「やったえ~~!! 紅白の奴隷が手に入ったえ~~!!」
わざわざ遠方まで出て、欲したものが実際に手に入ったチャルロス聖は興奮した。
小躍りまでして喜んでいるそばで、天竜人の女奴隷に成り下がったウタは気力を失っていた。
ステージ上で呆然と膝をついたまま動かず、ファンはもいまだ平伏しながら怯える感情を必死に抑えていた。
「おめでとうございます、チャルロス聖」
「この奴隷も立場がわかったようだえ。さっそく帰って歌わせるえ~~~♪」
しかし彼らが再びウタを捕まえる前。
上空から怒り声が響く。
「おいお前ッ!! ウタに何してんだァッ!!」
「だえ~?」
「っ、なんだあいつは。撃て!!」
ドームの上から鬼のような表情で降りてきた男がいた。
彼らは咄嗟に護衛たちは敵襲と判断して発砲。しかし弾丸を全て体で受け止めて、『ゴムゴムの実』の能力で四方八方に弾き飛ばす。
「んなもん、おれに効くかっ!!」
「その能力に麦わら帽子っ……まさかお前は最悪の世代の海賊っ!?」
海軍は即座に乱入者の正体を見抜いて度肝を抜かれた。
会場を荒らしていたどの海賊よりも格上、世界有数の大海賊の船長だと気付いたのだ。
だが降り立ったルフィは、彼らに目もくれない。
俯いているウタに駆け寄った。
「おい! ウタ、どうした! あいつらになんかされたのか!?」
説得しに戻ってきたはずだったが、どう見てもそれどころではない。
明らかに異常な様子で目を虚ろにしたウタの肩を揺さぶる。しかし思ったような反応は返ってこなかった。そこでようやくルフィも、ウタの首に『奴隷の証』が嵌められていることに気付いた。
普段の陽気な表情からは考えられない鬼のような形相で睨みつける。
「何やってんだ、お前ェっ!!」
猛獣よりも恐ろしい一睨みで、全員が怯えたように後退りする。
しかし唯一、チャルロス聖だけが鼻水を流しながらルフィを指差して驚き叫んだ。
「ああ、お前ぇぇ~~!? わっちを殴った不届き者だえ~~~!?」」
「あ?」
人生の汚点とも言える不敬を働いた男であると、チャルロスは気付いてしまった。二年前のシャボンディ諸島での忌々しい出来事は忘れていない。
天竜人の自分にさえ殴ってきかねない相手に恐れる気持ちもあったが、しかし許せないと言う気持ちの方が上回った。ルフィとウタの二人を指差して護衛と海軍に怒鳴る。
「お前たち! こいつわっちに不敬を働いた奴だえ~~!! 今すぐ大将を呼ぶえ、今度は絶対に逃すなえ~~!!」
「も、申し訳ありませんチャルロス聖。どういうわけか海軍本部と連絡が取れず……!」
「何をしてるえ、無能な下下民共~~! お前たち死にたいのかえ~~!?」
ルフィに尋常ではない恨みを持っているチャルロス聖は、思い通りにならないことにいきり立った。
天竜人に害を与えた人間がいるのなら、最高戦力である『海軍大将』を招集することができる。しかし海軍本部直通の電伝虫は目を閉ざしたまま反応する気配がない。
八つ当たりで命令を遂げられない彼らを撃とうとしたが、手元にあるそれはウタの能力で美味しいバナナに変わってしまっている。ぐぬぬぅと悔しさをそのまま顔に表した。
従順なしもべとしてステージに登った海軍は、世界の創造主の怒りを買わないために、無駄だと分かっていてもルフィを撃ち続けた。
「お前ら、ちょっと黙ってろ」
「ッ!?」
瞬間、苛立ったルフィを中心とした異質な空気が波紋状に広がる。
天竜人、護衛、海軍。
強烈な一睨みにで彼らは意識を刈り取られて泡を吹いて倒れた。
ステージで無事だったのはウタだけだ。ファンも異変を感じ取っていたが、うっかり顔を上げてしまえば天竜人の不敬を買って殺されてしまうかもしれない。それゆえに状況が分からなかった。
「心配すんな。こんなの今すぐ外してやっから……!」
ルフィはステージ上で意識を保っている首輪に手をかけようとする。
さすがに師匠のように海楼石製の首輪を素手で外すことはできない。だが鍵くらい探せば近くに落ちていないかと注意深くあたりを探した。
「なにしにきたの、ルフィ」
ウタは、助けようとする幼馴染の来訪を喜ばなかった。
聞かれたルフィは即答する。
「そんなの決まってんだろ! お前を助けにきた!!」
「……そう、なんだ。でも海賊の助けは必要ない」
「それどころじゃねえだろ!?」
大切な幼馴染が奴隷に堕ちた姿を目の当たりにしてルフィの声は震えた。
だがウタは冷静に、細い指先で自分自身にはめられた首輪に触れる。
悪魔の実の能力を無効化し、物理的にも最強の硬度を誇るはずの海楼石が灰色の音符になって跡形もなく消滅した。ありえない光景にルフィも少し驚いた。
「これでいいでしょ。私は大丈夫」
「あ、ああ……」
しかしここが現実の世界ではないと知っていたため、すぐに納得した。
「ウタ」
「ごめん、今、顔を見られたくない」
投げやりに言って、歌姫であることを捨ててステージを去ろうとする。
表情は見えない。しかし幼馴染であるルフィには今のウタの心の中が透けて見えた。
「なあウタ、聞いてくれ」
「何よ」
「シャンクスはお前を捨てたんじゃねえんだ」
ウタは凍りついたように足を止めた。
友達を止めるためには、残酷な真実を伝えなければならない。大切な友達に罪を犯させないために、海賊を憎んでいるというウタの誤解を解こうとした。
「あれはお前を救うためで」
「それなら知ってるよ」
「え?」
伝えようとしたルフィのほうが言葉を詰まらせた。
振り返ったウタは、ライブを始めた時とは比べ物にならないほど弱々しい雰囲気だ。
「ライブやめろって言いにきたんだよね」
「……ああ」
「それはできない。もう後戻りできないんだよ」
絞り出すように出た言葉には後悔が滲んでいる。
ウタは泣きそうになりながら、気力を振り絞って『ウタウタ』の能力を展開する。
二人の周りを楽譜の防音カーテンが包み込んだ。
これで領域の内側で発した音はルフィ以外の誰にも届かない。
異変を感じて顔を上げて、ようやく天竜人が倒れている姿を見つけたファンも出始めた。しかし彼らはルフィとウタのやりとりを聞くことはなかった。
「ルフィ。私、どうすればいいの」
魂が抜けてしまったような声でつぶやいた。
初めてウタは自分以外の誰かにすがるような言葉を吐きだした。
「どうすればいいか考えたけど、ぜんぜんわかんない」
ルフィは何かを言いたげに口を動かしたが飲み込んだ。
ステージの上にボロボロと雫が落ちる。
耐えきれなくなったウタは、弱音を吐き出した。
「私じゃみんなの望んでいる世界は作れない。みんな私の言葉を聞いてくれないよぉ……」
泣き顔をルフィに見られるのは嫌だった。だから背を向けたままだ。逃げださなかったのはステージを離れるわけにはいかないという歌姫としてのちっぽけな
「私、間違えたのかな。もうだめなのかな」
新時代の何が悪かったのか。
なぜファンはついてきてくれなかったのか。
何かを間違えたのだと自分でも気付いているが、それが何だったのか分からない。
このまま一人で死ぬほかに道はなくなった。
心折られたウタが、心を許しながら聞ける唯一の相手はルフィだけだった。
絶望に苛まれていると、胴体に蛇のような何かが巻き付いてきて激しく動揺した。
「えっ!? な、なに……!?」
攻撃かと思ってとっさに能力で抵抗しようとしたが、すぐに止めた。
ルフィが『ゴムゴム』の能力で腕を伸ばして胴体をとらえたのだと気付いたからだ。
細い身体を抱き寄せてから、前に抱えるように両手で持ちなおす。
ウタが無抵抗でいることを確認してから、ステージ上から跳んだ。それに気付いた会場のファンの声が聞こえてきたが無視した。
ルフィは歌姫を攫ったのだ。
「ちょっとルフィ、どこに連れてくつもり……!?」
「いいから着いてこい」
いきなりの行動に腕の中から抗議したが、ルフィは答えない。
戸惑いを隠せない一方で本気であることも伝わってきたので、抱っこされたウタも本気で抵抗することはしなかった。
二人はエレジアの港にやってくる。
誰かが言った通り、全世界からファンを連れてきたはずの船は一隻も見当たらない。
ルフィはようやくウタを下ろして尋ねた。
「なあ、お前が船をどっかやったんだろ。サニー号もどっかやっちまったのか」
「多分……ぜんぶまとめて動かしちゃったから」
「どこにあるんだ」
「すぐ出してあげられるけど、ルフィの船は見たことないから……何か目印になるものとかないかな」
ウタはおそるおそる船の特徴を聞いた。
出せと言われているので、出すことに迷いはない。
しかし勝手に船を消してファンから怒られたばかりだったので、ルフィにも怒られることを恐れて小さくなった。
「頭にでっけーライオンがついてるやつだ」
「これかな……?」
ウタが港に手をかかげると、煙が弾けるような軽い音が立つ。
まるで最初からそこにあったように巨大な一隻の船が現れた。
麦わら髑髏のマークを掲げる海賊船。他にない動物のような船首を持ったそれは、これまで麦わらの一味の冒険を支えてきた船『サウザンドサニー号』で間違いない。
「ついて来いよ」
「う、うん……」
ルフィが跳躍して先に乗り込んだ。
航海に出るつもりでもないだろうに、何をしにきたんだろう。疑問に思いながらウタも『ウタウタ』の能力で浮遊して甲板の芝生の上に着地する。
そして初めて、ルフィの見ている世界の一端に触れた。
「赤髪海賊団の船と全然違うね」
甲板から見渡す限りの景色はウタの心をくすぐった。
芝生があるだけでも相当珍しいが、滑り台やブランコなどの遊具設置されていたり、みかんの木までが植えられている。
港に泊まっている船をしまいこんだ時には気付かなかったが、海賊船とは思えないほど明るい。遊び心に富んだサニー号は『海賊』のイメージとはかけ離れていた。
「なんか楽しそう」
「サニー号はおれたちの冒険の仲間だからな」
「うん。ルフィの船って感じがする」
思わず本心を言ってしまった。
今まで怖い顔をしていたルフィだが、緊張していたウタがほんの少しだけ気を緩めたのを見てニッと笑った。
「こいつはおれの仲間の船大工が作った夢の船なんだ」
ルフィは自慢するように仲間の功績を誇った。
しかしウタの気持ちは晴れない。
「こんな楽しそうな船でも、色んな人を苦しめるようなことをしてるんだよね」
「何言ってんだ。だからそんなことしねえってば」
当たり前のように不満げに返された。
ウタは首をかしげる。
ルフィの話を初めて本気で聞く気になった。
「でも海賊なんでしょ。罪のない人を苦しめたりするんじゃないの」
「そういうやつもいたけどよ、そんなのは本当の海賊じゃねえ。シャンクスだってそうだっただろ」
そう言われてウタは押し黙った。
ルフィの言うことは正論だ。ファンのみんなは海賊を恨んでいるけれど、ウタの知る海賊像と聞くそれらはぜんぜん違っていた。
しかしみんなは口を揃えて『海賊は悪いやつ』だという。賞金狩りや正義を掲げる海軍だって、海賊を討伐するのが当たり前だ。
「ねえルフィ、海賊って何なの?」
自分では辿り着けない『答え』を、これまで冒険を続けてきたという幼馴染に求める。
略奪や虐殺を行わないのに、わざわざ髑髏を掲げる理由がわからない。無法者の烙印を自ら押されたがる理由が分からなかった。
「どうしてルフィは嫌われ者の海賊を自分で名乗ってるの?」
「海賊王になるためだ!」
「はぁ……?」
堂々と胸を張って自分自身を指差した。
ウタの頭に「?」マークがいくつも浮かんだ。
ウタはルフィがシャンクスに憧れていたことは知っているので、海賊の道に進んだところまでは理解できる。しかし海賊王になりたいから海賊になるというのは意味が分からない。
嫌われ者の頂点に立つことに何の意味があるのだろう。戸惑っていると、ルフィは甲板の芝生にどかりと座り込んだ。
「そんじゃよ。仲間が戻ってくるまで、おれたちの今までの冒険の話を聞いてけよ。まだ余裕あんだろ?」
「それは大丈夫だけど……」
ウタが思い浮かべたのは、会場に置いてきてしまったファンの顔だ。
動揺してしまったせいでフォローもなく残してきてしまった。
さらには、取り返しのつかなくなるネズキノコのタイムリミットも近づいているのを感じる。現実世界では身体がかなり辛くなっていた。
こんなことをしている場合じゃないんじゃないかと思ったけれど、しかし今はルフィの話を聞かなければいけないような気がした。
ウタは大人しく階段に腰掛けて耳を傾ける。
ルフィも仲間が必ず自分を見つけて戻ってくると信じた。
たった一人の幼馴染を救うために、今までの冒険を語り始めたのだった。