巻8話

幸せな世界
:個人的にウルトラハッピーエンドと呼んでる
 語感が好きなので

俺が聞いたことあんな
:不毛にはなりえる「閉幕」にて一瞬言及

空砲
:一応中身は入っている状態なので弾倉が空の場合よりも重くなる
 銃声もする
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