【完結】罪状記録   作:初弦

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贖いの結末を知らない
渡河成否判定


問1

:上手く賢く正しく生きるにはどうすれば良いか。空欄に記せ。

 

模範解答例

:「        」

 

問2

:問1を解けなかった場合、下手を打って間違って過ちを重ね続けた場合、そのすべてに取り返しもつかない場合、どうすれば良いか。

 空欄に記せ。

 

問2・IF

:たとえば。もしも。万が一。IFの選択肢として。過ちの取り返しがつく場合、その罪を贖える場合、対価にはなにを差し出すべきか。

 空欄に記せ。

 

 

 

  渡河成否判定

 

 

 

 花垣武道にとって、それは、絶望にも等しい一瞬だった。

 宿敵が東京卍會の信頼を勝ち得た。見事、己の利益を掴み取った瞬間だ。

 

 松野千冬にとっても同様だ。

 隊長のためにもと急いていたはずだった。チームのほとんど誰にも打ち明けられず、数少ない同志とともに、阻止するはずだった。阻止したかったはずだった。

 

 彼らだ。彼らだけだ。

 稀咲鉄太という男を東京卍會内から警戒し、探り、そして——それでも出し抜かれた。完全に。

 その絶望を共有できたのは彼らだけだ。

 

 花垣は、千冬は、東京卍會の構成員だ。ゆえにこそ、総長を守る忠臣、という建前を仕立て上げた隊長を、それでも糾弾なぞできるわけもない。

 未だ稀咲の計画は盤石である。ひっくり返せる手立てなど、彼らには、思いつかなかった。

 

 彼らには。

 

 呆けていられたのは一瞬だ。

 鳴り響いた音が半強制的に現実を叩き込む。

 

 野球選手がホームランを打つときの音にどこか似ていた。それよりもずっと、鈍く、重く、嫌な雰囲気を孕んだ音だった。

 場地は鉄パイプを躊躇なく振り抜いた。それは、寸分違わず、稀咲の後頭部に命中した。

 

 東京卍會のメンバーではなく、敵たる芭流覇羅(バルハラ)の構成員という建前がある。

 東京卍會を、友人たちを、己の幼馴染を今度こそ守るという本音がある。

 

 だから、場地圭介は迷わない。たとえ皆に謗られようとも。たとえ二度と仲間と呼ばれずとも。たとえ己が人殺しになったとしても。

 その罪は、とうに、背負う準備ができていた。彼はそのように確信していた。

 

 まだ十五を満たさぬ少年は、ただひとり、決意していた。

 

 ——8.3抗争以降、花垣武道がタイムリープしなかった世界線では、まず、二〇〇五年十月三十一日に大きな転換点を迎えた。

 東京都の不良少年史では、これを、のちに血のハロウィンと呼称する。

 

 場地圭介が羽宮一虎に殺される。

 羽宮一虎もまた、佐野万次郎により殺される。

 稀咲鉄太がその罪を代役に被せて出頭させる。

 

 大まかにまとめるなら、これら三点が要所だろう。三つの出来事すべてが揃って初めて、かの時間軸において、東京卍會は巨悪へと転がり落ちていった。

 

 ところで。

 バタフライ・エフェクトという言葉がある。

 

 ここでは、エドワード・ローレンツが本来提唱したかった長期予測不能性についてはあえて割愛する。また、バタフライ・エフェクトについて詳細な解説をお求めの方には、力学の教科書の読み込みを推奨したい。

 今取り扱いたいのは、特に、初期鋭敏性についてだ。

 

 蝶の羽ばたきが如き小さな変化でも、偶然に偶然を重ねれば、あるいは、嵐という強大な現象にまで発展するかもしれない。結果を、大きく、変える。

 ……かもしれない。

 

 ひとまず語義はそのように捉えていただければ問題ない。

 

 二〇〇五年十月三十一日現在の廃車場において、花垣武道のその身のうちに収まる意識は、タイムリープしてきた未来の彼自身に当たる。

 花垣は既に若干未来を変えている。

 

 彼は弱い。彼は臆病者だ。それでいて、時折、己の実力を過信しすぎるきらいもある。

 完璧ではなく、完全ではなく、彼単体では、おそらく当時の不良少年の中でも大幅に無力な存在だ。

 

 あまりに不完全で、あまりに未熟過ぎる人間が、乱戦の中でそれでもと我武者羅に足掻いた。無鉄砲な行動は、無根拠な自信は、伝染し、感染し、東京卍會の構成員の士気を大きく上げた。

 

 これにより。

 

 龍宮寺を筆頭に、東京卍會の幹部たちは、及び腰の構成員を守りつつ戦う必要がなくなった。自由に動ける範囲が大きく広がった、と言い換えてもいい。

 

 繰り返す。

 東京卍會の幹部たちだ。

 

 たとえばそれは龍宮寺であり、たとえばそれは三ツ谷であり、たとえばそれは河田兄弟である。

 たとえばそれは八戒であり、たとえばそれは武藤であり、もちろん千冬もカウントする。

 

 たとえばそれは、三途である。

 

 三途は、彼は、花垣を疑っていた。

 東京卍會総長、無敵のマイキー、幼馴染の佐野万次郎、彼に仇なすものではないかと勘繰っていた。

 

 何故か。

 

 無論、生意気な真似を繰り返す新入りであったから。万次郎がやけに気に入っていたから。性根のわりに、端々で妙な言動を行ったから。それらも要因であっただろう。

 最初にこびりついた印象、違和感、不快感、まず彼らは根っこのところで相性が悪い。有体に言ってしまえば、要は、ものすごく気に食わない奴というわけだ。

 

 その上で、ことこの物語における三途春千夜には、なによりも先入観があった。

 

 〝短い付き合いで、それでも万次郎に信頼されてるってなると。……まあ可能性はあるが、〟

 

 確証バイアスという単語がある。

 自分の思い込みを補強する材料だけを探し、そうではない情報を軽視してしまう。人間が誰しも持ち得る傾向を指した言葉だ。

 

 三途は疑っていた。花垣を疑っていた。

 疑念を持って見ていれば、もはや一挙手一投足すべてが疑わしい。仮説は補強され強固になり、推論が確信に変わる。確信とは、かたく信じること、信じて疑わないこと——過ぎた疑心は盲信にも類する。

 

 その点で言えば稀咲とかいう新人も疑わしいことこの上なかったが、あちらは、既に場地が疑いの目を向けていた。

 

 三途は場地圭介という少年に対し、マジでわかんねーなと思っているが、同時にある種の信も置いていた。

 場地の行動は一切合切なにもかも読めたものではない。長い付き合いの中でわかることなど、一度身内として数えた者に対して、ひたすらに甘いところぐらいだ。

 彼の振る舞いを三途は半眼で眺めている。いつか身ぃ滅ぼすんじゃねーの。知らねえけど。俺には関係ねえけど。

 

 とはいえ、わかっているそのたった一点を根拠に、三途は場地を信用していた。

 

 場地は、東京卍會に特別思い入れを抱いている。佐野万次郎に罪悪感を抱いている。

 真に彼らを裏切るような行いは——もう、これ以上——できない。絶対に。

 

 複数の要因が重なったことで、三途が、この時点、この場所で、最も警戒していたのは花垣一人に絞られていた。

 

 これがたとえば、隊員のフォローに回るので手一杯で、身動きが取れない状況であれば、不穏分子(三途視点)に構ってもいられなかっただろう。

 ことタイムリープしてきた花垣が存在する血のハロウィンは、既にそうではなくなった。現在はわずかにでも変化していた。

 

 三途は、身軽にも敵の隊員を殴り倒して、蹴倒して、そうしながらも警戒対象を確実に視界に捉えていた。

 同時に三途春千夜は、警戒するが故に、花垣武道という対象をある種正しく評価していた。

 

 花垣は、未熟で、不完全で、決して強者ではない。三途に言わせればドブである。表現としてあまりに口が悪すぎるがすなわち弱者であり、凡人であり、実力者ではない、という話だ。

 花垣がたった一人で為せる事柄は、たかが知れている。三途はそう判断した。

 

 そして三途は、()()()脅威にはなり得ない——とは考えなかった。

 三途は()()()花垣には別建てで協力者がいるかもしれないと考えるに至った。

 

 千冬は、確かに花垣に協力する素振りが見受けられるが、あくまでも東京卍會のメンバーとしての振る舞いだった。なにより場地に尽くしていて、場地の東京卍會への思い入れを尊重している様子だった。

 彼の忠実な行動自体には、三途もまた身に覚えがあった。あるとしても、万次郎や龍宮寺のように、花垣に短期間で信用()()()()()クチだと判じた。

 

 であれば、花垣は東京卍會外の協力者を確保しているはずだ。

 と、彼は結論を下した。

 

 ここまで長々と前提を述べたが、起こったとされる〝血のハロウィン〟と、現在進行形で起きているハロウィンの抗争の相違点は、ごく少ない。

 

 三途春千夜という少年に、抗争の現場において、花垣を常に監視するだけの余裕があったこと。

 三途は、花垣には東京卍會外の協力者がいると推理していたこと。

 

 ゆえに三途は、花垣を見張るとともに、彼の()()()()警戒の目を向けていたこと。

 

 さてご存知の通り、一連の推理は大外れで、花垣にとっては一から十まですべて濡れ衣である。可哀想に。

 

 花垣の目的は、あくまでも、未来における橘日向の死を回避することだ。東京卍會との接触は単なる過程であって、チームの崩壊を招こうなどとは露ほども考えちゃいなかった。

 怪しい言動はまあ確かに多少どころではなかったがそこはそれ。タイムリープ由来の知識を初対面ないしさして信用してもない相手に向かって、馬鹿正直にタイムリープのせいです! とか言えたら逆にすごいしたぶん病院を勧められる。

 

 三途の思考はその点、血のハロウィンにおける花垣にとって——というかその他ほとんどの場合における花垣武道にとって——不必要な疑いだった。

 

 過ぎたる疑心は無用な思考停止を招く。疑心暗鬼、という言葉が示す通りであろう。

 花垣にとっては不必要な疑いだった。無意味な勘繰りだった。どこぞの副部長の発言が巡り巡って不運過ぎる冤罪を招いているだけである。無用な迷惑をかけまくっているのでそろそろいっぺん謝った方がいい。

 

 しかしこのとき、この場、この状況に限って言うなら。

 三途の疑いは、おそらく、必要だった。

 

 三途は、そのとき、場地と対峙する花垣を視界に捉えていた。

 

 距離は近くない。監視する余裕が生まれたからといって結局は現在進行形で抗争中。三途もべしべきばきと敵を処理している真っ最中。

 そもここで簡単に距離を詰められるような位置にいたら、まず三途は、稀咲とかいうぽっと出に先を越されずに万次郎を守りに行ったはずだ。逆説、行けなかった原因があるわけだ。

 

 まず芭流覇羅(バルハラ)の白装束群が邪魔である。廃車場なだけあって足場も陸上競技場よろしく平されているわけではなくなんならその逆の凸凹フィールド。なにか奇跡が起きて一直線の道が開けたとしても、全速力で走り抜けてタイム五秒でギリギリ、ぐらいの距離。

 さして近くないからこそ、ある程度、三途の視点からは花垣およびその周辺が、かなり広く見渡せた。

 

 だから三途は——ナイフを持った一虎に、おそらく最も早く気がついた。

 

「——」

 

 一虎は脇目も振らず場地の背後に迫る。

 三途が彼を見つけたのは、確かに最も速かったが、そのときには既に、一虎は場地との距離をかなり詰めていた。誰を狙っているのか、疑いの余地もないほどに。

 

 それはつまり、三途の位置からでは、一虎が場地を刺す前に止めるのは不可能であることも示していた。

 

 万次郎の位置まで、三途の全速力で五秒。場地の位置まではプラス一秒。一方で、あと三秒ちょっとあれば一虎は場地の位置まで辿り着ける。

 三途は経験則と目測からその結果を無意識に導き出した。彼の回答は、このとき、限りなく正確な数値を叩き出した。

 

 間に合わない。

 

 思考があまりに速く回転していることを、三途は自覚していない。

 元々喧嘩で交感神経が強く刺激されて土台ができていた。花垣を警戒し続けることであらゆる物事に過敏になっていた。加えて、突然叩き込まれた切羽詰まった状況。様々な条件が揃ったことで初めて成立する、一種の火事場の馬鹿力。

 

 それでもあくまで、尋常よりも大幅に速く思考できているだけで、そのスピードにも限りはある。時間とて止まっているわけでもない。

 

 考えている暇はない。

 すべて把握していなくとも、三途のその認識は紛れもなく真実だった。

 

 場地は今、纏わりつく花垣の頭部に肘を入れ、振り払おうとしたところだった。すなわちナイフを避けるには機動力も足りない。

 

 間に合わない。

 

 横から湧いてきた雑魚の脇腹に手近な木材を叩き込んだ。

 己の黒のマスクに指をかける。引きずり下ろす。息を吸う。

 

 残り二秒と半分。

 

「——ッ場地!」

 

 そうして三途は叫んだ。

 

 よく通る声だった。よく通らせるための声でもあった。

 三途は無意識ながらも意図して発音した。

 

 暴れ馬と呼ばれた頃はともかく——滅多に声を荒げなくなった、目立たず、隊長の陰に徹する少年が、大声を上げた。

 その事実に一瞬意識を取られた人々がいた。東京卍會の、特に、暴れ馬時代を知る古株の面々が多かった。そうでなくとも、その声は、とてもよく響いた。

 

 場地は、彼は、声のした方向を一顧だにしない。

 彼は三途の切羽詰まった呼び声を、単なる自分への制止の声として受け取ったからだ。

 

 場地は背後に迫る一虎にまだ気づいていない。当然、自分が、よりによって友人に刺されるなんて考えてもいない。

 

 そうだろうと思った。

 そうあるべきだと思った。

 

 目的があるならば有象無象の言葉に構う必要はない。構ってはいけない。

 切り捨てていいものとそうでないものは分別しておく必要があり、旧友の制止は、切り捨てるべき側に既に振り分けられていた。

 

 その点において、正しく場地と三途は類友だ。

 

 ……ここで、三途にとっては全く把握外の知識について少し述べよう。

 

 スピーチに適した文字数は、日本語の場合、一分におよそ三百文字を目安にするべきだと言われている。人間の聞き取りやすい声の速度がおおよそその程度であるからだ。

 文字数をそれ以上詰め込むと、どうしても早口になって聞き取りづらい。文字数をそれ未満にしてしまうと、間延びし過ぎた印象になるか、単に時間が余る。

 

 一分に三百文字だ。

 六十で割って、一秒なら五文字。

 

 猶予は残り二秒。詳しく説明するにはあまりに時間が足りない。

 三途は理屈を知らずとも、そこだけは、間違いなく、理解していた。

 

 ()()()、こう続けた。

 

()()()()()()()ッ!」

 

 彼の声は廃車場に響き渡った。

 

 残り二秒から八文字ぶんの時間を引算。

 あと〇.四秒。

 

 上記の試算は必ずしも正確さを保障しないことを述べておきたい。あくまでも目安を代入して均して導き出した、すなわちただの概算でしかない。

 三途はそも上に述べたような理屈を意識していない。まず彼はスピーチの目安の文字数なんぞ知りもしなかった。たとえ知っていたとしても、土壇場で、一刻の猶予もないタイミングで、果たして該当する知識が的確に思い浮かんだか、思い浮かんだとしても適用する時間があったかどうかは、多分に怪しい。

 

 これだけは言える。

 

 三途のことばは、その声は、瞬き程度の間に、ほんの刹那に——滑り込んだ。

 聞こえたすべての人々のところへ。彼らの意識のほんの表層に。

 

 場地が、刺される、前に。

 

 これは奇跡の物語ではない。

 これは理想の物語ではない。

 

 未来を観測していても阻止できないことがある。

 いわんやそうでない人々の足掻きが、最後になにを生むか、なにを壊すか、誰一人予想もし得ない。

 

 この時。この場。この条件下。

 ありとあらゆる偶然と思惑が重なって転がってかち合ってすれ違って、今が織り成されている。

 

 奇しくも概算は正しかった。

 

 三途が言い切ったのは、間違いなく、残り〇.四秒のタイミングだった。

 

 その声を千冬が聞いた。

 その声を花垣が聞いた。

 その声を場地が聞いた。

 その声を稀咲が聞いた。

 その声を万次郎が聞いた。

 

 その声を。

 一虎が聞いた。

 

「……え、」

 

   ゼロ

 

 そして場地は刺された。




エドワード・ローレンツ
:Edward Norton Lorenz
 20世紀-21世紀初頭におけるアメリカの数学者かつ気象学者
 彼の講演のタイトル「Predictability: Does the Flap of a Butterfly's Wings in Brazil Set Off a Tornado in Texas?(予測可能性:ある蝶がブラジルで起こした風はテキサスで竜巻を引き起こすだろうか)」に基づく引用

一分に三百文字
:言語によって違う
 英語だと一分で100語から120語といわれる

渡河
:三途の川、かもしれない
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