【完結】罪状記録   作:初弦

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未成年飲酒

厳守事項六箇条

・室内で法律に違反しないこと。

・室内に法律違反の証拠を持ち込まないこと。

・電化製品は使用後に正しい手順で電源を落とし、コンセントを抜くこと。

・入退室時に鍵はかけること。このとき、鍵は内側からかけるか合鍵でかけること。

・他の人間を室内に入れないこと。

・他の人間に鍵を渡さないこと。

 

 そう記された紙を純丘が灰谷兄弟の顔面に押し付けたのは、彼らの退院から半月後のことだった。

 

 

 

  未成年飲酒

 

 

 

 つまり、純丘が諸事情からアルバイト先に宿泊した日と、灰谷兄弟の訪問が、たまたま重なった日の翌朝である。

 

「ハァ?」

 

 そしてこれは文書を一読した蘭の第一声。輩のような凄み方。

 さすが本物の輩。

 

 寝起きで寝癖まみれの髪を、さも苛立たしげに掻き回す指先。跳ね上げられた語尾からも察せる——ご機嫌斜め。なんならたぶんほぼ垂直。

 こんだけ飲んでりゃそうもなるわな。壁際で何故か縦に積まれたハイボール(空缶)のタワー三本を眺め、純丘は思った。

 

 蘭の機嫌の悪さは二日酔いに起因していた。

 

 当たり前だが未成年の飲酒は法律違反だ。中学生の灰谷兄弟はもちろん、純丘自身も未成年なのでゴミ出しを工夫せねばなるまい。

 下手を打てば最悪特待生待遇が取り消される。一滴も飲んでいないというのに。

 

 まず家主の不在中に自由に飲酒するなとかいう至極尤もな感想は、あまり意味がないのでとりあえず置いておく。横に。

 

「最初の二項は守られなきゃ最悪俺の学歴が消し飛ぶ」

 

 ただでさえ高校生がアルバイトで稼げる時間は限られている。私立高校の学費は本当に馬鹿にならず、純丘が進学を決断した理由も、在学できている理由も、授業料の請求がないことに起因する。

 

「電化製品は電源入れてなくても、コンセント挿したままだと電気が微量に消費される。なるべく節約したい」

 

 三項目めを指差して純丘はそう述べた。

 

「四五六は言っとかないとやりかねんから、一応」

「うっぜえ……」

「まあ気が向いたらやってもいいけどさ……」

 

 竜胆の視線が純丘を捉えた。彼は蘭のように二日酔いではなかった。酒量をセーブしていたのか単に酒豪かは純丘の知るところではない。

 どちらにせよアルコール臭が漂っているので、彼も酒を飲んでいたのは間違いない。摂取量や耐性がどうであれ未成年の飲酒は犯罪です。大事なことなので二度言う。

 

「フツーにいちいちメンドイし、俺も兄ちゃんも気が向かなきゃやんねえぜ。つか、フクブ、俺らがこんなん守ると思ってる?」

 

 さすが前科持ちと言うべきかはさておき発言に倫理が皆無。

 

「全く思わないな」

 

 純丘も正直に応じた。口調は至極落ち着き払っている。

 灰谷兄弟が、これしきをただ言い渡されただけで守るような性であれば、純丘の副部長時代、スライディングお邪魔しますが週二間隔で昼休みの恒例行事にはならなかっただろう。

 

 どんな恒例行事だ。

 

「だから破れば実力行使する」

「へー、どんな?」

 

 竜胆の口ぶりは明らかに棒読みだ。

 

 純丘の身体能力や体術は、既に、灰谷兄弟にとってさしたる脅威ではない。

 純丘は高校に進学していて、灰谷兄弟は中学校の新入生ではない。十代の二歳差が大きいように、十代の成長は短期間でも大幅なものとなる。

 二対一の単なる手数の差もさながら、そもそも、喧嘩の適正は純丘より灰谷兄弟の方が高い。単独で灰谷兄弟を二人同時に捕獲するなど、純丘にはとうに不可能だ。

 

 純丘も、灰谷兄弟もそれを理解している。

 たった一度ならともかく、二度三度取っ組み合ってみれば、軍配が上がるのは確実に灰谷兄弟の方だ。よしんば叩き出されたところで再度侵入するのは容易い。

 

 それらを踏まえた上で、純丘の口調はあくまでも淡白極まりない。

 

「ここ引き払って高校の学生寮入る」

 

 だいぶ毛色の異なる実力行使だった。「……あー」竜胆が嫌そうに眉を顰めた。

 

「どうせそっちのが今より金はかからない」

「……なんで今まで入ってなかったわけ?」

「審査基準満たしてないから。俺の成績と環境的に条件満たしてなくてもいけそうだけど、そこまでゴリ押さなきゃならんほど困窮してからで良かったしな」

「……まぁじでめんどくせ〜」

 

 だるそうにつぶやいた蘭がすとんとその場に座り込む。長い指がゲーム機のコードを乱雑に引き抜いた。

 黒のコンセントプラグが所在なさげにぷらぷらと揺れる。

 

「ちなみにさァ、かかったぶんの電気代こっちが払うってのはアリ?」

「俺が高校在学中に急遽返還が必要になりかねない金とか、俺が犯罪者として捕まる可能性が万が一にもあるとか、そういうことのない出処の金ならアリだな」

「……そういうのはねーわ」

「ならナシだな」

 

 そういうの、ではない金ならある灰谷兄弟。ずいぶん物騒な中学生だ。そして前科の内情を鑑みるに物騒なのはだいぶ今更。

 そして灰谷兄弟特有の物騒に慣れた純丘が敢えて言及することもない。空缶をごしゃんごしゃんと手際よく次々に潰して、ビニール袋に放り込む。

 

 酒類に限らず、炭酸飲料が入っているのは大抵アルミ缶なので、簡単に潰せる。

 

「缶ゴミ……来週か」

 

 ビニール袋の空気を抜いて、口を縛って、更に別のビニール袋で包み、念入りに密封して、そこで純丘はふと動きを止めた。

 すんと一度鼻を鳴らす。

 

「……もしかして煙草吸った?」

「煙草は吸ってねえよ」

 

 ——煙草、()

 

 純丘は無言で発言者の竜胆を見つめた。

 

「なんだよ?」

 

 竜胆は嘯いた。

 

「……晩飯は焼肉かカレーかラーメンにしたいんだが、君らは今日食ってくのか?」

「カレー」

「俺焼肉がいい」

「食うんだな。意見が統一できたらまた話しかけてくれ」

 

 一瞬前のやり取りなど存在しなかったかのような質疑応答、会話はなめらかに続く。

 純丘が並べた選択肢はどれも匂いが強烈なメニュー代表格だが、特別な意図はない。ないったらない。

 

 そういうことにしておけ。

 

 部屋の隅で細い身体をぐでんと折って「んー」蘭が唸った。

 

「焼肉でも良いけど俺人肉食いたくねえんだよなあ」

「人肉はまず近場の精肉店で売られてないな」

「フクブもしかして知らねえの?」

「知らねえけどろくでもないことぐらいはわかるからそれで良い」

 

 努めて穏やかに純丘は告げる。蘭も至極穏やかに微笑んだ。

 

「教えてやろーか」

「すごく余計なお世話だな」

 

 万が一ガチだとしても、知らなければすべて平等にただの肉。パンドラもシュレディンガーも箱を開けなければ確定しない。

 

「兄ちゃんが珍しく親切してんだからありがたく受け取っとけよ」

「君ら不貞腐れるにしてももう少し非犯罪的にダル絡みしてくれるか?」

「……ハ?」

「あーあそういうこと言うからキレさせる」

「沸点、低……」

「珍しくってどういう意味だよ?」

「……ハァ!? 俺!?」

「兄貴に対して良い度胸だな〜?」

「今明らかに違う流れだったろ!?」

 

 兄弟が同志討ちを始めたので、その隙に純丘は冷蔵庫の中を覗き込んだ。

 小型なぶんスペースが小さいので、足が早いか、よく使う食物だけストックしている。今あるのは人参と玉葱と馬鈴薯。

 

「——ッづ!」

「たまには貧乏籤引いてみろっての」

「てことは、茄子と、かぼちゃと……焼肉ならあともやしとキャベツか……?」

 

 ぱたんと冷蔵庫を閉じて——節電——中身を思い返しながら、純丘は指折り数えた。どうせなら半端に余らせたくはない。

 

「あー……ハハ。……やったな?」

「……ァやべ」

 

 純丘が住んでいるアパートの共用キッチンは、誰が買ったかもわからない調理道具がいくつか放置されていて、住人は自由に使用できる。たまに住人以外も使用している。

 中古のホットプレートもそのひとつ、野菜を大量にぶち撒けても炒めるぐらいはできるだろう。

 

「まあカレーでも付け合わせのサラダぐらいには……君ら牛と豚ならどっちが、」

 

 振り返った純丘は一度言葉を切って、諦め気味につぶやいた。

 

「……取り込み中だな?」

「ワーン、ツー、ファーイブ、」

「カウント飛ばしたよな!? いだだだだ」

 

 どこからどう転じたのか、フローリングの上、蘭に下敷きにされた竜胆が呻いている。マウントポジションを取った蘭は至極楽しげにカウント中。

 もちろん現在位置は純丘が借りたアパート二階の三帖間であり、決してプロレスのリングの上ではない。長辺でも三mない狭い部屋で物を壊さずに取っ組み合い、ある種器用とも呼べるだろう。

 

「竜胆やられてるしもうカレーでいいか」

「いっ——つも兄ちゃんばっか!」

 

 下敷きになったまま叫んだ竜胆、の後頭部が「懲りねーな」愉快げな声と同時に床に沈没。だいぶいい音がした。

 クーポン券を財布にねじ込みかけた体勢のまま、純丘は訝しげに尋ねた。

 

「思いきり鼻打ってないか」

「折ってねェよ?」

 

 返答が斜め上。

 

「……血ィ流れたら責任持って二人で掃除しろよ?」

「りょーかいりょーかい」

 

 嗜虐の笑みを浮かべた蘭が、弟を押さえつけていない方の手をひらひらと振る。

 こいつら置いて買い物行って本当に問題ないか?

 首をひねったものの、結局純丘は財布にちゃんとクーポンを入れ直して、鍵を持って、さっさと外へ出た。感覚の麻痺が著しい。

 

「さっきマジで見捨ててったよな」

「殺されはしないだろ」

「結局兄ちゃんのリクエストだし」

「……確かに蘭は要領良くて諸々強引だが」

「今喧嘩売られた?」

「竜胆は竜胆で勝手に食った酢豚の中身にケチつけるし嘗められンの嫌いだしよく加減ミスってやり過ぎるだろ」

「……」

「んふははは、りんどー、図星ィ?」

「ンで蘭は本当に竜胆が誰かに気ぃ取られてんの嫌がるな、すぐ横槍入れる」

 

 灰谷兄弟は食事中ずっと無言だった。




高校の学生寮
:港区の私立高校(架空)
 作中で明示された条件すべてが揃った高校は東京都港区にない

煙草
:吸ってない

煙草以外
:吸ってない

匂いの理由
:さあ?

人肉
:マジ

クーポン
:めっちゃ持ってる
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