【完結】罪状記録   作:初弦

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 生活リズムが著しく変わった結果、半年以内に書き切れるか怪しくなってきたため、お茶濁しに。
 以前イベントに参加した際に無配として作成したものです。一部修正済。

 2024/12/14 今更ながら正しい時系列位置に移動


幕間
ここが噂の懺悔室!


 純丘榎は決して暇なわけではないが、たまには空いている日もなくもない。

 一日爆睡したりカラオケに行ったりショッピングモールに行ったり知人らと遊びに行ったり映画を観たり人に会ったり。このように羅列してみるとごく一般的な行動群だろう。

 

「久しぶり、羽宮くん」

「……ひ、さし、ぶり……」

「……俺そんな怯えられることしたっけか」

 

 ただし、たとえば——人に会ったり、の〝人〟に当てはまる部分を〝留置所に収監された殺人歴のある少年〟と具体的に置き換えると途端に胡乱になる。

 

 

 

ここが噂の懺悔室!

 

 

 

「そう構えなくても、様子を見に来ただけだよ」

 

 透明な壁の隔たり越しに、純丘はかすかに苦笑した。一虎の様子はさながら毛を逆立てて重心を後ろに傾けた猫である。つまり怯えて警戒している。

 

「あと世間話とか、知人周辺からの伝言とかな。春樹にもやってた」

「……ぱーちん?」

「……知らないか? ちょっと前にパクられたんだよ」

 

 あどけなく目が瞬くあたり、本当に知らなかったらしい。純丘としては意外には思ったが、想定外でもない。林田が逮捕されたのは七月末である一方、純丘と一虎が再会したのは八月の中旬のことだった。

 少年院を退院した時期次第では、確かに、情報が入らなくても不思議ではないだろう。

 

「……伝言って」

「自慢だが、俺は人脈広いし素行良いから審査が通りやすいんだよな〜。よく伝書鳩扱いされる」

 

 自慢になりえるかは審議が必要であろう。ともあれさておき、伝書鳩の純丘に託された伝言はいくつかある。

 

「ドラケンくんが〝出所したらツラ貸せ〟で、三ツ谷くんが〝手紙の返信書かなきゃシメる〟」

「……リンチ予告?」

「……まあ気持ちはわかるが。そうでもないと思うよ」

 

 言葉選びはアレだが、おそらく単純に待つ意思を表すつもりのコメントだ。本当に言葉選びはアレだが。

 真正面から告げたら表情や声色等からもまた違った印象を与えただろうが、伝書鳩の純丘はそこまで高性能ではない。人間なので。

 

「あと圭介からは〝待ってる〟だな」

 

 ヒュッと鋭い呼吸音——誤飲にも近い。

 目が忙しなく振れるさまを純丘は黙して眺めていた。心境は、理解できなくもない。

 

 やがて、一虎は小さく囁いた。

 

「……マイキーは?」

「万次郎からは伝言を託されてない」

 

 純丘は端的に述べた。

 事実だ。なんならこの男、佐野家の道場の手伝いに寄るついでに〝明日羽宮くんの面会に行ってくるけどなにか伝言とかある?〟と真正面から聞くなどしていた。

 そのときの万次郎は——無言で純丘を五分ほど見つめていたが、ふいっと視線を逸らして去って行った。完全にノーコメント。なんなら〝一虎のもとに赴く純丘〟という存在ごと無視されたかたちだ。純丘は追及しなかった。単に億劫とかではなく、本気の拒絶だと見分けがつく程度には、純丘は万次郎との付き合いが長い。

 

 乾いた笑いが漏れる。一虎はゆっくりと顔を覆った。

 

「そうだよな……許してくれるはず、ねえもん」

 

 自暴自棄の混じった声色だ。純丘は、そこには口を挟まなかった。

 

「むしろ……伝言寄越す方がおかしいだろ。普通、許せねえに決まってる」

 

 しかしこれにはつい口が出た。

 

「その言い方は失礼だからやめとけ?」

「だってそうだろ!?」

 

 うっかりいつも通りに反応してしまったのは、誰がどう見ても迂闊な反応に分類された。

 

 ダン! 一虎が両手で面会窓を叩いた音は、思いのほか大きく響いた。

 開いた瞳孔が純丘を通り越して、どこともわからぬ場所を睨みつける。ふらふらと焦点が揺れている。

 

「俺はそんだけのことをやったんだ! やったんだよ、殺したんだ、ダチを刺したんだ! だってのに待ってるとかウソつくんじゃねえよ! 偽善だろ!?」

 

 まくしたてる言葉尻は震えていて、純丘は内心己の失敗を悔やんだ。

 顔は落ち着き払っていた。取り繕うのだけはお得意だ。

 

「君はそう思うんだな」

「そう思うとかじゃ——そうじゃなきゃ、なんだってんだよ!? アンタもだよ、ンで平気なツラして会いにきてんの!? 惨めな姿でも見たかったか!? これで満足かよ!」

 

 あんまり興奮させると刑務官とか出てくるかな——純丘は周囲に気を配ったが、少なくとも彼が感知する範囲では、第三者がこの場に止めに入ろうとする様子はなかった。

 ひとしきり叫んだ一虎は、肩を大きく揺らして、その場に突っ伏した。両腕で頭を抱えるようにして「意味わかんねえ」と、吐き捨てる。

 

「ふざけんなよ、俺が悪いなんて俺が一番わかってんだよ。なに、今更……今更、なんだよ……」

 

 純丘榎は、二十歳を少し過ぎたばかりの若造だ。人生経験も——多少特殊でこそあるが、豊富ではない。

 

 なにを言うのが正解か。不正解はなんであるか。どのような言葉を選べば、誤答を避けられるか。

 しばしの間考えて、それから息を吐いた。下手に隠す意味もない。

 

「許しているかどうかでいうと、許してないだろうと思うよ。俺もそうだ」

「……ほら、な?」

「ただ……俺は圭介のこともべつに許してないしな」

 

 足を組む。「——場地は……」「手を下しちゃいないな? それだけだ」一虎の言葉は、純丘に向けて言うというより、単に名前を復唱したような、そういう茫洋としたつぶやきだ。

 純丘はこちらも、独り言のように言葉を続ける。

 

「なるほど、止めたかもしれないな。真一郎さんだとわかったから。相手が真一郎さんでなければ……止めもしなかったかもな?」

 

 共犯者と、被害者家族と、警察と、特有のコミュニティの情報通。純丘の知人は多岐にわたる。否が応でも経緯の詳細は耳に入ってくる。

 一虎が逃亡を急かした際、場地が〝今しがた殴り殺したのは佐野真一郎である〟点を理由に制止したことも。

 

 純丘が場地を許しきれない最大の理由はそこだ。

 

 真一郎の店だとわかっていたら、別の店に誘導したのか。真一郎は死ななかったのか。あるいは——別のバイク屋の店員を殺していたとしたら、焦るだけで、罪悪感の欠片もなかったのか。

 

 発案者で下手人の一虎には、非がある。それはもう揺るがない事実だ。動機がなんであれ、窃盗は罪である。むしろ盗品のバイクを贈与しようと目論むのは、悪意がない方がタチが悪い。

 一虎自身も罪だと知っていたから、場地が見つかったと悟った瞬間隠蔽を目的に殴り倒した。彼の犯行は悪質だ。一般的とされる倫理が身についていないのは明らかだ。

 

 であれば、場地には非はなかったのか?

 非があるにしても、それは〝止められなかった〟事実だけにかかるのか?

 

 ——純丘にはそうは思えなかった。誠意ある謝罪を見てもなお。

 

「俺はまだ、圭介を許せないし、君を許せない。……と同時に、圭介のことは可愛がっているし、心配している。君のことも、心配だし、嫌いじゃない」

 

 許せないことと、情があることは、ときには両立する。両立してしまう。

 好き嫌いに関わらず、心配することも、ときには両立する。

 

 少なくとも、純丘にとっては両立するものだった。

 

「い。意味、わかんねえよ。そんなの、どっちもとか……!」

「……そうかもな」

 

 人によっては、ときによっては、両立しないだろう。純丘本人も、己の感情にいくつかの矛盾を見出だせる。矛盾の解消に、明快な解を導けない。

 矛盾に耐えきれず、自己防衛的に思考を偏らせた一虎こそ、ある意味では正しいのかもしれない。

 

「それでも……ドラケンくんや、三ツ谷くんや、圭介が、君と関わり続けようとしていることは覚えておいてほしい。万次郎が君を許せないことは、そうだが……あいつもまた、君を、友達だと思っていたことも」

 

 目を見開いた一虎は、理解できないものを拒絶するように首を横に振っている。

 純丘はやんわりと笑んでみせた。苦笑にも近い。まだ理解されないことは察している。

 

 万次郎が場地を許したのは、彼の謝罪があり、その後の対話と付き合いがあり、幼馴染として積み重ねた年月があったからだ。

 一虎にはそれがなかった。たったそれだけとも、それほどとも。少なくとも、万次郎が許せるだけのきっかけは起き得なかった。

 

 あるいは、それらすべてを吹き飛ばすようなきっかけでもあれば、この物語は、この事実は、違った道筋を辿ったのかもしれない——

 

 ……彼らは知る由もない。

 ハロウィンの日に有り得たはずのもしもは、分岐によって消滅した。

 

「面会に応じてくれてありがとう。また来るときも話してくれるなら、俺は嬉しい」

 

 あくまでも軽やかに言葉を述べる。

 無邪気に戯れていた少年たちが、今このように分断されてしまっていることが、少し悲しかった。それ以上に許せない己の強情さも笑えてしまう気分だった。

 

   ➤

 

「はい一月ぶり。正確には三週間ちょっとぶりかな?」

「……フツー、社交辞令じゃねえの……?」

「まァ確かに少年刑務所に入ったら難しくなるかなと思ったが……幸い、平日といっても入試期間は平日休みができる」

 

 確かにの使い方におそらく致命的なミスがある。

 

 未だに半信半疑と言わんばかりの一虎に、純丘はさらっとした物言いだ。きちんと手続きをしたのだがところで何か問題でも? そういう顔をしている。

 一虎をとっくり眺めて、やけに満足げな顔をした。とっくりと眺められた一虎は疑問符でいっぱい。

 

「前よりマシな顔してるな? 良いことだ」

「……前、は」

「うん?」

「……」

 

 口ごもった少年に、それ以上急かすことなく、純丘は続く言葉を待った。「……今日は何しに来たわけ」「ああ、」か細い問いかけに頷いた。

 おそらく違う内容を言いたかったのだろうとは、彼もなんとなく察している。敢えて指摘などしないが。

 

「前回は本当に死にそうなツラしてたから切り上げたけど、俺はそもそも君と話したかったんだワ」

「なにを?」

「俺が塾作ってんのは君知ってたっけ?」

 

 拘置所に見合わないどころではないほど口調が軽々しいので、眉をひそめた一虎は「……うん」と、肯定した。純丘は頬杖をついた。

 

「その教材のテスターをやってくれるやつを探してて? どう?」

「もっとマシなやつそのへんにいるだろ……」

「万人の所感を聞きたいんだよなあ。協力してくれたらたいへんありがたい、報酬くらいは出せるぜ? お母様のとこにつけとけばい?」

 

 ニッコー、と笑みを深める男を、一虎はしばし見つめた。

 

「……なんか変人度合い増してない?」

「おー、喧嘩売ってる?」

 

 そのあとも二、三度会話した。やがて面会には来なくなっても、テキストは送られ続けていた。

 だから……一虎が純丘榎のその後を知ったのは、出所後のことであった。




2023/05/04配布
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