【完結】罪状記録   作:初弦

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嵐に花

 廃車場はがやがやと騒がしい。日も高いうちから続々と、色とりどりな髪色と世間的に見て風変わりな服装の展覧会。

 

 率直に申し上げると全員ガラが悪い。

 

 服装が統一されているメンバーは、暴走族やカラーギャングの所属を示している。

 もちろん、単純な流行りでファッションが被っただけで、顔見知りでさえない面々もいれば、コスチュームを統一していないので、外見はてんでばらばらなチームもある。

 

 顔を出した蘭と竜胆に「こっちっす」兵隊の一人が手を挙げた。積み重なってタワーじみた様相の廃車群のうち、安定していて、その上で高く組み上げられたスクラップの足元だ。軽く体重をかけて様子を見る。観戦に支障はないだろう。

 ひょいひょいと登ったのち、足を組んで、蘭は眼下を俯瞰した。

 

 ナントカと煙は高いところが好き——などとこの男に向かって言った人間は、おそらくその後の人生は保証されないとして。

 

 単純に、高所は視界が確保しやすく、観察には適している。不特定多数が密集するなら尚更だ。

 蘭の身体能力であれば、この程度の高低差なら怪我せず飛び降りるのも容易。身軽に動けて、先手を取りやすいポジション。

 

「まだ?」

「じゃね?」

 

 蘭のどこに投げたとも知れぬ言葉に、答えたのは竜胆だ。傍らにポジションを見つけて「よっこいしょ」腰を下ろす。

 

「親父クサ」

「っせ」

 

 口端で笑い飛ばした兄に、弟は威嚇した。竜胆はそのまま、彼もまた、足元に視線をやった。

 

東卍(トーマン)が一五〇に、芭流覇羅(バルハラ)が三百。野次馬差っ引いて、今んとこ、集まってんの四割ってとこだろ」

「俺ら待たされるとか最近ねえよなァ。見込みのあるルーキーどもだよ、将来が楽しみだな」

「バリバリ嘘じゃん、その顔。も少し感情込めろよ」

「ランちゃんが嘘言うわけなくね?」

「キッ……ショ」

「おー竜胆、オマエもオマエでずいぶん勇気あんじゃん? テメェの兄貴が弟思いでよかったなあ、躾方は選ばせてやるよ。石抱きと水責めどっちがいい?」

「マジすんませんっすお兄様、反省します、ご容赦ください、この通り。……ホント勘弁して」

 

 

 

  嵐に花

 

 

 

 ブラックジョーク飛び交うやり取りの間も、その表情は完全に無。感情の見えない瞳は、爬虫類より、昆虫に近い。

 

 つうっと足元の景色を走って、目についた特徴と記憶を照らし合わせる。

 

 池袋のICBMは、竜胆と同じくS63年生まれの少年が総長を務めている。廃車の上を陣取って堂々と菓子を貪っている顔は、蘭の記憶が正しければ、上野を縄張りとしているはずだ。

 

「……アレどこのだっけ」

「目黒のだろ」

 

 独り言のような兄の台詞に、竜胆はすぐに回答した。斜め後ろから見下ろしてくる視線に気づいて、ホラ、と付け加える。

 

「前サーカスやってたとこの跡地に、根城作ったやつら」

「あー……キツネ野郎ンとこの」

「そうそう」

 

 ようやく記憶に紐づいた蘭に、相槌を打つ竜胆。そうしながらふと彼は眉をひそめる。

 竜胆の淡い瞳が地上をなぞって、首をひねった。

 

「てかそっちの隅にいるやつ門澤のチームじゃなかったっけ。本人いなくね?」

「門澤ならアイス手ェ出したのバレてパクられたから、そのせいだろ」

「えマジかよ馬鹿じゃん。いつ?」

「八時ぐらい」

「……昨日の?」

「今日の」

「朝ァ? 半日経ってねえじゃん。よく来れたな」

「話回ってねえとか」

「そうかも」

 

 ぽんぽんと言葉が飛び交う。知らない話を補完して、忘れた話に茶々を入れ、お互いわからない話はまとめて記憶にタグをつけておく。

 

 根付いたイメージとは裏腹に、蘭と竜胆はいつでも一緒に動いているわけではない。わかりやすく姿を現すときはセットでいるからこその灰谷()()なのは間違いないが、彼らの興味関心や生活スタイルは、各々、似ているようで決定的に異なる。

 互いに共通しているのは、周りに左右されずに好き勝手動くタイプなこと。

 

 竜胆はその日その時の気分によって、メンバーも違うグループに首を突っ込む。あっという間に馴染んで親しげに話に興じ、気分でなくなったら抜けてを繰り返す。

 灰谷兄弟のうち、結果的に顔が広いのは竜胆の方だろう。六本木の噂話は灰谷竜胆に集約するとすら言われる。なお本人、話の内容は八割覚えているが、話題提供者の名前は八割覚えてない。

 

 蘭はほぼ一人で動く。にわかに起きた騒ぎを傍観していたり、唐突に拳を振るったり、行動自体はまちまちだ。誰かのグループにぬるっと入ってつるむのではなく、いつの間にか近くにいたり消えたりしている、というのが正しい。

 突飛な容姿のわりに気配を消すのが異様に上手いので、どこから仕入れるかも見当がつかない情報を掴んでくるのは蘭の方だ。

 

 二人で揃って動く理由があるか、互いに用事がある以外は、敢えて片割れに干渉もしない。双方大概に自由人、神出鬼没に変わりはないが、不思議なことに、示し合わせたが如く行動範囲はほとんど被らない。

 補完して増幅する。補い合って1+1を3や4にまで増やしていく。蘭のポーズや竜胆の粗相はどちらにしてもご愛嬌。

 

 そうこうしているうちにお日柄もよく集まりもよく。

 晴天燦々と照らし出す下に、悪ガキにしては悪質な者共がたむろする。

 

「準備はいいかァ!? 主役どもの、登場だ!」

 

 声を張り上げた阪泉を見下ろして「澄ました顔しやがって」竜胆がくつくつと笑った。

 

「あいつ張り切ってんの。昨日なんか女連れでえらそーに、一昨年まで獅音センパイにもあっけなくボコられてピィピィ泣いてたくせして」

「そりゃチーム一個持てば顔つきも変わンだろうよ。仕切り任されといてナメられちゃ世話ねえしな」

「……マァそりゃそうだけど」

 

 アテが外れたように気の無い声でつぶやく竜胆。蘭はちょっと肩をすくめてみせる。彼らの眼下では、続々と、双方のチームが入場してくる。

 

 芭流覇羅(バルハラ)は白の特攻服だ。左腕のジッパーはほとんどが特攻服同様白で揃えられた中、半間や一虎を筆頭とした数名は赤く、おそらくこれが幹部の証だろう。

 背中にはTEAM WALHALLAとドイツ語綴りで表記され、両手を広げるように差し伸べた天使の意匠が施されている。両翼と、上部に輪っかが描かれていて、天使だと推察できる一方、頭部が不自然に欠落した特徴的なデザインだ。

 

 東京卍會側は当然、特攻服には黒地に金の刺繍が輝いている。背中には所属たる〝東京卍會〟の文字列が記され、左腕にはチーム内の立場が刺繍されている。全員が白いベルトを締め、天上天下唯我独尊、神卍風——あたりは東京卍會らしい主張だとして。

 彼らの特攻服は、ぱっと見だけでは幹部か否か判別しづらいデザインだ。とはいえ東京卍會側はとうに知れ渡ったチームのため、顔も名前も出回っている。

 

「五人出すとして、東卍(トーマン)側は幹部格だろーけど。あいつら数揃ってるけど、東卍(トーマン)幹部相手のタイマンに耐えられる質五人は無理そうじゃね」

「どうせ乱戦だろ。芭流覇羅(バルハラ)が有利に持ってくならそうだろうし、東卍(トーマン)は良くも悪くもそのへん気にしねえ……お」

 

 目を細めた蘭が少し背筋を伸ばして、奥の方まで見渡そうと視線を走らせる。竜胆も無意識に前のめりに、眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。

 

「阪泉あれ死んだ?」

「死んでねえだろうけど。……なんで兄貴ちょっとはしゃいでんの? でもモロ入ってたし、しばらく起きねえだろ」

「なら実質仕切りいなくなったな。警察(サツ)に嗅ぎつけられたら終いだぜ……そことそこの、あとそいつ、オマエら、一応裏道確保しとけ〜」

 

 蘭に指差された下っ端は、それぞれが行儀よくお返事をして、散開。

 

「そこまで警戒する必要ある?」

「万一だろ。イキった中坊の喧嘩ごとき、巻き添えでお縄なんて笑い話にもなんねえよ」

「どうだか……」

「実際、ケンメイじゃねー? たぶんマジで今回荒れるぜ」

「あれ、獅音センパイ?」

 

 ナチュラルに会話に入ってきた男が約一名。

 灰谷兄弟の会話に割り入る勇気はまず大抵の人が持ち合わせていないものだが、目を丸くした竜胆の言葉通り、彼こそが斑目獅音だ。本日は明るいターコイズブルーのジャンパーを羽織っている。

 

 こいつたま〜に謎のファッションチャレンジすんのなんなの、蘭が半眼になった。オマエはイエベ秋じゃねえから。

 

「え、いつからいたんすか」

「さっき。隣もらうわ」

 

 この派手な装いに誰も気づかなかったのか、そもいつの間に鉄骨と廃車のタワーを登ってきたのか。兄弟が揃って目を瞬かせているうちに、斑目は竜胆の隣に腰掛けた。

 蘭の隣を選ばなかったのは、加減というものをおよそ知らず、じゃれ合いのノリで躊躇なく背中を蹴り飛ばしてくる可能性が高いゆえ。

 

「中坊どもが、人一人うっかり殺した程度でずいぶん調子乗ってるよな」

「獅音オマエ人殺したことねーだろ。セックス語る童貞かよ」

「あんだと素人童貞」

「話がややこしい。てか獅音センパイ来ねえって話じゃなかったっすか」

 

 軌道修正していこう。いつまで経ってもろくな会話に戻ってこない気配を感じる。

 尋ねた竜胆に「あー? ああ……」斑目は適当な語調でつぶやいた。親指が顎の傷を無意味に撫でている。

 

「気ぃ変わったんだよ。あのクソガキどもがどう生意気になったか、見んのも一興ダロ」

「オマエ調子乗ってんなよそのクソガキにボコされて俺らに尻拭いされてたワンコロが」

「アーアーアーうっせーうっせー! フクブくんが勝手に連絡つけたこといつまで根に持ってやがんだよケツの穴ちっさ」

「短小よりマシだろ」

「なに蘭オマエ今日機嫌悪くね? 珍しく昼にも起きてっから? ゾンビかよ」

「その鳥頭じゃ少年院(ネンショー)で叩き込んだ序列忘れちゃってもしゃあねえか、獅音ちゃん」

「俺べつんとこ行っていっすか……」

 

 喧々囂々一触即発。眼下で繰り広げられる乱戦よりもむしろこっちが危険かもしれない。極悪の世代二人の睨み合いに挟まれて、竜胆が辟易とした様相で呻いた。

 位置取り的に完全に間に置かれた状態で、左右でいがみ合われると本当に逃げ場がない。

 

「冗談さておき」

「あ? あー。そうだな」

 

 シラッと言ってのけた蘭に、斑目も、腑に落ちない顔ながらも頷いた。

 噛みつくポイントにはいつまでも拘りたがるわり、ぐいぐい押してやるとなんとなく流されてしまうので、斑目獅音、そういうところ。

 

「まじめに、オマエなんでここいんだよ。俺ら誘いかけたってのに前の前の前の元カノのこと一年引きずったときみたくウダウダ言ってたろ」

「その話ヤメロヤ何年前だよ」

「三年」

「三年も同じネタ擦ってんじゃねえ」

「テメェが三年も似たようなゴネ方してっからだろ」

「オマエは三年どころか五年前から人の嫌がることばっか覚えてるよなァ!? だぁから、気ぃ変わったんだって」

 

 獅音は鬱陶しそうにしっしと手で払ってみせる。「……へー」蘭は平坦に声を漏らした。欠片も納得してなさそうな語調だ。

 

「てか、獅音センパイ荒れるだのどうだのってことは、わりとあいつらの因縁知ってんすね」

「あいつらの因縁? なんだそりゃ」

 

 ……ん?

 

 首を傾げる竜胆と、とさかを傾げる斑目。会話がいまいち噛み合っていない。

 

「……さすがに東卍(トーマン)はわかんだろ。ボロッボロに負けてボコられたワケだしょ?」

「ウルセ」

「で、芭流覇羅(バルハラ)がどーいうチームかは知ってんの?」

「……歌舞伎町の死神が顔役してるチームだろ? 愛美愛主(メビウス)の残りっ滓が、数集め直して喧嘩売ったのを東卍(トーマン)が買った」

「獅音ほんとなんでここ来たか言ってみ? 状況次第じゃ手ェ貸してやっからさ」

 

 まるで世話焼きのお兄ちゃんが如く諭してくるので「ハ? キメェ……」シンプルに斑目は引いている。灰谷兄弟は目を合わせて、マジで知らねえんだろうな、兄弟間の認識を統一させた。

 

 知っているなら、芭流覇羅(バルハラ)に対してまず最初に出すべきワードがある。

 

「羽宮一虎は?」

芭流覇羅(バルハラ)の? 強殺でパクられて少年院(ネンショー)入ってたヤツだよな」

「オマエそこまで知っといて出てこね~のなに」

「だからなんだって」

 

 ニアミスにも限度があるだろう。蘭はわざとらしく肩をすくめてみせた。

 

「獅音センパイ、ハネミヤ元東卍(トーマン)す」

「……エ、場地もそーだろ、実質内部抗争かよ」

「オマエそこまで知っといて出てこね〜のマジでなに」

「だからなんだってマジで」

 

 斑目獅音、さすがに苛立ちを越えてちょっと不安そうな顔をし始めた。俺マジでなんかやらかしたんか? 言葉はなくとも顔が雄弁だ。

 そもそも彼が一虎を虐めていたせいで東京卍會が立ち上げられたので、まあやらかしてはいる。名前も把握せずに虐めるな——論点はそこではない。

 なお弄るだけ弄った蘭は、言わないで放置する気満々らしい。おまえはそういう男。

 

 竜胆は一瞬考えた。答えるべきか否か。

 

 この抗争において、もしかしたら、主要因に当たるかもしれない因縁だ。

 しかし、多分にセンシティブな話でもある。特に佐野万次郎、場地圭介、羽宮一虎の三名にとって。

 

「ハネミヤが殺したの、マイキーの兄貴なんすよ。佐野真一郎」

 

 考えたのはそれこそ一瞬だった。

 竜胆には東京卍會に何一つ思い入れはない。そりゃあ、武藤は例外としても、創設メンバーのいざこざに対する反応は知らねーの一言で片がつく。

 そも彼は基本非情な人間で、ごく親しい間柄でも、気遣う選択肢があること自体稀。

 

 斑目も一瞬考えた。

 

 彼は彼で、竜胆を含む極悪の世代同様、センシティブな話題に言葉を選ぶ気遣いなんぞ、持ち合わせているわけもない。俺東京卍會とか好きじゃねーし。

 根に持つみみっちさは仲間内で爆笑されながらも、それでこそオマエだよ、という扱いを受けている。さすがに最悪の世代ってワケ。

 

 だから、そこではなく——斑目には、佐野真一郎という名前が記憶の隅に引っかかった。

 

「あ゛ッ」

 

 さすがに当然だろう。

 

 斑目はかつてチームの総長を務めていたこともある。ある種の縁故採用だとしても、むしろだからこそ、よく覚えている。

 そうでなければならない。

 

「あれかァ、初代! そーいや死んだって話だったな」

「お。よーやくじゃん。……つかマジで知らなかったのかよ。オマエそれでも黒龍(ブラックドラゴン)九代目か?」

「しゃあねえだろ、俺あの頃入院してたし」

 

 呆れたように見遣る蘭に、斑目はそう反論した。

 

東卍(トーマン)にのされるわテメェらはケジメっつってボコてくるわ、でそれ治りかけのタイミングでイザナにシメられて全治二ヶ月」

「ああ……そんなこともあったな、テメェだけ一足早い夏休み(笑)」

武藤(ムーチョ)望月(モッチー)とセンパイ退院祝いやってましたよね」

「フクブくんと遭遇したやつな。まあそこらへんはどーでもいいんだよ。だから全部あとから聞いたワ。前原から」

「相っ……変わらずだな。前原あいつオマエのママかよ」

「は? ダチだけど」

「ジョークにマジで返すのはキッツイ」

 

 わざとらしく腕をさする仕草にはたっぷりの皮肉がこもっている。人を煽ることにかけては一流だ。

 ……同時に、蘭は内心思考を回していた。

 

 斑目は一連の事情を知らなかった。

 それでいてマジで荒れる——少なくとも、特別な波乱が起きる可能性が高いと述べている。

 

 そも本当に当初の斑目は、灰谷兄弟が見物に行く際、声をかけても拒絶していた。いけ好かないチームの抗争なんぞ見たもくないという子供じみた好き嫌い、と〝てか俺ら灰谷兄弟に詰められて潰されたって噂回ってんだよ。抗争の現場でつるんでるとこ見られたら、テメェらの手下扱いされんだろ〟などという、まあそれはそう、という言い分。

 

 その上で、気が変わった。

 その理由。

 

「ハァ? 少年院(ネンショー)の最強とかわかってネェよな。最強はイザナだろうが」

「あー動き止めて、ぶん殴る。お~入った。兄ちゃんあれよくやるよな」

「一緒にすんな? 俺はもっとスマートに決める」

「だからいいとこ取りっつってんよ……」

 

 やり取りと物思いの間にも、状況は刻一刻と変化している。斑目も竜胆も、抗争を観察し、時折野次を投げる作業に戻った。

 

 蘭も再び乱戦の只中に視線を投げた。

 泥臭い悲鳴と濁声、怒声——敵味方入り乱れる抗争で、まともな会話が成り立つのは実力者でしか有り得ない。

 

 特別目立つ戦いは、半間と龍宮寺、一虎と万次郎の組み合わせだろう。

 

 単なる体格だけでも、実力も、立場も、頭一つ抜けた№2同士の殴り合いは一際目につく。一挙一動が大振りで重い二人から、周囲も巻き込まれぬようある程度距離をとっているので、尚更。

 一虎と万次郎の組み合わせは、わざわざ廃車群を足場にしているのもあって、物理的に高所にある。敢えて不安定な場で戦うものはそうはいない。当然乱戦の最中であっても周囲の人は掃けていて、よく見える。

 

「人を殺すのは悪者。でも」

 

 遮蔽物もない高所だ。声も響いて、一言一句聞き取れる。

 

「敵を殺すのは英雄だ」

 

 一虎の耳元で鈴が鳴る。両耳についたピアスが鈴の形をしているから、動くたび、音が鳴る。そのさまは、彼らにとって王たる少年を彷彿とさせる。

 ちょっと首を傾げて、竜胆が蘭を振り返る。灰谷兄弟の兄の方は眉ひとつ動かさない無表情。斑目は、心底つまらなそうに耳をほじっている。もう少し真剣に見てやれ。

 

「ンで俺こいつらに負けたんだろ〜ナァ」

「テメェが東卍(トーマン)より弱かったからだろ」

「ッセーヨ」

「今混ざってきたらどーすか? マイキーそろそろ負けそうだし」

「……ヤ、今日は俺の天気じゃねえから」

「なんすか俺の天気って」

 

 竜胆のツッコミに「アレだよ……なんかあるだろ」斑目はあまりにも適当に嘯いた。そだな〜、これまた適当に相槌を打ったのは蘭だ。揶揄うときだけ全身全霊なのでそれ以外の反応が雑。

 いつものことなので斑目も気にした様子はなく——本当にいつものことなので、そして斑目も大概そういう人間なので——小指の先についた耳くそをふっと吹いた。ぼんやり耳くその軌道を見送る竜胆。

 ア野郎のつむじに落ちた。特攻服(トップク)白いから芭流覇羅(バルハラ)のやつかな。まあいっか。

 

「てかなんで今更負けたとか思い馳せてんだよ。センチメンタルか? 繊細ちゃんとかガラじゃねえだろ鳥ガラ」

「ア〜いつもならゼッテェ喧嘩買ってんだけどな〜。第二次灰狂戦争、狂犬の勝ちで歴史〆ちゃってんだけどな〜」

「ハハハウケる極悪の噛ませ犬がほざくよなァ」

S62(俺ら)世代唯一、二人で一人前の兄貴がよく言うワ〜」

「今ここで歴史繰り返してやろうか」

「今ここはムリ」

 

 これだからサイコはよォ。ナチュラルに人格を罵って、斑目は息を吐き出した。

 罵倒に教養が見えねえなあ、蘭はつまらなそうな顔で呟いた。言われ慣れた罵倒だ。

 

 プロレス観戦が趣味の竜胆は「マイキーの負けだな」と審判が如く勝負を判定する。傍らの会話をまるで聞いてないのは明白。

 目立つ蘭が槍玉に挙げられやすいだけで、彼もまたマイペースだ。

 

「サイコにゃわかんねえと思うけど」

「その話まだ続く?」

「フツーは人殺すなんざこえーんだよ」

 

 己も極悪の世代の一員のくせして、斑目は、知ったかぶりで()()()を語る。

 言い返そうかと思案して、しかし、蘭は口を閉ざした。

 

 実際、怖くはなかった。ああやっちまったなと思った程度だ。

 それは喧嘩明けのアドレナリンが良心を麻痺させた、などの生易しい話では済まされない。本当に単に、灰谷蘭という男から普遍的な倫理観が欠如しているだけだ。

 

 弟たる竜胆もまた同様。確かに竜胆には蘭よりも常識ぶった発言が多く、付け入る隙も見えやすい——だからといって、竜胆に真っ当な倫理観が備わっていると考えるのは、あまりに大きな間違いだ。

 

 罪状は、蘭が傷害致死で、竜胆が幇助だった。

 とどめを刺したのが蘭だった。そのときは。

 

 それだけ。

 

「アイツ、ハネミヤ? もな。まあネジは五本だか六本だか六本木だかハネてんだろーけど」

「獅音オマエさっきから喧嘩売ってる?」

「売ってねーし普段のオマエのが売ってるだろ。……あー、で、ネジは飛んでんだろーけど、マジでやべーやつってわけじゃねえんだろ。テメェとか八代目みてぇに」

 

 ぐるぐると回された指が、鉄パイプを振りかぶった一虎をぴっと指す。やけに確信めいた口調が言葉を並べる。

 

「ガチで頭ブッ飛んでるやつが、殺すやつが敵か人間かとか気にしねーよ」

「……あー?」

「考えてみろよ、ナァ、蘭? オマエ自分が悪人か英雄かとか、殺す前も、殺してからも、気にしたこと、一回でもあるかァ?」

「英雄のが外聞はいいよな〜」

「その程度ジャン。まぁじでサイコ野郎」

 

 やれやれと首を振る斑目。この距離と位置だと警棒ギリ届かねえんだよな、音高く舌打ちする蘭。

 

 ——悪人と謗られようがどうでもいい。英雄と讃えられようが興味がない。

 

 否定しない。否定できない。否定するつもりもない。

 だからなんだよと思っている。

 

 ゆえにおそらく、斑目の言葉は、正しい。

 

「……別にさァ、良くねえ? なんで気にすんだろうなァ」

「フクブくんにでも聞けや」

 

 雑な問いに、返答もたいへん雑なこと。共通の知人の中では、なるほど、最も真っ当な良識を知っていそうな人選だが。俺ら未だにフクブと縁繋がってんのもよくわかんねえけどな、蘭は冷めた気分で思った。

 一度だってわかったことなんてない。言わないことはお互いにあって、隠していることもお互いにあって、偶然でもなければ一生交わらなかった関係であり、いつまで続くかもわからない付き合いのままだ。

 

 観客の、それもうちたった一人の思索なんぞ、もちろん、眼前の抗争が気に掛けるわけもない。

 

 竜胆が早合点した敗北は覆される。顔を上げた万次郎の額には血が伝っている。表情は、鬼神というより能面に等しい。たった一蹴りで、自慢の〝少年院(ネンショー)最強〟のふたりと共に、羽宮一虎は打ち倒される。

 

 白目を剥いたかつての旧友とともに、万次郎もまた、力尽きる。

 

 それを好機と考えるのは、不自然ではないだろう。

 

「大将首()ったぞ、コラァァ!」

 

 無敵のマイキーとて人間だ。一虎との勝負がどうあれ、いずれ力尽きると推察し、その行動を予測できるのも、また、不自然ではない。刺客が狙うことを更に予測して織り込んで、総長を守りに行く判断も、不自然ではない。

 滑り込み、顔面に拳を入れて、倒れた刺客の顔面を足蹴にする。その上で名乗りを上げる。なるほど功を挙げたならそれを誇示したいものだろう。理解できる。納得できる。不自然ではない。

 

「東京卍會参番隊隊長。稀咲鉄太」

 

 角縁の眼鏡が太陽光を受けて奇妙に反射した。その顔()()に見覚えはなかった。灰谷兄弟は、愛美愛主(メビウス)では目立った動きをしなかった少年の顔など知らなかった。

 とはいえ、まず東京卍會のメンバーの大半を彼らは把握していない。

 

「……きさき」

「てった、」

 

 だから、灰谷兄弟が目を見開いた理由はそこではない。

 

 おさらいしよう。

 

 純丘榎の本名を佐野万次郎は知らない。目にする機会も、尋ねる必要もなかった。龍宮寺、場地、三ツ谷、その他東京卍會のメンバーも同様だ。そも純丘が偽名とすら知らない。ちなみに斑目も知らない。

 黒川イザナは、純丘という苗字が偽名だと知っている。灰谷兄弟から聞いたからだ。ただ、本名は聞いていない。彼もまた尋ねる必要がなかった。

 

 灰谷兄弟は知っている。

 聞いたことがある。目にしたことがある。書いたことがある。

 

 教師に苗字を呼ばれるたび心底嫌そうな顔をした副部長を覚えている。示唆された下の兄弟の存在を覚えている。一度だけ眼前で見た、親と会話する無表情を、覚えている。

 

 彼らの付き合いは五年を数えた。

 その間に、下の子とやらが弟なこととも、その名前も聞いていた。

 

「——はァ?」

 

 ちなみに。

 ()()榎と稀咲鉄太。

 

 両親とも同じなだけあって、顔立ちは、それなりに似ている。




カラーギャング
:アメリカのストリートギャングを模倣した不良少年たちの集団

石抱きか水責め
:どちらも拷問の手法
 心を折りやすい

アイス
:覚醒剤の隠語

TEAM WALHALLA
:TEAMという単語はドイツ語でもちゃんとある

ターコイズブルー
:二〇〇五年当時の流行色

フクブくんと遭遇したやつ
:「許しきれない」4 months ago
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