問題の埠頭には、抗争に参加するメンバーはもう揃っていた。あとは準備が整えば喧嘩は始まるだろう。
「仕切り誰に頼んだんだよ」
ふと呟いた望月に「ガリ
最近彼は、狙っている女が煙草が嫌いだと言うので、禁煙のためのガムを召喚していた。何日続けられるかは不明。似たようなことを少なくとも三回はやっていると極悪の世代は知っている。
「これで前の一万チャラ」
「獅音オマエ貸す金なんざあったんか?」
「あ? 俺が借りた」
「テメーの方かよ」
「なんでそれでガリ
「新旧
「馬鹿が」
得意げに指を振った斑目に、各方面から冷たい視線が注がれた。冷たい目で見てないのはイザナくらい——彼は彼で最初から話を聞く気がない。
天竺の頭領は、我関せず、鉄材の角に腰を下ろして、膝の上に頬杖をついている。整いつつあるフィールドを眺めている。蟻の観察じみた目つきだった。
「まずこっちは半分以上
「俺はもちろん俺らに賭けた」
「たりめーだろボケ」
「誰がボケだウジ虫。最近露骨にウジウジしやがって」
「りーんどう。そのボケナス抑えとけ?」
「ダルいからヤだ」
「あ゛?」
「始まる前から仲間割れするな」
鶴蝶に窘められると立つ瀬もない。蘭は舌打ちして、コンテナの角を軽く蹴った。竜胆はちらっと兄を見て、すぐに視線を逸らした。
灰谷蘭は自分勝手だ。独断専行に慣れた(悟った)弟もたまには怒りが収まらないときだってある。つい先日、勝手に元副部長に話をつけてきたことを聞いたときには、灰谷兄弟間第N次内紛が勃発した。Nなのはどちらも回数を覚えていないからだ。
とはいえ竜胆も、純丘と連絡を取ることも、自宅の訪問も、一切しなくなった。
それは兄が怖いから、では、ない。
最近様子のおかしい者共をまるっとスルーしていたイザナが、ふと眉を顰めた。頬杖から顎を浮かして、奥の方を凝視。
続けて口を開く。
「鶴蝶」
「おう?」
「アレ、オマエが気にしてた
「エ? ハ? 俺が気にし……武道か!?」
ぐりんっと鶴蝶が首をひねる。灰谷兄弟と斑目を諌めていたところからの真反対の方向確認は、首がえらい角度になる。
果たして確かに花垣はいた。
タネを明かすと、柚葉の手引きだ。特攻服の集団に紛れるにはどちらかのチームの特攻服を纏うのが最も誤魔化しが効く。柚葉の立場や、彼らの目的からしても、
ちなみに花垣の隣にきちんと千冬もいたが、そもイザナが花垣を覚えていたのだって〝下僕がやけに気にしてた〟からでしかない。
「八戒が兄貴を殺さねえようにする。んで抗争で大寿くんが死なねえようにする。……大寿くんって死ぬんだよな? てか殺せんの?」
「タケミッチがそこ自信無くしたら俺もうどうしようもねえからな。何しに来たんだよここに」
「マジでそれ」
マジでそれではなく。
改めておさらいしたところでフッと正気に返った花垣、頭を抱えるのだけは辛うじて堪える。目立つからである。
千冬も微妙に不安になったが、ここはグッと大人の対応。まずは目的が優先だ。彼は、大寿の位置を再確認しようと周囲を見回した。
……しようと、した。
「アレッ」
「なん、イッ——デェ!」
奇妙な反応をした相棒に次の瞬間、花垣、肩を手加減なしに掴まれた。掴むってかこの勢い握り潰されそう!
「あれ場地さんじゃね? え? なんでいんの? 武道オマエ場地さんにコレ教えた?」
「痛い痛い痛い知らねえ知らねえ場地、え? 場地くん? なんで!? どこ!?」
この抗争に観戦席は用意されていない。観客席が用意される抗争自体おかしいがそういう意味ではなく。
まず横浜天竺側は宣戦布告こそしたものの、かなり控えめに——具体的には、東京卍會に悟られぬよう——動いていた。仕切りを自ら手配したのも、できるだけ自分たちの管理下で情報をコントロールしておきたかったからだ。
とはいえ彼らが知られないように徹底しているのは対東京卍會だけ、そして興味深い話題は当然どこかで流出する。見物客はちらほら集まっている。まず、ギャラリーが集まらねば賭けも成立しない。
場地はしれっとその中に並んでいた。片手を首筋に当てて、難しい顔で、埠頭内を見渡す。
「……っぱイザナクンより柴大寿のがまだハナシ通じそうなんだよなァ、俺的に。そう思わねえ?」
「……俺あのひとのことあんま知らねえよ?」
場地のもう片方の手は三ツ谷の襟首をしっかり掴んでいた。完全に捕獲だ。Tシャツの襟には皺が寄っている。
三ツ谷は悟った目をしていた。俺が捕獲される側なのかよとは思っている。俺ちょっと前にオマエに忠告したよな? 聞いてた?
「てか場地、イザナ? くんと前から知り合いなのマジでなんで? あのひと
「……ナリユキ?」
「なわけねえでしょ。とりあえず手ェ離して」
「ア悪ィ」
抗議をすれば思いの外すんなり解放された。三ツ谷は皺の寄った襟首を正した。
「……俺なんで捕獲されたの?」
そして尋ねた。
場地の回答は簡潔だった。
「ここ
「なるほどな」
説明から経緯が丸ごとすっ飛んでいるが、三ツ谷はさすがに場地との付き合いから彼の性質を把握している。警察が集まっているのは事実だろうと判断した。
サッと埠頭を見渡して、頭一つ飛び出た背丈を確認した。
「じゃ俺大寿くんに話しつけてくるわ。そっちのチームは、知り合いのがマシだろ」
「マシかどうかはわかんねえけど……頼むわ。嘘かどうか疑われたら、九井にアオサギのこと確認すりゃたぶん伝わる。と思う」
「了解。いろいろ、後で話せよ?」
「……」
「オマエさ……」
さてこちら、ところ変わって再び横浜天竺である。鶴蝶は花垣の存在に気を取られていて、鶴蝶が謎に慌てているとなれば皆々なんとなく注目していた。
……あの雑魚なに? ワカラン。抗争で見たことある気がしなくもねえけど。
ただの自由人の集いだ。なまじフリーダムどもが揃いも揃って極悪の方向性一致しちゃった結果がこの横浜天竺、という最悪の出力がよくわかる場面ですね。
「……なんだよ、
「ンなことねえけど。俺まずもう辞めたしナ」
だから招かれざる客に最初に気づいたのは、幹部内でも比較的(比較的)周囲を気遣う望月だった。
きちんと訂正した場地に視線が集まって、ウワ、斑目などは露骨に顔を顰めている。
「なら何が目的で来た? 呼んでねえぞ」
「俺だって来たかねえけど。ここ、もう
「ハ? テメェが指示すんな」
これはイザナ。じろりと場地を睨みつける。案の定だ。場地はウンザリと表情を歪めた。
売り言葉に買い言葉をよっぽどかましておきたいところだが、それでは話が進まない。
「……指示とかいう話じゃねえだろ。アンタらがパクられたらイロイロ荒れんの、俺でもわかるし」
「それなんか問題ある?」
「……。あるだろ」
「へー」
マジかよ、が場地の心境だ。
なるほど前科が増えるくらい捨て置く思考は読めていた。だから界隈の話を出したわけだ。無意味に荒れれば収拾をつけるのも大変だ。そのはずである。
……そういえば他人どころか仲間もあんまし気にしねえ奴だったな、とは、場地も今まさに思い当たった。
まずイザナは暴力の申し子であるからして、最終的には殴ればいいだろの脳筋思考で生きている。ちょっと勢力がひっくり返されたくらいむしろ嬉々として挑みに行くし、そうでなければ、荒れ果てた八代目
「天竺のお披露目舞台にケチつけンなら相応のモンが必要だよなあ?」
「今更
「俺ら遊びで悪やってねンだわ。マ、ガキにはわかンねえと思うけど?」
「ぶっちゃけ
「俺が詰められてんのおかしくね?」
「スマン」
そしてイザナ以外の極悪の世代がどう思っているかといえば、倫理観をどこぞに放り投げてきた台詞の羅列で予想はつくだろう。
鶴蝶すら謝罪しても諌めない時点でお察し。彼は倫理観を一応持ち合わせているが、イザナに忠誠を誓っているので四捨五入ダメ。
「マァいいぜ?」
ところで一瞬前までのガラの悪さはなんだったのやら、足を組み替えて、わざとらしくもイザナは嘯いた。
「俺は優しいから、乗ってやっても。テメェにもっと面白ェ案があんならナ」
on12.1
率直に表現するなら。
イザナの言葉は、戯れで、揶揄いでしかなかった。場地が言葉に詰まるところを一頻り眺めたのち、さっさと追い払う。以上。
非常に悪趣味なお遊びだ。
だから一切期待していなかった。ウッソだろと顔に書いたような場地の反応と、鶴蝶の目が「イザナおまえ……」と雄弁に語っているのを見て、完全に面白がっていた。
人間性が最低過ぎて地べたに埋まる。ギリギリマントルには届かない、カナ〜? くらいの最底辺。
場地はといえば、明らかな無茶振りにちょっとしたパニックになっていた。
そりゃそう。
人は命の危機に陥ると、解決策を探して過去の記憶が駆け巡るという俗説があるが、今の彼も似たような状況だった。
記憶が過って、いくつかの光景や、台詞や、感情や、そういうものたちのごった煮が、洪水のように流れていった。思考を押し流しかねないくらいに。
「そ、りゃ」
——場地圭介が経験したこと。
彼個人の経験に由来する、特殊な出来事の、いくつか。
喧嘩は駄目だ。駄目になってしまった。すぐに頭に血が上って手が出るから、場地は最近、言い争いも控えていた。今喧嘩をしようとしているのは場地ではないけれど。
どちらにせよ、暴力も駄目だ。人を傷つけたから、人を殺したから、彼の友人たちは警察に逮捕された。一虎は少年院ではなく少年刑務所に送致された。家庭裁判所が判断した。
行うだろう。確実に。捕まるだろう。確定で。
逮捕されないこと。そも何故逮捕されるのか。法に反すれば逮捕される。法とはなにか。法律は時と場所と場合に応じて変遷する。変化する。
ろくでもないどこぞの誰かは、社会のため、世の中のためにあると宣った。己の雇い主は、専属教師は、知識は知ってるやつの味方だと述べた。弱者の味方でも、善人の味方でもなく——
場地の思考は、純丘が評した通り。
抽象的な概念を転用するのは下手だが、具体例に結びつけて考えることはできる。
争いはどこでだって起きる。諍いはいつだって起きている。戦争にまで至れば逮捕されないこともあるが、場地はその例を引き合いに出されたとき、極端だと判じた。
何故極端だと判じたのか。二〇〇五年、日本国内で戦争は起きていないからだ。戦争は良くないことだと国際法にも規定されている。これは、場地が知らない知識だが。
彼らが人を傷つけ、下手をすれば殺すレベルの喧嘩を行えば逮捕されるのは、社会が喧嘩を良くないものだと判断しているからだ。
ゆえに大半の国民はそのような規模の喧嘩はしない。そのようなかたちでは争わない。
であれば。
社会一般的に、争いは、どうやって、解決されるものか。
「……裁判?」
場地は苦し紛れにひねり出した。「ナニ言ってんだ、」イザナは半笑いで返したところで。
ふと言葉を止めた。
首を傾げる。記憶を反芻する。顎に手を当てる。
「ナルホド?」
訴訟提起
「……イザナご乱心?」
「とうとう気ぃ狂ったかもナ」
「勢いだけで動いてっから……」
「低気圧も有り得るぜ」
「オマエらとりあえずそこ並べ」
ガリ
:上野のガリ
6巻51話より
キャラブック2巻から灰谷竜胆と同世代なことがわかっている
18巻153話の描写から推測するに上野を拠点とする
……たぶんね?