【完結】罪状記録   作:初弦

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7 months ago

 純丘は心底嫌そうな顔つきで話者を見返した。周囲の人々から、フクブだとか、部長だとか、その他諸々あらゆる呼び名を有している彼である。

 よくよくご存知のとおりだろう。

 

「……チーム……結成……?」

 

 もちろん、この台詞の声色もあからさまに嫌そうだった。

 

 

 

  7 months ago

 

 

 

 というか嫌〝そう〟もなにもなく事実として嫌だった。シンプルに嫌だった。どうして俺に話すの? とすら思っていた。なにも教えられていなければなにも知らないことにできるのだ。たとえ察していようともなかったことにできる。

 他人様に迷惑をかけるもかけないもどうぞお好きに、しかし俺にはなにも言うな。純丘榎はすなわちそういう処世術で今日までを生きている。一見クズを手本にしたような標語だが、しかし言葉をよくよく解釈すれば、真正面から突きつけられた事実を無視できない性も見えてくるだろう。

 

 教えられたとしても都合が悪ければ無視するのが真のクズ。そうできないフクブは養殖のクズ。かつて訳知り顔でそう論じたのは蘭の方の灰谷だ。

 直後彼の鼻面には、カーブを描いた枕が正面からクリーンヒット。間髪入れずに振りかぶられた一.五Lのペットボトルは、純丘の側頭部を掠めた。ボトル内のファンタグレープが思い出したように泡立った。

 

 暴力スイッチのオンオフがシームレスすぎる。

 

 元副部長と己の兄が珍しくシンプルに喧嘩し始めたので、当時の竜胆はポップコーンを皿に開けて冷蔵庫からコーラを取り出した。

 悠長に観戦の準備を整えるな。

 

 最終的に三つ巴になった詳細については割愛するとして。

 

 ともあれ純丘は、その性質を逆手に取られて、度々貧乏くじを引いている。主にどこぞの後輩関連とか。

 具体的には灰谷関連のこと。

 

 あとは。

 

「すごいなんか言いたそうな顔なんだけど?」

 

 眼前で笑みを浮かべる——実際の笑顔の種類はニコニコと、だが純丘の心情的にはニヤニヤと——雇い主の孫とか。

 具体的には佐野万次郎のこと。

 

 隔週になった道場のアルバイトにて、稽古をサボりがちな万次郎と珍しく鉢合わせた。……と思ったらこれである。

 まあ嫌な予感自体はしていた。稽古をサボりがちと形容されるような少年が、わざわざ道場シフト中の純丘のところに来るときに、ろくな話を持ちかけられた試しがない。

 

 心を許されているといえば聞こえがいいし、便利に使われているといえば聞こえが悪い。万次郎はそういうギリギリのラインで相手を絆すことに長けている。素のみで実現しているのが厄介。

 しかもなまじ天性レベルで人を惹きつける人間なので、そのぶんのバフがかかる。これだからここの兄弟はよ、が純丘の感想だ。

 佐野真一郎然り黒川イザナ然り。方向性は違えど全員そう。

 純丘が目撃する機会自体は少ないが、佐野エマも間違いなくそういう節がある。

 

 ともあれさておき要らん思考は置いといて。目下の事柄に移ろう。言葉は唐突だったが純丘は至極冷静だった。

 

「言いたいことはあるけど俺が言って止まるなら最初からやってない確信がある」

 

 冷静というか普通に諦めていた。諦めがてら道場の床にて胡座をかいた。話を聞く体勢だ。

 

「部長そゆとこ俺好き」

「そう……俺は俺のこゆとこ正直びみょい」

「部長が部長のこと好きになれなくても、俺はちゃんと部長のこと好きでいてやるから安心しろよ」

「ありがとう、論点が違ェな」

 

 茶番もさておき。

 

 どちらも会話を脱線させるプロなので、第三者不在だと話題の行方が迷子になることしばしば。第三者がいるとそれはそれで調子に乗ってボケ倒すので話が進まない。

 しかしシフト中であれば休憩時間も限られている。厄介なコンビのうち、比較的小市民度高めな方は「ともかく」と話を戻した。諦めたのは確かだが相変わらず辟易とした顔つきだ。困ることに変わりはない。

 

「なんでその話を俺に持ってきた? 前々から言ってるが、俺はそういう事情に関わる気はねえし、当然祝う言葉も出せないが」

「一虎覚えてるだろ」

「羽宮くん?」

 

 顔を合わせた回数は少ないが、記憶に新しい名前だ。尋ね返した純丘に「そそそ」万次郎が頷いた。

 

「あいつが最近不良にちょっかい出されててさ」

「対抗策としてのチーム結成?」

「俺も兄貴が作ったみたいなチーム欲しかったし」

「そうか」

 

 事情を差し引いても、ついでだから、というようなノリで結成される暴走族集団。

 

「警察に通報という手段はなかった感じか」

「部長はケーサツに信者いるから知ンないかもだけど」

「信者はいねえが」

「フツウ、俺らが何言ったってまともに取り合ってくんねえよ」

 

 万次郎の言葉は至っていつもどおりの口調だ。当然の事実を、当然のことと認識しており、当然のものとして述べている。言いたいことはわかるので、純丘もその点については反駁しなかった。

 素行が悪いが故に信用されない面も大きい。が、そうでなくともまともに取り合わない警官は少なくない——警察のネガティブキャンペーンを望んでいるわけではない、念の為。

 

 特定地域を指して〝治安が悪い〟と呼ばれるまでにはいくつかの要因が重なるものだ。そのような地域にはどうしても個々の案件に割くリソースはより少なくなり、いずれ大人になる子どもたちは自分の生育環境こそが常識に変ずる。

 そして今必要なのは世の無情についての演説ではない。

 

「経緯はわかった」

 

 と、純丘は言った。

 

「だとしても、俺に伝えた意味はわからん。せいぜい君らで勝手に、好きにやればいいだろ」

「ウン」

 

 純丘の目の前に三角座りをした万次郎。膝を抱えるように腕を回して、膝小僧の上に頬をぺたりとつけた。身体の柔らかさと、音を立てないその仕草は、どうも猫科のいきものを彷彿とさせた。

 

「俺だけの話だったら、そーした」

「……」

「なあ部長、俺ってたぶん、誰にでも勝てるようになんぜ。友達(ダチ)のためだし、尚更、負ける気もしねえもん」

 

 膝に頬をくっつけたぶん、顔を傾がせた万次郎は、そのように述べた。視線はわずかに正面を逸れて、床板の木目を見つめていた。

 

「俺だってそう思うし、みんな、そう思ってんだよ。無敵だもん、俺。もうちょいしたら、部長にも負けねえよ。誰にも……負けねえよ」

 

 そこで少し、言葉が途切れた。純丘は特に何を言うでもない。ざりと衣ずれの音とともに、片方の膝を床に立てた。

 

「……部長、そうなったら、俺に勝てる?」

 

 ふ、と息を吐き出す音。

 

「さてな」

 

 足に力を入れて、純丘は立ち上がった。振り返ろうとした万次郎の頭を「んぶ」掌で抑え込む。

 淡い色で、柔らかく少し丸まった髪質。ぐりぐりと適当に掌で掻き回して、純丘はいかにも愉快そうな表情で、眼下の少年を見下ろした。

 

「それで、負けたときのためについていってやればいいのか?」

「そ、ォじゃねえけど〜!? 部長今の話聞いてた!? 負けるわけねえじゃんってハナシなんだよ!」

「あーわかったわかった、うるさいうるさい。しょうがねえからついてってやるよ、寂しいんだもんな?」

「来んなッ!」

「しゃあねえなあ〜後輩の頼みだもんなあ〜」

「部長のそういうとこマジできらい! マジで、きらい!」

 

 癇癪を起こして喚くさまを、しばらく眺めて、純丘は一言だけ聞き返す。

 

「きらいか?」

「き、っ。……ッバーカ!」

 

 敵前逃亡を図った万次郎の背に、けらけらと響く笑いがこびりついていた。

 いくら普段、あらゆる我儘に振り回されていようとも、純丘の方が六歳年上だ。成年未満の一歳差は特に大きい。

 

 

 

「まァ、アレだ、気にすんな」

 

 そういう経緯はさっくり差し引いて、純丘は簡潔に述べた。

 

「授業参観の日にいる同級生の保護者だと思ってくれていいぜ」

「よくわかんねえこと言うじゃん」

「なんかやなやつだろ、萎えるわ〜」

「ほぼ他人じゃねえかソレ」

 

 口々に飛んでくる文句。各々が抱える多種多様な事情により、小学校の授業参観の日を、クラスの誰よりも斜に構えた気持ち(非常に迂遠な表現)で過ごしてきた者たちだ。面構えが違う。

 高学年ぐらいになると心が鍛えられて、一周回ってどうでも良くなっていたが、認識は既に固定済み。

 

「鬱陶しがる気持ちはよくわかる」

 

 実のところその一人である純丘は、だからこそこの喩えを出したし、鷹揚に微笑んだ。

 

「ところで……もしも警察に通報された場合、君ら、上手く誤魔化せんの?」

「っす、お世話になります」

「あざっす、手間かけます」

「部長嘘つくの上手いもんなあ」

「嘘じゃなくて言葉の選び方が上手いんだな」

 

 君らはそのへん下手だけどな、笑いながらもシメるところはシメるので「イッデ!」両のこめかみを圧迫された林田は悲鳴を上げた。言葉選びが下手なのでうっかり口を滑らせてこのようにヤキを入れられる。

 

「まあ頑張ってこいよ〜応援ぐらいはしてやっから」

「勝ったらなんか奢ってくれたりしねえの、部長」

 

 と、歯を見せて笑うのは場地である。俺ハンバーガー食いてえんだけど、続けられた台詞に「ポテトL!」一虎が元気よく言った。

 

「そこは焼肉じゃね?」

「いやいやいや寿司だよ、寿司。回らねえやつ」

「やだよ」

 

 途端に真顔に戻った純丘は要求をあっさり一蹴した。ケチくせー! 響いた唱和。龍宮寺や三ツ谷もしっかり加わっていたあたり、彼らも小生意気な中学一年生だ。

 

「勝ったらそんぐらいしてくれたっていいだろ! 負けてもとか言ってないじゃん、勝ったらだぜ?」

「勝つか負けるかわかんねえとかならともかく、君ら勝つじゃん。絶対奢らなきゃなんねえじゃん。やだよ」

 

 いきなり全員が黙ったのを意に介さず「部外者いても面倒だろ、見える場所まで離れとくわ」純丘はさっさか後方へと足を向けてしまった。付き合いがそこまで深いわけではない一虎・三ツ谷コンビが、おそるおそる他四名を見つめた。

 

「……あれいつもああなわけ?」

「……だいたいそう」

「……道場のやつであれに引っかかったの、俺が知ってるだけでも十人ぐらいいる」

「なにが怖ェって、部長、わざとやってんだけど嘘はつかねえんだよ……」

「コ、コワ……」

 

 聞こえてんだよなあと純丘としては思うわけである。

 

 ——ところで、この話の下敷きになった物語の時系列と関係図を今一度おさらいしよう。

 

 東京卍會は、不良にちょっかいをかけられていた羽宮一虎をきっかけに設立された。一虎を執拗に付け狙っていたのは、黒龍(ブラックドラゴン)なる不良集団だ。

 さてまるで他人事のように述べたが、純丘は黒龍(ブラックドラゴン)のメンバー数人、具体的には特定の二人と顔見知りだ。

 その数名もヒラであればまだマシだったが、無論双方そんなわけがない。

 

 ……ッスゥー——……。

 

 Q・なんの音?

 

「……ヤ、ッベ」

 

 A・某元副部長が顔を覆って天を仰いで深く息を吸う音。

 

「八代目の意志を継ぎィ!」

「マジで、いや。……ッあー、まじかあ……」

 

 純丘は普通に頭を抱えていた。

 彼は今、抗争現場から少し離れた、廃ビルの非常階段に座り込んでいる……さらっと不法侵入なのであらゆる意味で見つかってはいけない。だいたい三階から四階の半ば、様子が見えてギリギリ声が聞こえる位置だ。

 

 一年ほど前の彼ならばさておき、現在純丘榎は、不良界隈について複数のピンポイントな情報を持っていた。たとえば〝佐野真一郎は黒龍(ブラックドラゴン)の初代総長〟あるいは〝黒龍(ブラックドラゴン)八代目は黒川イザナ〟もしくは〝黒川イザナと佐野真一郎が以前盛大に揉めた〟そして〝黒川イザナは佐野万次郎が嫌い〟——もう察せるし、察するしかない。兄弟喧嘩の規模と余波がデカい。

 そのわりに当事者の一人たる万次郎がなんにも知らないので、いろいろとややこしい。

 

 そこもややこしい。

 ……し。

 

「……」

 

 意志を継ぎ、とあった時点で芽生えた嫌な予感。純丘は視線を走らせた。案の定八代目本人なイザナの姿は、目視できる範囲にはなかった。純丘本人も、非常階段内で他者に発見されにくい位置を陣取っているので、視界の範囲外までは断言はできない。ただおそらくは、そもそも来ていないと考えた方がスマートだ。

 

 ……この抗争そのものは、九代目総長統治下の黒龍(ブラックドラゴン)の独断なのでは?

 

 うっかり邪推したのが運のつき。この抗争で最も正確に事情を把握しているのが、もしかしたらば、全くの部外者たる純丘榎かもしれない事実。

 なんで来ちゃったんだろうな俺。純丘は遠くを見つめた。軽率に来ることを決めたのは彼本人なのでイチから百まで自業自得。やーい間抜け間抜け、そう謗られたところで反論のしようもないだろう。

 

 古今東西、人の事情に首突っ込んで余計な騒動を引き起こしたり、不要な苦労を背負い込む展開は、物語の典型の一種。

 ろくな目に遭うわけがあるまいて。

 

「……ヨシ。俺は部外者、なんも知らなかっ……たことはさすがに無理だがなにも気づかなかった、オーケーオーケー」

 

 言い聞かせたところで現実は微塵も変化しないが、無理やり己を納得させて、純丘は心を立て直す。養殖のクズでも基本行動がクズなのでクズと呼ばれるのだ。クズがゲシュタルト崩壊しかねないので話を切り替えよう。

 

 ——万次郎は真一郎さんの過去について聞き及んでいるから、族の名前も既知だろ。てことはこの抗争も、真一郎さんの把握内と見たほうがいいか。

 ——許可自体は降りてそうだが、念の為真一郎さんに確認を取るとして、ところで黒川くんは今……。いや、そも黒龍(ブラックドラゴン)が羽宮くんをターゲットにしたのは、間接的に万次郎に起因してそうだよな? そうだとして。

 

 ——そうだとして。

 

「真一郎さんは、どこまで……」

 

 思考は忙しなく、同時に、純丘は口元を掌で覆った。唇が苦々しく歪んでいた。

 少々、どころではなくまずいことになっている。佐野家ディスコミュニケーションの真骨頂発揮だ。ろくでもない真骨頂だ。

 

 全員が全員、持っている情報が微妙に違って、結果的にあらゆる箇所で食い違っている。傍から見ている純丘ですらわかる。部外者だからこそわかるのかもしれない。

 

 万次郎はイザナを知らない。

 エマはイザナを覚えている。

 イザナは万次郎を知っているが嫌いだ。エマを覚えてはいるものの、エマの方もイザナの約束まで覚えていることは知らない。

 真一郎は、イザナがどうして血の繋がりに執着しているのか、いまいちピンときていない。……真一郎は真一郎で、おそらく、血の繋がった親そのものに、ある程度思うところがあるだろう。

 

 なにせ万次郎とエマは年子だ。

 

 己のこめかみを数度揉んで、純丘は薄く息を吐いた。だいたいは佐野家内の事情なので、彼が関わるべき話はほとんどない。

 少なくとも早急に対応せねばならぬ事柄は、純丘にとっては、たったひとつ。

 

「……。てか何人いるよあれ」

 

 包帯や消毒液はまだしも、解熱剤の手持ちが明らかに足りないこと。医者でもない一般人が他人に分け与えられる薬のストックなどたかが知れている。東京卍會側が負けたとしても、惨状が起きる前に警察に通報して散らせばどうにかなると高を括っていたツケだ。

 

 

 

「意識あるか? 返事できる? おーい、斑目くん」

 

 緩慢に瞬きをした斑目に「ヨシ、あるな」純丘は無造作に氷嚢を押し付けた。頬にはひどい打撲痕がこびりついていた。

 

「ッ——!」

「君が彼らの現在のボスでいいのか?」

「……アー……フクブ(ふゔゔ)、ぐ……」

「声ガッスガスだな……あんだけ喉から怒鳴ってたらそうもなるか」

 

 わずかに右目を眇めて、黒龍(ブラックドラゴン)構成員たちの死屍累々を純丘は見渡した。下は中学生、上は成人も混じっている。幅が広いのは黒龍(ブラックドラゴン)がそれこそ〝老舗旅館暴走族〟だからか——ひっそり純丘は首をひねった。まあ俺にはわからんしな、続いてひとり頷いた。

 

「この数と体格だとさすがに難しい……中学生三、四人ぐらいなら台車で運べんだろと思ってたからよ」

「……ぁんたいだんスか(ゔが)

「あのな、君が今日やり合った子たちな、俺の知人なんだワ。だからちょっと覗きに来た……抗争相手も知人とは思ってなかったが」

「ぎ、聞いてねえ(ぎ、で、ねー)……」

「俺も言った覚えはない」

 

 純丘は真っ先に斑目を叩き起こした。おそらく九代目総長である事実もそうだが、そも顔見知りが彼しかいなかったためだ。叩き起こしてすぐさま敵認定されたりしたら、ちょっと、な……そういうかんじ。

 純丘榎は、さすがにかつて灰谷兄弟を相手にした実績は飾りではなく、手負いの不良程度なら今でも悠々制圧できる。この場合は己ではなく、抗争でズタボロにされた少年たちを気遣っている。

 

 より正確に気遣っているのは、追い討ちをかけてしまった結果生じるはずの手間だが、そこまで述べてしまうとクズが隠しきれないのでこの話はオフレコということで。

 

「黒川くんの指示なのか?」

 

 言いながら、ケータイを開いて、矢印キーをカコカコと打ち込んでいる。ディスプレイに視線を落とした純丘に、斑目は斜視気味な瞳を眇めた。

 

「……あーた、知人(ぢぢん)どが、心配(じ、あい)()んずね」

「いやそのへんはノータッチ。俺の管轄外。君とて顔は知っているものの、大した便宜を図るつもりはない……が、まあ、顔を知っていることだし」

 

 おもむろに開いた電話帳にて、お目当ての連絡先を見つけ出し、純丘は斑目の顔に再び視線をやった。

 

「警察に通報されるのと、黒川くんに連絡されるのと、灰谷を呼びつけるのと、どれか一番君にとって都合がいい? 今日の俺は寛容だからそんぐらいの希望は聞いてやる」

「……武藤(ムーチョ)で」

「俺、近頃彼に嫌われててな」

「は……?」

 

 騙し討ちの片棒を許可なく担がせれば、嫌われるのはごく順当だ。しかも純丘は知る由もないが、鶴蝶と武藤と望月はイザナにより後日キッチリとヤキを入れられていた。イザナも八つ当たりだと自覚した上での暴行である。とんだとばっちり。

 

 というわけで〝斑目くん率いるチームが負けたところに居合わせた。回収したいならしてくれ。〟と簡素なメールが送られた先は。

 

「うっわマジでやられてら」

「かわいそ〜」

「チョーカワイソー」

「てかパイセンやり合ったチーム、無名の新人どもらしいじゃん?」

「ダッセェ〜生きてる価値なくね?」

「俺なら死にたくなりそ〜」

「殺してやった方がためだろ、コレ」

「あっいいじゃん! 足抑えとくわ」

 

 灰谷兄弟でした。

 

 またの名を判断が速いどころか速すぎるブラザーズ。ニコニコと警棒を素振りする方と、怪我でろくに動けない——なんなら純丘と最低限の打ち合わせ後、改めて意識を落としてしまった——お仲間・斑目獅音を拘束する方の内訳だ。

 彼らの間にすっと掌を通した純丘は「わざわざ来てくれてありがとう」静かに申し上げた。

 

「君らもう帰っていいぞ。むしろ帰れ」

「遠慮すんなって」

「安心しろよ、証拠残さねえから……あーハイハイ、嘘です嘘です」

 

 ガラケーのテンキー特有のプッシュ音が、()()(B♭)と鳴り響く——つまり無表情で110を押した純丘に、竜胆はつまらなさそうに表情を落として、斑目の足から両手を放した。

 冗談の通じねえやつ……小声で続けられたが早いか、竜胆の額にサージカルテープがクリティカルヒット。ほとんど未使用の紙テープは投げるのにちょうどいい重さをしている。

 

「ッテ、フクブまじで今日機嫌悪ィな」

「自覚はある。手早く済ませてくれるとありがてェな」

「いいぜ、貸しな」

 

 貸しという単語にただただ嫌そうな顔をした元副部長は黙殺されるものとして。

 

「……てか、マジで負けたワケ?」

 

 未だ起きぬ同胞を眺めて「単に強かったんだか、ナメてかかったんだか、知らねえけど。ツメが甘ェな」蘭は呆れたようにつぶやいた。地面を靴先でがりがり蹴っている。

 純丘はふと己の首筋をさすった。不意に、なにもかもわからなくなったような、そんな気分が腹の奥底で蠢いた。

 

「……そうなんだろうか」

「あ?」

「……。警察の方はなんとかしておくから、君らは君らがやりたい範囲で彼らを回収しておいてくれ。事情は本人から聞いたほうがいいだろ」

 

 結局のところ、純丘の推測とて本当にそうとは限らない。

 

 黒川イザナと、斑目獅音の間に、なにがあって、なにがなかったのか、そんなものは当人たちしか知らないのだ。




一.五Lのペットボトル
:ヒトを殴るための道具ではありません
 容器として使ってください
 殺傷力では圧倒的に瓶が上回りますがあれもヒトを殴るための道具ではありません 殴るな

いくつかの要因
:全く知らない出先でも 街並みを見るとその街がどういう成り立ちをしているのか見えてくるし 住民の暮らしぶりもわかるし 今どういう治安かってなんとなくわかるよね
 ああいうやつ

負けねえよ
:皆が〝無敵のマイキー〟を応援している
 さて佐野万次郎は佐野万次郎という名前なのだが

授業参観の日にいる同級生の保護者
:微妙に気になる

判断が速い
:鱗滝左近次も止めに入るレベル

プッシュ音
:ちょっと絶対音感がないので「これぐらい……?」のきもちで推定
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