【完結】罪状記録   作:初弦

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on7.30

 純丘が目を瞬かせたのは、バイト先でのことである。

 

 接客業などであれば、顔見知りが客として来ることも珍しくはない。そうでなくとも時と場合によっては知人と出くわすこともあるにはある。

 あるにはあるが——確実に、ばっちり目が合った。

 

 相手側もぱちぱちと目を瞬かせて、ちょっと眉をひそめたのち、するすると人混みを抜けていく。

 

「……なにしてんすか」

「……それこそこっちの台詞だよな」

 

 淡い色の髪は今日は頭部の下のあたりでゆるく括っているらしい。口元は黒いマスクでガードしている。

 

 三途春千夜と純丘榎は相も変わらず大した関係性を築いていないが、さすがにお互いの顔ぐらい判別できる。

 

 

 

  on7.30

 

 

 

「君、十八未満だろ? デイタイムでもクラブに入るのは風営法違反だぜ」

「ッチ……」

「舌打ちされても。……なんだ、ドリンクは持ってないのか」

「あんたの目の前で飲んだら取り上げられるでしょ」

「ははは……俺に取り上げられるって確信してるってことは、マジで酒飲んでたな?」

 

 三途は沈黙した。下手な言い訳をするでもなく、ただ言質だけは取らせない、強き意思を感じる。

 そんなところで強くなくてもいいです。

 

 口うるさいイメージばかりが根付いているが、現行犯でもない限り、純丘はほとんどの場合において放逐のスタンスを取っている——風営法違反は入店を許可した人間およびクラブの責任だとして。

 

 ただ沈黙が雄弁すぎるので、純丘はコメントの代わりにちょっと肩をすくめた。誤魔化し方が雑な自覚はあった三途は「……てか」微妙に視線を逸らした。

 

「マジでアンタこういうとこ使うイメージねえわ。しょーじき意外」

「ああ、それは間違ってねえよ。俺が今ここにいるのはバイトだから」

「……ダンサーですか?」

 

 三途が途端に胡乱な表情になったのは、今の純丘の服装がスタッフのそれには到底見えないからだ。どう見ても私服。なんなら客。

 

 ダンサーというにも、身体能力はさておき、この男に音楽の適性が皆無な事実はよく知っている。昨年のなんちゃって潜入捜査でも、正月でも、灰谷兄弟によって散々弄られていたので否応なしに覚えてしまった。せいぜい人並み未満。

 リズム感を反射神経で補ったところで、プロのダンサーと同等のダンスができるかといえば首をひねる。元軽音楽部と聞いたときには二度ほど聞き返した。

 

 当然そんな男がDJは論外。

 

 バーテンならまだ理解はできるが——それこそ、料理のセンスは悪くない——だとすればやはり服装がおかしい。

 

「今回、必要があってクラブに来ただけでクラブに雇われてるわけじゃない。だからマジで客」

 

 なんのことはない。純丘はあっさりタネを開示した。

 どう見ても客という印象は実際その通り、一般客に紛れる体を意図的に狙ったのだからそうでなければ困る。

 

「素行調査みたいなもん」

「まーた警察(サツ)のパシリ……」

「いや? これは個人的な小遣い稼ぎ」

「……興信所?」

「違うが」

 

 本当にちょっとした素行調査だ。やんごとなき御方の直系の孫が、どうにも些か遊びが過ぎる。灸を据えるがてら物証があれば楽なので集めておきたいとのお話。

 この男、ジジババキラーと憎まれ口を叩かれる通り、どうにもご老輩から気に入られやすい。今件は知人の知人ぐらいの距離から回ってきた。

 

 三途と出くわす前に必要な雑務は終えていた。あとはただの暇潰し。

 

「マ説明としては充分だろ。これ以上は俺の信用に関わる」

 

 既に酒を嗜める年齢だ。嘯いた純丘は、空のショットグラスを手の中でくるくると回している。

 

 腹まで響く重低音。目もくらむようなライトと暗闇の錯綜。

 クラブの夜はまだ始まったばかりだ。

 

「さて、俺は答えたぜ。君はどうした? 時と場合によっては本当に帰すが」

「……時と場合ネェ」

「無理やり連れてこられたとかな。好きでいるならまあどうでも。強いて言えば、変なのに絡まれたときは俺のこと避難所にでもどうぞ」

 

 基本的に純丘榎は、こういう話で嘘をつくタイプではない。S62世代との付き合いが続くにあたって、なんらかの線引きを示しているのは、三途もなんとなく察している。

 

 おそらく答えた方が得策、三途はそのように判断した。

 

「隊長に……優待? のチケ貰ったんですよ。ここ最近揉めてて伍番隊とか特に疲れてっから、たまには羽伸ばしてこいって」

「ああ……」

 

 少なくとも三途の自由意志でここにいるということだ。経緯を考えると、年齢の三つ四つ黙認されてもおかしくはない。

 彼らの与り知らぬことだが、武藤のチケットの出処も灰谷兄弟から横流しされたものだったりする。

 

「揉めてるんだな。まあそれは、お疲れ」

「トップが割れれば、そりゃあ」

「……あ? トップ? 君の所属って東京卍會だよな」

 

 怪訝そうに尋ねた純丘に、ちょっと首を傾げて「……そー、ですけど」と、三途は回答した。

 

 あまりに今更、それこそとっくに既知の話だ。

 初対面から東京卍會の特攻服を身につけていたし、純丘の側にも、それがどこのチームの証か判別するだけの知識があった。

 

「いや。……万次郎が殴り合ってんのはよく聞くが、いがみ合ってんのは聞いたことないから、びっくりした」

「……前から思ってたんですけど、場地だけじゃなくてマイキーとも知り合いで?」

「知り合い……まあ付き合いは長いな。俺ずっとあいつの家族ンとこでバイトしてたから」

「……爺さんの道場? 真一郎くんのバイク屋?」

「知ってんの? 道場の方」

 

 まあ、と三途はつぶやいた。瞬きに合わせて長い睫毛が上下する。

 三途の色素はもとより薄く、クラブ内の照明を代わる代わる反射して、色とりどりに光る。

 

「……ドラケンは知ってます?」

「万次郎のオキニの友達? 今副総長ってのは聞いてるけど。……なに、またドラケンくん板挟み案件か? 圭介としょーもない喧嘩でも? 落ちてたエロ本の所有権で揉めてた場合、現物燃やして抹消すると迅速に解決できる」

「あいつらの言ってたエロ本焼却妖怪ってもしかしてアンタか?」

「エなにそれ」

「なんでもありません」

 

 三途は速やかに話を断ち切った。

 確かに会ったことなくても聞いたことはあったかもな、とは思ったが、今はその心当たりを掘り下げる時間ではない。

 

「てか……」

 

 唇をなぞる。思考を組み立てる。瞬きをするたび煩わしくも睫毛が重い。

 

 いまいち言動の読みにくいこの男が、幼馴染らや東京卍會幹部にとって、それなりに深い知人だとわかった——ところで三途がなにを詳しく述べる義理もない。

 どちらにせよ東京卍會の人間ではないのは間違いない。部外者にあえて詳細を伝達する意味はなく、なんなら不利益をもたらす可能性をも存在する。

 

 とはいえ。どうもこの男のところに、場地圭介なる馴染みは定期的に通っているらしい。まァ三途が知る限り、どうにも猫に好かれる気性の男だった。猫の手以上の働きはするのだろう。

 ……現在集会を出禁になっている場地が、既に事態を把握しているかどうかを三途は知らない。しかしひとたび事態を察知した場合、あちらから慣れない様子で探りを入れるか、情報が錯綜した状態で伝わる可能性もある。

 

 純丘榎の行動基準を反芻する。

 

 絶対のラインを先んじて伝え、それ以外であれば適時対応を取る。少なくとも領分を侵す際に一言断りを入れる。

 物理的な潔癖とはまた異なった、一種の()()()()は、いっそ鼻につくことさえある。

 

 三途の思考は数秒にも満たない。

 

「……揉めてんの、マイキーとドラケンの二人なんで」

「……そのコンビは予想外なんだが」

 

 思わず純丘のトーンが落ちた。三途も小さく首肯した。

 

「そっから東卍(トーマン)自体も総長派と副総長派に割れてるってか」

 

 淡々と語られる内情に、純丘は少しばかり眉を顰めた。彼はてっきり、下っ端同士の内輪揉めが起きている程度に考えていたが、どうにも些か様子が異なる。仲違いとしては洒落にならない組み合わせだ。

 本人らの立場はもちろんのこと、万次郎と龍宮寺の組み合わせは、普段は本当に滅多に揉めない。揉めたとしても早々長続きしない。相性というより、お互いにお互いを尊敬している面が特別強い——純丘にはそのように受け取れる。

 

 ゆえに起きたところで、せいぜいが勝手に仲直りする程度。

 誰も仲裁方法を知らない。

 

「あーなるほどな、上がそうだと風紀制御担当はそら忙しいよな……」

「それもマイキーですか」

「風紀の話は武藤くんから」

「……アンタ、スパイかなんか?」

「俺がスパイなら東京卍會はとっくに掌握できてると思う」

 

 マスクで顔の半分が隠れていても、今すごく妙な顔されたな、ぐらいは読み取れる。

 

「冗談さておき」

「冗談じゃねえなら消すとこだった」

「……冗談さておき」

 

 三途のコメントは別に冗談でもなんでもない。

 

「しょうもない話でもなさそうだな。小競り合いで派閥できてちゃ組織も成り立たねえだろ」

「……参番隊隊長の件で」

「春樹の後釜でも?」

「マジでわかんのかよ。……ちげーです。その前」

「……ああ? まさか保釈か、替え玉か?」

 

 純丘にとってはタイムリーにも、つい先日、俎上に載せた話題だ。おかげで一足飛びに話が進む。

 そうとは知らない三途は、不気味なほどの察しの良さに微妙に引いている。

 

「そもそも誰が提案するんだそんなもん」

「マイキー」

「……それこそないだろ」

「は?」

「先に弁明しておくと喧嘩するつもりも売るつもりも貶すつもりもない。キレないでくれ」

 

 不用意に否定形を使った純丘に非もある。

 

 ……しかし、本心だ。

 

 決して三途が嘘をついていると言うわけではない。万次郎がなにか心にもないことを言った、とまでも言わない。

 三途は確かに——まあ、たまに情報を伏せるぐらいはあると見込んでも——現時点では、虚偽は述べていない。そも本人に確認できる間柄の相手に嘘を述べたところで、という話だ。

 万次郎も、こちらは純丘も直接会話してはいないが、下手な嘘だけをつけるほど器用でもない。

 

「……ただ、万次郎にその発想はないだろ」

 

 少なくともかの少年が目指す不良の姿とは、その目は、佐野真一郎を見ていたはずだ。

 兄のことを弱いモテないカッコ悪いと口では貶しながら、目は輝いていた。不良がダセーんじゃなくてダセーやつがダセーんだろと息巻いていた。

 

 言動が噛み合わない。

 

「誰が言い出した?」

「誰が。……そりゃ、吹き込んだって?」

「……そこまでは断言できねえけど」

 

 一気に低くなった声に、純丘は一言訂正を加えた。

 あくまでも推察であり推測であり推理である。経験則であり勘に近しい。真実を断定はできず、他者の心情を決めつけられない。

 

 その上で述べられるべき話だ。

 

「少なくとも、アイディア出したやつは別じゃないか? じゃないと辻褄が合わない。……ただ、そうか。君がその反応なら、東京卍會の中でも、あくまでも万次郎が提案した体なんだな」

 

 曲が変わる。クラブの選曲は基本、その日その時のDJのセンスにかかっている。

 

 初めからアップテンポの滑り出し。スラングばかりの歌詞を、小慣れた巻き舌が歌い上げる。

 Fワードばかりの口汚さが、この場では逆に馴染み深い。こともある。

 

「対立してンなら間違いなくドラケンくんじゃないだろう。実際彼が言い出すとも思えない。同じ理由で三ツ谷くんも違うだろ。圭介は、万次郎と同じでそういう発想自体がない。実行に移すとして自分だけでやるだろうな……武藤くんは、まあ俺は彼の思考回路に信用はおかないが、わざわざあらぬ火種をぶち込むのは彼らしくない」

「隊長の批判すか」

「理解と言ってくれ」

 

 純丘は、片手は変わらず空のショットグラスを握っている。もう片方の手で、つらつらつらりと話す内容に合わせて指を立てていく。

 出る名前が軒並み隊長格なのは、三途も一旦無視することにした。

 

 爆音は内緒話の声量を打ち消して霧散させる。よっぽど距離も近くなければ会話もままならない。気のある相手と距離を縮めるに適している、とも言えなくもない。

 暗闇と爆音で、ちょっとした音は聞こえもしない環境は、スリなどの犯罪が発生しやすい。注意書きのポスターが貼られているクラブも多い。

 

 また——当然、ある意味では密談にも適している。

 

「……万次郎あいつ、身内の言うことはわりとホイホイ信じちまうけど、他人の言うことは聞きゃしねえだろ」

「……まァ」

 

 その評は間違いないので三途も肯定した。

 

 佐野万次郎という少年は、警戒心と懐っこさの塩梅が極端だ。無関心の人間のことは視界にすら入れないくせ、一度懐に入れてしまえばよっぽどでもない限り抱え込み続ける。

 その性は、情が深いとはまた異なる。

 

「コトがコトだから、ある程度冷静さを失ってると仮定しても。……ドラケンくんとも意見が食い違って、しかも対立が長引くようなアドバイザーとなると、俺には心当たりはねえな。やっぱ俺がただ早合点しただけか?」

「一応理由聞いときてえんですけど」

「理由ってほどでもねえが。まず提案が道徳的に正しくなくて猪口才だから、君ら不良の中でもかなり悪知恵が利くやつの提案っぽいんだよな」

「猪口才」

「あー、小賢しい、的な」

 

 数えて開いたてのひらで顎をこする。純丘は眉根を寄せた。

 

「万次郎と長い付き合いで、不良で、信頼されてんなら、ドラケンくんとも春樹ともとっくに顔合わせてるだろ。ぶつかるとわかる意見を、わかった上で出す意味がない。出したとしても万次郎の擁護に回って、対立関係になる前に話がまとまる。そうでないなら、現状、東京卍會内でも心当たりがねえのは確定……」

 

 独り言のようで、一応、思考を過不足なく言語化している。こすった顎からてのひらを離して、純丘は、今度はこめかみを擦った。

 光と音の奔流がしばしば集中を阻害する。

 

「真一郎さん関連でも似たようなもんだな。初代黒龍(ブラックドラゴン)のネームバリューが強いのは俺でさえ知ってるから、万一そこの口出しだったとしても、対立が成立しない」

 

 そして因縁ある黒龍(ブラックドラゴン)元九代目周辺は、それこそ手出しはしない。

 

 確かに黒川イザナは表舞台から姿を消した。しかし袖振り合うも多生の縁、些細なボタンの掛け違いと、偶然に偶然を重ねた結果、未だ健在だ。下手な干渉は、彼が許さない。

 というかあの暴君はやるなら抗争にカチ込むぐらいはする。

 

「短い付き合いで、それでも万次郎に信頼されてるってなると。……まあ可能性はあるが、だとしたらいよいよ俺にはわかんねえな。族にはあんま詳しくないんだわ、東卍(トーマン)だって顔名前一致してんの数人だし」

「……真一郎くんと極悪の世代と、つか東卍(トーマン)の隊長の名前八割出しといて……?」

「ピンポイントで有名処とか知らねえんだよ……」

 

 ぼやく純丘は、本人の語調通り、心の底から不可解だと思っている。空のショットグラスを手持ち無沙汰に掌中で転がした。

 彼の隣で、三途は、静かに目を細めた。

 

 一連の仮定はおそらく、すべてが正しくなくともいい線をついている。

 

 三途は、万次郎とは長い付き合いだ。並べられる言葉の一部は確実に道理だと判断できる。その他大部分も、誤差はあれど、まず、大きく外れてはないと感じられる。

 

 そうだとして。

 

 短い付き合い。しかし佐野万次郎に信頼されている、人間。

 

「……花垣」

 

 つぶやきはごく小さい。

 不思議そうに「なにか言ったか?」尋ねる純丘には、本当に、三途がなにを言った確信もないようだ。

 

 三途は短く首を振った。横に。




素行調査
:探偵業に分類される
 二〇〇六年六月より施行された所謂「探偵業法」により、興信所など探偵業を含む会社は、公安への届出が義務となった
 作中時間軸は二〇〇五年なのでギリセーフです
 素人がやっているという事実自体はアウトです 真似しないでください

花垣
:稀咲鉄太は最初に佐野万次郎と龍宮寺堅と接触
 →佐野万次郎に林田春樹の釈放を持ちかけたのが稀咲鉄太だと知っているのは場地圭介のみ
 →その後参番隊隊長就任までに、稀咲鉄太と佐野万次郎にやり取りがあると知っているのは隊長格のみ
 =副隊長の三途春千夜は稀咲鉄太と佐野万次郎の関わりをこの時点で知らない可能性が高い
 →結論、大事故
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