【完結】罪状記録   作:初弦

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on8.13

 じーわじーわと蝉が鳴く。湿気は街全体を蒸し焼きにするつもりだろうか。エアコンでも入れなければやっていけない。

 

 曇天でもそんな調子で、だから、イザナは珍しくも自ら純丘榎に会いに行った。

 八月盆およびその前後の一週間だけは短い夏季休暇だと、本人が言っていた。

 

 アポイントもなく訪れた顔に、純丘は目を瞬かせて、玄関を大きく開けた。

 訪問を許容する仕草をイザナはまるっと無視して、パーカーのポケットに両手を突っ込んだまま、居心地も悪そうに身体を揺らす。

 

 それから尋ねた。

 

「万次郎の奴らが墓参りすんのいつ?」

「一緒にするか?」

「ずらすに決まってんだよなあ……」

 

 

 

  on8.13

 

 

 

 辟易と言う少年に純丘は吹き出すのをかろうじて堪えた。意地の悪い質問を投げた自覚はある。

 

「そーだな、なら今日とかどう」

「……行けんの」

「墓参り自体に大層な手順は必要ねえよ。麦茶出すからちょっと上がってろ、外出準備したら行くから」

「……オマエさあ、お人好しも大概にしねえと搾り取られんだろ」

「俺も、会ったばかりの君だったらここまで軽々都合つけてねえし、たとえそうしたところで君だってそんなこと言わなかったろうよ」

 

 口端を引き攣らせたイザナに、今度は、純丘は笑いを堪えきれなかった。

 

 くつくつと笑いながら「危ねえっての」飛んできた靴(左足)を受け止める。

 イザナは大きく舌打ちをこぼして、もう片方の靴も脱ぐ。足音も荒くフローリングに上がり込んだ。

 

「花とかどうする」

「花って」

「仏花。墓に供える花な、定番は菊。今の時期だとリンドウもありなんだけど俺らが供えると別の顔が出てくるんだよなー……」

「へえ、ランはどうだよ」

「聞かれると思った。白ならわりと定番の部類だけど、今時期じゃないだろ」

 

 話しながらも、外出準備をするという言葉は偽りなく、純丘はさくさくと動いていた。

 

 まず、クローゼットの脇に引っ掛けていたショルダーバッグを下ろす。箪笥の一番下の引き出しを開けて、線香の箱、ライター、数珠に蝋燭をバッグの中にぽいぽいと入れていく。

 ちょっと離席したかと思えば、キッチン下の収納から、真新しい雑巾とスポンジ、軍手、小さな塵取りとブラシ程度の箒を出した。ややしわの寄ったコンビニのレジ袋の中に一旦入れて、次は戸棚から水筒を引っ張り出して、水道水を注いで蓋をする。

 それらすべてショルダーバッグの隣に置く。

 

 墓参りをしたこともないイザナは、なんとなくそのさまを眺めている。麦茶をひとくち嚥下した。

 

「なんで掃除の道具入れてんの」

「墓は野晒しだからな。万作さんとかわりと掃除してそうだけど、一応」

「ふーん……」

 

 財布とケータイをショルダーバッグの外ポケットに入れる。髪をすいて整え、軽くワックスで形を固定。思い出したように制汗剤をバッグに突っ込む。

 

 麦茶をすべて飲み干して、イザナは、ふと眉をひそめた。

 

「腹さあ」

「その呼び方、もうそろ引きずらなくてもよくないか?」

「ピアスぐらいしねえの。髪とか染めねえの」

「無視かよ。……灰谷みたいなこと言うな」

「あいつらじゃなくても言うだろオマエクソダッセェゴミセンスのTシャツ着んのようやくやめたんだから」

「そこまで言うか」

「言うだろ。マジでアレ、ド金欠ファッションのセンスだったんだな」

「そりゃ俺だって選べるなら選ぶがそこまで言うか」

「言うだろ」

 

 イザナは真顔で、本気のトーンで繰り返した。

 

 選択肢が限られていれば、当然、選べるものの質も限定される。高校時代は最悪制服があればどうにかなったので尚更だ。

 ただセンスは再三疑われていた。

 

「茶髪に染めてみたことはあったんだけど。……面白くなかったからやめたんだよな」

「他の色は? 緑とか」

「あれ入れるまでも大変だしなにより髪伸びてくると大惨事って聞いたことあるが」

「緑は?」

「言い方をストレートにした方がいいな? イヤです。準備できたぜー」

「カタギのファッションって地味だよな」

「置いてくぞ」

 

 純丘は笑顔で言った。そろそろイラッと来ていたので声は低かった。

 最後通牒手前ぐらいを感じ取れる付き合いと化している。悟ったイザナは無言で立ち上がった。

 

 それからちょっと考えて、空にしたコップを、水で軽く洗って流しに置いた。

 

 これは点数稼ぎのご機嫌取りです。

 

「お供物なに持ってくかな……」

「煙草」

「あー。……俺吸わねえから残りどうすっかが問題なんだよな」

「俺が処分しとくけど」

「そろそろ学んでほしいんだが、俺は未成年には酒も煙草も渡さねえ。たとえ普段から嗜んでいてもだ」

「クソ頑固……」

 

 一応折り畳みの傘も二本入れてきたが、雲が張る程度で、降る様子は見受けられない。

 

 バスを使ったので、霊園まで徒歩で移動した距離の総計は然程でもない。公共交通の便が発達している東京都ならではだろう。

 本尊へのお参り——イザナには物珍しかったのか、寺院の中をしげしげ見回していた——遭遇した住職に挨拶を述べて、柄杓と手桶を借り受ける。

 

「黒川くん、これ持ってて」

「ナニコレ」

「水撒くやつ」

「そっちは」

「バケツみたいなもん」

「んなもんどうす……おお、水……」

 

 だばだばと水が注がれていくのを、紫の瞳が瞬いて、まじまじと見ている。反応がいちいち新鮮だ。

 

 桶の中程まで水が溜まったところで、きゅっと蛇口を閉める。

 

 霊園に佇む墓石の間を抜けていく。鏡のように磨き抜かれた墓石は少なくない。丁寧に手入れされた霊園だ。晴天であれば照り返しが強かろうと推察できる。

 曇りであることが幸いしたかたちだが、ただ湿気は変わらない。そして気温も暑いことは変わらない。

 

「あ、やっぱ綺麗だわ。ちょっと拭いとくぐらいで良さそうだな」

 

 【佐野家之墓】

 

「というわけで黒川くん。これ雑巾」

「……拭けって? 俺にィ?」

「安心しろ、俺も拭く」

「なにが安心なんだよ」

 

 軽く水を撒いて、拭いたことで、墓石はこころなし鮮やかになった。かもしれない。

 

 イザナは中腰になって、そっと墓石にてのひらを近づけた。彫られた文字に指を這わせる。

 

「……窪んでら」

「彫ってあるからなあ」

「こん中に、真一郎の骨があんの」

「この石の中ってより、下だな。こう……このへんの石を退かして開け……ちなみに勝手に盗むと犯罪な。刑法一八九条と一九〇条、ついでに墓を壊した場合は一九一条に引っかかる」

「盗まねーよ。骨だろ、所詮」

 

 なぜ開ける実演をしようとしたのかは不明。半目で見上げるイザナに「一応な」純丘はうそぶいた。

 

 ライターで直に線香をつける。何度か振ったそれを線香立てに立てて、手を合わせ、目を瞑った。

 

 しばらくは無言だった。曇りの日でも、蝉はじいじいと鳴いていた。

 持ってきた蝋燭使い忘れたなと純丘が思い出したのは、目を開く直前のことだ。

 

「……なんでこんなことすんの」

 

 出し抜けに、イザナが口を開いた。

 

「こんなこと……」

 

 合わせていたてのひら同士を離して、片方の手で額を拭う。気温は三十℃ちょっと。まとわりつく蒸し暑さに息を吐いて、純丘は尋ね返した。

 

「どれだ?」

「ゼンブ」

「全部て」

「センコウはくせーし、掃除はメンドーだし、花は決まってっし、地味でしょうもねえ服着せられっし、手ェ合わせて頭下げて順番あんのもイミフメーだし、呪文は意味わかんねーし頭痛くなってくるし、燃えカス後生大事にしまっとくし、てかンっだよ盆って誰が決めたんだよクッソ暑ィ蚊ァ居やがんだけど死ねよマジゴミがよォ」

「日本式仏教的な弔い方全否定だな」

 

 大雑把に括っただけでもなく本当に全部だった。なにか恨みでもあるのかという。

 

 ところで、ちょっと考えてからムヒを渡した純丘に「要らねえ」イザナは威嚇した。

 

「死んだらそこで終わりだろ。死体は肉袋、骨は棒切れ」

 

 イザナは言った。はっきりと断言する口調だ。

 己の手の甲を、無意識か、何度か爪が引っ掻いた。

 

 その手はさっき、雑巾を使って墓石を磨いた。思いの外真剣な手付きで砂埃を拭き取った。

 

「なんもねえもんに、なんで、こんなことすんの」

 

 たとえば、線香は死者の食事であるという。また景観は大切だ。汚れているよりは綺麗にしたほうが良いだろう。花言葉が示すように、花にはそれぞれ意味があり、見立てや験担ぎも含まれる。

 合掌には仏教において、清らかなものと不浄なものの世界を合わせる、仏と一体になる、といった意味を持つ。呪文というのはいわゆるお経を指すのだろうが、これは仏教の思想を説いた経典を暗唱するからこそのお()だ。

 黒い服は喪を示しており、遡れば、平安時代に発令された養老律令の喪葬令に由来するとされる。盆がこの時期であるのは、多くの場合、農村地帯の農繁期を終えて一段落した頃であるから。

 

 というように、それこそ日本で広く知られている仏教寄りの弔いの由来について、話をしようと思えば、純丘も少なくとも一般知識の範囲で語れる。

 キリスト教でも、神道でも、あとはイスラム教もぎりぎり。

 

 しかしイザナが疑問に思っているのは、おそらく、そこではないだろう。

 

 純丘は少し頭を傾げた。湿気で髪の毛が肌に貼りつく感覚がする。曇り空は未だ健在で、太陽光は顔すら見せない。

 

「シロクマ効果ってものがあるんだが」

「しろ……ハ?」

 

 イザナは頓狂な声を上げた。

 

「あるんだが」

 

 予想通りの反応を綺麗に黙殺して、純丘は繰り返す。その場で膝を畳んで、しゃがみ込む。

 

「あることを考えないように考えないようにってしても、逆にいつまでもそのことを意識しちまう、っていう人間の思考の……変えられねえルールみたいなもん。それを確かめる実験でシロクマの映像が使われたから、シロクマ効果って呼ばれてる」

 

 かたんかたんと手桶の中に柄杓を入れる。予備のレジ袋に、使用済みの雑巾とスポンジを放り込んで隔離。塵取りとちゃちな箒は、元々持ってきていたレジ袋へ。

 

「人間は考える葦って言ったやつがいる。葦は弱い植物で、人間も大抵の野生動物には勝てやしない。ただ、植物の葦と違うところは、考えることができるとこだとな」

 

 掃除用具を片付けたので、純丘は膝を伸ばして立ち上がった。

 

「それなりに深く考えられる能力は、人間の特徴の一つだ。……それが良いことばかりってわけじゃねえし、それでなにもかも解決なんてムリだ」

「……」

「起きてないが起きそうなことを、これから対策していくのはできる。起きたことを踏まえて、改善していくことはできる。ただ、とうに起きたことを変えたいってのは、超能力でもなけりゃできねえ。考える意味がないことを、だから考えないようにするってのも難しい」

 

 線香の煙が立ち上る。立てかけられた頭のところ、ちりちりと燃焼して灰と化していく。

 

「手順が多いとなにかと面倒だろ。覚えるのも一苦労だし、覚えていても忙しい。忙しけりゃ、余計なことを考える暇もない」

 

 イザナは、墓を見下ろして、沈黙している。手の甲をがりがりと掻いている。

 

 純丘は、彼もまた、耳の後ろを掻いた。制汗剤ついでに虫除けも軽く吹いていたが、結局、数箇所蚊に刺された。

 耳の後ろと首筋と中指の付け根と膝の裏。地獄のようにピンポイント。

 

「あとはまあ、そうだな。俺は元々死後の世界を信じてねえけど。いなくなったそのひとが、ただ手が届かなくなった、消えたまんまと思うより、そのひとの助けになることをしたい人もいるだろうよ」

 

 墓を眺めていたイザナは、不意に、薄く呼吸を継いだ。振り返れば、斜め後ろの男と目が合う。

 

 イザナにとっては不本意にも、イザナと純丘の間には十㎝以上の身長差がある。目を合わせるには少し見上げる必要がある。

 

「オマエは」

 

 イザナは笑っていない。開かれた紫がひたと見つめている。

 

「助けになんねえって思っててもやるんだ」

「そうだな」

 

 純丘は肯定する。

 トーンは一定で、ふざけていないときのそれだ。

 

「死人のための手順を踏めば、もう死んでることを直視する他なくなる。ずるずると引きずってたら生きてると思いこんじまいそうだ」

「お得意の〝正しくなくても賢く使え〟かよ?」

「あー……そういうやつもいるだろうが。この件については、単に俺が薄情なだけだと思う。結局俺は俺の人生を生きてるわけだし」

 

 手桶を胸元に押し付けられて、イザナは反射的に受け取ってしまった。

 

「目を逸らしてると今度こそ立てなくなりそうだ」

 

 柄杓と手桶を返却する。

 住職に礼を述べたのち(その際純丘は、そっぽを向くイザナの背中をバシッと叩いて頭をわし掴み、腰を直角に折らせるなどしていた。住職はツボに入ったのかじわじわ笑っていた)彼らは霊園をあとにした。

 

「そろそろ昼時だな。飯なにがいい?」

「ケバブ」

「意外な即答を……」

「オマエわりと細かいこと覚えてねーよな」

 

 興味もないようにイザナが言う。間を置いて、純丘はしぱしぱと瞬きをした。

 それは確かだけどどうしてこの文脈で? そういう。

 

 焼き目のついた鶏肉とレタスとスライストマトにケバブソース。熱々のそれをさらにパンで挟んでいる。

 ふんだんな肉汁としゃっきりした野菜の歯ごたえ。焼き目のついたパンにも具の風味とソースが染み付いている。

 

「うまい」

「んま」

 

 通りすがりの公園にて、屋台で買ったケバブは大当たりだった。もそもそと食べながら各々ひとりでウンウン頷いている。

 てのひらよりも大きなケバブをさっさとひとつ食べ切って、イザナはいそいそともうひとつの包装を開ける。和風ケバブとかいうアレンジ商品だ。

 

「あれ、もしかしてブチョーくんじゃん!?」

 

 そこに響いた明るく朗らかな声に、純丘は一瞬周囲を見回した。

 

 部活動のリーダーという意味で〝部長〟だったことは純丘にはないが、どこぞの万次郎くんによって一部には呼び名として完全に定着している。声に聞き覚えがあろうとなかろうと咄嗟に反応してしまう。

 ちなみにイザナはケバブに熱中している。彼は彼で、心当たりがある呼び方どころか、自分が明らかに呼ばれていようとも興味がなければ聞かなかったことにするし気分が乗らないときも黙殺する。

 

「ブチョーくん無視すんなって」

 

 どん、と背中を強めに叩かれて、慌てず騒がず、まずは純丘は咀嚼したケバブを飲み込んだ。

 身をよじるようにして振り返る。

 

 ニコニコとどこかお手本をなぞったような笑みと、髪型には、どちらも記憶がない。

 とはいえ顔の造形には純丘もなんとなく覚えがあった。首筋からばっちり覗いている、特徴的な刺青が揃えば答えはすぐにでも導き出せる。

 

「羽宮くんか」

 

 イザナは変わらずもぐもぐと和風ケバブを食べ進めている。

 

 ただ、耳がぴくっと動いた。

 

「そーだよ、俺! なんで無視するんだよ」

「ケバブ食ってて口塞がってた」

「え、いーなー。俺も食べたい」

 

 笑みは崩さず、不満そうに囃し立てる一虎に「もう俺のぶんは全部食っちまったからあげらんねえなあ」純丘はのんびりと返す。

 一見和やかに違和感もなく話を続けながらも、実のところ、彼は内心混乱していた。

 

 純丘と一虎は会話する程度の仲ではあった。確かに。それは間違いない。なにせ万次郎に紹介された彼は、ずいぶんと懐こく距離を詰めてきたし、純丘も懐いてくる年下は可愛がる性質だ。

 しかしここ数年の彼らは、たったの一度も、会話どころか顔を合わせてもいないし、他のどんなコミュニケーションも交わしていない。

 

 ——()()()()とは、佐野真一郎殺傷よりあとから今に至るまでの期間を指す。

 

「一虎!? そっちゲーセンじゃねえだろ! どこ走っ……ゲッ」

「おう誰がゲッなんだよ。ガン付けやがって」

「この公園、人多いから喧嘩しないでくれ。隠蔽できない」

 

 どうやら二人で遊びにでも行く予定だったらしい。駆け寄った場地は、あからさまに顔を引き攣らせた。

 すぐさまきらっきらの笑顔で応じるイザナはあまりにイキイキとし過ぎている。争いの火種を嬉々として作り出すタイプ。

 

 先んじて警告した——不穏な言葉は聞き流していただければ幸い——純丘に「誰、ブチョーのツレ?」そこで一虎が尋ねた。

 

 当然といえば当然だが、八代目黒龍(ブラックドラゴン)の総長の顔など一虎が知るわけもない。

 

「まあまあ仲良い知り合い」

「ハァ? 誰がテメェと仲良いって」

「……まあまあ交流のある知り合い」

 

 そこまで威嚇するか? そんな顔で純丘は訂正した。

 先程の笑顔も消えて、つまらなそうな顔のイザナが、和風ケバブの残りをまるごと飲み込んだ。

 

 実際、彼らが言うほど仲良くないのはその通りである。佐野真一郎関連でコンタクトを取る以外では、灰谷兄弟に巻き込まれて、たまたまお互い顔を合わせているだけの関係だ。

 

「へえ〜。不良? 見た感じけっこうやってんだろ、チームとか入ってる? もしかして東卍(トーマン)?」

「なわけねえだろ。東卍(トーマン)なんざ死んでも入らねえ」

「あマジ? じゃあウチ来ねえ? 俺さ羽宮一虎、今芭流覇羅(バルハラ)ってチーム作ってんの、仲間もいんなら一緒に歓迎するぜ」

「入らねえ」

「そっかー。強そうなのにな」

 

 鬱陶しげにあしらうイザナに、一虎は残念そうだがあっさりと引き下がる。引き際を弁えているというよりは、単に軽いノリだった様子。

 

「イザナくんゼッテェいびってくっから入って来なくてセーカイだワ」

「ア?」

「あンだよ?」

「……ていうか退院してたんだな」

「こないだ!」

 

 睨み合い、一触即発の気を逸らす意味半分。普通に純丘が気になっているという意味半分。

 何気ないそぶりで言った純丘に、一虎は目を細めて笑った。

 

「今日は祝いに場地がぜーんぶ奢ってくれっから、俺こいつの財布カラにするぐらい遊ぶワケ」

「イヤ待てよ奢りも財布カラも初耳なんだけど。じゃんけんに決まってんだろじゃんけんに!」

「でも俺今一円も持ってきてねえよ?」

 

 場地は途端に静かになった。

 ポケットから自分の財布を取り出して、開いて残金を数え始める。

 

 ……大丈夫かどうか若干心配になってくるが、さすがに純丘が世話をする範囲の話ではない。

 

「まァ、できる範囲で楽しんで遊んでこいよ。金足りねえからってカツアゲはすんなよ〜」

「ンなダセーことしねーよ」

「知ってる」

 

 公園に寄り道したのはケバブが食べたかったから。純丘もイザナも、どちらも食事は済ませた。立ち話もそろそろお開きだ。

 場地を揶揄って遊ぶ青年は、言いながら、ケバブの包み紙を指先で畳んでいる。

 

 そのてのひらに、イザナは自分のぶんの包み紙も捻じ込んだ。物言いたげに見つめてくる純丘をまるきり無視して、軽く顎を上げる。

 

 頭が動いた拍子にからんとピアスが鳴った。

 

「半端なことやってんじゃねえなら、どーでもいいわ」

「……うるせーな。言われなくてもわぁってるよ」

「だとイイナー」

「クッソ」

 

 馬鹿にするが如く笑って「おら行くぞ」イザナは踵を返す。

 

「行くぞじゃねえだろゴミ捨ててからな」

 

 純丘は片手でその首根っこを引っ掴んで——オイふざけんな! イザナが暴れた——場地と一虎に軽く手を振って、今度こそ別れた。

 

「……」

 

 ゴミ箱にケバブの包み紙をどちらのぶんも放り込んで、ぱんぱんと純丘はなんとなく手を叩いてごみを払う。

 イザナは無表情でその仕草を眺めていた。薄い唇がひらいた。

 

「腹ァ」

「……なんだよ」

「ハネミヤ、東卍(トーマン)のメンバーだったんだよな?」

「……まあそうだな。俺も、彼が万次郎たちと同じ特攻服を着ているのは、見たことある」

 

 言いながらポケットティッシュを取り出す。指先も軽く拭って、丸めたティッシュのゴミもゴミ箱にシュート。

 

「そもそも東京卍會自体、羽宮くんが斑目くんの代の黒龍(ブラックドラゴン)にちょっかいかけられてたから作られた、って聞いてる」

「……ああ」

 

 純丘が振り返れば、イザナは目を眇めて、視線を宙に投げていた。どこか遠くで像を結ぶように。

 

 イザナが言わんとすることは、純丘にも、なんとなく予想がついた。門外漢にもわかるぐらい、一虎の物言いはずいぶん奇妙なものだった。

 

 引き起こしてしまった事件からして、東京卍會に居づらくなるのも無理はない。他のチームに身を寄せているというのも、まあわかる。

 

 そこまではわかる。

 

東卍(トーマン)じゃなきゃ、自分のチームに入れてもいい……みてーな言い方したよな。あいつ」

「俺にもそう聞こえた」

 

 思考を並べて整理して、要素を各パーツに分解して、抜き出して、推理する。

 

 そうして導いた己の結論をゆっくりと述べたイザナに、純丘も淡白に同意した。

 

「何考えてんだ?」

「……さあ」

 

 推理したところでなにもかもわかるとは限らない。




刑法一八九条
:墳墓を発掘した者は、二年以下の懲役に処する。

刑法一九〇条
:死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三年以下の懲役に処する。

刑法一九一条
:第一八九条の罪を犯して、死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三月以上五年以下の懲役に処する。

シロクマ効果
:一九八七年、アメリカの心理学者Daniel Wegnerが行った実験に由来する
 皮肉過程理論とも

考える葦
:十七世紀フランスの哲学者、Blaise Pascal出典

ケバブ
:「抱えきれない」5 montsh ago編参照
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