【完結】罪状記録   作:初弦

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金に替えられないものはない

「その腕どうしたんだよ」

「折れた」

「だろーな」

 

 ギプスつきなら、そら折れたかヒビが入ったか捻ったかのどれかである。もしくは右腕が疼くタイプの趣味。

 望月のどうでも良さげな相槌に「やらかしたよホント」純丘は折れてない方の手で鉄板の上にひたすら野菜を並べている。

 

 頑なに視線を反らす竜胆を無言で眺める蘭、に気がついた武藤があーね(意訳)という顔をした。あえて突っ込んでも特になんにもならないので口にはしなかった。

 どうせ面白い方向に拗れてはくれまい。

 

 以前起きた竜胆と純丘(と、巻き込まれた蘭)の冷戦は、最初こそ愉快ではあったが、二ヶ月経ったぐらいからいい加減鬱陶しかった。なまじ下手な関係性ならとっくに修復不可能と化しているところ、いつまで経っても決着がつかないと周囲も辟易してくるワケ。

 二度も三度も似たような辟易を経験したくはない。

 

「……ところで武藤くん、その服、東京卍會に入ったのか?」

「そうだな」

「脇のその子は?」

「隊員」

「なるほどーここに連れてきて良かったのか?」

 

 

 

  金に替えられないものはない

 

 

 

 今更ながら経緯を説明しよう。

 

 本日は晴天なり。バーベキュー日和なので鉄板とコンロを小脇に抱えて、いつだかの焼肉メーリングリストに連絡をしてみれば全員が反応してきた結果が今だ。

 現場の河原はちゃんと許可を取りました。

 

 焼いた肉をすべて掻っ攫って頬に詰めるどこぞの王様には、さすがにトングを渡して己で焼くことを促した。今は何故か該当のトングは鶴蝶が片手に、肉を並べている。

 望月は炊飯器の釜からしゃもじで米を食べているし——それ逆に食べにくくね? 純丘は思った——斑目は鉄板の余ったスペースで焼きそばを炒め始めた。ちなみにA5ランク松阪牛の提供者は灰谷兄弟だ。

 

 つまりこの場には、東京卍會創設のキッカケになった黒龍(ブラックドラゴン)元九代目斑目獅音と、東京卍會総長と並々ならぬ因縁がある黒川イザナがいる。

 

「まあいいだろ」

 

 武藤はあっさり言ってのけた。

 

「そうか」

 

 純丘も頷いた。まあ、いいならいいか。

 

 彼は相変わらず不良のルールとかよく知らないので、専門家が言うならそうなんだろう、のきもちだ。

 

「ちなみに名前は?」

 

 尋ねれば「おい、名乗れ」と小突くあたり、彼らが堅気のこの男を許容しているのは明白だ。

 眉をひそめた少年が武藤をちらっと見て、純丘に視線を注ぐ。かすかに首を傾げる男と向き合うことしばし。

 

「なに見つめ合っちゃってんの? 恋しちゃった?」

「やかましい」

「フクブはやめとけよ、ヨメできてもゼッテェ他人の世話優先する」

「真面目なアドバイスやめろ」

 

 本当にやかましい。純丘は思わず額を抑えた。

 

 ちょっとやりそうな例を真剣な声色で諭されると洒落にならない。いろいろと。

 

「お前らチーム組んでM-1優勝目指せば」

「チームなんていらねえよ」

「灰谷二号そのネタ好きだよな」

「ア? 誰が二号だ」

「関東統一したあとなら許してやる」

「あとでも前でもやらねえが?」

 

 つくづく口の減らない者共だ。S62世代ぐるみでボケ倒すのは実はかなり稀な状況だが(まず早々集まらないので)希少な場面に遭遇した感慨など純丘にはない。

 むしろ君らでM-1でもなんでも出てろよ、首を振る彼に「アンタは」と想定よりも低い声が慎重に尋ねた。

 

「あ、名乗ってなかったか……? 純丘榎だよ」

 

 瞬きにつられて睫毛が開閉する。瞬きもう一度。

 黒のマスクの下でもごと口を動かして、彼は苦く唇をゆがめた。

 

 只人たる純丘は、透視能力を持つわけもなし。もちろんそのかたちまでは見えない。

 

「……三途春千夜」

 

 躊躇い数拍、短く答えて三途は押し黙った。「サンズくんな、了解」「まだちゃんとは躾けられてなくてな」「躾とかあんだな」武藤の言葉にはごくごく無難な相槌が返る。

 言葉を選んだというよりは、興味ねえな、の意志の方が強い。

 

「マイキー直々に任されたんだよ。東卍(トーマン)きっての暴れ馬だ」

「……わりに、借りてきた猫レベルに大人しいな」

 

 何気なく言った純丘には、各方面から愚か者を見る視線が注がれた。

 

「俺らの前で暴れたら武藤(ムーチョ)の顔潰すだろうが」

「そもそもこんなアウェーの状況で暴れ馬発揮したらただの馬鹿なんだよ。灰谷兄弟と黒龍(ブラックドラゴン)元総長ふたりと呪華武(ジュゲム)総長と喧嘩屋が揃ってて、ひょろっちいの一匹が勝てるわけねえの」

「後半微塵も知らねえ肩書なんだが誰が誰で誰」

「俺が喧嘩屋です」

 

 マジ?

 

 確かめるように振り返った純丘。

 キャベツをもそもそ食べていた竜胆が、のっそりと鶴蝶を見て、それから純丘に視線を移した。

 

「鶴蝶はイザナの下僕だぜ」

「……あー……」

 

 実感の籠もった声色である。

 

「あーってなんだ」

「……君らほぼ初対面でも顔がわかるぐらい有名なんだ?」

「オイテメェ純丘、シカトか? コラ」

「フクブクン他人事してるッスけど、東京で一番有名なのそこの凸凹兄弟ッスよ」

 

 無遠慮に指差した斑目の指先を「人のこと指差すなって教わらなかったか?」笑顔の蘭が握りしめて、関節と逆方向に捻じ曲げる。教わったかどうかは知らないが、教わっていたとしても覚えていないメンバーしか揃っていない。

 急加速で険悪になる雰囲気に「度が過ぎたら110番するからな」純丘は言いながら距離を取り、更に依然焼いていない食材類をまとめて己の方に引き寄せる。コンロや鉄板を動かすのは単純に面倒だ。

 

 体を張って止める気はない。

 どうせ止められないので。

 

 醜い争いを三歩半引いたところから観察する純丘。その脇にそっと忍び寄る影。

 ……とは正しいが語弊があり、つまり未だトングを保持したままの鶴蝶である。

 

「肉まだありますか」

「あるぜーどんどん焼こうな。これ残ったの持ち込んだ奴らに返却すると下手すりゃそのまま腐らせるからな」

「松阪牛を……?」

「俺は実例を飛騨牛で見た……あいつら普段料理しねえからたまに食材買うとだいたい余らせんだよ」

 

 そして余分はほぼほぼ元副部長に回される。

 気遣いで余らせているのかと勘繰った時期もあったが、食費は出すし食材も持ち込むので〝あ、嘘でも口実でもなくマジにフツーに残飯処理か〟と純丘は認識した。正解なんですよね。

 

 片腕が行動制限されるとやはり支障はあるのか、余った野菜を並べるにも四苦八苦している。

 三途は純丘をしばらく横目に見ていたが、すっと手を伸ばした。山と乗った生野菜を鉄板の上に手早く並べていく。

 

「おお、ありがと」

「食っていーン……いいんスよね」

「ウケるな欲まみれかよ、いいぜー」

 

 言うが早いかむしろ遅いか。マスクを片耳に引っ掛けたまま、箸を握って、火が通った端からガツガツと咀嚼していく。

 口元に深く刻まれた傷跡に、純丘の視線がふと釣られた。ぱっと見る限り、真新しくはない——すぐに視線を外す。

 

 顔をじろじろ見る行動は失礼に分類されやすい。傷があってもなくても顔立ちが端正でも不細工でも平凡でも人格がどうでも、親しき仲さえも礼儀はある。今現在の距離感では尚更。

 

 そもそも派手な傷跡というだけなら鶴蝶で慣れている。

 

「ちょっといいっすか」

「おう?」

 

 とかのんきに考えているとは露知らず、しかしタイムリーに鶴蝶は切り出した。

 

 純丘は、まだ残っている焼きそばの麺を、パッケージから取り出しだそうとしていた。ちょっと考えてから一旦脇に置く。すぐさま横から手が伸びて攫っていった。三途だ。

 麺をそのまま並べようとするので、一旦ギプス付きの腕で制する。

 

「法律って詳しいすか」

「……種類によるな」

 

 サラダ油のボトルはキャップの端が本体にくっついて外れないようになっている。片手の親指だけで器用に蓋を開け、鉄板に油を撒き直した。

 もういいですよ、どうぞどうぞ。

 

「個人事業主になるにあたって商法と民法は軽くさらった。刑法にも詳しいがそれは主にそこの馬鹿野郎どものせいだな」

「なんか言ったかー!?」

「なんもー!?」

 

 耳聡い竜胆にそらとぼけた大声。目を離している隙にいつの間にか、斑目vs武藤vs望月vs灰谷兄弟の謎のバトルロイヤルが始まっていた。ちなみにイザナが審判役。

 どういう経緯かは全くもって不明な上に、灰谷兄弟が公然とタッグ組んでるのは果たしてそれでいいのか。良いなら良いが。

 

 いやはやしかし、シティーボーイのくせして野性の勘が鋭いご様子。取っ組み合いの真っ最中になんで聞こえンだよ、首をひねった純丘に、鶴蝶の表情は特に変わらない。

 

「医者みたいなことも詳しいスよね」

「そこもまあ種類によるな。家庭医学以上のことは俺も素人に毛が生えた程度だぜ」

「……ヤクは?」

 

 極めて静かな物言いも崩れない。

 焼きそばの麺を熱心に炒めていた三途が、ふっと眉を上げて、すぐに視線を伏せる。この距離で聞き取れないのもまれだろう。

 

 純丘はしばし口を噤んで、鶴蝶を眺めた。鶴蝶の表情は特に変わらない。

 すなわち、冗談でもない。

 

「……これ俺が詳しい話聞いても問題ないやつ?」

「住んでる施設に麻薬が大量に保管されてた場合って前科どうなりますか」

「黒川ァ! ちょっとこっち来い!」

「アァ!? ンだよ仲間内の賭博ぐらい見逃せよ!」

「君ら俺がいるときぐらいそういうの我慢できねえ!?」

 

 刑法一八五条には賭博及び富くじに関する罪が規定されている。

 

「てか違ェ!」

 

 そしてそういうことを話したいのではなく。余計な自白を挟むとややこしい。

 

 純丘榎のスタンスは明示と回避で作られており、特に人間関係で顕著だ。

 その場限りのルールを先に示すか、軽口程度の苦言は呈するが、基本彼らなりのじゃれ合いには口を挟まない。不良の思考回路を理解できない男ゆえに、彼らなりの論理があるだろうと真顔で述べる。

 

 ……ので今回のように水を差すのは珍しい。

 珍しすぎて何様俺様仲良く少年院(ネンショー)同期様たちが全員動きを止めた。

 

 地味に奇跡的状況。

 

「わりと真面目に話聞きたいからこっち来い!」

 

 鶴蝶とイザナは、横浜市に存在するある児童養護施設に所属している。少なくとも本籍地はそこにある。

 ただイザナは現在、ほとんど施設外で暮らしている。住民票は安アパートだが転がり込める部屋は他にもいくつか、適当に転々と。鶴蝶も、律儀に施設に帰ることは既に稀だ。

 純丘がそのへん把握している理由は一旦置いておくとして。

 

「はあ? 俺がいなくなったからってどいつか調子乗ってんの?」

「なるほど、今回黒川くんは無罪か」

 

 佐野家の前でなければイザナとわざわざ呼ぶ必要もない、そんな関係性こそがイザナと純丘の距離感である。なおノリによって敬称は外れたり外れなかったりする。

 

「まあ黒川くんの仕業なら鶴蝶くんがわざわざ言うわけもないな……」

「ヤるときゃヤるって思われてんね大将」

「ナメられて腹立つからゼッテェやんねえ」

 

 これ場合によっちゃやってたろうなと純丘は思ったが言及はしなかった。俺もう君らの悪事に首突っ込んだら大変なのわかってンだわ。

 ちなみに場合によっちゃというか、少年院経験済みメンバーは実際やったことがあるが、そのへんは全員仲良く暗黙のうちに口を噤んでいる。純丘榎は俺の知らない話は知らないを常に公言しており、逆に言えば知ってる話は面倒だろうがなんだろうがちゃんと対処に走る人間だ。

 

 言わなきゃバレないし口に出さない。相変わらず治安が最底辺極まりない。

 

「たぶん施設の方は把握してなくて」

「良くねえが良かった」

 

 運営側が内情を把握していないというのもかなり問題だが、施設ぐるみの犯罪であるよりはマシ。

 純丘の怪我をしていない方の腕がふと持ち上げられて、指先がこめかみを揉む。

 

「俺も偶然……まあ偶然知ったんですけど」

「歯切れ悪いな」

「……イザナが使ってるっつか、今もうほぼ使ってないけど一応まだある部屋があって」

 

 児童養護施設は大抵十八歳まで在籍可能なことが多い。まだ今年の誕生日が来ておらず、十六歳のイザナの部屋がまだ存在しているのは不思議ではない。

 

 ……不思議ではないが今この話の流れで出された場合。

 

「なんつーか、若干たわんでて、直そうと思ってしゃがんだらこう……そのへんだけ、あー、粉っぽい?」

 

 沈黙。

 純丘は露骨に、ええ……の顔をしていた。内心もだいたいそんなかんじだ。

 

「……まさかとは思うが」

「俺もさすがにそうだとは思ってなかったんスけど、イザナの部屋になんか変なトラブルあったら困んなって思って床板剥いだら」

「あったのか」

「ありました」

 

 主語はないがここまでくればなくてもさすがにだいたい伝わる。純丘榎、もはや一周回って至極冷静に尋ねた。

 

「目撃者は」

「たぶんいねえ。さすがに俺もそのへん気にしたんで」

「よくわかったとりあえず黒川くん感想は」

「ふざけんな」

 

 イザナは声を荒げた。

 

 実際(敢えてなにとは言わないが)やっていた頃も、わざわざ住まいの床下なんぞに隠したりはしなかった。見つかってしまえば真っ黒な証拠、逮捕一直線の決定打。置くにしたってもう少し頭を回すぐらいの知恵はある。

 

「……濡れ衣着せる気満々じゃね?」

 

 誰もが思って口にしなかったことだった。

 

 うっかりやらかした竜胆くん、即座に王様から飛んできた肘鉄は、鳩尾に綺麗に決まった。全く身構えていなかった少年は声もなく蹲った。

 あーあと言わんばかりの表情を浮かべて、蘭は蹲った背中によっこいしょと腰掛けた。

 

 表情と行動の乖離が著しい。弟にもう少し優しくしてやれ。

 

「ちなみに麻薬っつったけど、ヘロイン? それともモルヒネ? 覚醒剤とかの可能性は?」

 

 尋ねた純丘に鶴蝶は、え、と目を丸くする。こうしてみると中学一年生なだけあって、表情の作りがまだ幼げなのが強調される。

 

「ヤクって種類あるんすか」

「そこからか」

 

 よりやべーやつらと一緒に行動するから比較的常識人に見えるだけで、喧嘩はするし授業は雑にフケるし、ふつうに問題児なのが鶴蝶だ。

 保健体育で行われる薬物依存対策の授業とか爆睡するタイプ。

 

「むしろよくヤクってわかったな」

「鶴蝶の早とちりって場合はねえの」

「ふつう小麦粉と注射器って一緒に仕舞わないだろ」

「これクロじゃなかったら逆に面白ェんだけど」

 

 ぺちゃくちゃ喋る極悪ども+鶴蝶を眺めて、純丘は眉間に皺を寄せる。現実逃避に肉をつつこうと鉄板を見回したが、いい感じに焼けた肉はなく、ほんのり悲しみを背負った。

 

 肉と野菜と焼きそばを一緒くたに、口いっぱいに頬張った三途は、お隣のそんな様子を見て、また鉄板に視線を戻した。

 焼きそばがまた隅っこで焼かれているのは三途の仕業だ。食べ盛り中学生の胃袋は、四次元ポケットといい勝負ができる。

 

「薬物四法において、その使用が罪に問われるのは、覚醒剤と麻薬類」

 

 ところで拗ねている場合でもない。

 

 純丘は自らの知識を取り出して整頓する。思考の変遷を口に出して並べていく。言語化は客観視の手段として用いられる。

 こめかみに置いた指先で、とん、とん、突くように、骨と骨の継ぎ目を叩く。

 

「……鶴蝶くん、さっき小麦粉を引き合いに出していたが、見た目も小麦粉っぽかったって認識していいか?」

「あ、はい。なんかこう、台所とかに置いてそうな粉でした」

「それ、塩や砂糖と比較しても、小麦粉に似てた?」

「……そうっす」

 

 鶴蝶は記憶をしばし振り返り、頷いた。

 

「床のも……きらきらしてねえし、塩とか砂糖っぽくないっつか」

「なるほどな。量は? 具体的な数字はさすがにわかんねえと思うけど、コンビニのサラダについてるドレッシング何個とか」

「……それこそスーパーの小麦粉の小袋三つ四つ?」

「……多いな……」

 

 依存性のある商品は得てして高値で取引されがちだ。末期には金を惜しまず求めてしまうからこそ、依存だの中毒だのと称されるのである。合法のアルコールやニコチンですら特殊な税がつけられる。

 ましてや今回はバリバリ違法な代物。数百gから数㎏と仮定すれば、種別によるにしても、安く見積もっても末端価格は日本円で一千万をくだらない。

 

「いや……ともあれ、白くてキメが細かい粉だ。結晶ってよりは植物を挽いた様相に近いんだろう。で、シリンジと一緒に保管されてたなら、水溶性とみた方が筋が通る」

「スイヨーセイ」

「水に溶ける性質って書いて水溶性な。注射器で固形物突っ込んだら良くて注射器ン中で固まるし、悪くて血管詰まるだろ」

「あー……?」

 

 半音上がりのイントネーション、語尾が細く消えていく。明らかにわかってない。

 

 これは斑目の反応だったが、他のメンバーもわかったかわかってないかでいうとわかってない。

 学校で教えてくれないことの勉強はしてきても、学校で教えてくれることはだいたい知らない。

 

「……てかシリンジってなんだよ?」

「注射器の針以外の部分とこ……」

 

 純丘はその回答こそ的確だが、声色は半ば上の空だ。こめかみから指先を滑らせて、顎元をゆるとなぞった。

 

「……麻薬なら、良くないが、まだいい。ただ、それ以外の向精神薬だと面倒だぜ。使用は罪には問われないが、所持は軒並み刑罰が課せられる。保管も、所持だ。部屋のクローゼットに隠してる、とかも所持」

「要は、なんだよ」

 

 己の把握外から渦中に引きずり出されていた上、いまいち要領を得ない言葉に、イザナはいかにも不機嫌だ。

 純丘は一度口を閉ざして。

 

「……迂闊に動くと、まず黒川くんだけとっ捕まって犯人が逃げおおせる」

 

 脳内で情報をまとめ直し、再び口を開く。

 

「使うときはその場で使い切って、もしそれが見つかったとしても、施設のワルい先輩が持ってたんですって言やあ君らの素行もセットで証言としてほぼ通る」

 

 もはやバーベキューの空気ではない。三途もそろそろ箸を置いた。九人がかりで持ち寄った食糧は、結局四分の一くらい三途の胃袋に収まった。細身のどこに入っているのやら。

 

 五月中旬平日真昼間、と人気のない時間帯を選んだのは、単にこのメンバーなので一頻り騒いだ結果各方面に頭下げて回る必要を減らすためだ。こうなってくると違う意味でも極めて正しい判断だったワケ。

 だだっ広い河川敷に人はほとんどおらず、少なくとも話が聞き取れるであろう範囲に他者の気配はない。遮蔽物もないので近づいたら即気づく。

 

「部屋に運び込まれてる時点でだいぶ詰んでるけど、粉こぼれてたのもけっこうまずい。わざとかどうだか知らねえがな。気づかず歩くやつが多けりゃ多いほど、室内に証拠が拡散される。場所動かしても手遅れかも知らん……なんなら危険察知したら、わざと通報すりゃいいわけだしな」

「ウーワ、姑息ゥ」

(ザコ)の手口じゃねえか」

「本当にな」

 

 溜息を吐き出して、純丘は顎から一旦指を離す。己の眉間を指でこする。

 

 スケープゴートを用意せねばできない悪事なんぞ最初からするなよ、と思うし——もちろん、まず罪を冒すな、とも思うが、この場のほぼ全員に返ってくるコメントなのでさすがに割愛——加えて。

 

「九井に当たったら割れっかな」

「クスリは金脈だしな。関与してない場合でも大まかな流れぐらいは掴んでるかもな。俺もマトリに聞いてもらうか。今更谷垣さん働かせるのも、なかなか微妙だが……」

「あーあのジジイそういやもう退職してたっけか。竜胆、俺月島ンとこ行っとくからオマエ守銭奴の方やっとけよ」

「押し付けるじゃん。……てか兄貴いい加減どいて重い」

「軟弱〜」

「退けよマジで……」

 

 打てば響くやり取りには慣れが感じられる。

 

 目の前でするする進む打ち合わせに、しかし、はぁ? と不愉快そうにイザナは眉を顰めた。

 

「テメェらに手ェ出されなくてもこっちで始末つけるっての。ナメられてんの、俺だろうが」

 

 己のテリトリーを侵害されることに人一倍敏感な彼らしい発言だ。そうでなくとも、面子を大切にする傾向は、アウトローなりの文化として形成されている。法を冒してまで味方につきたいと思わせるには、力以外も必要になる。

 

「最悪しょっぴかれたとこで大して変わんねえよ。なんなら箔がつく」

「やめとけ」

 

 ——明らかに空気が冷たくなった。

 五月中旬、晴天特有の陽気が嘘のように、凍てついた空気がその場を支配する。

 

「……珍しく食い下がるよなァ? お得意の良い子ちゃんなら今求めてねえんだよ」

「そうじゃない。君が己の前科に興味関心がなくたって、この話の最悪はまだ下がある」

 

 純丘の口調はあくまでも平坦だ。真面目な話をするときの、彼の癖だ。

 

「量が量な上に、施設内と言ったって、黒川くんも鶴蝶くんも犯人ではないなら犯人にとっちゃ他人の部屋だ。それでも見咎められてないあたり、まず複数人、計画的な犯行だろうな。堂々と収納してるんじゃなく、わざわざ床下に突っ込んでる。だから施設側は把握してないし、関与してない人間にはちゃんと隠す気がある」

 

 腕を組もうとして、ギプスに阻まれ失敗。ちょっと格好がつかないので、動く方の腕を誤魔化すようにこめかみに戻して、軽く掻く。

 

「ただ鶴蝶くんが気づいた経緯も踏まえれば、部屋に入れる人間には露見する可能性はあるんだよ。マスターキーとか、あるだろ?」

「……ごちゃごちゃ妙な言い方すんなよ。職員も関わってるって言いてェのか?」

 

 いかんせん結論を述べる前にまず理屈を並べるので、話し方が非常に回りくどい。

 純丘が直球に答えを提示しないのは、家庭教師アルバイトから染み付いた癖だが、ゆえに度々人を苛立たせる。

 

「だったらどうした? 大人が怖くてなにがやれンだよ」

「……だから、そうじゃないって言ってるだろ。視野狭くすんな」

 

 こめかみに戻ってきていた指で、再度、骨と骨の境目をつつくように叩く。

 

「黒川くん、月単位だか年単位だかで施設に寄り付いてないだろ。実際見つけ出してたのは君じゃなく、鶴蝶くんだ。門限を破るぐらいは日常茶飯事でも、かろうじて帰ってはいるから。……いいか? 鶴蝶くんが見つけたんだ。君じゃあなくてな」

「それが——」

「そいつらのお目当ては鶴蝶の方なんじゃねって話だよ。大将じゃなくてな」

 

 蘭が口を挟んだタイミングは、非常に的確だった。イザナの堪忍袋の緒が切れる寸前だったことも含めて。

 

 イザナと鶴蝶は、横浜のある児童養護施設に所属している。彼らの出会いもそこだったと純丘も耳には挟んでいる。

 ふたりとも——当然、同じ施設に。

 

「よく知らねえやつにとっちゃ、自分よりワルなヤツに従うだけの、脳の足りねえバカガキに見えんじゃねえの。十二で少年院(ネンショー)突っ込まれて出てきたら出てきたで族のチーム作って君臨して、いかにもヤバそうなのよりずっと扱いやすそー……とか?」

「そもそも俺ならまず鶴蝶くんに罪着せるな」

 

 肩をすくめた蘭に頷いて、純丘は更に付け足した。指折り数えるように親指を掌に折り込んだ。

 あくまで口調は淡々と、そこに説明以上の感情はない。

 

「年齢もあるしさすがに少年院までは行かねえとして、それでも別の施設に移されるだろ。飴役なら、職員側に潜り込んでるやつが最適だろうな。冤罪なんじゃないかとか潔白を信じてるとか、マッチポンプ紛いに信用を刷り込む」

 

 人差し指、続いて中指をも折り込んだ。純丘の表情は変わらない。

 あくまでも彼にとって今述べる話はただの()()だ。

 

「ほとぼり冷めたあたりで今度は黒川くんが主犯だったことにして、少年院なりそれこそ刑務所に放り込む。で、鶴蝶くんにそれを伝えりゃ〝慕っていた先輩に尻尾切りされてたと知り、途方にくれる身寄りのない少年〟の完成だ」

 

 ……一例の、はずだ。

 

 周囲が軒並み妙な表情を浮かべているのに気づいているのかいないのか。純丘の語り口は止まらない。

 

「黒川くんにも、こちらは鶴蝶くんに騙された云々のストーリーを吹き込んでおけば、お礼参り程度はしても、わざわざ話し合おうとは思わねえと踏める。勝手に揉めて関係に決定的な亀裂が入れば好都合だ。犯罪の捨て駒にでも育てて忠臣にするでも、さて俺は知らないが」

「純丘オマエやっぱなんかやってたろ」

「人聞きが悪すぎ——待て、やっぱってなんだ」




M-1
:簡単に優勝できると思うなよ

松阪牛
:高い

飛騨牛
:高い

刑法一八五条
:いわゆる賭博罪
 仲間内でも罪です

麻薬
:16巻140話の発言参照

大抵十八歳まで在籍可能
:最長二十二歳
 根拠は児童福祉法から来ている
 数ヶ月前に改正案が出されたため、上限年齢が撤廃される可能性が高い

種類
:「麻薬」という単語が、違法な薬の総称を指す場合と、芥子を原料とする薬品を指す場合がある
 場合によっては合法(末期癌患者の痛み止め等)

薬物四法
:覚醒剤取締法
 大麻取締法
 あへん法
 麻薬及び向精神薬取締法
 詳しくはe-Govで検索!
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