Dearest__ (PSYCHO-PASS)   作:鈴夢

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Dear father

 

 

 

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桜舞う、この季節。

 

 

吹く風は冷ややかさを含み、四月の半ばとはいえ、季節が簡単に逆戻りしてしまうことを教えている。

――村上春樹 1Q84――

 

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2120年 4月――

―― 文京区 サイコパス矯正センター

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…おめでとう。伸元、舞白ちゃん」

 

 

ベッドに横たわる老人は、穏やかに、柔らかな表情を零す。

 

"伝説の刑事(デカ)"

"根っからの現場の鬼"

 

過去に、そう例えられていた人物。しかし、現在のその姿からは、その例えが信じられないほどに憔悴しているような姿に変わっていた。

 

かつてこの病室には、置ききれないほどの油絵が描かれたキャンバスが置かれていたものだが――

 

今は部屋の隅にまとめられ、布が被せられている状態に。画材や油絵に使う溶き油は固まった様子で、おそらくは数ヶ月、目の前の人物は筆を握っていないだろう。

 

 

 

そんな老人は、ベッドの傍らの椅子に座る2人の人物にゆっくりと手を伸ばす。伸ばされた手に触れる、2人の手。

 

舞白は左手を、宜野座は右手を添え、目の前の老人の手を愛おしそうに触れていた。

 

 

 

「報告が遅くなってごめんなさい。征陸さん――」

 

舞白は申し訳なさげに眉を下げ、征陸の手をギュッと握りしめる。

 

「いいや。随分大変な思いをしたんだろう?……"あんな事件"の後だ。」

 

"あんな事件"という言葉に、舞白と宜野座はその時の事を脳裏に浮かべると、視線を落とす。

 

 

 

「…伸元、こんな事言うのは良くないかもしれないが――」

 

征陸は視線を舞白から宜野座へと移す。

 

 

「それでお前は、刑事課執行官という道から、外務省に移る決心も着いた。潜在犯としての制限は撤廃。……複雑な心境もあるのは事実だが、父親として、こんなに嬉しいことはないさ。」

 

「……あぁ、そうだな。」

 

再び穏やかな笑みを含ませ、宜野座の手をポンポンと叩くように触れる。父親のその言葉に、同じく複雑な思いを抱いているが、自分も心の奥底では、決心が着いたことを後悔はしていないと考えていた。

 

 

 

「俺は、心底喜んでるさ。……まさか本当に、実現するとは――」

 

 

過去に、2人が見舞いに訪れたあの日のことを思い出す。

 

 

 

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「許されるなら……ずっと一緒に、そばにいて欲しい。でもそんなこと言えない――」

 

 

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執行官という恋人に、思いを馳せていた舞白。決して幸せになる事は困難な関係性という事実に、想い悩んでいたあの時。

そして、何かを思い詰めたような様子だったあの時――

 

 

 

 

 

 

しかし、今はどんな形であれ、目の前の2人は幸せそうだった。想い人と、いつも傍に居られる幸せを、ようやく掴んだ幸せを。

 

その光景に、征陸はクシャッとした満面の笑みを向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めて。"結婚おめでとう"」

 

 

 

婚約関係から、ついに、やっと、"夫婦"となった2人。今日は、真っ先にその報告をする為に、この場所へ訪れていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

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暫く談笑をしていると、宜野座は征陸の主治医に呼び出され、病室を後にする。部屋に残った舞白は、ここ最近の出来事などを征陸に事細かに話すのであった。

 

 

 

 

 

 

「六合塚さんは社会復帰して、今はフリージャーナリスト。芸能界からの誘いもあったらしいんだけど、それは蹴ったとか…。"伝説の女刑事(デカ)"なんて言われてて、巷では有名人なんだよ?」

 

コーヒーカップを片手に、舞白は意気揚々と話す。征陸はベッドに身を投げ出したまま、顔だけを舞白に向ければ、穏やかに微笑んだまま話を聞いていた。

 

 

「コウの言う事は間違ってなかったな。昔から、社会復帰の可能性が高いのは六合塚だと、よく口にしていたな。」

 

「元々、六合塚さんを執行官にスカウトしたのもお兄ちゃんなんだっけ?」

 

「ああ、そうだ。……コウの嗅覚は本物だ。」

 

"さすがだなぁ"と舞白は呟くと、コーヒーに口をつけ、ふぅっ……と息を吐く。

 

そして征陸は、密かに、1番気にしていた相手の名前を口にする。

 

 

 

「須郷はどうしてる?」

 

なぜ征陸が気にかけるのか、一瞬不思議そうにした表情をするも、過去にチラッと話を聞いたことのある舞白は"あ、そっか……"と呟く。

 

 

実は、須郷と1番ゆかりのあるのは征陸。

国防省時代からの繋がりがあり、今は亡き青柳と共に、須郷が巻き込まれていた事件を追っていた事があった。

 

 

「須郷さん、めちゃくちゃ元気だよ。それに。お兄ちゃんに毎日ビシバシ鍛えられて…。国防省に厚生省に外務省を股に掛けて、当の本人は楽しそうにしてるよ。」

 

 

あれから、須郷も宜野座と共に外務省へ入省。2年前とは打って変わって、行動課のメンバーに心強い人物達が引き抜かれ、課長の花城の思惑通りだった。しかし、それとは裏腹に良い顔をしていない人物も存在する。

 

 

 

「……しかしまあ、一気に優秀な人材を引き抜かれて、さぞかし霜月監視官は虫の居所が悪そうだ」

 

「さすが、征陸さん。正解。何かあれば"あのいけ好かない金髪に伝えて"って文句の電話が来てるよ、私宛に」

 

その時の事を思い出すと、可笑しくてつい笑ってしまう。

 

 

「美佳ちゃん、結構大変そう。朱さんの代わりに入った新任の監視官。早速色相が濁って大変みたいで。新しく配属された執行官もなかなかクセありだとか――」

 

霜月に聞かされている最近の一係の情報を口にする。

 

「政治家家系の上流階級出身の執行官、それにスラム出身の執行官。あとは元プロアスリートの女性執行官も配属されたみたいで。唯一昔から残ってるのは雛河さんのみ。」

 

「なかなか面白そうな面子だな。」

 

 

征陸も、そんな中で切磋琢磨しているであろう霜月の様子を想像すると微かに笑みをこぼしていた。

 

「毎日毎日、メンタルケアに追われてるって。まあ、私と話すことが1番のメンタルケアだわ〜、なんて、そんな事も言うもんだから……。多分相当参ってるハズ。」

 

コトンとコーヒーカップを傍らの小テーブルに置く。

 

そして、2人は暫く自分の手元を見つめれば、その沈黙を割いたのは舞白だった。

 

 

 

 

 

「"あんな事"があって、自分たちが思っていた以上に事態は動いてる。」

 

「………常守監視官、な」

 

征陸は両手を重ねるように、ギュッと力を込めていた。

 

 

「私も、お兄ちゃんもノブ兄も、朱さんの為に、何をなすべきか分かってる。だから私も、簡単に倒れるわけにはいかない。」

 

舞白も同じく、無意識に手に力がこもっていた。右手の革手袋からギュッと音が鳴れば、案じた征陸はその手に手を伸ばす。

 

 

「老婆心ばかりで、嫌になるかもしれないが、…沼にハマりすぎない事だ、舞白ちゃん。」

 

柔さを感じない、革手袋に隠された義手をそっと包み込む。その様子に、哀しそうに笑みを浮かべる舞白はその手を上から覆うように左手を乗せる。

 

「お兄ちゃんも、ノブ兄も須郷さんも…美佳ちゃんも、花城課長も……征陸さんも……。私の周りには仲間たちが居ますから。大丈夫。」

 

 

乗せられた左手の薬指に嵌められた指輪。何も装飾のないシンプルなプラチナの指輪に視線を送れば、征陸は笑みを浮かべていた。

 

 

「それに。私もこの先の夢を、叶えたいことも沢山ありますから。……こんな大変な状況で、好きな人と夫婦になれて、正直いいのかな?って悩んだことばかりだった。……でも、ノブ兄……、伸元さんはそんな私の事を考えてくれてた。」

 

 

監視官補佐という役目を終え、婚約し、外務省へ戻り――

 

そして、事件が起こった。そんな状況下で、自分のことは二の次だと考えていた舞白は、宜野座の決断に、周りの仲間たちの暖かさに、励まされ、支えられていた。

 

「――だからこそ、自分の命を、周りの人達の思いを、私は無下にしたくない。そう思ってます。」

 

視線を征陸へと戻せば、いつもの天真爛漫な笑顔を向ける。それに安心した征陸も、つられるように笑顔をこぼしていた。

 

 

 

「だから、心配しないで?私も絶対に、自分を諦めない。その為に、私も自分と向き合うって決めたんです」

 

添えていた左手を、自分の首元へと移動させる。ある決心を固めていた舞白、そしてそれを聞かされていた征陸。

 

以前、舞白は先の人生を諦めている様子だった。しかし、今の彼女からそのような影はもう感じない。掴んだ幸せを、周りの人間たちの気持ちを、守りたい、大切にしたいという想いで溢れている様子だった。

 

 

 

 

 

 

「……舞白ちゃんからその言葉が聞けて安心したよ。大事な娘が幸せならば、父親の俺は、もう思い残すことは無いさ。」

 

右手に添えていた手を、舞白の頬へと移動させ、そっと撫でる。征陸の右手のひらが添えられると、その暖かい感触に思わず気持ちよさそうに目を細める舞白。

 

 

「息子を頼んだよ。」

 

「……はい。お義父さん――」

 

 

征陸の添えられた手に、擦り寄るように顔を倒す。

 

 

舞白の瞳から、ぽろぽろと涙の雫が零れ落ちていた。滅多に涙を流さない舞白にとって、不思議な事だった。

 

漸く訪れたその暖かい幸せに、それを認めてくれた義父の姿に、思わず喜びの気持ちが溢れかえっていたのだった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

その様子を、病室に入る扉の隙間から伺っていた宜野座。壁によりかかり、微かに笑顔を漏らせば、2人と同様に、陽炎のような、希望の光に包まれていくように感じる。

 

そして、ホッとするような喜ばしい安堵の情が胸を浸せば、暫く外からその2人の姿を見つめていたのであった――

 

 

 

 

 

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