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dear"親愛な"
dearestはその最上級。
私の大切な"最愛の人"―――
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2120年5月中旬――
――― 佐渡海上市国立病院
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脳天からつま先にかけて、ジーンとした痺れが突き抜ける。術後の痛みを覆い隠すように、全身麻酔が施されていた。
そして、徐々にふわふわとした感覚が現れ、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
段々と視界に色彩を取り戻すと、舞白は視線だけを動かし、自分は病室に居ることに気づく。
「………」
左腕に感覚が戻っていく。手のひらを開閉するも、腕はまだ持ち上がらない。手術という事もあり、右腕の義手は外されていた。
「((良かった。生きてる…。私、生きてる―――))」
心の中に一点の明かりを点じる。
その光はじわじわと、舞白を襲い続けていた闇を取っ払うように押し広げられていく感覚。
まだ動くはずのない左手に、グッと力を込め、自分の顔の上へ翳す。再び、この世界に無事戻って来られた事を、心の底から喜んでいた―――
「―――"宜野座舞白さん"、入りますね―――」
刹那、室内に看護師らしき女性が現れると、舞白の様子を見た看護師は驚きのあまり声を上げる。まだ全身麻酔の効果は続いているのにも関わらず、目を覚ましているのはともかく、普通ならば腕を持ち上げることなど出来ないはずなのだ。
「宜野座さん?.......もうそんなに体を動かせるなんて.......」
「……すこ、し……さむい―」
術後間もない為か、体温は38.6まで上がっているも、それ以外は特に問題は無さそうだった。看護師が点滴の調整などを行えば、舞白に穏やかな笑みを向ける。
「もう少ししたらリカバリー室から病室に戻りましょう?思った以上に回復も早いみたいで、順調ですよ?」
「……………」
手術の事もあり、上手く言葉が発せられず、こくりと頷く。
そして、舞白は安心した様子で小さく息を吐いていた。
腕以外は、まだ感覚が上手く戻っていない為、体の状況はよく分からない。しかし、看護師の様子を伺う限り、どうやらかなり状態は良さそうだと安堵していた。
「またお迎えにあがります。もう少しだけ、投薬を続けますね?」
看護師はそう話せば、リカバリー室から出ていく。
投薬の効果なのか、疲れなのか、副作用なのか…。舞白は再び眠気に襲われると、そっと瞼を閉じる―――
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「手術は成功。…よかった…」
執刀医の説明を受ける人物。無事手術を終えた妻の様子を耳にすると、ホッと安堵の息を吐いていた。執刀医はかなり疲れている様子で、それを見る限り、かなり大変だった手術だと察していた。
「"未分化癌"。奥様の年齢からして、かなり珍しい症例です。甲状腺癌の1%から2%でかなり稀ですからね。…厄介なのが、他の甲状腺癌に比べて進行も早い。転移を起こしやすい悪性度の高い癌…」
モニターに手術の詳細を記すデータを映せば、執刀医は相手の男性へと視線を移す。
「奥様。昔、過度に放射線を浴びた経験などは?」
「……夫として、恥ずかしながら、妻の過去の行動に関してあまり詳しく把握出来ていない事も多くありまして。…もしかすると、そのような危険な場所に立ち入った可能性はあるかと思います。」
海外に失踪していた数年間の出来事に関して、実際把握出来ていないことの方が多い。アジア各地を放浪し、最終的には最も危険とされていた"新疆ウイグル自治区"に身を置いていた"妻"。もしかすると過去に、執刀医の言う通りの危険な場所に立ち入っていた可能性は大いにあった。
「今のところ、転移している様子はありませんでした。あくまでも"今は"です。」
"今は"と念押しされると、事の重大さに漸く気づく。何故、早く気づいてやれなかったのだろうかと今更ながら後悔していた。最終的には手術も受けることができ、事は何とか治まったものの、失意の念に駆られていた。
「今後も定期的に投薬を行いましょう。継続的に検査を行う必要もあります。」
「はい。分かりました。今後とも、妻をよろしくお願いします。」
深々と頭を下げる男。
そして、その様子を見据る執刀医は、小さく息を吐きとあるものを取り出す。
「あと、…こちらの"異物"の摘出もなんとか行うことができました。」
執刀医は銀製の皿のような器を傍らのテーブルに置く。"カラン"と無機質な音を鳴らす"異物"
かなり小さく、無意識に目を細め、険しい顔つきになればじっとそれを男は見つめる。
「奥様曰く、起爆装置だったとか?そんな危険物を一体どこで……。もう何年も体内で放置されていたせいで、ただの鉄の塊と化しています。――」
元はチップ型。しかし、長く埋め込まれていたせいか、球体のように丸く塊に形を変えていた。
「―――恐らく、奥様を長らく悩ませていた頭痛や倦怠感、動悸なども発端はこの異物でしょう。外頸動脈スレスレの場所に埋め込まれていましたから。」
男は"異物"から目を話せば、目の前の執刀医に視線を移し、不安げな憂わしげな表情を浮かべる。
「摘出されたということは、もうその症状に悩まされることも軽減…なんて事はあるのでしょうか?」
「…それはなんとも言えません。少しは軽減されるでしょうが、傷口は完全にまだ癒えている訳では無いですからね。もしかすると、一生付き合っていかなければならない可能性もあるかと。……ただ、摘出はできたので、これ以上悪くなるということはないでしょう。」
「……そうですか。―――」
フッと視線を落とす。危険な状況は回避出来たとしても、やはり不意に彼女を襲う突発的な痛みや動悸は、見る度に胸を痛めていた。相手の言葉に落ち込むような様子を見せるも"これ以上悪くなることはない"という言葉に、安堵する気持ちも浮かばれる。
そんな男に、執刀医は真っ直ぐと視線を向け、念押しするように口を開く。
「体に異変が起きたら、直ぐに受診を。かなり大変な手術で、出血量も多かった。…むしろ、良くここまで放置しておいて、生きているのは奇跡に近い。甲状腺異常はすぐ体に現れますから、奥様の様子を今後ともしっかり観察してくださいね?"旦那さん?"」
「分かりました。」
モニターに映していた資料を消すと、最後に更に念押しするように目を光らせ、決死の表情を向け、言葉を続ける。
「余計なお世話で、難しい事かもしれませんが…、奥様もあなたと同じ"外務省"の捜査官だとか?危険な職務は避けて通れないことも多いでしょう?……あまり、体に負担になるような事は避けるように―――」
"では"、と呟くと執刀医は部屋から出ていく。
付き添っていた看護婦も一礼すれば、同じく部屋から姿を消す。
「………」
渡されていた書類に目を向けると、小さくため息を吐き出す。書類の欄に書かれている情報。"宜野座 舞白"、"24歳"、"甲状腺異常"、"甲状腺未分化癌摘出手術及び外頸動脈 滞留物摘出―――"
特記欄には配偶者の情報も記されており、"宜野座 伸元"と自身の名前や、
"夫婦共外務省所属。守秘情報有。"
緊急連絡先やIDなどが連なっていた。
約3年前に新疆ウイグル自治区から日本へと帰国した際、兄の狡噛が舞白を半ば強引に、強制的に病院へ連れて行った際に発覚した病。このまま放置すれば、間違いなく5年以内には命を落とすと言われていた。幸いにも、まだ年齢も若かったこと、そして今の日本の医療はかなり進んでいた事が幸をなした。
過去、舞白本人は、手術を受けることも治療をすることも、特に希望することなく"生きるも死ぬも、拘らない"と、口にしていた。
しかし、ここ数年で起こった出来事に心動かされたようで、今回の手術を受けることを決めていた。しかし、成功率はかなり低いことを聞かされていた宜野座は、その結果に喜んでいる様子だった。
クシャッと書類を握ると、椅子から立ち上がり、ある場所へと踵をかえす―――
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「「君は、つくづく運がいいようだね。狡噛舞白―――」」
ベッドの傍らで眠っている舞白を見下ろす白髪の男。
"槙島聖護"
悪魔的といえるかも知れない、挑いどんだ表情を眼に浮かべ、サラッと彼女の白髪を撫でると、ゆっくりと耳元に口を近づける。
「「"死は人生の終末ではない、生涯の完成"だ。―――さて、君の生涯とやら、引き伸ばされた君の脆く、尊い命。―――」」
妖艶で怪しげな、艶気を含んだ低く、やけに耳に残るその声。
「「僕は、君の魂の輝きが見たい。それが本当に尊いものだと確かめたい。」」
ゆっくり耳元から顔を話せば、舞白の額に口付けを落とす。
そして、まるで玩具を与えられた子供のように、ワクワクと心を跳ねさせると砂煙のように、体が消えていく―――
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重い瞼を持ち上げる。
ふと病室の窓に目を向ければ、朱を含んだ紫陽花色の夕空が街の上にひろがっていた。手術が始まったのは今日の朝方。昼過ぎに終わり、そして今。時計の針は夕方の17時過ぎを示していた。
そして、再び天井に視線を向けると、先程と様子が違うことに気づく。
恐らく、自分が眠っている間に、リカバリー室から病室に戻されたのだろう。体も麻酔が抜けたのか、麻痺したような感覚は無くなっており、今度は手術した箇所が熱を持ったような痛みを感じる。
「…………ッ……痛……」
左手を首元に動かそうとした瞬間、誰かが手を掴んでいる感覚に気づくと、ビクッと舞白は体を反応させ驚いた様子だった。
そこに居るはずのない人物。
実は、長期任務だった彼に会うのは約1ヶ月ぶり。自分も3週間ほど前に兄と海外調査へ赴き、彼とは入れ違いになってしまっていた。そして、まだ日本に戻る予定ではなかったはずだと、彼のスケジュール。思い出すように頭の中でグルグルと記憶を巡らせる。
体は動かさないまま、目線を左下へと落とす。ベッドに項垂れるように体を預け、自分の手を握る彼の姿。柔らくて、優しい温度をその掌から感じると、自然と舞白の表情が柔らかくなっていく。
いつも結われている髪の毛は解かれ、漆黒の黒髪は無造作に広がっていた。ジャケットスーツを脱ぎ、白いシャツを着た彼。珍しくネクタイは緩く解かれ、シャツのボタンも2つほど外し、完全にオフモードの姿を見るに、恐らく任務後。そのままこの場所に来たのだろう。気持ちよさそうに寝息を立てるその姿はとても愛おしいものだった。
起こしたくないけど、声が聞きたい。
なんて欲に駆られると、舞白は彼の名前を呼ぶ。
「……のぶ……ちか…………さ」
言葉を発す度に、ジクジクと首元が疼く。舞白はハッキリと声を発せない分、左手をゆさゆさと揺さぶると、その動きに気づいた宜野座は、ゆっくりとベッドに預けていた上半身を持ち上げる。
顔を上げた瞬間はまだ寝惚けた様子で目を細めていたものの、舞白が目を覚ましたことに気づくと、パッと目を見開き、一気に眠気が覚めた様子だった。
そして、自身の左手をギュッと握ると、いつもの優しい表情を向けられる。
「舞白。……よかった……」
「…なんで…………ここに……にん、む……」
"なんでここに居るの?まだ任務のはずじゃ?"
と、彼と話したいのに上手く声が出てこない。そして、痛みに苦しそうに顔を歪めると、その様子に気づいた宜野座は、彼女の頬に手を伸ばし首を振るう。
「無理して喋るんじゃない。傷に触るぞ」
「……でも…………」
伝えたい事が沢山あるのに、声が上手く出ないことがもどかしくて堪らない。もっと話したい、いっぱい、いっぱい―――
会いたかったことを伝えたい。
「あ…………、のぶ……」
「だから、無理をして喋るなと……」
パクパクと口を動かし、話したくて堪らないと言わんばかりの彼女の様子に眉を下げ、心配そうな表情を向ける。デバイスや紙を使って会話を……なんて考えてみるものの、恐らくそれすらもできないだろう。腕にはまだ投薬のための管が繋がれており、安易に腕も動かせない。
「舞白。話は聞いていると思うが、手術は成功だ。今後も定期的に投薬が必要で、可能な限りそれには俺も同席―――」
宜野座は舞白の気も知らず、いつも通り真面目に手術の事や、今後のことなどを話していく。
"私が話したいことはそれじゃないのに!"なんて頭の中で悶々としながら、もちろん宜野座の話している事など聞いているはずもなかった。
「……あいた…………」
「―――それで、退院日についてだが―――」
「…………ッ……」
むーーっ!と怒ったように頬を膨らませ、宜野座を睨みつけるように見つめると、さすがにその様子に気づいた宜野座は言葉を止める。
「どうした?……なにかあっ……」
「あいたかった!……の……ッ……………」
ハッキリと"会いたかった!"と声に出すものの、首に痛みが伝われば顔を歪める。舞白の発した言葉に、彼女の様子にやっと察した宜野座。
宜野座の右手をぎゅうっと強く握り返すと、ポロポロと無意識に涙が零れる。ずっと会えなくて、寂しくて、やっと声が聞けて、成功するか分からない難しい手術を受けて……
徐々に、目頭が熱くなっていく。
「……ぅ…………うー……、……ばかー……」
まるで幼い子供のように泣きじゃくる舞白に、慌てふためく宜野座。滅多に見せない涙に動揺を隠せない。
「舞白……」
宜野座はゆっくりと椅子から立ち上がれば、そっと舞白に被さるように抱きしめる。久しぶりの宜野座の匂いに、サラッと顔にかかる彼の髪の毛に、ホッと安心する。
「……のぶ、ちか…………」
「悪かった……、お前の気も知らずに、……すまない。」
玻璃のように光る涙を、そっと指で拭う。
そして、じっと、互いの瞳を見合うと、2人は安堵の微笑を浮かべていた―――
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春はどんどん深まっていった。風の匂いが変わっていった。夜の闇の色合いも変化した。音も違った響きを帯びるようになっていった。そして季節は初夏に変わった。
―――村上春樹 ダンス・ダンス・ダンス―――
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2120年 7月上旬―――
まだ、朝日も昇らない早朝の海は澄んで清らか。白い浜辺には自分たち以外、誰も姿はなく、まるでこの世界に2人だけ残されているような感覚に陥る。埃一つない空気の中、柔らかな涼しい風と穏やかな波の音が2人の鼓膜を覆う。
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2人はサンダルを脱ぎ捨て、肩を寄せ合い、柔らかな浜辺に腰を下ろしていた。
左に座る宜野座の肩に頭を乗せ、そっと自分の左手を彼の右手に被せ、静かに目を閉じると波の音に耳を傾ける。柔らかい綿生地のグレーのTシャツワンピースの裾から伸びるのは、陶器のような白い脚。膝の上には舞白の好きな作家の"ノルウェイの森"の書籍が置かれていた。
対して、右に座る舞白の腰に手を回し、寄り添う彼女の頭の上に自身の頭もそっと乗せる。義手の左手は、静かに大人しく眠る愛犬のダイムの背に添えられていた。同じく、家からそのまま出てきた軽装で、半袖の白いTシャツだと、微かに寒さを感じるほどだった。
「…………舞白」
「…………」
「……寝てる……のか?」
「…………」
「おい、……まし―――」
なかなか返事のない相手を不安に思い、体を離すと、舞白はむぅっと口をとがらせ隣の宜野座へ視線を向ける。
「起きてるよ?…本当に心配性なんだから……」
"気持ちよく寝てたのに〜"と膝に乗せていた本を手に取ると、栞を挟んでいたページを開く。
「心配して当たり前だろう?…ただでさえ、任務明けで体も……」
例の"ピースブレイカー"に関わる長期任務明けの2人。一昨日日本に戻り、2人は揃って数日間休みを取れることに。
新居もまだ片付いていないこともあり、昨日から1泊だけ舞白の実家でもある港区の浜辺の家で過ごしていた。
「もう手術から日数も経ってるし。……それに、ほら?任務中も一切足を引っ張らなかったでしょ?」
パタンっと本を閉じると、ニッとした表情を宜野座へと向ける。しかし、宜野座はそんな舞白の頬を手で摘めば、若干不服そうに眉を顰める。
「ぅ〜、……やめてよー痛いー」
「そんな自慢げに言うな。お前は相変わらず先陣切って突っ込むから、こっちは心臓が何個あっても足りなかったよ」
「…………まあ。……何人か逃げられちゃったし……、万々歳とはいかなかったけど………ねっ?」
"ねっ?"という言葉と共に顔を振れば宜野座の手が離れ、舞白は隙をついて、相手の膝に転がるように身を落とす。白銀の長い髪の毛が砂浜に垂れるように広がれば、その髪の毛の安心する匂いに引き込まれるように、ダイムも自然と擦り寄ってきた。
自分の膝に、舞白とダイムが寄る光景を―――それを見下ろす宜野座の表情は幸せに満ち溢れている様子だった。
「……ねぇ、幸せ?」
「当たり前だ。……お前は?」
「世界一の果報者だと思ってる。」
無邪気に笑う舞白の瞳は、昔の時の"少女"のままだった。幼い頃から、宜野座に向ける瞳そのもの。美しく、澄んだ瞳は嘘偽りなく舞白の心情を写しているようだった。
宜野座はそっと、舞白の首元に触れる。 普段から髪の毛を高く結っている舞白のその首元には痛々しい術後の傷がハッキリと見えていた。他にも、胸元には焼印が、左肩、左足にも過去に受けた傷痕。そして右腕は消失―――
そんな姿になっても、そんなことを気にする必要も無いくらい、彼女は"世界一の果報者"だと口にする。
そして、舞白が大切に付けているネックレスを指で巻き付けるように触れると、こそばゆいような気持ちが湧き上がってきた。
「"これ"、まだ持ってたんだな?」
"そんなにモノは良い物じゃないだろう?"と口にする宜野座に対して、舞白は呆れたように言葉を放つ。
「だって、私に贈ってくれたプレゼントでしょ?……まだ、私が学生だった時のクリスマスに。」
赤い小さなハートが付けられたシンプルなネックレス。そんな高価なものでは無いが、舞白にとって値段も、その物も関係ない。宜野座に貰った大切な宝物だった。
「私が贈ったあの赤いマフラーは?まだ持ってるの?」
「…………あのマフラーな……」
何か嫌なことでも思い出したのか、宜野座は顔を顰める。
「あのマフラーを巻いて出勤した時、縢に大笑いされたんたが……」
「お兄ちゃんとお揃いだからでしょ?絶対」
"秀星のその時の状況が目に見えて浮かぶわ〜"と可笑しそうに呟くと、宜野座も思い出したかのように笑い出す。
「そうだよ。……あいつ、俺がオフィスに入るなり、手で口を覆いながら大爆笑して……」
今は亡き縢の事を思い出すと、ふと懐かしいような、哀しいような感情に駆られてしまう。舞白も同じく、流れるようにあっという間に時が過ぎていく現実に悲しげな表情を浮かべていた。
「もうあれから8、9年経つんだな―――」
「……早いよね」
宜野座は両手を後ろにつき、ふと薄暗い空に顔を向ければ小さく息を漏らす。舞白は膝に頭を乗せたまま、そんな宜野座を見上げていた。
暫く沈黙が流れる。
ボーッと空を見上げる宜野座、そんな姿を心配そうに見上げる舞白。ダイムはその2人の空気を察しているのか、舞白の頭にそっと擦り寄る。
「……ねー、伸元さん」
「ん?」
その沈黙を打ち破る舞白。
そして言葉を続けた。
「"私のことを覚えていてほしいの。私が存在し、こうしてあなたのとなりにいたことをずっと覚えていてくれる?"―――」
何か意味深的な言葉を放つ舞白に、一瞬ヒヤッと体が強ばる感覚になるも、宜野座はそんな相手の心情を読み取ったのか、視線を再び下ろすと、口角に弧を描き、苦笑する。
「また本から抜いたな?その言葉。」
「よくわかったね?何で?」
宜野座は舞白が手にしていたお気に入りの本。"ノルウェイの森"に視線を送る。何度も何度も読んだのか、その本は酷くボロボロとした見た目だった。
「"らしくないから"だよ。今のお前は、そんなことを言う気がしない。……そんな、俺の隣からまた消えるような事。」
「…………」
「お前は、生きるんだ―――」
舞白はその言葉に微かに笑みを零す。そして頭上で擦り寄るダイムの頭を撫でながらゆっくりと体を起こせば、2人はじっとお互いを見合っていた。
2人は脳裏に、昔の、互いに幼かった頃の記憶を甦らせる。
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「―――いつか大きいワンちゃんを飼って、かっこいい王子様と暮らすの……」
幼い少女は、眼鏡をかけた少年の手を握り、浜辺を散歩していた。
「どんな王子様がいいんだ?」
「かっこよくて、優しくて、面白くて!
動物が好きで―――
"ずーっとそばにいてくれる人!"……そんな王子様に会えますように……」
「今はシビュラがちゃんと理想相手を探してくれるさ
心配しなくても舞白ちゃんにはいい人が……」
「違うの!自分で王子様は決めるの!」
「……そうだな、自分で、素敵な王子様に会えるように俺も願ってるよ」
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「ずっと傍にいてくれる、面白くて、優しくてかっこいい――」
傍らのダイムの頭を撫で、白銀の髪の"少女"は穏やかに微笑む。
「……動物が好きで、いつか一緒に―――」
じっと自分を見つめる"彼"の瞳。深く、深く、吸い込まれるような綺麗な瞳に、舞白は言葉を失う。
「そんな"王子様"は見つかったか?」
クククッと意地悪そうに、妖艶に笑う宜野座はそっと舞白の頬に手を添える。
「あなただったの。王子様は。……私の最愛の……」
2人は目を閉じると、そっと口付けを交わす。
気づけばずっとそばに居た、この人こそが私の最愛の人だった。どんな時も、何があっても、彼は離れなかった。自分が突き放しても、信じて待ってくれていた―――
唇を離し、額に滑らせ、大切に大切に触れていく。
すると、3人を柔らかな朝日が照らしていく。
―――きっとこの先の未来は明るい、そうであって欲しい
「見て見て?綺麗な朝日―――」
舞白は太陽が顔を出す地平線を指差す。その眩しさに目を細めるも、2人は真っ直ぐとその景色を見つめていた。
2人と1匹はその様子を静かに眺め続けていたのであった。
この先の未来に、希望を抱きながら―――
―――Dearest__ 【完】
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