【完結】罪状記録   作:初弦

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これにておしまい。


エピローグ

 ほとんどの物語を語り終えた。ほとんどの問いには回答が示された。

 あるいは、いくつかの回答が提示されなかった問いについては、受け取る人々によって、解釈は委ねられるだろう。

 

 さて、この夢物語をすべて語り終える、その前に。

 回答されなかった問題をひとつ復唱しよう。

 

 最終問題である。

 物語を物語たらしめる条件とは、なにか。

 

 

  エピローグ

 

 

 物語という単語は、読んで字の如く、物を語ると書く。

 なにかしらの出来事、作り話、それらを語る。

 

 すなわち——物語は、決して作者一人では成立しない。作り手が一人で壁に向かって語りかけたところで、それは独り言でしかないからだ。

 

 たったひとりの聴衆、たったひとりの観衆、たったひとりの読者、たったひとりの誰か。そう、ひとりでも。

 語られた物事、物語を、なんらかの手段で観測することで、初めて物語は〝物語〟として成立する。

 

 すなわち。

 彼らの日々を、数多の軌跡を、この奇跡でも理想でもない物語をそれでも読んでいる——誰かであって、しかし、誰でもではない——()()()のことだ。

 

 あなたが読むことで初めて、この夢物語は、あなたのうちがわで成立する。

 色がつき、音を付与され、息づいて、描かれて、触れられて、成立する。

 彼らの日々が、その軌跡が、重みを伴って成立する。

 

 シュレディンガーの猫という言葉を聞いたことはあるだろうか。思考実験で有名な概念である。

 毒ガスが噴出された(かもしれない)箱の中の猫は、その箱の中身を開けて観測されるまで、生存している可能性と死亡している可能性、その両方が混在している。

 

 あれは思考実験でしかないが、しかし、極論は同じだ。

 

 箱の中身を開けなければ結果は確定しない。

 箱の中身を開けて、その中身を見つめることで、初めて結果が確定する。

 

 ゆえに——既に消え失せた世界の中、もはや登場人物の誰一人語れない世界の内側を観測できるのは、あなただけなのだ。

 その世界を観測し、結果を確定できるのは、あなただけなのである。

 

 夢物語をもう少しだけ語ろう。

 あと、数千字程度だけ、語ろう。

 

 最初の世界。一度目の世界。

 

 佐野万次郎が、齢十三にも満たぬ間に彼岸へと渡った世界について。

 

 

  プロローグ

     あるいは、最終問題の証明

 

 

 佐野真一郎は、弟のために奔走した。

 その過程で、バイク屋の夢を諦め、民間療法とは名ばかりの詐欺に騙されて有り金を根こそぎ巻き上げられ、祖父は死に、妹は家出した。

 佐野万次郎は治療の甲斐なく死んだ。

 

 自暴自棄になった佐野真一郎は、ひょんなことから出会った浮浪者、タイムリーパーと名乗る不審者を、口論の果てに殴り殺し——しかし、すぐにはタイムリープができなかった。絶望して、高架下を去った。

 こののち、実のところタイムリープの能力は本当に継承されており、真一郎が意図せずして時を遡るまでが、いわゆる最初の世界の出来事である。

 

 さて、この夢物語においても、当然この出来事は発生している。

 

 でなければ花垣武道はタイムリープできなかった。

 でなければ佐野万次郎には呪いはとりつかなかった。

 でなければ、純丘榎は佐野真一郎を救うことを一瞬でも躊躇わなかった。

 

 ゆえに——当然、純丘榎はこの世界でも生きていた。

 最初の世界からタイムリープした佐野真一郎も、純丘榎にすぐには思い当たらなかったが、覚えがあった。

 

 稀咲榎の一家心中計画は、彼が小学六年生のときに立てられたものだ。西暦に換算すると一九九七年のことである。

 佐野真一郎が稀咲榎の殺意に気づき、阻止することが、この物語の成立条件だ。これは佐野万次郎の事故よりも前のことであり、つまり、のちに純丘榎となる稀咲榎が佐野家と関わることは、この物語における最初の世界でも既定路線である。

 

 もはや消えた世界、最初の世界において。

 

 純丘榎は、当初は佐野家の尋常ではない事態に尽力した。

 灰谷兄弟とはこのときに疎遠になり、交流はふつりと途絶えた。少年院への手紙も、当然ながら送らなかった。

 

 そしてある時点で——佐野真一郎への恩よりも、呆れと憐れみが上回った。

 主に、万作が死んだ前後である。

 

「きょうだいのために頑張るのは立派だよ。でも、そうじゃねえだろ。……そう言ったのは、アンタだったでしょうに」

 

 純丘榎は、佐野万作の四十九日に線香をあげたのち、佐野真一郎の現状に見切りをつけて、佐野万次郎の容態をあきらめて、家出した佐野エマを追いかけた。

 彼女の訴えを汲み取って、尊重して〝横浜の施設にいるはずの兄〟に会いに行く際に付き添った。

 

 灰谷兄弟とはこのときに再会した——彼ら天竺と、佐野エマおよび純丘榎との間で、ゴタゴタとすったもんだといがみ合いの果てに休戦同盟協定が結ばれるまでにはそこそこ複雑な経緯があったが、一連の描写は丸ごと割愛する。物語の余白はあまりに小さいので。

 

 物語には、あるべき本筋というものがある。本筋から外れても、別のきっかけを経て、また本筋に戻っていく。

 さながら、親殺しのパラドックスの矛盾を解消するべくつけられる説明のように。

 

 あるいはシンプルに、作者の意思とでも称するべきかもしれない。

 

 この夢物語にも、あるべき本筋というものがある。

 

 純丘榎が灰谷兄弟と縁を深め、たとえなんらかの事情で一度は交流が断絶しても、腐れ縁の如くなんやかんやでまた復活しダラダラと縁が続く。

 天竺の面々とはお互いに距離を測り合い、辟易し合い、全く合わない性根にときどき互いにキレながらも、なんとなく付き合いが続く。

 

 どのような分岐の先でも変わらない。

 

「本当に真一郎さんが……?」

「本当だけど! それともなに、部長は、ウチが(シン)兄を見間違えたって言うわけ?」

「言わねえけど……」

 

 変わらないので——もちろん、最初の世界、消えた枝葉でも変わりはしない。

 

「言わねえけど、言っちゃなんだが、それって近づいて問題ないやつか? 万次郎はこの間……ともかく、だから、下手に近づくと俺たちが危険な気がするが。肉体面というより、こう……いろいろと」

「だから連れてきたんでしょ——ニィたちも」

「マジでふざけんなよ」

「この理不尽さマジでイザナの妹だな」

「あ゛ァ?」

「人気がない深夜だとしても往来で堂々と凄むな」

 

 最初の世界、そこでのきっかけは佐野エマであり、元黒川エマだった。

 そしてこの分岐において、黒川兄妹は復活した。

 

 代償に、佐野家にまつわる人々との縁は、ほとんど絶たれた。

 

「このアマ、大将の妹じゃなかったら間違いなく泣いても死ぬまでボコってる」

「イザナくんの妹でなくともさすがに俺が止めにかかるが」

「はーんこの幼女趣味」

「縊るぞその首を」

「自称カタギの脅し文句がそれでいいのか?」

「自称じゃないが?」

「アそだ、ならフクブ代わりにボコっていい?」

「いい加減俺に八つ当たりはやめろ。寝入り端に叩き起こされて寝不足なのは俺も変わりゃしねえしなんならケータイも忘れてきた。俺が君らを叩きのめして帰っていいならとっくにそうしてる」

「あれこれ、もしかしてフクブ実はマジおこじゃん……?」

「明らかにもうちょい早めに気づけたはずだよな」

 

 二〇〇三年。

 七月下旬のことである。

 

 渋谷区と新宿区の境の高架下で、真一郎らしき人影を見かけた。それもついさっき——真夜中に。

 

 エマの一言で全員が集合させられた。このとき寝ていた者までもれなく叩き起こされた。

 だいぶん強引だったので誰も彼もそこそこ不機嫌だったが、世話の焼ける妹分に、暴君の妹に、大人しく従った。

 

「そもそも俺ら全員起きるまで何分? とっくにどっか行ってんじゃねえか?」

「あり得るな」

「うるさい余計なこと言わないで」

「こいつ他人様を叩き起こしといて言うに事欠いて」

「まあ実際、道端で立ち止まってる理由はないし、立ち止まっていたとしたらよっぽど、の——」

 

 ゆえに彼らは現場に立ち寄った。

 あいにくとすべてのことは終わったあと、真一郎も立ち去ったあとだった。

 

「……フクブ? ……アまずい」

「え、なに」

「エマ見ンなッ」

 

 ゆえに彼らは——現場に残された惨状を目撃した。

 

 執拗に殴打された様子の浮浪者の男。放り出された凶器。

 街灯が奇妙に反射して、暗がりはうつろに照らし出されている。

 

 高架下には、他には誰もいなかった。

 

「ヤッ。……ベェ〜逆に笑えてくんだけどなに? え? マジ? てかこのクソガキの話がマジならもしかしてコレ初代がッてェな、にすんだよイザナ!?」

「余計なお喋りがゼンッブ口から出てっからだろマジでバカだなテメエは」

「止血、蘇生処置、いや、だとしてもこのレベルの頭部外傷は——ッおい誰かケータイ寄越せ。それか119に連絡して救急を呼べ」

「イヤイヤイヤバッカじゃねえの!? いつものイイコチャンしてる暇ねえだろ、早くずらかろうぜ!? これしっかりコイツが死んでて証言できるやつがいなかったらどうすんの、絶ッ対ェ俺ら容疑かけられるっての! 留置所貫通できるバグ野郎と一緒にすんなよな!?」

「……君らに市民の義務としての救急通報はもはや期待したこともねえが、どちらにせよ、ここまで来る道すがらには防犯カメラがあった。今立ち去った方がよりまずいだろうよ。俺は……エマ、見るなっつったはずだ」

 

 脳挫傷の発生から死までに至る時間は、当たり所や損傷のレベルなど、場合によって差異がある。

 

 動けなくなって、失血により体温も低下し、ほとんど死体のように見えても、実のところまだ生きている場合もある。

 まだ聞こえている場合もある。

 

「ぶ、部長、(シン)兄は……? ていうかこれ、このひと、」

「あ゛あッも゛お、君ら耳ついてんだろ!? 俺の話聞こえてたよな!? はよ動け! 特にイザナくん! エマの目と耳をふさげそんぐらいできるだろできねえとは言わせねえからな!?」

「ッチ」

「ニィ、」

「ねえ〜マジで? ウソだろ? 本気? 勘ッ弁しろよ、こんな深夜に叩き起こしてこの期に及んでこんなクッセエぼろ雑巾みてェなオッサンのことで俺らを働かせるっての?」

「グダグダ抜かす気力があるようでなにより! 君が119をかけてくれるってことでいいな!?」

「こンのクソセンパイあとで絶ッ対ェ吊るす」

「あーあーあー、兄貴までキレた……」

「川崎に帰りてえ。あそこならボコされた死体ぐらい放置したってお咎めなしだってのに」

望月(モッチー)が言う川崎ってゴッサム・シティかなんかか?」

「大丈夫ですか、聞こえますか? 通りがかりの者なんすけど。お名前言えますか? 言えなそうだわコレ、聞こえてたらまばたきできますか? 指を動かすとかでも——」

「ったく踏んだり蹴ったり……あーもしもしそちら119? えーと救急、なんかボッコボコに殴られたジジイ? オッサン? が道端に落ちてんだけど、コレもしかしたら先にケーサツの方がいいかも? 死んでたら警察のがいいよなあ? えー住所、あ、先ン言っとくけど俺らがやったんじゃねえから」

「悪態ついても純丘くんの言うことは聞くのな、一応……」

 

 結論として。

 見ず知らずの浮浪者、素性の知れぬタイムリーパーは、救急の尽力の甲斐なく死ぬ。

 

 竜胆が口にした推測通り、発見者の彼らは最初から最後まで疑われ(なにせ純丘榎を除き、普段の素行が素行だ)警察では尋問じみた事情聴取を受けることになる。まるで無意味で無駄な行いだった。

 純丘榎はあとで天竺メンバーから地味にしつこく足蹴にされた。三回に一回蹴り返した。

 

 ——因果は巡る。

 

 現実には確かに報いはない。正しき勧善懲悪は実現しない。

 どれだけタイミングよく見えようとも、幸福はただの幸福であり、不幸はただの不幸であり、背負った業の結末などではない。真の乱数を作為的に操作することは不可能だ。

 

 けれど。

 これは、夢物語だ。

 

 奇跡も理想も存在しない、正義も力もなにもない、人々の罪状ばかりが綴られる記録だとしても。

 この記録は確かに、現実ではなく夢であり、そして物語なのである。

 

〝いやはやしかし。あの男。そしてあのガキ。()()()()——本ッ当に、傑作だ!〟

 

 その一手が。なにも知らない彼らの行動が。

 もはや上書きされて抹消された世界での行いが、呪いを食い止める決定打となる。

 

 物語は観測された。

 ここに結末は確定した。

 

 他ならぬ、あなたが、読むことにより。

 

 

 罪状記録【糾】

  「無作為の救い」 完

 

 

 そうして、物語は今度こそ幕を閉じた。




  罪状記録 糾
   2024/03/15-2024/7/26

 序(罪を認識する、背負う)
  一から十まで原作前捏造
 破(罪の精算方法を模索する)
  前半:血のハロウィンまで
  中間 : 聖夜決戦まで
  後半:関東事変まで
 急もとい糾(罪に対する罰を受ける)
  俗に言う梵天軸 ← 終

 というわけでこれにて完結。
 あとは後日談の番外編を一話だけ投稿して終わりになります。

 実質三年書いている間ずっと「これホントに終わる? ホントに? 終わらせられる?」という疑心暗鬼と常に戦っていたので、未だに信じられてなかったりします。いちおう完結から半月は経ったんだが。

 お気に入りやしおりの変動でちょっとうれしくなってたりするお手軽精神なので、反応いただけて大変ありがたかったです。ここすきもちょくちょく押してくださり本当に励みになりました。本当に……。

 なお、今後も誤字脱字誤謬矛盾報告は見つけた場合は一報くださるとありがたいです。伏線やわざとでなかった場合は迅速に手直しが入るので。
 本当に助かっています。本当に。
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