【完結】罪状記録   作:初弦

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on11.24

 穏やかな小春日和だ。燦々と降り注ぐ太陽のもと最高気温も十五度を上回った。

 これはそういう日の出来事である。

 

 病院帰りの場地——完治にはまだ時間がかかるので、定期的な肺の経過観察に出向く必要がある——が、花垣に呼び止められたのは、季節柄日も赤く染まる四時ごろのことであった。

 

「場地くんッ! 探したんですよ!」

「お、おうどした」

 

 呼び止められる勢いが強すぎて、場地圭介、若干気圧された。

 後任の壱番隊隊長が花垣に決まったとは噂に聞いていたが、ここまで勢いよく迫られる覚えはない。鬼気迫った様子で両手を握ってくるので思わず振りほどいた。

 

 エッ。

 

 拒絶された花垣はちょっとだけショックを受けた。それからひそかに反省した。

 彼は映画好きなので、今まで観てきた様々な作品に影響された結果、仕草が大仰になりがちだった。

 

 場地は一瞬、悪かったかな……とは思ったが再度その手を握り直しはしなかった。

 それはそう。

 

「と、とにかく、榎さんの塾にいるって言うけど行ってみたら今日は祝日だから場地くん勤務日じゃねえって話で、場地さんち当たってみたらお母さんからいつもは近所の保護猫施設んとこ手伝いに行ってるって言われて、施設着いたらタッチの差で閉まってて、ってなるとそろそろ集会だからそのあとだとさすがにまたおうちは行けねえなーと思ったら、千冬が明日は病院行ってるはずっつってたから、」

「マジで探されたんだな」

「マジで探したんすよ」

 

 話の要領は得ないが探されていたことはたいへんよくわかる。場地は感心と呆れを半々に含めてつぶやいた。

 花垣は、こちらはとても力強く頷いた。収穫皆無のわらしべ長者をさせられている気分だった。

 

「で?」

「え?」

「俺のこと探してたんなら用でもあんじゃねえの」

「アッそうだった」

 

 素で忘れていた。

 

 

 

  on11.24

 

 

 

 場所を移して、今度はファストフード店のイートインスペース。

 テーブルに積み上げたペヤング(未開封)がしめて五つ、トレーの上に並ぶのはビッグマックがひとつにフライドポテトLサイズがふたつ。献上品だ。買収と言い換えてもいい。

 既にビッグマックの包み紙が二枚、脇に丸めて放置されている。

 

 ファンタグレープに差し込まれたストローを、場地はガジガジと噛んでいる。明らかに渋い顔である。なおこれはストローのせいではない。ストローが味しねえのは当然なんだよな。

 

 場地とて東京卍會を辞めたとはいえ、知恵をお貸しくださいと誠意を見せる後輩(同学年)の相談に乗るのはやぶさかではない。

 

 やぶさかではないが、

 

「……稀咲が最初は良い顔で近づいてくんのはいつものやつだろうが。愛美愛主(メビウス)もぱーちんの件もハロウィンもよォ、オマエ鳥頭か?」

「っぐ」

 

 ぐうの音の〝う〟まで出てこない程度には正論だった。花垣は胸元を押さえた。

 それはそれとしてたぶんこの場に純丘がいたら〝鳥頭は君が言えたことじゃないだろ……〟あたりはさすがに突っ込んだ。

 

「で、でもじゃあ柴大寿がクリスマスに教会で一人きりになるって、嘘ってことですか?」

 

 苦し紛れの反論に、場地はこちらも押し黙る。唇を尖らせて、それから「……わかんねー」とつぶやいた。

 

「頭いいヤツがなに考えるかとか、俺知らねえしよ」

「そ、それは……俺もっすけど……」

「……黒龍(ブラックドラゴン)も、たぶん千冬とかもちょっとは知ってるだろうけどよ。俺らがやり合ったのは九代目の頃だから、今がどうとかいまいちわっかんねえんだよな」

 

 当時も九代目の内部事情なんぞはとんと知らなかった。何故かどこぞの塾長経由の縁により、イザナや斑目の人格を(場地にとっては不本意ながらも)知る羽目になったが。

 

 目を細めた場地がストローをがしゅがしゅとカップの中に突き刺し直した。それからじゅっと吸った。ファンタグレープが凄まじい勢いでストローを通り抜けていった。

 

「確かに今の総長と八戒、苗字がおんなじか」

「……ホントに知られてなかったんすね」

「言いふらしてねえなら、苗字がおんなじ程度じゃ疑いやしねえだろ。珍しい名前ならちったァ勘繰るかもだけど、どうせ事情持ちなんざそこらにゴロゴロいるしな」

「あー……まあ……」

 

 ヤンキー集団に身を置いていれば、花垣にもいくらか覚えがある。

 なんなら、苗字違いの兄弟に先日遭遇したばかりだ。

 

 顎を指でこすって、場地は顰めっ面のままである。言葉を選ぶように視線がテーブルを走る。

 

「今の黒龍(ブラックドラゴン)は俺らが一回潰したモンをメンバーかき集めて再結成させてる。だから……っつうのも変な話だけど、わりとヘンなチームだよ」

「変」

「まだ前代より話は通じるだろーけどな」

「嘘だろ……」

 

 出会い頭に首から吹っ飛ばされた花垣からすれば「え? なに言ってるんですか?」な気持ちになってしまうのは当然だ。

 

「オマエが会ったイヌピーって呼ばれてたのが、九代目の前だったか前の前だったか、そんぐらいからいるはず」

「七、八代目からってことッスかね?」

「たぶんな」

 

 歯型がくっきりとついたストローを放置し、場地は今度は、ポテトをわしっと手のひらで掴んで、口の中に放り込む。

 

だから(ふぁあら)

 

 ごくん、と喉仏が上下する。

 

「……あいつが古株のメンバーと話しつけてきたんだろってのが俺らの見解。つうか、昔からのツテあってアイツ本人も強ェし、実際今は幹部なんだからそうとしか思えねえんだよな。で、黒龍(ブラックドラゴン)の……金のためのケンカ? だったか? 原型は九井ってヤローが引っ張ってきてんじゃねえの」

「え? でもボスは柴大寿なんすよね」

「九井の名前、俺は別んとこで聞いたことあんだよ。金さえ貰えりゃあなんでもやる。若い方だと小坊ぐらいのガキまで子飼いにして、そいつらに盗みだとか脅しだとかイロイロ」

 

 なまじ三が日に鉢合わせてからというもの、灰谷兄弟と顔を合わせる機会が異様に跳ね上がっていたのがこの場地だ。

 世間話ついでにナチュラルに喋るので、ひとつやふたつは余計なことも覚えるわけ。

 

 受け売りの情報をそのまま話しながらも、そういやあいつら一昨昨日は鉢合わせしなかったな? 場地の思考が一瞬逸れて、すぐに戻ってくる。

 

「だから案出したのはたぶん九井だな。客を取るにも宣伝すんのに最初はあいつを通したと見た」

「ば、場地くんすげーっすね……!」

「ダロ」

 

 もう一度言うがここまで受け売りの情報である。

 

「ただ、柴大寿がお飾りかっつったらそりゃ違ェだろうな」

 

 とはいえ場地はきちんと(きちんと?)暴走族の隊長として動いていたので、もちろん受け売りでない情報も持っている。

 

東卍(トーマン)と十代目黒龍(ブラックドラゴン)で話つけるときに居合わせたけどよ、ありゃ喧嘩だけじゃなく相当頭キレるぜ」

「ま、マジすか……」

「マジ。てか、東卍(トーマン)とか見ろよ」

 

 言いながら彼はビッグマックの包み紙を新たに剥ぎ始めた。

 

「俺らはマイキーもドラケンも三ツ谷も、まああとは昔の俺も、強ェし、締めるとこは締めてんだろ。下がバカやらかしたら筋通させて、通さねえならきっちりケジメつけさせる、ってやってっからまともに成り立ってる」

「そっすね」

 

 頷く。

 花垣としても今までの経験から、東京卍會という組織の在り方について、いくつかを知っている。

 

「ダセェことしねえとか。カタギには手ェ出さねえとか。女殴らねえとか」

「そーそー。ンでも、俺らがそこまでしててもキヨマサみてーな野郎は出んだわ」

 

 三段のバンズを両手でぎゅっと押し込んで、場地は大口を開けた。

 一口に突っ込んで、しばらく大きく頬を膨らませていたが、やがて音を立てて飲み込む。

 

 男子中学生の食欲であると同時に、おそらく胃に悪い食べ方である。

 

黒龍(ブラックドラゴン)には、そういう、不良なりに真っ当にやるってルールすらねえ。有名だった昔のハナシと、カッケェ特攻服(トップク)で兵隊集めて、ケンカで儲けて、必要なら女も殴るしカタギでも手ェ出す。俺らもどーしようもねえけどさ、俺らどころじゃなくドブみてェなクズが集まるって、バカでもわかるぜ。……十代目は、それでも暴走してねえ」

 

 犯罪に無秩序に手を出すわけではない。上の言うことをよく聞き、下はそれに従うまで。言われたことを忠実に遂行する。言われてないことは、しない。

 

 千冬は黒龍(ブラックドラゴン)のありさまを軍隊と評した。適切な評価だろう。

 

「上が怖ェし、出し抜けねえって叩き込まれてる。よく躾けられたワンコロどもだよ。ただの腕力馬鹿じゃああはできねえ。考えずにブン殴られてるだけなら、ケンカのときでも棒立ちの雑魚か、なんも言うこと聞かねえ野犬の出来上がりだ」

 

 場地は馬鹿と称されるが、それがつまり彼が愚かでしかないかと尋ねられれば、そうでもない。

 周りを見て、観察し、判断する力がなければ、多数との戦闘などできようもない。

 

 場地は、喧嘩においても決して天才ではない。経験から吸収して身につけた力は、ある意味では学習にも相当する。

 

「上が自分ってのをわからせる。周りを押さえて脅す。そんでもってちゃんと飴もやる。立ち回り見せて、尊敬もさせる。使い方わかってねえとな」

「……なる、ほど……」

 

 場数が違って、経歴も違って、ゆえにこそ重みのある先達の言葉だ。 

 

 花垣は確かに、現在の中身は十二年後から訪れた二六歳の男。

 しかし結局、彼が暴走族の内情をまともに知ることになったのはタイムリープが始まってからで、せいぜいが数ヶ月。喧嘩も未だ弱く、コツや技術や立ち回りなんぞはやはり、経験が物を言う部分が大きい。組織間の駆け引きなども同様だ。

 

「だから九井が……」

 

 言いながら場地は口元を紙ナプキンで拭った。袖で拭った場合、洗濯の際に母親に見つかれば下手するとラリアットを食らう。母は強し。少なくとも場地の母は物理面で強し。

 

「名前だけの総長にしたかったのが、思ったよりデキるヤツでアテが外れた、頭を取り替えときてェ、とか考えてんならオマエらに情報流しても有り得るかもな」

「場地くんってめっちゃすごいっすね……!」

「ハッ、こんなん当然だろ」

 

 キラキラした目を向けられても、場地はまるで衒いもない。……という様子を装っている。格好つけたいお年頃なので格好つけてみた。

 

 場地自身、この推理はいいセンいってる気がする——とは思うものの、あくまでも顔には出さない。

 

「つっても、そーだとしても警戒しろよ! あの稀咲が素直に協力してんなら、なんか裏があるに決まってんだワ」

「そりゃ俺だってわかってますよ! あいつにはやられてばっかなんで……油断できません」

「おうおう。頼んだぜ、たいちょー」

 

 隊長呼びに素直に照れる花垣は、まだ壱番隊隊長という肩書に慣れていない。よくよく考えなくても大出世である。

 

 己とはずいぶん毛色の違う後任を眺めて、ふと、場地は首を傾げた。

 

「そういえばよォ、タケミチ。タケミッチのがいいか? なんでもいっか」

「ハイ? ハイ」

「抗争起きる前から、まるで俺が死にかけるってわかってるみてーだったよな」

 

 傍で聞いていただけの千冬が勘付くなら、言われたし刺された本人はそりゃあ疑問に思うわけである。

 極限状態ならまだしも、ひとたび生還してしまえば、思考の余裕も生まれる。今までのことを思い返していれば違和感にも気づく。

 

「稀咲のこともハナっからぶん殴ったり、オマエ、なんか知ってたんか?」

 

 ちょうどいい機会なので疑問をそのまま口にすれば、花垣の視線はサッと泳いだ。……わかりやすい。

 場地は馬鹿でこそあるが動体視力は悪くないので、あまりにあからさまな仕草をばっちり視認した。ちょっと半眼にもなった。隠してえならガンバレヨ。

 

「……まあ、なんかあんのはわかった。助かったのはマジだからいーワ」

「そ、そっすか……」

「オマエ稀咲みてェな頭回すようなコト逆立ちしたってできねえだろうし」

「ヒデェ」

 

 事実ではある。ある意味では、信頼と言われればそうなのかもしれない。雑魚と言われないだけ好感度が高い証明だろう。

 ……たぶんね?

 

 若干顔の引き攣っている花垣をまるで気にもかけない。ポテトLのパッケージをひっくり返して、手のひらの上にざかざかと乗せる雑さ。献上品をもう少しで空にし尽くす勢いの食欲だ。

 

黒龍(ブラックドラゴン)の話は、こっちも知り合い当たってみるわ。十代目のことがわかるかは知んねえけど」

「え、いいんすか!?」

「千冬がいるにしたって引継もなんもしてねえしな。センベツってことでよ」

「センベツ」

「なんか記念のプレゼントみてェな」

 

 雇い主手ずからの勉強の成果は出ているのだが、なにぶんフィーリングで覚えている部分が大きい。アバウトさは如何ともし難いがだいたい合ってるので純丘も黙認しているのだが、その余波として場地を経由したみりしら熟語の使い方が、東京卍會の構成員たちにじわじわ浸透していたりする。伝言ゲームが如く意味が変質している場合は稀咲が訂正を入れている。

 期せずして起こる兄弟コンビネーション、なのかもしれない。




集会だから
:10巻83話

ストロー
:二〇〇五年なのでプラスチックストロー

事情持ち
:ありがち

ラリアット
:やりそう

この推理
:ハズレです
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