【完結】罪状記録   作:初弦

97 / 128
再会

「フ〜ク〜ブ〜♡ ツラ貸せよ」

「元気してたァ? 裏切り者♡」

 

 日本到着早々、首にガッと腕を回され、肩を固められ、純丘の目は早速死んだ。迅速にハイライトが消えた。

 

「戯れててもいいが、ついてこいよ」

 

 明司は慣れた素振りで指示を出した。数分前に起きたばかりとは思えない態度だ。

 

「テメーに言われるまでもねえよ」

「俺らイザナにシメられたかねえし」

「……君ら、飽きないのか?」

「なにが?」

 

 咄嗟に拘束時に腕を挟む反射神経が功を奏して、ギリギリ首絞めだけは回避している。

 ぐぐぐ……とアラサー同士にして純然たる力比べをしながらも、蘭はいい笑顔だ。

 

「ヒトには聞くだけ聞いといて、自分がなにするかは一ッ言も言わずに知らねえ馬の骨連れて日本出やがったこと? 逆に飽きるとかで済むと思ってんの?」

「全く思っていないし当時は少しくらいは申し訳無さもあったが、顔を合わせるたびに締め上げられるのが十年近くも続くといい加減俺も困惑の方がデカい」

 

 純丘はよどみなく答えた。

 灰谷兄弟は顔を見合わせた。

 

「何回目?」

「六回目ぐらいじゃね?」

「七とか?」

「十一回目だな……君ら、年二でこっちに来るから……」

「イザナ派遣させろって? 我儘言うよな」

「言ってない」

「ホラ、俺らって天竺の折衝担当だから」

「……自称はどうぞ好きにしてくれと思うが。……にしても、本気で言ってる?」

「オマエが滅多にこっち来ねえのが悪くね?」

「そうかな」

 

 歳月を経て、元副部長の顔には、十二年前より小皺と隈が増えている。

 

 彼の片腕は蘭の首固めを阻止すべく筋力を注ぎ、もう片方の腕は竜胆の拘束に為すすべもないが、代わりに足でわりとガシガシ蹴っている。一回に一.五回の頻度で蹴り返されている。どっちが蹴り返しているんだかわかったもんじゃない。高級なスーツがあっという間に砂埃まみれだ。

 

「いいよな、憎愛。人間、愛は大事だぜ」

「憎愛って愛で括っていいのか」

「大切だからこそ殺してェのさ」

「君が言うと本当に洒落にならないな」

 

 純丘のげんなりとした感想に「つくづく雅のわからねえやつだ」寺野は肩をすくめてみせる。

 おそらく雅の定義が致命的に異なる。

 

「ケッ、馬の骨扱いかよ。俺がどれだけこき使われたか……」

 

 着陸直後に急いで羽織ったコート、その襟を今更ながら整えながら、明司はぼやいた。

 

「コイツ年下だってのに、俺に敬語使ってたの、初日ぐらいだからな」

「なるほど、八桁をカウントした借金返済に貯金まで仕立ててやった相手に、加えて払う敬意まで抽出しろ、と……」

「そう並べてっと無茶振りっぽいよな」

 

 呑気に言ったのは竜胆である。

 彼は言いながらも両腕にじんわりと力を込め続けている。

 

「無茶振りなんだよ事実として」

 

 純丘はきちんと訂正を加えた。

 会話の最中にもじわじわと肩に負荷がかけられていくので、いつ止めるかな、と真剣に検討していた。

 

「オイオイ、今更まともぶる気じゃあねえだろ? 俺の借金は首輪つけるにゃちょうどよかっただけじゃねえか」

「その側面も否定はしないが、それにかこつけて散々良い汁啜ってる身で言われてもな。第一俺が敬語云々と言われるなら、寺野くんはどうだ」

「ア? 不完全過去形の話か?」

「……不完全過去形がまずなに?」

 

 竜胆の疑問は「……まァ与太話は置いといて」実兄に事実上黙殺された。各国の言語体系による敬語の違いに関して論じると、話がややこしくなるので置いておこう。

 補足すると寺野はポルトガル語でも敬語など滅多に用いない。

 

「実際なんでだよ」

「ン?」

「オマエ、別にこっちじゃ指名手配もされてねえし。稀咲の悪評はどうにかできたんだから単に居づらくて日本出ただけだろ」

 

 純丘は無言ながらも目が泳いだ。図星かつ気まずいのでなにもコメントしたくないという反応だ。

 灰谷相手だと若干わかりづらくわかりやすいんだよな、とは、明司の感想である。

 

「てのに、なんで今回は今更、こっち戻ってきたワケ? しかも幹部総出。いくらファヴェーラが安定したっつったって危機感薄くね」

「そこはまァ……ファヴェーラについては、俺たちが現場に出るような事態は最近はそうはないし、代役を立てたので心配はあまりしてないが」

「代役」

「話は変わらないんだが、師匠が早期退職してブラジルに長期滞在しに来たこと、知ってた?」

「ギャングのドンの代役と元麻取が結びついてたまるか」

 

 珍しくもこれは蘭の方が正論。

 

「とにかく……というか、むしろ君らこそ聞いてないのか」

「……なにが?」

「三途くんのYouTubeの話」

「……あァ、なんかそんなんやってたな? それが?」

 

 一瞬武藤の下に着いていた部下なので、ギリギリ印象に残っている。俺らもうカタギやらねえから好きにしろ、と言い渡されたときにはあまりに複雑そうな顔をしていた。何を考えていたのかは灰谷兄弟は正直興味がない。

 今はなにをどうしたのかYouTuberとなり、妹とチャンネルの登録者数で争いつつ、コラボ配信も頻繁にしているとかなんとか。もう二人で合同運営しろよというツッコミは置いといて。

 

「最近の回、っつっても、もう先月の話になるが。万次郎が出演していた」

 

 ようやく竜胆の拘束が緩んだので、最後にひと蹴りして(すかさず二度蹴り返された)純丘は彼を振りほどいた。蘭の腕も振り払って、身なりを整える。

 

「明言こそされていなかったが——できるはずもないな——名指しされたんだよ。俺と、明司、そして、黒川くんだ」

「……へえ?」

 

 蘭が目を細めた。

 

「テメエが出てくるのは、まァ、甘ちゃんだもんな? ……イザナまでね」

「本人の口から聞いておくか?」

「ンや、今更あいつがフクブからの情報漏洩なんぞ気にしねえだろ」

「俺はわりと彼に配慮してると思うがね……」

「だからこそだろ?」

 

 揶揄じみた物言いだが、揶揄そのものではなかった。純丘は肩をすくめるに留めた。

 

 そもそも、三途のYouTuber活動など、たしかにかつての知人が提供するコンテンツで日本国内ではそこそこに知名度を上げたが、ブラジルからはてんで無関係だ。

 三途本人は、一人っ子だと言い張っていることはさておき——長兄を、無断でアングラに引き摺り込んだ負い目もあり、寺野率いるギャングの幹部たちも、確かに把握してはいた。把握していた()()でしかない。

 実際、提供されるコンテンツもほとんど視聴していなかった。たまに際立って再生回数が多いものは、だいたい炎上案件なので、寺野か明司が面白がってシアター上映する程度だ。純丘は、まずあのたぐいのノリが肌に合わないので、同僚に誘われても気が乗らなければ観ない。普段は相変わらずパソコンをいじらない。

 

 カジュアルに早期退職し、地球の裏までやってきた旧知に教えられるまで、その動画には目を通していなかった。

 

「万作さん——万次郎の祖父だが」

「あァ、長いことフクブ雇ってたじーさん」

「間違っちゃないがそういう覚え方。……彼が入院中のようで」

「へー、くたばりかけ?」

 

 五年経とうが十年経とうが、灰谷兄弟からはおよそ一般的なデリカシーという概念が欠如している。

 

「……一応、YouTubeに上げている時点で、実質全世界公開だ。さすがに容態まで明言しちゃなかったからそこはわからない」

 

 純丘は半目で訂正した。

 入院という情報を出すだけでも、実質全世界放送ではだいぶんプライバシーに踏み込んでいる方だろう。

 

「つったってあの爺さんもかなりいい歳だろ。死にかけでもあんま不思議じゃねえな」

 

 明司の言葉もまた正しい。佐野万作は単純な年齢に加えて、なにかと苦労してきたので、そのぶんの心労や過労が寿命に影響していてもおかしくはない。

 

「けれどこの身分じゃあ、見舞いに行くにも迷惑をかける。リスクを承知で発言してくれたあいつらには悪いが、無視を決め込むかと思ったところで」

「挨拶できるならしとけよ」

「と、言ったのが俺たちのドン」

 

 純丘は眼差しだけで寺野を示した。

 寺野はにんまりと笑ってみせる。

 

「死んだやつとは会話できねえモンだ」

「……まあ、そういう経緯だよ。一応」

 

 言いながらも純丘は、眼鏡を外してハンカチを取り出して、レンズを丁寧に拭いていく。先程戯れている間にうっかり指紋がついた。フレームの角を指で抑えて、眼鏡の位置を修正する。ついでに髪の乱れを整える。

 ひとまずこれで良し、と。

 

「どちらにせよ、来た以上は先に仕事の話を済ませておきたい。海上リゾートの利用をご希望のお客様は弊社まで……」

「公僕と公安の監視の目が届かねえ船旅で、密売密約違法取引のマチアプな。いい感じに言うとそうなるワケ」

「マチアプ言うな」

「ああフクブ、相変わらずデジタル音痴だもんな」

「そういう意味では。……もういい」

「未だにスマホ持ってねーってマジ?」

「キーを叩く感触がないものをいじれる理由のほうが俺にはわからん」

「俺にはオマエがわからん、俺より若ェのに逆になんでそこまで避けてられんだよ」

「こないだファヴェーラのガキが自信満々に言ってたぜ、特定されねえようにわざとやってるとか。俺ァ爆笑したが」

「なにそれアンジャッシュコント?」

「四面楚歌……」

 

 ハイテク機器を持ち出されると些か分が悪い。

 灰谷どころか同僚にまで袋叩きにされて、純丘は顔をしかめた。

 

「マ、無駄話はこのあたりにしとこうぜ。黒川を待たせるのはあとが面倒だ」

 

 寺野は含み笑いを堪えきれていないが、一応、立場に伴う仕事がある。

 彼の促しに「大将、相っ変わらず暴君だしなァ」蘭が相槌を打った。昔からの仲とはいえ己の雇い主兼王様に対して度胸がありすぎる。

 

「……で、フクブ」

「なに?」

「それだけ?」

 

 並び順は寺野、蘭、明司、と続いて最後尾が純丘と竜胆だ。

 ほぼ真隣を歩く純丘に一瞥を向けられて、竜胆はきょとんと目を瞬かせた。

 

 灰谷竜胆は、十二年前よりも髪を伸ばして整えた。加えて最近の彼は、かつて灰谷弟のトレードマークだった眼鏡をやめて、コンタクトレンズを着用している。その顔立ちは、ときに年齢にそぐわぬほど幼く見える。たとえば十二年前とほとんど変わらぬように。

 

 元後輩をしばらく眺めたのち、純丘は言った。

 

「パープルクラゲに言うほどでもないな?」

「おい悪口だろ」

「ハハハ」

「テメエ」

「君らが警戒することじゃあない」

「ホントかよ」

 

 いかにも信じていない口振りに、純丘は思わず笑った。

 

「なにせ俺には、君らがタイムリープとか興味持つとも思えないんだよ」

「なに、リゼロの話?」

「寡聞にしてリゼロとやらを俺は存じ上げていない」

「主人公がめちゃくちゃ死ぬラノベ」

「ああ……君ら昔からたま〜にそういうの読んでるよな」

「フクブが遅れ過ぎなんだろ」

「ナチュラルに貶すな」

 

 ブラジルに滞在していると、どうしても日本のサブカルチャーには疎くなる。

 

 

  再会

 

 

 けっきょくよォ、と三途は切り出した。

 

「エマの結婚だって式にも来ねえまま終わったんだろ? 来ねえよあいつらは。賭けてもいい」

「ご祝儀はあったっての」

「謎の振込をご祝儀言うのはマイキーぐれェだワ。なァ場地ィ?」

「あー俺はビヨンセはそんな」

「それこそなんの話だ」

 

 三途は半眼になった。

 

 場地は額に鉢巻きを巻き——【必勝、合格】——ノートとテキストと真剣に見比べている。場地圭介、勉強と単位のために眼鏡をかけ、獣医に成るために鉢巻きを巻く。なんでもとりあえず形から入るタイプ。

 

「場地はわりと日本人形みてェなコ好きだろ」

「日本人形……草薙とか?」

「草薙誰」

「場地の高校ン頃の同級」

「やめてやれよドラケンおまえ」

「場地クンのお友達のドラケンくんに話しかけてみたくて……って、よりにもよって場地に向かって言ってたコじゃんそれ」

「……そんなん言われてたか?」

「覚えてねえのかよ」

「……ヤ、ドラケンはわりとマメに覚えてる方だろ。これマジで知らねえのかも」

「知らねえってなんで。……あー……?」

 

 空気がいい感じに微妙になってきたところで(?)場地がようやく顔を上げた。

 視線が集まっていたので思わず身を引いた。

 

「ナニ?」

「……話戻すけど」

 

 ソウヤが軌道修正を図る。

 

 閉店後のラーメン屋はどの席にも座り放題なので、東京卍會の元隊長メンバーの大半をまるっと収納できる。突発的同窓会の開催には都合がいいわけだ。

 もちろん、ちょっとした内緒話の会場としても。

 

「……てか、マイキーのじいちゃんってそんな具合悪ィの?」

「イヤ?」

 

 ほぼ即答だった。

 

「おい」

「あーいやあのな、入院は入院なワケ。メンエキフゼン……ざっくり言うと、めちゃくちゃ病気に罹りやすくなってるうえに拗らせやすくなってる状態だから、ホントにほっとくとすぐ死ぬ。実際まだ二ヶ月は病院から出られねえし。完全に治るようなもんじゃねえみたいだから、退院してもいろいろ気ぃ使うし……」

 

 林の特徴的な濁声が殊更に剣呑に尖った——身内の人命をネタにするのはあまりよろしくない行為だ、他人でも尚更だが——誤解を悟った万次郎、すぐさま訂正と補足を加えた。

 

「でも爺ちゃんぶっちゃけ、歳の割にめちゃくちゃ元気だから。卒寿祝いのこと今から注文つけ出してるぐらいには長生きする気満々だから」

「さすがに気ィ早ェんだよな……」

「マジでな」

 

 龍宮寺の相槌(姻戚関係が築かれたので、万作は龍宮寺にとって義祖父に当たる)に同意を示す。たいへん力のこもった同意であった。

 いったいなにがあったんだよ。

 

「だからさ……なんつーの? 今すぐ死にそうとかじゃねえの。ぜんぜん。でも、年寄りって正直、いつ死んだっておかしくねえんだよ」

「……まァ、な」

「今のジーちゃんが歳の割に元気なことは、ずっと元気って意味じゃねえし、元気なのだって〝歳の割に〟ってつけなきゃなんねえわけ。……べつにジジイじゃなくたって死ぬときゃ死ぬ」

 

 万次郎の一声により、この場には元東京卍會の隊長格が集ったが、しかし何人かは欠けている。

 

 たとえば千冬。彼は単純に、パイロットに就職した結果、多忙が過ぎてスケジュールが合わなかった。

 たとえば武藤。反社会的勢力で元気でやっているはず(たぶん)(おそらく)なので、呼び出そうにも手段がない。それこそイザナが動けばワンチャンあるか、のラインだ。

 たとえば稀咲。説明不要。半間。同上。一虎。……説明割愛。

 

「あいつらがなに考えてんのか、今でもマジでわかんねーけどさあ。イザナは郵便受けに五万入れた封筒ねじ込んできたんだよ。部長はジイちゃんにだけ挨拶してったんだよ。武臣だって、ウチにはよく入り浸ってて、ジーちゃんは孫みてェに扱ってたわけ」

 

 三途はきわめて渋い顔だが、万次郎の言葉を否定はしなかった。明司武臣と佐野真一郎には深い交流があり、ゆえに三途も妹も(一人っ子だが)佐野家の人々と関わりを持つそのきっかけとなったのは、事実である。

 

「……結婚は、もしかしたら、祝いの席だったからかもだけど。葬儀は来るだろ、さすがに。来いよ」

 

 万次郎はぶつくさ言いながらテーブルに頬杖をついた。ラーメン屋のテーブルは、清掃が行き届いていてもどうしても少し脂っぽい。ついた肘がべたべたする。……ちょっと判断誤ったかもな。

 

「前置きはソレだとして。俺らわざわざ集めて、オマエは何がしてェわけ、マイキー?」

 

 尋ねたのはナホヤだ。

 

「イザナクンか純丘クン捕獲しろってか? オマエが言うならそりゃ俺ら動くけど、テメェでどうにかしたほうが早いだろ」

「マ俺がマジでやればそりゃ誰かの力とかむしろ邪魔ってか〜?」

「今すぐ店から叩き出してやろ〜か?」

 

 かつてのようにメンチを切りあったのち「なにがしてーっつうか」万次郎は唇を尖らせる。

 

「……YouTubeってほぼ全世界公開だろ? だからあいつらにも伝わると思ったんだけどよ、なんかべつのヤツも呼んじゃったっつうかァ……」

「……なんの話だよ?」

「ア〜これ、嫌な予感あたった気がする」

 

 林が訝る一方で、三ツ谷の頬が明らかに引き攣った。

 

「俺今日、なんでタケミチがまだ来てねえのか気になってたんだよ」

「え? タケミッチなんかやらかしてたっけ、てか明司とか面識あった?」

「ねえよ」

 

 実は花垣不在のこの現場、答えたのは三途である。面識自体は、未来ではあったらしいが——その事実をこの場では三途だけが知っている——平和に落ち着いた今、全く関係ないので省くとして。

 

「そういう話じゃねえ」

 

 三ツ谷も首を横に振った。

 

「部長くんは、むしろ雑に可愛がってたし。……でもタケミッチのヨメ、ヒナちゃんの弟と親父。たしか警察だろ」

 

 暴走族を辞めた彼らにとって、警察といがみ合っていたころなぞ、十年以上も昔の話になる。現在は、まァ変わらずいけ好かないとしても、さして関わりのない日常を築いている。

 ……彼らにとっては、だ。

 

 もちろん、現役にとってはそうではない。

 

「丁度良いタイミングでしたか」

 

 ラーメン屋の引き戸を開けて、閉めて、直人は落ち着き払った様子で手元でコートを畳んだ。

 

 彼らは幾度もタイムリープを繰り返し、しかし、二〇〇五年より以前に遡りはしなかった。

 二〇〇五年七月四日の直人と花垣の出会いは、上書きされることなく、ゆえに直人は今も警察官として働いている。

 

「皆さん集めていただいたようで」

「ヴ……」

「唸られても……」

 

 元東京卍會総長が威嚇してくるので、直人は困った顔をした。

 

 直人は何度も繰り返したタイムリープの記憶を保持している。ここ半年ちょっとの間は憎き敵だった男が、ここ十年ちょっとは旧知の気の良い兄ちゃんなので、シンプルに脳がバグる。

 

「ともあれ、マイキーさん、おめでとうございます」

 

 腕に抱えたコートはそのままに、ぱちぱちぱち、おざなりな拍手が鳴り響く。

 

「サウスこと寺野南が率いるブラジルギャング。そのトップ3、すなわち寺野、明司、純丘の三名の姿が日本で確認されました」

「マジかよ、あいつらホントに来てんの?」

「もともと天竺とは取引関係のようで、明司や寺野は、度々日本で目撃されていました。純丘が現れたのは、ファヴェーラに所属してからは初めてのはずです」

 

 端的な解説に場地が「へー」と感嘆に似た相槌を打った。

 この未来で生き延びた場地は警察官ではないので、つまり直人の同期ではなく、直人としてはやはりかなり変な気分になる。

 

「ですから——ICPOも公安も、どうやらこの機を逃したくないようで」

 

 東京を根城とし、ヤクザや半グレを取り込んで未だ成長し続ける、反社会的勢力。

 ブラジルのファヴェーラを掌握し、日本を含め海外の数多の犯罪組織とも取引する幹部。

 

 どちらも、どこに出しても問題しかない現役犯罪者だ。

 

「天竺の人間はもちろん、ファヴェーラの面々はブラジルの永住権すら取得しておらず——できるわけもないとして——日本国籍のままです。逮捕するなら日本がいい。特に、かつての稀咲はノーベル賞を受賞したばかり、このタイミングの来日に日本政府はかなり過敏になっているようです。そして皆さん、彼らには少なくない縁がある」

「おいコレつまり」

「国際的犯罪組織の一斉摘発を行います。皆さんにはそのご協力をお願いしたく、お集まりいただきました」

 

 直人は厳つい顔触れを見渡して言い切った。

 万次郎が机に肘をついたまま頭を抱えた。ごめん寝ポーズに若干似ている。

 

「無茶言うなよ俺らとっくに一般人だぜ!?」

「モデルって一般人?」

「つっても筋違いなのはそうだろ、ダチ取っ捕まえるのと犯罪者確保はわけが違ェ」

「とっくに足洗ったしな」

「現役の頃でもさすがにこれはねえって。いくら顔見知りがいるにしたって、相手はギャングとヤクザだろ。俺らが事構えたあととかならまだしも、よりによって警察の方から巻き込んでくるもんじゃねえ」

「本当にその通りです、僕もそう思います」

「なんでオマエが同意して……待て、」

 

 大きく頷く直人に突っ込みかけた龍宮寺が、ふと言葉を切った。

 一瞬ののち「そもそも——」と、問いかける声色は慎重さをはらんでいた。

 

「どういう経緯で持ってこられた話だ? 巡査部長って警察でもそんな階級高くないだろ、たしか」

 

 元副総長時代を想起させる冷静さだ。

 

 ただし傍らでは何故か万次郎がさらに丸く縮こまった。

 

「……大前提として、東京卍會は暴走族としては巨大な組織でした」

 

 横目でちらりと万次郎を見やって、直人はすぐに視線を戻す。

 空いている右手のてのひらを開いてみせた。人差し指から順に折り畳んでいく。

 

「加えて、あなたがたが最後に戦ったチーム、天竺が、裏社会で成り上がったこと。天竺の上層部と、東京卍會の幹部の一部には、並々ならぬ因縁があったこと。あなたがた東京卍會の幹部は未だに連絡を取り合っていて、各々の結束が強いこと。後進のヤンキーたちからも未だに人気があり、今の仕事でも、それぞれ、低くない知名度を誇っていること」

 

 指折り数えて拳となり、直人は右手を下ろす。

 

「こここまで材料が揃えば、公安に目をつけられるには充分でしょう」

「コーアン」

「なんか聞いたことあんな……秘密警察みてェなやつだっけ?」

「ひとまず、その理解で構いません」

 

 ナホヤの言葉が肯定される。

 

「元々公安に張られてたあなたがたが、YouTubeという不特定多数が閲覧できる媒体で、反社会的勢力へ向けたとも取れるメッセージを発信した。つまり、今の日本警察にとって、あなたがたへの印象はこのようになる——」

 

 直人はたいへん頭が痛い。

 

 なまじ花垣との件があったので、タイムリープの記憶を手に入れる前から、直人は警察全体の動向に気を配っていた。情報を入手しやすい立場を意識して築いていた。

 ゆえに一足先に気づいた上、上層部へ打診して、まだマシな状況を手繰り寄せた。

 

「——暴走族から足を洗った一般人、と思わせておいて、今も犯罪に加担している可能性が高い。きわめて危険な不穏分子たちの集団」

 

 姉の命を救って一安心、大団円とはいかないまでも、これにて幕引きかと思いきや。

 東京卍會は解散してもなお、大事の渦中に巻き込まれずにはいられないようだ。

 

 ……そして、メッセージ発信者張本人の万次郎が縮こまっているわけだ。

 集うメンバーも半眼になる。コイツ、俺ら集めるにあたって先に事情聞いてたな。そうだよな。じゃなきゃ集めらんねえもんな。

 

 ちなみにYouTubeチャンネルの所持者たる三途も、こればかりは普通に知らなかったので「俺のチャンネル、公安に観られてんの……? スパチャくれよ」とつぶやいた。

 公務員のお仕事中にスパチャはちょっと。

 

「警察は、天竺とかブラジルの奴らとかをまとめて逮捕したいから、協力はほしい。俺らは断ってもいいけど、そのときは、もっと疑われる。そういうことになってるわけ?」

 

 ソウヤの状況整理に「その通り」直人は大きく頷いた。

 

「ちなみに、武道くんには知らせていません。結婚も控えていますし、なにより彼、ホンットに隠せないので」

「そりゃそう」

「タケミッチはマジでそう」

「全部顔に出るからなアイツ。口閉じてんのに全部顔で喋る」

「結婚控えてんのはぱーちんもだろ!? なんならタケミチより早いだろ」

「林田さんは迷いましたが、あなた自前の不動産も持っているでしょう。国内だけでなく、海外も。アジト提供の疑惑がかけられています」

「ウゲ……」

「……言いたかねえけど、ぱーちんは中坊の頃に前科あるから尚更だろうな」

「この方面での危険指数で言うなら、次点で三途さんですね。炎上系YouTuberという肩書と活動方針から、人々を最も扇動しやすく、発信しやすい立場でもある」

 

 マスクの下では苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、それでも三途は反論しなかった。

 この流れならばさすがに気づく。そもそも、そうでもなければチャンネルが公安に見張られてるわけもないだろう。

 

「あなたがたには、反社会的勢力の幹部だろうと、ブラジルのギャングの統括だろうと、なにかしらの思い入れがあるのかもしれません。ですから、彼らと全くの無関係の僕が言います」

 

 東京卍會所属の天竺派には命を救われ、殺された、奇妙な記憶。初代黒龍(ブラックドラゴン)に利用され、しかし助けられもした記憶。

 直人はどちらも覚えている。

 

 この未来では起こり得なかったもしもだ。

 

「怪しい行動は取らないように。彼らからなにかコンタクトがあれば、すぐに警察に通報するように。僕へ投げてくださっても構いません。とにかく、一切、彼らに加担しないこと。……今の生活が惜しいと思うなら」




不完全過去形
:ポルトガル語の敬語

YouTuber
:YouTuber明司兄妹
 ではなく、YouTuber三途とYouTuber瓦城

アンジャッシュコント
:勘違いコントで有名(だった)
 あまり的を射た喩えではいない

リゼロ
:Re:ゼロから始める異世界生活
 小説家になろう、では二〇一二年から連載スタート
 書籍化されたのが二〇一四年
 アニメ一期が二〇一六年

メンエキフゼン
:後天性の続発性免疫不全症を想定
 原因は様々

永住権
:犯罪者なので……。

前科
:長内刺傷の件
 少年法の適用範囲内なので正式な前科ではない気もする
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。