開廷
すべての物事が、平等に、相互に、変化して、影響し合う。
……なんてことは、現実には存在しない。
完全にランダムな配列は、意図を持って調整しなければ不可能だ。真の乱数は正しく無作為だからこそ偏りを生む。
均一に平等に機会が訪れるなんて、有り得ない。それこそ架空の物語でもなければ。
開廷
十代目
一方的な宣戦布告。勝手に通達された仕切りに日時に場所、ついでに負けると柴大寿は総長の座を追われる。
最後の条項はチーム同士の抗争の常だとしてもだ。
突っ撥ねようにも相手が揃いも揃ってヤバイやつ先達展覧会じみたメンバーな上、必要なところへの根回しだけは完璧なので、周囲のチームのトップ陣は抗争を受けた前提で声をかけてくる。
抗争を受けた扱いをしなかったのは東京卍會ぐらい……というかあちらはあちらで先日の揉め事により、双方のチームが再び揉めぬように距離を取っていたため、再度顔を合わせる機会がなかっただけかもしれない。
真相としては実際知らされていないし、横浜天竺側も知られないように動いていたわけだが、そこは
ともあれつまりは、ここで
なにをどうとっても理不尽だった。柴大寿たぶんキレていい。
実際キレそうな鬱憤を抑えて、抗争で思う存分晴らそうとしていた。苛々と靴先が地面を叩くので味方にすら遠巻きにされていた。
その矢先である。
「あーいたいた。大寿くんやっぱ目立つな〜助かるわ」
「……ァあ゛?」
ぎろりと睨んだ男を「こわ」笑って、三ツ谷は見上げた。はちりとまたたいた瞳が斜視気味に睨んでいる。
前回も非対称なにらみ方をしていた覚えがある。癖なのかな、と三ツ谷は思った。
「俺は、今は伝言役だよ。——ここらへんケーサツが張ってるって。このまま抗争やったら全員パクられる」
「……信じる価値は?」
「俺も詳しくは知らねえんだけど、九井っているよな? あいつにアオサギがどうのとか」
「ゲ、」
聞き耳を立てていた九井がそこで声を漏らした。
……周囲の視線が向く。九井はすかさず目を逸らす。ある意味自供だ。
そんな九井を見て乾はかすかに首を振った。彼もまた、親友の気苦労のうち少しばかりを知っている。どれだけ隠そうとしても彼らの距離感だとさすがに多少は露見する。
となれば信憑性は高い——大寿は思わず舌打ちをこぼした。
斜視の弊害としてよく痛む頭を、揉むように指圧する。
視力矯正を行わない裸眼であるから、必要以上に視神経と眼筋を酷使し、視力は下がる一方だ。そうして更に神経が疲労する。悪循環である。
「話つけに行く。九井は待ってろ、乾」
「オゥ」
「ボス、交渉ごとは俺が行ったほうがいいんじゃねえの」
「アッチには八代目と九代目がいる。乾が出た方がいい……つかテメェが出てきた方がややこしい」
九井は一呼吸おいて「……そーだな」肩をすくめた。
「一応先に場地が伝えに行ったっぽいから、事情説明は省けるだろ」
「ッハ! あいつは引退したとか聞いてたけどなァ、まさか
「ウチが斑目がついてるチームとつるむわけねえじゃん」
「どうだかな」
東京卍會と九代目
大寿もわかった上で言っている。
荒んだ心は皮肉のひとつやふたつも言いたくなる、たとえ八つ当たりだとしてもだ。
「これ……抗争は、中止ってことか?」
「そう簡単に行くとは思えないけどね……」
「とりあえず見てるしかねえだろ、俺ら下手な動きしたら見つかるし」
「——で、お前らはなんでこんなとこいんだろーな?」
「……コンチハ三ツ谷くん」
「コンチハ、そんで?」
下手な動きをしなくてもとりあえず三ツ谷には見つかった。
にこやかに小首を傾げた弐番隊隊長に、千冬が額に手を当てて、天を仰いだ。やべ……ともろに顔に出ているのは花垣だ。
なお柚葉は素知らぬ顔で既に一歩下がっていた。え? アタシはなんにも知らないけど? ナチュラルに見捨てている。
まあ共犯者といったって、たかだか二、三日ほど顔を合わせた程度の付き合い、見捨てもする。
「……三ツ谷くんこそなんでここに? さっき大寿クンと話してたっぽいっすけど」
「でかいチーム同士の抗争は下手すると
「へ、へえ……」
「で、お前らはなんで?
「スンマセン」
「俺謝れとは言ってねえじゃん。なんでここにいんの? って聞いてるだろ」
笑顔で理詰めをされると逃げ場がない。一から十まで三ツ谷の方に理がある。あと彼は彼で特攻服の作成者として、別のチームのそれを着用する二人に今ちょっと個人的にも怒っている。
しかし素直に〝大寿くんが死ぬと未来で
「あーっ……とぉ……」
「いた、三ツ谷——なんでオマエらいんの? ヤいいわ」
思いっきり目を泳がせていた花垣の、意図しない救世主となったのは場地だった。
彼もまた困惑まじりに一瞥したが、すぐに友人に視線を向ける。
場地はものすごく真面目な表情で三ツ谷を見据えた。三ツ谷は訝しげに眉をひそめた。
「悪ィ、やらかしたかも」
「俺、大寿くんに話つけに行ってくるってオマエと別れてから十分も経ってねえよな?」
正確にはこの時点で七分と十四秒だ。正確な数字は今回特に何の役に立ったりもしない。
確かに、情報は伝達されていた。それが彼らの所感だった。情報
「へえ。今の
「ウッソだろ、とんだ腰抜けどもかよ」
失笑した竜胆に追従するように、彼らの部下たちが嫌な笑い声を上げる。
……交渉ごとには姿勢や態度、組織内のポジションも関わってくる。
対等な立場につく気がない。明確なメッセージだ。
「今の不良がレベル落ちてんのは、聞いてた話だろ」
興味も含まれない口振りは、望月のものだ。どうでもいいような言い草だ。視線すら交える素振りを見せない。
「大した悪さもできねえんだよ。幅効かせて金ばっか集めるわりにろくな遊び方も知らねえ」
「あーね? 殺人部隊っつっても名前だけ、実際のお行儀いいワケな。ウケる、なんで不良やってんの?」
蘭は半笑いで相槌を打った。冷えた紫がひたりとまたたいた。大寿と乾を油断なく捉えている。
警察に怯むタマじゃねえのは昔からだ——乾は冷静に思ったが、それよりも苛々とこめかみをこする今のボスと、いつかに付き従った昔のボスの様子を観察していた。
かの男は、目だけは爛々と輝いて、口元には笑みを浮かべている。八代目が猛威を振るった時代、乾は彼の側近として取り立てられていた。その際にしばしば見た表情だ。
機嫌は、おそらく悪くはない。
そして
「水を差されたにしちゃ、機嫌が良すぎる……」
「……」
つぶやきは大寿の斜め後ろに落ちた。彼の背は微動だにせず、金眼は前々代を見据えて離さず、しかし指先だけがわずかに(あるいは、確かに)動いた。
「乾、テメェだって娑婆に出てきたのはたかだか二年前だろ?」
高らかに斑目が言う。嬉々とした言い草だ。ほじくり返して吊るし上げる意図しかない。
乾はじろりと視線を振って、斑目を睨み上げた。
「ンな猿山の大将に付き合って、オママゴトで満足できてんのかァ? あんなに八代目にブンブン尻尾振ってたくせしてよぉ」
「ヤ馬鹿犬に言われたかねえだろ」
「それこそオマエの代とか中坊にボロ負けのオママゴトじゃん」
「ンだオマエら俺んときだけ」
「獅音センパイの人徳ってやつっすよ。器広いから許してくれるっしょ」
「ジン……ふん、マァな」
フレンドリーファイアの集中砲火。竜胆の台詞がフォローに見せかけて一番ひどい。斑目が気づいていないところも含めてひどい。
喧嘩を売られていたはずの乾ですらさすがに半眼になった。なに今の?
「とにかくだ! 仕切りにも話つけてる。ギャラリーも、マァ物足りねえが集まってる。そこまで来て
「マァ獅音、そこまでにしとけよ」
そこで初めて、イザナがなめらかに述べた。「あんまり虐めてやるな」揶揄うように瞳がたわむ。わざとらしい口振りだ。
「コウハイの我儘聞いてやンのもセンパイの人徳の見せ所だぜ? ただ確かに、なんでも聞き入れて甘やかすのは性に合わない」
「茶番は終わりか?」
「ハハ、まさか。ここからだろ」
弾劾裁判
カッコッコッとブーツが鳴る。コンクリートの上では靴音はよく響く。
立地との問題で、この埠頭にはもうほとんど船が出入りしない。彼らが抗争の場に指定した理由のひとつでもある。
ただ
最近は舗装も怠られ、コンクリートもひび割れている。不自然な隆起を突っ切って歩は進む。高らかに靴音が鳴る。歩き方を工夫すれば、たったそれだけでも注目を取れると彼は知っていた。
手を広げて、くるりと回る。黒の特攻服が円を描いて広がった。どこか戯けるような仕草だ。
十二分に集まった視線を確認して、灰谷竜胆は声を上げた。
「わざわざ嗅ぎつけてお越し下さった野郎共! 残念なことに、ケンカは中止だとよ」
途端にブーイングが響き渡った。
ギャラリーはもちろん、
飛んでくる罵声に竜胆は眉を上げて「わかるよ、勝手だろ? 俺も言ったんだけどさ」肩をすくめてみせた。
軽快な口調は、時折、クラブでDJを務める際に研いたトーク力を用いている。単なる言葉選びに加えて、ボディランゲージやイントネーションも利用して、引き込んでいく。
灰谷兄弟は六本木のカリスマ兄弟だ。
傍若無人、唯一無二の奇妙なセンス、計算された演出と隙を見せぬ振る舞いが人を惹きつける灰谷蘭。
つんとした表情をゆるやかに崩し、気さくさを装い、距離を詰めたようにも錯覚させる灰谷竜胆。
灰谷兄弟こそが六本木のカリスマ兄弟だ。
「ホラ俺ら有名人だろ? だから、
ぺらぺらと言葉は並べられる。共感を喚起して団結を促す。扇動のためのトークである。
DJは普段、選曲とリミックスだけでそれらをほとんど成し遂げるが、ときには言葉をも駆使する。腹から出された声はよく轟く。
もちろん
「だめだなコレ」
明らかに投げやりな声は場地のものだ。ジャケットのポケットに手を突っ込んで天を仰いでいる。
三ツ谷がじとっと彼を睨んだ。
「コレか?」
「たぶんな。あーあ」
「場地さんなにしたんですか? つかなんでここにいるんすか?」
「てか俺てっきりお前ら見つけたとき、場地に教えたのお前らだと思ってたけど、違ェの?」
「エ三ツ谷くんが場地くんに教えたとかじゃなくて?」
「どっちも違ェワな。いや話すと長ェんだけど。俺が聞いたのは塾長の知り合いで」
「部長の知り合い? どれ?」
「ヤベーやつ」
「……どれ?」
「あの人、どれとか種類あるレベルでヤベーやつと知り合いなんだ……」
純丘がこの場にいたらたぶん、反論しかけて、ちょっと考えてから話を変えていることだろう。一癖二癖どころか顔の良さでも隠しきれない七癖がある知人ばかりだ。
「なァお前ら、ショーは好きか?」
腕を広げて大仰に、にこやかに周囲を見渡して、灰谷竜胆はそう問いかけた。
「いつもプロレス観戦じゃたまには飽きるだろ。味変だよ味変。なあギャラリー、テメェら、今回の抗争どっちが勝つかって騒いでたろ? だから俺ら、ホントにお前らに勝ち負け決めてもらおうと思ってさ」
口車と音楽で気分を上げさせる。上手く乗せて、踊らせる。
そうして主役と錯覚させる。
「
本邦の刑事裁判には裁判員制度がある。善良なる一般人から無作為に六名の裁判員を選出し、裁判官たちと共に、被告人の罪状や量刑が適切であるかを議論する。
……当然ながら、本来の裁判員制度は、司法の専門家とともに法律に基づいて、厳密に運用されている。
「なら、今
厳密に運用されなかった場合は、これからご覧の通りだろう。
茶番
:台本通りの煽り文句
あるいは譲歩的要請法
埠頭
:位置は決めているがモデルはない
それっぽい場所に置いてください
裁判員裁判
:本邦の民事裁判にはありません
諸外国の陪審員制度なら話は別
弾劾裁判
:本来は「コイツが裁判官やってるの素行的にヤバくね?」「裁判官としてやっちゃいけないことばかりやってね?」「裁判官なのにこれやらないのどうなん?」的な裁判官を罷免するかどうかを決める裁判です
本来はね