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―――外務省 九州支部局
海外調整局行動課オフィス―――
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かつて、新疆ウイグル自治区にて、
その女性のお陰で、間一髪、命拾いをしたあの時。
兄もまた、チベット・ヒマラヤ同盟王国で救われていた。
自分を、兄を拾い上げてくれた、恩人でもある"上司"。
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スポットライトのような夕陽が、広々としたオフィスをガラス張りの大窓から射し込むように照らし付ける。オフィスで職務を行う同僚や部下達に"お疲れ様です"と、丁寧に声をかけながら自分のデスクへと向かっていく。
行動課も発足してかなり日が経つ。相変わらず女性捜査官は、課長の花城と舞白しか在籍しておらず、何となく肩身が狭い…なんて思う事もしばしば。
事務官や特殊機械を扱う役職、唐之杜のような情報の扱いに特化した分析官など。"それ"に特化した、まさに少数精鋭の人間たちが集まっていた。
その中でも、狡噛や宜野座、須郷、そして舞白のような"特別捜査官"はオールマイティに動ける人物のみが与えられる肩書きでもある。実際、行動課に入局してからは、自動車免許から特殊車両の免許、航空機や各ドローンの扱い、様々な銃火器を扱った訓練―――
その当時の舞白は、目の下はいつもクマだらけで、死んだような顔をしていた…なんて事もあった。
そして行動課の中では最年少、しかも女性。しかし、行動課の皆はそれを煙たがることもなく、寧ろ全員好意的で、優しい人達が多い。でも、当の本人は心の奥底で、少し居心地が悪く感じる事もあった。人に、環境に恵まれているのは確かだが、特別捜査官という名前に、どこか緊張しているような、重圧が伸し掛るというか、
そんな舞白をいつも気にかけていたのは、紛れもなく"上司"でもある花城の存在。歳はひと回りも離れているが為に、部下ではあるものの、妹分のように気にかけることが多い。
しかし、その反面容赦なく要求することも。実際に、舞白が公安局に出向した際には、公安局に隠された機密情報を流せと指示したことも過去にある。
「…………」
デスクのモニターに電源を入れ、スーツジャケットを椅子の背に掛ける。そして、ふと隣と、向かいのデスクに視線を向けるも、いつものメンバーはそこにはいなかった。
隣のデスクは兄。禁煙だというのに、"spinel"と印字されたいつものタバコの箱は投げられるように放置されたまま。その向かいは須郷、相変わらず綺麗に整頓されており、性格が出てるな〜、なんて考える。舞白のデスクの向かいは宜野座。須郷と同じく整頓されているものの、可愛らしい犬の小物が置かれていたり、遊び心があるデスクだった。
「…私も片付けないとね、これじゃお兄ちゃんと同じ」
"血は争えないな〜"と小さな声で呟く。
積み重ねられた本、まだ取得途中の航空機免許に関わる文書。そして、デスクの端には、霜月との写真が置かれていた。
「ふふふっ…」
椅子に座り、写真立てを手に取り、思わずクスクスと笑顔を浮かべる。
すると刹那、予想外の人物が現れる。
「あら?舞白。予定より早かったのね?」
現れたのは花城フレデリカ。
舞白に視線を向ければ、いつもの様に優しい笑みを浮かべ、デスクへと近づく。
「課長!?…確か、行動予定だと、宜野座さんと須郷さんと3人で海外調査…」
「そうだったんだけど、急遽私が上に呼ばれたの。宜野座と須郷には申し訳ないけど、あの2人は先に現地に行ってもらって、私は明日の朝に合流予定よ。」
「そうだったんですね…。」
デバイスで舞白と花城を含む、特別捜査官5人の行動スケジュールを確認すると、確かに予定が変更されている事に気づく。
そして、舞白は思い出したかのように、ハッと目を見開く。
「そういえば、課長。忙しいのに、お休みをくださって、ありがとうございました。」
舞白は席を立つと、花城に向け頭を下げる。
「そんな、お礼を言われるほどの事じゃないわよ。寧ろ、宜野座を2日も早くこっちに呼び戻して悪かったわ。…で?新居は見つかったの?」
スっと頭を戻せば、花城に笑みを向ける。
「お陰様で、何とか見つかりました。」
「よかったじゃないの?これで、宜野座は外務省管轄のマンションから漸く退去ね?」
「はい。それに、ずっと飼ってるシェパードのダイムも過ごしやすいようなマンションを選んだんです。いつもはドローンに頼りっきりですけどね。」
ご主人を待ち続ける老犬のダイム。犬にしてはかなりの長寿で、まだまだ元気だった。早く3人での生活が待ち遠しい、なんて想像すればするほど楽しみが増していく。
「って、私、舞白にちゃんと直接言ってなかったわね?」
"宜野座には今朝言ったんだけど―――"
と呟けば、花城は舞白に向けて言葉を放つ。
「結婚おめでとう。…入籍してから、こうやって対面で会ってなかったでしょ?こういう事は、ちゃんと面と向かって伝えないとね」
「課長…」
両手を腰に当て、ふふふっといつもの余裕のある笑みを向ける。上司である花城の優しさに、舞白は胸を昂らせる。
「あと、遅くなったけど"これ"お祝いね?」
何やら、花城はデバイスを操作すると、舞白のデバイスに通知が届く。それを目にした舞白は、嬉しそうに目を輝かせていた。
「悩んだのよ、結婚祝い。…ちゃんと、まとまった休みを、また2人にあげるから、その時に使いなさい?」
送られてきたものは、様々な老舗旅館やラグジュアリーホテルが選べる旅行券のようなもの。気の利いた花城のセレクトに、上司としての気遣いが感じられる。
「すみません、お祝いまで頂いて。その分、夫婦共々しっかり働きますね?課長。」
グッと右手拳を握りしめ翳すと、ニッと笑顔を向ける。久しぶりに対面した舞白は、いつもと変わらず、元気そうな様子に安心している様子だった。
そして、もう1つ。花城は舞白に対して"そういえば"と呟けば、気にかけていたことを口にする。
「狡噛から聞いたけど、手術予定日について。」
「はい。…一応来月の中旬予定で、任務には支障がないように…」
「勿論、舞白の意見を尊重するつもりよ?上は、私が黙らせれば良いだけだし…。…本当に、あの海外調査の件、あなたも参加するのね?」
花城も舞白も、真剣な顔つきに変わればじっと互いの視線を合わせる。舞白は悩むような素振りを見ることなく、相手の言葉に即反応し、こくりと頷く。
「参加します。…させてください、課長。」
「……あくまで予想だけど、かなり危険な任務になる予定よ?いいのね?それでも。」
腰に添えていた両手を、今度は前に腕を組み直し、真っ直ぐと舞白を見つめていた。
「その為に、私は外務省に入局したんです。自分にしか成せない事を、成すべき事を…成すために。」
「………」
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「……成しうるものが成すべきを成す。私はそれに相応しいでしょうか…?」
「何度言えば分かるのよ、だから私はあなたをスカウトしてるの」
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あの時の会話を思い出す。
身体能力、洞察力、知力。
全てにおいて理想的な人物に巡り会ったあの時、花城は絶対に舞白を逃がさまいと、必ず行動課に引き入れると考えていた。
今後の捜査に、彼女の力は不可欠。それは花城だけではなく、狡噛や宜野座、須郷も分かりきっていることだった。
そして、当の本人が1番分かっていることでもある。引き下がるわけがなかった。
「分かったわ。但し、危険だと、任務に支障が出ると誰か一人でも判断した場合、即任務から外すわ。それでいいわね?」
「覚悟の上です。大丈夫です。」
じっと花城を見据える瞳。兄の狡噛と同じく、不思議と引き込まれるような感覚に陥りそうになる。
伊達に、何年も海外を放浪してきた訳では無い。彼女は強い、覚悟もある。公安局で大きな事件を解決した、その経歴は本物だ。
そうとなれば、部下を信じるのが、上司でもある花城の役目。
花城は舞白の肩へと手を伸ばせば、そっと手を乗せる。
「…いい返事ね。期待してるわ。舞白」
「ありがとうございます。課長」
西日が2人の足元に長くのびる。
橙色に染まる外の空気に、2人は溶けていくようだった―――
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目の前で航空機のエンジン音が大きな音を鳴らす。
スーツジャケットに外務省ジャケットを羽織った舞白は、じっと星空を見上げていた。
東京では見えない星空は、この場所だと炯々と光り輝く姿がはっきりと見える。
ぼーっと見上げていると、突如背後から頭を突かれると、小さな衝撃が走る。後頭部に手を添え、むうっとした顔をその相手に向ける。
「何ぼーっとしてんだ。早く乗るぞ。」
「…お兄……、はい、"狡噛さん"」
同じジャケットを羽織った兄、狡噛の姿。
今日からしばらく、兄とふたりで海外での任務が始まろうとしていた。
2人は航空機へ乗り込み、荷物を慣れた手つきで乗せれば、席へと腰掛ける。そして、狡噛が今回の任務内容が記されたデータを舞白へ転送すると、隣に座る舞白へ視線を向けないまま、声をかける。
「ある程度、目は通してるな?」
「全部確認して覚えてるよ。大丈夫」
表示されたデータ。
対象者の顔写真や様々な情報が映される。
今回は、白髪の年老いた2人の人物がターゲットらしい。そして過去に、舞白は片方の白髪の老婆と争った経験もあった。
ほぼ互角と言ってもいい。銃火器の扱いや、体術、その見た目からは想像ができないほど手強すぎる相手だった。
「……中々しぶといね、この2人。」
「ああ、追っても追っても逃げられる。イタチごっこもいいところだ――」
「脅威になる前に潰しておかないと、後々厄介なことになりそうだもんね?"ピースブレイカー"の残党の一角に過ぎないけど。」
はぁーー…、と深い息を吐くと航空機が動き出す。
舞白はふと、窓に目を向けていた。
その様子を横で見ていた狡噛。
「この任務が終わったら、一旦お前は自分の体を第一に優先して考えることを忘れるな?その頃には、ギノも戻ってくる。」
「うん。勿論そのつもりだよ」
ニコッと笑みを零せば、狡噛に視線を向け言葉を続ける。
「早く任務を終わらせて、ノブ兄に会いたいんだ。それに、ちゃんと話したいことも話せてないし、次会うのが楽しみだよ。」
「―――それを糧に、今は突っ走るのみだよ。」
左手で拳を作り、狡噛に向ける。
狡噛も拳を作ると、いつものようにコツンと拳と拳をぶつけ合う。
そして、機体は空高く飛び上がり、闇夜の空へと消えていくのであった。
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