【完結】罪状記録   作:初弦

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半間修二タイムリーパー説が原作で実現したらなくなる展開なので、どうにかしてこじつけなきゃな……と思いながら酉の市回を書いていたひとです。
実際のところこじつける必要がなくなったので晴れて伏線回収となりました。八十万字越しに。


ふりだしにはもどらない

「あのヤベーTシャツ着たヤベー奴とまがりなりにもまともななりしたまともなやつが同じ人間とか逆に誰が思うんだよ」

「それはマジでそう、貧乏時代のフクブってマジで制服以外のファッション死んでたからな」

「……逆になんで今ンなって気づけたワケ?」

「勘ぐってるとこ悪ィけど、インド来たのはマジでぐーぜん、ロックダウンの写真撮りたかっただけだし」

「へー」

 

 遠くから音が聞こえる。会話のようにも聞こえる。

 内容を咀嚼できるほど、思考は思考の体をなしていない。

 

「ただ話変わらねえんだけど、あいつって観光ンときは毎回現地のしょうもねえクソダサTシャツ買うタイプ?」

「アすべて理解しちゃったナこれ」

「買うかどうかでいうとわりと嬉々として買う。隣歩くやつの身にもなれよと思う」

「ばはっ、カリスマのお墨付き酷評かよ」

 

 目が、覚めた。

 

 数拍天井を見つめたのち、不意に身を起こした純丘に「起きたワ」「え? 話聞いてた? やべーヤキ入れられる」「なんか起き方キョンシーっぽかったな、予備動作ねえとこ」男たちが口々に好き勝手なことを言った。

 

 長髪ではない蘭、眼鏡をかけていない竜胆、そしてもうひとり、ひょろ長く、長い黒髪にメッシュを入れた男——

 

「……何故半間くんが?」

 

 純丘の言葉に、半間が適当に手を振り、灰谷兄弟が顔を見合わせた。

 

「……これフクブ寝ぼけてね?」

「ン〜一回叩き起こしてみっか……フクブ〜? オマエまでとうとうタイムリープ能力持ちになったってマジぃ?」

 

 たった二日の二〇〇三年。

 その直前にあった、二〇二〇年七月最後の日の出来事。

 

 起きたばかりの頭が、遅れてすべてを思い出す。

 

「ッタケミッチくんは無事か!?」

 

 

  ふりだしにはもどらない

 

 

「アやっぱ状況把握できてなかった感じか。だよな〜オマエまず人命聞くよな」

「無事っちゃ無事だけど無事でもねえカモ。せいぜいがホームに投げ飛ばされて胴体打ち身ぐらいのはずなのに昏睡状態、つかフクブおまえもな?」

 

 竜胆に指差された純丘が目をしばたたかせる。

 そういえば、腕を動かした拍子に違和感があった——視線を移せば、手首には点滴がつなげられていた。服装は記憶とは異なり、病院着のようなものを着用している。

 

 そもそもここは、純丘の印象では、病院のようにも見える。

 病院着のようなものはまさに病院着だった。

 

「丸二日目ェ覚まさねえから、俺らはともかく医者側もなんもできねえの。つーか花垣はこの調子だといつ起きるかどころか今後起きるかどうかもわかんねえな、エどしよ兄ちゃんまじであの女どうする?」

「ビザ切れりゃ帰らざるを得ねえだろうが、にしても鶴蝶が妙な情出しそうってのはある、確かに」

「ちょっ……と、待ってくれ、一回止まってほしい」

 

 好き勝手くっちゃべる旧知たちを、純丘は思わず手で制した。

 混線する記憶と怒涛の情報量でいまだに混乱している。水分や栄養の補給は点滴があるとしても、喉が渇いていて、食事をしていない胃は空腹を主張しており、ただでさえ集中しにくいコンディションだ。

 

「何秒?」

「十秒ほど。そのあとそうだな、蘭から説明くれるか」

「エ俺? 竜胆にやらせろよ」

「俯瞰するのは君の方が得意だろ」

「じゅーう、きゅーう、」

 

 囃し立てるようなカウントダウンの間に、純丘は混乱して混線した思考と状況を整理する。

 

 タイムリープなどという与太話、あるいはただの事実の話。花垣とのやり取り。遡ってしまった過去。過日にて理解してしまった、当時の真一郎の違和感。なにも知らないはずの蘭との会話。遭遇した半間。

 

「ゼロ」

「とりあえず5W1Hから並べてくか」

 

 カウントダウンが終わった瞬間、蘭が改めて指折り数えていく。

 寝起きの人間に対して容赦というものがない。そもそも蘭の容赦とか、この男にとって都合がいいとき以外にこの世に存在しない。

 

「今は二〇二〇年の八月一日、ちょい前に正午回った。ここはインド、ガヤのデカめの病院。最初は別のとこ運び込まれたんだけど、ウチの息かかってるとこに俺らが移動させた。半間がいンのはオマエとハナガキがホームから落ちかけたところを拾って救急車に放り込んだ張本人だから。俺らは情報拾ったイザナに蹴り出された」

 

 WhenとWhere以外はほぼひとまとめだが、要約は的確だ。

 

「さっきまでのオマエの状況は、竜胆が言った通り、昏睡状態。つかほぼ脳死判定? ハナガキもおんなじ。あっちは俺らと同じく蹴り出された鶴蝶と、ハナガキの女がついてる。なァそいや鶴蝶って施設入る前はハナガキのダチだったらしいぜ、フクブ実は知ってた?」

「初耳だな」

 

 途中で突然水を向けられたが、純丘はごく冷静に答えた。

 しかし、であれば、傍から見ても鶴蝶がずいぶんと花垣に肩入れする理由に納得がいく。

 

「意外……でもねえか。あとそう、検査中にハナガキの肺からヤバめの炎症見つかって医者が悲鳴上げてた。そういやあれなんで生きてんの? てかなんであの状態でインドまで来させたわけ? フクブ知らねえうちに鬼畜にでも昇格した?」

「鬼畜扱いは昇格ではないだろどう考えても。……炎症?」

「肺炎と壊血病ちゃんぽんで拗らせでもしたのかだと。俺らに聞かれても知るわきゃねえが?」

「咳の原因それか!? タケミッチくんは医者ではなにも出なかったと言ってたが!?」

 

 ほとんど悲鳴のような反応に、アこれマジでなんも知らなそー……、灰谷兄弟の見解は一致した。

 

「医者がやぶかまともな検査する金がなかったか本人わかってて言わなかったかの三択だろ。年一で健康診断でも受けてりゃ確実に見つかるレベルらしいぜ」

 

 フリーター生活が染みついていた花垣が、まともに健康診断を受けていたか、通う病院も安さ優先の藪医者ではなかったのかと聞かれると、正直怪しい。

 あるいは、もしかしたら花垣も、改めて診断を受けていたのかもしれない——そして、診断結果がさらなる焦りや悲観的推測を生んだのかもしれない。そうでなくとも心身の調子は連動するものだ。

 

 が、当事者ではない人間たちには推察することしかできず、真実は本人が述べねばわからぬこと。

 

「マそんくらいか? アあと、今のハナガキもだけど、なんかタイムリープしてね? って疑惑がオマエにもある。フクブ的にどーなんそのへん」

 

 きわめて軽々しい物言いだがあまりに重要な確認事項だった。

 純丘はサイドデスクに置いてあったミネラルウォーターのペットボトルを、今まさに開けようとした姿勢のまま、停止した。

 

 ——そういえば、さっき俺の目を覚まさせるついでに、こいつらなにかとんでもないこと言ってなかったか?

 

「違ェかんじ? オイ半間ァ、てめ適当ほざいてんじゃねえぞ」

「あ? ダリィな~それこそ稀咲兄がはぐらかしてっか鳥頭なだけだろ」

 

 ダル絡みする竜胆に、半間は至極面倒そうに反論した。

 

「俺はちゃあんと覚えてたから取り立てに来ただけだっての。こいつらの心中未満を助けてやったんだからむしろ謝礼も上乗せされるべきじゃね?」

 

 取り立て。取り立てだそうだ。

 純丘の体感としてはつい直近に聞いた、そして自分も言った単語である。

 

「露骨に心当たりある顔だなこれ」

 

 表情を読み取った蘭が的確に講評した。

 

「……俺が思うに、当時の半間くんは実際、とてもイキイキしていたように思うが? 二年後という言葉も間違ってもなかったろ」

 

 純丘はとりあえず弁明した。

 報いを受けるのは吝かではなく、むしろそのために残した言葉だ——が共通認識を育まずにこれを放置していると、予想の斜め下をカッ飛んでいくかもしれない。

 

「けど十年スパンの稀咲の計画叩っ潰したのはテメエだよな」

「結果的には、そうかも、な?」

 

 叩き潰されて然るべき計画だったが。

 そもそも稀咲鉄太の計画を阻止すべく足掻き続けていたのは花垣であり、純丘が行ったのはトドメだけだが。

 

「つまり俺の楽しみを十年は奪いやがった」

「そりゃフクブが悪ィな」

「半間カワイソー」

「……不良育ちってみんなこんなんか?」

 

 不良育ちのすべてがこういう性格なわけでもないが、少なくとも、灰谷兄弟はより面白い方についたらしい。つまり、元副部長をより揶揄いやすい方に。

 

「つうかタイムリープってマジだったんだな。どこ行ったワケ?」

「二〇〇三年の七月……と八月頭」

「……あれ?」

 

 辟易と述べた純丘に、竜胆が首を傾げる。

 

「のわりに佐野真一郎生きてなくね? 会わなかったん?」

「意外と覚えてるな……」

 

 灰谷兄弟の脳内メモリは、兄弟で多少の差異はあれど、無関心な事柄は爆速で消去するロジックはどちらも搭載済。

 都合のいいことやどうでもいいことは本当に迅速に忘れるわりに、純丘の知人関係は比較的覚えられている。

 

「竜胆は大揉めしたから尚更だろ」

「兄貴!」

「揉めたん?」

「ウルッセ!」

 

 兄の要らぬ茶々に男は大きく吠えた。

 そのへんもやっぱり同じか、意図しないタイムリーパーは他人事のようにやり取りを眺めた。

 

「実際、タイムリープしてたわりにはなんも変えようとしてる感じなかったよな。せいぜいオヤジ狩り」

「オヤジ狩りはしてない」

 

 ひどい誤解を純丘は迅速に訂正した。

 

「でもホームレスは探してたろ」

 

 半間は不服げに反駁する。

 

「あれは連れが探してたのを手伝っただけだからな」

「どういう言い訳だよ」

「ホームレス探すツレってナニ? アオサギみてェなヤバ人間?」

「真一郎さんは師匠みたいなことしようとするタイプじゃ……ないと思うが、なんだったんだろうな」

「……あ? つまりあんときホームレス探してたのって、佐野真一郎?」

 

 純丘の言葉尻を捉えて、半間が奇妙な表情で繰り返した。

 

「佐野真一郎とホームレス……?」

「……アレじゃね?」

 

 半間だけならまだしも、二〇〇三年当時はホームレス探しの現場にいなかった灰谷兄弟までもが、顔を見合わせた。

 

「……アレ?」

「フクブ知らねえか。佐野真一郎って実はタイムリーパーだったらしいんだけど」

「確かに聞いたことはなかったが、過去に戻った時になんとなくそれは察した。万次郎を助けようとしたか? トリガーは三途くん?」

「話が早ェとかいうレベルじゃねえ。つくづくオマエ、洞察力のバケモンだな」

 

 灰谷兄弟にここまで露骨にドン引きされる機会というのもなかなかないだろう。

 

「いやまァいつもか。で、あいつはタイムリープの能力を知らねー浮浪者から殺して奪い取ったんだと」

「……」

「死に際に呪ってやるだのなんだの言われるレベルだったっぽいし、ヒデェ殺し方だったんじゃねえの」

 

 過去における純丘の推察は、正鵠を得ていたらしい。

 佐野真一郎はタイムリーパーであり、そして、人を救うために——と、言い訳して——人を殺していた。

 

 ふたたびホームレスを探していた理由はなにか。過去を改変したことで、生き延びたのか、死んでいるのか、確認したかったのか。

 探す理由を尋ね損ねた純丘には、定かではない。

 

「んでそいつの呪いがマイキーにとりついて、マイキーの周りでいろいろやらかしてたっぽい、ってのが佐野真一郎からタイムリープのこと聞いてた黒龍(ブラックドラゴン)の初代とか、三途の見解」

「のろ、すまない、なんて?」

「呪い。字面は口編に兄って書いて送り仮名はあいうえおの〝い〟」

「ああそれで合ってるのか……」

 

 鈍いや鎧の聞き間違えでもなく。

 タイムリープに引き続き、別種のジャンルのオカルトが飛び出した。呪いや幽霊、祟りの類は、それこそオカルトらしいオカルトだろう。

 

「マけっきょく原因わかったところで解決とかなんもできなかったから、マイキーはフツーに病んでサクッと死んじまったケド」

 

 竜胆にとっては佐野万次郎の生死も精神状態も全くどうでもいいので、カワイソ(棒読み)以外の感慨は微塵もない。万次郎を可愛がっていた人間が眼前にいても、もちろん全く気にしない。

 さすがにフクブはあとでフォローしてやろっかな~と呑気に考えている蘭も、万次郎本人には思い入れはない。

 

「はーん、マイキーって死んでたん。マ抗争の時点でだいぶ弱ってたもんな」

 

 半間もこのあたりは同じことだ。

 佐野万次郎の才覚を見込んで、裏社会の巨悪に仕立てるためにプロデュースしていたのは稀咲鉄太であり、半間修二ではない。

 

「てか、場合によっちゃあれを十年以上もたせてなんなら舵取りしたらしい稀咲って、ノーベル賞取らなくってもマジ有能だったんだろ。やり方やべーけど」

「だろ~?」

「なァんでテメエが自慢げなんだかな~?」

「つか三途がわざわざそのへんの話省くわけねーし、ハナガキってばそのへん聞いたうえでも解決するためにタイムリープしに行ったわけ? 懲りねえやつだわ」

「ヤにしてもなんでフクブまでタイムリープできるようになってんだよ意味ワカラン」

 

 傍らの喧騒をよそに、純丘は考えていた。

 

 真一郎が行なったこと。結果生まれたらしい怨恨の連鎖。継承されたタイムリープの能力。

 花垣は、万次郎を救い、今度こそ日向のもとに帰るため——あるいは、すべてに疲れ果て——過去へと再び身を躍らせた。

 一方で、いずれ上書きされる二〇二〇年に、日向はまたも取り残された。その心境は察するに余りある。鶴蝶がどのように宥めているのかは知る由もなく、あるいは花垣の幼馴染たる彼も、宥める余力もないのかもしれない。

 

 タイムリープを経た真一郎は、イザナとの決別を知らないようだった。果たして彼は、稀咲榎の一家心中を阻止したことは覚えているのだろうか。

 来る未来、助けた弟に、愛する妹や祖父に降りかかる苦しみを知らない。自分が近いうちに殺されることを知らない。なにも知らずに幸せを噛みしめていた。

 

 真一郎に殺されたというホームレスは、改変後も、いつかに救急車で運ばれていったらしい。

 死んでんじゃねーのとは当時の半間の言葉だ。純丘としてもそこは同意見だ。

 

「……ってきた」

 

 何事かをつぶやいた純丘に「あ?」ガラ悪くも、真っ先に蘭が反応した。

 

「なんか言った?」

 

 純丘榎は、一言一句正確に、先ほどの己の発言を繰り返した。

 

「腹立ってきた」

 

 灰谷兄弟が完全に動きを止めた。

 

 純丘の言葉はいつも通りに軽快で、冗談のようにも聞こえた。

 しかし彼らは、過去の累積から、直感する——フクブわりとマジでキレてね?

 

「うん、そうだな、半間くん、物は相談なんだが」

「なに? 取り立てる方法に注文でもつける気ィ?」

「似たようなものかな」

 

 純丘は軽やかな口ぶりで述べた。

 

「取り立てられるのは構わない、願ったり叶ったりでもある」

「キモ」

「失敬だな。ただ取り立てられる前の準備として、鉄太くらい面白いシナリオを組めば、君は俺のタイムリープに協力してくれたりするのか?」

 

 ずいぶんと奇妙な言い回しに、半間は若干首を傾げた。

 

「あいつぐらい面白ェシナリオ? 俺のハードル高ェけど?」

「そうだな、たとえば——」

 

 純丘の脳内で、シナリオが組みあがっていく。

 

 呪いへの対抗措置。不幸を打ち消すに足る配置。そのために必要な人材と人材を揃えるための手段、報奨、代替措置。踏み止まらせるためにはなにをするべきか。唆すためにはなにを言うべきか。

 後知恵バイアスに結果論、なるほどよく言ったものだ。リアルタイムでは思いつかない策も、あとからならばいくらでも考え付く。

 

 この世界ではとうに死んでいる寺野南は、生前、純丘榎について、半端なラインで踏みとどまっている、と評価していた。

 たしかに、寺野の講評は的確だった。純丘榎はどのような人生を送るにしても自らの実力を遺憾なく発揮するが、大抵善なる一般人として、特殊例だが百人に一人か千人に一人はいそうな生き方をする。たとえ一万人に一人であっても、人口一億弱の日本では、同レベルの人間は単純計算で一万人ほどいるだろう。

 世間一般的な倫理観を持ち合わせており、枠内に収まることを義務と定義づけ、逸脱する言動には、理由を必要とする。

 

 理由が揃ってしまったのが、たとえば、二〇〇五年の十二月末、実弟の所業をまるごと一掃したときのこと。

 

 そして、今。

 

「厄災を封印するファンタジー冒険譚と、ブラジルギャングが再興する過程。最低でもこのふたつは並立できる」

「マジでナニ言ってんの?」

「っぱ俺らのこと言えねえレベルで大概頭おかしいだろコイツ……」

 

 純丘はにっこりと微笑んだ。

 兄弟らが察した通りである——彼らの元先輩は、めちゃくちゃ怒っていた。

 

「冷静に考えてみてほしいんだが、タイムリープに関する話がすべてなにもかも事実だった場合、俺たちは他人の都合や超常の現象に振り回されすぎじゃないか? ちょっとぐらいこっちが振り回してもいいんじゃないか?」

「テメエが冷静になれよ」

「なあフクブ正気に返ってー……?」

 

 灰谷兄弟が常識側なこともまた珍しい。

 トリガーである以外はだいたい部外者の半間の感想である。

 

「コイツがこういう感じのときってだいたいろくなことねーんよ」

「……ならなにが起きんの?」

「軽音部挨拶連行とか」

「留置場侵入とか」

「極悪強制キャンプ旅行とか」

「朝っぱらから鍵バーナーで溶かし出すとか」

「マジでどーでもいい話と意味わかんねえ話が交互することあんだな」

「あと稀咲にカチキレてたときもコレ。二〇〇五年の件ひとりで全部片づけやがったやつ」

「……ああ〜……」

 

 まざまざと蘇るかつての記憶。マスコミと実家の権力を動かして警察沙汰になる前になんとかしてしまった意味のわからないいきさつ。

 当時の半間は、渦中かつ当事者のひとりであるはずなのに、見るも無惨に潰えていく稀咲の計画をテレビ越しに眺めているしかなかった。台風一過、後も残さず。

 

 普段大人しい人間や優しい人間がキレたときほど怖いとはどこかの言説だったか、ただ純丘はもともと大人しくも優しくもないので、べつに言説を証明したわけでもなく、順当といえば順当ではある。

 

「だって、こんなの、おかしいだろ」

 

 純丘は強調するように、一言一句切って、述べた。

 

「加害の原因は誰かの呪いだと? 殺した本人の意志ですらないとでも? だったら、そんなしょうもないもので苦しんだやつらはなんだっていうんだ、ただの巻き込まれ事故か?」

「しょうもないもの……」

「しょうもない、以外になんだって? 無差別に被害を撒き散らすなんざイナゴの方がまだ上等な頭をしてる」

 

 人を悪く言うときに極限まで言葉を濁すか、相手を諭すようにする男にしては、かなり強めの罵倒だった。

 

「寺野くんがただ恨まれて殺されるならまだわかるがな、真一郎さんにかかった呪いのせいだと? あいつは真一郎さんに会ったことすらなかったってのに?」

 

 憤懣やるかたないとばかりに、純丘は強く意気込んだ。

 

「圭介が死んだのも呪いのせいか? 鉄太が立てた計画の犠牲者も呪いのせいか? 万次郎が羽宮くんを殴り殺しかけたのも呪いのせいか? 真一郎さんが殺されたのも呪いのせいか? 冗ッ談じゃない寝言は寝て言え」

 

 つらつらとまくしたてる言葉は早口で語気が強い。

 珍しく——本当に珍しく——本気で苛立っている。

 

「現行の日本国の刑法では、最も重い刑でも加害者本人の死刑だ。周辺まで巻き込むなんざ、ありえない。そもそも日本という国で、族誅が許されていた時代は歴史全体と比較してかなり短いが、これは族誅どころかただの台風だろ」

「……コイツホントに弁護士なんだ?」

「法律に詳しいのはもとからヨ」

「つかどっちかってっと塾講師時代の部分出てきてね?」

 

 純丘の熱弁に全くついていけず、ヒソヒソとささやきあう観衆たち。

 

「二〇〇五年のクリスマス・イブに、俺が生き残ったのがタケミッチくんの尽力なことぐらいは認めてやるよ。俺は確かに恩義を感じてる。ただ——そもそも人が死ぬ危険なんてそこらじゅうにある。たまたま遭遇していないか、回避できているから、ほとんどは気づかないだけで」

 

 ときには、スプーン一杯の水でも人は溺死する。ふざけあってプロレス技をかけあっているうちに誤って死んだ事例もある。炎天下で仕事をしているうちに倒れて息を引き取る場合もある。海水浴場でビニールのようなものを踏んで命を落とす危険もある。緑にまみれたじゃがいもを食べるだけでも、下手をすれば年間死亡者数に加わるだろう。

 

 純丘はそれを知っている。よくよく心得ている。

 

 人々は実のところ、些細なところでも数多の偶然が重なり合って、知らず知らずのうちに危険を回避している。

 あるいは、数多の偶然のもとに、死傷者の一人として計上されている。

 

「ドラケンくんが生き延びたのは彼のために戦ってくれる人がいて、救急車が間に合って、手術が間に合ったからだ。圭介がハロウィンで死ななかったのは、たまたま刺しどころがよくて、応急処置により時間が延びただけだ」

 

 純丘が並べる物事は、すべてタイムリープによって齎された事象だ。タイムリープによって改変された事象だ。

 直人が情報を収集し、花垣が過去へとんで、もがき、足掻き、彼の尽力に少なからず影響されて、動かされた者がいた。

 

「大寿くんが死ななかったのは君らがなんとなくやる気なくした上で、彼自身も自らの在り方を顧みたからだ。エマと万作さんが助かったのは今牛さんや荒師さんや瓦城さんにたまたま鉢合わせたからだ。瓦城さんが死ななかったのはタケミッチくんや圭介に庇われたからだ」

 

 そして、決して、花垣の力だけで齎されたわけではない。

 

 影響された彼らは、しかし、影響される以前の人生があり、経験したことがあり、そこから思うことがあり、考えたことがあった。

 彼らにはごく些細なきっかけが必要で、そのきっかけとして、たまたまタイムリープがそこに収まった。

 

 物語としては必然の事象は、こと現実において、ただの偶然でしかない。

 

「寺野くんが殺されたのは、彼が引き際になっても引かない性格で、万次郎がその手を止めなかったからだ。圭介が死んだのは、あいつが友達のためなら自らの身をも呈するバカでお人よしだったからだ」

 

 そこに呪いの関与があったかもしれない、その可能性を純丘は否定できない。

 そこになんらかの作為があったかもしれない、その憶測は否定できない。

 

「万次郎が羽宮くんを殴り殺しかけたのはあいつが羽宮くんを許せなかったからだ。鉄太がとんでもない計画を立てて半ばまで実行に移したのはシンプルにあいつが非道だからだ」

 

 そのように描かれたシナリオ。そのように記された脚本。

 誰かの意思と決定に忠実に沿うように、あまねくすべてがすべからく、そのとおりに演じられた物語。

 

「真一郎さんが殺されたのは、強盗に入った羽宮くんと圭介と鉢合わせたからだ」

 

 そうだとして——そうだとして。

 だからなんだと言うのか。

 

「これらの選択すべて、タイムリープや呪いがなければ起きなかった事象だとでも? 彼らの選択に、彼ら自身の意思が存在しないとでも? そんなの……そんなの、ただの責任転嫁だ」

 

 一虎はかつて、自らの罪から逃避し、八つ当たりし、死んだ。あるいは、自らの罪と彼なりに向き合うことを選んだ。

 場地は自らを戒め、いつかの未来では警察として友人たちを止めるために奔走した。いつかの過去では友人たちを庇うために死んだ。

 寺野は彼が求めた闘争の中で息を引き取った。

 万次郎は、自らが冒した罪、振り撒いた不幸に苦悩し、命を絶った。

 

 エマは兄の死を知らず、薄々察していながらも、未だ探しているらしい。

 稀咲と名乗らなくなった鉄太は未だにタイムトラベルの研究に勤しんでいる。

 花垣は助けられたなかった命をすべて背負って生きていた。電車に飛び込んだ彼が、再びどこかへタイムリープしたのか。本当に原因不明の事象で昏睡に陥っているのか。定かではない。

 日向はただひたむきに花垣を信じ、彼の帰りを待った。彼女の些細な言葉が花垣の原動力となり、枷となった。そして、またも花垣に置き去りにされた。

 

 そのすべてが呪いのせいだと言うなら、

 

 ——彼らの苦悩や罪や選択には、呪いが生んだ舞台装置以上の意味は、なにひとつなかったとでも?

 

「そんで? けっきょく何してェの?」

「呪いとやらを無力化する」

 

 辟易と促した竜胆に、純丘はきっぱり言い切った。

 

「……無茶くね?」

「無茶だな。ただ仮説はある。少なくとも……人の感情から生まれたものだというなら」

 

 胡乱な表情を浮かべる見舞客たちをようやく見回して「これは自慢だが」と、男は言った。

 

「俺は人心掌握が得意でな」

「テメーが弁護士なのつくづくいろいろと末法だろ」

「俺らより外道なセリフ飛び出すカタギとかマジでドン引き」

「稀咲でも言わねーぞさすがに」

 

 素行でいえば純丘より断然批判されるべき三人から揃って非難されるレベルの発言。

 

 なお、確かに稀咲鉄太はいついかなる未来でもそういうことはほとんど言わなかった。なぜなら彼は他者に言質を取られることを徹底的に避けていたので。

 どっちもどっちじゃねとか思っても言ってはいけない。

 

「ただ、これが上手くいくとも限らない。だから次善策も打つ。ただし、こちらは委託する。半間くんへの娯楽提供の本命もこっちだ」

「委託って誰に。てかフクブが他人を主軸に巻き込めんの?」

「他人は巻き込まない」

「あー、御大層な親御さんとか? それともそれこそ、稀咲?」

「いや? というか、思いつくだろ、普通」

 

 お前の普通を普通の基準にするな、とは、灰谷兄弟がよっぽど突っ込みたかったことだが。

 

「タイムリープによって人生が変化するだろう、俺本人」

 

 二〇〇五年十二月二十五日、クリスマスのこと、純丘榎には、サンタクロースはプレゼントを渡してくれなかった。

 成人済みだし。良い子ではなかったので。

 

 しかし代わりとばかりに、ブラジルギャングの元トップが現れ、勧誘を行った。

 純丘はそれを断った——かつては。

 

「十五年前の寺野くんの勧誘に俺が頷いていれば、ひとまず、そこで決定的に分岐する」

「すげーマジで初耳の話出てきた、あの恐竜に勧誘されてたのかよフクブ」

「俺ら報告されてねえけど?」

「報告する義務ないだろ。ともあれ、たぶん頷くついでならいくつか注文もつけられる。俺はわりと実力を買われてたからな」

「ほんとにカタギ?」

「カタギだが……」

 

 三天戦争の主役は、寺野が率いた六波羅単代、千咒や黒龍(ブラックドラゴン)初代が作り上げた(ブラフマン)、万次郎をトップとする関東卍會だ。

 

 ——すなわち、三天戦争が成り立つ未来を打ち砕くためには。

 

「寺野くんを抑えれば六波羅単代は確実に実現しない。彼の野心でできたチームに、君ら極悪の求心力が加わったからこそ成立したからだ」

 

 今までの情報をもとに、純丘は指折り数えていく。

 

(ブラフマン)黒龍(ブラックドラゴン)初代のうち一人でも引き抜いておけば成り立たない。今牛さんと荒師さんの性格を踏まえれば、かのチームは瓦城さんの言葉から構築された組織で、でなければ明司武臣まで組まれやしなかっただろう。軍神の野心がなければ大して拡大はしない。あるいは双璧の一人が欠ければ、もう一人はさすがに瓦城さんに歯止めをかける」

 

 又聞きで知った三天戦争の経緯だけでなく、彼が今まで関わってきた人々、理解してきた人々、見聞きして知ったことが分析に加わる。

 積み重ねてきた時間と、その間に得た理解は、決して無駄にはならないだろう。

 

「関東卍會は、呪いとやらを叩けばなんとかなるかもしれないとして、最悪の場合は君ら天竺がどうせぶつかる」

「わかったように言うよな~そうなる保証がどこにある?」

「たしかに俺の推測でしかないが、黒川くんに前科さえされなければ天竺は日本で活動したとしか思えない」

 

 灰谷兄弟が押し黙った。

 付き合いの深度がなまじそこそこ深かったこと、純丘が他者分析の鬼であること、相乗効果で完全に読まれている。

 

「どうにせよ、ちゃんと荒事に関わる気のある俺なら、警戒していれば計画段階でつぶせる。未知数なのは、ブラジルギャングのほうだが——そこは改変後の俺に任せるとして」

「自分に無茶ぶりしまくるじゃん?」

「人の人生を操るのに賭け金が命ひとつで充分とは、安いものだな」

 

 成功すれば、知人の幾人かが救われる。しかし、代償に不幸になる人々もきっといるだろう。

 そもそも、現時点ですらそれなりに工夫して幸せに生きている人々は数多い。どうにもならない物事に折り合いをつけて、ようやく前を向いて歩き出した人だっている。

 それらをすべて、一度、なかったものとして踏みにじることになる。

 

 一方で失敗すれば——さて、どうなることやら。

 少なくとも純丘は、この計画がどのような末路を辿ろうが、実弟の計画をおじゃんにした件で取り立てられる未来が決定している。

 

「蘭、さっき君は初代はタイムリープのことを知っていた、というような話をしたが」

「……いやァま、したけど」

 

 たった一瞬だったはずの言及を全く聞き逃されないので、蘭の顔がちょこっと引き攣った。

 聞いてないふりして聞いてんのまで変わってねえのかよ。

 

「だとすればそこからタイムリープ前の俺にも情報を入れられるルートが組めるな」

「マジでバケモン?」

「改変後の俺が真実に辿り着くとすれば、二〇一七年よりはあとがいい。花垣くんのタイムリープまで打ち消してしまうと少し読みづらい……」

「なァ、マジでバケモン?」

「コイツほんとに稀咲の兄貴なのな」

「ヤだよ俺、腹心が納得するレベルであいつとフクブが似てんの!」

 

 稀咲鉄太が組み立てた計画は、呪いには無縁の事象だと純丘は確信していた。自ら過去を体験していくかたちですべての事象を操るならともかく、過去の己に最低限の指示を出すだけであれば、片づけられるものは〝呪い〟にかかわる不幸だけだ。

 

 拾い上げられるものの取捨選択。最大幸福のため——どころか、知人のため、たかだかひとりの私情のために、起きるとわかっている事象を阻止しないのは罪であるか。

 

 罪であるかもしれない。

 いずれ罰は下るだろう。

 

 すべてが終われば受け入れる——純丘榎の傲慢さとはつまりそういうところで、まるで自己都合の自分勝手で、その点は実弟ともきわめて似通っていた。

 

「そうと決まれば下準備だ」

 

 デスクの横にかけられた鞄をあさり、純丘はケータイを取り出した。

 

「あのさあ~俺、協力するとか一言も言ってねーんだけど?」

 

 一人で自己完結している様子に、いい加減そろそろ眺めるだけでいるのも飽きて、半間が声を投げかけた。

 問いかけられた男は——ケータイを開いたまま——ぱちぱちと目をまたたかせ、それからゆっくりと首を傾げた。

 

「してくれるだろ?」

 

 まるで当然と言わんばかりだ。

 顔をしかめた半間に「それともなんだ」純丘はそのまま言葉を続けた。

 

「鉄太と一緒に楽しかった時間まですべて潰されたいのか?」

 

「……外道?」

「フクブ相変わらず躊躇なく人質取るよな」

「灰谷どもも聞いたからには一蓮托生だからな」

「コイツほんと、ほんとさァ……」




壊血病
:ありとあらゆるところが出血しやすくなる病
 重度のビタミンCの欠乏が原因なので、現代日本ではよほど不摂生な生活をしない限り、ほとんどお目にかからない

族誅
:一族郎党皆殺し☆みたいな
 女子供まで処刑かますのが普通だったのは戦国時代ぐらい
 ……各幕府の成立経緯あたりは例外として

ビニール袋のようなもの
:カツオノエボシ
 猛毒のクラゲ
 たまに人が死ぬ
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