【完結】罪状記録   作:初弦

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お前らの罪を抱えきれない
12 months ago


【明けましておめでとう。】

 

 右斜めに傾いた文字が並ぶ葉書。

 全体的に水性ペンで色付けされ、文字列の脇に門松と猿が描かれていた。特徴をよく掴んだデフォルメ絵だ。

 葉書には無数の皺が刻まれている。

 ぐしゃぐしゃに丸めた状態で、ゴミ箱の脇に落ちている。

 

 

 

  12 months ago

 

 

 

 二〇〇二年の十二支は(うま)であるからして、では二〇〇三年の十二支はと尋ねられれば当然(ひつじ)だ。

 商店街やモールは、新年らしく、紅白のカラーリングを基調に飾られて、店内にはひつじを模した商品がいくつも並んでいる。本日は一月二日。サービス業ないし小売業はこの日が仕事始めである場合も多い。

 

 ところで新年早々の小売業でお馴染みのものはなんだろう。

 

 回答例・福袋。

 別解例・初売りセール。

 

 最寄りの商店街全体で開催される初売りセールにて。純丘は特に安価な一帯を吟味していたところだった。

 福袋Tシャツ五種セット、銘打たれた商品を何気なく持ち上げたところで。

 

「うわクッソダセェこれはねえわマジねえわ」

「鬼ダセェ。嘘だろフクブ、ガチで買う気?」

「一昨日ぶりだな灰谷ブラザーズ」

 

 両肩に各々の片腕を回されて、純丘は冷静にコメントした。

 そして新年早々失礼だな灰谷ブラザーズ。

 

 彼ら含むS62世代は、キャンプ場で新年を明かした仲だが、あけましておめでとうございます、と律儀に挨拶をしたのは鶴蝶や武藤ぐらいで——なんならイザナは一言も会話しなかった。最後の会話内容がよりにもよってな話題だったので、純丘でも微妙に気まずかった——年が変わってから会った、という実感があまりない。

 

 ちなみに灰谷兄弟は「やっぱ安っぽいベッドは寝らんねえよ」「それそれ、あー眠ィ」などと失礼なことを言いながら帰っていった。そんな彼らが普段純丘の家で占領しているのは、安っぽいし実際安いパイプベッド。

 なんのコント? 思いながらひらひら手を振ったのが前回のお別れだ。

 

 それから半日。

 

「何しに来た?」

「貧乏人の新年を観察しに」

「帰れ」

 

 純丘は一喝した。ご尤もな反応で。

 しかし「ヤ無理無理」至極シリアスな表情で、蘭が首を横に振る。表情だけはシリアスだ。

 

「外国人が着る漢字Tぐらいダセェの買いそうなの見ちまったし」

「アイドルオタクでもまだマシなモン着るわ」

「しま×ら以下」

「ド×キ以下」

「人の肩書やチェーン店の名前を愚弄に使うのは良くない……君ら俺と外国人とアイドルオタクとし×むらとドン×・ホーテのどれに恨みがあるんだ?」

「え、フツーにそれっぽいだけ」

「なるほどな、尚更やめろ」

 

 純丘は真摯に語りかける。枠組みに勝手に貼り付けられたラベルを、軽率に罵倒目的で使うのは、間違いなく良くはない。とりあえず俺の前ではやめろ。眼前でやられなければいい判定は大概クズだ。

 ちょこっと首を傾げた蘭の耳元、切り揃えた髪が揺れた。彼は最近ショートカットに茶髪の気分らしい。体格と髪型のアンバランスが、むしろ、絶妙な美貌を生み出している。

 

「……じゃあユ×クロ」

「人の肩書やチェーン店の名前を愚弄に使うのは良くない」

 

 そんな美貌でも口にするのは憎まれ口再放送だ。〝じゃあ〟の使いどころがおかしい。

 

 叱りつけながら、純丘は金網のカゴの中に福袋を戻した。この福袋を買う必要性は特にないし、この店舗で買う必要性も特にない。だる絡みつつ、肩に全体重ごと寄りかかっていた竜胆は、目を瞬かせた。

 

「フクブそれ買わねえの?」

「は、着ねえワケ? なんで?」

「内容詳しく見るために手に取っただけ……」

 

 言葉を切った純丘は、ふと、胡乱げに左右の灰谷兄弟を見比べた。

 

「君ら、止めてたんじゃないのか?」

「止めてねえよ? 面白ェ〜って思って」

「なるほどな……そんなノリで往来にて全方位失礼をかますな」

「いつもじゃん」

「そうだよ」

 

 いつものことだが、いつものことだからといって諦めてもいられない。常に〇.〇〇一%ぐらいの確率にかけているとだいたいこのようなやり取りになる。

 一通りの反駁はしたので「動きづらい」しゃがんで腕を剥がしたのち、純丘はもう一度二人を交互に見つめた。蘭、竜胆、蘭、再び竜胆。

 

「アイス買ってこようかな」

 

 あっけらかんと投げられた言葉に、灰谷兄弟は露骨に怪訝そうな顔になった。構わず純丘は言葉を続ける。

 

「ソーダ味のやつ、いやレモンでもいいな。季節外れか?」

 

 瞬時に蘭が吹き出した。

 遅れて理解した竜胆が口角を上げる。頬は若干引き攣っていた。

 

「な……んで俺っつか俺の頭っつか、髪見てそれ言った? ほら言ってみろよ聞いてやっから」

「君に夏が似合うから」

 

 こういうの真顔でさらりと言ってのけるから〝ジジババキラー〟とか言われるし、竜胆はうっかり返す言葉を失うし、蘭が腹を抱えてしゃがみ込むのだ。

 

「……くそ……!」

「蘭、らーん、悔しがってる兄弟を肴に大爆笑はやめたれ?」

「フクブはまじでそういうのわざとやんだよな!」

「わざとやれんで好感度が稼げるかよ。ほ〜ら回収回収、俺はアイスの気分だけど君らはどうするよ?」

「チョコレート」

 

 竜胆の答えに自力で立とうとしていた蘭が今度こそ崩れ落ちた。

 

「チューチューのラインナップにチョコレートなかったな……スーパーカップ?」

「ダッツに決まってんだろ」

「それはさすがに自分で金出せ」

 

 なんだかんだで全員揃って純丘愛用のスーパーにやってくるあたりがこの三人。並ぶ商品を見つめて吟味する純丘は、至って真剣な顔つきだ。

 

「キャラメルでもいいな……」

「アイス選んでんだから俺じゃなくてアイス見ろよ〜」

「君の兄弟はアイスと俺の髪色をわざわざ見比べているが?」

 

 指をさされた竜胆がちょうど顔を上げる。霜のついた商品を無遠慮にわし掴んだまま、彼は眉をきゅっと寄せてみせる。

 

「もうちょい黒っぽいのねえわけ」

「そろそろ諦めとけよ」

「黒胡麻とか小豆とか? スーパーのレパートリーって基本シケてんだよなあ」

「なんで君らそういう話を店内でするんだ? 脳と口が直結してンの?」

「手の方が直結してっから」

「ハハハ知ってる」

 

 一頻り空笑いをして、純丘は呆れの溜息をこぼした。知ってた。具体的にはもうすぐで三年は前のことになるぐらいから。

 

「……あー、そっか、アイスにこだわる意味ねえや。カカオ九九パー?」

「板チョコならあっちだぜ〜さっき見た」

「自由人ども……」

 

 大概ブーメランな発言をつぶやきつつ、純丘は籠に放り込むべきアイスを比較——しようとして、一秒置いて、首をかしげる。視界をかすめた光景。入れた覚えのない商品が、籠の中、いつの間にか鎮座している。

 噂によく聞く知育菓子、水と粉を練り込むアレだ。パステル色でやたらとカラフルで、小さい子には人気の——繰り返すが純丘は入れた覚えがない。

 

「……蘭?」

「まとめて俺が払うわ」

 

 竜胆の方は今まで熱心にアイスを物色していた。ゆえに純丘が隣に視線を投げれば、彼はニッコリと笑う。半ば誤魔化すように。

 

「……ここクレカ使えねえけど、現金持ってんの?」

「十万あるし足りんだろ」

 

 彼らが今御座すは、一般市民御用達しなスーパーである。これはつまりそのへんにあるタイプのスーパー。

 提供されている籠ひとついっぱいに当店比高額商品を詰めたところで、大抵は一万円に満たないぐらいの値段にしかならない。

 

「……まあいいが」

 

 知育菓子は明らかに竜胆の髪と同じ色をしていたので、純丘はとりあえずそう言った。そしてソーダとキャラメルの棒アイスを各々籠に投げた。どうも初めて訪れたらしいのに、板チョコの陳列位置を把握していた理由にも、納得いったことだし。

 なのでついでのように投げ入れられた物体があずきバーなのは見なかったことにした。〝今さっき君、俺の髪色……〟とか思ったがすぐに忘れ去った。

 

 ……そういうことにした。

 

 レジで万札を出した少年が大量の小銭を面倒がるので、仕方なく純丘が受け取って全額そのフードに突っ込むなど一騒動あったが——「重いし」「じゃあそこに募金箱あるから」「え〜俺がァ? 募金?」「俺先アイス食ってんな」「さすがに店出てからにしろ」——それもまた(比較的)平和的に収めたところで。

 現在彼らは商店街を歩いている。パッケージから出したアイスをもしゃもしゃと食べながら。レジ袋をそのままゴミ袋に活用しようとするタイプのアレだ。

 

「そーいやフクブ」

 

 あずきバーに歯を立て「かった」つぶやく蘭の横、竜胆はふと純丘に視線を向けた。

 

(あに)

 

 ちょうど純丘はソーダ味の棒アイスを一口かじったところだった。しゃぐしゃぐと氷を砕く音が響く。

 

「ネンガジョーって返したほうが良いわけ?」

「……俺が送ったやつ?」

「ソ」

 

 わずかに頭が上下した。首肯である。竜胆の、殴りダコで奇妙に歪んだ指先がぱきんと板チョコを折った。ツーピースほどのかけらを口に含む。

 

「綿飴描いてあるやつ」

「綿飴じゃなくて、羊な」

「執事?」

「それは人間」

 

 冗談さておき。

 

「返したかったら返せば? べつに気にしねえけど」

「ヤ、こーいうのやる機会ねえし、暇だし、やるわ」

 

 今はやらないってンならまだしも、年賀状やる機会ないとかあんの。

 

 純丘はそんな感想を抱いたが、藪蛇なのは自明なので突っ込むことはなかった。ちなみに純丘榎は、小学校時代から現在に至るまで、クラスメイトや教師陣やアルバイト先の知人その他、あらゆる人間から年賀状を貰うタイプの人間である。

 

「去年と一昨年寄越さなかったのになんで今更やり出してんの?」

 

 蘭はふと疑問を口にした。彼は、小豆バーの一口目を食べるより、まず温めて柔らかくすることに決めたらしい。包装の中に入れ直して、袋の外側から両手で覆っている。冬の冷気も相まってその指先は白く染まっていた。

 

「一昨年は受験だし、親元だし、単純に暇じゃなかった」

 

 純丘は言って、しゃぐ、とまたアイスを食む。

 

「去年は?」

去年(ほへん)、は……」

 

 咀嚼しながらも、彼の視線は至極雄弁だ。つまり、なに言ってんだこいつ。首をひねった蘭に、遅れて竜胆が「そっか」つぶやいた。

 

「去年少年院(ネンショー)じゃん、俺ら」

「……ア、そーだな?」

忘れんなよ(はふへんはほ)

「フクブ結局手紙最初の一回しか送ってこなかったよな〜」

ほしかったか(ほひはーはは)?」

「なんて?」

 

 咥内で溶かしてただの青い液体となったものを飲み込んで、純丘は答えた。

 

「ほしかったかって」

「べつに? フクブの年賀状、ブランドのとかと違ってなんかガキっぽいし」

「お得意様宛に気合が入った高級店のダイレクトメールと比較するものではないからな」

 

 単なる定型的な挨拶と、販売戦略に結びつけるための手間は、目的からして異なるという話。ついでに純丘は仮にも小学生を対象とした塾を経営している以上、頻繁に描くデザインも彼らに合わせたものになる。たくさん描いていれば平時の描写もそちらに寄ってくる。

 

「何書けばいいの? アケマシテオメデトーとか?」

「定型文としてはそうだな。今年もよろしくお願いしますとかもそれっぽい。テンプレート感をなくしたいなら、個人に合わせた挨拶を一言二言?」

「ンドクセ」

「まあ好きにしろよ」

 

 興味もないように言ってのけて、純丘は再び、しゃぐしゃぐと棒アイスを食み始める。それに倣うが如く、板チョコをあっさり飲み込んだ竜胆は、今度はクリスピーサンドにかじりついた。口の端からビスケットの欠片がぼろぼろこぼれ落ちている。

 背後の路面にちらほら雀が降り立っている事実と、因果関係があるような、ないような。……あるような。

 

「それこそちゃんとした形式を言うなら、郵便が閉まる前に出せとか、喪中の相手に年賀状は出せないし当事者ならその旨を先に伝えておくとか、格式張ったものを想定するなら謹賀新年だとか迎春とか」

「出される身で注文多くね?」

「好きにしろっつったろうが」

 

 胡乱に視線を投げた純丘は、食べ終えたアイスの棒を唇に挟んだままだ。軽く力を入れれば上下に振れる。

 差し出したレジ袋に、くしゃくしゃになった包装紙と銀紙が揃って放り込まれた。クリスピーサンドの紙箱も、ちょっとは溶けた小豆バーのパッケージも。

 

「ちゃんとした形式とかやる仲でもねえが、実験台にはちょうどいいんじゃねえの。そのへん全部ひっくるめてやりたい場合は諸々知ってるから聞きに来い」

「気が向いたらな」

「そーな」

 

 ばらついた歩幅でばらついたペースで、三者三様に、目線の高さも食べるアイスも被らない。それでも歩く速度はおんなじなので、誰かが置きざりにされることもない。

 

「てか君ら結局高校どうするんだ? もうそろ中学も卒業だろ」

「知りてェ?」

「そう聞かれると知りたくなくなるな……」

 

 笑顔で聞き返されて、思わず、純丘はしみじみとつぶやいた。

 

「俺もOB枠ってことで卒業式顔出してくるかな、さすがに校庭待機とかになるだろうが……」

「軽音部潰れたけど」

「てか顧問もういねえけど」

「両方知ってる、後者は君らが心へし折ったとかもな」

 

 ごくごく冷静な口振りに、へし折ってねえし、そう反駁したのは蘭だ。

 

少年院(ネンショー)いる間に勝手に担任になって勝手に胃ィ壊して勝手に辞めてんの俺らのせいにされてもよ」

「担任にさせられたストレスだけで消化器壊すあたり、間違いなく前年度の君らの行いが効いたろうよ」

 

 気のない様子で純丘はそんなことを言う。

 これらに関しては、中学時代の資料が必要で学内に取りに来た際に顧問本人直々に聞いた。うっかり〝あ〜いいんじゃねえっすか? 今なら学校には来ないわけだし、頭が陥没するかどうかでヒヤヒヤし続けるよりマシでしょ〟と返してしまったせいで泣かれたというオチがつく。

 

 一瞬ゴメンと思ったが、よく考えなくても、当時中学三年生の純丘が任されていたのはそういう危険と隣り合わせの役割だ。俺は……おそらくなにも悪くない気がするが……?

 思ったけど謝ることで物事を円滑に回していくタイプの人種。

 

「健やかに生きてるといいが」

「ムリじゃね? 顧問だぜ?」

「ひ弱だしな〜」

「意外と君ら、顧問のこと嫌いじゃなかったよな」

「どうでもいいやつに好きとか嫌いとかある?」

「俺は君らじゃないからそうなんだなとしか言わねえ」

「言ってんだよそれはよ」

 

 語調のわりにカラカラと笑う二人に「言わねえ」もう一度繰り返して、純丘は息を吐いた。青く輝く晴天の下、吹き抜ける木枯らしが身を震わせる。

 

「鍋にすっか……」

「なんの?」

「んー……キムチ……? 白菜あるし。他の具材はそのへんで売ってンだろ」

 

 新年初売り大賑わいの商店街をざっと見渡せば、途端、顔を輝かせたのは竜胆だ。

 

「牛買ってこうぜ牛。金なら出すから」

「めちゃくちゃ高いのはたぶんこのへんだとねえけど」

「期待してねえ!」

「元気よく言うことではねえな」

「あ〜あの肉屋はやめとけ、そっちがいい」

 

 店先を指差す蘭の手を「降ろせ降ろせ」掌で抑えたのち、ふと純丘は目を細めた。

 

「意外だな、スーパーは使ったこともねえのに、そこの指定とかあるのは」

「あそこたまにヒト仕入れてんぜ」

「……」

 

 この話前も聞いた気がするとか一瞬思ったがそれも聞かなかったことにした。




外国人が着る漢字T
:日本人が着る英語Tを冷静に読んではいけない

オタク
:一九八八年の某事件の影響がまだ大きく 犯罪者予備軍扱いがより強い時代

チューチュー
:チューペット 棒ジュース ポッキン パッキン
 その他地域によりけり呼称がいっぱい
 正式名称は「ポリエチレン詰清涼飲料」

ダッツ
:ハーゲンダッツ
 抹茶味 すき

噂によく聞く知育菓子
:ねるねるねるね

あずきバー
:わりとマジで歯が欠けて歯医者にかかる人がいる らしい


:小さい頃あいつらにポップコーン取られたことあるので私怨を抱えています

高校
:通ってない? 通信? 教えて?

ヒト
:未成年飲酒編参照
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