【完結】罪状記録   作:初弦

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惨禍の結果に特異点

 純丘榎と柴八戒の〝二度目まして〟があったのが、二〇〇五年十一月十八日のことだ。

 同日、二十六歳の花垣武道は二〇〇五年の東京卍會で壱番隊隊長に就任し、そして、二〇一七年へと帰還した。

 

 ——未来の彼は東京卍會の幹部を務めていた。

 

 このあと、花垣武道が再びタイムリープするまでに起きた出来事については、割愛しておこう。大して変わらない悲劇を述べたところで誰も喜びはしない。

 仮死状態と化し、くずおれた花垣の体を咄嗟に支えて、橘直人は息を吐いた。

 花垣の帰還から出立まで、そう時間はなかった。しかしあまりに多くのことばかりが起きた。直人もまた、情報を上手く飲み込めてはおらず、そのうちでできる最善を必死に模索していた。

 

 結果として無事に花垣を送り出せたので。

 

 ドンドンドンと鳴っていたノックの存在を、ちょっとだけ忘れていた。

 

「オイいるンなら開けろや! ……え? どうしたそれ」

「わ、わかりません。急に気絶して——」

 

 困惑の声をこぼした同僚に、予め用意していた説明を述べかけて、直人はふと違和感を覚えて沈黙した。

 一方で同僚は「ハァ!?」キレ気味に声を荒げて、取調室に踏み込む。テキパキと花垣の脈を見て呼吸を確認して名を呼んで、いよいよ意識を失っていると判断、無線から人手と署内の医療班を依頼した。手際がいい。

 

 花垣が運び出されるまでを、直人は、呆然と見ていた。

 

 混乱していたのがひとつ。

 それ以前に、無関係な人間の前で発言することをさすがに控えたのがひとつ。

 

「……なんで、場地圭介がここに?」

 

 

 

  惨禍の結果に特異点

 

 

 

「元々、たけみっ……花垣は俺が連れてく段取りだったろ。……てかなんだよいきなり、フルネームで」

 

 ()()たる場地圭介は、訝しげに直人を眺めた。少年のころと比較して、髪は短く整えられていた。ツーブロックのショートヘアは明るい色に染められている。

 

「いつも嫌味みてェに階級で呼ぶくせに」

「……連日の多忙が祟ったかもしれませんね、頻繁にサボり続けて未だ巡査のままの君ではないので」

「ウルセーウルセー。東卍(トーマン)摘発じゃだいぶ活躍してやったろーが」

「昔の汚名って生きるんですね」

「マジでああ言えばこう言う」

 

 ブツブツと文句をこぼしながら、場地はフライトジャケットのシワを伸ばしている。場地のこのフライトジャケットは、以前上司に指摘された際、亀山薫だって着てるだろとかいう謎理論で無理やり通していた記憶がある。そんな記憶はなかったはずである。

 直人は混乱している。

 

 ぽんぽんとまるで慣れたように会話をしながらも、直人は眉間に指を当てる。増えた記憶を整理して、必要な情報を引き出して、並べる。

 

 ——場地圭介は。

 

 ハロウィンで死を迎えるはずだった少年は、代わりに、肺の刺傷の後遺症を理由に東京卍會を引退した。

 とはいえ当時の彼は成長期。身体が出来ていく過程で、その後遺症も寛解していった。中学で留年した少年は、なんなら高校でも一年留年しつつも、なんとか卒業できた。

 

 さてこの時点で場地は二学年ぶん留年しているわけだ。場地圭介は一九九〇年生まれで、本来の学年は、花垣を基準にするならそのひとつ上に当たる。

 ……そして直人は花垣のひとつ下。

 

 場地圭介は高校卒業後、すぐ、警察学校に入学した。

 ちょうど直人と同期となるタイミングで。

 

 性格も能力も正反対。そりも合わない。お世辞にも仲が良いとは言えない。いがみ合いながらも腐れ縁が続いていった。

 

 そしておよそ三ヶ月前に起きた橘日向の死。

 この現在における橘直人に、東京卍會の内情や、松野千冬や羽宮一虎といった存在を教えたのは、場地そのひとであった。

 

「……松野千冬は……」

「……知ってる。ひとの心配しといてテメェが無茶すンだよな、あの馬鹿。昔からずっとそうだったよ」

 

 場地は特に表情を変えない。

 ひらっと手を振って、その手をカーゴパンツのポケットに突っ込む。

 

「テメェも自分のこと先に考えろよ。まだぜんぶ終わったわけでもねえしな、いやにしてもせっかくパクれた幹部昏倒とかフツー予想しねえって……」

 

 ぼやくようにこぼして、場地はスタスタと取調室から廊下へと踏み出す。被疑者もいない取調室に長居する意味もないだろう。

 いつも通りに見える。直人には。そのいつも通りの記憶自体、そもそも、ついさっき生えたばかりだとしても。

 

 直人の腐れ縁は、かつての少年は、十二年前に死んだ。

 死んだはずだった。

 

 死ぬはず、だった。

 

「場地巡査」

 

 直人は、己も取調室を出た。すでに廊下の角を曲がろうとしていたその背を、彼は呼んだ。

 

「なんだよ」

 

 場地は振り返りもせずに尋ねた。足は止まった。

 

 花垣がタイムリープによって過去を変え、現在を確定させたことで、橘直人の記憶は分岐し、統合された。

 今の直人には、七月の頭を起点に枝分かれした、二つの記憶がある。

 ひとつは花垣とともに過去改変に挑んできた記憶。ひとつは八月上旬に殺された姉の復讐のため、千冬や一虎、場地を利用してきた記憶。

 

「純丘榎という名前を知ってますか?」

 

 直人は尋ねた。前回のタイムリープで挙げられた名前で、唯一、情報らしい情報すら出てこなかった人間だ。

 過去から帰ってきた花垣とその名前について論じる時間はなかった。一刻も早く、新しく判明した情報をまとめて伝えて、送り出さなければならなかったから。

 

 場地が振り返る。

 整った顔立ちが、訝しげに眉をひそめた。

 

「オマエ、塾長に興味あんの?」

「興味というか。東京卍會に関わっていると耳に挟んだんですが、調べても出てこなかったので。……塾長?」

「……俺が一瞬バイトモドキしてた塾の先生だから、塾長だよ」

「君、塾でアルバイトまでしていたのに高校も留年したんですか?」

「高校の留年は関係ねーよ。塾長、俺が高校入ったときには死んでたし」

 

 いがみ合っていると述べたとおり、存在しない記憶における彼らの嫌味合戦はわりと日常なのだが、こればかりは直人の台詞選びがかなり致命的だった。さすがに直人は一呼吸置いた。

 

 言われた側は気にしていないようだ。こきんと首を鳴らして、場地は言葉を続ける。

 

「パンピーだったけど、マイキーんちの道場とか家事手伝いしてたから、マイキーのダチの俺らもいろいろ面倒見てくれたんだわ。東卍(トーマン)に関わってるとか言われたのは、たぶん、それじゃね」

 

 マイキーが佐野万次郎であることは直人もわかっている。

 

「調べても出てこなかったのは……塾長、実家とめっちゃ仲悪かったんだよ。純丘ってのが自分で作った苗字なのは、俺も、塾長が死んでから知った」

「ああ……偽名だったんですか、なら出てこないな……」

「そ。マジの方の苗字は稀咲。稀咲の兄貴な」

「は?」

 

 直人は一瞬耳を疑った。

 妥当すぎる反応である。東卍(トーマン)に関わってるとか以前の問題だ。

 

「稀咲!? あの!?」

「その」

 

 慌てすぎて〝どの〟稀咲なのか具体的な固有名詞が出てこないが、まあ文脈で伝わる。首肯した場地に直人は詰め寄った。

 

「な、なら死因は? まさか稀咲は、実の兄まで——」

「イヤ」

 

 悍ましい憶測を、場地は遮った。大した意味を持たない相槌や感嘆詞ではなく、明確な否定形の〝イヤ〟の意図だ。

 ダメ押しのように首を横に振って、場地は続ける。

 

「塾長が死んだのは事故だよ」

 

 直人の記憶には、すでに、場地圭介と腐れ縁として過ごしてきた数年が刻まれている。

 

 場地は滅多に己の思考を開示しない。最終的な勝利のためには、自らを悪者と扱われるのを良しとするかのように振る舞う。他者からの助力を突っ撥ねる。

 直人は場地のそういう特徴が気に食わず、腹立たしく、だから己も嫌味のような言葉で助言を投げることが度々あった。

 

「……そうですか」

 

 場地は断言した。己の思考を開示した。

 だから、直人は引き下がった。

 

 カーゴパンツに手を突っ込んだまま、場地は肩をすくめてみせる。いやに様になっている。

 

「優等生クンもあんま根詰め過ぎんなよ。ねーちゃんも早々にあの世で弟叱りたかねーだろ」

「君もサボってばかりいると、松野千冬が昼寝の夢枕あたりに立ちますよ」

「おもしれェなそれ。ペヤング用意してやろ」

「面白くはないだろ。サボるなって言ってるんですけど」

「へーへー」

 

 いけ好かない同僚である。まるで生返事、何故カップ焼きそばの名前が出てくるのか直人にはわからない。真剣に聞いてないことは間違いなくわかる。

 去っていく背に向かって大きく溜息を吐いてみせた。

 

 直人と別れて、場地は、組対四課のデスクに戻って東京卍會の資料をまとめる——とかそんなことはなく、警視庁の外に出た。昼休憩の時間帯なのでお叱りはギリギリ回避できるはず。

 たぶん。

 

 ジャケットのポケットからスマホを取り出して、操作し、ポケットに戻す。同時に場地はワイヤレスイヤホンを耳に入れた。

 皇居沿いののどかな散歩道を黙々と進む。

 

「——おーよ。俺。……オレオレ詐欺はするとしたらテメェの方だろ」

 

 やがて場地はおもむろに口を開いた。たれてきた前髪を指で払って、イヤホンの音に耳をすます。

 

「ん。……知ってる。パーとペーもだろ。……タケミッチ? アイツなんか倒れて今搬送されてるワ。……へー。……一虎は朝方連絡寄越したよ。千冬とかの話はそんとき一緒に聞いた。……そっちは?」

 

 いくつかの情報を述べたのち、場地は黙った。足は止まらない。たまに相槌のように喉を鳴らしている。

 

 ときは、二〇一七年。十一月十九日の東京は、ずいぶんな快晴だった。

 さして風も強くなく、時折、思い出したように堀の水面が波立つ程度である。

 

「……ウン。それはわかった。……俺オマエの話も聞いてんだけど。……ナニ? 話通じねえなまさかまたヤク入れてんのか? ……あー……相変わらずだなあの兄弟、あとちょいで全員パクれっからテメェらの出る幕はねえって言っとけよ。せいぜい身辺整理しとけや」

 

 うんざりと溜息をこぼして、場地はワイヤレスイヤホンの位置を少しだけ直す。

 

「……知らねーからなマジで、()()()の理由にされたらそれこそ塾長あの世でキレんだろ。……あーはいはい」

 

 何度かおざなりに肯定して、場地は「マイキーもそうだけど」とつぶやく。

 

「テメーも俺がブタ箱にちゃんとブチ込むからそれまで死ぬんじゃねえぞ。春千夜。……クソアイツまた最後まで聞きやがらねえ」

 

 舌打ちとともにイヤホンを外して、ケースに仕舞った。

 

 それから場地はきょろきょろと周りを見回して、すぐそばのコンビニに足を踏み入れた。

 電話をしていたせいで昼休みが残り短い。軽食を買って取って返せばギリギリ間に合うくらいの時間である。

 

 コンビニの陳列棚をざっと眺める。インスタント商品の品揃えのうち、ペヤングに目を留めて、それから、すぐに場地は視線を逸らした。

 結局おにぎりを二つとサンドイッチ、缶コーヒーを買った。




ドンドンドンと鳴ったノック
:9巻77話

巡査
:橘直人はアニメだと巡査部長だったので

組対四課
:警視庁組織犯罪対策部の下にある
 二〇二二年の再編で暴力団対策課(暴対課)に差替

皇居沿いののどかな散歩道
:時間帯によってはランニングコースに使ってる人がそこそこいる

ペヤング
:ペヤング
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