【完結】罪状記録   作:初弦

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 お久しぶりです。案の定とばかりに後半が長引くどころではなかったので破が三部に分かれました。
 とりあえず聖夜決戦(に該当する)篇が完結したので投稿していきます。

 卍天黒大決戦楽しみですね。


愛情は保証にはできない
異国の異聞と共通点


「半間、何故メールで伝えた? 電話のほうが内容まで残んねえから優先しろと言ったはずだが」

「ドラケンは一回振り切ったけどよォ、雑魚がダリィぐれえしつこく張り付いてきたんだわ。話してる内容具体的に聞かれるより、警察(サツ)ぐらいしか見ねえメールのがマシだろ」

「……」

「なあ〜許せよ稀咲、俺ちゃんとオマエが文章考えたメールそのまんまで送ったって。アレなら教唆になんねえよ。ホラ証拠!」

「俺は少しオマエを買い被りすぎてたかもな」

「次はねえってマジで。マジマジ」

 

 

 

  異国の異聞と共通点

 

 

 

 十二月に起きたある騒動の一部始終を語るためには、いくつかの出来事ないし情報、そして、それらから成る前提条件を把握する必要がある。

 

 まずは十一月三日。

 場地圭介の見舞いから帰宅するところだった、どこぞの元副部長に焦点を合わせよう。

 

 たとえば、寺野南という少年の身の丈は大きい。それはもう、たいていの自販機の天井を覗き込めるほど——これを別の言い方で表すと、日本国内ではかなりの高身長男性に分類される純丘榎が、並べば子どもにすら見えるほど、となる。

 

「¿Como está?」

「いつも通り元気だよ、今みたいにトラブルに巻き込まれなければの話だが」

 

 純丘は皮肉まじりにつぶやいた。コートの襟を後ろから無造作に掴まれている。襟を掴んだ張本人の寺野は「ハハハ、面白い冗談だな」口を開けて笑った。襟を離して、ぱんと純丘の背中を叩くので、よろけた。

 体格差と筋力差とポジションの問題で、寺野にとっては軽い戯れでもけっこう威力が大きい。

 

「噂じゃあ、抗争に顔を出したと聞いているが」

「……あの抗争現場に手下を忍ばせるぐらいの人脈は、まあ、君には当然あるか……」

 

 純丘は死んだ目でつぶやいた。噂と言っているだろう、寺野は言うわり愉しげだ。

 

 ハロウィンの抗争における純丘榎の現状は、せいぜいが花垣が下の名前を呼んだ程度で、観衆が聞き取れたかどうかは定かではない。聞き取れたとして、まずイザナおよび鶴蝶の身元を突き止めるのが先だろう。

 そして純丘は、そもそも高名な不良どころか、潜入捜査モドキで下っ端を体感したぐらい——抗争に顔を出した素性不明の男が等号で純丘榎である、と結びつくなら、それは素性不明な男の知人と思しき人間にわざわざ聞き取ったか、顔写真でも見たかの二択になる。

 

 ハイハイ噂な噂、そういうことにしておくよ。

 あしらい方も軽くなってさておき。

 

「だいたい、顔を出したと言っても、怪我の手当して救急車呼んだ程度だぜ」

「そう聞いている。せっかく盛大な祭りに、惜しいな」

「惜しいか……」

 

 純丘にとっては微塵も惜しくないので見解の不一致というやつ。

 

「なぜ俺を呼ばなかった?」

「呼んだら怪我人か死人が増えるだろうが」

「日本人はスケールが小さいな……」

「たぶん本当に言いたかったことは違うんだろうがニュアンスは理解した。なんとでも言えよ」

 

 そも彼らは日常的に連絡を取り合うほど仲良くない。

 寺野は本当に心の底から残念そうに、その場にいた実力者たちの名前を指折り数えている。実力者たちの複数名と知り合いな純丘、羅列される聞き覚えのありまくる名前に「目をつけられて可哀想に……」しみじみとつぶやいた。

 

 不良界にいる以上は自力でなんとかしていただきたいのでその他のコメントはしなかった。そうとも俺は一般人です。

 

「というか……世間話は置いといて、用件は?」

「用件?」

「あー、本題、テーマ、用事、話しかけた理由は?」

 

 語句の問題かと推察し、いくつか言い換える純丘。

 しかし寺野の不思議そうな表情は変わらない。

 

「友人と世間話をするのに、理由が必要なのか?」

「……それは間違いない」

 

 純丘の側は出会いがあまりにもあまりにもすぎて、友人だとは思っていなかったが。

 

 たまに会う際の謎のフレンドリー感、なるほど友人カウントだったのか……彼は新たな知見を得た。

 再会しないと思っていた少年だったはずなのに、何故だか昔馴染みの家に週一レベルで転がり込んでいるので、その延長線でちょくちょく話すことがある。人生はまこと不思議に満ちている。

 

「それに、俺はオマエには世話にはなった。オマエの知り合いに手を出しても許されるなら、いい葉っぱも融通してやる」

「要らねーよ手ェ出すなよまず犯罪に手を染める気はない」

 

 早口に捲し立てた純丘に、寺野はわざとらしく肩をすくめた。

 

「ニホンは治安がいいな」

「そうだな、法律も違。……待て、君の元の住まい、ブラジルだよな?」

「ああ、ブラジルだ、リオデジャネイロに住んでいた。リオはいい。暑くて、自然が豊かで、マリファナの匂いと音楽と銃声が、たくさん」

 

 治安が悪いエピソードにしれっと挟まる音楽は、逆に爆弾な気がするのであえて触れないものとして。

 

「薬物の法律はブラジルの方が罰金も懲役も厳しいか……」

「チョウエキ、俺にはわかるぜ? ブタ箱のことだ」

「合ってるなー……」

 

 合ってるけどそっちで覚えてるのかよ、というツッコミはしようかどうか迷ってやめた。

 

 寺野にとって、確かに日本語は母語ではない——が、彼の年齢と比較して理解が極端に遅れている、というわけでもない。

 初対面では、おそらく怪我のせいで意識が朦朧としていたことも、多分に理由として機能しただろう。

 

「皆が使いたいモノが、厳しく制限されるのは当然だ」

 

 寺野は、それこそ、当たり前のような口振りで言ってのけた。「……危険が相応にあるしな」純丘は補足のようにつぶやいた。

 

「ン? 危険は問題にはならない」

「左様で……」

「ブラジルでは、ニホンよりも、警察が、国が、敵だ」

 

 純丘が眉を上げるより先に、寺野は首をひねった。

 

「敵? 味方じゃない? アー……違うな、警察には信用がない。リオでは、警察を信用してない市民が、東京より多い」

 

 日本の治安が、世界全体と比較してかなり良い方に食い込むのは、厳然たる事実である。

 

「市民は、警察じゃなく、俺たちに助けを求めることも多い。市民が俺たちを頼るのは、俺たちが警察よりも信用されているからだ」

 

 寺野がギャングの下っ端をやっていた、という話を聞いた覚えは純丘にもあった。というかこの口振り、まさか、下っ端どころではなく——そこまで考えて、記憶の彼方に葬り去った。

 俺は何も気づきませんでした、はい復唱。

 

「薬を頼る市民も多い。薬は警察よりも信用されているからだ」

「言いたいことはわかるが」

「わかるか?」

 

 反語じみたニュアンスを含んでいた。——本当に? と、問いかけるような意図を持っている。

 

 純丘はそれをおおよそ限りなく的確に汲み取った。思わず口を噤んだのはそのためだ。

 

「オマエは、薬が求められることには同意した。だが、薬は危険だとも言った。警察ももちろん危険だと言う。だが市民は、薬を求め続ける。市民にとっては警察は信用ならないから、警察の言うことも、もちろん信用はしない」

 

 どこか、たとえて言うなら日本語の参考書に載る例文のように、寺野の言葉は、日本語での会話に慣れた人々には一瞬不自然な言い回しに聞こえる。主語と目的語と動詞がきちんと付随しているからだろう。いわゆる〝教科書でしか見たことない言い方〟だ。

 それは、寺野にとって日本語がまだ使い慣れてない言語である、という印象を与える。

 

 それだけでしかない。

 

 寺野南は、彼は十数年をブラジルにて生活してきた。純丘は知らぬことだが、一時期は、ファベーラを取り仕切るギャングのトップにまで成り上がっていた。

 

「オマエはつい少し前、俺に〝用件は?〟と尋ねた。俺がオマエに、たわいのない用事で話しかけると思っていないからだ。俺がオマエに、たわいのない用事で話しかけるという事実を、信用していない……と、言うこともできる」

 

 思考はそれらの経験によって形成されている。彼の日本語での口調がいくら拙かろうと、それとイコールでは、寺野南個人の有様はほとんど反映されない。

 

「俺が言う、信用されない、信用していない、信用がない、の意味だ。わかるか?」

 

 純丘は薄く息を吸って、それから、ゆっくりと吐き出した。

 

「……寺野くん」

「なんだ?」

「用件は、なんだ?」

 

 極めて慎重に吐き出された問いに、寺野は少し目を瞬かせて、それから、にっこりと笑んだ。先程までの笑みと、ほとんど同じで、明確に違っていた。

 今の笑みは目が笑っている。逆説的に、今までの笑みは、目が笑っていなかった。

 

「おいおい、そんなに警戒すんなよ。俺たち友人(parça)だろ? ダチだ」

「友達にだって腹の中なに考えてんのか読めたもんじゃねえときは警戒していいだろ」

「ずいぶん堅苦しいな! まァ用はあるぜ、確かに」

 

 こちらも彼の本性だろう。そしてどちらも真実だろう。

 寺野南は気のいい友人のように振る舞える。寺野南は暴虐に飢えている。彼にとって二つの要素はなんら矛盾することなく成立する。

 

 わずかに変化した口調は、意図的か無意識か、そこを論じる必要はないとして。

 

「ハロウィンのお祭りに飛び入り参加したやつ、知り合いなんだろ? 紹介してくれ」

「……黒川くんのことなら、俺より不良界隈にいるやつらに聞いたほうがよほど有意義だと思うが」

「あァ、不死身のイザナだろ? 数年前に黒龍(ブラックドラゴン)の総長やってたのは知ってる。元は横浜の出のこともな、そっちはわかるからいい」

 

 では——一瞬眉をひそめて、遅れて、純丘は頬を引き攣らせた。

 彼らが経験したハロウィンの抗争において、純然たる乱入者といえば、東京卍會や芭流覇羅(バルハラ)と無関係のメンバーを指すだろう。黒川イザナと、純丘榎と、もうひとりしかいない。

 

 探しびとを当然本人に尋ねるわけもなく、イザナではないというなら、対象は特定される。

 

「額に傷のある男だ。オマエと同じタイミングで抗争に顔を出したらしい。喧嘩屋とかいうニックネームはわかったがチームに所属してるわけでもねえのか、把握してるやつはいなかった。訪ねてみたいがどこにいるかもわからねえ」

 

 つまり鶴蝶のことである。完全に確定だ、純丘は頭を抱えたくなった。

 彼は喧嘩屋という名称が鶴蝶に名付けられていることはきちんと覚えていた。

 

「……見境ないのか?」

「あるからこそだ、あれはいい曲を奏でる! 不死身とも連弾してぇところだが、あれは箍が最初からないからこその強さだ。喧嘩屋は、そうじゃねえ。だのに強い」

「……君、もしかしなくても、実は現場にいたよな?」

「噂だと言っただろう」

 

 寺野は心外のように訂正する。顔は笑っている。

 

「現場にいなかったのは本当だ。ああ本当だ、いたかったぐらいだ!」

「……性質の悪い……」

 

 純丘は眉間を指先でこすった。路端会議にしては、治安が悪すぎる。

 そも今の純丘は場地の見舞いの帰りであって、時間はあるにはあるがわざわざ割くに足る理由もない。

 

「確かに知人だよ。ただ俺は君に紹介したいとは思えない」

「……残念だな」

 

 寺野の口調は心からのものだった。しかし、言うわりには意外そうでもない。純丘の返答をある程度予想していたのだろう。

 

「なら東卍(トーマン)芭流覇羅(バルハラ)の奴らは?」

「やっぱり見境ないのか?」

東卍(トーマン)の無敵に目ェつけるのは当然だろ。芭流覇羅(バルハラ)にもなかなかタフなやつがいたらしい」

「当然かな……確かに双方知人はいるが、芭流覇羅(バルハラ)はよく知らないし、東卍(トーマン)は君が期待するような物騒さのチームじゃないと思うぜ」

「そうか?」

 

 十一月ともなれば、上旬でも、木枯らしは冬の匂いを香らせる。そろそろ寒いのでコートを着用している純丘に対し、寺野は半袖から覗く素肌に鳥肌の一つもない。

 ちなみにリオデジャネイロの気温は年間でも滅多に十六℃を下回らないので、日本の方が寒いはずだ。そのはずである。

 基礎体温の違いで済むのかコレ……? 純丘は訝しんだ。

 

「不良の時代を作ると大口を叩いて、実現できそうなチームは、今のニホンには東卍(トーマン)ぐらいしかいねえ。なによりハロウィンの抗争だ! 本物の殺し合いができるチーム、見直したぜ」

「一応断っておくが、先日の抗争では誰も死んでないからな」

 

 辟易と言ってのけた純丘に、寺野は「死ななかっただけだろ」あっけらかんと言った。

 

「たまたまだ」

 

 あまりに軽やかな言い様だ。

 

 ハロウィンの抗争において、場地圭介は死ななかった。

 ……死ななかった、と評価できるのは、死にかけたためだ。一時は本当に峠を彷徨った。

 

 寺野の言うとおり。

 たまたまだった。

 

「……刃物が出たこともたまたまだ」

「そのあと、無敵は武器もなしに殴り殺しかけた」

「止めた」

「それも、たまたま止められただけだ」

 

 少なくとも、かつて治安最悪の黒龍(ブラックドラゴン)を統率した最強がいた。更に東京卍會には名だたる実力者が複数名所属しており、彼らの抗争自体にギャラリーも多くいた。鶴蝶とて、本来ヤのつく事務所に殴り込んで壊滅させる腕を持っている。

 

 それでも〝たまたま〟だ。

 

 イザナと鶴蝶がたまたま現場に居合わせて、たまたま東京卍會に協力する気分になった。それまでの時間は、たまたま花垣のお喋りに万次郎が気を取られていただけだ。

 

 そうでもなければ、ひと一人死んだところで、万次郎は止まらなかっただろう。無敵とは誰も敵にならない実力を持つからこそのあだ名だ。

 あのとき、万次郎を止められるだけの暴力を用意できたのは、たまたまでしかない。

 

「……万次郎は殺しを楽しむようなたちじゃない」

兄弟(parça)、やはり無敵と親しいな? だからか?」

「なにが」

「オマエは俺たちをナメている」

 

 寺野の言葉に衒いはない。あくまで事実を述べる口調で、含みは感じられない。

 

「嘗めてる」

 

 純丘は復唱した。イントネーションは語尾が上がり気味で、無意識に疑問を示していた。

 すぐに首を横に振って「嘗めてるとか、関係あるか?」彼は続けた。

 

「あるな。殺しが好きかどうかは、人を殺せるかどうかに関係ない」

 

 果たして寺野はそう述べた。爛々と見開かれた印象の目が、純丘を見据えている。

 

「元々、人間なんて簡単に死ぬ。アナコンダでもあるまいし、チビでもガキでも、暴力を躊躇わなければ殺せる。いくら身体ができていても、思い切りのないやつとの勝負は楽しくない。オマエとか」

「俺かよ」

「オマエは本当に面白くない」

「しみじみと言う……」

 

 純丘榎は暴力を介する手段を好まない。スポーツとしての格闘技や武道、武術は、暴力そのものを楽しむものではない。

 寺野は新しい友人について的確に評していた。

 

「だから俺はマイキーの可能性が楽しみだ。身体ができていて、躊躇わない」

 

 佐野万次郎の暴力についても、おおよそ、寺野の評価は正鵠を得ている。

 

「オマエは、たまに、俺たちを赤ん坊ぐらいに非力だと思い込みたいように見えるな?」

 

 別段、寺野は怒っていない。彼は煽るつもりもない。不思議でならないだけの話だ。

 純丘にとって寺野が異文化の塊な事実と同様、寺野にとって純丘の価値観は埒外である。当然の論理だろう。

 

 一拍を置いて、ああ、と彼は勝手に納得したように頷いた。

 

「カタギだからか」

「……カタギでもそうでもないやつはいるだろうな。……まあ、俺が君らを無害だと思い込みたいのは、否定できないかもしれない」

 

 歯切れの悪い応答だった自覚は純丘にもある。

 

 人は死ぬ。あまりに簡単に。もしかしたら、ものの弾みで。

 

 灰谷兄弟はそうやって人を殺した。黒川イザナはそうやって人を殺した。羽宮一虎はそうやって人を殺した。

 佐野万次郎はそうやって人を殺しかけた。

 

 純丘が知っている限りでもこのラインナップだ。純丘の知らないところでも、彼の知人が、誰かを殺している場合だって、当然あるだろうと純丘榎は考えている。

 それこそ、彼の眼前の男寺野だって本人は決して口にはしないが、渡来前に人を殺している。……他にも、もちろん、いる。純丘は、知らないことだが。

 

 純丘榎はそれをよく心得ようとしている。よくわかっているつもりである。心得ようとしている努力があるとして、わかろうとする気持ちがあるとして、結果は確実には保証されない。

 それもまた、純丘はよく理解している。

 

 その理解すら〝つもり〟であるかもしれないことだって、また、事実だ。もしかしたら目を逸らしているだけかもしれない。

 

「ただそれはそれとして、俺には君と彼らを繋ぐ気はないし、下手に俺とかその周りにちょっかいかけてきたら本っ当に君が二度と東京では遊べなくするからな」

「ッチ」

「今舌打ちした?」

 

 寺野の言葉に一理あるのは純丘も渋々ながら認めるところだが、ただ彼が考えを変える理由にはならないしそもそも論点がずれている。

 良い感じに言いくるめて押し切れねえかと思っていた寺野、当てが外れて露骨に不満そうだ。

 

「……仕方ねえ、相棒(parça)のネットワークを抑え込む力は今の俺にはねえな」

「そうそう、俺の目の届く範囲内では大人しくしていてくれ……」

「先に北関東を制圧しておこう」

「今の俺ってそういう意味かよ」

 

 野心が旺盛過ぎる。どちらにせよ捩じ伏せようとしてくるスタイルだ。よっぽど〝君は格闘漫画の主人公か?〟と尋ねようかと思った。

 

 余計な発破になったら困るので、代わりに一言。

 

「まあ……頑張ってくれ……」

 

 そこでエールと共に放逐するところが純丘の完全に善人ではない所以である。

 打算と薄情と不平等をたっぷり詰めて、親しい知人の今のために、遠い他人の犠牲には目を瞑る。所詮は彼もまた人間だ。人間でしかない。

 

「……それにしばらくは、俺が手ェ出さねえ方が面白そうだな」

 

 とは、寺野が純丘には言わなかったことだ。

 

 寺野南は、純丘榎と付き合いの長い女と、少しばかり交流がある。彼女は純丘榎と中学校が一緒だった。今でも用件があれば呼びつけ、正月には年賀状を送り合う仲だ——寺野は彼女との交流の過程で、純丘の本来の苗字を知った。

 稀咲はそうありふれた苗字ではない。稀咲鉄太と純丘榎は、血縁関係を疑った上で見比べれば、確かに似通った顔立ちをしている。

 

 稀咲鉄太の来歴を調べるのは造作もなかった。

 無愛想な顔立ちと、角縁の眼鏡で記憶される少年は、ハロウィンと八月三日の抗争における立役者だ。

 

 ……と安易に評するには、寺野は、純丘榎という男を的確に把握し過ぎていた。

 暴力を好まないながらも、寺野を社会から隔離する、遊びから引き剥がす、と確信を持って告げる男が、それを本当に実行できることをきちんと嗅ぎ取っていた。

 

 血縁は必ずしも相似を決定づけない。同一の遺伝子から成る一卵性の双子でさえ、全く同じ経験を経ることはない。

 わずかなズレにより、性格は確実に異なって、乖離していく。

 

 それでも、成育環境は似通うだろう。生まれ持った素養と、環境要因が、性格と能力を決定づける。

 

 たとえば寺野は暴力に愛されているし、寺野自身も暴力を愛している。寺野にはその素養があり、その素養を開花させたのは、ファベーラでの生活と、ディノという男の誘いの結果だ。

 才能。環境。契機。寺野南が暴力を愛し、暴力に愛されるに至るための、すべてが揃っていた。寺野は直感でそれを理解している。

 

 純丘榎は、善人ではないが、悪人でもない。彼はどちらにも振り切れていない。半端なラインで踏み留まっている。

 

 稀咲鉄太は——さて、それを敢えて判断するに足る根拠を、寺野は持ち合わせていない。

 ただし、少なくとも半端に踏み留まった〝兄〟ですら、確かな能力を発揮できる。発揮している。その自信があり、確信があり、評価を得ている。

 

 いわんや、たとえ弱冠十三であろうとも、完全に振り切れた怪物がなにを成し遂げられるか。

 

 寺野は、とはいえ、稀咲本人には興味がない。彼が成し遂げるかもしれない悪行には興味がない。寺野は暴力が大好きなので。

 深謀と策略にまみれた争いは、まァギャング時代の経験を元にできなくもないが、メリットが見出せないならわざわざ首を突っ込もうとも思えない。

 

 だから寺野南は関与しない。

 彼自身は、と注釈がつく。

 

「引っ掻き回されて死ぬ程度の雑魚なんざ俺も興味はねえしな」

 

 二mの体躯から、ふんふんと鼻歌が漏れている。上機嫌だ。

 不死身のイザナ、喧嘩屋()()、無敵のマイキー、目をつけた少年らは、寺野が見込んだように甘っちょろい純丘と知り合いであるらしい。寺野に売り渡すのを嫌がる程度には。

 

 であれば、寺野が目をつけた有望な人材は、甘っちょろい誰かさんが勝手に守ろうとするだろう。

 売り渡してくれるなら寺野にとって儲けもの。そうでなければ、それはそれで、将来の展望を匂わせれば勝手に警戒するだろう。

 

 法律を根拠とせず、独自のルールと暴力に頼る。その観点から見れば、ファベーラ育ちの寺野の方が、たとえ同じ国に生まれ育とうとも、長い付き合いがあろうとも、一般人の域を出ない純丘より、素行不良少年たちの価値観にいくらか近しい。

 近しい価値観は近しい思考を生み出し、近しい思考は近しい言動を生み出す。無論、近しさを利用した類推も容易い。

 

 寺野南は既に黒川イザナを特定している。稀咲鉄太を特定している。佐野万次郎を特定している。極悪の世代を把握している。東京卍會を把握している。

 ゆえに当然の結果として、稀咲鉄太が柴八戒を唆して、黒川イザナに接触しようと画策していることも、把握済だ。

 

 遠くない未来に実現するだろうと予想している。




たいていの自販機
:日本における自販機は高さ183㎝のものが一般的
 灰谷蘭ひとりぶん

スケールが小さい
:器が小さいと言いたかった寺野南

葉っぱ
:お察しの通りかと
 ブラジルだと所持で最長15年の懲役に該当する

parça
:ポルトガル語のスラング parceiro(仲間・相棒・パートナー)の短縮形
 主に親しい友人を指す
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