「イザナと鶴蝶に余計なこと言っただろ」
「ごめん」
ぶつけられた言葉に、純丘は素直に謝罪した。カレーまんの下敷きの紙包装を剥がしつつ、武藤はじろりと純丘を一瞥した。
「てことはやっぱりオマエか……」
「俺いま確信もなく脅しかけられたのか? 心当たりがなかったらどうするつもりだったんだ」
「オマエじゃなかったんだなと思う」
「非常に正しいな……納得いかない……」
相互誤解
コンビニの脇、駐車場には車は一台も停まっていない。自前のバイクに膝を開いて横座り——柄が悪い——した武藤と、コンビニの壁に寄りかかる純丘の組み合わせである。
特に待ち合わせしていたわけでもなく、双方たまたま寄ったコンビニで鉢合わせた状態だ。
上記のやり取りももちろんのこと、純丘の顔を視認した瞬間、買ったばかりの煙草を尻ポケットに突っ込んだ武藤の判断も早く正しく適切だった。法的な話ではなく相手に応じた対処法という意味で。
あまりに適切でコメントに困った純丘は、とりあえず「肉まん食べるか?」と尋ねた。
ゆえに彼らがそれぞれ手に持っているのはピザまんとカレーまんだ。誰も肉まんを食べない。
「……それなら、俺が原因かどうかは決まってないんじゃないか」
ちみちみとピザまんの上皮を剥がしながら、純丘は弁明じみたことを言う。
「その言い訳は天丼だろうが」
武藤は素気なく言い捨てる。彼は彼で、カレーまんが普通に熱いので持て余していた。
さてどう冷ますか……。
「第一、イザナが言ってたから間違いねえだろ」
「……彼が素直に弱みを晒すか?」
「〝鶴蝶が様子おかしいけどなんかあったか〟つったら〝腹〟だとよ」
「よくわかったがせめてもう少し人体全体を指して呼んでほしい」
フクブは副部長の略称であって腹部ではないのである。当然イザナはわかった上で呼んでいる。
至極微妙な心を抱えた純丘は、物理的に抱えたピザまんの皮をやっぱりちまちま剥がしている。非常に行儀が悪い。
「……まあ。うん。今後気をつけるよ」
「それはどうでもいいんだが」
「なんなんだ君」
「オマエが余計なこと言うのはだいたい、黙っていられねえときだろ。ンなもん気ィつけたところで意味ねえだろ元からそうしてる野郎が」
「……」
その通りですね。
カレーまんを真っ二つに割って、うち半分に、武藤は大口を開けて食いついた。もっしゃもっしゃと豪快に咀嚼していく。
十回くらい噛んだか噛んでないかぐらいで、ごくんと喉が上下した。カレーまんが半分消失した。日頃より動き回っている育ち盛り十代特有の食事スピードである。
「懐いてる竜胆だとか、まだガキの鶴蝶なら多少ブレるかもしれねえが。イザナは、俺たちとも別次元の男だ。最恐で、極悪の。オマエがなに言ったところで持ち直すだろ」
「……。なるほど」
普段の武藤は特に寡黙だが、ごくまれに、彼は己の考えを饒舌に語ることがある。彼が並べた言葉に純丘は短く頷いた。
「……君は黒川くんのこと大好きだな」
「……なんだ突然……」
「心底気持ち悪がる顔を……特に含みはないよ。灰谷どもだとか望月くん、斑目くんにも思うし」
「……気持ち悪ィな……」
「おっとはっきり口に出したな……」
純丘は——少なくとも、イザナの喧嘩の実力はさておき精神面を
鶴蝶の〝俺では無理〟も、いまいちわからない——少なくとも、真一郎の次にイザナのそばにあるのは、万作ではなく、万次郎でもなく、そしてエマよりも、鶴蝶であるように見える。
だから純丘が納得したのは彼らの奇妙なつながりについてだ。大好き、でひっくるめるのはさすがに単純化しすぎだとして。
「……まあ、いくらキモかろうとどうでもいいが」
「キモいのは固定なんだな……」
「その無残なピザまんの方が気になる」
「憧れてたの思い出したらやってみたいだろ。君はわざわざ行儀悪いって咎める性質でもなさそうだし」
「ピザまんの食い方に憧れもクソもねえだろ」
武藤は呆れを含んでつぶやいた。つぶやいたついでにもう半分を口に放り込む。
「俺にはあるんだよ」
純丘は不服をこめて主張した。
「なんでもいいが、三途の前ではやるなよ。嫌がる」
「三途くん? ……あー、彼、潔癖のケがあるか。そういや」
「家に行くととりあえず除菌シート渡されるからな」
「ノロウイルスにかかってもばっちりだな……」
「最近はだいぶ遠慮が消えて消毒の霧吹きで吹かれるな」
「笑っていいか?」
「ボコられる覚悟があるならな」
「やめとくわ」
熱心にピザまんのパンの部分を剥がしていく純丘をしばらく眺めて、それからふと武藤は口を開いた。
「そういや……オマエ、場地とちょくちょくつるんでんだよな」
「圭介なら、そうだな。まァ付き合いも長いし」
「家にも定期的に来てんだろ」
「……よく覚えてんな」
「灰谷が愚痴ってたしな。飯の取り分が減るとよ」
「元々ぜんぶ俺の飯ってわかってんだろうかあいつら」
ピザまんはぎりぎりまで剥かれてほとんど中身の餡が透けている。次の純丘の課題は、これをどうやって中身が漏れずに咀嚼するか、だ。
後先考えずに行動すると後々苦労する。後悔とは手遅れになってから生じるものだ。
「それで、なにか気になることでも?」
純丘は軽快な口調で尋ねた。「特別ねえけど」武藤は指についたカレーまんのたれを舐めとる。
「そろそろあいつの
「んー。そう。ところで、確かに俺は君らのやることにさして詳しいわけじゃないが」
「なんだ」
「見え見えの嘘にホイホイ情報渡せるほど君らが善良とも思ってないぞ」
純丘は意図的に声の起伏を抑え、さらに低く音を落とした。彼が真面目な話をする際に、敢えて声色をわかりやすくしているふしがあることを、武藤もやはり把握している。
必要さえあれば、蓄えた知識と経験に基づく観察力を、度々悪用、もとい、活用していることも。
武藤は無言で純丘の顔を仰視した。彼はバイクに腰掛けているから、本来背の高さゆえに純丘よりも上にあるはずの目線は、現在、普段と比較してだいぶ低い位置にある。
純丘の澄ました面持ちは変わりない。うっすら中身の透けたピザまんを、とりあえず、包み紙で包み直している。
「君との付き合いもそれなりに長くなったから、敢えて言葉にしておくよ。いったいどういう意図だか、俺は微塵も把握していないが、事情をなにも明かさずに探りを入れたいなら他を当たってくれ」
そこまで喋った純丘は一旦口を閉じた。武藤はしばらく待って、それから、息を吐き出した。
「部外者に言うようなことじゃねえ」
「なら部外者に聞くなよ」
切り返しはあまりににべもない。
包み紙でガードした上で齧ったピザまんは、少し冷め過ぎて、食べやすいを通り越しちょっと残念な温度と化していた。奥歯のあたりでよくよく咀嚼して、飲み込む。
「それか、もう少し上手く騙されてくれる相手にしとけ。さすがに俺はそこまで素直になれない」
語調はあくまで平坦で、淡々としていた。
——S62世代、あるいは極悪の世代でくくられやすい少年たちは、付き合いも長くなってきた男を、ある程度、的確に理解している。
「……場地が最近キナくせえ」
武藤は、彼も平坦なトーンで切り出した。「いや、キナくせえのは前からか……」言いながらもちょっと訂正を加えた。
純丘は再びピザまんをひとくちかじって、咀嚼する。
じっと見据えてくる武藤の様相を、観察の意図を以って眺めてみる。
「集会じゃねえ、チームの決め事だとか、隊長格の飲み……あー……メシだとか、付き合いが軒並み悪い。聞けば最近、壱番隊で流しやろうってのも顔出す率が低くなってる。それだけなら大したことでもねえだろうが……マイキーへの態度が妙だ」
「妙、か」
「避けるっつうか。はっきりしねえというか。歯切れが悪いと言やあいいか——とにかく、後ろめたいことがある野郎は、ああいう顔をする」
タッパがあって、運動習慣の身についた成人男性が中華まんを食べれば、余程大きくもない限り数口で消失するのは当然その通り。
包み紙の中にちょっとあふれた中身を指ですくって——行儀が悪い——食べた純丘は、掌中の包み紙で指を拭き取ってから、くしゃりと丸めた。店舗の外壁に体重を預けたままだ。
「場地がそうなんのは珍しい。あいつはだいたい、くよくよ考える前に動く。バカだから」
「……言わんとすることはわかる」
「あの野郎がなに考えてんのかは……誕プレに髪むしってくる三途ですらわかんねーっつうから俺にわかるとも思えねえが」
「ちょっと聞いてもいいか? その髪型誕生日プレゼントの結果なわけ?」
「いや髪毟られたのは俺じゃねえしそこはいい」
そこはいいのは確かなので純丘はそれ以上追及しなかった。……とても気になるが。
「林田が先走って暴走してから、まだ二ヶ月だ。バカ度合いがどっこいどっこいの野郎が下手に考えてろくなことになる想像がつかねえよ」
「……容赦なくバカバカ言うよな」
「バカはバカだろ」
「左様で」
表現はさておき、考えるのが苦手なのは間違いない。
純丘はかすかに息を吐いて、両腕を胸の前で組んだ。場地の挙動が不自然だという話だ。すなわち。
「……ひとつ、心当たりはなくもないが」
脳裏を過ぎるのは、墓参りの帰りに出会った場地と、羽宮のこと。
彼らと万次郎との確執を思えば、なるほど〝後ろめたいことがある〟と表現されるのかもしれない。
——かも、しれないが。
「確定とは言いづらい。し、俺の口から言いたくもないな……」
「……事情言ったところで話す気ねえじゃねえか」
「悪いなーこればかりはちょっと」
純丘は、声色を意識的に軽快に引き戻す。視線を逸らしたのは、彼としては無意識の行動だ。
「わりと有名だから、調べればどうせわかるんじゃないか。灰谷に聞いても知ってると思うぜ。黒川くんはやめとけ」
「……オマエが言えよ」
「ヒントはやったんだから勘弁してくれ。他の心当たりは、今のところない……圭介と最近会ってないのもあるな」
「……あ? 雇ってるっつってたろ」
「今月頭まではな。辞めるっつってたから」
寄りかかっていた壁から背中を離して、ゴミ箱の中にピザまんのゴミをシュートする。怪訝に眉を顰めた武藤が「……なんだ、マジで」同じように、カレーまんのゴミを放り投げた。
彼の投球は端っこにぶつかって落ちたので、素直にもう一度拾って入れた。
ピザまんとカレーまん
:どちらも1970年代後半に発明された模様
言い訳は天丼
:「許しきれない」4 months agoより
無残なピザまん
:本当に終わった後の食べ方を考えてなかったので澄まし顔の裏で後悔している
二度とやらないことを誓った
憧れてた
:行儀の悪い食べ方なんぞもってのほかだったので
コンビニのピザまんを食べたのは実はこれが初めて
誕プレに髪むしってくる三途
:キャラブック3巻の三途春千夜プロフィールを参照