【完結】ビンクスの酒を歌う歌姫のFILM RED   作:ひび

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第10話 脱出

 

 全てが変わってしまう日の前夜。

 船長であるシャンクスは、エレジアで船を降りて音楽を学ぶ選択肢を与えた。だがウタは絶対に離れたくないと言って、泣きながらすがりついた。

 音楽が大好きなウタにとって、最高峰の知識が揃っているエレジアが魅力的でなかったはずがない。それでも島に残らないと即答したのは、自分の夢が叶う場所が赤髪海賊団だけだと知っていたから。

 みんなが笑顔になる新時代を作ることこそが叶えたい夢だ。

 

 どんなに歌が上手くなってもだめだ。

 世界中から愛されても意味がない。

 幼いウタの夢を叶えられるのは赤髪海賊団のいる場所しかない。それが分かっていたから、シャンクスも苦笑しながら願いを受け入れた。

 

 

 全てを失った時に深く絶望した。

 このまま生き続ける意味なんてないと思った。

 しかし、心折られたウタは再び立ち上がる。

 歌でみんなを幸せにする新時代を作るという誓いは全て折れたわけじゃない。ルフィが残っている。だから毎日のように海にやってきて、ルフィのためだけに大海原に歌を捧げた。

 この広い海で再会できたのなら、一人だけでも大切な人を幸せにできるかもしれない。

 新時代の誓いだけがウタを生かす心臓だった。

 

 

 ……でも、本当は夢を捨てたくなかった。

 見捨てられたとしても、一人で置いていかれたとしても、赤髪海賊団の音楽家でいたかった。

 大好きな仲間を幸せにしたい。

 みんなを笑顔にしたい。

 変わらない思いはいつも胸にあったのだ。

 

 想いが悪い方向に変わってしまったのは、ライブ配信をするようになってからだ。裏切られた時の絶望とファンの海賊への恨みが心を歪ませた。

 ライブが思い通りに成功していたら後悔することは分かっていた。それでもウタは自分の作り上げた牢獄を壊すことができなかった。

 

 ルフィと再会できたときは痺れるほど嬉しかった。

 海賊をやっていると聞いた時は動揺したし、心の底から悲しかった。

 絶望からウタを救えるのはルフィ一人だけになっていた。いつの間にかシャンクス以上に大切な人になっていたことを思い知らされた。

 

 

 

 

 

 小さなウタワールドが残された。

 トットムジカが消滅した後、周囲は一切の光を閉ざした部屋のような深い闇に包まれた。恐ろしいほど孤独な世界の中で、世界の主人であるウタは膝を抱えて座り込んでいた。

 聞きなれない足音が踏み込んでくる。

 その人は目の前で足を止めた。ウタは顔を見せたくなくて、深くうつむきながら謝る。

 

「ごめんね、ルフィ」

 

 罪を犯してしまったウタは胸が張り裂けそうだった。

 

「心配すんな。誰も死んでねえよ」

 

 ルフィは明るくそう言って隣に座った。

 きっと笑っていただろう。しかし簡単に許されていいはずがない。感情に振り回されるままにTot Musicaを歌ってしまったことは覚えている。

 

「私、また酷いことをしたんだよ。怒ってよ」

「おれたちのことなら気にすんな。このくらいいつものことだ」

「偶然倒せたからそう言えるだけだよ。世界が滅びるところだった。やっぱりわたしなんて、この世界にいないほうがいいんだ」

 

 ウタは絶望の涙を何滴も落とした。

 ルフィに暴力を振るってしまったことも、ルフィと仲間を深く傷つけたことも覚えている。『ウタウタ』の能力で二度もトットムジカを呼び出してみんなを不幸にした。

 

「おめぇの歌はみんなを幸せにしてる」

 

 何も疑わない真っ直ぐな言葉だった。

 ウタは顔を上げようとしたが、見上げる前に頭の上に麦わら帽子を被せられる。広いつばで目元が隠れてルフィが見えなくなった。

 

「辛いことだってあるかもしれねえけど、歌でみんなを幸せにする夢は叶えてるじゃねえか」

「…………」

「おれも、おまえの歌聞くのすっげえ好きだぞ」

 

 顔を隠したままウタは唇を結んだ。

 その言葉が全部本心から出たものだと伝わってくる。有無を言わせないルフィの明るい態度に熱い感情のかたまりがこみ上げてくる。

 

「おれの仲間もウタが大好きで、船の上じゃいつも歌が流れてんだ」

「……嘘」

「嘘じゃねえって。これからもウタの歌をたくさん聞かせてくれよ!」

 

 ルフィの太陽のような言葉が染み込んでくる。

 死にたくなるくらい苦しかった気持ちが無くなっていくのをウタは確かに感じた。

 ああ、やっぱりだめだ。

 ウタは頭に乗ったシャンクスの帽子を外して強く抱きしめた。麦わら帽子に何滴も涙が落ちる。

 

「私、まだ夢を諦めたくないよ」

 

 夢を終わらせたくない。

 救世主と言われるようになって、いつの間にか忘れてしまっていた気持ちが戻ってくる。

 大切な人を幸せにするために歌うことが好きだ。

 ファンのみんなも、ルフィも、シャンクスや赤髪海賊団のみんなも、この歌で幸せにしたい。

 鼻の奥がしびれる。涙が溢れて出してくる。

 

「まだやり直せるかな」

「ああ、約束する」

 

 二度目の問いかけも、ルフィの答えは揺らがない。

 

「……ルフィ」

「ああ、ここにいる」

 

 ここは、他の誰もいない二人きりの世界(ウタワールド)

 他の誰にも見られていない。

 ウタはボロボロと溢れ出る涙を止められなくなる。

 

「ずっと一人で寂しくて悲しかったよぉ。もうどこにも行かないで。一人は嫌だよ。お願い、離れ離れになりたくないの」

「おめえがそうして欲しいなら、おれはここにいる」

 

 十二年間ずっと我慢していた想いが爆発した。

 ウタはルフィの体を決して離さないように、ぎゅうと強く抱きしめる。

 

「辛かったよぉっ。ルフィ、ルフィっ……!」

 

 すがってきたウタの頭を大切なものを扱うように触れた。

 残り短い世界が閉じるまで、子供の姿に戻ったウタは子供のように大声で泣きじゃくった。

 

 

 

 

 

 

 トットムジカは最後の一撃で崩れ落ちた。

 残骸さえ黒色の音符となって幻のように世界から消え去った。現実世界で戦闘を行なっていた仲間は息を切らしながら、敵の最後の姿を見届ける。

 

「ッ……ハァッ、ハァッ。やったのか」

 

 ゾロを筆頭に、三人とも体を大の字に芝生に投げ出した。

 戦いを終えた赤髪のシャンクスが仲間のもとに戻る。それと同時にトナカイ形態に変身したチョッパーと、その背中に乗ったナミも浮島に戻ってきた。

 

「みんな、薬ができたぞ! ……えっ、おまえたち誰だ!?」

「みんなに何してるのよ!!」

 

 地面に降りたチョッパーとナミは、仲間のいる浮島に見知らぬ人間が増えていることに驚いた。

 一方で浮島を守っている赤髪海賊団の船長・シャンクスが親しげに話しかける。

 

「君がルフィの船の医者だな」

「あ、ああ……おまえは誰なんだ?」

「あっ、その顔……チョッパー……! この人が例の父親よ! 赤髪のシャンクス!!」

「えっ! ルフィが憧れてるっていう大海賊か!!?」

 

 ナミは思わぬ相手を前に顔を青ざめさせ、顔を知らなかったチョッパーは衝撃で口を大開きにした。

 四皇シャンクスの雰囲気は穏やかで敵意はない。

 戦っていたゾロ、サンジ、ジンベエは意識を保っているが、彼らに対して敵意は持っていない。そのことを感じて、チョッパーもほんの少し気を抜くことができた。

 

「すまないが状況は急を要する。すぐにウタを診てやってくれないか」

「っ、そうだ! プリンセスウタはどこだ!?」

 

 あっけに取られていたチョッパーも我にかえった。

 囲んでいた赤髪海賊団が道を開ける。

 彼らが最も厳重に守っていた場所には、ウタとルフィの二人が並んで倒れていた。

 ウタワールドに取り込まれていたルフィは静かに深い眠りについている。一方で魔王に取り込まれていたウタは浮島の壁にもたれながらぼんやりと目を開けていた。寝てはいないが意識はほとんどない様子。心身ボロボロで、今にも死んでしまいそうなほど弱っているのが一目でわかる。

 簡単な診察を終えた赤髪海賊団の船医のホンゴウが状況を伝える。

 

「呼吸が弱くなっていて危険な状態だ。薬を作ってきたのか」

「うん。これならネズキノコの毒を中和して、すぐにでも眠らせることができるはずだ」

「なら他の処置は俺が請け負う」

 

 役割を確認しあってから作った薬と診察道具のバックをナミから受け取った。ホンゴウは薬が詰まらないように背中を支えて、チョッパーが慎重に薬をウタに飲ませていく。

 目元に深い隈を作って、今にも死にかけていたウタの目がゆっくりと閉じる。

 一部始終を見ていたシャンクスが落ち着かない様子で尋ねた。

 

「トナカイ君、娘はどうなんだ」

「とりあえず毒は打ち消せたけど、体力の消耗が激しすぎる」

 

 チョッパーは浮かない表情で返した。

 まさか、だめなのか。

 雰囲気が重くなるが、チョッパーは安堵した様子で言葉を続けた。

 

「しばらくは絶対安静にしないとだめだな」

「つまり治るのか……!?」

「ああ。これ以上症状が悪くなることはないはずだ」

「そうか……ウタは生きられるのか……!」

 

 シャンクスの声があからさまに明るくなった。

  弱っていることは確かだが、チョッパーの言う通りいつの間にか穏やかな寝息を立て始めている。 すでに目覚めている麦わらの一味と赤髪海賊団のクルーにもほっとしたような空気が流れる。

 

「ルフィにはいい船医がついてるな、船長」

「ああ。娘を助けてくれて感謝する」

「そ、そんな! おれは医者として当たり前のことをしただけで……えへへ」

 

 世界最高の一角と呼ばれる海賊に褒められた。

 ホンゴウも船医として、本気でチョッパーの腕に感心していた。

 チョッパーの表情が嬉しさでだらしなく緩む。

 

「海賊共、喜ぶのはそこまでだよォ」

 

 魔王の攻撃によって崩壊したドームに、この場の誰でもない声が響いた。

 視線を向けた先は対岸の岸。

 避難していたファンの姿はすでにそこになく、かわりに『正義』のコートを背負った大将黄猿を筆頭に五百を超える海軍が集っていた。

 

 世界転覆を引き起こそうとしたウタ。

 賞金首である麦わらの一味。

 極悪人達の討伐に政府の軍隊が来るのは必然だ。

 

 赤髪海賊団が無言で戦闘の用意を整え始める。

 万全の状態のナミが天候棒(クリマ・タクト)を構え、傷だらけのゾロ、サンジ、ジンベエもゆっくりと立ち上がる。

 しかし戦おうとする一味をシャンクスを筆頭とする赤髪海賊団が腕を広げて制した。

 

「この場は俺たちに任せてもらおう」

「何じゃと?」

「そりゃありがたいが……ウタちゃんはどうすんだ。あんたの娘なんだろ?」

「ああ。だが、一緒に連れて行ってやっちゃくれないか」

 

 シャンクスは深い眠りについた娘を見る。

 ウタは意識を失いながらもいまだにルフィの手を握りしめたまま離さない。

 ここは任せよう。

 赤髪海賊団の意志を汲んで逃亡の方向に舵を切る。

 話を聞いていた黄猿は、後ろ手で頭をかきながら弱り果てた。

 

「赤髪海賊団が出てくるとは、とんでもないことになったねェ……。歌姫と麦わらの一味、あんたらで両方を守り切るつもりかい」

「ああ。全力で抵抗させてもらう」

「仕方ないねェ~……トットムジカも消えた今、わっしも全力でやらせてもらうよォ……!」

 

 黄猿が片手を上げる。

 背後に控えていた海兵が浮島に向けて銃を構え、彼らを穿つための弾丸が一斉に放たれた。

 赤髪海賊団の全員が一味を守るように応戦する。

 戦闘が行われている背後で、いまだ眠りに落ちている仲間を抱えて脱出の準備を整える。

 

「逃げるわよみんな、準備はいい!? 『蜃気楼(ミラージュ)テンポ』!!」 

 

 ナミの天候棒(クリマ・タクト)が振るわれる。

 一味の姿だけが消えて、海軍に動揺が走る。

 しかし所詮は『見えなくなった』だけのこと。

 脱出の動きを察知した黄猿は見聞色の覇気で位置を補足。『ピカピカの実』の能力で即座に移動を試みる――シャンクスの振るった剣の一撃で伸びた光線は断ち切られた。

 中途半端に途切れた光から黄猿が姿を現す。

 二人の視線が交差する。

 シャンクスは笑い、黄猿はおどけたような表情を変えない。

 

「おっとっと、危ないねェ~~……」

「言っただろう。あいつらを傷つけようとするなら、俺たちは全力で抵抗すると」

 

 本気度を悟った黄猿は頭を掻いた。

 麦わらの一味と歌姫の気配が遠ざかっていくのを感じる。

 民衆を島から避難させていることや、天竜人の護衛に多くの人数が割かれているため、海軍の戦力はそれほど多くない。見聞色を使える海兵は多くないため、自分を抑えられれば姿を消している彼らを捕らえるのは難しいだろうと考える。

 万全を期すために天竜人の護衛を抜けて自分が回ってきたというのに。どういうわけかこの場に現れた『赤髪』に守られて下手に動けない。

 

「あんた、どうしてそうまでして、あの小娘の肩を持つんだい?」

「俺が話さなくても、いずれ分かるさ」

「ん~~。わっしらも、世界転覆を目論んだ大罪人を取り逃がすわけにはいかなくてねェ。分かっちゃくれないかい」

「俺たちは海賊だ。どうしても欲しいものがあるなら奪ってみるといい……!!」

 

 世界を滅ぼしかけ、実際に魔王を呼び起こした張本人が生きている。そのことが分かった以上、海軍は戦わなければならない。

 

 海軍と四皇の戦争が幕を開ける。

 ピカピカの能力で作り上げた大将黄猿の天叢雲剣(あまのむらくも)と、最高峰の覇気をまとった四皇シャンクスの剣がぶつかりあう。

 

 最強格の激突が、エレジアに嵐を巻き起こした。

 

 

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