【完結】罪状記録   作:初弦

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 あけましておめでとうございます。
 エンドロールと銘打ってはいますがもうちょっと続きます。


エンドロール

 結論から述べると花垣はすったもんだの末に日向と復縁した。

 

 結論以外も述べる場合は、一から十どころか百まで説明する必要が生じて途方もない文字数を割くことになるだろう。というわけで、割愛する——物語の余白はあまりに小さいので。

 

「おらそこでキスしろキス! ちゅーしろ!」

「いいぞそのついでにプロポーズしろ! 一生誓え!」

「オイなにビビってんだよタマついてんのか! てめーそれでもオトコか!」

「協力はありがたかったんすけどマジで外野がうるせえ!!!!!」

「あはは……」

 

 一部抜粋するとそんなかんじのやかましさを経て。

 

 正月である。

 

 対南朝天竺との抗争が近いタイミングだったが、花垣は一旦、今度こそ現在へ行けるかチャレンジをすることに決めた。年が変わったので、辿り着けるとすれば二〇一八年になるだろう。

 稀咲が何故、未来で日向を何度も殺したのか。何故タイムリープのことを知っていたのか。そこは未だに判然としない。花垣には見当すらつかないままだが——ただ、彼は東京卍會からいなくなった。

 

 純丘榎の傷も、結局は創傷なので、縫合さえできれば癒着も早かったらしい。無事に退院し、そして佐野家のアルバイトすら辞めたようだった。

 万作にしか挨拶しなかったので、万次郎とエマの佐野兄妹は揃って激怒していたが——兄妹の相手を一挙に引き受ける龍宮寺が、ただただ嘆いていた——とにかく、いなくなった。

 

 ……林田春樹の親友は、不起訴処分となる見込みだ。これは場地が仕入れてきた情報である。ほとんど傷害致死か殺人未遂だったが、なにせ被害者の側たる純丘が本当に心底全く争うつもりもないらしく、大した額でもない示談があっさり成立しそうだとか。

 

 クリスマス・イブには誰も死ななかった。

 タイムリーパーを取り合い、争い合っていたあの未来は、少なくともそっくりそのまま訪れることはないだろう。

 

 初詣を済ませて、多少の睡眠を取り、それから花垣は直人と握手を交わした。

 

「——武道くん、起きて」

 

 声とともに、肩を揺さぶられる感覚。

 

「もー、去年寝正月になっちゃって落ち込んでたの、武道くんでしょ。起きて」

 

 呻いて、花垣はパッと起き上がった。

 

「ヒナ!」

「わ」

 

 日向は目を丸くした。ようやく起きた恋人が、ぼろぼろと涙をこぼしながら抱きついてくれば驚きもする。

 

 怖い夢でも見たのかな……ちょっと子どもみたいで、カワイイ。日向はそんなことを思いながら、彼の背中をさすった。

 未だに直人が悪態をついて離席するレベルのラブラブさが、期せずして功を奏したかたちである。それにしてもたいへんだな弟ってのも。

 

「東京卍會は十二年ほど前に解散したようですね」

 

 こちらは仕事ができる直人。花垣からのコンタクトに待ってましたとばかりに二つ返事で応じ、午後には顔を合わせていた。

 お馴染み、情報共有のお時間だ。

 

「クリスマスに行えなかった抗争を改めて執り行い、散々な泥試合の末に一応勝利」

「……一応ってナニ?」

「正直あんまり重要ではない上にやたらと入り組んでいるので説明するのがめんど……たいへんで」

「そこまで言ったらもう面倒って言ってるようなモンだろ」

「というわけで、詳しい経緯を知りたい場合はお手元の資料をご一読ください」

「アッ、やめとく」

 

 示された資料とズラッと並んだ文字列に、花垣は早々に読むことを放棄した。

 読書が得意で大好きな不良もいるかもしれないが、少なくとも花垣は全く得意ではなく、なんなら大嫌いである。

 

「ともあれ、12・1宣言から続いた一連の騒動を指して、関東事変と呼ばれていますが。このときの勝利を一区切りとし、東京卍會は解散しました。解散といっても、暴走族としての活動を締めくくっただけなので、隊長格のほとんどと君は今でも付き合いがあり、今回の僕は君経由で何人かと知り合っています」

 

 資料を嫌な顔して押しやった花垣に、ホラな、の顔をしながらも、直人の説明は澱みなく、要点だけをピックアップしていく。

 

「たとえばマイキーは今はオートレーサーですし、場地はなんだかんだで高校をちゃんと卒業し、ペットショップの経営をしています。パイロットになった松野が事あるごとに入り浸っていて、最近は出所した羽宮一虎を雇っていました。他の面々の現在は是非とも君の目で確かめていただくとして、河田兄弟のラーメン屋は本当に美味しいので絶対に一度は行くべきです、行け」

「圧! でもラーメンいいなー!」

 

 食欲が唆られたものの、三ヶ日ということでお休みなので、また今度。

 

「ちなみにこれはマジで聞きてェんだけど、ドラケンくんとエマちゃん付き合った?」

「彼らは、そうですね、付き合うどころかもう結婚しています。夏には子どもが生まれるそうです」

「子どもまで! よかったー!」

「ちなみに梅雨には姉さんと君も結婚します」

「マジ!?」

 

 今日一番の驚愕を見せる花垣。十二年ちょっとの記憶がない間に!

 

 十二年ちょっとの記憶が直人にはしっかりあるので、正直恨めしい気分になった。姉カップルの破局の危機になるたび引っ張り出されていた気持ち、君にはわからないでしょうね。

 なにせ張本人だしな。

 

黒龍(ブラックドラゴン)と天竺の奴らは?」

 

 花垣としてはなんら他意もない質問だ。関東事変の関係者だったこと、特に柴兄妹と天竺には二〇一七年で助けられたので。

 

 ただ——天竺と聞いた瞬間、直人が顔をしかめた。

 

「どした?」

 

 いくら鈍いと言われる花垣でも気づく。

 

「……いえ。……黒龍(ブラックドラゴン)は、関東事変後も何年かは活動を続けていましたが、結局こちらも十代目で解散したようです。幹部で言うと柴大寿は会社を立ち上げたようですね。乾と九井は、現在はバイク屋を経営しているようです」

「へー、バイク屋……意外なようなそうでもねえような……」

「なんでも、マイキーのお兄さんが経営していたバイク屋を受け継げるようにしたとか」

「そこ関わりあったんだ。黒龍(ブラックドラゴン)だから?」

「さあ? 詳しく聞いてません」

 

 改変と分岐を繰り返した結果、花垣を総長とする黒龍(ブラックドラゴン)十一代目は誕生していないため、この花垣は乾の独白を聞いていない。

 

「天竺、天竺は……組対としてはただただ手こずらされ続けているというか……」

「……アレッもしかしてあのひとたち、今回もしっかりヤバいことやってんの」

「……概ね」

 

 直人は渋い顔で頷いた。

 

「要するに反社会的勢力というやつです」

 

 天竺の人間たちと花垣は過去未来合わせて付き合いがごく短いが、正直、過去の時点で所業がとんでもなかったので——抗争で内輪揉めを誘発するぐらいならまだわか……らなくもないけど、にしたって殺人唆すか? 放火するか? 稀咲のせいかもしんないけど、でもハロウィンで普通に殺しに来てたんだよなイザナくんさあ!? やっぱ本人たちの気質ってやつ!?——なにも意外ではない。

 

 ただ、それだけにしてはやけに直人歯切れ悪くね? とは思った。そんな手こずらされてんの?

 

 直人としては、ただでさえ警察としては頭も胃も痛い勢力、というのがひとつ。

 ……彼は、前回の東京卍會天竺派に殺されたことを、しっかり覚えているのが、ひとつ。

 

 地続きではないことをわかっていたって、トラウマはしっかり刻まれている。脈絡なく殺されてトラウマにならない方がおかしいし脈絡があっても殺されたくはない。アレほんとになんだったんですか?

 

 あいにくと世界は既に上書きされているので、直人にとっては真相は永遠に闇の中。加えて花垣は自らも直人も殺されたことすら知らないので、敢えて言う話でもなし。

 なんでか戻れなかったんだよなーと呑気に言われた瞬間、さすがに脱力しそうになったがギリギリ気合い入れた直人はえらかった。花垣は本当に気づかなかった。

 

「まァ、在りし日の東京卍會よりは比較的若干大人し……いや……五十歩百歩だとか目くそ鼻くそだとかそういうかんじの比較的ですが……」

「口悪いな」

「悪くもなります。……とはいえ、そんな感じですね。東京卍會との最大の相違点を挙げるとすれば、姉さんが狙われる様子が一欠片もないことでしょうか」

 

 説明が締めくくられる気配。

 

「ちょっと待て」

 

 実は一番気になっていたことに触れられないまま終わりそうなので、花垣は直人を制した。

 

「稀咲は?」

 

 直人は無言で新聞を渡した。二〇一七年十月四日の朝刊のようだ——三ヶ月近く前の新聞を用意しているあたり、聞かれるとは思っていたのだろう。

 

 反射的に受け取った花垣、まず目に入るもの。

 

「……コイツもしかして稀咲?」

「……そうです」

「……見間違い?」

「いえ」

「日本史上最年少ノーベル賞って書いてあんだけど」

「いえ見間違いでは」

 

 一面デカデカと掲載された仏頂面は、金髪でもガングロでもないが、やたらとゴツい角縁眼鏡だけは顕在だ。神経質そうな顔立ちにも変わりはない。

 苗字だけは稀咲ではなく別の表記だったが、鉄太と記されているので稀咲鉄太で間違いないようだ。

 

 アこうしてみるとたしかに榎さんに似てるな……とは花垣の感想。

 十二年前当時の彼の兄が二十歳で、今の稀咲ではなくなった鉄太は、新聞の紙面曰くの二十五歳だ。十代といえば身長もそうだが、骨格も若干変化する時期である。そして一度成長しきってしまえばそこまで顔も変わらない。

 純丘も別に髪を染めてもいなかったし、肌をわざわざ焼いてもなかったので、こちらの方が面影がわかりやすい。

 

 ……とか、言ってる場合ではなく。

 

「あいつなにがどうやったらそう……?」

「僕も研究内容についての理解はさすがにあやふやなんですが、武道くんにもわかるようにとてもかなり噛み砕いて言うと」

「マジでちょくちょく貶すな」

「なんでも、タイムトラベルの実現のための方程式を完成させたとかで……」

「なあソレ諦めてなくね?」

 

 花垣は思わず尋ねた。

 

「諦めていないような気はします」

 

 直人も微妙な顔で頷いた。

 

「ただ、方程式が完成したところで、タイムトラベルがすぐさま実用化できるわけでもないようで……」

 

 紙面の内容を適度に要約する直人。

 結局理論の実現までのハードルが高く、もしも実現できたとしても様々な懸念があるだろう、と各学会や各国で激しい論争が起きているらしい。

 

「スケールデカいな……」

 

 でもそれはそれとしてどうしよっか……の空気がちょっと流れた。

 どうしよっかもなにもどうしようもないので、空気ごとお流れになった。

 

 橘日向は助けられ、東京卍會の面々も生き残った。どこぞのチームはなんだかうっかり反社会的勢力の一部に成長してしまったようだが、少なくとも、稀咲は悪さをしていない——ちょっと怪しいけど。ちょっとだいぶ怪しいけど。

 まあ最悪タイムリープでなんとかなるからな。彼らは成功体験を積んだぶん、自信がついていた。

 

 あと普通に現状なにも起きていないので本当にどうにもできない。

 

「とにかく、これにて——ミッションコンプリートです。武道くん」

 

 直人の言葉に「ッシャア!」花垣はガッツポースで喜んだ。

 

 

 

  エンドロール

 

 

 

 わずかに変質した8・3抗争。

 血のハロウィンと呼ばれなくなったハロウィンの抗争。

 起こり得なかった聖夜決戦。起こってしまった12・1宣言。

 誰も死ぬことはなかった関東事変。

 

 誰もがうっかり成功し、誰もがうっかり生き延びた。致命的な失敗はなく、命をとりとめ、真相はごく一部の人々のみに秘されて終わる。

 誰も、ちゃんと、失敗できなかった。

 

 喪うことでその大切さを実感すると言うならば。

 喪わなかった今は、果たして、その実感を得られるのだろうか?

 

 正しく失敗できなかった今。

 正しく、やり直すこともできないだろう。

 

 

 

 罪状記録【破】下篇

 

  「償えぬ過ち」完

 

 

 

 ——ところで。

 

 あなたは、映画のエンドロールが流れている最中に、席を立つタイプだろうか?

 それとも、きちんとエンディングテーマが終わるまで、関係者の名前がすべて列挙されるまで、眺めているタイプだろうか?

 

 

 

 花垣と直人が目標達成を祝している頃。

 

 路肩に無断駐車されていた車——アルトラパン——に、一人の男が乗り込んだ。

 

 扉を閉め、鍵を差し込み、エンジンをかける。ハンドルを回して、ぬるりと車道へと出る。肩と耳でスマートフォンを挟んでいるというのに器用なものだ。

 ちなみにケータイを操作しながらの運転は危険なので、警察にでも見つかったら摘発されかねない。

 

「ッチ、出ねえ……マジクソ兄貴」

 

 ハンドルを片手で抑え、もう片方の手でスマートフォンの画面を睨んで、大きく舌打ち。と思えば、履歴を消し、再び数字を打ち込むと、またもや電話をかける。

 コール音が鳴るスマートフォンを肩と耳の間に挟み直して、ハンドルに掛ける手を変えたかと思えば、今度は車内搭載のディスプレイを操作し始めた。ややあって、軽快な音楽が流れ始める。

 

 運転中に諸々の電子端末を操作するのは本当にやめた方がいい。

 

「……あ、もしもーし、」

 

 今度はお目当ての相手が出たらしく、軽やかに声が伸びた。

 すぐ先の赤信号を無視しようかと彼は考えたが、既に数台の車両が信号前で停まっていたので、大人しく並ぶ。

 

「とりあえず言われたトコ、黙らせてきた。マァ元々そんな手こずるとも思ってなかったけど、終わったからってことで……ああそれ、獅音パイセンが気にしてたよな。一応ついでに見てきたんだけど、マジでキナ臭ェから、近々のヤサ入れで持ってかせた方がいーかも」

 

 信号はなかなか変わらない。逆に、対向車線の信号が青へと切り替わった。これは長くかかりそうだ。

 通話相手にテンポよく諸々報告しながらも、煙草を取り出し、ライターで火を灯す。

 

「ウチ? いつもどーり、順調順調。兄貴が機嫌悪くなって連絡ブッチしてるとこまでいつもどーり、マジでゴミ……あ、オマエとはいい。絶対ヤダ。代わらねえ。イザナの機嫌取りよか兄貴のが万倍億倍マシ」

 

 煙を肺まで吸い込んで、一心地。ココアでもコーラでもない正真正銘のシガレットだ。

 

「あー、仕事ね、シゴト……はいはいなんすか……ハァ、また!? なァマジであいつブラジル帰ったんだから引っ込んでろよって話じゃねーの。十二年前だってなんもしてなかったくせにいいとこ取りしやがってホンット無理、地元のオリンピック終わったからってすぐこっち来るわけ? お祭り騒ぎがだぁい好きなこったな。一年なんざ誤差だろこちとらとっくにガキでもねえんだぞ」

 

 兄の機嫌を嘆くわり、こちらもすぐに機嫌を損ねるところは同じようだ。露骨に声が低く這っている。

 顔をしかめて何度か相槌を打ったのち「ハイハイ、要するにいつものってワケね……」もう一度、ニコチンをたっぷりと吸い込んだ。

 

「そんで、御本人が来んの? ホントにいつも暇してんな、それでもトップかよ。……はーん、幹部、幹部ねえ。どうせアレだろ、相変わらずどっから拾ってきたのかもよくわかんねえ、落ちぶれた軍神サマ。またイザナの機嫌が悪くなること請け合いってワケだ、オマエも苦労するよな……」

 

 つらつらつらと語って「にしても信号変わんねえ」フロントガラス越しに、未だ赤く光る信号を睨みつけた。

 

「あ? 違ェの? なら一人ってワケか、あいつマジでナメてンだろ。ウチは観光事業者じゃねえんだけど」

 

 捲し立てるような言葉が不意に途切れる。

 

「……えー! フクブ!?」

 

 一瞬で機嫌が直った。

 声のトーンが明らかに跳ねた。

 

「なら行く絶対行く這ってでも行く死んでも行く! ア鶴蝶〜兄貴に連絡しといてくんね、オマエからの連絡のが出る。イザナ? ならいーやそれこそ殺られてても出るっしょ」

 

 本人不在のタイミング限定で、実の兄に対してあまりに雑。何度か相槌を打ったのち「当たり前だろ!」と更に声が跳ね上がった。

 

「俺らまだあいつに落とし前つけさせてねえから! そもそもサウスのことろくに話してなかったのはいつものことにしたって、ブラジル飛んだのもそれ事後報告なのも一ミリも許してねえよ兄貴もそうだしゼッテェ一度はボコす。……あ? なになんか言った?」

 

 聞き返したものの雑にあしらわれ、あっさりと通信は切断される。

 肩をすくめ、お、と竜胆はつぶやいた。

 

「信号変わってる」

 

 スマホをポケットに突っ込んで、アクセルを踏む。車内のBGMに合わせて、鼻歌を歌いだす。




物語の余白はあまりに小さい
:フェルマーの最終定理
 ミヒャエル・エンデの方ではないです

日本史上最年少
:世界史上最年少は二〇一四年にノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイ
 二位は一九一五年にノーベル物理学賞を受賞したウィリアム・ローレンス・ブラッグ

十月四日
:ノーベル物理学賞発表が十月三日夜なので
 ちなみに二〇一七年のノーベル物理学賞は、現実ではRainer Weiss 名誉教授、Barry Barish 名誉教授、Kip S. Thorne 名誉教授が受賞している
 べつにタイムトラベル云々で受賞したわけではない

オリンピック
:二〇一六年の夏季オリンピック開催地がリオデジャネイロ
 二〇二〇年……ではなく二〇二一年の夏季オリンピック開催地が東京
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