「部長って今もニィと連絡取ってる?」
と。
エマが切り出したのは、十二月二日——そして二〇〇五年のことだ。
言葉の矛先たる純丘は、ちょうどシンクを拭き終わったところ。佐野家の小間使いこと、家庭教師のバイトついでの家事手伝いもそろそろ店仕舞いの時間帯。
「取ろうと思えば今でも取れると思うが。用がなければ連絡しないから、ここ最近は全く」
何度も繰り返すようだが、そもそも純丘とイザナは別に仲良くない。所詮は知人の知人、共通の話題があるだけの顔見知りだ。
「近況とか、確認したかったか? 会う会わないは前々から伝えているように俺からは仲介できないが」
「……マイキーから聞いてない? チームのこと」
「聞いてない」
とはいえ万次郎ではなく三途からは多少聞いたかもなとは思った。
「ドラケン、は言わなそうだけど……じゃあ場地は?」
「聞いてないな」
挙げられたメンバーから聞いていないのは確かなので、純丘は簡潔に回答。
一拍置いて、ゆっくりと首を傾げる。
「……というか、チームのこと? 圭介は
いまだこどもたるひとびと
会話の間も作業の手は止めない。軽く手洗いした布巾をきっちりと絞って、物掛けに干す。
一連の行動を食卓の椅子に座ってジッと眺めていたエマは、ややあって、ぺたんとテーブルに顎を乗せた。妹分の視線を受けて、純丘は傾けていた頭の位置を戻した。
疑われているとまではいかないが、探られている気配を感じる。
「ほんとになんにも知らないの」
「わざわざ関わろうとしなきゃ俺のところに情報は入ってこないよ。学業とバイトと塾営業で手一杯だ、塾がなけりゃこれに就活を入れてたね」
「……部長、ニィのこと黒川くんって呼んでたよね」
「よく覚えてるな」
「あれ、わざと?」
純丘は三秒ほど沈黙を挟んだ。
それ、チームに関係あるのか? ——という疑問がないこともないが。純丘榎は比較的空気が読めるおとこであるからして、エマに対して今いう言葉でもないと判断する。
手拭いで両の手の水気を拭いて、純丘は食卓の椅子を引いた。万次郎の定位置だが本人がいないので勝手に借りることにした。
「……元から俺は、早々タイミングもなければ名前呼びはしない性だ、というのは前提として」
クラスメイトにも苗字呼びで通しているのは、エマも知るところだ。呼び分けに困るからと万次郎とエマをそのように呼び、ちょうど傍らにいた場地や林田から大ブーイングがあったので彼らをも〝圭介〟〝春樹〟で通すようになった。
エマが知らない範囲で言うなら、純丘がそれこそ初対面で下の名前で呼んだのは、灰谷兄弟くらいだ。
「マァ黒川くんに関しては確かに、半分くらいは意識的に苗字で呼んでるな」
単純な彼らの関係の距離感がひとつ。
……四十九日という名目で線香を上げに行ったあの日。純丘がエマと皿洗いをしている間の一部始終を、万作から聞いたのが、ひとつ。
「血が繋がってないことも知ってた?」
「……知ってた。真一郎さんから聞いた」
正確ではない答えだが、嘘ではなかった。
純丘はかつて、真一郎に対して、黒川イザナと佐野家の血縁関係および戸籍関係の確認を取ったことがある。敢えて尋ねた理由は——数年前のキャンプでイザナが口を滑らせたことに由来する。この件については、アドリブに長けていた己に感謝してほしいくらいだと純丘は思っている。
エマは己の両腕を引き寄せて、自らの頭をかき抱くように重ねた。少しの間を挟んでから、その上に顔を乗せる。
「……
「真一郎さんが作って、九代目で一回潰れて、今は十代目なんだったか」
「ん。そこと
「へえ」
「天竺は、なんかセコイ工作とかしてくるし、
忠告に従って純丘がきちんと距離を取っている間に、事は大きく進んでいたようだ。
「なるほど」
無意味な相槌を挟んで、彼はテーブルの端をこれまた無意味にさすった。
……事が大きく進んでいたのは理解したが、血縁云々が関わってくる端緒は掴めていない。場地が関わっている理由も同様に。
「マイキーたち、普段はチームのこととかあんまし話してくれないんだけど、抗争だと話は別だからさ……家族だからとか関係なくヤバいことしてきそうで、ウチも巻き添え食らうかもしれないし気をつけろ一人で外出るのやめとけって、そういうこと言われて」
「まァ……彼らがそう言うなら従うに越したことは、」
「天竺のひとたち、武蔵神社に火ィつけたんだって」
沈黙がほんのすこし。
「神社だけじゃなくて、いくつか。
依然としてエマの顔下半分は彼女の腕が覆っているから、微細な部分が聞き取りづらい。
「
「……」
「——ニィって、そういう、ひとなの?」
微かに擦れるような音が鳴った。スリッパを履いた純丘の爪先が、ダイニングテーブルの足を掠めたからだ。
純丘の表情に変化は見られない。静かな面持ちでエマを俯瞰していた。
一方エマは、口元を隠していれば表情もわかりづらい。
「ていうか、ニィって、どういうひとなの? どういうひとだったの? ニィは——マイキーは赤の他人って言われたんだって、場地シメて聞き出したけど。ウチは、じゃあウチがニィのことニィって呼んでるのって、呼びたいのって……」
呼び名とは極論で言えばラベルでしかない。弁別と識別を行うための固有タグ。数値で選り分けないのは、機械処理と人間の認識能力が異なるからでしかない。
と同時に、呼び名に意味を見出す者たちは間違いなく存在している。今ここにいる純丘だって、己が苗字を厭うているから、別の苗字を考案して自らとして定義している。
「……黒川イザナって、どういうひとなの?」
彼女は風呂上がりの一瞬でもなければほとんどメイクを落とさない。多くのギャルがそうであったように、今もなおそうであるように、エマにとっての化粧とは武装に等しい。
アイライナーとつけまつげで縁取られた瞳が兄貴分を見つめている。睥睨に近いするどさを宿している。
視線を一身に受けた純丘は、不意に、三年前に拭ったコンシーラーの色合いを思い出した。涙でボロボロだったいつ頃とはあまりに似て非なる。なにせ今のエマに涙のひとつもない。
強くなったと評して相応しいものか、あるいは——純丘は、溜息のように呼吸を漏らす。
意図的に記憶の回顧を打ち切った。
「君は……俺から見た、黒川くんのことを知りたいのか? 君が直に会って、確認したいのか?」
「……会いたいよ。会って話したい。なに考えてるのって。なに考えてたのって。そうじゃなきゃ、そうしなきゃ、わかんないもんでしょ。誰かから聞いたってなんにもならない——けど、」
逆接。
純丘は続く言葉を待った。
「……ウチとかマイキーが、ニィに会いたいって言っても、部長ずっとテキトーに流してたよね」
「テキトーではなかったよ、さすがに」
「ウチにはめちゃくちゃテキトーに見えたけど。会わせなかったのって、ウチらとニィの血が繋がってないから? ニィが嫌がってたから?」
「それだけじゃないがそれもある。……いい加減話すべきかな」
中学生は決して大人ではないが、しかし子どもと言い切る年齢でもない。純丘はとてもよく知っている。
エマの歳の頃合いには既に学習塾を開講していた——とはちょっと特殊な事例だとしても。
「黒川くんを君らと会わせなかった理由は、大きく分けてふたつ」
右手を開いて指を二本立てた。いつものように、純丘がひとに教えを説くときの物言いだ。
概要とともに要点を絞って、相手に提示する。
「ひとつは君の予想に近い。彼本人が血縁関係の有無をかなり気にしていて、君らと会うことをできる限り避けていた。……俺は血の繋がりに意味を見出したこともないが、それは俺の思うことであって、黒川くんの思うことじゃない。俺の判断は彼の判断を蔑ろにする理由にはならない。正解不正解で区別できるものでもない」
法的には戸籍が重要視される場合が多いが、血縁関係がものを言う場面も存在する。どちらにせよ、黒川イザナと佐野家はどちらも無関係だ。
純丘は血縁の尊さを理解できないがゆえに、述べるとしても意見表明に留まり、できる限り踏み込まないようにしている。価値を理解できないことは、それを踏みにじる言い訳には成り得ない。
「もうひとつは……」
言いながら彼は少し顔をしかめた。
「……大前提として、黒川くんやその周囲は万次郎たちの比じゃないほど素行が悪い」
純丘がここまできっぱり言い切るのも珍しかった。言う機会も早々に訪れない。
「俺は今しがたの君の話、黒川くんの作った天竺とやらが、放火だの他のチームへの奇襲だの、濡れ衣からの同士討ちを目論んだだのと言っていたが、大して驚きはない。……意外とちまちましい手を使ってるなくらいは思わんでもないが」
「ちまちまし……」
「あえて言葉を選ばないでおこうか。まだ人死には出てないんだな?」
ぎょっとエマが目を瞬かせた。「出てない、そうなったらマイキーたちだってケンカやってられるわけ——そんなに?」伏せていた上体を持ち上げる。
「そうだな」
こうなればもはやいずれ耳に入ること、早いか遅いかの違いだ。
純丘は衒いもなく肯定を返した。前科が前科だ、純丘は心底からその可能性を危惧している。
「そして、俺が君らと彼を引き合わせなかった理由の大半にかかってもいる。……さっきはああ言ったが、黒川くんを上手くだまくらかして会わせることも、考えないでもなかったんだよ。なにせ君も万次郎も本当にしつこかった」
「ちょっとじゃん」
「ハイハイちょっとちょっと。まァ黒川くんもあれでいて多少強引に巻き込めばいずれは流される、飽きるのが早いから——ただ、」
飽きるのが早く、諦めも早く、屈折している。己の信用を犠牲にすればあとは佐野家のひとびとがなんとかしただろう。
純丘がその道を選ばなかった理由には、さる兄弟への忖度も多分に含まれている。これはエマに話すことでもないので省略。
肝心にして最大の理由は別だ。
「黒川くんの友人知人は、黒川くん本人じゃない。俺は彼の交友関係を少しだけ知っているが、少ししか知らない。知っている範囲でも十二分にタチが悪いなと思っているよ。誰も彼も負けず劣らず」
「部長ってなんか言うときだいたいいつも回りくどいよね」
「……。つまりだ、黒川くんだけならまだ俺が対処するとしても」
自覚がある純丘、一瞬バツも悪そうに視線を逸らした。的確に図星をつくのでやりづらい。
「あるいは、黒川くんの気が変わっても。彼が元から口で言うほど君らを嫌がってなくても。黒川くんの周囲が、忖度……気遣って追い出すにしろ、逆に黒川くんへの嫌がらせにしろ、面白半分にしろ……勝手に動いて、君らに危害を加えるリスクがあった」
純丘が知ったような口を利くのは何故かって、彼もまたよくわかっているからだ。
己が何故、イザナを筆頭とする極悪の世代に、洒落にならない危害、理不尽な危害を加えられなかったのか。戯れるだけで済んでいたのか。
極悪の世代にとっての純丘榎という男は、はじめに対面したときから、灰谷兄弟からの紹介に等しく、また彼らに恩を売った立場でもあった。
中途半端な立ち位置が許されるのは、本人に実力があるか、立ち回りが上手いか、他者の権威の影響が及んでいるか。その他原因は複数思いつけど、純丘には最初から、いくつかの要素が揃っていた。
純丘榎はことここに至っても、未だに、暴力が物を言う価値観を真には理解していない。理解しなくとも問題はなかったからだ。長らく理解しないままでいることを、周囲に許容されてきたからだ。極悪の世代にすら。
……彼自身、多少なりともその自覚がある。
「散々言ったが、君から語られる〝ニィ〟が黒川くんと同一人物である事実を、俺が疑問に思ったことはない。それもまた彼だろうなと思うよ。真一郎さんも昔、黒川くんを評して、人見知りだけれど朗らかとも述べていたな」
「……部長は、どう思ってるの」
結局ここまで長々と語っておいて、質問に答えていないのは彼の方である。
再び差し向けられた問いかけに、純丘はわずかな間を置いた。
知己が親しみ、彼らなりに慮り、尊敬する相手。不良の界隈ではそれ相応に名を馳せたらしい少年。
というのは脇に置いて。
「……傍若無人で暴力的で、かといって気を遣って一人にすると拗ねて根に持つ。取り扱いが面倒」
純丘から見た印象だけで言うとすれば、そのように括られる人間だ。
悪行三昧の噂を耳に挟んで、知ったように語ったところで、結局その暴虐に居合わせていないのは彼もまた同じこと。
一方で問いへの答えを受けて、エマは、頭をかしげた。ずいぶん妙な表情である。
「……それマイキーじゃなくて?」
「まッ」
「なに今の声」
「ま゜ッ」くらいの発音だった。
咄嗟の反論を抑え込み、羅列した内容を思い返して、純丘は静かに渋い顔。
イザナは万次郎と同列に扱われるのが大嫌いなので、どちらとも知人たる純丘は極めて厳密に彼らを区別している。しているが、確かに、文脈を抜きにして要素だけ並べると——「と、にかく」そこで思考を打ち切った。
まかり間違ってどこかでうっかり口にして、今度こそイザナの耳に入った場合——ゾッとしない想像である。
「俺から見た黒川くんはそういうやつだ。非道なだけでもない」
結論はそこに尽きる。
「とはいえ万次郎の忠告は正しいと思うぜ、なにをしてくるかわかったもんじゃない。彼だけでなく、チームで動いているなら尚更な。無用な外出を控えるとか、せめて誰かと一緒に行動するとか……それこそドラケンくんでも付き合わせろよ」
「そんなの当たり前だけど」
「当たり前かよ、つくづくこの手の話で有益なアドバイスできた試しがないな。マァ俺も暇があれば買い出しくらいは代わるよ」
「部長いつ寝てるの?」
「夜」
軽口のように言葉を連ねて、純丘は椅子から立ち上がる。元々そろそろお暇の予定でしたからね。
いつまでも万次郎の席を占拠していてもいけない。不在の本人は緊急集会で、深夜まで帰ってこないとしても。
緊急集会の議題をついでに察してしまったが、純丘は空気が読めるのできちんと口をつぐんだ。
「……あと。君が嫌いとか、ニィと呼ばれるのが嫌だとか、黒川くんから聞いたことは一度もないよ。好きとも聞いたことはないが」
「……それフォローのつもり?」
「さてそれこそ君の受け取り方次第だ、俺は俺が知っている事実しか伝えない」
「部長ってたまに真兄みたいなスベったカッコつけするよね」
揶揄うように唇を吊り上げた純丘を鋭い言葉が突き刺した。「だいぶ罵詈雑言だな……」純丘はすんと表情を戻した。
双方ともまず故人に対して失礼極まりないと自覚すべきだろう。
……一方的に述べられた決別。三途から齎された疑念。エマから与えられた情報。
それらを総合して、さてひとつ、純丘には気がかりなことがあった。
先程の話で出た、引退したはずの場地の名前。思い返せば確かに、十一月末頃に灰谷兄弟の動向を気にしていた。古巣が不穏にざわめいていれば、もちろん、気にかかることだろう。
純丘は暴走族の事柄に関わるつもりはない。知己の忠告もあるが単に領分の問題だ。もとからそういうスタンスだ。
——多少気に留めておくべきかとは思う。その程度。
ただし自らが首を突っ込もうとしなくても入ってくる話はあるにはあるのだ。
『ゴメンネ♡ もしかしたらそっち確認行くかもしれないけどぉ、純丘くんはマジで関係ないから安心してねぇ』
たとえばこのようにね。
自宅の玄関を開けたタイミングを見計らったように、ピリピリやかましくなったケータイ。非通知だったが嫌な予感がしたのでとりあえず出てみれば、コレである。
誰かはお察しであろう。純丘は一瞬で察した。察した時点で終話ボタンに指が伸びたがかろうじて堪えた。
「……心ッ底聞きたくねえけどこれだけは聞いておきますね、誰から確認来る可能性があんですか?」
『場地くん経由で
「さいで。族関連でなにか心当たりがないこと聞かれたら、だいたい師匠のせいだと思っておきます」
『いいよぉ、ホントにだいたいそうだし』
「……失礼します」
かろうじて挨拶は欠かさなかったが、終話間際の声色は明らかに辟易としていた。文句を投げなかっただけ理性が効いている。
げんなりした表情の純丘を眺めて、場地は(そろそろ日付も変わる頃合いだが、勝手に上がり込んでいた。これはいつものこと)しみじみとつぶやいた。
「塾長って苦労してんだな……」
「そうだよ」
純丘はさすがに疲れていたのでうっかり本音がこぼれた。
そうだよ。苦労してるよ俺は。
常日頃から多忙を極めているところを、楽しさとちょっとした矜持だけで、平然と振る舞っている。
でも普通に苦労はしてる。
「……ところで君のシフトを入れていた覚えはないが……」
「飯食えっかなって」
「それは帰れよ。家に」
「食ってくるっつって出てっちまったんだよ。幹部集会でなんか食えるかと思ったら、辞めたからって出禁だし。オフクロにやっぱ出してとか言ったらコブラツイストされそうじゃね?」
「辞めたら出禁は出禁というよりただの妥当だろ。……昼のシチューしかないんだよなァ、グラタンにするか」
遅めの晩飯については純丘の側が折れてやることにした。場地の母が息子にコブラツイストかます絵面は、どうしてだろう、鮮明に想像できる。
マカロニとチーズとパン粉と、数えながら立ち上がった純丘が冷凍庫を開くので場地もあぐらを解いて、キッチン収納から紙コップを引き出して水をそそぐ。
雇い主を労る気持ちは彼にも多少なりとも存在する。
「……話変わんだけどサ」
「どーぞ」
「アオサギってなに企んでんの? つうかアイツが九井のこと気に入りなのはわかったけどよォ、まずなんで九井のことストーカーしてんの」
このタイミングで聞かれる理由をいくつか脳内で並べてから、純丘は静かに己が思考を握りつぶした。
藪蛇藪蛇。君子危うきに近寄らず、触らぬ神に祟りなし。
「……前に俺も話を向けてはみたが、いまいちろくな回答は得られなかったな」
「ろくでもねえ答えはあったのかよ」
「あー……トモダチに四千万貢ごうとしてたのを陰ながら手伝ったとか、なんとか」
「……ニコイチのイヌピーってヤツ?」
「いや、たぶん師匠にとっての友人、の意味だな……あのひとにトモダチと呼べる人がいるとか、聞いたこともないが」
「いたとしてなんで九井が貢ぐんだよ」
「知らない」
真実は闇の中。もとい炎の中。当事者以外のあまねく誰もがひとつだって与り知らぬ過去。
少なくとも、真偽や詳細を知ったところで純丘榎の人生にはなんら影響しないので、それ以上の深掘りはしなかった。彼には人の過去を根掘り葉掘りと尋ねる趣味もない。
そも動機が清廉潔白であろうとも、逆に邪悪の塊であろうとも、やっていることが限りなく真っ黒グレーゾーンなのは事実で一切擁護できない。
「ところで圭介、上の棚右側の扉下の段にマカロニ入れてるから取ってくれ」
「エー、上の棚、右側、下の段。……コレか?」
「それ。ありがとう」
「おゥ。……なァ塾長、答えられなかったらいンだけどよ」
「うん」
「灰谷が来ねえのってなんかあったワケ」
「……うーん……」
思いの外直球に尋ねられた。
濁すような声色を伸ばして、純丘の視線が一瞬宙で振れた。
「……二度と会わないとは言われたな」
三途にはすでに一度回答したことだ。あのときより事態は少しだけ見えていて、明らかに悪化している。
「今までも、会いに来るな連絡を寄越すなと言われたことこそあったが。無期限はあれが初めてだ」
「……ナルホドナ」
「それと俺もエマから多少事情は聞いた。先に言っておくと、彼らがなにを進めているとか、なにが目的だとか、本当に俺は教えられてないし、知らなかったぞ」
「疑ってねーよ。詳しいこと知ってたら通報してんだろ」
正しい理解と把握なので「まあそうだな」と純丘も頷いた。冷凍庫で保管していた開封済みのチーズとパン粉の袋をそれぞれその手に握りしめていた。
仲間同士の喧嘩や界隈内での揉め事はどうぞ俺の知らないところで勝手にやってくれ、と放任一択だとしても、第三者に被害が及びかねない事柄は完全アウトだ。未遂であれば止めに入る。場合によっては合法な手段に修正することもある。既遂であれば、110番。
場地もようようわかっている。純丘榎と何年もつるんでいたのであれば、灰谷兄弟だとかもそのあたりの線引きは理解していたことだろう、と察している。純丘に知らされていたならあんなことは起こせない。どうにかして阻止される。
あんなことが起きている時点で、彼らは、世話になった男になにひとつだって教えなかったと逆算できる。
「……あいつらってそもそもなんでつるんでんの?」
「自称恐怖と利害の一致」
「自称」
「信じてないでもないがそれだけと言い張るには無理があると俺は思っている」
本当に自覚がないのか、認めるのが恥ずかしいお年頃か、もっと複雑な情緒でもあるのか、どうにせよ〝君ら言ってるよりだいぶ仲良しだからな……〟とは純丘の正直な評価だ。
たとえ恐怖と利害の一致で始まったとしても、それだけで完結できるなら、社会はもっと単純な構造になっているだろう。
接触し、対話し、互いに影響を及ぼしている。重ねた月日が情となり、あるいは変質の切欠にもなり得る。
「……ただ、なんで黒川くんを中心としたのか、詳しい経緯は知らないな。万次郎といい、総長は強い人がなると決まっているのか」
「一番強ェのはわかりやすいし、そーやって決めるチームもあるけど、
「……なるほど?」
思い返してみれば、真一郎は幹部の中でも強くはないのに総長だったという。初代
さてその点イザナに関しては、極悪だのなんだのといかにも犯罪的な話ばかりを耳にして——いや、と、純丘はふと記憶の端を掴む。
付き合いは長く、戯れのような日々を過ごし、都合の悪いことは適当に流して。
その中で、だ。
「……王様……?」
「ハ?」
「いや……」
あれはなんだったのだろう。純丘には判別がつかない。
文脈も覚えておらず、世間話の延長でうっかり出たのを聞き取っただけの単語。傍若無人な振る舞いを、横暴な権力者にたとえる言い回しは、なにも特殊な用例ではない。そのたぐいであろうと純丘は聞き流していた。
言葉を濁した純丘を場地はしばらく見つめていたが、やがてジトッと半眼になった。
「……まァ、塾長が知ってそうな顔してなんにも知らねえのは、いつものことか」
「グラタンは明日の俺の飯に回しても良いかもしれない」
「ジョーダンウソウソ。そんな意地悪すんなって」
「ったく」
ご機嫌を取るような物言いに首を振り、水を入れた鍋を火にかける。コンロのつまみをひねって鍋ギリギリまで火を強くする。
「ああ、あと聞きたかったの思い出した」
「言うだけ言ってみ」
「天竺ってガッコーじゃなかったん? なんか言ってたよな、前に」
「……天竺とはすなわち仏教の発祥地を指し、もちろんナーランダ大僧院は狭義であれば仏教の発祥地として代表的な学院であり現在も世界遺産として保護されているが、過去の日本に限って言うならインド全体および日本と中国を除いた外国全体を漠然と指していたわけで」
「塾長もしかして眠ぃ?」
「うん」
疲れていると立て板に水の如き弁舌で煙に巻こうとする傾向がある。
三年前に拭ったコンシーラーの色合い
:「許しきれない」3 months ago より
法的には〜
:どうしてもDNAが証明するものは多いという話
一例として「血縁」「戸籍」「相続」で検索すると諸々色々
トモダチに四千万貢ごうとしてたのを陰ながら手伝った
:答え・金額
なんか言ってたよな、前に
:「贖いの意味を知らない」on7.25 より