【完結】ビンクスの酒を歌う歌姫のFILM RED   作:ひび

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最終話 歌姫とビンクスの酒

 

 ウタは悪夢を見ていた。

 夢の内容はうまく言い表せない。息苦しさの中でもがいていて、意識そのものが鉛にくくられて海の中に沈んでいるみたいだった。体も動かせないので地獄の責め苦に耐えるしかなかった。

 

 もうここにはいたくない。

 助けてほしいとウタは願った。

 すると、遥か遠くに希望の光が見えた。

 ウタは必死にもがいて浮かびあがろうとした。

 助かりたい。

 こんな辛い場所にはもういたくない。 

 しかし自力では浮かび上がれない。

 諦めずに足掻いていると――誰かに両腕を掴まれる。逆光で顔は見えないが二人の男だった。

 

 ウタは闇の底から急激に引き上げられた。

 急に世界そのものが眩い光に包まれた。

 思わず目元を手で覆い隠した。

 

「っ――」

 

 閉じていた目を大きく見開いた。

 小さなベッドに、柔らかい毛布をかけられて寝かされていた。

 

「今のは……夢?」

 

 荒く息をつきながら戸惑った。 

 汗のせいで服が張り付いていて気持ちが悪い。それにやけに身体も重くて起き上がるのも一苦労だ。頭を押さえながら状況を確認する。

 全く知らない木造の部屋で眠っていたようだ。

 

「ここ、どこなの」

 

 今いる場所に心当たりがない。

 頭の中は煙がかかったみたいになっていて、最後の記憶が思い浮かばない。しかしすぐに、部屋自体がゆったりと揺れていることに気付いた。

 この独特の感覚には覚えがある。

 エレジアに置いて行かれる前は、ずっとこの揺れを感じながら生きていたからだ。

 

「もしかして、誰かの船に乗ってるの……?」

 

 今まで生活してきたエレジアの部屋でないことに戸惑った。船に乗っている理由が思いつかない。

 何が起きたのか。

 真剣に最後の記憶を追いかける。

 

「エレジアでライブを開くことにしたんだ。それから……」

 

 手繰り寄せるように思い出していく。

 やがて全てを思い出して血の気が引いた。

 思わず両腕で体を抱きしめる。

 

「そうだ、私……失敗したんだ」

 

 世界中のファンと一緒に新時代に行く計画は白紙に戻った。自分に新時代を作る器量がなかったことを、嫌というほど思い知らされたからだ。

 しかし絶望に暮れている余裕はない。

 失敗しましたでは済まされないことがあるからだ。

 

「トットムジカは!!?」

 

 ウタは慌てて顔を上げて周囲を探る。

 しかしどういうわけか、ウタだけが感じることのできる魔王の気配は感じない。

 念入りに耳を澄ませていると、トットムジカではないが、部屋に別の生き物の息遣いを感じた。

 

「えっ、誰……!?」

「お、お、起きた……のか……?」

 

 気配の主は、すぐそばにいた。

 見ていなかった反対側の柱に隠れていた。

 ウタはきょとんと目を丸くする。両手と顔の半分だけを隠すような変なポーズで、汗を流して怯えながらこちらの様子を伺っている不思議な生物がいた。

 大きな帽子をかぶった、毛むくじゃらの生き物。

 

「たぬきだ」

「違う、おれはトナカイだ!!」

「いや、どう見てもたぬきじゃん」

「トナカイだ!!!」

 

 怒った様子で言い返してきた。

 ウタワールドの外で動物は喋らない。能力は発動させていないので、目の前の生物は間違いなく現実の存在だ。

 こんな生き物は見たことがないけれど、確かにたぬきとは似ているけど違うかもしれない。

 

「って、違う……おまえ起きても大丈夫なのか……?」

 

 一転して、心配そうに話しかけてくる。

 ひとまずウタは頷いた。そして同時にどこかで会ったことある気がして考え込む。ほとんど覚えていないけれど、ライブ会場で見かけた気がしたのだ。

 

「きみ、もしかしてルフィと一緒にいた子?」

「ああ。おれはトニー・トニー・チョッパー、医者だ」

 

 不思議な生き物は頷いて肯定した。

 人語を話す動物のかぶった帽子の✖️印はウタに海賊を連想させた。そのおかげでルフィと一緒にいた仲間の中に混ざっていたかも……と、連鎖的に思い出すことができたのだ。

 

「それじゃあここは、もしかして」

「おれたちの船サニー号だ」

 

 ルフィの船だ。

 そう知った時、ウタは最後の記憶を思い出した。

 そうだ、覚えている。

 ウタワールドの船上でルフィとここに来た。そして蘇ったトットムジカに取り込まれて破壊の限りを尽くした。魔王の視界を通して、みんなを傷つけた記憶がかすかに残っていた。

 

「えっ!? おい! 寝てなくちゃだめだ!!」

 

 ウタは立ち上がって部屋を出て行こうとした。

 思いのほか身体が動かし辛く、危うくふらついて倒れそうになる。チョッパーは慌てて止めようとした。

 

「無理しちゃダメだ! 一ヶ月も眠りっぱなしだったんだ、すごく体力が落ちてるんだぞ……!」

「大丈夫。そんなことより私、行かなくちゃ」

 

 ウタの耳に静止の言葉は届かない。

 呑気に寝ているわけにはいかなかった。

 チョッパーもウタの覚悟を感じて、止めることができなくなる。仕方なく後ろからついていった。

 

 医務室の扉を開いて外に出る。

 見渡す限りの海景色が続いている。

 入道雲と太陽だけが浮かぶ青空を数匹のカモメが飛んでいる。潮の匂いを含んだ微風がウタの前髪をくすぐった。懐かしい船上の景色がかつての思い出と重なった。

 

「あ……! よかった、やっと起きられたのか!」

 

 部屋を出たウタの気配に最初に気付いたのはウソップで、嬉しげな声でウタを迎えた。

 見下ろすとルフィの仲間の全員が甲板に出ていた。思い思いに昼時の時間を過ごしている様子だったが、ウタが出るといっせいに視線を集めた。

 

「ルフィ、プリンセスウタが目覚めたぞ!」

 

 ウソップの声に釣られて視線を向ける。

 船首のライオン顔の上に麦わら帽子をかぶった男の子が座っていた。

 罪悪感でウタの心臓が痛い鼓動を打った。

 そんなウタの気も知らずにルフィは振り返る。

 ゴムになった腕を伸ばして目にも止まらぬ速さで飛び込んできた。

 

「ウタ!! 治ったのか!?」

 

 ルフィは嬉しそうな声で呼びかけてた。

 あっという間に隣までやってきてくれた。しかしウタは顔を上げることができない。

 

「みんな、ごめんなさい……!」

 

 深く頭を下げる。

 ルフィとみんなに向けて震え声で謝罪した。

 そこで快復を祝うムードは消える。仲間達は彼女が言葉を続けるのを待った。ルフィでさえ口を閉ざして黙り込んだ。

 

「私が間違ってた。みんなを巻き込んで、取り返しのつかないことになるところだった。トットムジカの力を解放して死なせちゃうところだった……」

 

 新時代を作るという身勝手な計画に巻き込んでしまったこと。そして危険な目に遭わせてしまったことを謝った。

 ウタは深々と頭を下げ続けたが、しかし糾弾するような言葉は飛んでこない。

 

「ウタ、まずはこれを読みなさい。あんたが寝てる間に世間はとんでもない騒ぎになってるわよ」

 

 代わりにナミが新聞を片手に近付いてくる。

 ウタはまじまじ見つめた。こんな綺麗な人がルフィの船員なんだなあと驚きながら、差し出された紙の束を受け取る。

 

「これって新聞? すごく久しぶりに見た」

「久しぶりって、あんた一体……そっか。エレジアで暮らしてたんだもんね」

 

 どの島の住人でもニュースくらいは読んでいるもの。今まで一体どうやって生きてきたのかと言わんばかりの視線を浴びた。

 しかしすでに滅びたと思われているエレジアに、世間で起きた事件を知らせるニュース・クーはやってこない。だからウタは配信で繋がるファンの声で世情を知るほかになかった。

 ひとまず言われるがまま新聞に目を通す。

 一面にUTA、つまり自分のライブをうつした写真が大きく掲載されていて驚いた。

 

「これって私のこと……!?」

「そう。あんたがいなくなって、世間はすっごい騒ぎになってるの」

 

 隅々まで読んでみるが、どれも自分のことばかりが書かれている。

 渡された新聞は、あまりにも情報量が多すぎて感情が追いつかなかった。見出しはこうだ。

 

『UTAのファーストライブ 怪物出現で中止へ』

『エレジアの歌姫 麦わらの海賊団が誘拐か!?』

『天竜人に叛逆したプリンセス ファンの動揺広まる』

 

 しばらくページをめくっていくと、ぴたりと手が止まる。音楽の怪物の姿が鮮明にうつされている写真が掲載されていた。

 鍵盤とピエロの怪物は、ウタの記憶にあるトットムジカの姿そのものだった。

 

「ルフィ、トットムジカはどうなったの……!?」

 

 隣でじっと待っているルフィに詰め寄った。

 相手は十二年前に一国を滅ぼし、シャンクスが命懸けで倒したような怪物だ。

 自分がここにいるということは倒したのだと思うが、しかし同時にそんなはずないとも思う。

 

「あの化けもんなら、おれたちみんなで倒したぞ」

 

 ルフィは堂々と胸を張って笑った。

 あまりにも自信を持って言うものだからウタは呆気にとられた。

 

「倒した……ルフィが? ゴードンとファンのみんなはどうなったの……!?」

「誰も死んでねえから、安心しろ」

 

 信じられないことだった。

 しかしルフィが嘘をつけない性格なのは知っている。ルフィの仲間も肯定するように頷いていて、新聞記事にも討伐済みと書かれていた。

 へなへなと膝をついた。

 

「よかった……」

 

 誰も死ななかった。

 その結果のおかげで心を緩めることができた。

 ウタが安堵している様子を見て、ルフィの仲間たちも優しく見守った。

 どうやって解放されたのかは朦朧としていて覚えていないが、ルフィや、ルフィの仲間が戦ってくれたのだろう。

 

「ルフィは約束通り、強くなったんだね」

「ああ。強くなった」

 

 どんと自分の胸を叩いて返してくる。

 ウタはルフィと一緒に過ごした幼い頃を思い出した。自分よりも小さくて、強がるばかりで弱かったはずなのに、今では何度も悪夢に見た怪物を倒してしまうほどになっていた。

 次に会った時は強くなると約束していた。

 いつの間にか、シャンクスに並ぶくらい偉大な海賊になっていた。

 

 ……やっぱり追い越されてっちゃったなあ。

 改めて敗北を感じる。その気持ちは切なくて、それなのに嬉しいような複雑な心の動きだった。

 

「まあ何だ。誰も死なずに終わったんだ。俺らのこたぁ気にしなくていいさ」

「音楽を愛するあなたを助けられた。それだけで戦った甲斐もあったというものです。ヨホホホッ!」

 

 力が抜けたウタに他の仲間が声をかける。

 ウタはルフィの仲間たちを順番に見た。

 みんな笑っている。名前も知らない人がほとんどだけれど、許してくれている雰囲気しか感じない。

 本当にルフィはすごい仲間を集めたんだなあと思い……嬉しくて、やはりほんの少しだけ羨ましい気持ちがあった。

 

「そんでよウタ。おめーこれからどうするんだ」

「……分かんない。エレジアにはもう帰れないし、どこに行けばいいのかな」

 

 ルフィに問われて先の見えない未来に暗い表情を浮かべる。

 ゴードンのところには戻れない。

 今回の件で世界政府や海軍に目をつけられてしまった。新時代の計画で海軍を攻撃してしまったし、天竜人のおじさんも怒らせてしまった。二人で捕まってしまうだろう。

 

 赤髪海賊団の船で育ったウタは故郷を持たない。

 フーシャ村のように知っている土地はいくつかあれども、どこに行っても迷惑をかけてしまうだろう。どこにも帰れない以上、どうすればいいのか選択肢を持っていなかった。

 

「そんならよ、おれの船に乗れ!」

「え、ルフィの船に……?」

 

 ルフィに視線が釘付けになる。

 まるで最初から決めていたみたいだった。眠っている間にすでに話をしていたみたいで、ウタ以外は誰も驚いている様子はない。

 

「冒険好きだって言ったろ。おれと一緒に色んなとこ冒険しよう!」

「それは……いや。だめ、だめだめ……!」

「えー!? なんでだよ!」

「だって私と一緒にいたら、海軍から追われちゃう! 大変なことになっちゃうよ!?」

「なーに言ってんだ。海賊やってんだから、おめーがいなくてもいっつも海軍に追われてんぞ」

「あっ、確かにそうかも……」

 

 すっかり忘れていた。

 シャンクスもルフィも、ウタが嫌う『残酷な略奪者』ではないが、世間では立派なお尋ね者の海賊だ。ウタがいようといまいと、海軍は問答無用で襲いかかってくる。

 しかしそれがなかったとしても、ウタは頷けない。

 

「でもほら、私って普通の海賊なんかよりとんでもないことやっちゃったし……危ないよ?」

「安心しなさい。うちの船長のほうがよっぽどヤバいことやってるから」

 

 ナミが呆れたように視線を甲板の仲間に向ける。

 仲間達はウタを安心させるみたいに、陽気な声で武勇伝を話し出した。

 

「ああ。いつの間にかいろんなところに喧嘩を売りまくってるからな、おれら」

「フフッ。海軍の重要拠点を全部回ったのは、この広い世界の中でもルフィだけでしょうね」

「ここはよぅ。世界政府に正面から喧嘩を売ったうえ、あの天竜人をぶちのめしたやつが二人も乗ってるス〜パ〜な船だぜ?」

「それ俺じゃねえか!? ちげえ、シャボンディ諸島のおっさんのことは偶然なんだってば!!」

 

 予想外に犯してしまった罪をなじられたウソップが嘆き叫び、それを他の仲間が大笑いした。

 ……大丈夫なのだろうか?

 改めて聞くとこの幼馴染、かなりとんでもないことをやらかしている。楽しげに冒険の話をする仲間の話を聞いて、ウタはむしろ心配になった。

 

「じゃあルフィも手配書とかあって懸賞金かけられちゃってるんじゃ……」

「おう! 船室にウソップが綺麗に貼ってくれてんぞ!」

 

 やっぱりそうだよね。

 当たり前のことを聞いてしまったウタは息をついた。

 

「そっかー……あのルフィが賞金首かぁ、なんか複雑」

「そうか?」

「そうなの」

 

 ウタもエレジアに流れ着いた手配書を拾ったことがある。そしてその紙束を『ファンのみんなに酷いことをした人』のリストだと思って、配信で紹介したことがあった。

 誰かが勝手につけた金額だと分かっている。

 でも一度形成された常識はすぐに変わることはなくて、その中にルフィが混ざっていると思うと釈然としない心境だった。

 

 とはいえ、安心もした。

 このまま海に出ていても、ルフィが海軍に捕まってしまったり、他の海賊に殺されてしまったりということはなさそうだ。トットムジカを倒すほど強いなら大抵のことは跳ね返せるだろう。

 

「そんでよ、一緒に冒険するよな!?」

 

 ルフィは改めてウタに迫る。

 今度は悩むこともなく首を横に振って断った。

 

「ごめんルフィ。誘ってくれるのは嬉しいけど、一緒に冒険には出られない」

「えー!? なんでだよー!!?」

「あんな迷惑をかけたのに知らん顔して海賊はできないよ。ファンとゴードンに謝らなくちゃ」

 

 不満の声をあげるルフィに申し訳なく微笑んだ。

 死人がいなかったとはいえトットムジカで危険に晒してしまったのは事実。

 育ててくれたゴードンにも恩返しをするどころか、仇にして返してしまうところだった。

 そして何よりも、新時代を望んでくれたファンのみんなの期待を裏切った。

 

「全部放り出して自由な冒険に出ようなんて、夢を見せた人間としての筋が通らないよ」

 

 申し訳なく苦笑いして答えた。

 しかし、ウタがそういう反応をすることは一味も想定済み。

 待ってましたと言わんばかりの態度がかえってきた。

 

「ウタ。その新聞を最後まで読んでみて」

「え? う、うん……」

 

 手に持っている新聞の続きを読んでくれと言う。

 半分ほどしか目を通していなかったので、言われた通りに流し読む。手早く視線を進ませていると、最後のページで手が止まった。

 そこに載っていたのは、事件後に身を案じてくれたファンの声の寄せ書きだ。今までと変わらずウタを応援するか、安否を気遣ってくれる声しかなかった。

 

「みんな」

 

 見開きいっぱい詰め込まれているそれらを、一つ一つを丁寧に読み進めていく。

 

「私、みんなに酷いことをしたのに……っ」

 

 読んでいるうちに、ウタの胸に熱いものが込み上げてくる。

 恨んでいる言葉など一つもない。自分の無事を祈り、また歌を聴きたいと言ってくれている。

 中にはライブでウタに酷いことを言ったと謝る言葉さえあった。

 

「ファンはあなたが戻ってくるのを首を長くして待ってるみたい」

「今までの活動でウタちゃんの歌声に救われた人が、それだけ多かったってことだ」

 

 ロビンとサンジが微笑みながら言う。

 ファンは誰もウタを恨んだりしていない。

 この新聞は、みんなを幸せにしようと歌ってきた努力が本物だった証のように思えた。

 

「それとこれ。エレジアに残してきた荷物と一緒に、あなたに渡すように言われてる」

 

 ナミはいったん新聞を受け取り、代わりに手に持っていたものをウタに差し出した。

 それが音貝(トーンダイアル)だとすぐにわかった。

 見たことのない色と形だ。自分の持ち物ではない。

 

 正直、少し躊躇してしまう。

 自分の知らない録音を再生することに良い思い出はない。

 けれども聞かなければならない。

 見守られる中、ウタは覚悟を決めてボタンを押し込んだ。

 

 最初、わずかばかりの雑音が流れる。

 波の音と、遠くで金属がぶつかり合う戦闘音。その中から本命の声が聞こえてきた。

 

『ウタ……私の声が聞こえているかい』

「ゴードン……!?」

 

 声を吹き込んだ相手が誰か分かったとたん、ウタは音貝(トーンダイアル)を強く握りしめて前のめりになった。

 すぐにでも謝りたいことがたくさんあった。

 何か言おうとしたが言葉が出てこない。そもそも蓄音機なのでウタの言葉は向こう側には届かないのだが、何かを言わなくちゃと思ってしまう。

 そんなウタの意志に関係なく言葉は進む。

 

『ウタ、君に謝らなくてはならない。十二年前に起きた本当のことを君は知ってしまっただろう。だがそれはワタシの口から、もっと前に伝えるべきことだった。エレジアに縛り付けてしまい本当にすまなかった』

「そんなことないっ……!! そんなことないよ。ゴードンに悪いことなんて何もないのに……」

 

 ウタの目尻いっぱいに涙が溜まる。

 悪いのは全てトットムジカを呼び出した元凶で、ゴードンが治めるエレジアを滅ぼすきっかけを作ってしまった自分だ。自分さえいなければエレジアは滅ぶことがなかった。もっと幸せな日々があったはずなのだと何度思ったことだろう。

 しかし普段は弱気で声も小さいゴードンだが、今聞こえてくる声色はあまりにも堂々としていた。

 

『トットムジカは元々エレジアに封じられていた存在だ。封印されたものに気付けなかったワタシにこそ全ての責任がある。幼かった君に罪があろうはずもない。何もかもを背負う必要などありはしないのだ』

 

 謝ろうとするウタの心を見透かしたみたいだった。

 

『ワタシは音楽を教える旅に出ようと思う。ウタ、君も幸せに生きてくれることを願っているよ』

 

 ゴードンは一方的にしめくくった。

 ボロボロと涙が溢れて止まらなくなる。

 打ち明けられて知っていたルフィはもちろん。初めてウタの過去を知った仲間も、彼女の抱えていたものの大きさを感じてうつむいた。

 

 しかし感傷に浸る間はない。

 終わったと思った音貝(トーンダイアル)が再び音を流しはじめた。

 

『ウタ、聞こえているか』

 

 ウタは雷に打たれたような衝撃を受けた。

 記録には続きがあった。新しい声を吹き込んだ相手が分かって信じがたい気持ちになる。

 そんな、まさかこの声は。

 

「シャンクス……?」

 

 音貝《トーンダイアル》を持つ手が震える。

 何十年経っていようと聞き間違えるはずがない。

 この声はルフィたちにエレジアを連れ出されてからの記録だ。ゴードンの後に続いているということは、つまりはライブ会場に一緒にいたということになる。

 

「……来てくれてたんだ」

 

 自分の両手で胸を強く押さえつける。

 今までにないほど熱い気持ちがウタの心に溢れた。ボロボロと泣くウタの前で、シャンクスは昔と変わらない優しい声色で続ける。

 

『どうしても伝えたいことがあってこの場を借りさせてもらった。久しぶりにお前の歌を聞きたかったんだが、それはまた今度にしよう』

 

 ウタは決して手放さないように、そして聞き逃さないように音貝(トーンダイアル)を握りしめる。

 記録越しとはいえ十二年ぶりの親子の再会だ。

 ルフィと仲間は、目を瞑るなどして弱々しい姿を見せるウタから視線を外した。

 

『正直、合わせる顔がない。一人エレジアに残して置いて行ったことをお前が恨むのは当然だ』

「違うよシャンクス……悪いのは私だ。シャンクスは、私を守ろうとしてくれただけなんだ」

 

 記録の向こう側に、ウタは仲間達の面影を感じた。

 ベックマン、ルウ、ヤソップ、ホンゴウ、そしてみんな。優しかった赤髪海賊団が揃っている。自分を助けに来てくれたのだと分かる。

 

『これだけはお前にどうしても伝えたかった』

 

 そしてウタだけが知っている優しい声で言った。

 

『今までもこれからも、お前は俺たち赤髪海賊団の大切な家族だ』

 

 呼吸を忘れたみたいに息を詰まらせた。

 記録はそこでおわった。ウタは役目を果たした音貝(トーンダイアル)を大切に抱き抱える。ボロボロと大粒の涙を落とし、嗚咽をもらしながら泣いた。

 

「ごめんね……シャンクス、ずっと勘違いしてごめんね……っ」

 

 ウタは航海を続けている父親に謝り続けた。

 こんなことをしてもまだ家族だと言ってくれる。そのことが申し訳なくて、でも嬉しくてたまらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 時と場所が変わり、ここは航路を分けたレッドフォース号。

 甲板で船長を見ながら肉を齧っているラッキー・ルウが、軽く笑いながら言った。

 

「ルフィに大きな借りができちまいましたね」

 

 水平線の果てに物思いに耽っていたシャンクスも笑みを作った。

 すると口々に他の船員も、渦中にあるウタとルフィの話をしはじめる。

 

「しかし久しぶりにルフィの奴に会いたかったなあ」

「ウタのライブも生で聴きたかったぁ……!」

「お互い色々話したいことはあっただろうに」

「すぐに別れちまって、よかったんですかお頭!?」

 

 船長の判断を問うような声が次々にあがる。

 赤髪海賊団のクルーは会うことなく別れた理由を理解しているが、しかしそれでも会おうと言う声も多かった。

 ウタとは正面から話すべきだと思ったし、それにルフィも約束した通り世界の話題をさらうほど立派な存在になって海に出ている。一人前の海賊と言うには十分すぎる成長だ。

 

「そんなに焦らなくても、きっとすぐに会えるさ」

 

 シャンクスは苦笑しながら船員をいさめて、再び持っていた紙を見た。

 最近になって発行されたルフィの新しい手配書と、UTAのライブ告知ポスターだ。

 

 後半の海を堂々と航海するルフィ。

 救世の歌で世界に羽ばたいたウタ。

 新時代を作りたいと誓っていた二人の成長を誇りに思い、晴れた青空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 サウザンドサニー号では、ウタの快気祝いと勝利の宴が始まっていた。

 仲間たちはすでに料理や歌で盛り上がっている。その楽しげな甲板を背中に、ウタはルフィと一緒にライオン頭の上に座っていた。

 

「ねえルフィ」

「なんだ?」

「私、赤髪海賊団には戻らない」

 

 桃色のUTAパーカーを羽織ったウタは決意を伝える。ルフィはウタの決断を黙って聞いていた。

 

「今のままじゃシャンクスやみんなに、立派な音楽家だって胸を張れないもん」

「……そっか」

 

 シャンクスは今の自分を家族だと言ってくれた。

 嬉しかったからこそ、すぐに会いに行くことはしたくなかった。助けてもらってばかりの今の自分じゃダメだ。赤髪海賊団の音楽家としての自分を封じることを決意した。

 

「この船に乗ったら、いつかシャンクスに会えるんだよね」

「必ず会える。立派な海賊になったらまた会うって約束したからな」

「私も冒険をたくさんしたい。シャンクスとみんなに会っても恥ずかしくないくらい、胸を張れる立派な音楽家になりたい」

 

 エレジアを去ることを決めたウタは決意した。

 風に髪をなびかせ、大海原を見つめたままルフィに問いかける。

 

「フーシャ村で約束したこと覚えてる?」

「ああ、おれたちで新時代を作るんだ。それも新時代のマークだろ」

「そうだよ。よく見ると格好いいよね、これ」

「ししし、そうだろ」

 

 ウタはパーカーの袖に描いた歪な麦わら帽子のマークを優しく撫でた。フーシャ村で二人で遊んでいた時に誓い合った夢の証だ。

 お互いにちゃんと覚えていたことが嬉しくて頬がかすかに赤く染まる。

 

「今回は失敗しちゃったけど、私、やっぱり新時代を作りたい」

「……そっか」

 

 ルフィはにっと笑う。

 過去に囚われて出た言葉ではない。

 今のウタには人々の声を聞き、失敗を経ても前に進もうとする強い意志がある。多くの人に背を押されたことで止まっていた時間が動き出す。

 

「私が目指す新時代をもう一度探してみる。そしてルフィが新時代を作るのも手伝いたい」

 

 息を吸って吐く。

 覚悟を決めて申し入れた。

 

「だから私も、ルフィの冒険に連れていって」

 

 自分でも驚くほどすんなりと言葉が出てきた。

 昔は冒険に連れて行ってくれとせがむルフィを軽くあしらう立場だったので、自分からこんなことを言うなんて思っていなかった。

 

「それって……!」

「うん。私も仲間にしてほしい」

 

 ルフィは嬉しそうに口を大きく開けて、それから目を固くつむって体をぶるぶると震わせる。

 

「野郎ども! 聞けーーーーっ!!」

「ちょ、ちょっとルフィ……!?」

 

 勢いのまま振り返って仲間たちに大声で呼びかけた。急に叫び出したのでウタは慌てた。

 宴を中断した仲間の視線が集まる。

 

「今日からウタは、おれたちの仲間だぁーーっ!!」

 

 船長は高らかに宣言した。

 

「おおおっ……おいおいマジかよ! プリンセスウタが俺たちの船に乗るのか!?」

「すっげえ! ウタの歌声を生で毎日聞けるのか!」」

 

 すでに宴の真っ最中で、串焼きや酒を手に盛り上がっていた仲間たちはさらにテンションを上げた。

 言葉通り世界に名を轟かせる伝説の歌姫が加入する。そんなビッグニュースに、盛り上がらないはずがなかった。

 

「こうしちゃいられねえっ、ウタちゃんを歓迎する料理を作らにゃあ!!」

「ヨホホホホッ! なんと素晴らしい日でしょう! 世界の歌姫と一緒に演奏できる日が来るなんて、嬉しすぎて胸がドキドキしちゃいます! 心臓ないんですけど!」

 

 仲間達は全身で大喜びするか、分かっていたと言わんばかりに微笑んでいた。

 なんだか大ごとになってしまって恥ずかしかったが、でも悪い気はしない。

 

「おれの船に乗ったら、すっげー冒険がたくさんできるぞ。ししし!」

「……うん」

 

 パーカーの袖で赤く染まった頬を隠した。

 ルフィが樽コップを二つ掴んで持ってくる。乾杯用のコップを差し出されているのが分かったが、しかしウタはそれを受け取らない。

 

「ちょっと待って。宴の前に一つだけやらなくちゃいけないことがあるの」

「ん? 何だ?」

「ルフィはそこで見てて」

 

 コップを持って棒立ちになったルフィより前に出たウタは、ライオンの船首でパーカーのポケットから古びた楽譜を取り出した。

 ルフィもそれが何であるか気づいたみたいだ。

 

 Tot Musica。

 再び楽譜に触れた手から、音楽の魔王の魔力がウタを支配しようと這い上ってくる。

 伝わってくるのは憎悪と寂しさ、辛い気持ちだ。

 ウタはもうこの魔力に魅入られることはない。

 かわりに優しく語りかける。

 

「あなたの歌は、わたしが忘れないから」

 

 半生を共にしたウタ。

 魔王トットムジカを恨むことなく約束を交わした。

 

 寂しがらなくていい。

 何も壊さなくてもいい。

 私があなたと一緒に生きていくから――と。

 邪悪な楽譜を胸にそっと抱きしめる。 

 

 ウタを支配しようとしていた魔力は消滅した。

 役目を終えた楽譜は塵に変化して崩れて散って、風に乗って消えていく。

 海の中に消えていった伝説を見送った。

 

「ウタ、お前……」

 

 何かを言おうとしたルフィだったが、ウタはそれを遮るようにコップをひったくる。空になるまで豪快に一気飲みして、飲み干してからコップをルフィに押し付け返した。

 

「ハイこれで終わり」

「……そっか、終わりか」

「うん。ところでルフィ。歌いたい気分なんだけど、歌ってもいいかな」

「え、ウタの歌が聞けるのか!?」

「ん~、一人で歌ってもいいけど。今はルフィやみんなと一緒に歌いたい気分」

「あーそっか、それもそうだな!」

 

 腰に手を当てて申し入れると、ルフィも合点が言ったように何度も頷いた。 

 甲板で飲めや歌えやで騒ぐ彼らに号令をかける。

 

「おーいブルック、野郎ども、歌うぞ! あの曲を弾いてくれー!!」

「ヨホホッ、お任せください! それではみなさんご一緒にぃぃ~~っ!!」

 

 どこからか取り出したヴァイオリンを持ったブルックが、意気揚々と演奏を始めた。

 音楽を聴いた仲間たちは顔を見合わせて笑みを作る。麦わらの一味の船ではもはやお約束になった海賊の唄が流れる。

 そしてそれはウタもよく知っている曲だった。

 

「これ、シャンクスと一緒によく歌った曲」

 

 ルフィはにんまりと笑う。

 

「お前これ、すんげー好きだっただろ。にししっ」

「……うん!」

 

 幼馴染の笑い顔に、ウタも同じ笑顔でかえした。

 船の上で、フーシャ村の酒場で。みんなで肩を組んで歌っていた日の思い出がはっきりと思い出せる。海賊の唄をみんなで歌う時間は、かけがえのないものだった。

 

 

 ビンクスの酒を♪ 届けにいくよ♪

 海風 気まかせ 波まかせ♪

 

 

 再会できたルフィと肩を組んで声を張り上げる。

 ウタはみんなと声を合わせて、歌姫になってから初めて自分が楽しむためだけに歌った。

 

 ビンクスの酒。

 九歳の頃にエレジアに置いて行かれて以来、ずっと歌えなかった、辛い思い出の歌だ。

 これからは、新しい人生の船出を讃える歌になる。

 辛くて苦しかった十二年は無駄じゃなかったんだと、ようやく心の底から思うことができた。

 大切な人と一緒に歌う楽しさを思い出した。

 視界がまた涙で滲んだ。

 

 

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「ねえルフィ、また昔みたいに勝負しようよ」

「んぐ?」

 

 宴ももう中盤。肉を頬張っていたルフィは少し間抜けな顔をして振り返る。

 子供っぽい笑みを浮かべたウタは、幼馴染の鼻をつんと指先でつついた。

 

「せっかく仲間になったんだからさ。今日こそ今までの決着をつけよう」

「おういいぞ!」

 

 ルフィはほとんど即答で頷いた。

 二人は同じ好戦的な笑みを浮かべる。

 いくら仲間になったとはいえ、勝負とあっては負けるわけにはいかない。

 

「種目は何にする?」

「そんじゃ歌の上手さで勝負だ!」

「もうっ、何でそうなるのよ。歌でルフィが私に勝てるはずないじゃん」

「やってみなきゃわかんねえだろ!」

「負け越してるくせに。そんな余裕こいてたら、また負け数が増えちゃうぞ~?」

「だから違う! おれの184連勝中だ!!」

「出た、負け惜しみぃ」

 

 煽るように笑うウタ。怒ったルフィは噛み付かんばかりに歯を見せて唸る。

 船首の上でじゃれあう二人を見ながら、ルフィの仲間たちは肘をついて呆れ笑っていた。

 

「幼馴染とは聞いたけれど、確かにあの二人はどこか似てるわね」

「はいはいリクエスト! 俺、プリンセスウタの新曲が聞きたい!!」

「おれも! ウタの歌大好きなんだ!!」

「ヨホホホ! ワタシ、ウタさんのファンですから! 一通りは空で弾けますので、伴奏はお任せください!」

「ハハハッ。今日はなんと陽気な日か。楽しいのう!」

 

 ブルックはヴァイオリンの弦を合わせ、ウソップとチョッパーはどこからかUTA応援グッズ装備してペンライトを出した。

 ジンベエも気分が高まって大笑いしている。

 普段は寡黙なゾロとロビンでさえ期待するようにウタを見上げ、ナミとサンジも腰掛けて歌を聞く姿勢になった。ルフィだけは仲間の応援がウタにばかり行っていることに頬を膨らませて不満を示した。

 

「よっと。それ使いな!」

「あっ、マイクありがとう!!」

 

 タイミングを計ったように、フランキーがどこからか取り出したマイクをウタに放つ。

 少し驚いたが、ウタはそれを見事にキャッチして口元に持ってくる。

 

「それじゃあミニライブを始める前に改めてっ」

 

 一度息を整えるように深呼吸。

 ライブを始める前に様子を確かめる。

 

 仲間のみんなが声を上げて盛り上げてくれている。

 隣を見ると、不満げだったルフィも歌を聞くことは楽しみみたいで、満面の笑顔でかえしてくれた。

 嬉しさが止まらない。

 ここから約束した新時代を二人で始めるんだ。

 夢を追いかけることのできる現実を感じがら、受け取ったマイクでめいっぱい叫んだ。

 

「未来の海賊王の船員(クルー)、ウタだよっ。これからよろしくね!!」

 

 十二年ずっと望んでいた舞台の上に立ったウタは、大きく手を振り上げて、にいっと笑った。

 

 

 






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