解決どころか見方によっては悪化したとすら言える二〇〇五年。だからこそ未来の情報が欲しいところだ。
二〇一七年へと舞い戻った花垣は、とりあえず取調室にはいなかった。
「最近葬式で休むこと多くないですか? そんなに死ぬもんですか? 休みたいからって嘘ついてたら本当にバチ当たりますよ」
アルバイト先のバックヤードで、店長から冷めた目で叱られている真っ只中だった。ある意味取調だったかもしれない。
店長の背後、ゴミ箱上にかかった日めくりカレンダーは、十二月二日を示している。
——……葬式? やっぱり、ヒナは助けられなかった? ……にしても、そう何回も葬式ってあるものかよ?
混乱しながらシフトをこなし(混乱に加え、花垣にとって実に一月ぶりのアルバイトだったので、いろいろミスをして更に叱られた)帰宅した花垣の自宅には、すでに先客がいた。
「松野千冬、射殺。柴八戒、焼殺。龍宮寺堅、斬殺。羽宮一虎も、林田春樹も、稀咲鉄太も、その他ほとんどの東京卍會の幹部も……そして、姉さんも、殺されました」
一人はもちろん、記憶が上書きされた橘直人である。
報告の最中、語尾を少しだけ震わせたが「現在、容疑者として指名手配されているのは、東京卍會の佐野万次郎です」すぐに取り繕った。
そして、一人
「悪趣味になりやがったよ。タケミッチも思うだろ?」
「ば——」
花垣の記憶と比較して差異はある。
髪を切り、脱色して、顔つきも幼さが抜けて若干頬が痩けた——が、見間違えようもない。
場地圭介である。
閉廷
絶句している花垣に、さもありなん、そんな顔で直人は注釈を加えた。前回の彼自身、似たような反応をした記憶がバッチリしっかり残っている。
「同僚です」
「同僚……まさか警察!?」
「おー。組対四課巡査」
ぺらっと見せられた手帳には確かに場地の言葉通り、金の桜の代紋と、所属や階級についての記述。証明写真では脱色は許されなかったのか、黒髪を五分刈りにした仏頂面は、やはり場地のそれだった。
「……ペットショップは?」
「あいつら全員ブタ箱にブチ込んだらな」
おそるおそる尋ねた花垣に、場地は鼻を鳴らして、手帳をポケットに仕舞った。
「前回から彼は警察ですよ。武道くんには話すタイミングがありませんでしたが……」
「前回、あ、あー……」
「ッかしタイムリープってなァ、いくら千冬が言ってようが本物見ねえと信じらんねえモンだわ」
気のない声で述べられた言葉に、間を置いて、花垣は目を剥いた。
爆弾発言を投げた場地はといえば、コイツ相ッ変わらず反射神経大して良くねえな、などと考えている。もう少し共感能力というものを養ったほうがいい。
「知っ——いつから!?」
「千冬が殺される直前に。タケミッチに協力しろとよ」
フリーズから復活した花垣がすぐに黙り込んでしまった。黙り込みもする。
場地はといえば、足元に視線を落として、花垣宅の炬燵に勝手にスイッチを入れると、中に潜り込んだ。ひとんちでフリーダムを極めている。
溜息をこぼした直人は、炬燵の空いている辺に滑り込んだ。フリーダムその二が爆誕ってワケ。
警察ってみんなこんなん? 花垣は訝しんだ。そんなことはない。
「元
「……そう、すか……」
「元気ねえな、ペヤング食う?」
「なんでペヤング」
「本当にペヤング好きですね」
「最近はこーいう気分のときに食べたくなんだよ」
どういう気分だ。
花垣も直人も思ったが、炬燵から這い出ると花垣宅を勝手に漁って鍋に水を入れ、コンロに火をつける男に、なにも言えなかった。諦めたともいう。
ここは花垣武道の自宅ですと注釈を入れる必要性すらあるマイペースっぷりだ。
車に火をつけられなかっただけ良しとするか……などと花垣は考えながら、こちらも炬燵に潜り込んだ。
前回の豪華絢爛な東京卍會幹部の印象を若干引きずっている花垣はお忘れだが、貧乏アパート暮らしの彼はそもそも自家用車を持っていない。
終始無言でズルズルとペヤングを三等分する成人男性三名の食事風景については割愛。
大盛りでも激辛でもないので、あっという間に食べきってしまう。
「……本当に、マイキーくんがみんなを殺したんスか? そういうことになってるんですか?」
場地の登場でだいぶインパクトが持っていかれたが、改めて考えても、花垣にとって受け入れがたい話だった。
疑心に満ちた言葉に、場地は薄く目を細めた。
「オマエが知ってる頃のマイキーならまずやらねえよ」
「……含みのある言い方ですね」
訝しげにつぶやいた直人。場地は空のペヤングの器を流しで洗って、花垣宅のゴミ箱を覗き、少し眉をひそめてから空の器をコンビニ袋の中に戻した。
一切分別されていないゴミ箱にプラスチックごみは入れられない。場地は、十二年も前にそういうふうに教えられた。効力は今もなお生きている。
「タイムリープもマジっぽいし、言っても構わねえか……マイキーは昔から、たまに、そういうトコがある」
「そういうトコ?」
「人がブッ壊れるまでブン殴ってもなんも気にしねえトコ。ハロウィンの、一虎ンときみてえなって言えばわかるか」
——繰り返し無機質に顔を殴りつける姿。
花垣にとってはたった一ヶ月ちょっと前の話。場地にとってはプラス十二年。
それでも、二人とも、瞬時に思い出せる。
もしかしたら殺されていたかもしれないあの日。
……もはや殺されている、今日。
「マイキーのはずのくせ、まるでマイキーじゃねえみてェだったろ。……つっても、マジでたまにだ。俺も一虎ンとき含めて、見たことあんのは二回だな」
場地は再び炬燵に潜り込んだ。潜り込みながらも回顧する。
十二年前のハロウィンで見た、万次郎の形相。あれが〝二回目〟だ。一虎のときに、場地が自死まで思い詰めた理由のひとつ——もう二十年近く前になってしまった〝一回目〟の記憶も、連鎖的に引き出される。
深く息を吐く。
記憶を元のように仕舞って、鍵をかける。
「塾長にぼかして聞ィたことあんだワ。ぼかしたっつっても、アイツにどこまでバレてたかは知らねえけど。カイリ……なに? なんかそういうショーガイカモって」
「解離性障害ですかね……離人症や解離性同一性障害を疑ったのか?」
「……場地くんも、マイキーくんがやったと思ってるんすか?」
「あいつの仕業でもおかしくねえとは思う。とっくに、止めるやつは誰もいなくなっちまってた……俺は止められなかった」
「そんな……そ、それこそ榎さんは?」
俺は一般人ですと言い張りながら(謎に)ヤンキーのことにしばしば関わり、たまに庇い、ちょくちょく叱り飛ばし、ハロウィンではどこからどう聞きつけたのか場地を助けに駆けつけた。
万次郎は小柄ながら、花垣には到底歯も立たない膂力の持ち主だ。花垣が面識のある、東京卍會以外の万次郎の関係者といえば、エマと、純丘と、カウントに迷うのがイザナ。
物理的に止める体格を持っていそうで、理性と分別が一応備わっており、今しがた話題に出された男の名前を挙げたのは、花垣にはごく当然の思考だった。
場地と直人は一瞬妙な顔をして——直人がはっと気づく。
これも前回のタイムリープでは伝えられなかった事項だ。
「武道くん。純丘榎は……彼は、既に死んでいるそうです」
「し——……まさか、稀咲が?」
「勘繰ンな。事故だ事故、なんならもう十年以上も前だぜ」
首を横に振って「……生きてたら、そりゃ怒っただろうが、止められたかどうかは怪しい」場地はそうも続けた。
「あァ、湿っぽいのは良くねえ。だから俺はアイツの仕業でもおかしくねえと思ってる。ただ——そうだとしたら、きっと辞めてェんだとも思う」
「先程から僕も聞いたことのない話ばかり出てきますが」
「タケミッチの話もなく、俺がそんなん言ったとして、姉ちゃん殺されたばっかのオマエが素直に聞けたか?」
聞けるわけもない。直人は納得するしかなかった。納得がてら、もぞもぞと炬燵の中で姿勢を変える。
フリーターの一人暮らし宅にある炬燵は、成人男性が三人入るとわりと狭い。収まりのいいところがなかなか見つからない。
「けれど、止められたがっている、というのは? 幼馴染の情でしょうか」
「んや。十年前ならそんだけでも断言できたかもだが、もっと単純なハナシだ——これは連続殺人事件だぜ?」
意味深に言った場地は、眼前の二人がピンときていないのを察すると、今度は半眼になった。自分が持ってきた資料に指を突きつけて、いいか? と言った。
勢いに釣られて二人とも頷いた。
「俺等が族やってた頃ならともかく、なァんで今の裏社会の巨悪の〝東京卍會〟が、上層部の仲間割れにも見える殺人を隠そうともしねえんだよ。手はいくらでもあるだろーが、コンクリ詰めにして海に捨てたり溶かして排水に流したり山に埋めたり道路工事のアスファルトン中に突っ込んだり」
「ぐ、具体的……」
「確かに、不自然ですね」
普通に引いてる花垣はさておき、組対所属——加えて、東京卍會を調べ続けて長い直人は、犯罪組織の行いに耐性も知識もある。素直に考え込む様子。
「ブレインの稀咲ですら殺されたと言っても……東京卍會が壊滅したわけでは、ない」
「そう」
場地が肯定する。
「稀咲は昔っから気味悪ィぐらい頭回る奴だったけど、稀咲だけいても組織は成り立たねえ。俺の頃でも百人ちょい、今は……何人だったか、マァ忘れたけど。いけ好かねえ野郎ぐらい頭が良くなくても誰かは思いつくだろ、なんせ俺が思いつくんだから」
道理だ。
仲間内でも馬鹿と度々評されていた場地は、もちろん考えることだってできるが、この話の要点は〝場地でも思いついた〟こと。かつて東京卍會のメンバーだったからこそ、仲間のフォロー、という観点からこの物事を推し量った——なんてアドバンテージを差し引いても、少なくとも彼は隠蔽の余地を見出した。
場地より頭が良かろうとも、全員が全員、同じ点に思い至りはしない。現に直人や花垣はピンときていなかった。
けれど誰かは気づくだろう。確率論の話だ——百人に一人しか閃かなくとも、千人で構成された組織なら、単純計算で十人は思い当たる。
しかも東京卍會は今や、東京を中心とした関東一帯、なんなら下手をすれば日本全国を支配する犯罪組織だ。
あらゆる後ろ暗いところに手を出して、数多の法に反した行いを為す。そんな組織内の誰も彼も、犯罪を隠蔽する、という思考に至らない方がむしろ不自然だ。
「下っ端が気を利かせもしねえなら、そりゃ上からの指示が出てんだよ。手ェ下してんのがマイキーで、アイツがマジで捕まりたくねえなら、そんな指示は出さねえ。誰かが代わりに
「——意図的だと」
結論を口にした直人に、場地は首肯した。
「しかもわざわざ野郎、毎度葬式やれるくらいに遺体も残してる。つまり、メッセージだ」
「……。今度は洋画でも観ました?」
「なんかつけたらFBIがこんなふうなこと言ってた。番組名覚えてねーけど」
どこか慎重に投げられた軽口に、場地はうすく口角を上げる。……茶化さなければやってられない。
場地の歳の近い幼馴染は、何人かいた。二人は殺され、一人は薬物でもなければ狂うこともできず、もう一人は——
……洋ドラも火サスも観たところで、どれだけ作品にのめり込んでちょっとのリスペクトを学んだところで、結局、場地にとっては現実が最も地獄で、肌に馴染むものだった。
全員を捕らえなければおちおちペットショップも開けやしない。
そういうことに、してある。
「今の
八戒は死んだ。林田は死んだ。龍宮寺は死んだ。千冬は死んだ。一虎は死んだ。
ありとあらゆる方法を用いて、すべて佐野万次郎が手を下したという。場地の幼馴染が殺したという。いつかに場地が殺そうと目論んだ、稀咲ですら。
場地は自分を、心身ともども、頑健な方だと認識している。
とはいえダメージが入らないとは到底言えない。
記憶の彼方で、幼馴染の兄が快活に笑って、消えた。場地が消したようなものだった。
呆れたように見守って、ときには語気強めに叱りつけてきた雇い主も、もういない。場地はあの頃確かに幼かった。カタギで居続けようとしていた男が、まさか真一郎の享年よりも若く
すべて、過ぎたことでしかない。
場地にとっては。
「そんで、気づくとしたら、警察か……そいつらの葬式に参加できる、そんでもって立て続けのソレに違和感が出てくるような奴ら」
あのころよりは、耐性がついたのだろうか。あるいは、麻痺したのだろうか。
追いつけなくて、庇われて、死を知って、生き延びて、いずれにも凪いでいた心が、それでも理解していることがある。
「つまり……
「てコト」
まだ、場地がペヤングを分け与えるに相応しい者は、幾人か残っている。
まだ、場地の幼馴染は、生きている。
それはよすがのうち何本かになる。まだ走るための力になる。追いかけ続ける動機になる。
たとえ十年以上も前に交友の途絶えた友人たちだとしても。たとえ彼らがとっくの昔に場地を置き去りにしていても。
たとえ彼らが全員死んだところで、場地まで死ぬ理由には足りなくなってしまったとしても——手を離す理由にもならなかった。それだけのことだ。
「わかりました。止められたいと、佐野万次郎が望んでいるとしましょう。——どうやって止めるつもりですか?」
直人は、極めて平坦な物言いで尋ねた。「そもそも、止める必要がありますか?」とも彼は続けた。
「武道くんのタイムリープ次第では、一連の連続殺人も起こらないかもしれません。また、武道くんの力はキッカリ十二年前にしか戻れません。無駄に時間を浪費する暇は僕たちにはない」
「直人! オマエ、さすがに言い過ぎ——」
「姉さんは今回も死んでしまった」
その言葉は、花垣にとっても同じ重さを——限りなく近しい重さを持っている。
真に同じ心境を共有することはできない。
二十余年をともに過ごした姉を失った直人のほうがつらいかもしれない。恋人を唯一助けられる手段を持ちながら、目の前で失った、あるいは自らが殺させた、花垣のほうがつらいかもしれない。
「……言い過ぎだ」
花垣は繰り返した。
それらの苦しみは、場地もまた、近似値であるはずだから。
「ンなこたねえよ」
一方で、場地は理解を示した。
普通の人間は、タイムリープなど実行し得ない。時間は過ぎ去るばかりで、踵を返すことも、選択をやり直すこともできない。振った賽の目はリセットが効かない。
今ここにいる、花垣武道以外は、という注釈がつく。
誰もが何かを失っている。欠落を引きずって一瞬一瞬を生きている。不幸なのは決して彼らばかりではない。助けるべき人は数多に存在するはずだ。
警察官として職務に当たっていれば、何の罪もない無辜の人々が、無作為に浪費される場面にいくつも遭遇した。況してやそんな希少な能力で、よりにもよって大罪人にかかずらっていると知れたらば、世間はきっと、指をさして非難する。
それでも、希望があるならば——場地だって縋りたい。
再び、失う、前に。
だからこそだ。
「俺は結局、ハロウィンからは
「心当たりが?」
——食いついた。
直人の鋭い視線に「二人な」応じて、場地は花垣に視線を戻す。
「一人は〝まだ間に合う〟から後回しでもいい。問題はもう一人、まだ殺されてない東京卍會幹部がいる。俺とマイキーを除けば、創設メンバーの最後の一人だ。次にマイキーが殺すとしたらソイツ」
殺す気がないのではなく〝まだ殺されてない〟だけ。
場地にはその確信がある。なんなら場地自身も、千冬の情報がなければ死んでいた可能性が高く、未だ殺される可能性は消えていない。
「三ツ谷隆。タケミッチは覚えてんだろ、オマエの元隊長でもあんだから。関東事変のとき、アイツは東京卍會のまま、唯一、天竺に潜り込んだスパイからも情報を受け取ってた」
手遅れになる前に。取りこぼす前に。
走れ。足掻け。
まだ、間に合う。
……かもしれない。
開戦準備
休みたいからって〜
:持病の祖母が危篤でみたいなアレ
警察ってみんなこんなんなん?
:そんなわけがあるまい
ペヤング
:ペヤング
〝一回目〟
:■■春千夜
解離性障害
:佐野万次郎の様相を見て敢えて精神病の診断を下すとしたらそうなるかなと思う
もちろん30巻を読まれた読者は御存知であろう通り、違う
素人の診断ってよくないんですよ
三ツ谷隆
:13巻114話で、三ツ谷隆の葬式が二〇一八年一月十日に行われている
115話で三ツ谷隆の遺体の顔が原型を留めた状態で確認できている
→12月頭にはまだ殺されてなかったのでは?