【完結】罪状記録   作:初弦

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細やかな一手間を欠かさずに

 二〇〇三年、あるいは平成十五年。

 十一月も末頃のこと。

 

 純丘榎はふたたび過去に辿り着いた。

 

「純丘さぁ、マジでもう出てきて平気なん?」

「大丈夫だ問題ない」

「答え方がフラグっぽい!」

「俺はもうどうすりゃいいんだよ」

 

 この頃の純丘榎といえば、滅多にないメンタルの絶不調で撃沈してその辺ほっつき歩いて、ちょうど訪ねてきていた同級生たちに山程要らぬ心配をかけた頃だった。別名樹海疑惑事件である。

 思い詰めると突拍子もないことしそう、とは同級生の赤岸談。あくまでも勝手な憶測だが、これがただの事実だったことは二年後に証明される。

 

 それ(償い篇)はさておき。

 

「じゃなー。まっすぐ帰れよ」

「バイトはまっすぐ帰るに入りますか?」

「そんなバナナはおやつに入りますか? みたいな」

 

 本日は、実のところバイトはなかった。月一で開けていた完全オフの日だ。

 偶然ではなく、純丘は狙ってこの日を選んだ。業務の引継や花垣の入院費のやり取り、ウィークリーマンションを引き払う手間などもあったが、タイムリープが十一月も末までずれ込んだのはそのためだ。

 

 新宿区の病院に出向き、病室の番号と、ある人の名前を述べる。

 怪訝そうな顔をした受付が「ご親戚の方ですか?」と、尋ねた。

 

 純丘は好青年然とした様子で微笑んだ。

 

「以前、お世話になった方です」

 

 一から十まで嘘八百。

 

 しかし付け加えるエピソードがまるで本当のことのようだったので——入念な下調べの賜物——受付係はあっさり信じてしまった。身近な人を騙った詐欺にご注意を、と警察が再三提言してなおこのような手段が減らない理由でもある。本当に前科ないんですか?

 純丘榎の犯罪適正については脇に置くとして。

 

 渋谷区と新宿区の境の高架下に住み着いていた男は、この時点では、まだ生きていた。

 

 半間が目撃した〝救急車〟——真一郎が探していたホームレスの男は、二〇〇三年の七月二十日に、重度の熱中症で救急に搬送されていた。生死の境を彷徨ったのち、運悪く脳機能障害を発症。意識不明の重体のまま、治療の甲斐虚しく数ヶ月後に病院で息を引き取っている。純丘が今いる時点からすれば、残り二週間ほどか。

 

 たとえ完治していたとしても、その治療費を払えたかどうかはきわめて怪しい。

 

 横たわる面持ちを眺めた。

 瘦せている、というよりはやつれている。栄養状態が長らく悪かったのだろう、調査書には年齢も記載されていたが——年不相応に異様にくすみ、しわの寄った肌。眼球の回りが落ち窪んでいる。

 

 処置にあたって剃られたのか、髭や髪の毛は短く裁断されていた。少なくとも美容師などのプロが切りそろえたわけではあるまい。縮れた黒髪の、不揃いの切り口から純丘はそう判断する。

 

 真一郎が殺した男。かもしれない。

 タイムリーパーだった男。かもしれない。

 

 かもしれないと繰り返すのは、純丘もその顔が真に同一人物かを、把握していないからである。

 

 ()のタイムリーパーと出会った唯一の人間、殺した相手のその顔を知っているタイムリーパー、佐野真一郎は、二〇〇三年の十一月にはもう死んでいる。

 けっきょくのところ、純丘の推察とて、周囲の証言と状況証拠をかき集めて継ぎ接ぎしたものに過ぎない。

 

 推定・被害者の顔を、彼はじっくりと眺めた。まるで記憶に強く焼き付けようとでもするように——ように、ではなく、正しくその通りだ。

 

 止めなければならない。

 

「たとえ消えたことだとしても、罪はなかったことにはならない。この世に報いはない。不幸は罪を打ち消さない」

 

 薄暗い病室で、純丘はつぶやいた。

 やがて深々と頭を下げる。十数年後の未来で、墓の前でそうしたように。

 

「真一郎さんが……申し訳ありませんでした」

 

 顔を上げる。

 純丘の面持ちには表情はない。

 

「それはそれとして、俺、あなたが他の誰をも巻き込んでいたのなら、それはたぶん許せません」

 

 病院を出た純丘は、帰路につこうと自宅方向への道に踏み出しかけて、ついで目を丸くしてみせた。

 

「竜胆?」

「……ナニ。通りがかっただけだけど。いちゃ悪ぃの」

「悪かねえけど」

 

 悪かねえけど新宿区を通りがかってるのがまず珍しいなというのが純丘の感想。

 竜胆はガンをつけるが如く、じろじろと純丘の全身を見回した。

 

「……怪我でもしてんの?」

「俺は別にというか、むしろこっちの台詞——あー——」

 

 通りがかったというよりも、まるで病院の前で待ち構えていたようだった。純丘は今更思い当たって、声を漏らした。

 気づかれたことに気づいた竜胆、さらに顔をしかめた。

 

「ご心配をおかけしたようで」

「してねーわべつに」

「照れるな照れるな」

「オマエ、時々、性格がドブクソ」

「わはは。吊し上げてやろうかそこの電柱に」

「できもしねえくせに大口叩くんじゃねえよパンピがよォやれるもんならやってみろヤ」

 

 一頻りやり取りしたあと「……で、なにしてんの? てかバイトは?」竜胆が再度問うた。

 

「見舞いに行ってた」

 

 純丘は肩にかけた鞄の紐をきちんと直して、いい位置を探した。

 

「バイトは休み」

「見舞い。……誰の? 親とか? 爺さん?」

「あの人たちはあと十数年は死なないんじゃないか? しいて表現するなら、知り合い未満」

「……ソ」

 

 話しながらも歩を進めれば、素直に少年は元先輩の隣に並ぶ。

 挑発に乗っている時の本職巻き舌はさておいて、竜胆の言動はどこかぎこちない。純丘の様子を窺うような素振りを見せる。

 

「竜胆」

「なんもしてない」

「俺もまだ呼んだ以外なにも言ってねえよ」

 

 この時期の純丘榎と灰谷竜胆は、すったもんだの大喧嘩と冷戦と仲直りからそう経ってなかったはずだ。

 どことなく距離感を測りかねている少年に「見てるだけで面白いんだよな」純丘はうっかり本音が漏れた。爆速で背中をどつかれた。もろに入ったのでちょっとむせた。

 

「っとに君らってばいちいち暴力的だよ。照れ隠しも含めて」

「殺すぞマジで」

「七十年後に老衰で大往生する予定だからそのあとで頼む」

「それちょくちょく言うけどさあ、オマエって老衰で死のうとしてるやつの言動じゃねえんだよなにもかも」

 

 間違いない。

 なんならいくつかの分岐の果てには、二〇〇三年の七十年後どころか二年後には殺されている。

 

「……てかなにしてんの? 歩きながらケータイいじんな」

「ごもっともだな」

 

 真っ当な指摘に頷いて、純丘は道の端で立ち止まる。

 最後の文字まできっかり打ち込んだのち——竜胆は物珍しげにそのさまを眺めていた、彼が知る元副部長は、知己との会話よりもケータイを優先するたちではない——二つ折りのケータイをぱちんと閉じた。

 

「過去であり未来である俺へのメッセージ」

「突然なに?」

「寺野くんへついて行けとただ述べてしまうと俺ならむしろ警戒する、とくれば選択はむしろ委ねるかたちであるべきだ。最低限の情報を撒いておけばなんとかできるだろ、俺だし」

「マジで突然なに? ……なんかおかしいぜ今日、ビョーインで検査した方がいんじゃね? 引き返せば?」

「強めに疑ってくるな……」

 

 この件に関しては、竜胆がわかるはずもない話を喋るだけ喋った純丘が百悪い。わかるまで説明するつもりもない。

 ケータイをポケットにしまって、ふたたび歩き出す。これにより、たとえ呪いが解決できていなくとも、最低限二〇〇八年の惨事は避けられるだろう。

 

「竜胆、これはもしもの話だが」

「はあ」

「未来が見えたらどうする?」

「オマエもしかしてマジの超能力持ってたりすんの?」

「ああわりと受け入れる方向性なのな。持ってないです。もしもです」

 

 二〇〇三年時点の純丘榎は確かに超能力など所持していなかったので、微妙に嘘ではない範囲である。

 

「絶対心読めるだろ」

「それは本当にマジで持ってない」

 

 読心的な超能力はこの物語には存在しないので、いつどこの純丘榎であろうとも持っているわけがない。

 

「まあとにかく。あるいは、人生をやり直せるとしたらどうする?」

「……とりあえずゼッテー軽音部には入んねえ」

「転部早々に廃部か、堤は嘆くだろうな……」

 

 意趣返しじみた回答に、純丘は特に動揺もなくつぶやいた。

 

 灰谷兄弟と部活動が一緒でさえなければ、顧問から問題児の鎮圧を依頼されることもなく、純丘は荒れ果てた一年のクラスを「怖」ぐらいのコメントで流していただろう。

 真に他人であるなら気にかける対象ではない。純丘はそのへんそこそこドライなので。

 

「灰狂は……軽音部入ってても入んなくても兄ちゃんやるか」

「……あれなんだったんだとか今なら聞いても時効か? 受験終わってOB気分で部活顔出したら部員が二人学校から消えてた衝撃しか残ってないんだが」

「マ服役もとっくに終わったしな」

「少年院送致と服役は違うだろ……違うよな?」

 

 正しい意味での〝前科〟がつくのが刑務所送りであり服役で、つかないのが少年院送致である。

 

「俺らがヤった狂極、の上に六星コミュニティってのがいたんだけど」

 

 もとより竜胆は、機会さえあれば自分の手柄は自慢するタイプである。純丘が普段遠ざけまくっているから話さないだけで、相手が聞く気があるなら気を良くして話し出す。

 それにしてもなんかちょっとだけ聞き覚えのある名前出てきたなと純丘は思った。

 

「根城が六本木らへんだったのもあって、兄貴そこに潜り込んで下っ端やってた時期あって」

「……蘭が? ……下っ端?」

「六星あいつらなんかキモい商売してたんだってよ。俺よく知ンねえけど。ウチの中学にも根ェ張っててウザかったとか言ってたよーな気はする。そのへんあんま覚えてねえ」

「中学に」

 

 純丘が六星コミュニティとやらの名前を知ったのは、児童ポルノ関係の事件がきっかけだ。

 中学に根を張っていた、という言葉が必ずしもそれと結びつくとは限らないが、なかなかぞっとしない話だ。在籍時代の純丘はなにも把握していなかったことも含めて。

 

「でご機嫌取りつつ穏便に資金巻き上げてやってたってのに勝手に因縁つけられたとか」

「俺の立場からどっちが悪いとはきわめてジャッジし難いんだが、今の話聞いてる限り、〝勝手な因縁〟とは程遠いだろ」

「俺もそう思う。……兄貴に言っても無意味なだけで」

「まあそこはな……」

 

 遠くを見つめる竜胆に、純丘はほんのわずかに同情した。ほんのわずかである。

 でも最終的に君もノリに乗って共犯で少年院送致食らってるよな、という本音が残りの大部分である。

 

「……ん? つまり本来、蘭は詐欺罪でも逮捕されるべきだったのでは?」

「え? 兄貴が現行犯以外でそのへん証拠掴ませると思う?」

「まったく思わないが俺はこの話丸ごと忘れることにする」

「そっちから聞いてきたくせに……」

「忘れることにする」

 

 終わった件かと思っていたら全く終わってない容疑が掘り返されてしまった。純丘は頭を強めに振って、今しがたの会話を忘却したことにした。

 しかしなるほど、報いはないと宣うわけだ。社会のため世の中のために逮捕されるべき少年たちが、娑婆を存分に謳歌している。

 

「極悪はべつに二度三度つるんでもいいしな」

「仲良しだよな君ら」

「フクブはうざいから二回に一回でいーわ」

「二回に一回はあるのかよ」

「ゼロだとカワイソーだから慈悲」

「ハイハイありがとう」

 

 純丘はおざなりにあしらった。

 

「もうちょっと感謝示せや」

「君は年々そういうところ蘭に似てくるよな」

「ハ!? 死ね!」

「本当に物騒」

 

 竜胆は肩を怒らせるようにしてずんずんと先を歩く。純丘はちょっと笑って、追いつくために速足になった。怒らせた自覚はある。

 

「これもついでにもしもの話なんだが」

「うぜえよ~まだ続けんの?」

「いつか俺がタイムリープだのなんだの言い出したときは、ちょっとぐらい時間を稼いでおいてくれるとうれしい」

 

 歩行者の信号は赤を示している。

 信号機の脇で立ち止まり——竜胆としては仕方なくだ、交通ルールは身の安全に直結するので、目の前で破ると純丘は引くほど怒る——竜胆は、胡乱げに純丘を見遣った。

 

「フクブさあ、」

「点字ブロック踏んでる」

「……」

 

 一歩分、左にずれて、黄色のブロックから靴裏を剥がす。

 

「……なんか企んでんの?」

「俺が死神に追いつかれるまでで構わねえよ」

 

 純丘もまた、信号機の脇で立ち止まった。点字ブロックを避けて、竜胆の半歩斜め後ろを取る。

 澄ました顔の元副部長が、これでいて突然突拍子もないことをしでかすことも、灰谷兄弟はよく知っている。

 

「無理をする必要もない、できる範囲でやれそうな範囲で」

「マジでなんか企んでんの?」

「マ気にするな、そのときこれを君が覚えてるとも限らないし。まず俺が絶対忘れるし」

「マジでなにを企んでんの?」

「今日の晩御飯はなんにしような、クリームシチュー……」

「都合悪ィこと聞く気がねえのこいつよォ」

 

 病院の帰路、繁華街にさしかかる。

 軽音学部の先輩後輩二人は、持ち前の運動神経で人混みを掻き分け客引きを器用に避けていたが「っと、」純丘はここで珍しく、誰かにぶつかったようだった。

 

 ——バチッ、

 

「ッチ前見て歩け」

「すんません」

「ダッセ」

「君はやかましい。……おい待て俺の前で喧嘩売りに行こうとすんな」

「フクブの仇だろ?」

「俺を言い訳に使うな」

 

 引き留められた竜胆はしばらく屁理屈を捏ねていたが、最終的には夕飯に釣られて、大人しく歩き出す。

 

「……そーいやさ」

「ン?」

「けっきょく、誰の見舞い行ってたわけ? 知り合い未満っての」

「……。なんの話だ?」

「おい露骨に誤魔化すじゃん」

「いや本当に覚えがない」

「昨日の今日どころかついさっきだろうが!」

「は……?」

「こいっつほんっと」

 

 のちに、このとき如何なる方法でタイムリープが行われたのかを解説された半間は、このような感想を述べる——

 

 ——プロのスリより手慣れた当たり屋?

 

 

  細やかな一手間を欠かさずに

 

 

 二〇一七年。

 十二月二十四日。正午ごろ。

 

 ただしこの表記はGMT-3——ブラジルの、特にリオ・デ・ジャネイロ基準である、という注釈をつけておく。

 

「どうした? こないだから熱心に読み返してるな、過去が懐かしくでもなったか?」

「少しぐらいはな」

 

 ぱたんと閉じた手帳を懐に戻す。

 

 十一月下旬から数えておよそ一月。全く知らない日々をいかにも慣れた素振りでこなしていく傍ら、ようやく、最新の一冊まで読み終えたところだった。

 過去に指示していた通り、詳らかに表記された手帳を読み返して「俺がこの犯罪の数々を……」と純丘はちょっと(だいぶ)(かなり)ダメージを受けた。というか普通に凹んだ。とんだ罪状記録だ。弁護士時代との落差が酷過ぎる。

 

 ファヴェーラにおけるギャングとは、シンプルな犯罪集団としての側面の他、公助や自警団としての役割も兼ねる……が、善行で打ち消せる悪行にも限度というものがある。

 情状酌量の余地とてたいていは減刑を考慮されるだけで、無罪放免になる確率はごくわずかだ。

 

「こいつに感慨とか残ってるのか?」

 

 ささくれた内心は表に出さずに嘯いた純丘を、明司が胡乱げに眺めている。

 

「君からしちゃ、俺はただの冷血漢のようにでも見えているのかもな」

「いや化け物に見えてる」

「俺はなにかしら抗議すべきか?」

「節穴だな明司! コイツは人間を捨てられねえからこそ容赦がねえんだ」

「君ら双方に大概な評価を受けていることがよくわかるな」

 

 三天戦争は起きなかった。天竺はインドではなく日本で元気に活動している。寺野南はブラジルにてギャングとして五体満足に生きており、明司武臣は(ブラフマン)でも梵天でもなくブラジルギャングの幹部に据え置かれた。純丘榎は弁護士ではなくその真逆ともいえる職業に身を置いた。

 

 細部は未だ読めない部分もあるが、大局は、二〇二〇年に純丘が組み上げたシナリオ通りに動いている。

 〝呪い〟および〝黒い衝動〟は、初動を感知したギャングや天竺たちにほとんど抑えこまれ、被害はごくわずかに留まった。これもまた予想通りである。

 

「それで、マイキーの一周忌。行くのか?」

「……お誘いを受けたからには?」

 

 ……ごくわずか、と表現されたとおりだ。

 

 ほとんどは抑え込まれた。しかし、やはり、人知れず呪いを背負った万次郎は命を落とした。

 真一郎は変わらず、二〇〇三年八月十四日に死んだままだ。

 

「メッセンジャー兼代打として、師匠もお越しくださったことだし」

 

 純丘は平坦に述べた。彼に動揺はない。旧知を悼む気持ちはあれど、やはり、予想通りだった。

 

 天竺の者共とはまた違った理由で、純丘は神も仏も信じない。墓は生者の心を整理するためのものだと考えている。重度の脳機能障害を引き起こした、意識不明の患者に語りかけても、意味をなす場合はごく稀だ。奇跡とは万に一つよりも起きる確率が低いからこそ奇跡なのである。

 もとより、たった一度の意図的なタイムリープですべてが解決できるなんて、そんな傲慢は純丘は抱えちゃいない。

 本命の前にある下準備、あるいは副次的対策、ついでに自己満足だ。

 

 少なくとも、純丘が既に打ち出した〝呪い〟の対策の一部はたしかに意味をなした。

 三天戦争は阻止した。卍會同士の決戦は起きなかった。エマは変わらず佐野姓だが、場地はペットショップを開いた。D.MOTORはD&D MOTORSとなり、ドラケン、九井、乾の三人で経営しているようだ。そこのところちょっと経緯を聞きたいような。そうでもないような。

 

 もっとも重要な点——

 

「とはいえ、日本でチャカは危ないからな、空砲に入れ替えておきたい」

「持っては行くのかよ」

「持っては行くが。牽制にはなるだろ」

「アーアーそうだな。銃刀法違反にもなるけどな」

 

 ——タイムリープの起点は、三年分早く切り替わった。

 

 新年まで残り数日。花垣が関東事変のタイムリープから戻ってくるまでのリミットでもある。

 日本に帰国した未来の純丘榎は、予定通り、花垣がタイムリープを行う前にその能力を奪取し、自死によるタイムリープの証明を目論んだのだろう。

 手っ取り早く確実な死に方——己ならば、より手間のかからない方法を取るはずだと純丘は確信している。

 

「相変わらず意味わかんねえやつ」

 

 明司はぼやいて、退室した。煙草休憩だろう。煙草を室内で吸ってもいいならマリファナもいいだろ、とほざく男がいるので。

 純丘は気にもせず、弾倉を開けて、実弾をテーブルの上に並べ、空砲を詰めていく。

 

「純丘」

「なんだよ」

 

 純丘の、朧げな記憶よりずいぶんと貫禄が増した寺野。額の上の方に深い切傷があり、まばたきのたびに少しひきつるような仕草を見せる。

 一応雇用主、ないしはビジネスパートナー。純丘が弁護士だった頃に提携していた柴大寿と、体格や物言いは似ているが、決定的に異なる。

 

「オマエ……誰だ?」

 

 聞き覚えのある言葉だった。

 

 別の場所、別の時間、別の人間が、別の言い回しで、純丘に向かってほとんど同じ問いを投げた。

 おそらくそのうちがわに含まれる意味も同一だ。

 

 純丘は眼鏡のレンズ越しに目を瞬かせ、それから首を傾げてみせた。

 

「誰ってなんのことだ」

「……誤魔化す、ナルホド」

「寺野くん?」

「マァ構わねえ。今度答え合わせしろよ」

 

 寺野はこちらも席を立ち、退室した。

 純丘は半眼で彼を見送って「……勘のいい」ちいさくぼやいた。

 

 ブラジルはかつて——具体的には十六世紀から十九世紀初頭まで——ポルトガルの植民地だった。公用語がポルトガル語であることもそこに由来する。

 またポルトガルは国民の九割がキリスト教のカトリック派であったため、ブラジルにもその教えが伝来され、布教された。独立から数十年が経った今でも、ブラジル国民の七割強がキリスト教、特にカトリックを信仰している。

 

 リオ・デ・ジャネイロももちろんのこと。

 

 寺野率いるブラジルギャングが統治するファヴェーラ、その片隅には墓地がある。ほとんどの墓は十字架をかたどっている。

 キリスト教を信仰するがゆえ、リオ・デ・ジャネイロの葬儀は土葬が主流だ。つちくれの中には朽ちかけの遺体もあることだろう。

 

 改変後、タイムリープから帰ってくる前の純丘は、月に一度の頻度で墓地を訪れていたようだ。

 埋葬されている人々は、弁護士だった記憶を持ち合わせる純丘にとってほとんど知らぬ者たちだが、継続されていたらしい習慣に倣うことにした。

 

「なんか稀咲兄、会うたんびに死体探ししてるか墓の前にいねえ? あれバイトじゃなかったんだよな? ンなら、趣味なん?」

「趣味であってたまるか」

 

 嘆息して振り返った純丘に「意外~」半間は茶化した。いかにも専門家用のゴツめのカメラを首から提げている。

 タイムリープ前にも時折鞄から取り出していたカメラとは、似て非なるかたちをしていた。二〇一七年のモデルだろうか。

 

「よっぽど死神っぽいよなァ」

「死神のお墨付きをもらうとはな……」

「それか墓守」

「勘弁してくれ」

「アンタが言ったんだろ?」

 

 なにかとそういう役回りがついて回るだけで、本来純丘は人の生き死にとかあんまり積極的に考えたくない。疲れるからである、シンプルに。

 こめかみを抑えて嘆息し、それから、純丘は自らのトリガーを見つめた。いずれ取り立てに来る死神。

 

「君は、楽しかったか?」

「それなりに? てかアンタのせいで今回は稀咲といまだに連絡取ってるわ」

「……俺のせい?」

「マジでブラジルギャングんなっただろ。アレのせい」

「ああ」

 

 たびたびパパラッチに撮影されている旨、はまだいいとして、そこにときどき半間が混ざりこんで困惑する旨なども、手帳には記されていた。そういう理由か。

 反社会幹部の進路が突然頓挫した男とて、身内がブラジルギャングと化していたらさすがに困惑するだろう。

 

「メキシコとの麻薬情報戦線とかマジで手に汗握ったわ~、またやんねえ?」

「たぶん二度とやらない」

 

 半間は半間でもしかしたらそういうドラマかなにかのように面白がっていたらしい。純丘は切実な気分で断固とした拒否を示した。

 鉄太の計画をサーカス扱いするだけはあるがにしたって勘弁してくれ、絶対こいつの方が俺よりイカれてる。

 

「つまんね」

 

 半間は肩をすくめてみせたが、どちらにせよ、駄目で元々だったようだ。「ところで、」と話を切り替える。

 

「今回いろいろ変わったっぽいけど、やっぱフツーにマイキー死んでねえ?」

「そうだろうな」

 

 素気無い肯定がひとつ。

 そして純丘は付け加える。

 

「今のところ」

「……アンタら兄弟の会話、オモロかったけど、何言ってたのかは全然わかんなかったんだよな。シリョーだのシントーだのはけっきょくたとえなんだろ」

 

 半間がカメラを鞄にしまい込む。

 まじめな話をするのであれば、取扱いに細心の注意を払うカメラをずっと抱えているわけにもいかない。これからする話を思えば、なおさら、オフレコであるべきだろう。

 

「マたしかに? アンタの言う通り、三天戦争は起きなかったし、決戦にはなんなかったし、なんならアンタが狙った通りタイムリープの時間はズレたケド。なにがしてえの?」

「意外だな。ちゃんと知りたいのか」

「口だけ野郎ってわけでもねえらしいしな~。俺がわかってた方がアンタの狙い通りのとこに飛べるんじゃね?」

「……本当にいやに協力的だな」

「稀咲の面食らった顔みてェってのは確実にある」

「ああそう」

 

 彼の実弟はつくづく厄介な男に目をつけられたものだ。純丘の脳裏を九井と師匠の関係がちらと過った。似ているようなそうでもないような。どちらにせよ助けないが。俺に被害のない範囲でお好きにどうぞ。

 

 さて、なにがしたいのか。なにを企んでいるのか。

 半間だけでなくとも、気心知れた知人たちから、都度聞かれてきたことである。

 

 純丘は腕組みをした。

 

「……結論として、真一郎さんが殺してしまった人に誠心誠意謝って、ご機嫌取りをして、呪いを無力化したい」

「ホームレス本人死んでるけどな。……死んでる前に戻りてェの? つってもタイムリープで佐野真一郎が殺したこと自体なかったことになってんなら、そいつも殺されたこと覚えてねえんじゃね?」

「そこだ」

「そこて」

「前提条件をおさらいしよう。トリガーについては一旦脇に置いて、三点」

 

 半間に向かって、純丘は指を三本立てる。

 

「一、譲渡の条件。タイムリープの能力は譲り渡せる。二、奪取の条件。タイムリープの能力はタイムリーパーを殺すことで奪える。三、死に戻りの条件。タイムリーパーは死ぬことで、過去に遡れる」

「はあ」

「それで、重要なのはここだ——殺された方のタイムリーパーの能力は、発動するのか」

 

 強調の如く、言葉は意識してゆっくりと。

 半間は目を瞬かせた。

 

「……ン? つまり」

「俺も又聞きでしかないんだが、タケミッチくんの最初のタイムリープでは、彼はホームから突き落とされたらしい。つまり、殺人だな」

 

 二〇一七年七月四日、起きた事件。

 間一髪で回避したことになった事件。

 

 花垣武道は渋谷駅のホームから突き落とされ、結果、彼にとって一度目のタイムリープをした。巡り巡ってそのタイムリープは橘直人の命を救った。生き延びた橘直人は、花垣武道の命を救った。

 

「条件を踏まえるなら、下手人にタイムリープの能力は渡って然るべき——それはそれとしてタケミッチくんはタイムリープしていた。二〇〇五年に」

「へーそうなん……」

 

 無難な相槌を選ぶ半間。

 すごくどうでもいいのだが、一応聞いておかないとわからなそうだな、ぐらいは彼も察している。

 

「ここからひとつの仮説が立てられる。まず、タイムリーパーが殺されたとき、殺した人間にタイムリープの能力が渡る。奪取の条件に当てはまるからだ」

 

 半間の内心は察しつつも、純丘は説明を進めることを選んだ。どうせそう長くもならない。

 

「同時に……殺されたタイムリーパーは、過去へと遡行する。死に戻りの条件に当てはまるからだ」

 

 彼らにはもはや知る由もないが——純丘の仮説は、正しく、事実である。

 

 最高のハッピーエンドに辿り着くべきだった、正しい物語。最後のタイムリープ。

 決戦の地でタイムリーパーは同時に二人存在し、彼らはお互いのトリガーとなった。

 

 殺されたことで過去へと遡った、花垣武道。

 花垣武道を殺したことで能力を手に入れ、また花垣をトリガーとして過去へ遡った、佐野万次郎。

 

「すなわち……真一郎さんに殺された、前のタイムリーパーは、最初の世界の記憶を保持したまま、更に過去に遡ったんじゃないかと俺はにらんでいる」

 

 仮説からさらに仮説を立てる。今後の行動の指針を立てる。

 

「真一郎さんのタイムリープの起点は二〇〇三年の七月末だった。俺の体感としても、手帳に表記された明司の与太話からしても、これは確定でいい。だから、少なくとも二〇〇三年より前に遡る必要がある」

 

 純丘榎が、タイムリープのタイミングを大幅に動かそうと目論んでいた理由は、ここに尽きる。二〇二〇年と二〇〇三年を反復横跳びするだけでは、おそらく、彼の目的は実現しない。

 

 ならば——より昔へ。

 

 ホームレスの男が遡った過去へ。

 消えた世界で確かに被害者だったひとのもとへ。あるいは、呪いを用いた不能犯のもとへ。

 

 二〇〇三年にふたたび遡ったときの純丘が、自らへ伝言を残すだけでなく、病院を訪れて男の顔を覚えたその理由でもある。

 謝罪は彼の自己満足だとしても、まず、顔を知らなければ探し出すことも難しい。

 

「……稀咲が頭おかしいとか言うわけだよ」

 

 ぼやいた半間に「俺は一応耳は悪くない方だぞ」純丘はしっかりと釘を刺した。

 都合が良いので聞こえていないふりや聞いていないふりをすることは度々あるが、たいていは聞き逃しはしない。

 

「ギャングが脅してんじゃねえよ~」

 

 半間はへらへらと笑った。

 

「ギャングだからこそだろ」

 

 純丘は露骨に投げやりだ。

 年下から舐めた口を叩かれるのは今に始まったことでもない。手帳の内容から察するに、そのあたりは、ブラジルにてギャングにまで成り上がってからも、あまり変わらないようだった。

 

「マせいぜいやってみろよ、できようができなかろうが俺は腹抱えて笑ってやっから」

「最悪だな」

「取り立ての返済どうするかも考えとけよ~」

「本当に最悪。……そしてそこは本当にどうするかな……」

 

 リオ・デ・ジャネイロの十二月はきわめて暑い。握手するてのひらはお互いに汗ばんでいて、クーラーの効いた部屋であるべきだったかもな、と純丘は考えた。

 どちらにせよ、墓場で倒れたブラジルギャングはちょっとまずいかもしれないが。あるいはもしかしたら、強引にタイムリープの基点を切り替えた以上、いるべき己が戻ってきたりするのかもしれない。

 

 さて——この先の未来はともかく、純丘が飛んだ先の過去について。

 先んじて正解を述べよう。

 

 今回も、純丘が飛んだ先の過去は、前回同様、きっかり十七年前だった。

 しかし今回は、二〇二〇年から見た十七年前ではなく、二〇一七年から見た十七年前である。

 

 すなわち彼が飛んだ先は、二〇〇三年ではなく、二〇〇〇年。

 その十二月末ごろであった。

 

 高校受験を控えていた当時の純丘榎が、在籍していて軽音楽部を引退した頃。また灰谷兄弟が灰狂戦争にて勝利を収め、少年院に収容されたのも、この前後のことになる。

 

 そして純丘は、およそ半月、この過去に留まることになる——留まらざるを得なくなる。




別名樹海疑惑事件
:許しきれない「2 months ago」 より

渋谷区と新宿区の境の高架下に住み着いていた男~
:捏造

聞き覚えある
:保証にはできない「予測と予感の類似点」より

キモイ商売~
:灰谷蘭による六星コミュニティへの詐欺以外すべて捏造

GMT-3
:日本との時差は12時間
 日本の方が早い

一周忌
:上書後、この件が「万作の入院」にすり替わる

D&D MOTORSとなり~
:三天戦争が起きないが佐野万次郎が死ぬ世界でしか実現しない
 つまりこの世界でしか実現しないので夢主は一生に一度の聞く機会を逃した

〜仮説は、正しく、事実である。
:正直公式の理屈がどうとか考察や二次創作の主流がこうとかはわかんないです
 この夢物語ではそういうことになってます

不能犯
:刑法学における概念
 雑に説明すると「めちゃくちゃ憎い奴がいたので丑の刻参りをしました、そうしたら相手が死にました、なので私が殺したと思います」って自首されてきても警察はチョト困るしたぶん検挙できない
 そんなかんじ
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