【完結】罪状記録   作:初弦

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A month ago

 彼らが、どのようなことを話したのか。どうやって争いに決着をつけたのか。なんなら手や足は出たのか、特に暴力沙汰にはならなかったのか。

 本音は、ちゃんと、言えたのか。

 

 そういう諸々は、ここではあまり重要ではない。

 

 現在の彼らはまた、アポなく家に転がり込んでは勝手に物をつまみ、気に食わなければ小突き、悪態を吐き、気が向いたらなんとなくつるむ。

 今日もまた、そんな関係を築いている。

 

「そういやその刺青ってどこで入れたんだ? てか腕のいいタトゥースタジオってわかる?」

「フクブ、脈絡って知ってっか?」

「君らが失くしたもの」

「今のテメーも失くしてんだよな〜」

「棚上げしやがって」

 

 つまりこういうかんじで。

 

 

 

  A month ago

 

 

 

 蘭はベッドに背中を貼っつけて、足を壁に立てかけて、仰向けでケータイを弄っている。竜胆は床に体育座り、抱えたポテトチップスの袋から塩っぽいチップスを箸でつまんでいる。純丘は卓袱台に緑チャートとノートを広げていた。

 会話の脈絡はおおよそない。なんならさっきまで全員無言で己の作業に没頭していた。

 

「まあ把握はしてっけど、」

 

 兄弟揃って散々に非難してから、そう言ったのは竜胆だ。こういう話で保有知識をちらっ……とアピるのはだいたい竜胆の方だ。

 ちなみに蘭の顔には〝クソどーでもいい〟が明確に書いてある。比喩だがそうとしか思えない。

 たぶんマッキーの太字で書いてある。

 

「またクラスメートに紹介すんの? やめとけよ私立の坊ちゃんだろ」

「いや俺が彫りたくてな」

「は?」

 

 竜胆は素っ頓狂な声を上げた。純丘の顔をまじまじと見て——普段通りの顔が見つめ返してくる、こいつなに考えてんのかわかんねーなと思ってるときの顔だ——たしかに耳に入ったはずの台詞を反芻した。

 

 オレガホリタクテナ(俺が彫りたくてな)——

 

「……エッ?」

「なにをどこにいつ彫りてェの」

 

 足を下ろしてベッドで横に転がって起き上がって純丘の頭を背後からガッチリと掌で挟み込んで上から覗き込む。この早業およそコンマ一秒以下。

 蘭の表情は打って変わってきらっきらとしている。きらっきらっきら! 目が輝いている。

 

 ……やけに楽しそうだな〜……。

 

 純丘と竜胆の内心が一致した。あまりの素早さに一瞬呆けたところも含めて一致した。

 

「いつがいいかって言うと、いつでもいいんだが……なるはや?」

 

 自分で言いだしたことだというのに純丘は首をひねっている。

 

「模様はこれから考えるつもりだったんだよな。蛇とかいいかなと」

「蛇は俺らと被るから却下」

「なんで俺が彫るってンのに君らとの被りだの考えなきゃいけねえのかねえ」

「考えねえの?」

 

 ごくごく不思議そうに尋ねた竜胆の顔を見て、少し沈黙して、純丘は蘭に視線を移した。蘭はにっこりと笑って、首を傾げ返して見せた。

 

「……でどこにだが、おい、蘭、君が聞いてきたんだろが。笑ってんじゃねえよ」

「なあこれ兄貴死なね?」

「これは断言できるんだが、今蘭が死んでも俺はそっかーとしか思わん」

「そっかー」

 

 爆笑のち呼吸方法を忘れた男を現世に呼び戻すにあたって、小休憩を挟んだところで。

 

「第一候補は足だな。こう、大腿四頭筋のあたり」

「素直に太腿って言えよ」

「なんで奇ィ衒った?」

「自分の身体の部位ぐらい俺の好きに呼ばせろバカども」

 

 遅遅とした話の進みだが、今回は意外とちゃんと——比較的——会話を行っている灰谷兄弟。べたんと床に寝そべった蘭が、広げていたノートを一ページ勝手に千切って「おい」「悪ィ〜」全く悪いと思ってない返答とともに、ざんざかなにやら描いていく。

 ノートどころか、筆箱漁られてボールペンまで取られた純丘、もちろん死んだ目。

 

 よくあることだが、よくあるからで済ませていると付け上がるので毎度抗議をしている。というか卓袱台そこにあるだろ、机で書け。

 

「まあ腿なら寝込むとかねえだろ。フクブ筋肉あるから、そこそこ痛ェかもだけど」

 

 近い方の太腿を何度か叩いて、首をひねった竜胆。

 ばしっとその手を撥ね除けて、純丘は頭を掻いた。

 

「あと手だか腕だかも検討はしたんだが——」

「指はやめとけ」

「指はマジでやめとけ」

「手の甲もやめとけ」

「掌もやめとけ」

「——なに?」

 

 迫真だった。あまりにも迫真だったのでうっかり不気味がられたレベル。

 不審そうに見返したものの澄んだ瞳だけが返される。蘭は澄んだ目を一瞬返してすぐに再び紙に向かい始めた。竜胆はまだ純真無垢です! みたいな目をしていた。

 

 君らがそういう顔しても逆に信用性薄いからな、思いながら純丘は言葉を続けた。

 

「検討はしたんだが、就活で隠しにくそうだからやめた」

「刺青わりとガッツリ入れようとしてるやつが就活語るとか」

「国が想定している一般的な人生イベントを鼻で笑ってくるの、そろそろやめないか?」

「安心しろよ、俺が鼻で笑ってんのはフクブだけ」

「なにも安心要素ではねえよ」

 

 弟と元副部長がなにやら会話(コント)をしている中、ざんざか描いていた蘭が身体を起こした。

 ぐちゃぐちゃに塗り潰された塊が三つ。いかにも描きかけで止めたデザインがひとつ。ざっくりと円で囲って目立たせたデザインがひとつ。

 短時間でよくもまあそれだけ描いたものだ。

 

 目を瞬かせた純丘の肩を押しのけて、竜胆が身を乗り出した。思いきり下敷きにされて呻いている人間を気にもせず、まじまじと紙を見つめる。

 

「兄ちゃんこれ俺にくれよ。フクブじゃなくて」

「こいつ……」

 

 下敷きにされたまま純丘は思わずつぶやいた。すぐさま肘をゴリッと肋の間に入れられて、ほんとこいつ、うっかり殺意が芽生える。今ならなんの躊躇もなく殺せると確信していた。

 体勢的に無理だが。

 

「お前に描くなら別のにするってェの。フクブこれ彫れよ」

「ほんと、こいつら……」

 

 首を横に振って、なんとか這い出た純丘が、ようやく蘭が掲げたノートの切れ端を手に取った。

 乱雑にちぎっているせいで、紙のうち一辺だけ、下手くそな亀甲模様のように歪んでいる。ちょっとシワも寄っていた。

 

「……」

 

 黒だけの意匠だ。あざやかに、鋭利な筆致で描かれていた。

 塗りつぶし方はコストカットを優先したのか、ギザギザとした波線が走っている。

 

 しばし眺めて、紙をぺらっと片手で掲げて、純丘は該当のデザインを指差した。

 

「これ」

「ン」

「メインがほぼほぼスジ彫りだよな」

「痛いぞ〜」

 

 笑顔で告げられた言葉に、純丘は半目で見返した。自分でざっくり事前に調べていた知識と合致している。

 

「……で、タトゥースタジオは紹介してくれるのか?」

「めちゃくちゃ痛いけどちゃんと描いてくれるやつンとことそこまで痛くねえけどビミョーにちゃんと描いてくんねえやつとどっちが良い?」

「なんでその二択なんだ」

「痛い方はマジでしっかり描いてくれっから、フツーなら予約やべえしそこそこ待つだろうけど、俺らならねじ込めんぜ」

「痛くない方でいいな……」

 

 痛みへの恐怖というよりは、予約ねじ込むほど切羽詰まってねえからやめてほしいんだよな、の気持ちだった。

 しみじみとつぶやいた純丘。うわクソビビリじゃんと揶揄う竜胆。ひとりケータイを弄っている蘭。

 ……ものすごく、嫌な予感が芽生えた純丘。

 

「なあ、」

「予約ねじ込んだぜ。明日な。このデカさなら一日で終わンだろ」

「なるほどな」

 

 道理で揶揄っても来ねえワケ。純丘は至極冷静に事態を把握した。つまり手遅れってコト。

 ちなみに明日は日曜だが明後日は月曜。

 

 純丘が通っている高校は全日制なので月曜はバリバリ授業がある。タトゥーを入れて次の日に登校しろってコト。

 あと数ヶ月で終わることだしと、高校生活中じゃなくてもよかった純丘、かなり想定外の事態だったりする。

 

「ところで君を討伐する方法ってどこでならわかる?」

「イルカに聞けば?」

「お前を消す方法」

「意外とそういうの知ってるよな……」

 

 そうはいっても、一度起きた出来事はなかったことにはならない。皆の記憶から消えたところで、確かにあった過去が存在している。痕跡はどこかにこびりつく。

 なんだかカッコいいことを連ねているが、要するにド多忙なタトゥーアーティストに無理やりねじ込んだ予約の話だ。

 

 苦痛を詳らかに述べてもつまらないので、ダイジェストで紹介しよう。

 

「意外と痛くないな」

「大丈夫大丈夫、これから痛いから」

「めっちゃ痛ェから、泣くから」

「君ら実は俺の苦しみを糧に生きてたりするのか?」

「別にフクブじゃねえやつの苦しみも糧になんだけど」

「なに当然なこと聞かれてんだって顔するのやめろ」

 

「ヒマだわ」

「俺が読んだあとのBLEACHなら貸せっけど」

「あれなにが面白いわけ?」

「はァ? 正気!?」

「クソバカ人ン耳元でデッケエ声出すな」

「……今更だけどなんで君らここにいるんだ」

「フクブがめちゃくちゃ痛いとき目ェぎゅってなってんの見んのが面白ェから」

「俺は押すと鳴るオモチャか?」

 

「だから俺やめろっつったんだよな〜」

「被害者みたいに語るがよ、だいたいあれ君がバカのデカさのたこ焼ッ——ヅ、」

「あ」

「あ」

「……」

「舌噛んだろ」

「舌噛んだな」

「……るせ……」

 

「シワ寄せんなよ〜跡になんぜ」

「だいじょぶでちゅか? 痛いでちゅねえ」

「施術の後半に頼むことじゃねえ気はするんだけど、こいつら追い出せねえ?」

「ムリです」

「そう……」

 

 苦痛というよりほぼほぼ灰谷兄弟迷惑だる絡み厳選語録になってしまったが、ともあれ一日で図案は描き上げられた。

 目元を覆って「ッハァ〜……」と疲労の色濃い溜息を吐き出した純丘——後半彫られてる苦痛とか抜きに早く終わってほしかった——そんな彼の両肩にどんと重みが乗る。

 

 肘を乗せられている。

 見なくてもわかる。

 

「気ィ紛れたろ?」

「よかったな、俺らが優しくて」

「怒らせて紛らわせてくるのも大概にしろよホントに。ホントに。ホンットに」

「ェエ? 怒んの? なにしてくれんだろうなあ」

「さぞ俺らが嫌がることなんだろ〜なあ」

 

 言いながらもカード一括で支払っているのを見ると、怒るべきか怒らざるべきか、腹の底から虚無の感情が湧き上がる。

 やらかされていることだけを見るなら確実に怒っていいが支払いは握られている。そこが問題だ。

 

「……生の玉ねぎマリネ」

「落ち着けよ、冗談にムキんなんなって」

「りんど〜カワイソ」

「蘭はこないだの電話内容バラすぞ」

「えなにそれ俺知らねえ」

「マジでやめろ」




緑チャート
:有名な共通試験対策の学習参考書のうち一冊
 今作当時だとセンター試験対策


:神経がいっぱいあるとかの問題でめちゃくちゃ痛いらしい

スジ彫り
:刺青の工程の中で一番痛い、らしい

イルカ
:いにしえのWindowsに存在したサポートキャラクター
 ろくに答えを返してくれなかったことで有名
 名前はカイルくん

生の玉ねぎ
:「隠しきれない」詐欺罪編参照
 シャキシャキの玉ねぎ

こないだの電話内容
:蘭「やめろ」
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