【完結】ビンクスの酒を歌う歌姫のFILM RED   作:ひび

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第4話 海軍大将

 

 

 音楽の都・エレジアが廃都となってから数年が過ぎた頃。

 まだ世に出ていない幼少期のウタの話だ。

 

 調査のためにと頻繁に出入りしていた海軍の気配もなくなって、残された二人のみが暮らす島となった。

 城を拠点として生活しているウタは、毎日のように歌の練習に励んでいた。音楽について学ぶには事欠かない。最高の歌を奏でるために必要な練習方法は山ほど遺されていた。

 ウタは死んだように毎日を過ごしながらも、取り憑かれたように練習を繰り返していた。

 

「ウタ、もう五時間も練習を続けている。喉を痛めてしまうよ」

 

 彼女のいる部屋に老年の男が訪れた。

 唯一の生き残りの元国王ゴードンは、気遣うようにウタに声をかける。音楽に人生を捧げた人間と共に生きてきた彼から見ても今のウタは異常だ。

 ウタは練習を途中で歌声を止めることはなかったが、途中で激しく咳き込んで膝をつく。

 

「っ、げほっ。がっ……!」

「っ……言わんこっちゃない。大丈夫かい!?」

 

 無茶をしたせいで喉を枯らせてしまったらしい。

 慌ててウタのもとに駆け寄って支えようとするが、ウタは手でゴードンを静止した。

 

「ごめんねゴードン。でも、大丈夫だから」

「…………」

 

 答えるウタの目には光が宿っていなかった。

 ゴードンは思う。赤髪海賊団がエレジアを離れたばかりの頃、ウタは歌えなくなった。こんな幼い少女があんな想いをしたのだから、無理もないことだと思っていた。

 だから美しい歌声が聴けるようになったことは嬉しい。しかし同時に、今のウタを見て強い不安も感じていた。

 

「今はどうしても歌いたいの、お願い」

「無理は良くない。私が水を汲んでくるから、少し休んでいなさい」

「……うん」

 

 練習を辞めたウタは魂を抜かれたように気迫を失った、これを何度も見ているゴードンは止めるべきだと分かっていても、止めなさいと迫れなかった。

 ウタには天性の才能がある。

 しかしこのままではウタという人間が壊れてしまうかもしれない。

 育ての親として、どちらの選択も取ることができずにいた。

 

「ウタ、すまない。全ては私のせいだ……」

 

 綺麗な水をコップに注いだゴードンは、誰にも聞かれないように小声で呟いた。

 たった一人の少女を救えないことに、絶え難い罪悪感を抱えていた。

 

 

 

 ウタにとって、エレジアで過ごす日々は虚しい時間だった。

 敵船の娘の面倒を見てくれているゴードンには返しきれないほどの恩を感じている。彼がいなければとっくに死んでしまっていただろう。

 しかし、ウタの心は折れてしまいそうだった。

 才能があっても、練習して上手くなっても、聞いてくれる人がいなければ意味がない。本当に歌を聞いてほしかった人はどこにもいないのだ。

 

 歌っている時間だけが生きる力を与えてくれる。

 その一方で、自分は誰のために歌っているのだろうと考えると鼓動が乱れて、胸が苦しくなった。

 ウタは人知れずに涙を溢れさせる。

 

「わたしには、もうこれしか残ってないんだ」

 

 それでも心を折らずにいられる理由は、たった一つの夢を大切に持ち続けていたから。

 最高の歌を奏でて、世界中の人を幸せにする。

 そのために立ち止まらない。

 

「新時代を私が作る。ルフィと約束したんだ」

 

 誰にも聞かれないまま生涯を終えてたまるか。

 世界中の人に最高の歌を届ければルフィにだって会える。もしかしたら、海のどこかでシャンクスも聞いてくれるかもしれない。

 幾度なく流し続けてきた涙を堪えた。

 

「……泣かない。だってわたしは、歌でみんなを幸せにする女になるんだから」

 

 最高の歌を聴かせて、負けず嫌いのルフィもギャフンと言わせてやる。

 

 ……いや、認めてくれなくたっていい。

 ただ会いたい。

 こんなにすごい歌を歌えるようになったんだよって胸を張りたい。

 その想いだけが、ウタがこの世を生きる最後の力を与えていた。

 

 

 

 

 

 雨降りそうな厚い雲の下。

 十二年後のウタはステージ上に座り込んでいた。

 七色に輝いていたドームも、海賊達を退治するために放った音符の戦士の姿もない。死んだように光を無くした目で膝を抱えて、ファンの前では見せない気持ちをあらわにしていた。

 

 ここは現実世界。もう一つの世界『ウタワールド』と異なる、本来の音楽の島・エレジアだ。最初からライブなんて行われていなかったように静まり返っている。

 

「ルフィ、私のこと、嫌いになっちゃったかな」

 

 孤独の中で思い出していたのは、今日までに映像電伝虫で交流してきたファン達の声だ。

 

(プリンセス・ウタ、あなたが苦しみのない世界を作ってくれるのか……?)

(ウタちゃん、お願い。私達を救ってほしいの……!)

(俺、もう生きているのが嫌だった。でもウタ様の歌を聴いて救われたんだ)

 

 みんな自分に助けを求めてくれた。

 救ってほしいと願っていた。

 自分の歌で勇気づけられるとファンが言ってくれたとき、『歌の力で幸せにする』という夢に大きく近づけたような気がして、本当に嬉しかったことを覚えている。

 だから期待に応えたかった。

 新時代が実現すれば、想いに応えられると思った。

 

「新時代じゃない……か。なんで分かってくれないんだろう」

 

 ウタワールドなら救世主になれる。

 だが再会したルフィに拒絶された現実は心を深くえぐった。夢を否定されるなんて思っておらず、本当に悪い海賊に染まってしまったのかと思ったくらいだ。

 でもそれはきっと違うと本当は分かっている。

 

(きっと、わたしがまだ未熟なんだ)

 

 ウタは失敗を犯した。

 ライブを盛り上げなければならなかったのに、自分自身の気持ちを抑えきれず、せっかく作り上げた楽しい雰囲気を崩してしまった。

 ファンを怖がらせてしまうなんて歌姫失格だ。

 

 新時代を作ったあとに、みんなを正しく導くことができなかったらどうしよう。

 救世主になることに不安を感じ始めていた。

 ウタは、袖に描いた歪な赤黄色のマークを握る。

 いつもならそこから勇気をもらえたのに、今日はうまく気持ちが整わない。

 

「おぉ~、あんたが歌姫かい」

 

 現実の悪天候のエレジアに緩い声が響いた。

 ウタは部外者の声に気づいていながらも、パーカーの袖を握りしめたまま動かない。

 ステージに近づいてくる足音は十を越える。

 ストライプの入ったスーツを着た男を筆頭に侵入してきたのは、背中に『正義』の二文字を掲げた男たち。ウタは彼らを強く睨みつけた。

 

「これは『ウタウタの実』の能力かい。随分とんでもないことをしてくれようとしてるねェ~?」

 

 筆頭は大将の称号を持つ男、ピカピカの実の能力者である海軍大将・黄猿。

 彼は会場中を見渡して緩い口調で言った。

 ライブに参加したファンは、芝生の上で倒れるように眠っている。その中にはウタに襲いかかった海賊や、ルフィと仲間の姿もあった。この場で意識があるのは、海軍を除けば歌姫である彼女だけだ。

 

「いまさら何しにきたの」

「ん〜世界中の人間が巻き込まれてるとあっちゃぁ、我々が動かんわけにいかんでしょう」

「来てもらったとこ悪いけど帰ってくれない?」

 

 ウタは既に口にした形跡のあるキノコをもう一齧りした。

 それを見て黄猿含む海軍も顔をしかめる。

 ウタのそばにはバスケットが置かれており、同種類のキノコが大量に詰め込まれている。今持っている分にとどまらず大量に口にした形跡も見つかった。

 

「なるほどねェ~。眠れなくなって死ぬキノコ。後戻りするつもりはないってことかい」

「くそっ……歌姫ウタッ! 今すぐに配信を止めて、世界中の人間を元に戻すんだ!!」

「うるさい」

 

 海軍の警告で苛立ちが爆発する。

 食べかけのネズキノコを放り捨てて、感情のままステージの床に拳を打ち付ける。

 警戒していた海軍は異変を感じ取った。

 眠っているはずの観客が動き出した。

 見えない糸に吊り上げられるように次々に起き上がって寄ってくる。

 

「なんだお前らはっ!!」

「寝てる……!? おいやめろ、離せッ……!」

 

 民間人である彼らは目を瞑ったまま歩いてくる。

 海軍の言葉を聞き入れずに、何十人もが行ける屍のように殺到する。肉体だけが能力によって操られている状態だとすぐに分かった。

 なんて厄介なことをと表情を歪める。

 海軍としても操られているだけの民間人を傷つけるわけにはいかず、振り払うのが精一杯の抵抗だった。

 

「民間人を攻撃するな! こんなもの能力者本体を攻撃すれば解除される……!!」

「あはっ、いいよ。いつでも撃ちなよ!」

 

 立ち上がったウタは恐れるどころか、むしろ狂ったような笑みを浮かべて両手を広げた。

 銃を向けられても全く恐れる様子がない。

 そんな挑発に海軍全員が表情をしかめる。

 

「アンタが死ねば、アンタの能力に取り込まれた人間は死ぬ。全て計算のうちってわけかい」

「違う。みんな私が作る新時代に行くの。あんたたちのような人間のいない世界にッ!」

 

 追い詰められる海軍を見下すように笑った。

 もともと『ウタウタの実』は政府が危険視していた能力だ。しかし世界転覆が起こる規模での計画は完全に想定外。さらに本人は全てを分かった上で自身の死さえ覚悟しているときた。

 長年海軍に所属し、多くの無法者に対処してきた黄猿でさえ手が出せない状況に舌打ちする。

 

「あんたらは海賊じゃないけど、恨んでるファンもたくさんいたから嫌い。新時代には連れて行ってあげない。大人しく帰るなら離してあげるよ」

「大量虐殺を目論んでおいてぬけぬけと!」

「あはは……ッ。だからそれは違うって。海賊から何も守れないあなた達とは違う。私はみんなを幸せにできるんだから!」

「自分のファンを殺して幸せにするとは、呆れてものも言えないねェ~。それのどこが救ったことになるんだい?」

「困るのはあなたたちの都合でしょう? 心が幸せな世界で生きていればいい。こんな世界にいるよりずっとマシだ!!」

 

 狂気に取り憑かれたように突き動かされるウタに対して、黄猿は呆れたように息をついた。

 しかし海軍側に余裕はない。

 攻撃は封じられた上で死亡までのタイムリミットまで付いている。ウタを眠らせることも不可能。凶暴化の兆候が出ていて説得も通じない。一番最悪なのは『トットムジカ』が彼女についていることだ。下手に突けば全てが終わってしまう。

 

「力だけを持った常識知らずの子供ほど怖いものはないねェ~」

「なんとでも言いなよ。みんなのために新時代を作るんだ。邪魔はさせないからッ――!!」

 

 強制的に訪れるタイムリミットを前に、狂った少女は叫ぶ。

 ウタは止まれない。絶対正義を掲げる海軍もウタを止めることができない。

 

 もうすぐ、世界は終わりを迎えようとしていた。

 

 

 

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