【完結】罪状記録   作:初弦

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無知の知について無知

 灰谷竜胆という少年は整った顔立ちをしている。

 

 そも整った顔立ちなる対象はある程度時代や地域によって変遷するものだが、その誤差を加味した上でも、一定の比を維持した構造や、シンメトリー的な造形に、人間は美を見出す傾向がある。

 それらの基準と照らし合わせても、また現在の日本において普遍的な感覚と呼べる基準を用いても、なるほど、灰谷竜胆と呼ばれる少年は客観的評価として〝整った顔〟と評せる顔つきをしていた。

 

 もちろん個々の好き嫌いや美醜感覚は、決して統計と傾向と流行だけで論じられるものではない。

 とはいえその誤差を差し引くとしても、灰谷竜胆は、整った顔立ちをしている、と評価されるに足る根拠はあった。彼の兄も同様である。

 彼らにとっては幼き頃より、夜には空が暗くなるぐらい当然のことだった。

 

 結論。

 

「あ〜ようやく見つけた! なあケーキ黙って食っちゃったのは悪かったからさ、機嫌直せよ」

「は?」

 

 竜胆は彼の顔立ち故にわりと持て囃される——特に異性——し、本人もその恩恵に存分に与っており、そしてわりとよくポカをして、その処理を周囲に雑にぶん投げる悪癖がある。

 

 

 

  無知の知について無知

 

 

 

 彼に話しかけられた女は、は? の声と同様にいかにも訝しげに竜胆を見上げた。

 彼と彼女は間違いなく知り合いだ——知り合いだが、別にケーキを黙って食べられたような過去はない。直す機嫌もなにもないしなんならしばらく会ってなかった顔である。

 

「……ケーキはもーいいから。ピアス見に行きたいんだけど」

「ああ、こないだのネルシャツに合わせんの?」

 

 ただ彼の後ろで「ええ、マジで今ヨメいんの?」「オバサンじゃん。趣味わる……」と聞こえよがしに去っていく顔ぶれを一瞥して、興味もなく向き直る。

 ナチュラルに腰に回された手の甲を思い切りはたき落とした。

 

「フクブチョにチクるよ」

「御門センパイ冷たいとこ変わんねえ〜。女ってこーいうの好きなんじゃねえの?」

「フクブチョから蘭の方に回してやろうか」

「兄貴はほんと勘弁して巻き込んだってバレたらヤキ入れられる」

「最初から巻き込まない選択肢ってのが実はあったと思うんだなァ……」

 

 打って変わって懇願する後輩——約半年部活が一緒だっただけの対象を後輩と分類するかどうかは、おそらく人による——に、御門は溜息をついた。相変わらず自分に都合がいい時だけ調子がいい。

 

 共に部活動をしていた頃より随分背も伸びて、がっしりとした体つきになった。……正直御門もか弱い女の子ゆえに密着されると心臓が跳ねる。

 百%混じりっけなしの恐怖で。

 

 灰谷兄弟がなにをしでかして中学から消えたのか(ついでに人数不足で軽音部が廃部になったのか)部員としてそれなりの関係を築いていた御門はちゃんと知っている。理由がなければ手は出ないが、たとえごくごく些細なことでも理由として成り立つことも知っている。彼もといその兄も含め、御門への対応があくまでも穏便なのは、彼女本人への好感度以上に〝フクブにバレても怒られねーようにしとこ……〟が先行しているのもよく知っている。

 何事にも適切な対処法というものはある。距離感を履き違えないのは自衛もあるがなにより双方のためだ。あらゆる意味で。

 

 未だにつるんでいるらしい先輩には感謝より疑問の方が先にくる。

 フクブチョそんな面倒見いいキャラでもなかったでしょ。どしたん。

 

「でも合わせてくれてあんがと、察しよくて助かったわーマジでしつこくてさ」

「い〜よ新入り。アンタらそういうのでしか声かけてこねえしね」

「そんなことな。……アンタら?」

 

 竜胆がふと眉をひそめた。

 

「蘭が一回ね」

 

 御門はハンドバッグの位置を直している。

 

「そんときはフクブチョと堤センパイどっちもに叱られて交渉してたけど、まァ私は貸しってことでいいよ。優しーから」

「は!?」

「うっさ」

 

 耳に指を突っ込んだ明らかな抗議の仕草を、しかし竜胆は気にも留めない。

 

「堤とフクブと、御門で、兄貴だろ、軽音部ほぼ全員じゃん。集まったとか兄ちゃんから聞いてねえんだけど、いつ?」

「あー、蘭ってよりオトモダチか。えーと、モッチー? くん?」

「モッチーまで!? マジで聞いてねえんだけど!?」

「いつっつってももう二年……半は前だよ。フクブチョも堤センパイもまだ高校だったし」

「知らねえ……はー……? マジで兄ちゃんのそういうとこ嫌い……」

「拗ねんなら本人に言って」

「てか言えよなァ堤もオマエもさあ」

「無茶〜」

 

 懐いているというよりは、単に仲間はずれにされたことに拗ねている。これが通るあたりが彼の顔が整っている証だろう。

 顔が良い男マジで気をつけよ、御門は心に誓った。

 

「もーいーよなあ今からでも遊ばね? 集めよ」

「ガキ……ってか無理でしょ。私サークルあるし」

「テニサーとか? 兄貴からどこだかのテニサーはほぼ飲みサー化しててつまみ食い目的の野郎がタカるって聞いてっけどそういうの?」

「なにその偏見。いやフツーに吹奏楽やってる弱小サークルっすね……」

 

 ふーんと竜胆は頷いた。御門は不審そうに彼の顔を眺めて「……ちなみにどこ大?」「しらね」おそるおそる尋ねればなんともあっさりとした返答。

 本当にあるかもしれない怖い話だけ落とすな。

 

「フクブチョは忙しそうだし」

「あーまあ、フクブは最近またなんか余計なこと考えてんのか顔死んでっけど」

「あのひと相変わらず追加で荷物しょってんの?」

 

 またとか相変わらずとか言うあたりが彼らの理解度の高さだ。話しながらもナチュラルにショッパーを回収されるので、御門はいろいろと諦めた。

 

 着いてくる気満々だ、この男。

 

「つーか、やべー男飼い出した堤センパイといいあのひとたちなんか持ってんの?」

「えっ堤やべー男飼い出したん?」

「二mあって全身刺青で他にもまあまあまあどー見てもカタギじゃない男がね。センパイの家にいてね。悲鳴上げた私悪くねえだろ」

「そかも」

 

 半身刺青かつカタギではない少年は無難な相槌を打った。

 

「堤センパイはサウスくんねって言うけどまずサウスが誰だし、フクブチョは〝あー知ってる敵意見せたら喜ぶから喜ばせんなよ〟って、いやフクブチョが知ってても私は知らんし」

「……サウス?」

 

 竜胆は復唱した。歩く速度は変わらないが、上半身がヴィトンのショッパーを片腕で保持する直前で静止している。

 不思議な彫刻よろしくなかたちで固まった後輩に、御門があからさまに怪訝そうな顔をしている。

 

 彼女は灰谷兄弟が中学時代にやらかしたことは知っているが、灰谷兄弟が不良界で名を馳せていることは知らない。

 

「……サウス? あの?」

「……あのってどの? 有名なん?」

「……あー……」

 

 当然寺野南が堅気じゃなさそうぐらいの判別はついても、具体的にどれぐらい()()()のかも知らない。

 知ってるはずもあるまい。

 

 竜胆も、元副部長はまだ彼らとの付き合いで理解と知識がある方だ、という事実はなんとなく把握している。関わる機会もないのであれば敢えて知る必要もない。知っている方が面倒事を呼ぶ場合もある。

 純丘のスタンスは至極正しい——余波としてうっかり現在進行形で言葉に窮しているのが灰谷竜胆くんだ。

 

 これ俺どこまで説明してどこから誤魔化せばいいわけ?

 

 彼の困惑もまたある種当然。

 

「……てかそれフクブ知ってんの?」

 

 とりあえず先に話を逸らす。

 

「知ってんのってか、堤センパイがそいつ拾った時にフクブチョにヘルプコールしたらしくて。そっからいろいろ手配したみたい。今は週一ぐらいで勝手に上がり込んでゴロゴロして勝手に帰るって」

「……へえ……」

「堤センパイも私のことフクブチョの知り合いってことで紹介してたし、だったら手は出した方がつまらねえなって言ってたし……手ェ出す前提で話すのなに?」

「……」

 

 竜胆は至極微妙な表情で、ショッパーを腕にかけ直した。

 だんだん口数が少なくなってくる後輩を見ていると、御門にも思うところというものがあるわけで。

 

「……マジでヤバいやつだったりする?」

 

 ここでいう〝マジでヤバいやつ〟とは〝いやそりゃ薄々ヤバいとは思ってたけど人殺した前科あるアンタもそういう顔するレベル?〟という意味だ。

 

 言外の意味まで上手く汲み取ってしまった竜胆は、視線を明後日の方に向けた。露骨である。

 彼の場合、人殺した前科に摘発されてない罪状やどこぞの元副部長に(薄々気付かれているが)バレてない所業も積み重なった上で、心底からヤベェナ〜……と思っている。

 

 そも灰谷竜胆という少年は、己の支配区域であろうと雑魚の名前を覚えない。況してや寺野南(サウス)と灰谷兄弟の活動範囲は、現時点では被ってないわけだ。

 

 被ってない現時点で噂に聞く名前で、しかも記憶にしっかりばっちり残っているのだから、つまり相当。

 

「……まあフクブでどうにかなってんなら大丈夫……だと思イマスケド」

「答えになってなくね」

「知らなくてもいいことってのもあんだよ。センパイ」

「なら意味深なこと言わんくてもよくない!?」

「俺にどう答えろってんだよ!?」

 

 双方ともそれはそうである。

 

「フクブに聞け! 俺が変なこと言ったらマジでシメられる」

 

 竜胆は強引に話を打ち切った。声色も真に迫っていた……真に迫っていたというかただの事実だ。

 

「……そーっすか」

 

 御門は半目で、短く答えた。

 

「……相変わらずフクブチョと仲良しだよね。てかあの人マジで最近なにやってんの? 私てっきりフクブチョ旧帝大かそうじゃなくても国公立あたり行くと思ってたんだけど、なんか知らねえうちに迷走してない?」

「えしらねーってか俺が知るわけねー。合格したらしいけど蹴ったってのは知ってる」

「なんで?」

「わっかんねーよ。ベンキョ嫌いになったんじゃね?」

「や勉強は好きでしょフクブチョ」

「マそれはそう」

「実家頼れねえなら尚更学歴あった方がいーだろーし」

「それもそう」

 

 強いられた部分もあったとはいえ、学びが嫌いだったならば——金が必要だったという前提はあるにしろ——好き好んで学習塾の開業なんぞしないだろう。

 ……そう考えると変だな? 竜胆は内心首を捻った。

 

「親がどうとか言ってた気もするけど」

「……えー……? 親がイヤだからってやりたい進路変える? フクブチョが? 逆に意地でも踏ん張りそう、しれっと頑固だし」

「……あー……」

 

 〝(どうでもいいから)まあいいか〟の範囲が広すぎるので一見わかりにくいが、やりたいことは絶対にやりますし、やりたくないことは絶対にやりません、を体現している。

 そうでもなければ灰谷兄弟と付き合いを続けるにしたって、とっくの昔に心が折れているか、それよりも先に兄弟の方が飽きていただろう。

 

「……じゃあもうわかんねーよ」

 

 とはいえ結局、竜胆は投げやりに言い放った。

 元々彼は、兄を筆頭とした周囲からも指摘される通り、深く考えるのは苦手な方だ。

 

「だいたいわかるわけねえじゃん、あんなUMA」

「ツチノコとか宇宙人扱い? そりゃ似てるけどさァ……」

 

 元部員たちからの意見が未確認生物で一致する男。自他ともに認める優等生と明らかなる変人は両立する。

 どうにしろ真相を知らぬ者たちで討論したところで、憶測と推論が飛び交うだけ、というのは確かにその通り。

 

「つかそーいう御門は?」

 

 話の転換がてら竜胆は尋ねた。

 

「サークル入ってるっつってたけど、吹奏楽ってなにすんの、クラシックとか? つまんなくね」

「いきなりすげえ貶す。軽音部入って活動もしないでパクられた男が……」

「入らなきゃいけねーから入った部活にやる気あるわけ」

 

 その通りだが、はんと鼻で笑われると若干神経に障る。御門の非難の視線は悲しいことにそよ風以下くらいに思われている。

 

「軽音入る前は元々吹部入りたかったし、実際高校も吹部だったからそのまま。……竜胆は? イヤやっぱいいわ聞きたくないし」

「は? そっちこそいきなりめちゃくちゃ失礼じゃんセンパイ」

「圧かけるときにセンパイって呼ぶのやめて」

 

 突然真顔になった竜胆をしっしと顔の前から払って、御門は薄く息をついた。言うほど気にしてもないくせにこれだ。

 ひでえよな、嘯きながらも結局御門のショッパーを捕獲もとい()()()()()()ままなので、しばらく遊ぶ気満々ではあるのだろう。

 

「俺はフツー。あ、ちょっと前から管轄んとこでちょいちょいDJやってんだけど、わりと好評」

「へー、センスあんのね。てかクラブのDJって未成年アリなんだ」

「全然アリじゃねえけど俺らそこのケツ持ちしてっからさ」

「これだから聞きたくなかった」

 

 なんで未成年がクラブのケツ持ちなんて……とか、突っ込みたいとも思えない。

 ていうか聞き流したけど管轄ってなに。いや微塵も聞きたくないけど。話さなくていいです。

 

「あれやってみると意外と大変だけど面白くてさァ、堤の話もうちょい真面目に聞いときゃよかったなって思った。あいつリミックス上手かったし」

「そりゃ部活実質堤センパイだけで回してたから……フクブチョに聞いてみれば?」

「部でも照明しか弄ってなかった音痴と機械音痴のキメラに? ゴミセンスがこっちまで感染りそう」

「か、かわいそ……」

 

 事実にしたってあまりに酷い言われようだ。

 事実なのは御門も知っているので、同情はすれど否定はできない。




距離感を履き違えないのは〜
:猛獣の対処法とほぼ同義

どこだかのテニサー
:後日話を聞いた副部長との会話
「素人引っ掛けるとか後々始末が面倒だろ、なら俺らが覚えてる意味ある?(澄んだ目)」
「目当ての女とかいたら手ェ回して辞めさせっから情報必要かもだけど(澄んだ目)」
「治安が悪過ぎて一周回って住み分けができてるな……」
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