【完結】罪状記録   作:初弦

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予測と予感の類似点

 純丘榎は、返済のゴールが見えてきた今でも、なんだかんだアルバイトは累計週四ペースで入れているし、塾は週二ペースで開講している。

 これでいてそこそこ真面目な学生なのできちんと多忙な人間だ。純丘本人が時間を空けるのが異様に上手いのと、コール一本で呼びつけたりといった知人の割合が些か多いので、一見そんなふうには見えにくいが。

 

 それはさておき、純丘榎はアルバイトをしている。佐野道場でのアシスタント業務もその一環である。相変わらず彼の勤務先はすべて渋谷区内を拠点としている。これは単に、高校時代からの習慣が続いているだけでもある。

 そもそも因果を遡るなら、はじめに決まったアルバイト先が佐野道場だったので他のバイトも周辺で固めた、つまるところ成り行きによる結果が今というわけ。

 

 脱線二回、そろそろ三度目の正直といこう。

 

 すなわち純丘は渋谷区内でアルバイトをしているので、渋谷区内に頻繁に立ち入るし、結果的にアルバイトの行き帰りでは渋谷近辺に住んでいる知人と鉢合わせしやすい、ということだ——

 

「お、部長くん。おつかれさまでーす」

「そっちもおつかれ……いや、集会とかならむしろ今から行くのか?」

 

 ——こんなふうにね。

 

 シャッターの前でたむろする複数名、うち前を通り過ぎる顔見知りに気づいて、声をかけたのは三ツ谷である。

 純丘も挨拶を返しかけて(なお明らかに近くに停められた複数台のバイクは見て見ぬ振りをした)ふと尋ねれば、いや、と三ツ谷は否定した。

 

「今日は集会ねえんすよ。弐番隊の奴らで飯食いに行くかって……部長くんもどうすか?」

「んー駐車場や駐輪場のないファミレスなら奢ってやってもいいぜ?」

「バレてんじゃん。アそうそう、この人が噂の部長くんな」

「うわさの」

 

 納得の声がちらほら上がり、更なる困惑のためのスパイスと化す。明らかに訝しげな表情を浮かべた純丘に「そういやこんな声だった……?」弐番隊の副隊長たる八戒が首を捻った。

 

「……なに、俺、噂されてんの? 使用料取ろうか?」

「突然守銭奴出してくんのやめません? てか俺ら悪くねえよ、ハロウィンの抗争で好き勝手やったの部長くんの方だし。そりゃ誰? ってなるっしょ」

「あー……」

 

 知らん顔の大人が抗争にぬるっと入り込んだかと思えば、隊長格に馴れ馴れしい口を叩くわ、救護の手腕がやたらと手慣れているわ、警察を躊躇なく呼ぶわ。

 あの場にいた純丘の知人ですら〝え?〟の顔をしていた一連の流れ、知らぬ構成員ならばそりゃあ噂もされようというもの。

 

「まあそういうこともあるよな」

「ないから言われてんすよね」

 

 三ツ谷の言葉を意図的に無視して「マ君らで遊んでんなら部外者が首突っ込むのもアレだろ」純丘はひらっと手を振った。

 

「さすがに目の前で無免運転とかされると俺警察呼んじまうし? なんか俺が片付けに向いてるような面倒ごとでもあったら別だけど」

「じゃあ酒見つかったときにこのひとの酒お使いしてるだけですっつってもいいっすか?」

「良くないですね」

 

 純丘が許すわけがない。もちろん三ツ谷もわかっている。

 軽く笑って「ならねえっすね——」なんて続けようとしたときだった。

 

 ふと、彼の表情が別の色を帯びて、視線は落ちた。

 

「……あー。イヤ、あるかな」

 

 失速した勢いに純丘は怪訝そうに眉をひそめた。

 

「先に確認しときたいんすけど、部長くん、知り合いにちょっかい出してくるロリコン教師なんやかんやしてブタ箱にぶち込んだことあるってマジ? マイキーが言ってたけど」

「……。素行によっては実行手段は思いつかなくもないが清廉潔白な真人間に対して行うのは不可能だよ」

「誤魔化したいときに言葉が複雑になるし早口になるってホントだったんすね」

「そんなことを確認するような要件は?」

 

 質問を質問で返すなとは誰の発言だったか。ともあれ純丘は辟易と促した。

 沈黙こそが答えとはよく言ったものだが、回答については黙秘権を行使するようで。

 

「そんで、部長くん依頼って何円ぐらいで請けてるんすか」

「実はなあ、法的に責任能力のない未成年から金取った場合、下手に裁判までいくと俺のが悪者になる可能性が高いんだよなあ」

「歳下から金取りたくねえって言えば済むのに、わざわざ変な言い方するの、らしいっすよね〜」

「三ツ谷くんってば本当によく口が回るようになったよなあ」

 

 HAHAHA……少しの間笑い合って、お互いにすんっと表情を戻した。

 

 三ツ谷隆と純丘榎にとってのお互いは、片や〝知り合いの(あん)ちゃん〟で片や〝よく遊んでたちびっ子の友達〟くらいのそこそこ気安い間柄なので、一連のやり取りも戯れの一環でしかない。

 ただ慣れてない周囲はちょっと引いた。

 

「冗談さておき、ここで話しにくいならあとで連絡入れてくれれば話は聞くし、場合によっては請け負うぜ」

「ンじゃ、飯終わった後に連絡しますわ」

「おー。そいや飯ってどこで食べるんだ?」

「サイゼっすけど来るんすか?」

「行かねえけど。ほら、返せとか言わねえから飯代の足しにでもしとけよ」

 

 無造作に渡されたのは一枚の諭吉である。一枚の諭吉ではさすがに足りないとしても足しにはなるだろう。

 紙幣を数秒見つめたのち、三ツ谷は顔をあげた。真顔だった。

 

「……最近詐欺でもしてんすか?」

「してないよ。みんな揃いも揃って俺の金回りがいいことを怪しむならもう少し言い方があると思うんだ」

「すんません。でも揃いも揃って言われるあたりがそういうことなんじゃねえっすか」

「やかましいな〜。俺もう行くぜ」

 

 ちょっとうるさそうに手を振った純丘に「ごちそうさまでーす」紙幣をひらっと振って、三ツ谷はあざやかに笑った。八戒は終始注意深く〝噂の部長くん〟を眺めていて、レトリバーが様子窺ってるみたいだよな、とは純丘の感想。

 たまに話に聞く名前という認識はあるが、彼らは知己ではない。純丘も興味は抱いていたが、別れ際の挨拶、つまり全体への漠然とした声かけのみに留めた。

 まあ大型犬でも警戒心強いやつはいきなり声かけるとまずいしな……のきもち。

 

 ちなみに純丘は八戒のフルネームを知らないが、知っていたら、とりあえずレトリバーではなく柴犬に喩えただろう。

 

『ところで部長くんさっきぶりっすけど、いま、渋谷駅すぐんとこのサイゼ来れます? 別の日のが都合つくなら予定合わせるんですけど』

 

 結局、純丘が実際に呼び出しを受けたのは、それから数時間後のタイミングだった。

 ケータイを耳に当てて純丘は、ちょっと首を傾げて、持っていた本を抱え直した。

 

「駅前の本屋いるから五分で行けるが」

『マジ? ンなら来てください』

 

 本当に、小中学生向けのテキストを数冊ほど見比べていたところだった。さっさと会計を済ませて、つい数時間前に歩いた道にて踵を返す。大した距離を戻るわけでもない。

 

 てくてくと歩いて、サイゼにぬるっとお邪魔したのが、時刻としてはラストオーダーの三十分前。

 店員が声をかける前に「部長くん! こっちでーす」三ツ谷が呼んだ。純丘が視線を振れば、先程の十数人のそこそこの大所帯の集団はそこにはなく、三ツ谷と八戒の二人になっていた。

 

「てか今の時間に呼び出しちゃったのは俺ですけど、マジで良かったんすか? 明日学校あんでしょ」

「マァ俺は普段真面目なんで、たまの一日は大抵大目に見てもらえる。どっちにしろ、朝四時に電話かけてきた野郎よりはだいぶかなりマシだが……」

 

 朝四時に電話かけてきた野郎は、ちょうどこの同時刻、道玄坂のゲームセンターでくしゃみをしたところである。大丈夫かよマイキー、胡乱そうに林に尋ねられて鼻をこすった総長なんて、もちろん、ファミレスの一角では知るわけもない。

 コートを脱いで長椅子の隣に置いた純丘、ちょうどお冷を持ってきた店員に手早くコーヒーを注文して、ようやく席に落ち着く。それから純丘は三ツ谷に視線を送った。

 

「君はいいのか? 学校もお互い様っちゃお互い様だが、妹ちゃんたちとか」

「ああ、それはダイジョブっす」

 

 純丘の懸念に対し、三ツ谷の答えは明快だ。

 

「いくらルナとマナのこと好きでも、さすがに俺も息抜きねえと持たないんで、母親と相談してフリーの日決めてんすよ。今日は俺がフリーの日」

「なるほどな……」

「……あと、ちょっとあいつらにも関わってくるんで」

 

 ぽそっと付け足した三ツ谷に、純丘は一度瞬きをして「——ひとまず、俺は自己紹介するべきか?」一旦、話を変えた。

 

「純丘榎と言います。三ツ谷くんと知り合ったのは万次郎経由」

「それは知って……知って、マス。マイキーの道場でバイトしてる部長くんで、場地クンの雇い主で……」

「……三ツ谷くん三ツ谷くん、ちょっと、俺のことどっからどこまで東卍(トーマン)内部で話してんのか聞いてもいいか?」

「え? 俺っつうかマイキーが、たぶんだいたいゼンブ?」

 

 三ツ谷はあっさり答えた。

 彼は、純丘の表情を見て「……っても副隊長までっすよ? 下全員まで連絡したら部長くん怒んねえけど困るでしょ」と付け加えた。

 

「必要コストか……まァならいいのかな」

「つうか部長くんも一応八戒のこと知ってるよな? 俺が話してるし」

「エッ、タカちゃんが!?」

 

 露骨に喜色を帯びた声だった。純丘は柔らかく——あるいは生ぬるく——微笑んで、言った。

 

「たまに話に出てくるのは知ってたよ。……ああ、ただ、そういえば東卍(トーマン)なのは知らなかったな。ハロウィンの抗争現場でも見かけたけど君が八戒くんだったのか」

「タカちゃん……!?」

 

 今度は絶望を滲ませた声だった。もうあからさまにわかりやすい。

 純丘の笑顔は絶妙に生ぬるい温度を保っている。

 

 悲痛な声を向けられたその先、三ツ谷はあれっと首を傾げた。違和感など微塵も感じていないご様子だ。たぶん大部分は慣れから来ている反応だ。

 

「言ってなかったっけ? なら、一回頭から紹介しといた方がいっか。……部長くんにもちょくちょく言ってた八戒がこいつ。小五、六からの付き合いで、今は俺ンとこの副隊長やってくれてる。いろいろ任せてるし、やることはちゃんとやり遂げてくれる、いいやつなんだわ」

「タカちゃん……!」

 

 今度の声色には感動を含んでいる。タカちゃん三変化、純丘は内心つぶやいた。

 こちらもこちらで、面倒見がいいとは思ってたけどここまで慕われているとは、なんてちょっと感心していた。なにぶん、万次郎から紹介されて以降丸三年近く眺めていると、そんな感想にもなる。

 

 どちらにとってもほとんど初対面とはいえ、それこそどちらにとっても噂を聞いているので、新顔感はそこまでない。軽い挨拶をして一息。

 

「で相談なんですけど。……部長くん、ルナって伝わるよな?」

「上の妹ちゃんだろ? もう小学校上がってるよな」

「そうそうそう。……そう」

 

 三ツ谷の顔が苦々しくなった。釣られて妙な顔をした純丘の横から店員が声をかけてきた。注文していたコーヒーだ。

 頭を下げた純丘は、受け取ったコーヒーを両手に持って、てのひらの暖をとる。

 

「……ルナの年頃ってみんなフツーにかわいいっすよね?」

「……かわいいな?」

 

 純丘はとりあえず肯定した。語尾に若干疑問符がついているのは、さすがに文脈が唐突過ぎたからだ。

 

 三ツ谷の妹が可愛らしい顔立ちなのは知っている。塾や家庭教師の勤務中、該当の年頃の子供に触れる機会も多い。彼らから平均をとった上で比較するなら、おそらく整っていると評していい。そも子どもというのは、一般論として庇護欲をいだきやすいような顔立ちをしている。

 ところで三ツ谷は、突然妹を自慢したくなったからそんなことを言い出したわけではない。もちろん三ツ谷にとってルナは他の子よりもとても可愛いが。マナも当然漏れなく可愛いが。

 

「かわいい、から、可愛がってる……ってだけだとちょっと説明つかない感じでルナの担任が様子おかしいんですよね」

「……。続きをどうぞ」

 

 促して、純丘はコーヒーを一口含んだ。一旦、己を落ち着かせる意図もあった。

 

 三ツ谷が羅列した特徴は以下の通りだ。

 

 ルナの友人を筆頭に、幾人かの児童への接触が些か多い(これはルナの証言)

 元々該当の教師は贔屓がわかりやすい気質らしく、その対応差が保護者の中でも噂になっている(噂になっている名前は、ルナの証言でいう〝多く接触されている児童〟と合致している)

 学校の行事予定として組み込まれたものではない、教師個人の意思に基づいた家庭訪問が、特定の家に対して度々ある(なお、母子家庭や、兄妹が多いといった、一般的には配慮されるに足るであろう家庭の三ツ谷家には、今まで一度もない)

 ルナの友人に対して、度々、ルナとの友人関係について苦言を呈す(不良の兄や、働き詰めで授業参観の時間もろくに取れない母、幼くまだ分別の足りない妹、などを引き合いに出すらしい)

 

「そ、れは……」

 

 純丘は、しばし言葉に迷った。

 

 いくつかの可能性は思いつく。一側面から見た情報だけで絞り込める話ではない。

 そも当事者や、その周囲の話には、基本的にバイアスがかかるものだ。思い込みを以って眺めれば、大抵の人は、予測に合致する情報だけを取り出して拡大解釈する傾向にある。

 

 その上で——思うことがないでも、ない。

 

「あと……八戒にちょっとルナマナ見てもらうことがあって」

「それは聞いたことがあるかもな。君が部活で遅れる時とか見てくれるとか」

「それっす。日によっては、さっき言ったルナの友達もそこに混じったりするんですよ。でそんとき、担任と鉢合わせたことがちょいちょいあるんです。まあ学区の問題でガッコに近ェから、俺だって前の担任とか見かけるんで、会うのはおかしくないんすけど」

 

 純丘にも、この場に八戒が同席している理由に合点がいった。

 

 視線を向けられた八戒は「俺、ルナちゃんの友達たちにも〝ルナちゃんの兄貴のダチ〟ってもう覚えられてて、みんな特に気にしねーで遊んでくれんだよね」説明を引き取った。小さい子どもと遊び慣れた人間特有の言葉選びである。

 

「俺のカッコ、(いか)ちィから、怪しまれんのとかガンつけられるとか、よくあンだけど。そいつも顔合わせるたび、嫌そーな顔するし、あとから友達ちゃんも大丈夫なんかって聞かれんだって。友達ちゃん本人が言ってた。まあ俺は気分は悪ィけど先公なら仕方ねえっちゃそうじゃん?」

「かもな」

 

 純丘はつぶやいた。

 気分が良い話とは言えないが、教職者の反応として間違ってはいないだろう。

 

「ルナちゃんだけとかマナちゃんも混ぜて遊んでるだけと、スルーしてくるけど、タカちゃんのことわかってるからって考えりゃまあ……って思ったんだけど」

「だけど?」

「ルナちゃん、おんなじクラスの友達って他にもいるし、その子たちとも俺よく遊んでんだけど、そいつらも全員スルーなんだよ。あとから忠告されてるっぽいわけでもない」

「……露骨だな」

 

 低く述べた純丘に「だろ?」八戒も頷く。腕組みをした三ツ谷も、軽く何度か首肯する様子をみせた。

 

 こめかみを擦って、純丘は少し唸り声を漏らした。

 話の切り出し方を覚えている。純丘は、いくつかの可能性を過ぎらせたが、おそらく彼らも似たような懸念を抱えて、考えたはずだ。特に最悪なケースを想定するなら——

 

「……俺がロリコン教師を逮捕まで持ってったってのは、正しくない」

 

 今更ながら、彼は三ツ谷の認識に訂正を入れた。

 純丘榎は確かに人に信用されるように立ち回るのが上手く、また、彼の知識量は多い方で、なにより知恵が回る。周囲もその才を頼ることがあるし、純丘本人が見るに見かねて動くこともある。

 

 似たようなことは確かにした。したが、細かい部分が異なる。

 

「元は体罰だの口撃だのが目に余るとか噂で、そのへんを摘発するつもりで動いてた。実際それらは証拠抑えるのも楽だったんだよ。俺がやったのはクロの証拠取って警察にチクるまで。ただ、取調の最中にどうも余罪の気配に勘付いた刑事がいたらしい。結果的につついたらゲロったってのが事の顛末」

 

 つまり。明らかに素行のよろしくない方を警察に突き出したあと、別種の犯罪を冒していることも判明した、というのが正しい経緯だ。

 最終的な結果は同じだとしても、因果関係はまるで逆。

 

「そのへんのノウハウに詳しくはない。まず現行犯でもないから確証がない。冤罪だったら非は十割、勝手に疑ったこちらにある」

「……スよね」

 

 頭を掻いた三ツ谷と、ヴーンと声を上げてうなる八戒に「——と、いうのを踏まえた上でだ」純丘はソーサーの上のコーヒーカップの位置を直す。

 

「とりあえず調べるだけならできる。予想通りの結果は確約しない。結論が出たら伝える——条件は以上」

「……ア、受けてくれんすか?」

「こんっな案件スルーしたら俺が罪悪感で死ぬんですよね」

 

 渋い顔でコーヒーを口に含んだ純丘に「知ってる〜」三ツ谷はようやく安堵の笑みを浮かべた。八戒も肩の力を抜いて、ぺたんとテーブルに上体を伸ばした。

 

「ところでひとつ疑問いいか?」

「うん? うん、なんすか?」

 

 話題が一段落したタイミングなので、ついでに、純丘は気になっていた点を尋ねることにした。

 

「八戒くんって苗字、柴?」

「え……そうだけど」

「あれそれは俺教えてた?」

「いや、そういや、弐番隊副隊長は柴八戒って噂は聞いてたなと。なんだ同一人物か」

「なんか部長くんってピンポイントなとこばかり知ってますよね」

「偶然にもな」

 

 偶然が積み重なりすぎている自覚は、さすがに純丘にも薄々芽生えている。

 

 

 

  予測と予感の類似点

 

 

 

 約束はしたが、純丘はこれでも(比較的)清廉潔白に生きてきた人間である。

 明らかに違法な行動をしている場合なら、法律で殴れるところまで引きずり出すのは簡単だ。そして引きずり出せば、それこそ彼の独壇場。

 

 しかし尻尾があるかどうかもわからない状態を確定させるのは不得手な方だ。

 

「やっぱりスナッフビデオとかって儲かるんだろうか」

「なに言い出してるんですか? ……マジでなに言い出してんですか?」

 

 ところで九井は純丘が本気で苦手なので、心の距離を示すために敬語を使うこともあるし、うっかり敬意をかなぐり捨ててタメ口を叩くこともある。今回は前者だったらしい。

 ドン引きを隠そうともしない少年に「俺が使いたいわけじゃない」純丘は釈明した。S.S.MOTORの廃墟まで訪ねに来ておいて、早々に門前払いされかけている。言い訳の時間を五秒ください。

 

「……ちょっと依頼がな〜」

「ああ、そういう……マジでビビった、イヌピーに近寄んなよ」

「誤解解けてなくね?」

「近寄んなよとはもとから思ってる」

「ウン」

 

 言い訳の時間をもらっても変わらなかった。これについては純丘の日頃の行いのせいでしかない。信用は積み重ねるものであり、今のところ積み重ねたものがプラマイ若干どころでなくマイナス。

 

「……ちなみに九井くん、児童売春だののビジネスに手ェ出してないよな?」

「近寄んないでください」

「違う違う違う違うどっちかっていうといつも通り潰しにかかってる側。……というかヤクは取り扱うのにそこは倫理的アウトなのか?」

「俺、今、十五。コッチの界隈で金稼ぎ始めたの、十二」

「あ、ああ〜……なんかごめん」

 

 苛立った様子で舌打ちしたのち、つーか、と九井は言葉を続けた。

 

「今の東京で児ポ系の商売見つけんの、ムズイですよ。一回市場ごと潰れて地下に潜ったんで」

「……東京と埼玉の幼女誘拐殺人事件は一九八〇年代後半だろ? まだ尾を引いてるのか?」

「なんすかそれ」

「ア違うのな」

 

 二〇〇五年時点で十五歳だと、事件が起きた後に生まれているので、知らずとも無理はない。

 ちょっと首を傾げた九井は「この話はイヌピーのが詳しいな」つぶやいた。

 

「……詳しいけど」

「ああハイハイ、ごめんて。反省はしてるよ」

「どうだか」

 

 両手を上げた純丘に九井は鼻を鳴らした。

 いい加減、彼らもお互いの性質をある程度把握し始めている。反省〝は〟している、だけだとも。

 

「……にしても、乾くんの方が児童売春の騒ぎに詳しくなるビジョンが見えないが。黒龍(ブラックドラゴン)には君も所属していたよな?」

「してましたけど。俺はイヌピーほど初代のファンじゃないんで」

 

 九井は気のない声だ。言いながらもナッツを摘む。

 純丘が手土産代わりに献上したときに〝食べ終わるまでなら話聞いてやる〟と許されたものだが、もう残り三粒しか残っていない。

 

「ジュウキュウの乱のハナシ?」

 

 ところでひょこっとソファから顔を出した乾に「そうそれ」九井が頷いた。

 今の今まで奥の方で熱心にバイクを弄っていたはずが、寄ってきたらしい。てっきり聞いてないかと思っていた純丘、少し目を丸くする。

 

「……ジュウキュウの乱?」

「ワカくんとベンケイくんが十九のときの話だから十九(ジュウキュウ)の乱。俺もよく知らねえけど、二人で当時一番デカかったマーケット潰してったらしい。てか俺もナッツ食っていい」

「どうぞ。ピスタチオもある」

「もらう」

 

 残り三粒はさすがに危機感を覚えたため、鞄から追加の手土産を召喚する純丘。表情も変えぬままもそもそと食べる乾。そんな好きだったっけ……と妙な顔をする九井。

 

 純丘は、乾が親しみと敬意を込めて君付けする彼らの年齢を知らない。

 しかし、佐野真一郎の葬儀で鉢合わせた当時の〝ワカくん〟が、佐野真一郎の享年とそう変わらない年齢として目測できたことは覚えている。

 

「二〇〇〇年ごろか、それより前か……記憶あるかな」

「二〇〇〇年の春ぐらいのコトだったはず」

 

 乾は表情を変えぬまま補足した。ありがとう、純丘は素直にインプットした。

 

「今度はどこの抗争に乱入すんの」

「乱入はしません」

「なら潜入ですか」

「しません。……場合によってはわからんが」

 

 皮肉のつもりだった九井は、あからさまに引いた表情を純丘に向けた。こいつクソ生意気だな、純丘はしみじみ思った。

 食えない奴というよりはただただ斜に構えた態度を取られ続けている。素行不良少年たちに嘗められる純丘らしいとも言える。

 

「てか今度はって。ハロウィンの知れ渡ってんの」

「たぶんアンタだろーなって思ったけど、やっぱそうだったんだ」

「……アンタがカマかけに引っかかるとか珍しいですね」

「……最近いろいろありすぎるんだよ、どこもかしこも」

 

 ナッツは空、追加投入したピスタチオもあと一粒。ついでに九井の視線があまりにも雄弁。

 そろそろお暇するか、純丘は思って最後の問いを投げた。

 

「ワカクンさんでもベンケイクンさんでもいいけど、いまどのへん住まいとか、教えてくれたりしねえ?」

「……二人で五条ジムやってるよ。マジで知らねえのな」

「逆にそれそんな常識レベルなのか」

「シンイチローくんがバイク屋やってたぐらい常識」

 

 どういう引き合いの出され方なのか、純丘にはいまいちわからない。真一郎さんの進路ってそんな知れ渡ってたわけ?

 

 

 

 五条ジムは雑居ビルのうちワンフロアに居を構えている。S.S.MOTOR(元)からの帰り道に場所を確認した純丘は、とりあえず腕を組んだ。

 

 彼は悩んでいた。

 

 アポイントメントをするにしても、五条ジムの電話番号にかけて〝数年前の武勇伝について教えてください!〟……とは、些か見当違いだろう。

 かといって個人名義でやり取りできる連絡先は当然持ってない。

 

「乾くんから聞くべきだったか?」

 

 これは既に思いついていたが、九井の〝アンタいつまでイヌピーに絡むわけ?〟的な圧に負けたので断念した案だ。

 どちらにせよ、今からバイク屋まで戻ったところで、彼らはとうにいないだろう。夜には集会が控えていると述べていた。

 

 あるいは万次郎に尋ねるか。ハロウィンの抗争前ならそうしたとしても——純丘は渋い表情を作る。頼み事の代わりに〝イザナと話しさせてよ〟くらいは言ってくるだろう。ただでさえ葬式後はそういう頼みを何度かあしらったのだから。

 純丘が彼らを引き合わせると、イザナ本人はもちろん、灰谷兄弟や極悪の世代からもブーイングが入る。ブーイングが入るだけならまだいいが彼らの性質の悪さを純丘はよく知っている。最終手段にしておきたい。

 

 ところで。

 

 純丘が立ち止まっていたのは、雑居ビルのテナント看板脇だ。五条ジムのポスターが貼られている。授業の風景らしきボクシングの写真と、開業日程、電話番号も付記されていた。純丘はそれを眺めていた。連絡を取りたいので。

 彼の内心を知らずとも、当然、五条ジムに興味を持っていることはその様子で知れる。

 

「もしかして、ジムの見学? 案内してやろうか?」

「ん、おお……」

 

 背後から尋ねられた純丘は、思考は一旦脇に置いて、振り返る。少年じみた顔立ちが純丘を見上げていた。

 おおよそ十代前半。ジャージは学校指定だろうか、かなり明るいコーラルレッドである。ショルダーバッグ(ナイキのロゴが入っている)を背負っている。

 

 少年は、手元を見ることもなくエレベーターの【↑】ボタンを押した。慣れた手つきだ、定期的に通っている可能性が高い。ジムの生徒か——純丘はいくつかのことを汲み取って無意識に物事を推し量る。

 

「ジムじゃなくて……ワカさんとベンケイさんにちょっと話を聞きたいんだ。まァでも出直すよ、まだ仕事中だろ」

「なんだよ、ニイチャンもしかして雑誌のひと?」

「……雑誌? いや、個人的な事情?」

「フーン」

 

 相談相手ならばさておき、そうでもない初対面の相手に話すことでもない。かなりぼかした純丘の傍ら、チンッ、軽快にもエレベーターが停止する。

 

「今日ならジム人いなくて暇だし、会ってったら?」

「うん? いや」

 

 到着した筐体が扉を開けた瞬間である。

 少年の両手は——思いの外力強く——純丘の背中を、直方体の中に押し込んだ。バランスを崩して純丘は何歩か前のめりに足がもつれた。

 

「ッと!? 君、」

「ダイジョブダイジョブ、ジブンあいつらと仲良いからさ。絶対時間作ってくれるよ」

 

 さっさか乗り込んだ少年は、階数ボタンと【閉】を手早くリズミカルに押していく。扉が閉まり、人二人を乗せた箱は、プログラミングされた通りに上昇を始める。

 純丘はたいへん困惑していたが、エレベーターの中で身を捩って「そうだな、」息を吐いた。今コンタクトを取れるならそれに越したことはない。

 

「親切にありがとう。君は……ジムの生徒?」

「ウン、でもそれよか昔っから世話焼いてくれんだ。——ついたついた」

 

 エレベーターが音を立てて停止する。扉が開くよりも早く、純丘の手首を掴んで、少年は直方体から飛び出した。乗客の身体が扉にぶつかったエレベーターはビーッと警告音を鳴らした。

 

「ワカ! ベンケイ! 客! 二人の話聞きたいんだって!」

「ァア? またかよ……」

 

 ……その言葉の違和感を純丘が吟味する暇はなかった。

 

 張り上げた声に、まず応えたのは大柄で五分刈りの男である。パンチングミットに向けて放とうとしていた拳を急停止。胡乱そうに、少年の背後を見遣る。

 ミットを構えていた若狭もまた、一旦やめて、入口に目を遣った。こちらは、よく見慣れた顔と、見慣れてはいないが見覚えはある顔に、眉を上げた。

 

「真ちゃんとこの小間使いジャン」

「俺まだその呼ばれ方する感じですか?」

「名前知らねえし」

「そういえばそうだわ。純丘榎です」

「エッ、二人知り合い?」

 

 素っ頓狂に語尾を上げた少年に、純丘は少しだけ首を傾げて、回答を考えた。

 

 純丘と若狭は初対面でこそないが、本当に一度会っただけで、純丘は若狭の素性もろくに知らない。その一度きりすら、けっこう険悪な空気に始まり不穏な空気で終わった。

 知り合いカウントにはたいへん微妙なラインですね。

 

「真ちゃんの爺ちゃんが雇ってる手伝いだよ」

 

 一方で若狭は無遠慮にも純丘を指差した。

 

 純丘には、不良の話をなるべく避ける理由があった。真一郎もそれを汲み取って、話題はある程度選んでいた。

 もちろん、若狭の方は純丘のように避けるべき理由を持ち合わせていない。なんなら、純丘側の事情を知らなければ、彼らもわざわざ気を使って訪問時間をずらすこともしない。初対面の自己紹介で小間使いとすぐに思い当たったのだって、生前の真一郎からちょくちょく純丘の話を聞き及んでいたからだ。

 

「千壽は知らなくてもおかしくねェけど、ベンケイは聞いたことあったろ」

「……あー、親が五月蝿えって野郎か。思ってたよりひょろくねえな」

「真一郎さんほんとになに話してたわけ?」

「アじゃあもしかしてマジで雑誌の人じゃねえの!? 前みたいなヘドロストーカーじゃねえわけ!? ゴメン、ジブンなんかすごい勘違いしてた!」

「後半全部初耳なんだが」

 

 純丘は困ったようにつぶやいた。実際たぶんこの場で一番困っていた。

 

 ——有名人には熱狂的なファンがしばしば存在する。どんなジャンルであれ、特に伝説級ともなれば尚更だ。であるからして、彼らの話は、彼ら本人が話すというただそれだけで価値がある。

 不良史においても例外はない。つまり、既に伝説とまでいわしめる初代黒龍(ブラックドラゴン)の者たちも十二分に当てはまる、ということだ。

 

黒龍(ブラックドラゴン)創設から今年で十周年だから、マァ、最近は特にいろいろ来る。俺ら本人は怖ェから、生徒に付きまとうやつとかな……今日わりと暇なのは、マジだが」

「つまり、さっきのは案内じゃなくて俺を突き出す感じだったと……」

「ゴメン……」

 

 慶三が説明するすぐ横で、千咒はしょんと肩を小さくする。

 以前似たようなことをしていた人間がいたから、今回もそうであろう、と早とちりした結果だ。

 

「俺としては……話を聞きにきたのは同じだし、どうコンタクト取るか考えてたところだったから、ラッキーだったよ」

 

 純丘は意識してトーンを和らげる。

 勘違いをされたにしても、実際のところ、不利益を被ったわけでもなし。むしろ直前まで考えていた案よりもずいぶん早く話が進んでいる。

 

「瓦城さんは俺の素性を知らないんだから、警戒するのは正解だし、処理できそうな人に引き渡すのもえらい。会ったのが君で良かったよ」

「ん!? ン、ふふ、アリガト……」

 

 千咒ははにかんだのち「話あんだろ! ジブン、マシン使ってっから!」跳ねるようにトレーニングルームへと駆けていった。

 

 慶三と、若狭は、各々じとっと純丘を眺めた。

 明らかになにかしらの意図を含んだ視線だった。

 

「……なんです?」

「……まあいっか」

 

 答えになっていない。しかしもう仕切り直す気満々だ。

 代表して、既に面識のある若狭が口火を切る。

 

「で、俺らに用事ってなに?」

「……そうですね、まず、俺があなた方にお尋ねしたいのは十九の乱についてです」

 

 純丘もモードを切り替えて、今までの経緯をかんたんに説明した。個人名など、特定が容易な要素のいくつかは伏せた。

 

「なので具体的に聞きたいのは、十九の乱のあとの地下マーケットの動向とか、当時でもいいので加害者側の関係者のリストとか、特定した方法とか、そのあたりです」

 

 結論を述べて「……もちろん、お二人がお話したくなければ別の伝手に当たります」とも付け加えた。彼らは話の半ばから、既に、険しい顔をしていた。

 純丘の目の前で双璧のアイコンタクトが行なわれ、まず若狭が口を開く。

 

「オマエ、六星コミュニティって聞いたことある?」

「ありません」

「だよな。ちょっと前まで港区を根城にしてたんだケド」

 

 若狭は言いながらもポケットに手を突っ込んで、キャンディを取り出す。チュッパチャップスのコーラ味だ。包装を指が剥いていく。

 

「狂極ってチームのOBどもが作ったグループで、ヤクとか詐欺とか人身売買とかいろいろ手広くやってたんだよ。その傘下に、俺らが十九でカチ込んだマーケットがあった」

 

 今は全部潰れてるけどな、と、若狭は付け足す。包装をきれいに剥いたキャンディの部分を口に含む。

 

「ガキの〝写真〟や〝動画〟あとはガキ本人。調達するなら、ガキと近しい奴のが簡単だ。たとえばOBどもは二十歳超えてる奴らが大半で、息子だの娘だの拵えてるやつは珍しくなかった。……この意味わかるか?」

「……まあ最悪の気分ですね」

「伝わっててなにより」

 

 純丘の顔は限りなく無表情だ。彼は、非合法な物事には格段に耐性がない。倫理観は変わらずに機能している。

 

 眼前の顔立ちを観察しながらも、若狭は足を組み替える。彼が喋ると、ときおり、咥えたキャンディが音を立てる。

 

「他にも、たとえば現役の狂極は暴走族だった。上はせいぜいが十八。あとはたいていが中坊。卒業したてなら、小学校に出入りするのも簡単だった。弟妹がいるやつもいた。弟妹本人はもちろん、同じ年頃のダチとか、な」

 

 そこで一度間を作った。

 

 純丘は黙り込んで、唇を引き結んでいる。沈黙こそが雄弁である。

 

「初代黒龍(ブラックドラゴン)が解散したのが、あれより五年ぐらい前だ。俺らとつるんでた兵隊にも、そのあと、狂極に入って、六星まで成り上がる道を選んだ奴がいた。——そのうち一人が、下衆な商売持ちかけてきたからマーケットごと潰した。俺らが十九のときの話だ」

 

 話は終わったとばかりに、若狭はそっぽを向いた。キャンディの包装の残骸を脇のくずかごまでスローイングする。

 一方「……潰したのは間違いねえ」と代わりに口を開いたのは慶三だ。

 

「俺らが話を掴んだのは、あっちから持ちかけられたせいだ。昔のほうが俺らの言うことを聞くやつも多かった。そんでも当時尻尾を掴み切れねえやつもいたよ。今になって探す方法はわからねえ。そもそも商売自体もそうだが、さっきワカが言った通り。大本の六星コミュニティも、狂極も、とっくにねえ」

 

 ……純丘も、話を聞きながら薄々思っていた。

 話してくれたのは僥倖だった。とはいえ二〇〇五年時点において、しかも一般人の彼が参考にできるような要素がなにひとつない。

 

「——が、」

 

 強調された接続詞は逆接を示している。純丘も気づいて怪訝に眉をひそめた。

 ——話手が交代しただけで、話は、まだ終わっていない。

 

 慶三は自身の膝に両腕を乗せて、ぐっと前のめりになる。

 

「その教師がいる学校、赤と青のタイル貼りのトイレとか、ねえか?」

 

 台詞の意味を咀嚼。そして、純丘は、ゆっくりと額に手を当てた。

 今しがたの話の流れを反芻する。

 

 子どもの写真や動画、本人を〝調達〟するなら、子どもに近しい方が簡単、との発言。最悪な話だが道理でもある。

 調達ルートとして挙げられた例は二つ。若狭は、なにも二つに限られるとは一言も言ってない。

 

 純丘はてっきり、顧客という想定をしていた。

 していたが。

 

 客がいる。商品がある。取引が行われる。商品が顧客に提供されるのも取引だ。

 商品を仕入れるのも、また、取引だ。

 

「……そういう背景のモノがあった、んですか?」

「動画がな」

 

 どちらも限りなく説明を省いている。詳らかに話さずとも伝わるなら、不要な説明は口にしたくもない。

 

「ほとんどは……喋れる状態のヤツの話から割れた。場所がわかってねえのはそれだけだ。俺らもダメ元だよ。そいつが撮った保証もねえ」

 

 慶三の言葉は、それこそ、ダメ元がゆえの発言だ。状況証拠と推察の継ぎ接ぎ、決定打が不足している。

 

 ところで純丘榎は塾講師だ。家庭教師のアルバイトをしていて、本人も塾を経営している。

 対象とする生徒たちは小中学生が中心だ。家庭教師のアルバイト先も、彼が開講している塾も、渋谷区内にある。チェーン経営でもない塾なので、区外から聞きつけてわざわざ通いに来る子どもはほとんどいない。彼が受け持つ生徒は、大抵は渋谷区内に住んでいる。

 だから——三ツ谷ルナが通う小学校と、同じ学校に通っている子どもも、何人か見てきた。

 

 彼らは懐くと、うち一部は、学校の話を嬉々として語ってくれる。

 

「トイレは、わかりません。ただ、今は使われてないシャワールームが、赤と青のタイル貼りで……七不思議の一つになってるらしいです」

 

 小学校の七不思議は定番だ。古い噂が受け継がれるなり、新しい噂が生み出されるなり。

 タイルの色は本当は青一色だったのが、血を吸って赤く染まったのだとか、荒唐無稽な説の補強に利用されている。

 

 かの噂について純丘が把握している限りでは、塾を開講した当初から、当時の生徒たちは恐恐と嬉々として話していた。

 すなわち五年は前には既にあった噂である。それ以前は、純丘にはわからない。

 

 ——乾曰く。

 十九の乱が起きたのは二〇〇〇年の春ごろのこと、だそうだ。

 

 そして今は二〇〇五年。

 

「噂話にはブレがあって、プールで溺れ死んだ生徒の霊が出るとか、死因は溺死じゃなく自殺とか……共通しているのはひとつ」

 

 まさかな、とは、思っている。話している純丘本人だって心底から思っている。ここまで話しておいてなんだが、的はずれであってほしいと真実願っている。

 

 彼はこのように付け足した。

 

「夜中には、たまに、悲鳴が聞こえるらしいです」

 

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From:自分

To:手芸部

Title:解決した。

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【本文未入力】

 -End-

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From:手芸部

To:自分

Title:Re:解決した。

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ルナの担任、

昨日付で退職になったらしいです

今隣のクラスの担任が兼任とか

それはよくて

アンタが昨日くれたメール、

俺が頼んでたやつですよね?

なにやったんすか?

 -End-

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From:自分

To:手芸部

Title:Re:Re:解決した。

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聞きたい?

ちなみに俺は話したくないが。

君は依頼主だから聞く権利はある。

 -End-

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From:手芸部

To:自分

Title:Re:Re:Re:解決した

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やっぱ話さなくていいです

 -End-

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 閉じたケータイを純丘はポケットに突っ込んだ。

 早めに忘れ去りたいような話だ。ただでさえハロウィンからそう日も経ってないのに、立て続けに起きると彼とて疲弊する。

 

 本日は誰からもなにも頼まれていない。アルバイトはあるがこれはいつものこと。今日は五時間ほど勤務するが、出勤までは一時間ほど暇である。

 

 本屋でも寄るかな——動き出した足を数歩で止めた。

 聞き覚えのある声を拾ったからだ。

 

 くるくると見回して、方向転換。

 

「……君らそれ往来でやるのか? 店とか入って腰落ち着けてやれば?」

「あっ榎さんこんちは」

「こんちは」

「こんにちは」

 

 十一月も中旬。冬の足音が近づいてくる頃合い。

 渋谷区にて和やかに挨拶した者どもがいる一方、極悪の世代が招集に応じたのは、奇しくも、同日同時刻のことだった。

 




知り合いにちょっかい出してくる〜〜
:贖いの意味「Outsider」でちらっと出てきたサトセン

質問を質問で返すな
:吉良吉影

法的に責任能力のない未成年から金取った場合
:民法5条

朝四時
:贖いの価格「立春」参照

弐番隊副隊長は柴八戒って噂は聞いてた
:贖いの動機「灯台下よりも光届かぬ遠くが暗し」参照

東京と埼玉の幼女誘拐殺人事件
:1988-1989年に起きた警察庁広域重要指定117号事件
 犯人は2008年時点で死刑執行

ジュウキュウの乱
:ハイパー捏造
 承久の乱をもじった

少年
:広義的には「少年」は性差を区別しない

六星コミュニティ
:2022年11月16日にマネー現代に掲載された原作者インタビューより
 人身売買やってるなら可能性はあると思うがいちおう捏造
 それはそれとしてスピンオフ読みたい

七不思議
:江戸時代あたりから怪奇譚としての七不思議が広まったとかなんとか

解決した。
:場所が合致していることと勤務歴が被っていることを確認して詰めた
 自白と物証が出たので警察にぶん投げた
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