悲劇のヒロイン妄想症候群 作:けゆの民
(あっふーん、この二人って幼馴染みなのね。はやくくっついてくれないかな)
莉愛が流し込んでくる日本語と筆談を交えた説明を聞き流しながら、そんなことを考える。
「おい莉愛、そんな一気に話してもロクさんが困ってるだろ」
(元はといえばお前が話しかけてきたせいだぞ。
はよくっつけ幼馴染みカップル共が)
ロクには素直に感謝するということを少しは覚えて欲しい。
そして目の前で話している同士の詳しい間柄すら知らずにカップリングするのは如何なものなのか。
「おっとと、ごめんね! でもこれから意志疎通出来ないのは困るよね……」
(なんで日本語が通じないって思ってるのにこの人達は日本語で話しかけてくれるんだろう。いや通じてるんだけども。まあ話さなくて済むなら任せておこっかな)
お前が日本語を噛まずに話せれば全て解決するんだよ。
どうして初対面の相手に自分のコミュニケーション能力の低さの補助をさせようとしてるんだ。しかも一切悪気も申し訳なさもなく。
普段ならこれだけ話しかけられていれば逃げ出すロクも、流石に転校初日ということもあり温情として存在してやろうと席に座っていた。
うんうんと相槌をうっている(と本人には思っている)と、そうだ! と思いついたように莉愛が机を叩く。
(……机が可哀想)
こんな人のために手を尽くしていると思うと、莉愛こそ可哀想である。
突然ジェスチャーで大きな丸を描くと、どや顔で「○」と書かれた紙を渡してくる。
「いい! って思ったらこの○を掲げるの、どう?」
(なるほど、確かにそれは便利だ)
かくして、二人の思惑は予想外の形で合流を果たす。
「ダメ! って思ったらこっちの×で……」
(さっきのこいつの行動は×だな)
「助けて! って思ったらこのHelpマーク! どう?」
(確かに『助けて』プラカードを掲げるよりはやりやすいね)
そんなやり取りを重ねて、何種類かの意思表現方法を手に入れたロクはといえば。
(優しい人しかいないのか、ここは……!)
数分前の暴言を棚にぶち上げて、とても気分を良くしていた。
今の気分を示すように「◎」の紙を掲げながら、本心からの笑みを浮かべていた。
──モロフルさんが笑ったぞ!
クラスが全体ざわめく。
やっぱり言葉が通じない未知の場所にやってきて怯えていたんだ!
思えばさっきまでの微笑みはどこかぎこちなかった気がするし、やっぱり無理してんだ!
一瞬にして
提案を出した莉愛にクラス全体からの尊敬の念が集まる。
いやー、それほどでもあるんだけどね! とふざけながらも照れる莉愛。
クラス全体が転校生という異物を自分達の仲間だと受け入れ、和気あいあいとした柔らかなムードになっていく。
「ありがと、ございます」
──クラスのムードはフィーバーナイトもかくやというほどに盛り上がった。大盛況である。
赤子がようやく立ち上がり二足歩行を始めたかのような感動が皆を襲い、スタンディングオベーションすらも発生する。
馬鹿しかいないのか、この学校は。
(うわぁ無理無理無理! 人間は10文字以上話せるように動物として設計されてないんだって!)
「なんでそんなにちゅうもくしてるの??いやまずなんでそんなにもりあがってるの?バカなのかな?ああもうこれいこうずっとちんもくのはるモードでいようかな」
そして学校随一の馬鹿は日本語を発話したことにより赤面した。
同時に日本語という枠に収めることが日本語への侮辱にすらなりそうな発声をした。
意味がわからない。カクレクマノミでも意志疎通くらいでは隠れたりしない。
魚類以下の哺乳類がここに爆誕した。
「よしその調子だよロクちゃん! いずれは学校一のアイドルになろうね……!」
類は友を呼んだ。
出会ってまだ数分の人間の将来の夢を無断で決めるタイプの人類がこのクラスの女子人気ランキング1位である。
恐らくこのクラスの男子共の好みは既に木っ端微塵にされているに違いない。
うーん、今からプロデュース方法とか考えたほうがいいかな? などと世迷い言をほざきだした夢小説世界の住人は、気付けばプロデューサーになっていた。
「『転校聖女』とかどう?」
救いようのないバカはもう一人いた。いやあれの幼馴染みなら仕方ないのかもしれない。
成明はこれ以上の名案はないだろう! と自信以外の概念を辞書から投げ捨てたような表情をする。
そんな幼馴染みの様子を見て、莉愛は鼻で笑う。
「笑止」
お前のプロデューサー計画のほうが笑止千万である。
「──笑止」
脳内でロクを世界一のアイドルに仕上げたところまで妄想が加速した莉愛は、たっぷりと時間をあけてから幼馴染みを嘲笑する。
「は!? じゃあお前は何がいいと思うんだよ!」
同じことを二度も言って煽ってくる相手に対しての行動としては正解かもしれないが、そもそもの状況を考えればそれ以前の問題である。
「え? 言われるまでもないでしょ、そんな名前。ロクちゃんに似合うのは『ゴールド天使』に決まってるでしょ! 」
は?
クラス全員の意見が一致した。それだけはないだろ、それだけは。
総論どころか各論まで一致するという世界的偉業を成し遂げた共通敵こと莉愛は大バッシングを受ける。
「ゴールドはわかるけどモロフルさんはそんな卑しい存在じゃないだろ!」
「ネーミングセンスが大犯罪」
「これだから夢小説主義者は……」
罵詈雑言の嵐である。
いやちょっと待て。なんで他の人までアイドルマスター・リアルシンデレラガールズを始めてるんだ。
転校聖女だ! ゴールド天使だ! と幼馴染み同士が因縁のライバルかのように睨み合う。
一触即発の空気が流れ、当の本人は意志疎通手段を手に入れたことでこの惨状を気にも止めていない。
ほら見ろよ、お前の好きは修羅場だぞ。
「今日という今日こそ、決着をつけなきゃいけないようだな……」
「ふんっ、それはこっちのセリフよ。『転校聖女』なんてふざけた名前は天が許しても、私が絶対に許さない!」
許すも許さないも本人は知れば、絶対に嫌がると思うのだが。
最早当事者であるロクのことは二人の意識から消え、お互いのことしか視界に入らない。
「おおっ! これが夢にまで見た元1年3組名物『幼馴染み戦争』」
うん?
「なるほど、2組だったお前は生で見るのはこれで初めてか……今回で丁度『第百五十次幼馴染み戦争』となる。記念の戦争内容としてモロフルさんは相応しいだろう」
は??
──二人の視線が交わる。
クラス全体を取り巻く好戦ムードも後押しとなり、二人の闘争ゲージは着々と充填されていく。
相手の喉を如何にして穿つか。
前頭葉に狙いを定め、如何にして相手の思考を一撃で刈り取るか。
学年どころか全国でも上位を誇る脳を最大限駆使して、致命の一撃理論を組み立てていく。
「この出方は……もしかして、あの第七十八次や第三十五次で見られた『攻攻振り出し突破型』の構えでは」
「第七十八次といえば『昼食に購買パンを食べる男子はどう思うか論争』の……!」
「あの時は『彼女が弁当を作る余地が出来るからいい!』と主張した冬瀬さんに勝利の女神が微笑んだが、この戦法は周りの協力あってのものだ! 今の周囲に敵しかいない冬瀬さんには勝ち目がない」
「味方の貯蔵は充分か? そんな量で勝とうなんて片腹痛いわ!」
「前回と同じ手で勝とうとしてるって思われてるって? んなわけないでしょう!」
──戦争の引き金が引かれる。
(あぁ~、このクラスいい人しかいなくていいなぁ。 コミュ能力絶望な私に対してここまでしてくれるなんて! あとはこの中で大量カップル成立してれば言うことはないんだけど……)
どうやら目の前で起こってる大惨事はロクのお眼鏡にはかからなかったらしい。『第百五十次幼馴染み戦争』とやらは意識の隅にすら置かれず、ひたすら自分だけの世界にトリップしているロク。
(うんそうだ! なら私が恋のキューピッドになればいいじゃん! 十八禁ゲームとかでよくみる好感度教えてくれる友人ポジションになろう! )
クラス全員が盛り上がっているところ誠に申し訳ないのだが、目の前の人物は天使でも聖女でもない俗物である。
(──目指せ! 学校十八禁ゲーム化!)
……俗物である。