【完結】罪状記録   作:初弦

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神は死んだ、

「ホームレスどころか半間くんもいない」

 

 基点が三年分早く切り替えられたということは、三年分、環境も過去のものになる。

 

 半間修二は二〇〇〇年当時小学生で、死神の片鱗こそ散見されたが、まだ歌舞伎町を拠点にはしていなかった。そもそも二〇〇三年の邂逅を経ていない半間がトリガーになるかどうかはきわめて怪しいとして。

 

 ホームレスの男も高架下にはいなかった。

 このころいなかったっけ……? 純丘は自身の記憶を振り返ってみたが、なにせ二〇二〇年からみた二〇〇〇年とは二十年も前に当たる。交流もなかった相手がいるかどうかをどれだけ覚えているか、覚えていたとしてその記憶を二十年保持し続けられるか——二十年もたてば、生まれたての赤ん坊だった人間が合法で酒が飲めるようになる。中学時代は、塾は開講しても家庭教師業にはまだ手を出していなかったのもあって、高架下を通りがかる頻度もぐんと少なかった。

 要するにマジで覚えていなかった。いたかもしれないしいなかったかもしれない。曖昧ここに極まれり。

 

 しかし、ではどこにいるのか。

 

 調査書に記載された住民票の情報、その住所を訪ねてみたがこれもいなかった。いやまあホームレスだしな。

 その上で、人脈と技術を駆使して調べつくすのは純丘の十八番ではあったが——こちらも頓挫した。

 

 なにせ、二〇〇〇年末の純丘榎は中学三年生であり、すなわち義務教育下であり、受験生であり、それでいて実家暮らしである。

 

 人脈も、中学生にしては広いだろうが、一人暮らしの自由が利くようになったころと比較すれば雲泥の差だ。

 せいぜいが灰谷兄弟関連で知り合った警察の人々や、あとはどこぞの師匠だとか。直接的な縁もないのに警察と知り合いなのもまあまあ妙なことだが、彼らもさすがにホームレスについては知っていても純丘には教えてくれはしないだろう。ホームレスと純丘はもとからの知り合いでもないし。中学生だし。さすがに。

 そしてこの時期の師匠はといえば——絶賛現役大学生である。実はね。

 

 ……ついでに純丘は実家暮らしの宿命として、存命の両親や祖父と久々に会話し、無の表情になっていた。

 受験期だというのに遊びほうける出来損ないの子供に、しばしば苦言を呈する血縁。正論なところもあるっちゃあるけど、ああそれにしても俺この人たちのこういうところが嫌いだったし、嫌いだし、大嫌いなんだよな。そんなかんじ。単なる事実の再確認である。

 幼い弟ともまるでいつも通りのように顔を合わせ、なるべく、何も知らない体で接した。

 悟られるようなへまはしない。思うところはあるにしろ、当時の稀咲鉄太は、性格に癖はあれど、まだなにも企んでいない無辜の少年である。

 

 そんなわけで。

 受験生の冬休みとかいう、自由なようで微妙に多忙な期間、日常生活の傍らで情報を収集し、あたりを探し回り——現状の純丘榎の環境と能力では見つけられない。

 

 彼はそう結論付けた。

 

 

  神は死んだ、

 

 

「ちと行き当たりばったり過ぎたな……」

 

 二〇〇一年。一月七日。

 

 純丘は学べる人間なので、きちんと反省した。きちんと反省しながら図書館からの帰り道を歩いていた。一日二日ならともかく、半月も受験勉強を疎かにしてしまうと巡り巡って未来の純丘が詰む(東大合格できなければ実家を出られない)ため、そのへんのカバーもきちんと行なっていた。

 冬休みも、もうじき終わる。受験に加えて一人暮らしの手続きと青色申告のまとめもあったはずだ。並行してさらに捜索することはできなくもないが、より時間を食うことになるだろう。

 

 どうするかなー、と、純丘は天を仰いだ。途端に風が吹きつけてきて少し身震いした。

 寒くない? 寒い。

 

 しっかりと顔半分にマフラーを巻き付けて、一息。

 

「あ、部長」

「ほんとだ、おーい榎。てかもっこもこだなあったかそ」

「ん。……あ、こんちは。真一郎さん。エマも」

「その言い方、ウチおまけみたいなんだけど」

「エマと真一郎さん」

「言い直したな……」

 

 向かいの歩道で手を振る知人に、純丘は少し考えてから、車通りのないタイミングを見計らって雑に車道を横断した。

 できれば横断歩道を使いましょう。

 

「勉強帰り? 受験生って大変だな」

「マ慣れですかね。そっちは兄妹でデートですか」

 

 二〇〇一年一月のエマは、先々月に九歳を数えたころだった。幼く小生意気な顔が「(シン)兄とデートはヤ」ぷいとそっぽを向いた。

 

「ダサいし」

「だ、ダサい」

「手加減してやれよ」

 

 エマの反抗期の訪れは平均よりも少し早かった。ほとんど親代わりの万作と真一郎がほぼ一手に担う形で、その兆候が現れるのがだいたい八、九歳のころ。

 そうそうこの時期こんな感じだったな、ほのぼのと思いながらも純丘は諭した。手加減はしてやれ。

 

「マイキーも来る予定だったんだけどあいつ場地と春千夜と遊びに行っちゃった。春千夜もあんなことあったのによくやるよね~」

「いろいろあるんだろ、あいつらも」

 

 あんなこと? と思ったが純丘は口を挟まないことに決めた。

 本来の純丘が、三途春千夜と佐野万次郎の関わりを把握するのは、もう数年先——ここで変化したとしてなにを齎すか、読めない。

 

「もうすぐ冬休み終わるだろ? モール行ってちょっと遊ぶかって、お前も来る? さすがに勉強ばっかりしてると頭煮詰まっちまいそうじゃん」

「てゆかジュケンってあれしないの? お祈り! ゴーカクしますようにってやるんでしょ! テレビで観たよウチ」

「あ、じゃあそんなら先に神社寄ってくか。合格祈願のお守り買ってやるよ」

「俺が口挟む暇なく決まってねえすか?」

 

 佐野家の特徴、周囲を置いてけぼりにしつつも周囲を全力で巻き込んでいくところ。一瞬にしてなんか巻き込まれることが確定した。純丘にとっては久しぶりのスピード感である。

 

 武蔵神社には、純丘も時たま足を運んでいた。

 東京卍會のたまり場と化してからはほとんど寄り付かなかったが——寄り付いた瞬間、無免許運転と深夜外出と暴力沙汰を指摘したくなるに決まっていたので——二〇〇三年と二〇〇四年のクリスマスには、真一郎の代わりとばかりにエマに引きずられていった覚えがある。

 

「にれーいにはくしゅいちれい! 部長が合格しますよーに!」

「ありがとう。助けてくれ」

 

 大声で唱えられると純丘とてちょっとは恥ずかしい。二礼二拍手一礼はそもそも唱えるものではない。

 

「マ、声デケェ方が神様に届いて叶いそうだろ」

 

 真一郎は訳知り顔でうんうん頷く。

 願い事は声に出すと叶わないという話を知っているのか知らないのか、純丘は聞かないことに決めた。今のタイミングで指摘してしまうと、今しがた声に出したばかりのエマに全責任が降りかかりそうだ。

 

 たぶん今回も受かるし。

 

「ていうかこれって一応初詣? 俺初めてやったかも」

「……つまり、毎年クリスマスに参拝してるのが初詣……?」

「……まあそういうこともあるよな!」

「左様っすか」

 

 一応合格祈願をされている側の身として、純丘はこれ以上追及するのはやめておいた。

 にしてもなんかこの人やっぱ素でヘンなんだよな。思い出補正かとも思ったけどそうでもねえな。

 

 おまえに言われたくはないだろうとはたぶん各方面から突っ込まれるべきである。

 

「あ、ねえこれどう。ピンク。かわいーよ」

「かわいい御守りだな。ただ安産祈願だから俺はちょっと……」

「アンザン……?」

「赤ちゃんが無事に生まれてきますようにってお守り」

「へー。部長の赤ちゃん生まれるときにとっとくのは?」

 

 そういうことじゃないんだよなあと純丘は思った。

 真一郎が後ろで声を殺して笑って咳き込んでいることまで含めて、ちょっと嫌だなあと思った。

 

「……。お守りの賞味期限はたいてい一年だから、別の、それこそ、赤ちゃんがもうすぐ生まれそうな人のために譲っておきたいな」

「でも……かわいーよピンク」

「俺青がいいなー!」

「ぶっ、ぐ、ごほっ、げほっ」

「真一郎さん」

「悪い」

 

 武蔵神社にて販売されている合格祈願の御守りは青色だった。

 一般的に、青色には冷静さや知的さといったイメージが定着しているため、学業成就の御守りは比較的青色が選ばれやすい。あくまでも比較的。

 そもそもどんな種類の御守りだろうと買う人や贈る人の気持ちがこもっていればこれ以上ないはずで、それはそれとして安産祈願は純丘が普通に嫌だった。すまん。でもイヤ。

 

「万次郎にも買っとくか、交通安全……」

「……自転車と歩行者にも必要ですもんね」

「ウンウン、ソウソウ、トッテモソウ」

 

 真一郎は視線を思い切り明後日に向けて逸らす。

 あからさまな態度に純丘は半眼になったが「ウチこれ!」とエマが高らかに掲げた方に眼差しを向けた。

 

「ああ、いんじゃね? かわいいな」

「さすがにエマには安産祈願は早いだろ」

「俺も早ェわ。てかエマが選んでんのは今度は安産祈願じゃねえすよ」

「え? ……え、縁結び……」

 

 御守りをよくよく見た真一郎、絶句。

 

「ピンクじゃないけど赤だし、リボンがかわいーの」

「いいいやあ兄ちゃんエマには縁結びもちょおっと早いと思うぜー?」

「え? でもエンムスビって恋愛でしょ? 好きな人をつかまえるのに早いもおそいもないんだよ!」

「そ、そんな」

「縁結びは知ってるのか。博識じゃないか」

 

 そもそも縁結びが司るのは決して恋愛だけでもないが、誤差の範疇だろう。

 

「おまえ榎、他人事みてェに」

「悪縁がつくより百倍マシじゃねっすか」

「極端だろ!」

「あのさあ、ウチに恋愛でぬかされたくないんだったら、(シン)兄も買ったら?」

「違う! そうじゃない! ……でもどうしよ、たしかに、買おっかな」

「説得されるんすね」

 

 純丘榎は、自らにまつわる色恋沙汰や親子のしがらみは大嫌いだが、他人の幸せな恋愛は好きにどうぞと思うタイプだ。

 

 御守りひとつふたつ選ぶにもきゃあきゃあわいわい、純丘が持ち得る二十年前の記憶でも、そんなこともあった気がするしなかった気もする。あまり覚えていない。佐野家とはかかわる機会が多かったので、いつどこでなにをしたかは曖昧だった。

 

 なんだかんだで買ってもらった合格祈願の御守りを指先で掲げて、純丘は目を細める。

 

 これから一月もしないうちに純丘はあっさり受験に合格し、火災保険もついていないようなアパートを借りて、一人暮らしを始める。

 佐野家とは、道場のTAと家事手伝いをすることで、より密接にかかわっていくことになる。万作にはよく目をかけられ、万次郎やエマからも親しみや甘えゆえにちょっかいを出され、真一郎には雑にも可愛がられていた。たとえばそれこそ、このように。

 二〇〇二年には灰谷兄弟を経由して、佐野になるかもしれなかったもう一人とも、邂逅する。

 

 二〇〇三年八月十四日、ひとり、欠ける。

 

 言うべきか、言わざるべきか。

 変えるべきか、変えざるべきか。

 

 純丘は今に至っても考えていた。

 

 不幸は報いにはならない。復讐は罪から連鎖しただけの罪であって、罰にはならない。

 生きていなければ、罪を償うこともできやしない——けれど、

 

 では、真一郎を生かしたとして、生き延びさせることができたとして、それは純丘の自己満足ではないのか?

 

 一虎や場地が自らの罪と一緒に足掻いた意味はなんだったのか? エマや万次郎、万作、イザナとて、苦しむ必要はあったのか? 花垣が奮闘した過去は? 純丘がここまで、悩んで、歩いてきた軌跡は?

 

〝どっちも生きていた方がいいに決まってる!〟

 

 ……もちろん、わかっている。

 

 不幸はあるよりない方がいい。苦労をしなくて済むならその方がいい。

 つらい過去に意味を見出すのは、そのように正当化しなければ痛みや苦しみを直視してしまうからで、それは他人に押し付けるべきものではない。

 

 目を閉じて、深く息を吐いて、合格祈願の御守を握りしめる。再び目を開けた純丘は、物音にふと眉を寄せ、振り返った。

 

 武蔵神社には時々参拝客がくる。真一郎然り、エマ然り、実のところ橘家の人々もそうだった。

 純丘の視界に入ったのはその誰でもなく、キャップを被った男だった。この寒い季節になぜかサンダルを履いていて、参道の石畳につま先をつっかけて転んだばかり、そんな姿勢だった。

 先ほど、純丘たちが通りがかったときにはなかったはずの御守りが、参道の中心に落ちている。状況からして男が落としたものだろう。

 

「大丈夫?」

「ちょっ」

 

 エマがぱっと駆け出し、慌てて真一郎が、一歩遅れて純丘も後を追った。

 心優しいのは良いことだが——男の服装は見るからに擦り切れて、薄汚れており、髪の毛はしばらく洗っていないようにごわごわ。極限にまで濁した言い方をしても、おそらくなにか事情がある人。

 人を外見で判断するのは愚行だが、にしても不用意に近寄るとまずい、かもしれない。

 

「おじさん、ひざ、平気? 部長お守りひろってあげて!」

「あのなあ……」

「言ってもおまえ、エマの言う通り、拾ってあげるんだもんな」

「やかましいですよ真一郎さん……」

 

 悪態をつきながらも純丘は参道ど真ん中に落ちた御守りを拾い上げ——そういえばこの御守りと同じ色形のものを、創立記念と称して万次郎たちが買うんだっけな、と思った——三人に歩み寄る。

 エマに声をかけられた男は、何事かをつぶやきながら起き上がる。断片的に拾い上げた言葉から察するに、エマの助力を断ったようだ。うんまあさすがに九歳の女の子に手を貸されたところで、というのはある。

 

「どうぞ、落とされましたよ」

 

 純丘は拾った御守りを差し出した。

 

 顔を上げた男と視線がかち合い——純丘は、思わず、目を見開いた。

 髪は全く整えられておらず、口元から顎にかけて髭で覆われているが、落ちくぼみつつある眼窩、やつれた頬、それは病室でたしかに見た顔だった。ここ半月探し回っていた顔でもあった。

 

 ——あのホームレス!?

 

 病院では最低限整えられていたはずの髪や髭は、それはそれで、二〇〇三年の真一郎から聞いた特徴〝髪の毛縮毛ってかんじで黒もじゃでひげぼうぼう〟と一致する。

 

 そして——純丘がほんのわずか、動揺した瞬間。

 

 男に手首をつかまれた。

 

「えっ」

「おまえ——」

 

 溶けかけた歯が覗く。

 歯磨きを怠った結果か、病気や体質のほか、薬物濫用でもエナメル質は容易に溶けるらしいが。

 

「あのときの男か」

 

 ささやくような声だった。

 至近距離の純丘はさておき、真一郎やエマには、聞き取れるかどうかも怪しいほどの声量だ。

 

「つまり、おまえが言った〝シンイチロウ〟は、そこの男か。俺を殺した男」

 

 

  神は死んだ、……本当に?

 

 

 純丘は、途端に口の中が乾いて、舌が張り付いて動かなくなったのを感じた。

 

 たしかにそうだ、そう言った。純丘は身勝手にも真一郎の行いを謝罪し、その上で、〝呪い〟が起こした災厄を自らの感情を以て否定した。

 しかしそれは、真一郎が死ぬ分岐のさらに先の出来事だ。二〇〇三年の十一月末、病室での出来事だ。もうじき死を迎えるだけのさだめ、そのような状態の男を訪ねたときのことである。

 

 二〇〇一年からすれば、未来のはずだ。

 

 まだ起きていない出来事、まだ起きなかったはずの出来事、それを知っている、タイムリーパーは自らが死ぬとき過去へと遡る——

 

 ——こいつ、いったい、()()()だ?

 

「ヒャヒャヒャヒャヒャ! しかもエマ! あのガキ!」

 

 男の高笑いが響き渡る。

 純丘が知らないどこかでエマとの面識があったのか。それとも〝呪い〟が巻き込んだ被害者の顔ならば知っているのか。

 

 男のてのひらは、掴んだままの純丘の手首をぎりと締め付ける。骨と皮ばかりの様相の指のいったいどこからそんな力が出るものか、万力の如くぎりぎりと。

 

「ひっ」

「オイおっさんちょっとオイタが過ぎるぜ」

 

 誰がどう見ても明らかに、男の様子はおかしい。

 エマを庇うように背後に押しやって、真一郎は、ヤンキー時代のドスの利いた声を久しぶりに発した。男の指を引き剥がす。

 

「力つよ!?」

 

 訂正、引き剥がそうとして全然上手くいかない。

 

「おまえも繰り返したのか、傑作だ! 全くおかしい! たかだか、そんなことのために! 今度は弟ですらない、赤の他人だ!」

 

 赤の他人だ。間違いない。

 

 純丘の祖父はただの老衰。親は呪いでもなんでもない流行り病で死んだ。それらを覆そうとは純丘は全く思わない、嫌いなので。

 実弟はわりとどこの未来でも元気らしい。罪を冒したあとの弟に純丘はさして興味がない。

 

「……あなたにとってはそうかもしれない」

 

 赤の、他人。

 だが。

 

 ……けれど。

 

「俺は……たかだかとは思わなかった」

 

 言うべきことがいくつかあった。述べるべきことがあったはずだ。それらをまるごと考えてきたはずだ。

 なにもかもすべて吹き飛んで、それでも純丘は、思いのほか落ち着いてその瞳を見つめ返した。焦点もうつろで底の見えない瞳が、真正面にあった

 

 何度繰り返したかもわからない男が、目の前に、いる。

 

 根本的に純丘が怒っているのは、是正されるべきだと信じているのは、法による罰が下されなかったことだ。復讐にしても無関係な人間が巻き込まれていることだ。

 呪いと称して、まったくタイムリープに関係のない人間までもが、命を落とし、業を背負っていることだ。

 

 被害者の悲しみや怒りの暴走だというなら、もう少し純丘としても寄り添う気持ちはなくもなかったのだが、これは——おそらく、決して、無辜の被害者というだけではない。

 

 男は不意に黙り込み、じっと、純丘の顔を覗き込んだ。

 

 ——バチッ、

 

「手ェ放せ!」

 

 真一郎が怒鳴りつければ、今度は思いのほか、あっさりと男の手が離れた。すぐさま真一郎はエマを抱え、純丘を半ば引きずるようにして走り出す。

 三十六計逃げるに如かず。孫子の仰る通りに。

 

「なになになにマジでこわいマジでこわいねえこわい!?」

「いやもうゼッテェやばいってあいつ! しばらく神社には近寄んね……て、てか榎おま大丈夫か? おまえ警察と仲良かったろ言ったほうがいいかもなんなら被害届とか、って手首! アザやべえよ!?」

「被害届っつっても、俺さっき、ほとんどなに言われたか覚えてなくて……さすがに肝冷えたな」

「それで済むの!? いや逆にトラウマになったから記憶吹き飛んだとか!?」

 

 ——三人が撤収した、武蔵神社にて。

 

 取り残された男、追うこともなかった男。

 彼は、てのひらを開き、閉じて、また開く。先程まで純丘の手首を捕獲していたてのひらだ。

 

 やがて、人気のない神社、その参道のど真ん中で胡坐をかく。渡された御守りを片手に握りしめ、ふー、と息を吐いた。

 

「俺を殺した男は逃がさん。逃がすわけもねえ。殴られる痛みを知ってるか? 撲殺は何度も経験したが、まったく、何度目だろうと冗談じゃねえ」

 

 ひとりごちるようにつぶやく。

 あるいは、誰かに言い聞かせるように、つぶやく。

 

「いやはやしかし。あの男。そしてあのガキ。()()()()——本ッ当に、傑作だ!」

 

 引き笑いのような、特徴的で、奇妙に甲高い笑い声が響く。

 しばらくののち、笑いは収まった。

 

「数奇が過ぎる……この世に業を積み重ね、ときに因果は実現する。偶然と執念が引き寄せた結果を運命と呼ぶ。仕方ない、まったく、仕方ねえ。よりにもよってだ」

 

 悪態じみた口調であった。呆れたとばかりの物言いだった。

 歯抜けの浮浪者は膝の上に頬杖をつく。

 

「俺を殺した男は絶対に逃がさん。……が、それ以外は、見逃そう」




死神の片鱗こそ散見された~
:息をするように捏造

御守りの賞味期限
:賞味期限ではないが一年たったらお焚き上げ等が推奨される

武蔵神社にて販売されている合格祈願の御守り~
:あったらいいな

青色には冷静さや知的さといったイメージが定着している
:カラーイメージは国によりけりだったりする

そういえばこの御守りと同じ色形のものを~
:当然のように捏造
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