【完結】罪状記録   作:初弦

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工作、交錯、真相捜索

 時間は流れゆく。物事は移ろいゆく。

 二転三転した状況と受け取っては渡される情報群。知識は常に刷新され、伏せられたままの物事もまた開示されぬまま進行している。

 二〇〇五年も二〇一七年もその意味ではなんら変わりはしない。

 

 二〇一七年十二月八日——どう考えてもなんらかの思惑をもとに行動しているであろう慶三との邂逅から、五日後。

 

「武道くん、見てください。当時の取調記録です」

「それ俺見ていいわけ?」

「よくないですし君がバラしたら僕が免職されます」

「マジで見ちゃだめなやつじゃね?」

 

 花垣武道は現在、林田不動産が有するあるマンションの一室に匿われていた。

 

 というのも花垣の自宅は、三日の時点で先んじて、東京卍會の構成員が張り込んでいた。早朝に使いにやらせた慶三の子飼いからの報告である。それを受けて、まず直人が再度の柴兄妹への連絡を提案、急遽用意されたセーフハウスがイマココ。

 林田不動産は、生前の林田春樹のはたらきによって柴グループに売却されており、現在は柴兄妹の管理下に置かれている。部屋の一つや二つなら融通が利く。

 

 ところでここまで説明したのは花垣武道の処遇だ。かつて東京卍會の隊長だった人間として、佐野万次郎に目をつけられ、命を狙われている(確証はないが、ほぼ確定だろう)がゆえの処置だ。

 

 しかし直人は——花垣に同行していたからわりと危険だっただけで——単独では、橘直人個人に狙われる由縁はない。

 

 と、いうわけで、直人は月曜から普通に出勤しに行った——曰く〝欠勤する方が怪しいでしょう〟という言い分、それはそのとおりだが意外と肝が座っている——なんならその後は普通に自宅に帰った。

 

 進展があったら連絡します、のコメントを置き土産にしていった直人は、華金に定時でしっかり戻ってきた。

 ちゃんと進展も携えて。

 

「てか。……なんの取調記録?」

「純丘榎……稀咲榎殺害の件です。さすがに裏取りは必要かと思って、データベースを当たりました」

「……十二年前だろ? 残ってるもんなんだ」

「検察に送付する必要があるのでデータ化されるんですよ。二〇〇五年時点ならコンピュータも導入されている……とにかく、三ツ谷隆の言葉は正しかった」

 

 彼は印字されたA4用紙を差し出した。

 

「二〇〇五年十二月二十四日、稀咲榎は殺害されています。犯人も、ご存知の通り」

 

 直人が示した資料には、被疑者と被害者の欄にそれぞれ名前が記載されている。三ツ谷が述べた通りの名前だ。

 

 花垣はそれを確認し、視線を下へと滑らせて……え? とつぶやいた。

 

「……取調、できてねえって書いてあるんだけど」

「そのとおり」

 

 直人は大きく頷いた。

 

 取調記録というほどのものでもない。事件が起きたのは十二月二十四日、夜九時に差し掛かる頃合い。凶器はカッターナイフ。ただし、それこそ手当たり次第に刺したような有様で、運悪く太い血管を裂いたのか、出血性ショックにより死亡。

 犯人は現行犯で逮捕した後、翌日には自殺。

 

 ただそれだけの情報が端的にまとめられた記録。

 

「本来の記録が改竄されたか、そもそもデータとして保管されなかったのでしょう。誰の仕業かは判断がつかないので現時点では犯人探しは保留として……」

「そりゃ……驚いたけど、三ツ谷くんも言ってたじゃん? ほとんど聴取もできなかったって話」

「傷害、しかも殺人の現行犯で取り押さえられておきながら、取調にわざわざ間を置く理由がありません。取調自体は行われていたと見た方がいい」

 

 警察官である直人は当然備えている知識だが、花垣は知らない取調の知識について、少し述べる。

 

 現行犯逮捕の場合、被疑者の身柄は原則として四十八時間以内に検察に送致する必要があり、警察側の取調は検察に送致される前に行う。

 しかも取調は基本的に一日八時間以内、午前五時から午後十時までの間に行うこと、と制限が課せられている——無駄な時間を消費している暇もないだろう。

 

「三ツ谷隆が嘘と認識していたかは……僕は知りませんが」

 

 そこで一瞬言葉を切って「……とにかく、」直人は言葉を続けた。

 

「連行された警察署を確認したので、当時在籍していた警官に当たりました。ほとんどの警官は覚えているが接触していないと口を揃えていましたが……十二年前の事件を覚えているのもなかなか……」

 

 十二年も経てば、小学校一年生だったこどもが高校を卒業できる。よほど印象的でもなければ記憶にも残るまい。

 

「ただ、幸運なことに、当時犯人と接触した警官と会えました。彼は十二年前は交番勤務の新人で、通報に応じて現場に駆けつけ、犯人を取り押さえた一人だったそうです。取調自体には参加しなかったようですが……警察官になって初めて遭遇した、現行犯での殺人だったので、よく覚えていると。現場の悲惨さも含めて」

 

 滅多刺しで殺害された事件がそういくつもあっても困る。

 

「彼から聞けた話をまとめると——現場に駆けつけた当時は、犯人も呆然としていて、確保は簡単だったこと。そのとき犯人が〝そんなつもりじゃなかった〟とつぶやいていたこと。新規の情報はこの二点でした」

「そんなつもりじゃなかった……?」

「……武道くんがご存知かどうかは知りませんが、滅多刺しと呼ばれるような殺傷事件の場合、大抵は素人が計画性もなく実行しています」

「あ〜……? ヤ、でもそっか。ケンカでもマイキーくんとかそれこそ一撃で決めっけど、俺とか弱っちいからなんべんも殴んねえといけねえもんな」

「……君が十二年前になにをやらかしているのかはこの際追及しませんが。理屈はそうです」

 

 元不良(十二年前基準で言うなら、今も現役の不良)に冷たい視線を注ぎつつ、直人は指を立てた。

 

「暴走族と付き合いがあったとはいえ、荒事には慣れていない一般人。とはいえ……三ツ谷隆の証言では、稀咲の近辺を調べ尽くしたノートがあったとか。それが果たして、厳密な計画性と呼べるほどのものかはわかりません。僕たちは現物を見ていませんし。ただこの証言を踏まえると、少なくともそう突発的な犯行とも思えない」

「マそうだな?」

「そしてもうひとつ、凶器がカッターナイフという点です」

「あ、やっぱ変だよな、そこ」

 

 立て板に水の如き情報量についていくのが精一杯だったので、言及こそしなかったが。違和感が芽生えた箇所を取り上げられて、花垣は大きく頷いた。

 

「まずあれって人殺せんの? 刺す前にバキッていきそう」

「もちろん切りどころが悪ければ死にます。ただ感想として的外れでもありませんね。殺人目的なら、包丁を持ち出したほうが確実です」

 

 カッターナイフは当然刃物なので、正当な事由もなく持ち歩いていれば銃刀法違反だ。

 

 とはいえ、カッターナイフの入手難易度は、数多の刃物の中でも限りなく低い。ちゃちなものでいえばそこらの文具コーナーでも売っている。

 利便性はもちろん、刃物の中でも比較的、殺傷能力が低いからだ。

 

「つまり僕が思うに、稀咲榎殺人事件は——傷つけたかったのか、脅迫のために刃物を用意したのか、そこはわかりませんが。当初は殺すつもりはなかったのでしょう。しかし、なんらかの不測の事態により、勢い余って殺してしまった……という経緯だと思います」

 

 直人は自らの考えをとりまとめつつも、もちろん、と言葉を続けた。

 

「そこまで考えが回らなかっただけかもしれません。二〇〇五年の事件を調べるには、今はあまりに時間が経ちすぎています」

 

 先にも彼本人が言及していたが、十二年前の事件の詳細を覚えている人間はそう多くはない。センセーショナルな事件だとしても、警察官たちはそれらを処理するのが業務である。取っ掛かりでもなければ細かい部分は忘れゆく。

 

「だとしても、三ツ谷隆の証言を踏まえれば、東卍(トーマン)関係者たちはこの事件を稀咲への負い目だと考えていたようですから。阻止できるならばそうした方が良い」

「そだな。っつか、あのひと稀咲の巻き添えで殺されていいような人じゃねえし。あのひとじゃなくたって、誰も死なねえ方がいい」

「……阻止できるならば、です。姉さんを救うことを第一にしてください」

「そりゃもちろん」

 

 深々と頷いた花垣に、ほんとか? 直人は正直訝しんだ。

 

 姉を救うという目的は同じだが、ちょくちょく脇道に逸れかけている。気がする。

 

「……まあいいでしょう。そして本題、目下最優先で阻止するべき佐野エマの件ですが。完全に調書が抹消されていました。ダメです」

「だ、ダメて」

 

 反射で返した花垣が、そこで一瞬間を開けて、それから眉をひそめた。

 

「……さっきからなんかおかしくねえ? 警察ってそんな……いくら都合悪いったってほいほいデータ消せるモンなわけ?」

「そんな神奈川県警でもあるまいし」

「逆に神奈川県警そこまでダメなん」

「言葉の綾です。……いやまあそれこそ警視庁の方がだいぶんマシだと思いますがそこではなく。しかし武道くん、今日はずいぶん冴えてますね」

「褒めてないよな?」

 

 ちょくちょく脇道に逸れるのは彼らの会話も同様だ。

 

「犯人探し、と言ったのはその件も含めています。今までもそうでしたが、東京卍會に関する事件は、不自然なまでに諸々の情報がサルベージできないことが多い。稀咲榎と、特に佐野エマの件の二つは、顕著ですね」

 

 話を軌道修正、直人は二本目の指を立てた。

 

「三ツ谷隆からの情報を踏まえて当時の新聞を総当たりし、ようやく、当時翌日の朝刊に掲載された記事を見つけましたが、警視庁内において佐野エマの情報は完全になしのつぶて。警察庁は、さすがに僕ひとりの権限ではどうしようも……」

 

 橘直人はあくまでも、警視庁の巡査部長。管轄は東京都内、分類としては地方公務員。

 日本全国の警察を総括する警察庁に関しては、勝手に内情を探る権利はない。

 

「稀咲か、その利害関係者か、全くの第三者か、あとから調べられないように、内部で手回しした者がいることは確実です。情報が抹消されているのは痛いですけれども、逆に言えば、消さなければならないほどに重要だった」

 

 雑事まで痕跡を消して回る意味もない。東京卍會はとうに巨悪な反社会的組織へと成り上がったのだから、彼らの単なる悪事の一環としてまとめられるだろう。

 何故そうしなかったか。探られるどころか、存在すら感知されたくないほどに痛い腹だからだ——直人は直感した。

 

「と、なればあとは人の記憶頼りですね。十二年前の事件をよく覚えているであろう人間を吊るし上げます」

「ハッ、穏やかじゃねえな」

 

 言うわりに笑みを含んだような物言いである。

 

 話し込んでいた二人が振り返れば、慶三が戸枠に手をついて彼らを眺めていた。直人と花垣の現在地マンションのリビングと、玄関までをつなぐ廊下の扉だ。

 

「十二年前のクリスマス・イブ……マァ、デカい事件だったな。どっちも」

「……あなたは本当に、ずいぶんとご存知のようですね」

「そりゃそうだろ。純丘にはこっちが世話かけたことも、かけられたこともあったしな」

「あの人の交友関係ホントにどうなってんの?」

 

 これはわりとマジな花垣の所感。

 

「そこんとこは俺らもみんな首捻ってたな」

 

 そしてこちらはただの事実でしかない慶三の返答。

 

 彼らの総長とてたしかに顔が広かったが、それはその界隈に身を置いていたがゆえの交友関係だった。あの男はカタギだと自称していて、実際素行は完全に善良なる一般人だっだが、当の()()()()だけは黒川イザナと今牛若狭のファーストインプレッションから始まり、不良だけでなく、警察や麻取からも目をかけられていた記憶がある。

 

 慶三は連鎖的にそこまで思い返して、ふと、慮るように目を細めた。

 

「……それに。(シン)は、万次郎はもちろんだが、エマのこともずいぶん可愛がってた」

 

 シン——直人や花垣には一瞬結びつかなかったが、万次郎とエマを二人並べて、加えて慶三の〝初代黒龍(ブラックドラゴン)幹部〟というかつての肩書を考えれば、明示だ。

 佐野真一郎。初代黒龍(ブラックドラゴン)総長。

 

「つっても、まともにケンカしてた時期だってほとんど一回りも違ェ俺だのより、詳しいやつがいるだろ。場地はどうした?」

「場地くんは……でも実際、あのひとは十二年前だともう東卍(トーマン)も辞めてたはずで」

「……だとしたら、あと元東卍(トーマン)だと残ってんのは武藤か、春千夜だろうな」

 

 花垣の言葉を受けて慶三は指折り数えたが、すぐに首を横に振った。

 

「あいつらは、それこそ場地だのとは違う意味で話を聞ける気もしねえが」

「それは、彼らは組織形態としては黒川イザナの傘下、天竺派にあるから、でしょうか?」

「それもある。けど春千夜に関しちゃどうにか潜り抜けて会っても無駄だろ。あいつはほとんどいっつもラリってっから、元よりろくに話もできやしねえ」

 

 なるほど薬物濫用。十二年前ともなれば不良界隈でもたちの悪い人間は当然のように手を出していたうえ、直人も所属の関係で、ドラッグジャンキーには多少覚えがある。

 各々の事情から苦々しく顔をしかめたふたりに「よくあることだろ」慶三は素気なく言った。

 

「そんで武藤の方は、イザナへの恭順って意味じゃ鶴蝶の次に来るレベルだ。まず口は割れねえだろうな」

「……それって、イザナくんが許可しなきゃなんも言わねえって意味っすか?」

「まあ……あいつの不利になる話は死ぬような目に遭っても言わねえだろうな」

 

 ほとんど復唱じみた確認事項を為す花垣に、怪訝に応じる慶三。

 

「なら。いっそイザナくんに聞くのがアリなんじゃねえかな」

「は?」

「なにを言っ……いや、たしかに?」

 

 反論しかけた直人が、不意に眉をひそめ、考えを改めた。

 

「三ツ谷隆の言が正しければ、佐野エマを気にかけていたのは彼も同様、そもそも十二年前の事件においては、黒川イザナが率いた南朝天竺は当事者でしょう。むしろ、より詳しい事情を把握しているかもしれない」

「三途くんに聞くにしたって結局天竺派の横槍入るかもしれねえってんなら、最初っから全員に聞くつもりで行ったほうがいいだろ」

「その場合、問題はどう接触するか。とはいえそもそも東京卍會側のルートはほとんど潰れているので、柴兄妹から力添えをいただくことになったでしょうし——」

 

 二人はすぐさま天竺派に接触するための手段を講じ始めた。

 

 喧々諤々と意見を交わす彼らをしばらく見つめて、それから慶三はしみじみとつぶやいた。

 

「お前ら頭湧いてんな。稀咲が消えた今、黒川イザナはマイキーについで東卍(トーマン)の№2、当のマイキーが組織運営に関わらねえ以上、実質のトップだ。わざわざ本拠地に突っ込むって?」

「武道くんの自宅を張られていて、足取りを捜索されている現状で、むしろ誰も本丸に乗り込むとは思わないでしょう。ある意味、思考の裏をかける可能性がある」

「てか俺イザナくんとは、ハロウィンだの埠頭だので一瞬ちらっと見かけたぐらいなんすよ。マイキーくんは狙ってるっぽいけど、イザナくんに殺される理由もねーし。マイキーくんには連絡されるかもしんねえけど」

 

 直人に続いて述べた花垣が、そこで一呼吸置いた。

 

 三ツ谷隆のことは、翌日、ニュースサイトで取り上げられていた。彼の死を花垣はそこで知った。反社会的勢力の幹部が絞殺された事件。派閥争いか暗殺か、記事のコメント欄やSNS、テレビ番組でも知らない人々が取り上げて論じていた。

 派閥争いでも暗殺でもないことは知っているけれど、きっかけが妹の死であることはわかったけれど。ただ、花垣も、結局万次郎がその凶行を選んだ理由について、明確な回答は得られていない。

 

「したらそれはそれでタイマンで話せるんじゃねえっすか。なんでみんなを殺して回ってんのか、結局俺、本人に聞いてねえんすよ」

「マジで頭湧いてんな」

 

 慶三は、今度は肩を揺らして笑った。

 

「おもしれえ。やっぱ族やってたんなら、そんぐらいはハネてもらわねえと。……個人的には、ひとつ心当たりがあるぜ。望月莞爾は知ってるか?」

「望月……川崎のモッチー! ……だったはず!」

 

 歩く不良辞典山岸からの受け売りなので、ちょっと自信がない。

 

「あと、たしか埠頭にもいたな」

「東京卍會でも、天竺派の幹部ですね。今は主に神奈川全域を担当していると聞き及んでいます」

「あいつは天竺の中でも表に出ている方で、斑目みてえにいけすかねえわけでもねえし、灰谷どもよりまともに話せる。このへんは(オミ)のが詳しいな、繋いでやるよ」

「オミって?」

「明司武臣。黒龍(ブラックドラゴン)初代副総長、今はあなたとは別の組とはいえ、東京卍會とは提携関係を結んでいる……階級は、理事長でしたか」

「真面目に勤めてるモンだな、よく把握してる」

 

 皮肉っぽい口調だ。とはいえ述べたことは実行するつもりのようで、手早く連絡を取る慶三を、直人は注意深く眺めている。

 花垣は彼ら二人の様子を視界に入れていながらも、思考は記憶を参照し、回顧した。

 

 一度万次郎から逃げ切って、このセーフハウスが用意された際。慶三が確実にこちらの様子を把握していない、と考えられるタイミングを見計らって、花垣は、柴兄妹から忠言を賜っている。

 

『ベンケイとワカ、それに軍神明司。黒龍(ブラックドラゴン)初代幹部で、まだ東卍(トーマン)に関わってんのはこの三人。全員が違う組だけど、まだ交流はある。……ってか、たぶんこの件に関しちゃ協力関係なんじゃない?』

『俺らに、花垣、お前が動くかもしれねえって話を教えたのは、ワカ——今牛若狭だ。それで、お前らに接触したのがベンケイ。あいつらがまとまって動かなくなってから長いが、双璧が連携取ってんなら、どっかで軍神も出てくるだろうな』

『あいつら、確かにあんたらが殺されるのは痛手っぽいけど、実際なんでってのは探り入れてもはぐらかされ続けてるから——や、マジで口割らなくて、こっちだってさすがに本職相手だと強硬手段取れないし——裏があるのは確実』

『とりあえず、お前らまだ場地と繋がってんだろ。お前らの動く日取りが割れてた以上、どこまで握られてんだかわかったもんじゃねえが、一応伏せといた。連絡取る時も慎重にしろ』

 

 場地にも確認をとり、彼もまた柴兄妹に同意したため、未だに別行動を取っている。花垣が場地圭介について濁したのは、これらの背景情報に基づいたものだ。

 

 さて柴兄妹の予測通り、慶三からは軍神明司武臣の名が出された。どれだけの情報を共有しているのかは、花垣たちは知り得ないが、ある程度交流が続いているのは事実だろう。

 花垣と直人が、橘日向を救うために始めた物語。しかし黒幕と思わしき稀咲は、この二〇一七年では死んでいる、と聞き及んでいる。稀咲に操られていたはずの佐野万次郎は、現状、旧友を殺して回っている。

 

 黒龍(ブラックドラゴン)たる柴兄妹は、現在は、味方のようだが。黒川イザナ率いる天竺派が台頭し、東京卍會を実質的に牛耳っている。

 そして——初代。

 

 二〇一七年十二月。大雪も半ばに差し掛かる頃。

 東京卍會を巡る情勢は、いよいよ、複雑怪奇と化している。

 

 

 

  工作、交錯、真相捜索

 

 

 

 ——僕たちの現状報告については以上となります。もちろん、あなたの方からも聞きたいことの二つ三つ四つ五つプラスアルファ大量にあるので、二、三日の間に反省文と状況報告をまとめてご都合のよろしい日取りに提出ください。

 

 橘直人

 

 長々としたメールの後半はだいぶ怒りが滲んでいた。状況報告より先に反省文が明記されている時点で私情きわまりない。

 要点を手帳に書きとったのちまずメールを消し、ゴミ箱からも削除——痕跡を一切残さぬ周到さ——アプリも閉じて、スマホをスリープモードにして、ポケットに仕舞う。

 

 そうしてようやく、場地は深々と溜息をついた。膝の上に両肘をついて頭を抱えた。

 

「言えてたら言ってんだよ。俺だって俺が言えるぶんはとっくに言ってんだよ。ドブに賭ける野郎は信用ならねえだの言うだけなら誰でもできるだのなんだのごねやがってる奴が百悪ィだろ。なんっで俺が黙ってる扱いになってんだよ。ヤ確かに黙ってっけどさあ!?」

「ポリ公がよくもまあピーチクパーチク囀るな〜」

「オマエ長い文章喋ると若干フクブに似ててヤなんだけど。アイデンティティ持てよ生き残れねえぞ」

「ま、まじでざっけんなよ……」

「消耗してんな」

 

 矢継ぎ早に揶揄う灰谷にうめいた場地。トドメのようにイザナが鼻で笑った。ちょうど場地の様子を覗きに来たところだった。

 

 佐野万次郎に命を狙われているのは現状旧暴走族東京卍會の隊長格全員で、そのうちには場地も含まれている。

 場地が潜伏先に選択したのは、奇しくも直人とほとんど同じ思考により、天竺派のお膝元だった——彼のこの選択については、もうひとつの根拠が付随している。

 

「てかそこの、サンズ、生きてんのコレ」

「え? 知らね。生きてんの? おーい三途」

 

 床に落ちている三途が靴先で小突かれる。ややあって、かすかにうめき声を上げた。

 

「生きてた」

「また死に損なってら」

「ッせえ……」

「生意気ほざくようになったよな。まともに猫被ってたの何年持ったっけコイツ」

「一年?」

「ギリ二年じゃね? あれだろコイツ三天あたりからマジでダメんなったはず」

「あーなら二年だな。ギリ」

「……あんたら人の心ねえなマジで……」

 

〝あいつ、まだ東卍(トーマン)の誰かと繋がってますよ。僕たちに教えてない、誰か〟

 

 警察学校からの付き合いといえども、数年はゆうに経過している。年月の蓄積とそれらに伴う理解により、直人の推測は正解を叩き出していた。

 場地には、千冬の他にも東京卍會の情報を得る手段がある。今まで生き延びている理由もこれに基づいている。

 

 三途春千夜、もとい明司春千夜を経由した情報源——場地圭介が生存し、警察官となる二〇一七年が開拓されてから。すなわち、血のハロウィンがただのハロウィンの抗争と化してから。この未来は選択され続けている。

 

 何故三途と場地が密に連絡を行っているのか。

 場地は十二年前には既に、暴走族から足を洗っていた。花垣の知識ではそのように記憶されていて、実際、場地は(まあ多少の使いっ走りなどさせられていたが)確かに、十二年前は既に不良界隈から手を引いていた。集会なんぞにも参加できなかった。

 

 ところで、場地圭介と橘直人は、警察学校で同期だった。

 何故同期だったか。当然、同じタイミングで入学したからだ。

 何故、生まれ年が二学年ぶん異なる二人が、同じタイミングで入学できたのか。場地は高校でも一度留年しているからだ。

 

 ……では、何故、場地は高校でも留年したのか?

 

 彼の肺の症状は、高校入学時にはほとんど寛解しており、抗争で暴れ回っても息を切らさない程度の体力も戻っていた。

 当時の関東圏における不良界隈は、ふたたび大きな転換点を迎えており、ゆえに場地も一時期だけ不良界隈に復帰していた。

 

 場地が所属していたチームの名は(ブラフマン)。瓦城千咒を主とするチーム。

 (ブラフマン)と、東京卍會と、寺野南が率いた六波羅単代と、三大勢力の睨み合いが始まったのが二〇〇八年——そうして。

 

 今は三天戦争と呼ばれる事件により、結果的に(ブラフマン)は壊滅し、余波を食らった場地も停学処分を受けて、留年した。

 

 そしてそのときから、場地は三途からの情報を受け取っている。

 彼らの密かな繋がりには、やがて天竺派に属する幹部らも勘付いて、加担した。

 

「まあ死に損ないはどーでもいいとして」

「よかねえよ。……いやオマエらが興味示してるよかマシか……」

「結局稀咲の居所って掴めてんの?」

 

 テキトーな言い草だが極めて真面目な話題の振りだった。

 テンション一致しろよ。場地は切実に思った。

 

「……マイキーが殺してねえのは確定でいいのかよ?」

「大将いいの?」

「まず死んでねえだろ。半間が同行してるかどうかは知らねえがあいつも死んでねえ」

「だってよ」

「いつもだけど、無根拠でなんで断言できんだよ」

 

 場地は苦々しくつぶやいた。在りし日の万次郎の勘の鋭さを思い起こす。

 

 と同時に——稀咲が死んでない、とのたまうその言葉を否定もできない。

 あの男はいつだって用意周到だった。あらゆる意味で、あらゆるときも。

 

「マジで死んでねえってんなら、マイキーのバックについてるか、じゃなきゃ初代のトコだろ。このかんじ」

「万次郎はねえな」

 

 これまたサクッと否定して、イザナは己の顎に手を当てた。

 

 年月が過ぎ去って三十を数えても、青年時とほとんど変わらない顔立ちは、少し不気味ですらある。

 

「なら初代か」

「初代かよ、めんどくせえな。なまじ経験値はバカ高ェからあいつら」

 

 苛々と蘭が舌を打つ。オールバックヘアの前髪を雑にかき回せば、あっという間にヘアスタイルが乱れる。「九時から銀座だからそれまでに直せよ」「あヤベそうじゃん。竜胆〜俺のぶんも頼むわ」「ハァ!?」アラサーになっても兄に無茶振りされる弟が声を荒げた。

 可哀想だな……と場地は一瞬思ったが、ついさっき二人揃って揶揄ってきたことを思い出して、同情を取り下げた。

 

「まァんなこた置いといて」

「置くなよ!?」

「地味にめんどいのが三人で組んでるとこだよな今回。明司の狸だけなら口だけオトコ、双壁二人だけなら外側削ってけばどーにでもなんのに、なァんであいつら三人仲直りしちゃったワケ?」

「まじ、クソ兄貴……てか俺まずなんであそこ割れてたのか知らねえんだけど。借金まみれどころか、三天戦争ンときだってあいつら、おんなじチームだったよな?」

「お前らは一生わかんねえ理由だから触れんな」

「イザナそれ差別ってんだろ」

「理解しようとする努力が大事なんだぜ?」

「テメェらもテキトーなゴネ方するときは大概純丘がこびりついてるよな」

 

 イザナはどうでもよさそうな口振りだったが、一瞬にして灰谷兄弟二人は黙り込んだ。

 

「……未だに地雷なんかよ」

 

 思わず場地はつぶやいた。

 足元に違和感が触れたので見下ろせば、バッドトリップで床に這いつくばっていた三途が、なんとか起き上がろうと手近な支え——場地の足——を掴んだところだった。

 

「他人事だな。オマエも恩恵受けてんだろ?」

 

 黒革のソファに無造作に腰を下ろして、場地を真正面に見据え、イザナはニコッと人畜無害な笑みを浮かべた。人畜無害なのは笑みだけとはもはや補足も蛇足となる事実だ。

 

「俺はテメェが死のうが殺されようが心底どうでもいい。テメェらが縋ってる()()()()なんざ興味もねえ。とっくに日本は捕れてるし、このまま行けばここは俺の国になる」

 

 東京卍會がこどものお遊びだったのは、それこそ、十二年以上も前の話である。

 彼らは巨大な犯罪組織へと成り上がった。名にこそかつての通り東京と記されているが、実際のところ、日本の各地警察、地方行政、当然ながらその中枢もほとんど掌握している。

 

 東京卍會の顔たる佐野万次郎は、支えを失い、瓦解寸前だ。そも万次郎は、東京卍會の内政には興味を示さなかった。

 彼に付き従う者たちが、彼を頭に据えた組織を整えていた。筆頭たる稀咲鉄太は——イザナの勘が正しければ、表向き、という注釈がつくが——既に死んだ身。東京卍會に直接的に口を出せない。出しようがない。

 

 №3の黒川イザナは、繰り上がりで実質のトップとなっている。

 

「テメェのこと万次郎に突き出しても別に俺は困んねえよ。そうしねえのは、オマエの元雇い主が借り作るだけ作って死んだせいだ」

 

 イザナは(イザナ自らこれを説明するときは、ほとんど必ず、癪なことにも、と注釈をつける)純丘榎に借りがある。

 複数個、決して小さくはない借りだ。

 

 イザナの住居や居場所を把握していながらも、佐野家に対して黙秘し続けた。葬式に引き摺られていった。線香を上げる口実を用意された。墓参りの同伴を快く了承した。基礎的な礼儀作法を教え、イザナの問いに己の回答を提示した。

 

 それらすべて〝灰谷兄弟の知人だから〟〝佐野真一郎の弟だから〟なんて些細なきっかけだった。

 そうしてたしかにイザナ個人に向けられた配慮だった。

 

 当人はもういない。イザナはだから、どうでもいい。

 灰谷兄弟は未だに痕を残しているようだが、結局、死者はそのままなのだ。それはイザナの価値観であり、生前の純丘本人すらも述べたことだ。

 

 けれど、借りは、覚えている。そして返せない。

 死人はなにも語らない。死人はなにも思わない。なれば当人に借りを返すこともできやしない。

 

 墓参りは生者の心情の整理をするためにあると純丘は持論を展開した。

 イザナが勝手に借りを返す行為も、そこに帰結する。

 

「……だったらタケミチにも協力してやれよ。塾長あいつ気に入ってたぜ」

「それとこれとは話が別だろ。純丘には借りがあるが、アイツは俺とまッたく気が合わなかった。第一、誰がどうハナガキを知ってたところで俺はろくに知らねえ。せいぜいが下僕が肩入れしてたぐらいか?」

 

 バッサリと切り捨てて、イザナは足を組み替えた。膝頭のところで両手を組んで、笑みを深める。

 

 十二年前よりも慣れた仕草だった。

 黒川イザナに、悪辣な犯罪組織の幹部としての振る舞いが、すっかり身についた結果がこの現在だ。

 

「俺はこの未来で満足してる。だってのに変えてェとかほざくなら、命ぐらい賭けてもらわねえと割に合わねえだろ」

 

 いや知らないが。

 とっくに命は賭けてるが。

 お前が満足してるこの未来で不幸な奴はわりといるが。

 

 場地はいくつかのこと——主に上記に並べたようなこと——を思ったものの、いずれも口にはしなかった。

 

 イザナは相も変わらず、しいていえば昔と比べて権力も立場も人手も揃ったのでだいぶ手に負えない暴君だが、今回の主張の根幹は間違ってもいない。

 過去を変える力は、少なくない人々の人生を左右している。たとえば場地が生きていて、たとえば旧東京卍會の幹部のほとんどが死んでいるように。

 東京卍會の周囲だけでもこの有様ならば、もちろん、その他の人々にも影響を与えているはずだ。

 

「エマのこともか」

 

 代わりに一言だけ投げた。

 

 イザナは、返答に一瞬の間を置いた。瞳が不快そうに眇められる。

 

「……それこそ、俺には関係ねえだろ」

 

 つぶやいたイザナが立ち上がる。相変わらず彼のお気に入りのピアスが耳元でカラカラと鳴っていた。

 場地は、去っていくその後姿に一虎を想起した。彼の旧友は出所後も、鈴の音のピアスをつけていた。……亡骸も同様であったと聞いている。

 

「オマエも大概、全力で地雷踏んでくよな?」

「イザナ、久々にキレるかと思った……こえーよやっぱ、現役だろ」

「そりゃ現役だろ。竜胆オマエ、俺らなにしてると思ってんの普段」

「あいつがいなくなった瞬間騒ぎ出すよな……」

 

 重苦しい空気ばかりが残されたので、空気を読まない茶々はある意味では換気にも等しい。

 

「イザナがフクブの話持ち出す時はだいたいこっそり気ぃ立ってっから。俺らが絶対黙ると思って選んでんだよ、間違っちゃねえけどな」

 

 肩をすくめた蘭の傍で、竜胆がしゃがみ込む。場地の足を支えに座位になったはいいがグロッキーな三途を覗き込んで「起きろよ〜吐くなら便所で吐けよ〜ここで吐くんじゃねえぞ〜吐いたら床舐めて掃除しろよ〜」などと声をかけている。治安が悪い。

 

「場地」

「ウワ喉ガラッガラ」

「なんだよ」

 

 呼ばれたので応じる。近頃はほとんど正気でなかった三途にしては、珍しくはっきりと喋った。

 薬物の濫用で落ち窪んだ瞳が場地を真っ直ぐに見上げた——ほとんど睨み上げた。

 

「ドブとクズが合流すんのか」

「ドブじゃなくてタケミチな?」

 

 なお、三途が言う〝クズ〟とは明司武臣を指す。

 

 場地はそこは訂正しなかった。幼馴染の兄のろくでもなさを場地はようよう知っていた。

 

「合流したってか、しそうってか、するんじゃねえの」

「背中取られんな」

「は?」

「背中じゃねえかもしんねえけど。とにかく。んだってアイツ、くそ、俺なんかよりも弱ェ雑魚が……」

 

 呂律が回らなくなり、要領を得ない音が羅列される。彼の脳みそは再びどこぞへとトリップしていったようだ。

 ほとんど全体重が一気にのしかかった場地はさすがに呻いた。痩身でも意識が飛ぶともろに体重の重さを実感する。

 

「……殺させんなってハナシしてた?」

「んじゃね? まーじで珍しくシラフだったな」

「ンなの、橘が言われなくてもってかんじだろうけど。……教えとくか」

 

 スマホをふたたび取り出して、ロックを解除。表示されたテンキーを叩きながら「アンタらは」ふと場地はつぶやいた。

 

「タイムリープとか、マジで興味なさそうだよな」

「興味っつか」

 

 立ち上がった竜胆は、スーツの埃を払うついでのあっけらかんとした口振りだ。

 

「やり直す前に稀咲殺せれば俺らの勝ちだろ?」

「……心ッ底知らねー」

 

 現役警察官の目の前で殺害予告をするなという話である。

 物騒な予告をしかしここ十年ちょっとで何度も聞いてしまっている場地は、とうとう投げやりに返した。




滅多刺し
:偶然でもなく一撃で確実に殺せるのは、むしろ計画性があり殺し慣れている、という話です

正当な事由もなく
:そこそこ取り出しやすい方法で携帯していると職質で一発アウトの可能性がある

切りどころが悪ければ
:動脈ガッツリ切るとさすがに死ぬ
 絶対に実験しないでください

神奈川県警
:「神奈川県警 不祥事」あたりで検索かけてください

まだ東卍(トーマン)の誰かと〜
:「償いを望んでいる」かつて子どもだった誰しも より

この未来は選択され続けている
:愛情篇「保証にはできない」惨禍の結果に特異点 にて一瞬記述した通り
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