独自設定強めなので注意。
YouTubeに公式がアップしているRED前日譚・ウタ日記のifです。
配信は何の予告もなく始まった。
『あー……マイクテス、マイクテス。繋がったかな……?』
各地の電伝虫が自動で起動して、映像が紅白色の髪の少女を映し出した。
画面に映るのは普段の見晴らしのいい城の一室ではなく狭い木造の部屋だ。カメラ近くで首をかしげる、白いワンピースを着たウタの姿を数十日ぶりにうつしだした。
『こんにちは、ウタだよ。えへへ。ファンのみんな、久しぶりだね……』
申し訳なさそうに笑いながら軽く手を振った。
配信を始めてからまだ1分程度だが、すでに全ての画面が埋まっていた。それどころか接続数は留まることを知らずに増え続けている。
ウタが持っている電伝虫は一つの画面からしか声を受けられない仕様だ。だから相手にはウタのいる部屋の音が一方的に聞こえている状態だが、ファンのみんなはウタを応援する言葉を届けようと声を張り上げていた。
『っ、ごめん、ちょっと待って……ごめん』
ファンの様子を見たウタは唇を噛みしめてうつむいた。
新聞で知っていたけれど、やっぱり誰もウタを責めていない。
若干視線を背けて感情の波に耐えた。しばらくして咳払いして、改めて電伝虫の方に視線を向ける。
『もう大丈夫。急な配信になっちゃったけど、そろそろ人も集まったから始めちゃうね』
ウタは改めてそう言って画面から離れる。
普段ならファンの声を聞いて話をしたり歌ったりするような内容で配信をしてきたが、今日のウタの表情はとても暗い。
『みんな私に聞きたいことがあると思うんだけど……まず謝らせて。ライブを駄目にしたうえ、危ない目に合わせてごめんなさい』
ウタは頭が地面につくのではないかと思うほど深々と頭を下げる。
そのあとで両手をお腹の辺りで重ねて、ほんの少しだけ視線を落としたまま続けた。
『新聞読んだよ。みんなの書いてくれたメッセージはすごく嬉しかった……でもごめんなさい。ずっと続けてきたこの配信は、これで最後にしなきゃいけないの』
ファン達は驚いた。どうして、という口の形を作って必死に呼びかけているのが見える。
申し訳ない表情のまま事情を説明する。
『知ってる人もいると思うけど、私、首輪をつけられた後に天竜人のおじさんから逃げて怒らせちゃったからさ。海軍に狙われる身になっちゃったんだ』
口々に叫んでいたファンは押し黙った。
世界中に向けて発信している新聞にも最近になって天竜人チャルロス聖との一件が書かれた。
ウタと麦わらのルフィが天竜人を侮辱し、傷つけて逃亡したとされている。近々、ウタにも手配書が出るという予測も書かれていた。
だからこそ世界中の人間がウタの配信を待ち兼ねていた。今まで通りでいてほしいという願いはもう叶わないのだ。
『私はみんなに歌を届けたい。奴隷にはなりたくない。でも捕まるわけにはいかないから海に出た……生きるために、海賊をやるしかなくなっちゃったんだ』
沈痛な面持ちに反論したり怒ったりするファンはいなかった。
歌姫、プリンセス・ウタはもともと『海賊嫌い』として知られている存在だ。しかし経緯を知ったファン達から責められることはない。同情と、世界に対する悔しさの感情で溢れた。
彼らの怒りは一般人が逆らうことのできない権力者――天竜人へと向かう。
『あっ。もちろん海賊になったからって、みんなに酷いことはしないよ!? 今乗っている船の人もそんなことはしないし、私が絶対にさせないから安心してね……!』
髪をピョコンと立てたウタが慌てて付け加えた。
もちろんファン達は全員分かっている。
特に混乱もなくウタの言葉を聞いている様子だ。
『この配信も海軍に探知されちゃうから、あんまり長く続けられない。だからみんなと会うのは今日で最後にしないといけないの』
歌姫は、天竜人と世界政府を敵に回したのだ。
悲しんでいたファン達も納得せざるを得ない。
しかしその時。
画面の中から熱心にウタに向けて何かを言おうとしているファンの子供を見つけた。その子はウタもよく知っている、初期の頃から応援してくれた子だ。
手早く配信を済ませるつもりだった。しかしどうしても気になって音声を入れるスイッチをONにする。
『ウタ……! やだよ、いかないで。もっと歌を聞かせてよ……!』
ボロボロの服を着た幼い女の子の鳴き声が、ウタのいる狭い部屋に響く。
「ロミィちゃん……」
ウタの呟いた声は配信で届かないほど小さかった。
幼女の声を皮切りにファン達が声をあげる。
行かないでくれ。もっと歌を聞かせてほしい。歌声が必要なんだ。
ウタは拳をかたく握りしめた。
『ごめん。私の力が足りないせいだ』
応援に応えたい。
だが以前のように永遠にライブを続けるなんて無責任なことを言うことはできない。もう彼らに歌を届けることはできないのだ。
しかし改めてカメラに向けたのは悲しむような表情ではない。画面の向こう側で待ってくれているファンに引き締まった表情で向き直る。
『このまま諦めるつもりはないよ』
ウタはすでに定めた決心を口にした。
様子が変わったウタの姿に注目する。
『私は新時代を作りたいと思って歌ってきた。でも私のやり方じゃ世界は変えられないってわかった。だから……みんなに私の歌を届けるために、方法を考えてきたの』
ウタは今まで聞いてきたファンの声を思い出して拳を握り締める。
絶望から救いを求める声は数えきれないほど届いている。そのほとんどが、自分の力ではどうにもならない残酷な現実を伝えるものばかりだ。
辛い世界を変えたいという想いはウタの根幹にある。
そのための道筋を彼らに伝える。
『みんなが苦しんでいるのは海賊のせい。
でもそれよりもっと悪いのは、自由を奪う仕組みだと思うの。
自由がないから歌も届かなくなって、みんなも今の辛い場所から逃げられないんだよね』
海賊に襲われても誰も守ってくれない。
世界政府の許可がないと他の島に物を運べない。
天上金を払わなければ人権を無くし、どんな酷い目に遭っても島の外に逃げられない。うまく航海できたとしても世間からは『海賊』と言われて海軍から追われる人生が待っている。
海運業は肝心の船が出せないために発達せず、富める者と貧しい物がはっきり分かれている。
医療の研究目的であったとしてもマリージョアの許可が必要になるなど、とにかくこの海には自由がない。
だからこそ人々は自由なウタワールドに強く惹かれた。
その想いに、次は『現実』で応える。
『これからは自由を取り戻すために戦う。
いつでも好きな人に会いにいけて、好きな仕事がある場所に行けて、辛い場所からも逃げられる。
みんなが平等に豊かに生きられるチャンスがある世の中を作るんだ』
この世に平和や平等なんてものはない。
新時代を考え直している時、ウタは父親であるシャンクスに言われた言葉を思い出した。
歌声は平等だ。しかし世界の果てまで届けられなければ平等にはならない。だからまずは、そのための世界を作らなくちゃいけない。
『誰でも自分の力で人生を作れる『新時代』を作る。それでね……そのために私、麦わらのルフィを海賊王にしようと思うんだ』
ウタはしっかりと電伝虫を見ながら伝えた。
配信を聞いていた世界中の人が目玉を飛び出し顎を大きく開けた。
もちろんウタもファンがどんな気持ちになるか分かっている。息をつかせる間もないうちに言葉を続けた。
『ルフィのことは知ってるよね。今はその船に乗ってるんだ。攫われたんじゃなくて助けてもらったの……なんて言っても信じられないよね。あはは、世界じゃ極悪人扱いだもんね』
さらに世界に激震が走った。
海賊嫌いのウタが海賊になって、しかもたった二年で世界中に名を轟かせた大海賊の船に乗っているという。とんでもない大スキャンダルだ。
ファンから見放されかねない状況だが、まだ彼らはウタのことを信じている。何か事情があると信じている。
ウタを信じているからこそ得られた僅かな時間。
ここで必死に今までルフィがしてきたことを弁明しても意味がない。世界政府や新聞と言い争うことになれば、やったやらないの水掛け論で世界中を混乱させてしまうだけだ。
だから僅かな時間で端的に伝える。
『ルフィが海賊王になったら世界中の海が縄張りになる。そうしたらね――ルフィと一緒に、これからは誰でも自由に海に出ていいよって世界に宣言するの』
ウタの理想を知ったファンは度肝を抜かれた。
何をしようとしているのか気付いた海軍や世界政府が、早く配信を止めさせろと激怒したが、しかしそれができればとっくの昔にやっている。
海賊王ゴールド・ロジャーが処刑される直前のような興奮した雰囲気が世界に蔓延していた。
『私自身と麦わらの旗に誓って、罪のない人を傷つける海賊をみんな懲らしめる。みんなが幸せを求められるような海にするんだ』
ウタは画面に向かってニッと笑ってみせる。
画面向こうのファン達はまだ我にかえらない。それほどまでに途方もない話だ。
しかし非現実的ではない。
全ての頂点に立った海賊王が歌姫と一緒に配信を行ってそう宣言したのならどうなるだろう。
『信じられない話かもしれないけど、みんなはただ見ててくれればいい。もし次にルフィと一緒に配信することができて、同じことを宣言できたなら、それが『新時代』が始まった合図になる』
世界中が麦わらの旗の下に自由に航海するようになる。大海賊時代を政府が止められなかったように、この世の流れは止められなくなる。
自由に海を往く海賊として生まれ、そして理不尽に全てを奪っていく海賊を憎んできたウタだからこそ導ける夢だった。
配信の内容を聞いていた麦わらの船長も、映像越しにウタを見ながら帽子を押さえてにんまり笑った。
『海賊を無くすために戦う海賊っていうのは変かな、あはは……というわけで。これからもみんなを幸せに、悪い人を懲らしめるために戦うから、応援してくれると嬉しいな』
計画の全貌を聴いたファンはまだ戸惑っている。
だがきっとすぐに歌姫の新時代を夢見るようになるだろう。
ルフィの人柄を知っている一部の民衆や王族は高らかに大笑いした。
配信を忌々しげに見守っていた海軍の長は受話器を握り潰した。
鳥顔のジャーナリストは興奮気味に号令を飛ばして部下に記事を書かせた。
とある島で活動している革命軍のボスは笑みを深めた。
緑豊かな島で暮らす育ての親は微笑みながら涙を流している。
かつての海賊王の
同じく海賊王の船で見習いだった赤髪の少年は、娘の決意表明を聴いたとたんに仲間達と大笑いして、世界中の海に響き渡るほどの派手な宴を始めた。
『はいっ。というわけで最後の配信はオシマイ』
ウタは軽く咳払いしながら電伝虫に近づいた。
ほんの数分間だったが、画面にうつったファンは行かないでくれと手を伸ばしていた。
思わず躊躇してしまいそうになる。
本当は歌いたい。
ファンのみんなに歌声で幸せを届けたい。
名残惜しい気持ちでいっぱいだが、しかし唇を噛んでこらえた。
『話したいことも歌いたい歌もあるけど、そろそろ切らないと海軍に見つかっちゃうから。ゴメンね』
海軍には電伝虫の発信源を逆探知する技術もある。特定されないための隠蔽工作は仲間がしてくれたが、それもそろそろ限界だ。この道を選んだ以上、ウタは前に進まなくてはならない。
カメラに近づいたウタは、最後の最後にせいいっぱいの激励を飛ばした。
『次に配信するときは新時代が始まったとき。そのときはまた歌を届けるよ。だからみんなも、それまでちゃんと生きててね。必ずまた会おうね……!』
笑顔を作ってみせながら配信を切った。
映像電伝虫がうつしていた画面が消灯する。
世界中が注目していた部屋に静寂が戻った。
全身からへなへなと力が抜けるのを感じた。
壁を背にその場に座り込む。
「やりきったよ。ルフィ、シャンクス、ゴードン」
天井を見上げながら先の未来に思いを馳せる。
新しい仲間と
これから先はルフィを海賊王にするために命を賭して戦っていくのだ。
ウタは震える体を抑えて立ち上がる。
「大丈夫。私は必ず、ルフィと一緒に新時代を作るんだから……!」
幼馴染がするのと同じように心の底から笑ってみせた。
腕のひょうたん型のマークは、ウタに無限の勇気を与えた。
歌でみんなを幸せにする。
みんなが自由な場所で、幸せな気持ちで歌を聴ける世界にしたい。
それが幼馴染と一緒に作り上げた未来なのだと思うと、もう怖くはなかった。
赤桃色のパーカーをはためかせながら、大切な人と新しい仲間が待っている甲板への扉を開ける。
新時代を歩むウタの視界に、眩い太陽の光が溢れた。
これで本当に最終回です!!
気が向いたら番外を更新するかもしれませんが、その時はよろしくお願いしますm(_ _)m