【完結】罪状記録   作:初弦

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 ひとまず破が無事に完結できたので投稿していきます。


僕たちは償いを望んでいる
かつてこどもだった誰しも


 三ツ谷隆と面会し、事情を聞き出す。

 ……言うは易く行うは難し。

 

 かつての三ツ谷隆は不良少年にしても気のいい手芸部部長だったが、現在の彼は仮にも東京卍會幹部。すなわち反社会的組織の構成員で、それも上層部に該当する。罪状は積み重なり、東京卍會の規模も桁違いだ。

 たかだか数百人の中高生暴走集団とは比べ物にならないほど発展した今、彼らが斃れれば国規模で裏社会の勢力図が変わるため、警察側はおいそれとちょっかいもかけられない。

 そんなことは、もちろん、場地や直人も知っている。二人揃って組織犯罪対策部の所属ゆえに。

 

 また、直人は姉の仇ゆえに。場地はかつての仲間ゆえに。個人的にもたいへん詳しく知っている。

 

「三ツ谷隆は、親族への仕送りはいくつかの口座を経由して変わらず行っているようですが、実家自体にはほとんど寄り付いていません。ここ数年は顔を合わせてもないでしょう」

「三ツ谷ンちは母ちゃん生きてるし、なにより、妹二人いるからな。全員女でカタギだ。巻き込まねえようにってことだろ」

 

 二人の評論は切り口こそ異なるが、結論は合致している。「それに、」と直人が言葉を続ける。

 

「今は尚更、東卍(トーマン)幹部が次々に殺されている。外部に早々に居場所が割れるような行動は取らない——取れないでしょう。家族直通の連絡先があれば……」

「あったとしても出ねえだろうな。アイツわりと絆されやすいし、家族からの連絡とか下手に未練だの生まれそうだからって切ってそうだワ」

「……なら、東卍(トーマン)の内側から切り崩しますか? 部下への連絡は避けられないでしょう、構成員に当てを取って……」

「直人、八戒は……死んだんだよな」

 

 花垣の発言はなにかを確かめるような響きを持っていた。ぱちんと直人は瞬きして、ついで頷く。

 

「燃え残っていた内臓からDNA鑑定を行いました。一致しています。確かに、死んでいます」

 

 たった半月にも満たない交流の友人。それでも友人で、弟分と呼ばれた。

 時間は大幅に不足していて、悼むための猶予もない。花垣は敢えて思考を追いやった。

 

黒龍(ブラックドラゴン)は今どうなってんの? 俺が見た十二年前だと、結局生き残った大寿くんが代表で同盟組んで天竺との戦争に備えるって話になってたケド」

「……タケミッチそのへんから記憶飛んでんのか。今は東卍(トーマン)を主軸に全チームが合併してる。大寿とかはフロントの社長やってたか、そっちから崩せっか? 立場が立場だし、アポ取んなら何日か必要にしても、まだそっちのが早い」

「いや、なら……柚葉は生きてんすか?」

 

 花垣のコメントに目を眇めたのは場地だ。直人は「柚葉、」と復唱して、手元の資料を迅速に手繰る。

 

「柴三兄弟の次子ですね。大寿の企業で秘書として採用されていることは、調べがついています。死亡報告は為されていません……武道くん、それを聞くということは」

「……ダメ元だけどさァ」

 

 黒龍(ブラックドラゴン)潜入とかいう役割を申し出た際、それらを計画した際、柚葉と花垣と千冬という共犯者三名は、互いに連絡先を交換していた。〝もうガッコ凸ってアタシのダチに伝言とか、面倒だからしないで〟と柚葉は呆れた体でぼやいた。

 そのとき、花垣の隣にいた相棒はもはや欠けたが、柚葉はそうではない。であれば——一縷の望みである。

 

 花垣が柚葉と電話番号を交換したのは、二〇〇五年の十一月三十日。二〇一七年十二月二日の今日からすれば、十二年と二日前のことで、つまりタイムリープを行った花垣にとっては二日前の記憶に該当する。だから番号を記憶していた。

 果たして、とうに契約が切れていれば、花垣の頭にある十一桁の電話番号は、柚葉には繋がらないはずだ。

 

 十二年も経っていればその可能性のほうが高かった。相手はかつての千堂でもないのだ——慣れた手付きでスマートフォンを操作する。ガラケーはとうに解約していたから、電話帳にはやはり、柚葉の番号はなかった。

 コール音がしばし、そして。

 

『もしもし、』

 

 応じたのは、いくぶん大人びた女性の声だった。柚葉の声質を、ましてや電話を通した声まできちんと覚えてもいないが——聞き覚えのある響きだ、花垣は直感した。

 似ている声の別人の可能性もある。それでも逸る気持ちが先行した。

 

「ッもしもし! あの、」

『この番号でタイミングってことは、アンタ花垣でしょ?』

「エッ」

 

 エッ?

 

 逸る気持ち以上に先手を叩き込まれた。

 スピーカーモードでもなくしかしよく通る声は、ただでさえ聞き耳を立てていた直人と場地の耳も、もちろん漏れなく貫通した。二度見三度見宇宙猫。スペースキャットがここに爆誕、計三匹。

 

『今日の夜十二時、十二年前のコンビニがあったトコ。車に轢かれないようにね、じゃ』

「待っ——」

 

 無情にも通話は切れた。通話時間二十秒。一般的な留守録のほうがまだ長いまである。

 謎の沈黙がちょっとだけ続いて、それから直人が声を絞り出した。

 

「……十二年前のコンビニとは?」

「……心当たりはアリマース……」

 

 さすがに十二年前というのが十二月二日以降を指すなら、記憶が虫食いの花垣にはお手上げだが。

 

 

 

  かつてこどもだった誰しも

 

 

 

 コンビニが()()()トコ、という若干不自然な言い回しは、現場に辿り着けば判明した。

 

 赤丸の中央にKと記されたロゴの有名な某店舗は、一年前に日本支部がファミリーマートに吸収されたため、既に看板を掛け替えた、あるいは下ろした店舗が少なくない。

 彼らがかつて待ち合わせ場所にしたコンビニも、近辺にもっと客足の多いファミリーマートがあったので、客足が少ない方こと元サークルKは一度更地になり——

 

 現在は、コインパーキングが完成していた。

 

 コンクリートで舗装された敷地内。脇には黄色地に【Times】と明記された看板。星あかりもほとんど見えない都会の夜、人通りの少ない道に面して、いまは茫洋と光り輝いている——なるほどだから〝車に轢かれないように〟と。

 

「さむ、」

 

 ここ数ヶ月のほとんどを、元気と血の気の有り余った中学生の身体で過ごしていたので、花垣には自覚は薄かったが——アレ、もう寒くね? てか十二月頭だからそりゃ寒い? 気づいてしまった新事実、今更ながらにてのひらを擦り合わせた。

 

「タイムリーパーは身体も頑健になるかと思ってましたけど、普通に寒いんですね」

 

 一方きちんと着込んできた直人は、どこか感心した様子で述べた。

 わかってたなら助言してやれよ。

 

「ならバカは風邪をひいても気づかないパターンか」

「直人オマエたまにすげー馬鹿にしてくるよな」

「事実でしょ、そりゃ武道くんの根性はさすがにそろそろ認めてますけどね。族崩れの中卒、しかも姉さんをフってまでやってることがフリーターとか……」

「……俺今回もヒナのことフってんの? なんで?」

「僕が知るわけ」

 

 素気なく言いかけた直人がふと口をつぐむ。なにかを考えるように頭をかしげて、そういえば、と彼は述べた。

 

「姉さんあのとき、武道くんに怒ってたし泣いてたけど、父さんにもめちゃくちゃキレてたな……案外、父さんが別れるようにでも言ったのかもですね。暴走族の彼氏と娘が付き合ってるとか、親からすれば寒気がする事実ですもんね」

「マジで辛辣」

「とはいえツッパってた武道くんがそれ律儀に聞く可愛げがあったとも思えませんけど?」

「俺、オマエになんかした?」

「さすがにコート着てても深夜に張り込みはちょっと寒いんですよね……」

「八つ当たりじゃん」

 

 それはそれとして今回の直人の推理は完全に的を射ていた。

 今の彼らが知る由もない話だ。

 

 ひどすぎる、と花垣は息を吐いて、ついでに己の二の腕を擦る。会話で紛らわせないくらいフツーに寒い。っぱ冬にトレーナーとパーカーはキツイって。

 

「……そういや場地くんどこ行ったんだろーな」

「警察学校の頃から独断専行のケの強い人ですからね」

 

 〝呼び出されたのはタケミッチだけだし、そう何人もいても邪魔だろ〟と述べて、場地はふらっとどこかへ行った。命を狙われていたわりにはずいぶん雑な行動である。

 どころか今も狙われているはずである。

 

「……前回は伝えられなかったことですが。生存した場地圭介は、高校から警察学校に入学、そのまま警察に就職しました。高校でも留年を経て不本意ながら僕とは同期という立ち位置にあります」

「なんか、場地くんにも逐一当たり強くね? もしかして嫌い?」

「なにもかも気に食わないですね……」

 

 しみじみとした口振りだ。不機嫌にふんと鼻を鳴らして、直人は身体を少しずらした。両手はコートのポケットに突っ込んでいる。

 ご丁寧にベンチが置かれているような駐車場ではないので、彼らは寒空の下、細く光る蛍光灯に照らされながら、手持ち無沙汰に佇んでいた。

 

「上の命令を半分は聞かない。一般常識もろくに知らない。あのひと何度も始末書沙汰になってますからね、警察官が殴って解決してばかりだと世間に怒られるんですよ。わかりますか?」

「いや知らねーけど」

「やたらと絡んでくるくせ、肝心な報連相はほとんどない。元東卍(トーマン)の人間だと知ったのだって、姉さんの件があったからです。さすがに一発殴ったら普通に殴り返してきて僕は脳震盪で担ぎ込まれました」

「オマエなにやってんの?」

「本当ですよね、蹴りにしてやればよかった……」

「そこ?」

 

 直人にはグレていた過去などないはずだが、やたらと好戦的だ。

 

「気に食わないんです」

 

 繰り返して、直人はおもむろに片手をポケットから引き抜いた。つけたスマホの画面には【23:57】の数字が記されている。かすかに息を漏らして、元通りポケットに仕舞った。

 

「——あの男。()()()()頭下げてきたんですよ」

 

 厭味ったらしく()()()()にアクセントがついている。

 眉をひそめた花垣が何事かを言う前に、直人は言葉を続けた。

 

「姉さんが殺されて。東卍(トーマン)がやらかしたから、責任の一端は自分にもあると。バカバカしいからぶん殴りましたしあのとき殴り返されたのは今でも納得いきません。反射だったとか言い訳してましたけど知るか。そこはちゃんと殴られろよ」

「……場地くんと仲良い?」

「良いわけないでしょ。あのひと結局、ろくに手の内明かしてませんからね」

 

 千冬と直人、そして一虎を繋いだのは、この分岐でも場地がきっかけだった。その点について、おおよその経緯は前回と今回で直人の記憶に相違はない。

 だから直人は舌打ちをしたい気持ちでいっぱいだ。

 

「あいつ、まだ東卍(トーマン)の誰かと繋がってますよ。僕たちに教えてない、誰か」

 

 直人の口振りは確信を持っていた。冬の夜の澄んでつめたい空気の中、やけに、硬質に響く声だった。

 

「なんで黙っているのかは。……わかりませんが、相手が佐野万次郎ではないことだけは確かでしょう。あの男は友人の尽力を言い訳に持ち出せる性ではありません」

「……つったって、東卍(トーマン)のメンバーはほとんど死んでるんだろ? あとは……」

「……僕もその点見当がつかないので追及できてないんですよね。いつか締め上げます」

「結局そこかよ」

 

 真面目な話をしていた気がしたのだが一瞬で戻ってきた。

 思わず突っ込んだ花垣に「そこですよ」ぐるんと首を回した直人は真顔である。

 

「僕も東卍(トーマン)の捜査を担当する以前から組対の所属です。情報提供者の身元を秘匿されても普段なら口出しやしませんよ。しません、が——しっかり命狙われといてまだ黙ってるとかフツー有り得ます? 次本当に殺されたら情報なんにも残りませんからね?」

「……ソダナ!」

 

 主張は確かに正論だ。人類皆タイムリープでやり直せる人間なわけではなし、花垣だって条件を揃えなければワンモアチャンスは掴み取れない。殴り合いでコミュニケーションするのだってヤンキーの専売特許ではない。

 

 ……ないけど警官ってそれでいいワケ?

 

 花垣にとっての警察官のイメージは、直人以外では〝カノジョ(ヒナ)から伝え聞いた同職業の父親〟なので品行方正なイメージが先行している。東卍(トーマン)に入る前はなんちゃってヤンキーレベルだった花垣、実のところ、あんまし警察とご縁がなかった。

 

「なにか考えあってのことだとは思いますよ。結局あっちの方が歴は長いですからね。提案がなかったあたり、三ツ谷隆との連絡手段がないのも事実でしょうし」

「とりあえず俺たちは俺たちで、やることやらなきゃなんねえってトコに戻ってくん……の、な……」

 

 花垣のつぶやきが不意に先細った。向かい角からヘッドライトが輝いて、ついで黒のワンボックスカーが姿を現す。直人も姿勢を正し、注意深く瞳をすがめた。

 ワンボックスカーはゆっくりと角を曲がって、駐車場前に差し掛かり……そのまま通り過ぎていく。なんだ違ェのかよ、花垣はなんとなく気が抜けて、息を吐く。

 

 

「橘直人ってどうも聞き覚えあると思ってたらヒナちゃんの弟ね、道理で」

「ヒッ」

 

 

 直後に背後から声が響いて素で跳び上がった。

 

 振り返ろうとした直人が「もが」拘束、のち一瞬で背後の車に引き摺りこまれる。かろうじて見えたのは白のワゴン車——駐車場に訪れた時点で端の方に停められていた。

 

「下手な野郎だったら花垣だけにしとくつもりだったけど。元妹分の弟ってことなら、アタシの弟分でもある」

 

 直人を助ける助けないとか判断する前に——細い手が伸びて胸ぐらを掴み、思いの外強い力で引きずられる。

 体勢を崩した花垣に柚葉は鼻で笑った。花垣の記憶よりもいくぶん背が伸びて、髪は後ろで結い上げられている。

 

 襟を握りしめるともう一度引き上げ、今度こそ花垣も後部座席に転がる。転がすだけ転がして、柚葉は既に、身を乗り出すようにして助手席に乗り移った。

 

「サツにパン買って来させんのもウケそうだし?」

 

 皮肉げな言い回しだ。グローブボックスの真下に足もきっちり揃えたが早いか、運転席から声が尋ねる。

 

「出していいな?」

「アンタは相変わらず待つってことを知らねえの? まァでもそうだね、とりあえず出して」

 

 扉が音を立てて閉まる。運転席側から操作するタイプのドアのようである。

 駐車場の無機質な応答もそこそこに、車は閑散とした路地を走り出した。

 

「……柴大寿、ですね……」

 

 座席から起き上がった直人が、呻くようにつぶやいた。「鼻の利く」無感情な相槌は、やはり運転席から飛んできた。

 

 バックミラーに映った顔は、花垣が出会った数日前——つまり十二年前よりも精悍に、ただ目尻に小皺が増えていた。鏡越しに直人を見て、花垣に視線を移し、すぐに前方に向き直った。

 ハンドルを切れば車は大通りに滑り出る。真夜中ともなれば交通量はごくわずかだ。

 

「花垣は久しぶり。八戒の葬儀式以来?」

 

 花垣にその記憶はない。

 バックミラーの反射から様子をうかがえば、柚葉は、口振りのわりに表情は静かに澄んでいた。

 

「……いち企業の社長って肩書もたまには役に立つんだよね。表向きアタシらと東卍(トーマン)は繋がってないことになってたし、だから発注も思った以上にスムーズ。やり方はご存知の通りカトリックになったけど」

「んっとに口の減らねえ……」

 

 苛々とした舌打ちの音。青く示された信号の下を白の車体が走り抜けていく。

 

「……俺らも安全は保証されてねえ。八戒のときに黙ってた実績があるから、まだ見逃されてるだけだ。あァただ、それこそ三ツ谷よりマシだろうな?」

「ずいぶんとよくご存知のようで……」

「知らねえな、なにひとつ」

 

 警戒を差し挟んだ直人の言葉に、大寿の声色はいっそ突き放すさまにも類似している。

 

「あのバカが殺された理由も。花垣が。……テメェらが今ンなって動き始めた理由も。そっちこそなにを知ってる?」

 

 バックミラー越しに射抜く金眼。斜視は改善されても、醸す威圧感はむしろ重みを増している——花垣は唾を飲んだ。

 

「今更だ。なにもかも」

 

 そう、今更である。花垣も直人も理解している。

 

 そもそもの始まりからして橘日向は死んでいた。今の花垣は、元恋人どころではない多くを取りこぼしている。今の直人は生きているが、警察であり、姉や協力者を取り落としてきている。知らなかった頃には戻れない。

 

 今更だが、しかし——手遅れではない。今もなお。

 ひとつひとつを拾い集め、着実に未来は変わっている。

 

 知らなかった頃には戻れない。

 やり直せると知らなかった、諦められる頃にだって、もはや戻れない。

 

「……俺らも、俺も、知らないんすよ。知らないから、知ろうとしてんです」

 

 花垣の声色は強張って、しかし、彼の目は前を向いている。

 ミラー越しにかち合った目をしばし睨んで、それから大寿は溜息をついた。

 

「はは、負けてる」

「うるせェな」

 

 兄の悪態を柚葉は笑い飛ばす。助手席にて窮屈にも足を組む。

 

「今日が何日かは知ってる?」

「……十二月二日ッスよね? ア、もう三日」

「そだね」

 

 簡素に示された肯定。

 

 柚葉は既に、そのくちもとに笑みを浮かべてはいなかった。

 柴家の人々は誰も彼もハッキリした顔立ちをしている。ただでさえ存在感があるところに、真顔になると途端に迫力を増す。

 

「アンタが電話してきたのは昨日だから、二日。……動くとしたらそうだろうって言われたよ。十二月二日。それが昨日でも、一年後でも、五年後でも、とにかく、十二月二日にね」

 

 花垣武道のタイムリープはきっかり十二年ぶん。現時点で計七回、行き帰りを別でカウントするなら十四回の試行が繰り返されている。

 うち一度たりとも日付が前後したことはなく、そこに一切の例外はない。

 

「誰が——千冬?」

「ああ……アンタにも言われるだけの心当たりはあるんだ? 悪いけど、そうなるとアタシからは教えられない。稀咲じゃない、とだけ」

 

 ワゴン車は深夜に差し掛かった街を駆けていく。滑らかな運転だ。振動は少なく、極めて静か。

 大寿にとって、あえてけたたましく走行したいといった欲求は、それこそ暴走族であった頃に散々やらかして満たされたものだ。今あえて行う意味もない。

 

「とはいえ、三ツ谷のところに着くまでは暇だし……間違ってなかった以上は仕事しなきゃね。十二年前のコト、話せるだけ話してあげる」

 

 柚葉は言いながら目を瞑る。瞼の裏には、数々の記憶の残り火が、曖昧な色を為して過り消えゆく。

 

 十二年もの年月が経てばいくつものことが朧気になり、いくつかのことが有耶無耶になる。経緯は錯綜し、道順はごちゃまぜになる。

 そうだとしても、覚えていることは、確かにある。

 

「十二年前。……十二月一日に行われた、黒龍(ブラックドラゴン)と天竺の抗争は、結局有耶無耶に終わった。黒龍(ブラックドラゴン)東卍(トーマン)は同盟を組んで、神奈川と千葉を制圧していた横浜天竺は、南朝天竺に名前を変えて、東京にちょっかいをかけにきた」

 

 そこまでは花垣も覚えている。

 

「結果的に……十二月三十一日に、東卍(トーマン)黒龍(ブラックドラゴン)、天竺は正式に停戦して、和平ののち合併。実際のところ、東卍(トーマン)黒龍(ブラックドラゴン)はこの時点で解散して……東卍(トーマン)はほとんど在籍したけど、黒龍(ブラックドラゴン)は逆にほとんど抜けた。元々大寿の下ってことで集まった奴らだったしね」

 

 そこは花垣は、実体験としては知らない話に該当する。

 ただ、今回は集合時間までにできる限り事前情報を把握しておきましょう——前回の情報共有は本当に、最低限しか伝えられなかった——と直人から叩き込まれた話とは一致している。

 

「なんで停戦したのか、は……ねえ、ヒナのオトウトくん、なんでかってのは知ってる?」

 

 急に振られた言葉に直人は眉をひそめた。直人は確かに東京卍會の情報を、警察官としても、橘直人個人独自でも集めていた。

 

 とはいえ、なにが起きたのかは曖昧だ。

 なにせ十二年前の話である。場地は東京卍會の摘発には協力的だが、摘発には無関係の過去にはすべて口を噤んでいた。三ツ谷のことを提示したのだって、花垣の身に起きる非科学的な事象を知った結果であり、そうでなければすべて黙秘していたはずだ。

 

「……当時の事実はいくつか錯綜して伝えられています。東卍(トーマン)の上層部で内輪揉めが起きたとも、逆に、下の人間が独断専行で突っ走った責任を取ったとも、あるいは新たに生まれたチームがあまりに脅威で団結せざるを得なくなったとも」

「なるほどねー、そうなってんの」

「部分的にはどれも確かに起きたが、全部微妙にズレてんな」

 

 柚葉の相槌に重ねて、大寿が言葉を続ける。

 

「内輪揉めは起きた。和平と同時進行で。独断専行は起きた。停戦の前に。新しく生まれたチームは確かに多少手こずったが、そいつは和平の後の話だ。膨れ上がった東卍(トーマン)にとっちゃ脅威とかいう程でもなくなっていた」

 

 ワゴン車は赤信号を前に停止した。アスファルトに横たわった縞模様を千鳥足の集団が横断していく。

 彼らが乗る車両は、淡々と、飲み街に近づいていた。

 

「あの日のゴタゴタで出た死人は、俺が知ってる限りじゃ、二人だ。一人は純丘もとい、稀咲榎——アイツはこのとき殺された」

「なん——榎さん?」

「それはおかしい」

 

 すぐさま直人が反駁した。

 

「場地圭介は、確かに彼は死んだけれど、あれは事故だと言っ——」

 

 そこで直人の言葉は途切れる。

 彼の記憶で、場地は、純丘を指して〝高校入ったときには死んでた〟と述べた。

 

 場地が高校に入学したのは二〇〇七年度からのこと。だから直人はてっきり、二〇〇六年あたりの話かと思っていた。

 しかし高校以前というだけで具体的な年数は指定されていない。となると時期が一致していても矛盾はない。

 

 矛盾はない——が、であればやはり、事故という言い分は妙だ。

 

「……その言い回しは東卍(トーマン)の野郎どもがやけに拘ってるとこだな」

「アタシもそれはホントにヘンだと思ってんだけど。だって、死因確か滅多刺しでしょ? どこをどう解釈すれば事故になんの? 花垣だってアレでヒナちゃんと別れてんじゃん」

「俺が!?」

「姉さんが!?」

「……ほんとに覚えてないんだ」

 

 柚葉のそれはどこか呆れたような口振りだった。二人揃って今までの会話の中でも一番食いつきが良かったので、それはそう。

 

 結局タイムリーパーとトリガーの目的は橘日向の救済で一致していて、どうしたって彼らの興味の矛先はそこに帰結する。

 

「なんだっけ、カタギも因縁があれば巻き込まれかねないって? 父親まで出てきてさ。巡り巡って、アンタが東卍(トーマン)辞めたのもそれが理由って聞いてたよ。アタシはね」

「……ああ、だから……」

 

 親の介入による別れという彼の推理は、ずいぶんいいセンをいっていたらしい、直人は納得の声を漏らした。当時の家庭内の殺伐さを想起して、彼はなんとなく納得した。

 

「あれが誰の指示かはわかってねえ。実行犯は東卍(トーマン)関係者だったらしいが、留置場で早々に首吊ったとかで、なんも吐かずじまいだ。刑務官も役に立ちゃしねえな」

 

 信号が、赤から青へと切り替わる。エンジンが音を立てて、タイヤはアスファルトを噛んで走り出す。

 運転の手際は見事なまま、大寿の口振りもまたなめらかだ。

 

「天竺が殺したとか、稀咲が唆したとか、俺ら黒龍(ブラックドラゴン)も疑われた。なんなら東卍(トーマン)が事故って言い張ってんのはテメェらで殺したからじゃねえか、とかな」

「ハ!? 助けんならともかく殺すって疑われてたんすか!?」

「覚えてねえのは話に聞いちゃいたがそこまで覚えてねえのかよ、記憶喪失でも起こしたか?」

「それはッ」

 

 似たようなものだが。

 

 時たま記憶が蘇ることはあるがタイミングはランダムである。なまじ情報がどこから漏れているのかもわからない以上、どこまで話すべきかもわからない。

 一度口を閉ざして、それからすぐに、花垣は口を開く。

 

「ヤ……でもおかしいでしょ。マイキーくんちが家族ぐるみでお世話になってるヒトで、しかも場地くんの命の恩人ッスよ?」

「そうだ」

 

 彼の訴えに「だから当時も有耶無耶になった」と、大寿は冷静に答えた。

 

黒龍(ウチ)も面識こそあったが殺す理由はねえ。天竺の幹部だのとはむしろ仲が良かったらしいな? 当時の純丘は特に——元からそういう性の野郎だったが——努めて族の揉め事から距離を取るようにしてた。稀咲があえて殺す理由にはならねえだろうな。個人への逆恨みにしたって、本人の素行は真っ当にまともだ」

 

 飲み街のあたりは深夜帯に踏み込んでも尚、提灯は煌々と輝いて、ネオンサインが路地を照らし出す店も少なくない。渋谷区ともなれば尚更。

 彼らが乗り込んだワゴン車は、ビル街に差し掛かっていた。このあたりは歓楽街も兼ねており、掲げられた看板やパネルもそれ相応の様相を呈している。

 

東卍(トーマン)の関係者って噂も結局は噂だ。未成年の加害者の氏名は報道には載らねえ。天竺戦をきっかけに同盟こそ組んだが、元々黒龍(ブラックドラゴン)東卍(トーマン)とは不干渉、しかもただでさえあの時期は荒れてた。誰がパクられて誰が失踪したなんざ茶飯事で、純丘の件に関わった野郎の話が、いったいどれだか、判別つかねえくらいにな」

東卍(トーマン)の奴らが揃いも揃って事故って言うから、犯人が東卍(トーマン)関係者だった、ってトコの信憑性は高いけど」

 

 大寿の説明を柚葉が補足する。視線は伏せるようにして、足を組み直した。

 

「だって八戒までそうやって言うのに、ほじくり返せないでしょ。アタシは純丘ってひととは付き合いなかったし。……今更だけどなんでアンタ、あの人のこと知ってたわけ。当時から知った口効いてたよね」

 

 ふと柚葉が右隣に目を向ける。

 確かに花垣も、ハロウィンでは純丘は鶴蝶を連れてきて、イザナを見知った口振りだったが、黒龍(ブラックドラゴン)と繋がりがあったとか聞いたことがない。

 

 大寿は真っ直ぐにフロントガラスの向こうを見つめている。

 

「諸事情」

 

 頗る雑な返答だった。

 

「へー」

 

 これまた頗るどうでも良さそうな相槌だった。

 

 突発開催兄妹コントは「マァ今そこじゃないしね」「そうだな」早々に打ち切られる。

 目的地の雑居ビルには地下にパーキングエリアが設置されていて、コンクリートで打ち固められた入口へ、ワゴン車が踏み込んだ。

 

「ともかく——その件も追い討ちになったろうよ」

「……他にも決定打になった事件があった、とでも言うようですね」

「これは俺やコイツが語ることじゃねえ。それこそ関係者に聞くべきだ——とりあえず、出ろ」

 

 パーキングエリアの奥、白線が斜めに引かれたおそらくどころではなく本来の停車位置ではないエリア。ワゴン車は遠慮の欠片もなくド真ん中に停車した。

 後部ドアがスイッチひとつで開けられて、車内からの退出を促した。




燃え残った内臓
:焼死体に対して時折行われる方法

赤丸の中央にKと記されたロゴ
:2016年9月1日時点でファミリーマートに完全に吸収されている
 日本撤退は2018年ごろ

警察官のイメージ
:どうしても体力勝負な面は否めないので、過去にヤンチャしていた方々も実際にちょいちょいいらっしゃる

未成年の加害者の氏名
:少年法六一条の規定に由来する
 被害者は死亡した場合は掲載されがち
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