【完結】罪状記録   作:初弦

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漁夫の利

 一般人が危険を冒して情報を入手したのだから、本職もそれに見合った働きをしなければ嘘だろう。

 

「ありがとね、終わったよォ」

 

 開口一番そう言ったアオサギ、師匠、マトリ——いろいろと名義の多い人間に、どう呼ぶかな、蘭は一瞬思考を走らせた。

 

「ようやくかよ」

 

 一方で竜胆は溜息を吐き出す。いかにも不機嫌に顔を歪めた彼は、クラブのソファの上に片足を引き上げて座っている。九井と元副部長も同席した取引現場と、同じクラブだ。

 椅子が汚れる、と指摘する人間は今この場にはいない。

 

 学校と潜入とアルバイトを奇跡的に並立させた副部長は、今頃己の城で爆睡していることだろう。

 

 

 

  漁夫の利

 

 

 

「マジでイザナ、クッソ不機嫌だからそろそろこっちから圧かけようかと思ってたとこだったわ」

「聞いた聞いた。まあしょうがないよねえ、ほぼほぼ軟禁だったからねえ」

「アンタらの提案だろ……」

「〝なにもしてない〟を証明するには、第三者の目撃証言が必要だからねえ。しょうがないねえ?」

 

 不特定多数の目撃証言で完全にアリバイを固めれば、その間の犯行の無実については、覆しようもない。

 神奈川で派手に動くと気取られるかもしれないと、イザナと鶴蝶は一時六本木に身を寄せていた。

 

 行動制限に機嫌が急速に悪化するイザナ。一応我慢を見せるものの、慣れない環境への居心地悪さも相まってふつうに気が立っている鶴蝶。引き取った灰谷兄弟も気性はお世辞にも穏やかとはいえない。

 

 なにも起きないわけがなく。

 

 大規模の乱闘騒ぎが三日連続したところで「イザナくん、佐野家と留置所のどちらがいい?」純丘が召喚された。とりあえずこいつ呼んどけばなんとかなるだろ、そんなノリで召喚されるので便利要員扱いだ。

 

 わざわざ名前呼びのあたりこちらも大概キレていたが——身体を張った潜入中に呼び出されたかと思えば喧嘩の仲裁、堪忍袋の緒が切れても仕方がない——それにしても留置所と天秤にかけられる(一応)一般人宅とは。

 そしてこの脅し文句で大人しくなったイザナもイザナである。そんなに嫌か。

 

 すべて報告を受けていたくせに、猫ちゃんのじゃれ合いでも評価するような口ぶりだ。にこにこと笑う顔つきがやはりわざとらしい。

 

 フクブにしちゃ、あからさまに苦手っぽい態度取るわけだよな。

 灰谷兄弟は視線を見交わして、互いに内心舌を出した。

 

「で?」

「主犯は工藤照子。共犯真賀悠斗、従犯に工藤照樹でこの三名が主体。引っ張れた配下もふくめて、向精神薬の営利目的の譲渡、譲渡目的の所持、輸出入で逮捕。執行猶予ナシ。可哀想にねえ、懲役五年は固いよお」

 

 麻薬密輸・密売を行い、更に罪を引っ被せようと画策していた者共が、果たして可哀想かどうかは意見が分かれる。

 

「娑婆に出たあとのが面倒だろ、七年丸々いた方がいいんじゃねえの」

「そのへんはそうだねえ、組の顔に泥塗ってるし? ……マァあちらさんのルートはちゃあんと守ってあげたんだから、尻尾切り担当ってことで、手打ちになるかもねえ」

「あー……真賀ってのは?」

「施設の職員ちゃんのことだよお。せっかく就職したばかりみたいだけど、辞めていただこうねえ」

 

 くふくふと上機嫌に笑うさま。辞めるもなにも逮捕とくれば仕事を続けられるわけもあるまい。

 

 灰谷兄弟はシラケた様子で、眼前の人間を眺めていた。彼らの髪は派手な警戒色、容姿もふくめて非常にわかりやすい。一見無害そうにぶってる方が、よっぽど性質が悪い。

 さすが神奈川県警……といいたいところだが、麻薬取締官は厚生労働省の管轄なので一律に国家公務員である。

 

 あとたぶんこいつが単体でバグ。

 

「フクブの言い草じゃ、主犯は工藤の方って話だったけどな」

「ソダネ? ただぁ、クドークン未成年だからねえ、あとお勤め終わったあとにまたくっつかれても、困るじゃん?」

「……そらあ、お仲間同士で疑心暗鬼してもらえりゃあベストだろうよ」

 

 身に覚えのない主犯に仕立て上げられた場合、本来の主犯と司法との間に、なにか取引があったのでは、と勘ぐるのは容易い。

 ただでさえ当初は、普段の素行が目立って悪い者共に冤罪を被せて、上手く逃げ切ろうとしていた者共だ。残念なことにやりかねない、そう思わせる地盤は彼らが既に作り上げている。

 

 信頼関係は上手くつつけば勝手に崩壊していく。効率的だが、ずいぶん邪悪なやり口だ。

 

「つか名前とか言ってよかったワケ?」

「必要でしょお。上二人が嵌められかけてさぁ。報復しないわけないもんねェ? 特定するのは簡単だけどぉ、手間は省きたくなぁい?」

 

 殊更わざとらしく甘ったるい口ぶりに、竜胆がゲェと顔をしかめた。理論は灰谷兄弟にも馴染みがあるものだが、発言者が不良でもその手の界隈の人間でもないことが問題だ。

 

 公僕なのでなお性質が悪い。

 

「オマエ、職業詐称してねえ?」

「してないよぉ。暴行も傷害も殺人も、麻薬取締官(ウチ)の管轄じゃあないからねぇ」

「……なに企んでんの?」

「警戒されても……あんねえ、単に九井クンに繋いでくれたお礼だよぉ。純丘クンに言っても変な顔しか返ってこないの〜」

「そりゃ、だろーナ?」

 

 心底不可思議と言わんばかりの表情をつくる腐れ縁の顔が、兄弟共々、目に浮かぶようだ。

 

 純丘榎は多少ズレているといっても、結局、決定的に道を踏み外したことはない。己の道理に沿わないことをすれば、おそらくきちんと自首するタイプ。

 

「本当は〝八代目〟の黒川クンなんか助ける義理ないんだけどねぇ、良い働きしてくれたからお礼♡ ところでぇ、あの傷の子ってくれたりしなぁい?」

「マジでやめろ」

「ざぁんねん……まァ冗談だよぉ、ほしいのはほんとだけどねぇ。飽きたらおいでって伝えといてねえ」

 

 にこ! と笑ったさまに「……はァ」蘭がてのひらで額を覆った。

 上等なソファに沈んだ長身が、深々と息を吐き、ふたたび口を開く。

 

「マジでキッショイな、テメェ。九井も大概苦労してンだろうよ」

 

 中学生が裏社会で成り上がるなどほぼ有り得ない。その()()に当てはまらない九井は、おそらく、このような悪辣に運良く気に入られる機会を、幾度も経験してきたことだろう。

 灰谷兄弟もまた同じく埒外。いくらか近辺で覚えがあるには、ある。

 

「九井クンはこっちの事情は教えてないからね。教えないであげてねぇ」

「教えたら殺すの間違いじゃねえの」

「教えてから殺したら意味ないでしょぉ?」

 

 本当に公務員の発言ではない。

 

 こんなのと同僚の奴らも可哀想だよ。蘭は額を覆ったまま、珍しくもなけなしの同情を見せた。

 その手をひらっと振って、ソファから身を起こす。

 

「……もう帰れよ。なんも言わねえってのンドクセェな」

「そーぉ? ならいいけどねぇ、あァあと、純丘クンによろしくねぇ」

 

 結局最後まで笑顔を剥がさないまま、踵を返す背中を見送り「……まじで、アレ、なに?」竜胆が心底嫌そうにつぶやいた。

 シンプルに引いている。引きもする。

 

「つか、ああいうのを引っ掛けるフクブが、なに?」

「あいつはいつもだろうが」

「そうだけど。あいつ普段こういうことしてねえのにどっから持ってくんの」

 

 そのへんは竜胆に限らず、蘭も常々不思議に思っている。思わず沈黙してしまった。

 真っ当に生きていたところでヤバいやつは擬態してそのへんに隠れ潜んでいる、という話かもしれない。

 

「……まァ地雷踏まなきゃ害はねえだろ。まぁじで今回働いたわ〜戻ろうぜ」

「ハイハイ……」

 

 魑魅魍魎の巣窟は一時解散。クラブを出ればもうとっくに日は暮れていて、夜景光り輝く六本木で星なんてひとつも見えやしない。

 いずれは兄も、おそらく自分も、あの魑魅魍魎に加わる未来を薄々察していて、竜胆はゆるく息を吐いた。

 

「腹の探り合いとか向いてねえんだけど」

「安心しろ? 前から知ってる」

「……。もうさ、ぜんぶ殴り合いで済ませた方が早くね?」

「その殴り合いで四天王逃したやつがなんか言ってんなあ?」

「あれは少年院(ネンショー)ンときのお遊びだろ! 今やったら違ェよ、絶対」

「ハイハイ、お遊びだもんな。マジになってねえだけだもんな。竜胆クンもうちょっとできるもんなァ?」

「ほんとさいあく」

「拗ねてや〜んの」

 

 ——時は少し過ぎる。

 深夜零時のこと。

 

 寝ぼけ眼の純丘は、響き渡る着信音に目を瞬かせ「……ハイ、ハイ榎です」耳元にケータイを押し付けた。

 

「あれっ、大林さん? ハイ? ……あ、はい、補導すか。なるほど。灰谷……ああ両方ですねー、わかりました。はーい。はい。ありがとうございます。お手数おかけしております毎度すみませんいや本当に」

 

 ものすごく慣れきった応対だった。実際慣れていた。

 電話を切った純丘は、枕に顔を突っ伏して数秒、己の頬をぱしんと叩いて起き上がる。

 

 純丘の方は〝あいつら相変わらず保護者のこと迎えに来させねえし保護者も迎えに行かねえな〟と思っているし、警察の方は〝相変わらずこの兄弟、お兄さんの名前しか出さないな〟と思っている。

 

 もちろん血縁上も戸籍上も兄ではない。

 

「君ら、喧嘩の頻度のわりにいつもパクられてないよな。ヘマしたの珍しくね?」

 

 日付が変わっても、未だネオンサインはちらほらと輝く。とはいえ道行く人々の密度はやはり昼よりも低め。

 東京都青少年保護育成条例に基づき、青少年の外出は推奨されない深夜帯だ。この場合、十九歳なので条例の適用範囲外の純丘が責任を持つ形になる。

 

 現在の彼の思考回路は、こっからだと灰谷のマンションのが近いかな〜というのが半分、もう半分はいかにして帰り着くまでにパクられないでいられるか、という点。

 

 興味を引く世間話ついでに話題を振った純丘に「だろ?」蘭がわざとらしく小首をかしげた。

 

「まぁだ九時十時は人が多いってのに、竜胆がマジになりやがって」

「はァ!?」

 

 途端に竜胆が声を跳ね上げた。純丘の肩を万力のような力で掴むので彼的にはフツーに痛い。

 

「兄ちゃんが散々しつこかったんだろうがよ」

「これちょっとそこの交番に返却してきた方がいいやつか? ……重い、重い重い重い重い言いたいことは口で言え口で」

 

 肩を掴んだまま、思いきり体重をかけてくる竜胆。咄嗟に膝で踏ん張る純丘を指差して、蘭がげらげらと笑っている。

 君ら一瞬前までまだ喧嘩のムード引きずってなかったか、とか突っ込める余裕はない。

 

 これでコイツ六十㎏台とか絶対嘘だろ……!

 

「ようやくまともに寝られるかと思って二時間で叩き起こされた俺に、やることがこれか……!?」

 

 冷静に考えるとかなり同情すべき状況だが、灰谷兄弟がその感情を持ち合わせていたら昨日今日で呼び出されまい。

 

「あー、どんま〜い」

「明日が来るだろ、元気出せよ」

「それけっこう前のネタだろ……」

「は? なんの」

「……知らねえ? CMソング、流行語ランクインの……」

 

 純丘と灰谷兄弟の年齢差はそこまで広くない。ジェネレーションギャップにしても数年前だぜ、首をひねった男はそこで気づいた。

 

「そういやアレ流れてた時期、君ら少年院か」

 

 得心がいった表情でひとりつぶやくので、竜胆が無言で更に体重をかける。重いっつってるだろ退け! わりと切羽詰まった抗議。

 ニヤッと笑った蘭が、竜胆に横から寄りかかったので「ぐげ」奇妙な声を上げて、完全に潰れた。

 

「軟弱ゥ」

「あーあ、マジで弱っちくなっちまって。ガッコで何時間も拘束されてりゃそうなるよな?」

 

 愉快げな声色は完全にいじめっ子のそれだ。

 

 一連のやり取りは道路で行われている。深夜帯で減ったにしても、天下の六本木ならば人通りはまだ途絶えない。邪魔だな……の顔をした通行人たちが、しかし明らかに輩な灰谷兄弟と、傍から見れば完全に絡まれている様相の純丘に、なにを言うこともできず避けていく。

 

 通報される前に早く移動したほうが良い。

 

「……そも最近、体育館行けてねえのは、黒川くんの案件の、比重、大きいんだが?」

「首突っ込むからそうなンだろ、頼んでねえぞ〜」

「君らが、直に動いたら……コトが君らの内部どころか、施設だの(チーム)だのにも広がるだろうが」

 

 竜胆の腹に膝頭を入れて——テメェと半ギレた声が聞こえた——転がして這い出た純丘に、ああ、と蘭が目を細めた。

 ようやく得心がいったのだ。

 

「だからかよ。いくらマトリから押されたにしたって、俺らの話に踏み込むとか、フクブらしくねえわな」

「決定打はそこだな。さすがにやってもないことの加害者になるのも、出身施設での悪評がこれ以上広まるのも、面倒だろうし。焼け石に水だとしても」

「っぱ大将に甘くね?」

「君らの大将だろ」

 

 ……故意犯かどうかは不明。少なくとも灰谷兄弟をしばし黙らせる威力を発揮したのは間違いない。

 

 砂埃をはたいて、立ち上がった純丘は何事もなかったかのように歩き出す。再び背中からぶら下がった竜胆が「重いんだけど」「重くしてんだよ」「……靴底削れちまえ」「ァア?」そのままずりずりと引きずられていく。

 肩をすくめた蘭は、晴れてギプスの取れた方の腕をべしっと叩いた。

 

「なんだよ……」

「ほっそくなっちまってな。早く鍛えろよ」

「ようやく自由の身なんでそうしますよ」

「マあんま下手に肉つけても背ェ伸びなくなるしな、竜胆みたいに」

「まーじで今日何!? 兄ちゃんのそういうとこ嫌い」

「君らほんとまた喧嘩するなら交番行けよ」

 

 純粋に怒りの感情を籠めた一言だった。灰谷兄弟は一旦口をつぐんで、視線を合わせた。

 

 これ、もう揶揄ったらダメなやつ? ダメなやつじゃね?

 目だけで会話して、意見を一致させたところで、竜胆が口を開く。

 

「なあ」

「……なんすかね」

「腹減った」

「……え、今、居酒屋とコンビニぐらいしか開いてなくね……?」

「パエリア食いてェ」

「君のリクエスト地味にムズいこと多くないか? パエリアあんま食ったことないんだが、なに入ってんの……?」

 

 出前を頼めという話なのだが、だったら竜胆も最初から言い出してはいない。

 困惑した純丘はそれでも、星も見えない夜空を睨んでパエリアの具材を覚えている限り数え始める。まだだるんと重たいアクセサリーを、背中にひっつけている。

 

「海老と米とあとなに? 味付けはコンソメ?」

「アサリ、トマト、人参に玉ねぎ、にんにく……あ、セロリ入れて」

「セロリは要らねえ」

「なんか言い出したな」

「兄ちゃんのパエリアには要らねえかもだけど俺のパエリアにセロリは要るから」

「要らねえ〜誕生日特権使わせろよ」

「君の誕生日もう過ぎたろ」

 

 夜は更けていく。三人の会話は雑踏に紛れて、意外にも馴染んで溶けていく。

 足取りは三人ばらばらで、しかしやはり、方角も速度も一緒だ。




七年
:向精神薬の営利目的の輸出入で請求できる懲役が最長七年

神奈川県警
:思い入れのある地の県警なのであまり認めたくはないが正直全国的に悪名高い
 よく不祥事が報道されている

流行語ランクイン
:二〇〇一年の話「明日があるさ」
 前年の二〇〇〇年、缶コーヒーGEORGIAのCMに起用されて爆発的にヒットした

体育館
:市の体育館とか、施設内にジムがあるとこもある
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