【完結】ビンクスの酒を歌う歌姫のFILM RED   作:ひび

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第5話 ウタワールド

 

 

 元は教会だったであろう廃墟。

 集まった麦わらの一味に、ゴードンと名乗った男が真相を語った。

 彼の語った内容は信じがたいものだった。

 

「じゃあここは歌姫の作った偽物の世界だってのか……!?」

 

 突然聞かされた内容にフランキーが驚き叫んだ。

 

「その通り。ここはウタの『ウタウタの実』の能力によって作り出された世界。彼女の歌を聴いた君たちは、現実では眠りについているはずだ」

「はえ〜そんなとんでもない悪魔の実もあるのか」

「なるほど。制限なく能力を行使できたのは不思議だったけれど、そもそも全て現実でなかったのね」

 

 話を聞いていたロビンがいち早く現状を理解した。

 無限に生成した食物や兵士。

 彼女自身の四皇幹部も圧倒する戦闘能力。

 今まで出会った中で最強とも思える能力だったが、この目で体験してきた全てが『現実ではなかった』のなら納得もできる。

 

「ねえゴードンさん。色々聞きたいことはあるけど。どうしてあなたは歌姫に詳しいの?」

 

 誰もが疑問に思っていたことをナミが尋ねた。

 仮に全てが真実だったとして、これまで世間に出ていなかった歌姫の力を詳しく知っていることに疑問が残る。ゴードンも当然の疑問だと理解して頷いた。

 

「おっさんもしかしてプリンセスウタのマネージャーとかか?」

「いや、ワタシはあの子の育ての親だ。もう十二年、ウタと二人でこの島で暮らしている」

「えーーー!? オッサンが無人島で歌姫を育てたのか!!」

 

 事情を知らない一味にとって驚愕の事実だった。

 静かに話を聞いていたルフィも、ゴードンの言葉に僅かに反応を示す。

 

「あなたと歌姫は、かつての音楽の島の住人だったいうことですか」

「彼女はそうではないが、ワタシはエレジアの元国王だ」

「まさかの王様!?」

 

 ゴードンが喋るたびに次々に驚愕の事実が出てきて開いた口が塞がらなくなる。

 世界に名を轟かせる歌姫と、一国の王。どちらも普通に生きていて得られる肩書きじゃない。

 彼はここに至る経緯について語り始めた。

 

「あの子は素晴らしい歌の才能を持っていた。ある日特殊な電伝虫を手に入れて配信を始めるようになり、人々はウタの歌声に救いを求めるようになった。ウタも人々を救いたいと願い、今回のライブを決行したのだろう」

「なるほど。優れた音楽は時に人の心を救う。それ自体はワタシには理解できます。だがしかし……」

 

 音楽家であるブルックでも理解しきれない部分が多く、髑髏でありながら難しい表情で唸った。

 海賊を拘束するのはともかく、能力でファンの船を奪ったり言動そのものも怪しい。音楽で幸せにしようとするだけの単純な話ではなさそうだ。

 

「恐らく現実でウタのライブは世界中に配信されている。自分の能力を使って、世界中の人間をこの能力で取り込み続けるつもりだろう」

「何だって。そんなことができるのかッ……!?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよゴードンさん。いくら歌姫といえども、人間を無制限に仮想世界に取り込むことなんてできるはずありません!」

「この世界が彼女の思い通りになるとしても現実では消耗するはず。維持にはいずれ限界が来るはずよ」

「……その通り、限界がある。ウタが眠ればこの世界に取り込んだ人間も解放されるはずなのだ」

「え、けどそれなら問題ないじゃねえか。ライブが終われば出られるってことだろ」

 

 ウソップは不思議そうに首をかしげる。

 能力者が眠ることで能力が切れてるなら、彼女の思うままに力を振るえるのは一時的ということ。しかしそれは今までのウタの発言と噛み合わない。

 

「おいおい、まさかそういうことか……?」

 

 この場でただ一人、サンジだけが最悪の可能性に思い至った。

 

「サンジ君、何か気づいたの?」

「城に落ちてたネズキノコ。ウタちゃんはあれを口にしたのかもしれねえ」

「えっ!? それ一口でも食べたら大変なことになる危険な毒キノコだぞ……!?」

 

 サンジの言葉に即座に反応したのは、船医として豊富な知識を持つチョッパーだ。今、自分たちがどんな状況に陥ろうとしているのかを悟った。

 その動揺を見てフランキーが声を上擦らせる。

 

「おいおい。そいつを食うとどうなるんだ」

「口にしたらまず眠れなくなる。どんどん凶暴になって、治療できないと最後は死ぬんだ」

「っ……待てよ! 死んじまったら、それこそ何にもならないだろ!」

 

 ウソップが動揺して慌てるが、ロビンが表情をしかめながら冷静に考察する。

 

「歌姫は永遠にファンを守ると言っていた。ならばこの世界は彼女の死によって消滅するのではなく、人々の意識と共に外界から切り離されて続くのではないかしら」

「悪魔の実の空間に閉じ込められるっつーことか!?」

「永遠に苦しまない世界ってのはそういうことか」

 

 ここにきて始めて麦わらの一味とゴードンはウタの計画の全貌を知った。

 プリンセスウタは死ぬつもりでライブを決行している。人々の精神だけをウタワールドに閉じ込めて新たな世界を築くことこそが、歌姫の言う『新時代』なのだ。

 それまで黙っていたルフィが口を開いた。

 

「おっさん。ウタは……あいつはなんでこんなことしてんだ」

 

 核心を問われてゴードンは唸った。だが血が流れるほどにルフィが拳を握りしめていることに気付く。普通でない様子が気になって、質問に答える前に聞いた。

 

「君はウタのことを知っているのかい……?」

「ああ」

「そういやルフィ、気になってたんだけどよ。お前プリンセス・ウタと知り合いなのか」

 

 考えてみればルフィは昨晩からずっと様子がおかしい。

 何よりも宴が好きなルフィが、歌と肉のどちらにも興味を示さないなんて、今まで一度もなかったことだ。そして明らかに反応がみんなと違う。

 全員がルフィに注目した。

 ルフィは麦わら帽子を脱いで手に持ち、それを見つめながら告げた。

 

「ウタは、シャンクスの娘だ」

「……えっ」

『ええええええっ!!??』

 

 全員。目を飛び出さんばかりに驚いた。

 普段から冷静なロビンやゾロでさえ、動揺を隠せずに冷や汗を流した。

 歌姫が只者でないことは全員がわかっていた。

 しかし、あの四皇『赤髪のシャンクス』の娘だと誰が想像していただろう。とんでもないビッグネームだ。

 

「赤髪のシャンクスに子供がいたの!?」

「それじゃあルフィお前、歌姫と故郷のフーシャ村からの知り合いってことか!?」

「ああ、友達だ」

「何と……!! ならばあの子のたった一人の友達というのは、君のことだったのか」

 

 驚いたのはゴードンも同じだった。

 全世界からファンが集まったとはいえ、十年以上前にできたたった一人の友人が来ていたなんて想像もしていなかったことだ。手でサングラスの目元を覆い、重い感情を抱えているかのように深く息をつく。

 しかし今は感傷にひたっている時間はない。

 答えを求める一味の視線を受けて、口を開かないわけにはいかなかった。

 

「映像電伝虫を手に入れるまで、ウタは外の世界と切り離されて生きてきた。だが配信という手段を手に入れ、海賊に襲われた人々の声を聞いた。そんなファンを救うためにある決意をしたのだ」

「それで自分の世界に大勢を閉じ込めてしまおうとしてるのですか……」

「ウタの話は聞いていたつもりだった。新時代を作ると語っていたが、まさかこんな手段とは思わなかった」

 

 ゴードンの声には後悔の念が感じられる。

 ルフィはそれをじっと見つめながら、ウタとの会話を思い返していた。

 

『うるさい! 私のことを捨てた海賊の名前を呼ぶなッ!!』

 

 悲痛な絶叫は耳に深くこびりついている。

 ルフィは二人の間に何があったのかを知らない。

 知っているのはある日、赤髪海賊団が航海から戻ってきた時、ウタが船に乗っていなかったということ。歌手になるために船を降りたとだけ聞かされて、それきりだった。

 ゴードンは涙を流しながら、唯一ウタの友人であったというルフィにすがる。

 

「このままではウタは取り返しのつかない罪を負ってしまう……! ワタシが彼女を歪めてしまったのだ。恥は承知だ。こうなっては君にしか頼めない。どうかウタを救ってくれないか」

 

 膝をついたゴードンの前で、ルフィは自らの麦わら帽子を深く被りなおした。

 仲間は船長の決断を見守っている。

 

「任せろおっさん。こんなやり方で新時代は作れねえ。ウタはおれが必ず止める」

「ルフィ君……」

 

 その言葉には強い意志があった。

 ゴードンは感極まった声でルフィを見上げた。

 さっそく船医であるチョッパーのほうに顔を向けて聞いた。

 

「そのなんとかってキノコの薬は作れるもんなのか」

「あ、ああ。解毒薬のレシピはある。けど、サニーに材料は乗せてないぞ」

「それなら城に医務室がある。きっと役に立つものが残っているだろう」

 

 それならなんとかなるかも……と。

 チョッパーが薬について考え始めたところで、ウソップが口を挟んだ。

 

「けどよルフィ、ここは作り物の世界なんだろ? 薬を作ったとしても現実のプリンセス・ウタに飲ませないと、みんなを助けられねぇぜ」

「確かにそうですね。外の世界の誰かに状況を伝えられればよいのですが」

 

 現実の世界と繋がっているのはウタのみだ。

 麦わらの一味は全員、ウタワールドに閉ざされてしまっている。取り込まれた以上、能力者本人以外が干渉することはできない。

 さらにブルックが続けて脱出への懸念を口にした。

 

「穏便に説得できたとしても、彼女自身の意志で解除できない可能性も考慮する必要があるでしょう。方法をいくつか考えておくべきです」

「けど攻略のヒントになる情報は能力者本人しか知らないはず。簡単に教えてくれないんじゃないの?」

「いや、それならばエレジアの城の地下に、ウタウタの実にまつわる情報が残された遺跡がある。役に立つかもしれない」

「遺跡……? 国王さん、なぜそんな場所に悪魔の実の能力のことが遺されているのかしら」

 

 考古学者であるロビンが不思議に思って尋ねる。

 遺跡は数あれど、たった一つの悪魔の実について記載されることはそう多くない。あるとすれば島の歴史上で重要な役割を果たしたか、あるいは能力に特別な謎が隠されているか、いずれかだ。

 しかし真相を知るゴードンは口を閉ざした。

 言いたくないことがあると言わんばかりの反応だ。

 能力の弱点を教えたくないというわけではなく、何か別の秘密を抱えているような様子だ。どうも不審な雰囲気を醸し出していたが、しかし彼の言うことが本当であるかどうかを判断する時間は残されていない。

 

「まあ、とにかく行ってみるしかないだろ。話はそれからだ」

「そうだな。こうしてる間にもタイムリミットが迫ってるしな」

「ねえ、ちょっと待ってみんな」

 

 話が決まりかけた時。

 ナミが不安を帯びた声で言った。

 

「ルフィ、本当にあの子を説得するつもりなの?」

 

 その言葉に全員の視線が集まる。

 ルフィの決断を疑問視するような言葉だったが、それはあまりにも当然の反応だ。

 ウタワールドからの脱出は必須事項だ。

 しかしどんなに頑張っても、確実に達成できるのは言葉通り『計画を止める』ところまで。本人に救われる気がなければ、救うことなんてできない。

 しかし船長がゴードンの救いを求める言葉に「任せとけ」と言った以上、それはウタの行く末への責任を負うことを意味している。

 寡黙に話を聞いていたゾロも同調する。

 

「仮にここを出られたとして、あの女にその気がなけりゃあ意味ねえぞ」

「ああ。あいつを止めてやりてえのは、おれのワガママだ」

 

 ルフィも深々と帽子をかぶりなおして二人の懸念を認める。

 ウタの行おうとしていることは世界革命だ。

 世界中を偽りの世界に閉ざそうとする死さえ覚悟した企みなのだ。

 ルフィはウタを止めたいと思っているが、簡単に諦めると思えないのも無理はない。

 

「俺はやるぜ、ルフィ」

「サンジ」

 

 誰も言葉を発しない沈黙の中で、最初に意志を示したのはサンジだった。

 火のついた煙草を口から外して煙を吐き出す。

 

「俺はよ、ウタちゃんと会ったのは今日が初めてだ。だがこんな話を聞いて黙っているわけにゃいかねえな」

「おおおっ俺もやるぜルフィッ!」

 

 サンジに続いて、両手を握りしめながら強く意気込んだのはウソップだ。

 

「プリンセスウタのやってることは間違いだと思う。けどよ、まだ止められるんだ。それなら間違える前に止めてやるのが男の役目ってもんだろ!!」

「おれもだルフィっ。医者としてそんなやり方、放っておけないよ……!」

「私も。彼女の歌声を導く力になれるのなら骨身を惜しまず協力いたします。ヨホホホホッ!」

「ウソップ、チョッパー、ブルック……!」

 

 先んじて手を上げた四人を見て、冷静だったルフィもかすかに声を震わせた。

 他の仲間も「仕方ない」という風に弛緩した空気に変わる。

 やることはいつもと同じだ。たとえどうなったとしても、残り僅かな時間でウタを救うために全力を尽くす。麦わらの一味全員が腹をくくった。

 

「ゴードンさん。この世界と現実世界は同じなんだよな?」

「ああ。この島は、ウタが能力を発動させた瞬間と同じ状態になっているはずだ」

「じゃあおれとサンジで薬を探しにいってくる。脱出できたあとで、すぐに薬を作れるようにしておかないとな」

「なら残ったメンバーで地下遺跡に向かいましょう。そのほうがいいわよねロビン?」

「ええ。規模は分からないけれど、探索には人手はいくらあっても足りないもの」

 

 ネズキノコの特性を知っているチョッパーとサンジが薬の材料探し。

 ロビン、ナミ、ゾロ、ウソップ、フランキー、ブルックが地下遺跡で外の世界に出る方法を探しに向かうことに決まった。

 ゴードンは、離れた仲間が戻った時に状況を知らせるために残ることになった。

 ウタを説得する役は船長に託された。

 

「頼んだぜルフィ!」

「ウタちゃんを必ず止めてこいよ、船長」

 

 そして一味が動き出す。

 仲間たちは与えられた役割を果たすため、激励を送りながら持ち場に向かった。

 ルフィもすぐにウタの元に戻ろうと走り出す。

 

「待ってくれ、ルフィ君」

 

 教会に残ることになったゴードンに呼び止められた。足を止めたルフィが振り返る。

 

「なんだおっさん、すぐにウタのところに行かねえと……!」

「他の誰にも聞かれたくない話がある」

 

 もうこの場には二人以外の人間は残っていない。

 ルフィが立ち止まっても躊躇っていたが、やがて重々しく口を開いた。

 

「この十二年間、ウタは君のことをいつも想っていた。悲しみに暮れていた彼女が今のように歌えるようになったのは君のおかげだとよく言っていた」

「そうなのか?」

「ああ。だから本当は誰にも話すつもりはなかったが……こうなった以上、君には話すべきだろう」

 

 エレジアの元国王は決意する。

 大切なウタに罪を負わせないために、唯一の希望に全てを託す覚悟を決めた。

 

「ウタを止めるために、彼女の身に何が起きたのかを知る必要がある。赤髪のシャンクスとウタの間にあったことを、真実を知ってほしい」

「……ああ。分かった、聞く」

 

 一刻も早くウタのもとに行きたい気持ちを抑えて耳を傾ける。

 深いつながりを持つ幼馴染のルフィだけに、少女の身に起きた残酷な過去が語られた。

 

 

 





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