【完結】罪状記録   作:初弦

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お前らの罪を隠しきれない
余録.時効


 一九九九年七の月に恐怖の大王が来るだろう。

 

 二〇世紀終盤の日本にオカルトブームを齎す一因となった〝ノストラダムスの大予言〟——が、大外れした、その翌年。別名二十世紀最後の年。

 より正確な数値で表すなら、二〇〇〇年、ついでに四月半ば。

 

 桜は既に散っていた。

 

 

 

  余録.時効

 

 

 

「へー」

 

 職員室にて、一通り聞き終えた純丘は、平坦な相槌を打った。俺今年高校受験あるんだけどな、とも思った。

 いつも従順で優秀な中学三年生のいつになく興味をなくした姿に、純丘が所属する部活、軽音楽部の顧問はほとんど半泣きだった。教員就職歴二年目、今年ようやく担任のクラスを持った音楽教師でもあった。

 

「ごめんね純丘くんもうちょっと興味持ってくれない?」

「顧問に掴まれてる肩が痛くて気が散っちまって……」

「それは本当にごめんね私は心が痛いから仲間だね」

「仲間では……ない……」

「見捨てないで」

 

 懇願通り越してそろそろほぼほぼ命乞いである。教師に命乞いされる生徒も、生徒に命乞いする教師も、どちらもなかなかいない。

 小さく息を吐きだした純丘は「興味持てって」困ったように頭をかいた。困ったようにというか、本当に困っていた。

 

「要はウチの新入部員がずいぶんな悪戯っ子兄弟って話すよね」

「うんまあ柔らかく遠回しに言うとそういうこと」

「片方は顧問が担任やってるクラスが入学式から三日目にして早くも学級崩壊起こしかけてるとかいう噂の元凶のクソガキってことすよね」

「さすがにそんなに言ってないけどそういうこと」

 

 この時点で言いたいことが新たにいくつか増えていたが、純丘は自らを優秀だと認識しているため、とりあえずそれらを飲み込んだ。

 一旦本題から逸れるとややこしくなる。

 

「それでウチの部活入ってくるあたり、顧問は既にめちゃくちゃ嘗められてそうだなとは思いますけど」

「そんな言われることある?」

「すんません」

 

 顧問は涙声だった。本当に本気で泣きそうな声だった。純丘は品行方正で真面目な優等生なので素直に謝罪した。

 つい本音が、という言葉はやっぱり飲み込んだ。

 

「……俺に頼んでまで、彼らを部活に出席させたい意味がわかりません。真面目に。遭遇しない方が顧問にとって安心なんじゃないすか?」

「うんそうなんだけど」

「顧問顧問、確かに訊いたのは俺ですけど、そこまで正直になンのほんとにやめたほうがいいですよ」

 

 危機感死んでないかこの人。純丘は訝しんだ。

 

 二〇〇〇年時点では、顧問の発言が不用意に取り上げられても〝生徒を差別している!〟と非難される危険性は、至極低いだろう。子どもの権利人権を尊重する動きや、それに伴って体罰問題が度々教育の議論に上がることは多くなったが、まだ暴言のみによる精神的苦痛に言及されることは少ない。

 ただしこの場合、生徒本人に聞かれてリンチされるぐらいの危険性はあった。二〇〇〇年はまだ校内暴力が数多く横行していた。

 

 社会的生命より己の生命を心配したほうが良い。

 

「部活、出させないと、指導入れなきゃなんないんだよね……」

「ああまあそうとは聞いてますけど……」

「指導入れないと、しこたま怒られるし、給料カットされるし……」

「世知辛い話聞かなかったことにしますね」

 

 大人の事情を詳らかに開示しないでほしい。そんなささやかな願いぐらいさすがに許されるだろう。

 中三ともなれば成人までのカウントダウンが五年を切っているが、それにしたって義務教育中。そして同時に在学生。自分たちの面倒を見ている教師のアレソレコレとか、正直一コも知りたくなかった。当たり前だ。

 

「でも指導入れる場合って、第三者はあんまり、こう、同じ場所でやるのは良くないから……でも」

「……もしかして部員のこと体の良い緩衝材だと思ってます?」

「そこまで思ってないです!」

「ほんと言葉選び気をつけてくれません?」

 

 そこまでってことは似たようなことは思ってんじゃねえかと返さなかっただけ慈悲。自制心が効いている。

 いくら教職に就いてから年月が浅いと言ってもここまで迂闊な教師はそういない。というかここまで迂闊な人間が珍しい。

 生徒にすらしばしば良いように使われる様を見かねて、世話焼き体質の純丘は時折フォローを入れていた。どうせ部活の顧問でもあるし。

 

 だからこそ今ガッツリ頼られているわけ。

 そこまで寄りかかるな、教師が、生徒に。

 

「純丘くんは知らなかったかもしれないけど、私、臆病なんだよね……」

「センセーは知らなかったかもしれねえけど、俺、生徒なんすよね……」

「おねがい……一度でも出席させてくれれば成績に5つけるから……」

「成績でそんな身売りすんのはちょっと……」

「ほんとに、一回で、一回だけでも良いから、ねっ」

 

 とてもものすごく心底本気で嫌だなあと純丘は思ったし、実際彼はその心境を態度にも出したのだが、とはいえ生来の世話焼き気質が「でもこの人最終的には諦めて一人でも指導入れるんだろうしな……」という部分につい思いを馳せてしまってどうしようもなかった。つまり引き受けたということでもあった。概ね判定がガバ。

 純丘榎はハナガキさんちのタケミチくんのようなSF的能力は今のところ持ち合わせていないので、数年後の灰谷兄弟との関係性を鑑みれば、もちろん、ここで折れるに決まっていた。

 

 

 

「顧問、お話通りきま……すんません帰っていい?」

「純丘くんまっておねがいたのみます」

 

 教室後方の戸口から顔を出した瞬間、ちょうど吹っ飛んできた机をうっかり受け止めて尋ねる純丘。思わず尋ねてしまったものの、教室隅の机の陰に隠れる顧問——この時点でなけなしの威厳も皆無——が明らかにべそかいていたので、仕方なく彼は腹を括った。どうにしろこれ見捨てると印象落ちそうだしな、とも思ったため。

 

 てかもうこれ学級崩壊してるじゃん。

 

 思いながら、受け止めた机は廊下側の壁に寄せておく。掃除用具入れが倒れて中身が散らばっていたので、邪魔にならない程度に整えた。

 廊下の外にも響く哄笑が、不意に切れる。完全に投擲の直後、腕を伸ばした姿勢のまま、少年は首をかしげた。彼の周囲だけ人が捌けている。

 

「お前誰?」

「他人に名前を尋ねるときはまず自分からな。ボクお名前言える?」

「ア?」

「凄みよるわ」

 

 実のところメンチを切られたと同時に椅子が飛んできているので凄むだけでなく普通に攻撃されている。

 フライアウェイした(動詞)椅子も受け止めて、一先ず下ろした。教室戸口付近がちょっとした粗大ゴミ置場。粗大ゴミ置場との違いは、机も椅子も軽く歪んだ程度なので十二分にまだ使える点、それ以前にここが学校の教室な点。

 

「このちびすけが灰谷?」

「誰がちびすけだよ」

「君のこと」

「灰谷竜胆くんです! そして純丘くん煽ってとは言ってない! 穏便に!」

「顧問てば俺が来た瞬間から強気っすね」

 

 注文をつける余裕すら生まれたらしい。呑気な語調と裏腹に、一歩半下がって拳を避ける純丘。危なげなく方向転換した身体を、身長差ゆえの位置取りを利用して、斜め上からガッツリ抑え込んだ。

 じたばた藻掻いて、ふと動きを止めた少年——竜胆は、どこか幼い顔つきで純丘を見上げた。

 

「なんかやってるわけ? 合気道とか」

「武道関連はだいたい」

「強い?」

「さあ……空手は、小学校の頃は黒帯だったが、今取り直しでな」

「なにしたんだよ」

「中学入学でリセットなんっ——と」

 

 咄嗟に腕を構えて膝蹴りをガードし「少年部から、一般部になるから」付け足す。

 改めて距離を取った純丘は、拘束から抜け出した竜胆と、もう一人、蹴りを入れてきた少年を見比べた。

 

「そういや兄弟だっけ……頭はやめろ、下手すると死ぬ」

「わかってないでやってたら馬鹿だろ」

「入学早々故意に在校生を殺そうとするな。いや在校生以外もダメだが」

 

 想定していたより厄介だな、純丘は他人事のように思った。

 独学か、誰かに師事をしたか、さておき——格闘技の基礎が身についている。一人だけでも手こずる理由はそこにある。

 更に、どうも二人で組んだ戦闘に慣れている。相手の動きを阻害する様子はなく、一方を一方が補助するコンビネーション。

 

 ……それよりも、なによりも。

 

 殺しに躊躇がない。

 

「ちなみに今日は火曜で、君らは軽音部で、軽音部は火曜と金曜の昼が活動時間、というのはご存知か?」

「知らね」

「アレが顧問なのは知ってる」

「アレはやめなさい」

「うっわ」

 

 嘲るように長身が笑う。声のボリュームに伴って、針金に類似したかたちの身体が撓む。「竜胆聞いたか?」楽しそうに上ずった声は、明確に、純丘に不快感を齎そうとしていた。

 

「センコーみてェなこと言ってるよこいつ」

「あ〜わかるぜ兄貴、いかにも良い子チャンって感じ」

 

 けらけら響く二重奏。わりとしっかり協和音。

 声変わり間近の少し掠れた独特な嘲笑に、純丘は目を眇めた。

 

「……俺は自他共に認める品行方正な優等生で、軽音楽部の副部長、教師公認で君らの対処をしてるんだから、まあ四捨五入すりゃあ良い子チャンでセンコーだろ。つまり事実だ、その通り。よくわかったな?」

 

 数秒微妙な沈黙(天使が通る)

 

「……四捨五入の意味わかってる?」

「わかってる。ただ今の俺は〝大雑把に〟の意で使ってる」

「話通じねえ〜」

「そこまで真面目に会話する気ないしな、君らもそうだろ」

 

 教室の各戸口の位置と経路を改めて確認。窓の施錠も確かめて、純丘は再び眼前の灰谷兄弟を見つめた。同時に、少し身体の重心の位置を変える。

 

「俺のお仕事は君らを軽音楽部の練習に連れてくること」

「だりぃからパ〜ス」

「パスをパス——ああ顧問良いところ回ってくれましたねそのまま捕まえて」

「っ」

 

 機敏に背後を振り返ったのは竜胆だ。

 

 ——誰もいない。

 

「えっ」

 

 相も変わらず教室隅の机の陰、隠れ場所から微塵も動いていない顧問が、素っ頓狂な声を上げた。

 その間に縮地で距離を詰めた純丘は、続いて繰り出した蹴りを足で防がれていた。

 

「君も引っかかってくれないと面倒なんだが」

「二人で同じ方警戒したら組んでる意味ねーだろ」

 

 にこりとした笑みに「そうだな」純丘は頷いて。

 

「三人いなくてよかった」

 

 後ろ手に握ったモップを回して柄で鳩尾を一突き、よろめいたところを今度こそ蹴倒して踏みつける。

 横からのタックルはもう片方の手に握った床ブラシで上手く流し、体勢を崩した背中を床ブラシのヘッド部分で押さえつけた。

 

「ゲホッ、ゴホッ……!」

「兄ちゃん!」

「ごめん鳩尾結構ガッツリ入ったな。手応え的にちとまずったと思ったんだ俺も」

 

 噎せ始めた後輩に慌てたようにしゃがみ込んで、純丘は弁明した。

 慌てたように、と評しても、その動作は至極合理的。用済みとなったモップこそほとんど放り投げた——からんからん、けたたましく床に落ちた——が、手間を惜しんだのはそれぐらい。片足で踏みつけた背中には、しゃがみ込む過程でもう一方の膝をついてから、上履きを離す。普通に冷静。

 

 ともあれ、この間に竜胆は床ブラシから開放された。純丘の空いた足が机を巻き込んで、竜胆を床に縫い付けたので、床ブラシそのものが用済みとなったワケ。

 ……竜胆の現状にさしたる大差はない。

 

「息できるか? 酷そうだったら保健室、に……アー……なんの問題もなさそうだな」

 

 心配のトーンは途中で失速、急ブレーキ、呆れに直通。

 顔を覗き込もうと不用意に掌を近づけた結果、強かに食い込んだヒトの歯に、純丘は半笑いをこぼした。

 

 甘噛みだから痛くないとかそんなことは全くなく、本当に普通にめちゃくちゃ痛い。著しい感情のブレと痛みが一周回って反応に困った結果、情緒の発露にバグが起きていた。

 ちなみに噛まれているのは現在進行形。怯ませるのではなく攻撃が目的のそれ。食い千切らんばかりの勢いである。

 

「確かにキツネリスにちょっとは似てんな……こもーんこいつの口ン中にモップの柄突っ込むのってアリっすか?」

「本当にどういう質問!?」

「すんませんさすがに痛いんでもう突っ込みました」

「なんで訊いたのかな……?」

「自衛と正当防衛の範囲といえ、教員の許可がほしくて……」

 

 事後承諾なあたり、語調に反してそこそこ慌てていたものの、やはり純丘の手際は淡々としていた。

 掌を挟んだぶん咬合に生じた隙間、そこにモップの柄ごと噛ませるようにねじ込む。噛まれたままの掌で上顎を固定し、梃子の原理で下顎を抉じ開けて、手を取り出す。

 

 獣への対処とほぼ同義。

 

「掃除用具口に突っ込まれたくなかったら竜胆クンは大人しくしてろよ?」

「品行方正な優等生の躊躇いのなさじゃねえ」

「良い子チャンって言ったの君らだろうが、自分の言葉には責任を持て」

「そんなん言ったらそれこそ品行方正な優等生とか言い出したのお前なんだよ、てめえの言葉に責任持てや」

 

 床にうつ伏せに倒れた状態で固定されたまま、竜胆は吐き捨てた。正論。

 なおもう一人の灰谷はモップの柄がまだ突っ込まれていて舌が回らない。物理的に。

 

 さておき当の純丘は、わざとらしく、きょとんと目を瞬かせた。

 

「品行方正な優等生でなきゃこんなことやってないんだが?」

「マジで話通じねえ〜」

 

 確かに正しい主張ですけれども、経緯を知らないままこの場で聞いた人間にとって、その台詞はただの狂った人なんですよ。

 

 純丘はあんまりそのへん興味がないので、構わず——はしご外されたくなきゃ、顧問が説明義務は果たすだろ、程度の認識——無言で睨み上げる兄(仮定)減らず口を叩く弟(推定)そして自らの掌を順繰りに見た。掌にはじわじわと血が滲み始めている。

 

 殺しに躊躇がない。その印象は、およそ普遍的と呼ばれる、現代日本でマジョリティな倫理観から形成される箍が、機能していない——機能させる気がない、とも言い換えられる。

 他人の頭を狙うことに躊躇がない。それも、他人に致命傷を負わせる可能性を想定した上で。

 他人の掌を食い千切ることに躊躇がない。砕きにくい骨を避けて、その上で、掌の肉を最大限抉ろうとすれば、ぴったりこの歯型通りの傷跡になるだろう。

 

 想定していたより厄介だ。純丘は心中、再度つぶやいた。

 

「ちなみにこちらの灰谷クンお名前は? 俺は純丘榎な」

「……兄ちゃんの口ン中からモップ外してから聞けよ」

「すまねえ……あと名乗るならフルネームで頼むわ」

「注文までつける」

 

 普通に忘れていたので、純丘は粛々と、後輩の咥内からモップの柄を引き抜いた。

 呼ばれた〝こちらの灰谷クン〟は呻いたのちにつぶやいた。

 

「灰谷蘭」

「ありがとう。じゃ顧問、こいつら多目的室まで引きずってくんで教室の片付け頼みまァす」

「純丘くんほんとにありがとう……」

「あと一応モップ洗っといてください」

「ア、ウン……」

 

 兄弟二人のスラックス、ウエスト部分。純丘はそれを片手で上から各々掴んで、起立をサイレンスに促す。蘭は眉を顰め、竜胆はひとつ舌打ちをした。

 身長差からしてワイシャツあたりの襟首の方が掴みやすいだろうに、敢えてボトムスを掴む理由はひとつだ——逃げ出そうとしたらズボン脱げるぞ。

 

 シンプルに最悪な脅迫。

 

「改めて、灰谷ども」

 

 昼休み中の廊下は人気が多い。両隣の兄弟(のズボン)をガッチリ掴んだまま、純丘はあっけらかんと宣った。

 

「俺は三年C組の純丘榎。君らが所属する軽音楽部の、副部長でもある。引退までよろしくな?」

 

 あ〜まじメンド。

 灰谷兄弟の心境を意訳するとだいたいこうなる。

 

 

 

 多目的室の扉は、他の教室同様、ドアノブ式ではない。

 からからから、とん。引き戸独特の音が響いて、室内の女子生徒が「こんちゃ——」顔を上げる。

 

 挨拶は語尾だけが不自然に消えた。

 

「……なに、フクブチョ、補導中の警官ごっこ?」

「あながち間違っちゃないな」

「見世(モン)じゃねんだよ」

 

 答えた純丘の視線が部屋の奥にも飛んで、楽譜とにらめっこするもう一人を確認。

 ついでに地を這う声で威嚇した竜胆の背中をすぱーんと平手一発。

 

「ッテェ! っにすン——……」

 

 語尾が消えていく。

 

「賢明だな」

 

 背中を叩いてすぐさまスラックスを掴み直した指に、不穏な力が入ったのを理解したらしい。大人しくなった竜胆に純丘は頷いた。ズボン下ろされたくなきゃ暴れんなよ。言外の脅迫は続いている。ボトムスとある種の尊厳を質に取られているのが灰谷兄弟の現状だ。

 倫理観はガバガバでも、外見に関しての羞恥心は機能するようで。

 

 一方の蘭は抵抗もなく静かに純丘を見つめている。凝視されて穴が開きそうなぐらい。見つめるっつかこれ監視されてんなと純丘はわかっていたが敢えてスルーした。正直スルー以外の対処法などわからない。

 そして彼もさすがに話を進めたい。

 

「とりあえず御門、こいつら新入部員の灰谷、背が高いのが蘭で低いのが竜胆。部活ギリ残留の立役者で絶賛顧問を泣かせる最大の原因」

「あの泣き虫クソゴミムシの? 良い趣味してんじゃん新入り」

 

 手を叩いて笑い出した女子生徒——御門、独特な発音で純丘の役職を呼んだのも彼女——そのけたたましさに釣られてか、奥の人影も、眼前の楽譜から、教室入口の三人へ視線を移した。

 なお純丘の顔は完全にドン引きのそれだった。

 

「……御門、君、本当に顧問になにかされたわけじゃないんだよな……?」

「あいつに面と向かって言ってないんで良くないですか?」

「そこまで言ってないだけで、心底嫌いだから顔見せるなとは言ってたろ。前」

「嫌いなんですも〜ん、なんか無理!」

「そこまでの熱量向けておいてなんの理由もねえとかただのサイコホラーなんよ……」

「……純丘くん」

 

 室内のもう一人が純丘を呼ぶ。こちらも女子生徒だ。「なんすかね堤サン」純丘は応じた。

 堤と呼称された彼女は、少々サイズが違うせいで、若干ずり落ちた眼鏡を上げ直した。

 

「警察は高校卒業しないと学校にも入れないよ」

「知ってらァよ」

 

 純丘は特に訝しむこともなく応じた。蘭は相変わらず視線に感情がない。なので何言ってんだこいつという顔をしたのは竜胆だけだ。レンズ向こうの紫が細められる。

 

「さっきの紹介聞いてたか?」

「ん、灰谷くんたち」

「ヨシ」

 

 軽く頷いて「灰谷ブラザーズ」続いて純丘は兄弟をそう呼んだ。

 なお、どこぞのゲームタイトルはまだ64版の時代とする。

 

「こっちが堤。軽音部(ウチ)の部長。御門は部員。両方君らより上の学年な。もう一度自己紹介すると、俺は純丘榎、三年C組。連絡事項は俺に寄越してくれりゃあいい。部員はこの場にいるメンツで全員。特によろしくしないとしても存在は認識しとけ」

「あは、フクブチョったらしつれ〜」

「むしろ穏当な対応だぜ」

 

 初対面どころか、ろくに顔を合わせないまま蹴り殺されかけたにしては。純丘は内心そう付け加える。

 向けられる視線は変わらず突き刺さっている。未だ虎視眈々となんらかの機会を窺う複数名の前で、警戒を解くつもりはなかったが、緊張を顕にするつもりもなかった。

 

 気ィ張ってるってバレたら終わりそうなんだよな。なんか。いろいろ。

 

「前提として」

 

 ので、説明のために軽く前置きしながらも、純丘はまだスラックスを握る力を微塵も緩めない。

 

「ウチの軽音部は、活動内容がめちゃくちゃ緩い。マジで緩い。文化祭に出るかボランティア顔出すぐらいしか外部への活動もねえ、し、それも任意参加。この任意参加は、結局空気読んで全員参加必須とかじゃなく、字面通りの任意参加だ」

 

 ちなみにそう説明する本人、かつ副部長たる純丘は、実際それらに参加したことがない——本当に一度もない。そんなんでどうして副部長なのかというと、新入生を差っ引くと部員が三人な時点で察していただきたい。

 

「毎週の部練も、演奏担当以外は実質フリー。つまり、火曜と金曜の昼休みにここに集まれば、部活にちゃんと顔を出してる扱いになる。それ以外は自由にしていい。……逆に言えば火金(かーきん)はなにがなんでもここまで引きずってくし、その間は大人しくさせる」

 

 つらりと述べた純丘は、そこで一旦言葉を切った。左右に捕まえた二人を見比べる。

 

「伝えたいことは以上だ、なにか質問は?」

「はァいフクブチョ」

「なんで君だよ。どうぞ」

 

 冗談が如く手を挙げたのは何故か御門。促された彼女は「幽霊部員は去年もいたじゃないですか」手を下ろす。

 

「そいつらは放置されてたのに、なんで今年はわざわざフクブチョ直々に引きずられてんの?」

「竜胆くんのクラス担任なのもあって、指導担当が顧問なんだと」

「職権濫用とかあのクズ虫に失礼なレベルでゴミじゃん」

「本当に何もされてないんだよな?」

 

 純丘は思わず再度尋ねた。




ノストラダムスの大予言
:正確には、一九七〇年代に出版された、誤訳と意訳と拡大解釈のオンパレードなある著書に掲載された一文
 きりのいい西暦、多発していた公害問題、昭和天皇崩御、バブル崩壊等経済の混乱、などなど相まって、二〇世紀末期にちょっとした(?)社会現象を引き起こした
 二十一世紀現在、とりあえず、人類は死に絶えていない

担任
:中学校教諭でも一年目早々に振られることが多い
 学校による

校内暴力
:さすがに全盛期(一九七〇〜一九八〇年代)よりは大幅に減少

世知辛い話
:たいへん

小学校の頃は黒帯
:流派等によっては小学生は黒帯取れなかったりする

キツネリス
:一九八四年某映画公開
 黒金に染めてから「もっと……似てる……」となった

警察
:年齢制限と高卒資格が必要なのが三類、いわゆるノンキャリアに該当
 高校を卒業している必要性はない

どこぞのゲームタイトル
:ブラザーズ、がついてるタイトルはこの時点ではファミコン版しかない
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