【完結】ビンクスの酒を歌う歌姫のFILM RED   作:ひび

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プロローグ 音楽の島エレジア

 

 

 十二年前、音楽の都エレジアは戦火の炎に包まれた。

 ある海賊の手により一夜にして国民は死に絶え、美しい音楽の音色が悲鳴に変わり果てた。

 

 痛々しい静寂に包まれてたエレジアの波打ち際。

 ある幼い少女の涙声が響いた。

 

「シャンクス、なんで。なんでだよぉ……っ」

 

 国を滅ぼした海賊団の娘であったウタは取り残された。

 大好きだった父親が、自分を囮に略奪を働いて、海の果てに行ってしまった。

 今までの日々は嘘だった。

 海に去っていく赤髪海賊団の残酷な笑い声が、今もウタの耳に焼き付いている。

 

 ウタのそばには、この地で生き残った国王のゴードンがいる。

 自分を育ててくれると言ってくれたが、しかし彼も国民を失って絶望に暮れている人間だ。元々、赤髪海賊団だった自分が迷惑をかけるわけにはいかないと思った。

 だから毎日、こうして見つからないようにエレジアの浜辺で泣いていた。

 

「諦めろ。シャンクスはわたしを残して、行っちゃったんだ。もう戻ってこないんだ」

 

 若干九歳のウタも、現実を受け入れざるを得ない。

 今日も水平線に船影は見えない。

 全部嘘だったんだと言って、いつものおどけた態度で迎えに来る光景を何度夢見ただろう。

 もうそんな夢さえ見れなくなってきた。

 

 少しでもこの気持ちを晴らしたい。

 そのために、いつも笑顔になれた歌を歌おうとした。

 

「ビンクスの、酒をっ……つっ、うぷっ!」

 

 耐え難い吐き気が込み上げる。

 喉が詰まったように息ができなくなる。

 口元を押さえて耐えた。

 衝動がひくと、ますます虚しい気持ちが残される。

 

 ウタは歌えなくなっていた。

 仲間が怪我や病気になって苦しそうにしていたり、シャンクスが馬鹿にされるようなことがあったあと。ウタは必ず歌で笑顔を作ってきた。その思い出の歌が、ウタの心をズタズタに引き裂く。

 

「こんなのやだ。フーシャ村に帰りたい、ルフィに会いたいよぉ」

 

 ウタは大粒の涙を溢れさせながら弱音を吐いた。

 赤髪海賊団の一員として生を受けたウタは、船上の記憶が人生のすべてだった。

 しかしそれ以外にも、唯一。

 たった一つだけ縋れるものがあった。

 冒険が大好きな負けず嫌いの男の子。

 海賊の一員として海に生まれたウタを知る人。夢を語り合った初めての友達。

 

 会いたい。

 だが、そんな小さな願いさえも叶わない。

 外海に出る船なんてなければ、航海術も学んでいない。

 

『あんたの新時代って、何?』

『おれは世界中を冒険したい!』

 

 紫色の瞳を潤ませたウタは、浜辺に流れ着いた木の枝を手に取って、砂場に思い出を描き始めた。

 夢を語り合った日にルフィが描いて見せてきた、ひょうたんに似た歪なマークだ。

 同じものを描いて、それから静かな浜辺で見入った。

 

『私の歌でみんなを幸せにして、新時代を作るんだ』

『よぉし! おれも作ろう、新時代っ!!』

 

 赤髪海賊団の思い出はボロボロに壊れてしまった。

 でも世界のどこかにいるルフィと新時代を作ると約束した。

 

「ルフィ、会いに来てよ。わたしが待ってるんだから、会いにきなさいよ……」

 

 ウタは涙を拭って立ち上がり、海の上で燦然と輝く月を見上げる。

 

 

 いつしか、自然と口が開いた。

 奏でたのはルフィとの前で初めて披露した歌だ。

 波音の旋律に声を乗せる。

 どんなに綺麗な声で歌っても聞く者はいない。

 手助けをしてくれる仲間もいない。

 

 それでもウタは歌を歌う。

 夢を語った幼馴染との思い出だけが、見捨てられた少女を支えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見えたっ!!」

「ほんとかルフィ!?」

 

 海賊船サウザンドサニー号の船首で寝転んでいた船長が、水平線の向こう側に影を見つけた。

 甲板で他の作業に没頭していた仲間たちも飛び起きた。急いで進路の先が見える場所まで階段を登ってくる。

 

「あれがかつての音楽の島エレジアですか」

「あのボロボロな島に例の歌姫ってやつがいるのか?」

「追い風のおかげで予定より早く到着したみたい」

 

 ナミは航海士として指針を確認しつつ、あの島が目的地であることを確認する。

 長い航海がまた一つ終わった。

 夕方も近い時間だが、仲間たちの盛り上がりは一気に最高潮に達した。

 

「ああ。ここまで長かったけど、ようやくウタ様の生ライブが聞けるのかぁ~」

「ヨホホホッ、続々と他の船も集まっているようですね。期待で胸が膨らみます……膨らむ胸ないんですけど!」

「世界中から人が集うとは。海に出ること自体なかなか大変じゃのに、それほど人気ということかのう」

 

 チョッパーとウソップは感極まった様子で飛び跳ね、音楽の道を歩むブルックも興奮を隠せない様子。ジンベエは純粋にライブの規模に感嘆していた。

 

 麦わらの一味は新世界の冒険を中断して、目的地を『エレジア』に変えた。

 かつて音楽で栄えていたと言う王国で今回、世界中を魅了してやまない『歌姫』のライブが行われるという。僅か二年で伝説を築き上げた歌声を聞くため、舵を切ってこの地に訪れた。

 

「プリンセス・ウタのライブチケットが手に入るなんて、最高に運がいいよな!」

「しかも特等席! 俺たち偉い!」

「はいはい……しかし運がいいのは事実よね。お金じゃ手に入らないらしいわよ、これ」

「今や私を遥かに超える人気ですからねえ。少しだけ嫉妬してしまいます、ヨホホ」

 

 ウソップとチョッパーの二人が自慢げに両手で紅白色の紙を取り出した。

 ナミは感心するように深い息をつき、ブルックも軽く笑いながら『U・T・A』のロゴが描かれたポスターを感慨深げに見つめた。

 

 そもそもの経緯は、これまで電伝虫越しに配信を行うだけだった、謎の歌姫・プリンセスウタがある日、生ライブを行うと全世界に発表したのだ。

 今まさに新世界を冒険をしていた麦わらの一味は最初、参加するとは考えていなかった。

 しかし既にファンであったウソップとチョッパーの二人が新聞社のライブチケット抽選に応募した結果、見事当選を掴み取ったのだ。

 倍率何万倍と言われているイベントに当選したと分かった時は、ものすごい大騒ぎになった。

 しかし肝心なのは船長の判断だ。

 二人がルフィに頼み込むと、あっさりと了承が得られた。

 

『歌か~~面白そうだ! 野郎ども、冒険は中断して進路をエレジアにとるぞーっ!!』

『おーーーっ!!』

 

 もともと宴が好きな一味だ、満場一致だった。

 今や世界に名を轟かせる大海賊・麦わらの一味の参加が決まったのだ。

 

 

 サニー号が到着した時、空はすっかり闇に包まれていた。

 音楽の島エレジアはお祭り騒ぎ。そこらに人が行き交っており街は賑わっている。タバコを咥えたサンジが煙を吐き出しながら、感心した声を出した。

 

「すげー人混みだな。そこら中に店が出てんぞ」

「ねえロビン。エレジアって随分前に滅んだ国の名前じゃなかった?」

「ええ。十年以上前に海賊に襲われたことで国民がいなくなったはず」

 

 ロビンの言葉に、何人かが首をかしげた。

 

「国一つがなくなるなんて、ずいぶん酷いことをやった奴がいたんだな」

「建物も長く使われている様子はないようだし、今いるのは全員、歌姫のライブを聴きにきた客でしょうね」

「そんな辺鄙な場所で酒や食いもんが無料とは気前がいいな」

「タダ!? これ全部か!? オオゥッ、歌姫ってやつはずいぶん気前がいいんだなぁ」

「うめえ! おっちゃん、おかわり!」

「おれもわたあめもう一個!」

「おめぇらちょっとは遠慮しろ!!」

 

 ルフィは遠慮なくそこら中の露天から肉を貰っては数秒で胃袋の中におさめて、チョッパーも露天からわたあめを貰って目を輝かせた。

 大量に両脇に抱えている姿を見て流石にツッコミを入れた。

 

「なあおっさん、なんで飯をタダで配ってんだ?」

「ウタ様の心遣いさ。世界中から集まるファンをもてなしたいと言って、ライブの売り上げを還元してくれたんだ」

「そりゃ凄え話だな」

「このあたりにいるのも無料奉仕を申し出たウタ様のファンさ」

 

 立ち並んでいる店をよく見ると、どの店主も『U・T・A』グッズを身につけている。

 飲めや歌えの大騒ぎで、長い航海を終えてやってきたファンを労うという目的は十分に果たせていそうだ。

 ロビンが歴史を知らなければ、ここが無人島であるとは誰も思わなかっただろう。

 

「ファンを想う歌姫の心遣い。私、感激しました! ヨホホホホ!」

「ウタちゃん、なんていい子なんだ……!!」

「歌姫にとって、この島はよほど思い入れのある場所なのかのぅ」

 

 一味のそれぞれが感心を抱きながら祭りの中を歩いていく。

 そんな中、肉を口に頬張りながら先頭を歩いていたルフィが、ピタリと足を止めた。

 合わせて仲間も足を止めて壁に目をやる。

 画面いっぱいに美しく、そして珍しい髪色の女性がはにかんでいた。

 

『みんな、ウタだよ! 私のライブに来てくれてありがとう!』

 

 専用の映像電伝虫により大きく画面が映し出されていて、関心を持った人が集団をなしていた。ルフィと、その仲間もその映像を見つめる。

 

『長い航海は大変だったよね。今日は私のおごりだからね。たくさん飲んで食べて、明日のライブも楽しんでいこう!』

 

 紅白色の髪にヘッドホンのようなものを耳につけた彼女は、花開くような明るい笑顔で笑いかけてきた。

 

「あれが本物の歌姫か」

「ウタちゅわぁ~ん!! 可愛すぎるよぉ~~!!」

「なるほど。あの歌といい人の良さといい、人気が出るわけだ」

「世界中から愛される理由も分かる気がするわ」

 

 生中継ではなくあらかじめ録画されたものなのだろう。

 映像越しに見る歌姫は美しく、可愛らしさをも兼ね備えている。もともとUTAに好感を持っていたチョッパーとウソップや、女性に目がないサンジ以外も好感を抱いた。

 

「……ルフィ?」

 

 ひとしきり感心したところで、ナミが船長の様子がおかしいことに気付く。

 ルフィは食い入るように画面を見ていた。普段なら「今はとにかく飯だ!」とでも言い出しそうなものなのに、微動だにしない。それどころか、今手に持っている肉を食べることを忘れている様子だ。

 見たことがないような船長の反応に、仲間達は顔を見合わせた。

 

「ルフィ、どうしたんだ」

「おいおい。まさか歌姫に見惚れたのかぁ!?」

 

 相手が世界の歌姫とはいえ、

 一度たりとも興味を示したことのない船長が、女に見惚れているなんて面白いことになった。

 ウソップがからかうように頬をつついたが、ルフィは真面目なトーンで聞いてくる。

 

「なあウソップ。あれ、ウタだよな」

「え? ああ、まあ……あれが俺たちが見にきた歌姫だ」

「あいつがこの島にいるのか」

「明日ライブをするんだし、島のどこかにいるんじゃないか? え、ルフィッ!?」

 

 返事を聞くや否や、ルフィは残っていた肉を骨ごと頬張って飲みこんだ。さらに『ゴムゴム』の能力で腕を手近な廃屋の屋根に伸ばして、祭りから飛び出していく。

 突然の船長の行動に驚く二人。

 気付いた他の船員も怪訝そうに首をかしげる。

 

「せっかくのメシも食わずにどこに行くんだ!?」

「悪ぃみんな。ちょっと行ってくる!!」

 

 止める隙もないまま屋根に乗り移る。

 あっという間に姿を消した。

 残された全員は少しの間ぽかんと口を開けて、それから顔を見合わせる。

 

「ルフィのやつ、どこにいったんだ」

「もしかして歌姫に会いにいったんじゃないのか?」

「何だと!? ルフィの野郎、一人だけウタちゃんを狙って抜け駆けしようってのか!?」

「……ありえねぇな」

「あのルフィが女の子を追いかけにいくと思う?」

 

 ナミの呆れるような一言で、船長の浮ついた話に盛り上がりかけていた全員が「それもそうか」と納得した。

 これまでの冒険で数々の女性に出会ってきた。中には美しい王女や姫もいた。あからさまに想いを寄せている相手もいたが、ルフィと『そういう』空気になった女性はいない。

 船長にその気がないことを誰もが知っている。縁もゆかりもない女性に会いに行くはずがないとあっさり結論づけた。

 

「おおかた別のメシの匂いでも嗅ぎつけたんだろう」

「そうだな。ルフィだからそれはないか」

 

 自慢で頼れる船長であるものの、普段は気のままに生きている子供そのものだ。

 気にして振り回されていても仕方ない。

 それよりも今は、歌姫が催してくれた最高の祭りを楽しむのが先だ。

 一味は船長を特に心配することもなく、まだ見に行っていない他の屋台に向けて歩き出した。

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