醜悪な笑い声が、終わる世界に響き渡る。
ウタウタの能力者を礎に顕現したのはピエロと竜を象った頭部を持つ醜悪な音楽の怪物だ。
「お前ぇぇッ!! ウタを返せえええッッッ!!」
ゴムゴムの能力によって血液を急循環。全身から煙を噴出させたルフィは、たちどころに魔王に立ち向かった。だが魔王は矮小な存在を笑いながら、対抗して鍵盤上の両腕を大きく広げる。
邪悪なエネルギーの波動が地上を襲う。
四皇と張り合うルフィでさえ耐え切れないほどの衝撃だ。地上に押し返されて地面に叩きつけられ、深いダメージを負って血を吐いた。
「ぐ、うぅぅっ、うがあああっ!!」
ゴムで衝撃のダメージがなくても、衝撃波そのものが人体にダメージを負わせた。しかしその痛みに耐えきって、次の瞬間には目にも留まらない速さで殴りかかる。
だが、ギア
しかしルフィは諦めずに攻撃を繰り返す。
「おれの友達を返せよッ!!」
崩れた瓦礫を押しのけて、灰汚れた姿で怨敵を睨み叫んだ。
魔王は自らの胸部に宿主であるウタを取り込んだ。毒々しい色の楽譜のバリアで守っている。ウタは目を開いているものの意識を奪われているようで反応がない。
ウタワールドのエレジアは崩壊しはじめていた。
地上に建造された建物は崩壊し、ライブ会場のドーム天井も崩れ落ちた。幸いにも観客の姿は一人もない。ルフィの存在など気にもかけていない様子で執拗に破壊を行っている。
「待ってルフィ!!」
再び飛び出していこうとしたところで静止された。
振り向くとそこには仲間が揃っていた。
麦わらの一味全員とウタの育ての親であるゴードン。彼ら全員が凶悪なトットムジカの姿を見て驚いていた。
「おいおい、あそこに取り込まれてるのウタちゃんじゃねえか」
「え!? プリンセスウタがなんであんなことに……!?」
トットムジカは攻撃してきたルフィには気にもくれず、自分勝手な破壊を繰り返している。そんな邪悪なものの中心にある楽譜の中にウタが囚われている姿を見て、何人かの仲間が冷や汗を流す。
遺跡に向かった半数は地上で何が起きたのかを理解した。
「まさか、そんな。あれはトットムジカか……!?」
中でもゴードンの反応は大きかった。
「あの楽譜は隠しておいたはず。魔王が蘇ってしまったというのか」
「おい国王のオッサン、あれが何か知ってんのか」
明らかに何かを知っている元国王のゴードンに詰め寄るサンジ。だが彼も動揺している様子で、顔を抑えたまま動かない。
遺跡を調べたロビンが代わりに答えた。
「世界をも滅ぼす力を持つ、古代に封じられた魔王トットムジカ。国王さん。あなたは知っていたのね」
「ああ……十二年前、同じように魔王が顕現した。この国を滅ぼしたのは奴だ」
「え、ちょっと待てよ。それって海賊の仕業じゃなかったのかよ!?」
「……そういうことか。あの化け物はウタちゃんの能力で呼び出されたってわけだ」
状況を整理して答えに辿り着く。ゴードンは嘆く感情を押さえつけるように、腕を震わせながら続けた。
「ウタの歌声には遺跡の封印を解く力があった。あの時はあんなことになると誰も知らなかった。地下深くに封印されていたはずの楽譜は、いつの間にかウタのもとに導かれ、トットムジカが現れてしまったのだ……!」
「なるほどな。ウタウタの実の能力者に導かれて現れる伝説の魔物ってわけか」
「けど、なんで今、そいつが出てきちまってるんだよ。まさかプリンセスが……」
「違う。あいつの意志じゃねえ」
ルフィはウソップの言葉を遮って否定した。
救うために死力を尽くすか、それとも一線を超えた歌姫を討つべきか。
「そんで、どうすりゃあいつを倒せる」
刀を咥えたゾロは降臨した魔王を睨む。
理由はどうあれ、すでに能力者の意志で出入りできる世界ではなくなってしまった。本人が魔王に取り込まれてしまった以上、このままでは全員がウタワールドに閉ざされる。目の前の敵を倒すほかに生きる道はない。
しかしゴードンの与えた情報は一味を絶望に陥れた。
「ウタワールドと現実世界。同時に攻撃しなければ、奴を傷つけることはできないのだ」
「何だって……?」
「あいつを両方の世界で倒すなんて無理だろ!? やべえじゃねえか!!」
「我々の誰かが目覚め、現実とこちら側で攻めねば傷さえ与えられぬということか」
「それじゃあ当時はどうやって倒したの?」
「あの時はまだ力も弱く、ウタが眠ることで出現が止まった。だが今は……」
ゴードンは途中で言い淀んだ。
もうウタは幼い子供ではないため、比例して魔王も強くなったはず。実際に先に戦っていたルフィはトットムジカに傷一つつけられていないことからも強大さが読み取れる。それが特別な能力に所以するものなら、この世界に居続けたままでは絶対に倒せないと言える。
さらに悪いのは、睡眠を奪って死に至らしめる『ネズキノコ』を口にしている現状だ。能力者が力尽きてもトットムジカが両方の世界に出現し続ける可能性だってある。
救うどころか世界の崩壊まで秒読みだが、しかし「もうダメだ」と言わんばかりの絶望顔を見せているのはウソップ、チョッパー、ナミの三人のみ。
「やるこたぁいつもと同じだな」
「ああ。どうにかしてバリアをぶった斬りゃいい」
「おいおい、話聞いてたのかよ……!?ルフィでさえ手も足も出ない相手だぜ!?」
他の麦わらの一味はウソップとは逆で、強い戦意を持って魔王を睨み上げていた。
ブルックとロビンが考え込みながら打開策を考える。
「ゴードンさん。トットムジカは、現実世界にも顕現していると言っていましたね」
「ああ。ウタウタの実の能力者と同じく、現実とウタワールドの両方に存在する」
「世界に影響をもたらすほどの強大な存在で、二つの世界が境界が曖昧になっているのなら、能力者が解除する以外の方法で目覚める方法はないでしょうか」
「そっか。確かにそうね……!」
ブルックの言葉に仲間は光明を見出した。
魔王の出現は完全に想定外だったが、まだ道が完全に閉ざされたわけではない。
強引にでも外に出られるのならトットムジカを倒せる。ウタに無理をさせずに薬を飲ませることだってできるかもしれない。
するとロビンが目を瞑りながら両手を交差させる。
「ロビン、何してるの?」
「地上に生まれた亀裂を調べたけれど。やはりウタワールドと現実は繋がったみたいね」
確信を得たように言った。
そういえば、と全員が荒れ果てたウタワールドのエレジアに視線を泳がせる。魔王に侵食されはじめた世界では、所々に楽譜の五線譜が浮かんでおり、その線を上下にこじ開けたような穴が空いている場所があった。
空中に浮かんだ楽譜の裂け目の向こう側は暗くてよく見えないが、諜報能力に長けた悪魔の実の能力者であるロビンにははっきりと見えていた。
「お前そんなことまでわかるのか」
「ええ。ある程度の距離なら、能力を届かせることができるみたい」
ハナハナの実は、身体の一部を自由に咲かせることができる力を与える。
ウタウタの実の能力者は二つの世界に同時に存在できるが、曖昧になった境界のおかげで、ロビンも自分を咲かせることで両方の世界に存在できるようになった。
「現実の世界はどうなってるんだ!?」
「海軍が来ているみたい。先に目覚めたファンの避難誘導を行っているわ」
眼球を咲かせて視界を増やす
目覚めたファンが海軍に誘導されながら脱出しているところだ。そしてゴードンの言う通り、現実世界の空も闇に染まっており、全く同じ場所・姿でトットムジカが顕現していた。
「ファンはみんな起きてるのか。それじゃあこの世界に残ってるのは俺らだけってことか!?」
「ウタはライブをやめて、みんなを戻したんだ」
歯を噛み締めながら重く拳を握りしめる。
ルフィはウタの説得に成功した。
それでもで最悪の状況が起きてしまった。
ピエロ顔の魔王が全てを台無しにしてしまった。
許せない。
「あいつをぶっ飛ばして、ウタを取り戻す」
「そうか。そんなら急がなきゃ不味いだろう」
「魔王だか何だか知らねえが、俺も残って戦うぜ……!」
「ウタワールドと現実でチームを分けましょう。同時に攻撃するにはそれしかないわ」
ウタが救いを求めているなら迷うことはない。
現実世界に戻るメンバーはロビンを信じて裂け目に身を投げて、現実世界に意識を戻すことに決めた。
ウタワールドに残るのは五人。
ルフィ、ウソップ、ロビン、フランキー、そしてブルック。
偽りの世界に残された彼らは、破壊の波動を撒き散らすトットムジカを見上げながら戦闘体制を整える。
「ロロロ、ロビンっ頼んだぞ! おめぇだけが頼りだからな……!」
「現実世界との連携は任せてちょうだい」
「歌姫は人質か生贄か? 流行らねえことしやがって。魔王の風上にも置けねえ奴だ」
「音楽をこのような形で使うなどあってはならぬ事。見逃すわけにはいきません……!」
最後の戦いの用意は整った。
ルフィが拳を地面に叩きつけて、再び全身の血液を加速させる。
「ちょっとだけ待ってろよ、ウタ!!」
世界を滅ぼす力を持った魔王・トットムジカと、麦わらの一味の戦いが幕を開けた。
現実世界のエレジアにも黒い風が吹き荒れた。
文明そのものを滅ぼす嵐を呼ぶ元凶を、海軍将校が忌々しく見上げた。
「こっちです! 我々も船を出しますので大丈夫、落ち着いて避難してください!!」
招集された海軍は必死だった。
トットムジカの攻撃の被害が及ばないように戦いつつ、歌姫のライブを聞くために訪れたファンを誘導する。
しかし状況を知らないファンは混乱していた。
「空に浮かんでるあれは一体何なんですか!?」
「俺たちライブを見に来ただけなのに、なんであんなものがいるんだ!」
「歌姫は!? 歌姫さまは大丈夫なんですか!!」
「落ち着いてください! 今、エレジアにいる全ての方に避難していただいているところですから……!」
魔王の降臨とほぼ同時にファンが目覚めたことは、良くも悪くも海軍の行動を制限した。
彼らは今まで『ウタウタの実』の影響下にあったことにさえ気付いていなかった。プリンセス・ウタが麦わらのルフィに攫われてライブが中断したと思ったら、周囲に海軍、空にピエロの怪物に囲まれていたという状況だ。
もともと歌姫を捕らえる腹積りで来ていた海軍も、こうなると歌姫を追うどころではなく、民間人の安全を最優先に動かざるを得ない。
「わっちの歌姫はどこに行ったんだえ!? あの無礼者もまた逃げたのかえ!?」
そうした避難者の中にはライブ会場に足を運んだ天竜人の姿もあった。
彼はこの場から逃げようとせずに怒鳴り散らしていた。
「チャルロス聖、ここにいては御身が危険に晒されてしまいます……あれに攻撃される前にまずは避難を……!」
「お前うるさいえ! 命令に逆らうのかえ!!?」
「そんなことは――」
何も思い通りにならず、チャルロス聖は苛立った。
首輪をつけて遠くに逃げられないはずの歌姫は逃亡しており、必ず報いを受けさせようと決意したルフィの姿も見つけられないという。
あまりにも無能だ。殺してしまおうか。
そう思ったとき、すぐそばの地面が岩を殴り割ったような激しい音を立てて崩れた。
「だえだえっ!?」
冷や汗を流しながら横を見る。魔王が無差別に行っている攻撃が、ほんの2メートル先の石造りの地面を粉々に粉砕したのだ。青ざめたチャルロスは普段の数倍鼻水を垂らした。
「すっすぐに船を出すんだえ! こんなところにはいられないえ~~!!」
「はっ、ただちに!」
奴隷の行方、天竜人に働いた無礼。そんなものよりも自分の命が最優先だ。天竜人を守るために配備された護衛とともに、真っ先にこの場から逃亡していった。
そして、混乱の中でも冷静さを保って立ち向かおうとしている人間もいた。
「随分人が減ってるな。これならやりやすい」
小島に立っていたゾロが真っ先に状況を把握した。
他にも後ろにサンジとジンベエ、チョッパーとナミが姿を表す。
会場の状況は想像していたよりマシだ。民間人は半分以上が脱出済みなので暴れやすい。
「黄猿さん……! あれは麦わらの一味では!?」
一方で、海軍側もゾロやサンジ、ジンベエ達の存在に気付いた。
その中には海軍の最高戦力の一角も混ざっていた。
「ん~? お~奇遇だねェ~。麦わらのルフィはまだ能力の中にいるのかい?」
「げっ海軍大将!?」
「う、嘘でしょ。この状況で鉢合わせる……!?」
チョッパーとナミが顔を引き攣らせた。
現実に戻ってきた一味全員が、黄猿に鋭い敵意を向ける。
海軍大将黄猿は、全員が二年前に完全敗北した最強の敵だ。新世界から仲間に加入したジンベエにとっても、タイヨウの海賊団の頃からの因縁がある。
今がそういう状況ではないと分かっていても、互いに敵意を抑えきれない。
「構ってる暇はないんだけど仕方ないねェ。ついでに死んでいくといいよォ〜~」
「やるってのか……!」
緩やかに殺意を込めて指先を向けてくる。
レーザーが飛んでくるかと構えたが、その前に海軍将校が黄猿を止めた。
「報告! 世界政府及び、天竜人チャルロス聖のご意向を伝達いたします。大将はただちに護衛の任につき、トットムジカの攻撃を防ぐようにとのこと!」
部下の言葉を聞いた黄猿は指先に留めていたレーザーを消した。
「命拾いしたねェ~。次は容赦しないよォ」
黄猿は言い残して、コートを翻して去っていく。
海軍の最高戦力が去っていきひとまずは安堵した。二年前から修行を詰んだ今は一方的にやられることもないだろうが、海軍大将とぶつかればただでは済まない。ひとまず戦いは避けられた。
「よ、よかった……ただでさえヤバいのに、あいつとまで戦うなんて冗談じゃないぞ」
「チョッパー、いいから早くサニー号に戻って薬を作れ。もう時間がねぇ」
「ナミさん、ここは俺たちに任せて。城にある薬の材料をチョッパーに届けてくれ。その間に俺があのエセピエロ野郎を蹴り飛ばす」
「わ、わかったわ。三人ともここは任せたわよ……!」
チョッパーは海賊船へ。
ナミは城の材料保管庫に向かって走り出した。
残ったのは麦わらの一味の中でも主力級の三人。
サンジはタバコを咥えながら煙を吐き、ゾロは黒い手拭きを頭に巻いてから剣を抜く。ジンベエは姿勢を低く構える。
「『
彼らの背後に桃色の花びらが舞った。
地面から咲いたのはニコ・ロビン。ゾロは振り返りもせずに言った。
「向こうの連中に準備は整ったと伝えろ」
「ええ、任せて」
ロビンは頷いたが、顔色が悪い。
ウタワールド内から現実に能力を行使している負担は大きいようで冷や汗を流して耐えている。
そしてトットムジカに取り込まれてしまったウタも長くは保たないはず。全力を尽くしての短期決戦に賭けるしかない。
「ルフィ、向こうの用意が整ったみたい」
「ああ、分かった」
ウタワールド側にも状況を伝達された瞬間。ルフィは即座に自分の腕を噛み、覇気をまとった体に空気を筋肉に吹き込んだ。
細かった身体が丸く膨らんでいく。全身が鋼鉄のように黒く染まり、目元が鬼のように変化した。
「『ギア
ゴムの能力で膨らんだ肉体を武装色の覇気が硬化させ、強靭な肉体を作り上げる。
最初に削ぐべきは機動力だ。
一味はまずピアノの鍵盤のような形をしたトットムジカの右腕に狙いを定める。
「いくぜピエロ野郎! これでも食らいやがれ!!」
「プリンセスウタをっ、みんなを幸せにする歌声を返してもらうぞ……!」
ウタワールド側で先制攻撃をかけるのは二人。
まずフランキーが常人とはかけ離れた太い両腕を構えてエネルギーを充填、ウソップも黒カブトの弦を力の限りに引き絞る。
「よっと。頼むぜジンベエ!」
「任せい!
現実側ではサンジの脚力に任せて跳んだジンベエが、強力な覇気を拳に纏わせる。
三人が力溜めきった。しかしバラバラではダメだ。同時に最高のタイミングで一撃を放つために我慢する。
「今よ!!」
ロビンの叫びで目を見開き、一気に全力を解放した。
「必殺!! 『フランキー・ラディカル・ビ~~ム』!!」
「こいつを食らえッ! 『必殺緑星・
一筋の閃光がトットムジカの『現実側』のバリアに亀裂を生み、そして巨大な狼型に変貌した植物から放たれた衝撃が亀裂からバリアを完全に破壊した。
だが『ウタワールド』の守りに変化はない。
それがどうしたのかと言わんばかりに悠然と顔を向けたトットムジカは嘲笑した。
だが、攻撃は終わりじゃない。
「『魚人空手! 奥義・
打ち砕かれた現実のバリアが回復する前に、七武海の最高の一撃がトットムジカを貫いた。
その瞬間までダメージを負うとは思っていなかったのだろう。トットムジカは金属を引き裂いたかのような悲鳴をエレジアに響かせながら、鍵盤状の右腕を粉々に粉砕された。
ウタワールドと現実の両方で右腕が崩壊していく姿を見て、怯えていたウソップも調子づいた。
「へっ、余裕ぶりやがって。効いてんじゃねえか!」
「魔王といえども無敵の存在などこの世に存在せん……!」
勝ち誇った表情で暴れる魔王を見上げた。
覚悟を決めた麦わらの一味の前では、どんな強力な能力も役に立たないのだ。
さらに新たに生まれた隙を逃さない。
「魔王を斬るのは初めてだが、何であろうと一撃で沈める……!」
「素晴らしき音楽を邪悪から解放するのも
ゾロは鍛え上げた脚力によって、ブルックは骨だけの軽い体を生かして跳び上がる。
次に攻撃するのは逆側だ。
地上に高度を下げた魔王の左腕に狙いを定める。
ロビンの存在によって二人の剣士の息は完璧に合っている。一方でトットムジカは、いまだ攻撃を受けたダメージから立ち直れていないまま。防御の挙動もない。
「三刀流・奥義! 『一大・三千・大千・世界』ッ!!」
「『鼻唄三丁・矢筈斬り』!!」
力で叩き切る剛剣が、トットムジカの『ウタワールド』側の守りを打ち砕く。的確に弱点を穿つ柔剣がバリアが消えた隙に魔王の左腕を削ぎ、美しい動きで切り離した。
柔らかい物に包丁を入れたかの如く鍵盤が落ちた。
身体の一部だった残骸が地上に落ちる。
両腕を奪われた魔王は、残された片目を見開いて悲鳴を上げ続けている。
そして最後に残ったのは――
「レディを傷つけることは、この俺が許さん……!」
「ウタ、今助けてやるからな……!!」
胴体に浮かぶ三つの髑髏の裏には、明らかに憔悴している歌姫がいる。
誰よりもレディを重んじる男と世界で一番の友達が、奪われた少女を救うために立ち向かう。
すでに両腕を奪われた魔王は、能力を除いて防御の術を失っている。項垂れたトットムジカに最後の一撃を加えようと跳んだ。
「『
彼女を取り戻すために炎を帯びさせた脚が命中し、ウタワールド側の防御を打ち崩す。最後の砦であったバリアが打ち砕かれて無防備となった。
「いけ、ルフィ」
「ああ! 『ゴムゴムの――』」
現実側のサンジの想いも拳に含める。
これでウタを救い出せる。
武装色を纏い、膨らんだルフィの目一杯に引き絞った最高の一撃が解放されようとしていた。
「『
解放の瞬間。ギア
悪いことが起きる前触れの予感がした。
失敗のイメージが頭をよぎる。感覚の正体はすぐに分かった。
「っ、う”あ、あぁぁっ!!?」
取り込まれたウタが、この世のものとは思えない苦悶の声をあげた。
無理に狂気に染め上げられた瞳孔を見開いて、浮かんだ身体をガクガクと痙攣させている。トットムジカによって、ウタウタのエネルギーをいいように吸い上げられていた。
「ウタ!!?」
このまま攻撃したら道連れで死なせてしまうかもしれない――躊躇してしまう。
気を取られたその一秒が致命的な隙を作った。
「っ、しまった!?」
トットムジカは逆襲を果たすべく、今までの比ではない波動を放った。
ウタから吸い上げたエネルギーが解き放たれる。現実とウタワールドの同時に放たれたそれらは、攻撃を終えて宙に残った無抵抗な仲間を吹き飛ばした。
「がはっ……!」
「うぐぐっ、ぎゃああっ!」
「しまった! ウソップ、フランキー……!! ああっ!」
地上にいた仲間も見えない金槌で殴られたような衝撃と共に吹っ飛び、ロビンは存在を保てなくなり現実世界から消滅した。
攻撃に失敗して地上に落とされたルフィは、うつ伏せになった身体を強引に腕で起こして空を見上げる。
「っ、くそっ。ウタを人質みたいにしやがって……!」
トットムジカは健在だった。
闇に覆われていた空は、いつの間にか毒々しい黒黄色の楽譜に包まれている。ウタから吸い上げた暴虐のエネルギーによって進化。
姿は凶悪さを増した。失ったはずの鍵盤の両手も数を増やし、城のような巨体に変貌している。背に携えた漆黒の翼はまるで悪魔のようだ。
耐え切ったのはルフィだけ。
他の仲間はトットムジカの攻撃が直撃しながら満身創痍で地上に倒れている。
ウタの力を強引により深くまで引き出したトットムジカjは、ルフィを明確に敵として認識した。顔面に赤色のエネルギー、全てを焼き尽くす光線が収束する。
「何するつもりだ!?」
敵愾心を剥き出しにしていたルフィの顔色が変わる。
見聞色の覇気によって現実世界で何が起こるのかを見て表情を引き攣らせた。
狙いは自分ではない。
深いダメージを負って地上に倒れた仲間を追い討ちで焼き殺そうとしていることに気付いた。
「お前! やめろォ!!」
腕を伸ばしながら慌てるルフィの静止を聞いて、トットムジカは邪悪な笑みを作った。
ウタワールド側は守れても、現実側の仲間は守れない。十分に人間を焼き殺す威力を持った一撃が容赦無く放たれた。
「っ……!! よけるぞ捕まってろ!!」
トットムジカはルフィの仲間を狙って、灼熱の光線で地上を地獄に変えた。
マグマのような熱量を周囲に振り撒いた。
「ゾロ! サンジ! ジンベエ!!」
両方の世界で攻撃は執拗に続いた。
ルフィは喉が枯れるかと思うほどに叫んだが、声は異なる世界に届かない。放たれた攻撃をかわしながらウタワールド側の仲間を守るので精一杯だった。
放出が止んだのは十数秒後。
トットムジカは音楽性の欠片もない唸り声で嗤った。
「お前ェ!! よくもおれの仲間を!!」
怒りで拳に力が篭る。
ウタワールド側に残った仲間はルフィ一人で守り切ったが、現実側はそうはいかない。
これで麦わらの一味は半壊だ。
残されたのは船長たった一人。トットムジカは吠えても無駄だと言わんばかりに無力になったルフィをあざ嘲っている。仲間を失ったという現実をルフィに突きつけた。
しかし数秒後。
魔王は途中でピタリと笑うのを止めた。
赤色に輝く瞳を大きく見開き、何か別の怒りを感じた様子で表情を歪めた。
「何だ……?」
ルフィも同じく異変を感じて怒るのを止めた。
しかし、違う。
魔王が笑うのを止めたから止まったんじゃない。
この場にいないはずの誰かの強い気配を、ルフィの見聞色の覇気がとらえたのだ。
懐かしい感じが伝わってくる。昔の子供だった頃、フーシャ村でウタと一緒に過ごしていた頃の記憶が蘇った。
ルフィとウタが大好きだった気配だ。
最も尊敬している偉大な海賊の温かい雰囲気があった。
「この感じ……そっか。ししし……!」
向こう側で何が起きたのかをルフィは理解した。
仲間は大丈夫だ。なぜなら今、ルフィの知る中で最も偉大な海賊が向こう側に来ている。
分かって安心すると同時に、勇気づけられたルフィの心臓が強い鼓動を打ち始める。
悪魔の実の能力を肉体に張り巡らせ、解放のドラムが鳴るとともに心身がともに最高の状態に昂っていった。
現実世界、トットムジカは殲滅に失敗していた。
倒れたルフィの仲間を守る海賊が出てきたためだ。
彼らは赤髪海賊団。
再び出現してしまったトットムジカとの間に立ちはだかり、その船長が前線の先頭に立った。
「お頭」
「大丈夫だ、ここは俺に任せてくれ」
目に三本の傷を負った剣士の男。
赤髪のシャンクスは加勢しようとする仲間を制して、片腕で剣を抜く。
動揺する魔王を見据えたシャンクスもまた同じく、ウタワールド側に立っている
「ルフィ、気付いたか」
幼く弱かった気配が、自分と対等以上に強くなっている。
その事実に気づいて嬉しかった。
十二年前と比較にならないほど強大な姿にその身を変えたトットムジカは、自らを超える能力を持つ男をひどく恐れた。すでに致命的なダメージも負っている。獣の声が混ざり合ったような悍ましい咆哮を上げて、悪あがきで鍵盤の腕を振り上げた。
「いくぞ。シャンクス、これがおれの最後の攻撃だ!!」
「ああ、いくぞ……ルフィ!」
呟いた言葉は互いに届いていない。
しかしウタを救うという確固たる意志は世界を超えて届いた。
ルフィの姿が愉快な白色に変貌し、シャンクスの剣が炎を帯びたように赤く輝いた。
二人は同時に地面を蹴った。
残像が残るほどの速さで空中へと飛び出す。
ウタを奪ったトットムジカは最後の抵抗で、鍵盤の両腕による打払いや、縦横無尽に放つ破壊光線を駆使して苛烈な攻撃を行った。
しかし彼らへの攻撃はまったく意味を成さない。駆け上がって眼前に迫るまで、ほんの僅かな時間だった。
全員が最後の咆哮をあげた。
シャンクスの剣とルフィの拳が振るわれる。
魔王の絶対の守りを正面から打ち砕く。
魔力を使い切ったトットムジカは、存在を消失させていく。
二人の覇王が、希望の未来を切り拓いた。