【完結】ロリコンハゲトレーナー(仮)に拾われたら地獄でした   作:シェーク両面粒高

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〇サク:スプリンターサクレ(Sprinter Sacre)
 イギリスの名障害馬。戦績を日本の馬で表現するならディープインパクトがトウカイテイオーしたみたいな馬です(適当)。異論は認めます。


第11話 急転

「ちょい離され気味やけど、とりあえずは上手くやってるみたいやな」

 

 トレーナーは簡易式のゲートを移動させコースから戻ってきていた。

 彼がレースに目を移すと、先頭のウマ娘が2周目にさしかかっているところだった。後続との差は6バ身から7バ身ほどで、レース開始当初より徐々に差は開いてきていた。

 

「今回ばかりは強引でしたね」

「ん? ……ああ、レオのことか」

 

 

 彼の隣に控えているのはサク……近代障害レースにおいて最強と謳われたウマ娘、スプリンターサクレだ。

 圧勝に次ぐ圧勝で2マイルチェイス路線にて無敗の連勝街道を突き進んだ怪物ウマ娘。ハードルからチェイス転向1シーズン目を5戦全勝、2シーズン目も5戦全勝、この時点ですでにGⅠ7勝としていた。その2シーズン目のハイライト、19バ身差で勝利したクイーンマザーチャンピオンチェイス(GⅠ)において彼女に与えられたのは過去半世紀の障害レース界でナンバーワンのレーティング。

 接戦さえ許さない圧倒的な走りを見せるその姿に、誰もが……その本人でさえ、大きな夢を見たはずであった。

 

 しかし、その輝かしい未来に突如として暗雲が垂れ込めた。3シーズン目の初戦、ケンプトンパークで行われたGⅡのレースにて競争中止。検査の結果発覚したのは心臓の疾患だった。

 1年間の休養を挟み彼女はターフに戻ってきたが、背中の故障や喉鳴りに相次いで見舞われた。まともに走れなくなった彼女はレースを完走することさえできない状態になっていた。3シーズン目から4シーズン目の2年で4走しかできず、その内2走は競争中止、完走できても2着に入るのが精一杯だった。気づけば2年半も勝利から遠ざかっていた。

 圧勝を繰り返し無敵だったあのスプリンターサクレはもういない、もう戻ってこない……彼女は終わったのだと、そう思われるのは当然のことだった。

 

 だが、彼女は再び立ち上がった。

 

 4月のレースで2着に敗れ4シーズン目を終えたスプリンターサクレであったが、次の5シーズン目初戦……7ヶ月ぶりとなる11月のGⅡのレースにて14バ身差で圧勝し、1ヶ月後のGⅡも勝利。復活の狼煙を上げた。

 そして再び迎えたクイーンマザーチャンピオンチェイス。自身が3年前に19バ身差で勝利をあげたこの2マイルチェイス路線大一番のレースにて、彼女は奇跡の復活を果たす。それは決して3年前のような圧勝ではなかった……飛越のミスで転倒しそうになりながらも、泥臭く懸命に走って2度目の栄冠を3バ身半差で掴んだのだ。見果てぬ夢を叶えた瞬間であった。

 1ヶ月後、サンダウンでのセレブレーションチェイス(GⅠ)で15バ身差の圧勝。彼女は全盛期の輝きを完全に取り戻したのであった。

 

 その後、トレーニング中の腱の負傷により彼女は休養に入った。休養に入る前までの成績は24戦18勝、GⅠ勝利は9を数えた。

 そして今、彼女は休養を利用してこのトレーナーとともに日本へやって来ていたのだった。トレセン学園の制服を着ているように留学という形ではあるが、障害ウマ娘たちへの指導と、中央のレースに対する助言をURAから依頼されてこなしているのが実情だった。

 

 

「レオをここに連れてきたとき、ほんまに嫌そうやったら止めようとは思ってたで。でも昨日の特訓の時、あの娘楽しそうやったからな。これはイケると思ったわけや」

「……はあ」

「なんやねんため息ついて」

「いえ……トレーナーさんが行き当たりばったりなのは出会ったころから変わらないと、そう思っただけです」

「何を今更……俺はトレーナーライセンス取ってすぐ海外に行くようなアホやで? でも、そうせんかったらサクとも出会えんかったからな。行き当たりばったりも捨てたもんじゃないやろ?」

「……それは……確かに、そうかもしれませんけど」

「お? えらい素直やな。俺と出会ったとき『私の目の前から消え失せてください。あと話しかけないでください。不愉快です』って言ってた奴とは思えんな」

「も、もう! からかわないでください!」

 

 サクは気を取り直すようにこほんと咳ばらいをひとつして、再びレースをしている2人へと目を向けた。

 

「トレーナーさんの目には、今日のレオさんはどう映ってますか」

「順調やろ。中盤までに相手との差が開くのは想定通り。だって相手はマイル主戦やからな、そりゃペースも速くなる。対してレオ自身は離されてるけど飛越もミスなくレースを進めてる。秘策もちゃんと実行してるしな」

「秘策……と呼んでいいのですか、あれは」

「なんや、ズルとでも言いたいんか」

 

 サクはそれに肯定の沈黙で返した。

 

「ええやろ別にあれぐらい。それを言うたらレオだけ障害コースで練習してる時点でズルやからな」

 

 トレーナーは開き直ったようにそう言った。

 

「でも結局、勝つためにはレオが今から頑張るしかないんやから。さあ、俺にキミの走りを見せてくれ」

 

 トレーナーの目線の先には、レオ……マイネルレオーネが2周目の第2コーナーから外回りへ向かっているところであった。

 

 ◇

 

「Hey! 2周目はこっちよーっ☆」

 

(デジーさん!?)

 

 1周目を走り終え2周目の第2コーナーに差しかかったところで、先程通った内回りのコースへ入っていくところにマイクを持って踊っているデジーがいました。わざわざそんなところにいるのですから、彼女こそハゲ男が用意したコースの誘導員なのでしょう。ただ、なぜダンスを踊る必要あるのか気になりますが。と言うかそのダンス、めちゃくちゃキレッキレですね……こんなキレのあるダンスは中央でも滅多にお目にかかれないぐらいです。バ術競技のウマ娘みたいです。エナがダンスがすごいと言っていたのも頷けます。

 

 踊る彼女へ目線だけやりながらその前を通り過ぎたときでした。彼女はこちらを見て、マイクに当てた口を開きました。

 ちなみにマイクはどこにもつながっておらず、スピーカーも辺りにありません。つまりエアマイクです。

 

「レオ! 障害レースで一番大事なのは根性と闘争心よ☆ 寄れてもいいから頑張るのよっ! Keep it up!」

 

 彼女のエールが走り去っていく私の背中に届きました。気持ちを昂らせてくれる言葉が耳に残っています。

 

(根性と闘争心……か! いいねっ!)

 

 その2つの単語を心の中で反芻しながら、外回りコースへ入っていきます。外回りへ入ったら残り1200m、ハードル障害が3つです。

 私とワル子との差は7バ身ほど。

 

「はあっ……はっ、はあっ……っ……!」

 

 前を行くワル子の息遣いが風に乗って聞こえてきます。レース開始後とは違い、その息遣いは乱れていることが分かります。

 彼女のスタミナがどれだけ残っているかは分かりませんが、それが少なくなっていることだけは確かです! その証拠に、彼女の脚は鈍ってきてます! 

 

(──チャンス、だよね……!)

 

 つまり、これまでやってきたことをぶつける瞬間がやって来たのです! ええ、大袈裟ではありません! 

 トレセン学園での生活も、

 1年以上続けてきたジャンプの練習も、

 昨日の特訓も、

 ワル子の後ろについたのも、

 障害を飛越するたびに横位置を修正して飛ぶ位置を変えていた……その秘策も、

 

 全てをワル子に勝つための糧にしてやりましょう! 

 

(ここから、だ──!)

 

 1つ目のハードルを飛越したのちに加速します。前のめりになり、脚の回転をマックスまで上げていきます。

 

『おーっと! ここで2番が進出を始めました! じわじわと1番との差が縮まっていきますっ!』

 

 ワル子の背中が徐々に大きく見えてきます。今の脚色は間違いなく私のほうが良いです! 

 徐々に私が差を詰めるなか、ワル子が第3コーナーにあるハードル障害に内ラチ沿いに向かっていきました。彼女は踏み切ってハードルを越えようと飛越しましたが──

 

「きゃっ! ……くっ!」

 

 ワル子らしくない、女の子らしい可愛い声が聞こえてきました。今の声、本当にワル子の声ですか……? ぶりっ子こいてんじゃねえですよ。

 ワル子は飛越でミスを……足を引っかけてしまい、空中でバランスを崩しました。その体勢のままハードルの向こうにワル子の姿が消えていきます。それを追うように私も第3コーナーのハードルを飛越していきます。

 

『1番、飛越にミスがありましたっ! 2番は問題なくクリア!』

 

 飛越した先にはスピードを著しく落としたワル子がいました。スタミナが少なくなっている状態に加えて、飛越のミスで着地後に体勢を整えたためでしょう。

 第4コーナーへ入っていく私とワル子の差は4バ身ほどまで近づいていました。絶対に捉えてみせます! 

 

『勝負は第4コーナーから最後の直線へ! ぐんぐん2番が追い上げていきます! ここまでスタミナを温存していたのでしょうか!?』

『……くっくっくっ、スタミナを温存ねえ……』

『アップちゃん、意味深に笑うのやめてもらっていいかな!?』

『いや、すまないマーベリック先輩……面白いものが見られるかもしれないって私が言ったのを覚えているか?』

『あー、そんなこと言ってたね。あれ、どういう意味だったの?』

『追い上げてるあの2番のウマ娘、障害ごとに横位置を変えてるんだよ。1番はずっと最内側を飛んでるのに対して、2番は真ん中を飛んだり、少し外側を飛んだりってな』

『……それがどうかしたの?』

『おいおい、先輩もこのコースでこの障害を使ってトレーニングしてるんだから分かるだろう? 各障害によってどこが飛びやすいかぐらいな』

『──あっ!』

『そういうことだ。レース場の障害と違ってここの障害はトレーニングで毎日使われているから、手入れが追いついていないんだ。だから多くのウマ娘が飛越して何度もかき分けられることによって、必然的に高さが低くなって生垣の密度も小さくなる箇所がある』

『そう言えばそうだね! みんなが通ったところは凹んだみたいになって飛越しやすいもんね。疲れてるときとか、ついそこ通っちゃうもんね』

『その飛越しやすいところをあの2番は最初から飛んでたんだよ。横位置を細かく修正してな。あの様子だと、全ての障害で飛びやすい位置が頭に入ってるな。障害ウマ娘ならみんな知ってはいるだろうが……誰が教えたんだろうな……まあいい。しかも、1番に知られないように後ろでレースを進めてたんだろう。その結果、2番は飛越による消耗が1番より少ない状態だ。だから今、追い上げるほどのスタミナが残っているんだろう』

『面白いものが見れるって、そのことだったの?』

『ああ。2番がスタミナ消費を抑えてレース後半で追い上げようとしているのは分かってたからな。さあ、それが実現するかどうか、見ものじゃないか。1番が粘り切るか、2番が捉えるか……さあ、最後の直線だ!』

『ちょっとアップちゃん! 私の仕事(実況)まで盗らないでよ! ……1番が先頭! 2番との差は3バ身で最後の直線に入ってきましたっ!』

 

 最後の直線に入ってきたので解説と実況の声がより鮮明に聞こえてきました。なんか私の作戦を壮大にネタバレしてくれたようでした。

 

 ハゲ男に授けられた秘策とはまさに解説の言った通りで、障害ウマ娘が何度も通って飛びやすくなったところを教えられ、それを頭に叩き込んでいたのです。あとはワル子にそれを悟られないよう必ず彼女より後方でレースを進める、といったところでした。

 秘策と呼べるかどうかは怪しいですが、今の状況を鑑みるに秘策は大成功のようです。ならば、やることはひとつだけです。

 

 

 ──あとは、ワル子を捉えるだけ! 

 

 

 第4コーナーを抜けた先にある最後のハードル障害を目にしながらワル子の背を追っていきます。

 2バ身半差まで詰め寄った先にあるワル子が先にハードルの飛越に入ります。その起きてしまった上体と肩で息をしている様子からして、彼女はもういっぱいいっぱいだということが分かります。

 

『1番、踏み切ってジャンプ──おおっと、これも足を引っかけてバランスを崩しました!』

 

 体を傾かせてハードルの向こうへ沈んでいくワル子を見ながら、ステップを踏み私もハードルの飛越に入ります。

 

(これを超えれば──!)

 

 

 勝てる! 

 

 

 ──そう思った瞬間でした。

 

「──え」

 

 ハードルを踏み切った足に上手く力が入らず、ハードルに脚が引っかかってしまいました。

 

 傾く視界。

 前のめりになる躯幹。

 足に擦れる障害の木枝。

 ハードルの先に見えるターフ。

 着地、を──

 

「う、わ──」

 

 バランスを崩した私の目の前に、ターフが迫っていた──

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