悲劇のヒロイン妄想症候群 作:けゆの民
(終焉だ終焉。誰が転校聖女だこのボケカスが……)
まるで世界全てに絶望した魔王のような思考をしているのは、現在話題沸騰中2年1組SNSトレンド世界1位のロク・モロフルである。
目についたもの全てが憎く思えてくるほどの殺意を溢し、必死の抵抗とばかりについさっき貰った×の紙を掲げる。
が、そんなものは全くの逆効果にしかならない。
「モロフルさん、恥ずかしそうにしてるけどその表情も可愛い!」
「ちょっと~、男子! ロクちゃんを凝視しないの!」
殺意を潤沢に込めた視線はむしろ人気を高める要因としかならず、一挙手一投足存在全てが評価されるある意味の理想郷となっている。
存在するだけで誉められ、歓声を上げられ、好かれるという人によって喉から手足が六本程飛び出る環境に置かれたロクは、机の上で握りこぶしをこれでもかと握りしめていた。
皮膚の色が変わるほどに、下手すれば血が出るほどの力で握られたこぶしがその感情の起伏を示していた。
「わぁ~、ロクちゃんが頑張るぞ!ってポーズをしてる! かわいい~! 」
クラスの中でゆるふわ選手権を開催すれば1位を独占しそうな声色の女子がそんなことを言う。
(は?今お前なんつった? お前の死体遺棄を頑張っちゃうぞ~ってか? 法がなかったら今頃土に還してたぞ? )
クラスの中で物騒選手権を開催すれば1位をかっさらいそうな情緒の女子がいた。
そんなわけでロクは激怒していた。必ず、かの邪智暴虐の夢小説女子を除かなければならぬと決意した。ロクには陽キャがわからぬ。ロクは家の警備員である。笛を読み、電子の海で遊んで暮らして来た。けれども自分に向けられた言葉に対しては、人一倍に敏感であった。
(斯くなる上は、この学校の悪評をSNSを使って全国に撒き散らしてやろうか)
この女、やることが絶妙に
「あ、そうだロクちゃん!これいる?お近づきのしるしに!」
あ?と内心でキレ散らかしながら声をかけられたほうを見る。
そこにはマドレーヌを持った莉愛がいた。
(わぁマドレーヌだぁ!)
1秒足らずで人類殺戮系魔王から頭ゆるふわ系ヒロインに鞍替えしたロクは、感謝のプラカードを全力で振り回しながらありがたくマドレーヌを頂く。
天にいる神々に感謝を捧げ、人類文明に慈愛を感じながらその
(わたしっ! せいちょうしました……! おとうさん、おかあさん、ありがとう……!)
既に遠い国に行ってしまった両親へ全力で感謝を注ぐ。
ロクの中で莉愛への好感度がインフレーションを起こした瞬間である。
そんなロクの満面の笑みを見て、オーディエンス共が無反応を貫けるわけなく犠牲者が多発していた。
「と、尊い……」「お姉さま……!」「ここが、天国……?」
「俺はっ、どうして男なんかに生まれてしまったんだ!」「百合ノ間二入ル奴、殺ス」「守りたいこの笑顔」
もしかするとこのクラスに分類される条件は常識の欠如なのかもしれない。
あまりのうるささに2組から様子を見にきた英語科教師の小林はドン引きしていた。うわぁ、このクラスを午後教えなきゃいけないの……? となんなら半分涙目にすらなっていた。
頑張れ小林、午後にはこのテンションが収まってると信じるんだ!
まあマドレーヌ貰ったし1-2交換ということで許してやるか、とリスのように膨れた両頬を見せながら、寛大な心を下々の民に見せつける。
何気にマドレーヌ2つ貰ってんじゃねぇよ。
小動物みたいでかわいい、神聖さの裏に見え隠れする幼さがまたいい……! などの意見がクラスの中から頻出しているという事実は言及するまでもなくある。
何なら余りの“光”に精神が消耗したのか、机に突っ伏してぴくりとも動かない人も少なからずいる。
光景だけ見ると苦悶の呻き声が上がり、倒れ付した人が転がっているというある種の大量殺人現場のようになってしまった2年1組だが、単にロクがマドレーヌを食べただけである。
何をしてんの? こいつらは。
「はふふひはわへはひほひかひはひんははぁ」
マドレーヌによる幸福ドーピングか、正常な日本語を発話しているが如何せんマドレーヌを頬張っているせいでそもそも濁っている。
平常時であれば『あれ? 日本語では?』と気づける面子もロクの“光”にやられて死体となっているため、気づけることはなかった。
そしてマドレーヌを食べ終わって、ロクはようやく回りを見渡し気づく。
「あれ……? なんでみんな、倒れてるの……?」
本当になんでだろうね。
意図せず人類抹殺を達成してしまった魔王系ゆるふわ聖女は、もしかしたら自分はヤバいクラスに入ってしまったのではないか、と恐れおののく。
気づくのが遅い上に、多分ぶっちぎりでヤバいのはお前だぞ。
(ん~そうだ!今ならマドレーヌぶん盗れるんじゃね?)
倫理観崩系魔王聖女は盗賊にジョブチェンジしようとしていた。
残念ながら人のマドレーヌをぶん盗るという行為は、この世界において紛れもない犯罪である。
カスの倫理観を持ち合わせたロクが莉愛の鞄を漁ろうとして、そもそも鞄を見つけられないという失態を犯す。
普通に考えれば机の横にあるはず、と莉愛の机の周囲をうろうろしているが残念ながらこの学校は個人専用ロッカーがあるのだ。
常日頃から餌付け食べ物を配ることのある莉愛は、日持ちするタイプのお菓子はロッカーに溜め込むことが多い。
しかし当然のことながらロッカーは冷蔵庫ではないので、常温保存で2,3日しか持たないマドレーヌはロッカーの中に溜め込んではいない。
つまり、現在の莉愛はこれ以上マドレーヌの貯蔵はないのだ。
そもそもの話をすれば、学校にそんなに大量にお菓子を持ってくることはない。2個あっただけ幸福だと思えよ。
ないなぁ、私のマドレーヌ……などと厚かましいの語例として辞書に上げられてもおかしくないことを考えながら、莉愛の机の周りを永遠にぐるぐるしているロク。
ついでに愚か者の具体例としても最上なのかもしれない。
「……? あれ、ロク……さん?」
知ってる天井だ、などと呟きながら起き上がったのは地味に文武両道な佐藤成明である。
教室の皆が尽く死滅しているのを見て、大体の状況を把握する。
「莉愛の周りをうろうろしてどうした? あぁ、もしかして心配してくれてたのか? うちの莉愛を」
(うちの莉愛! いただきました!! やっぱりこの2人、付き合ってるだろ~~!)
今回の恋愛アンテナはあながち間違っていないように思えるが、当人達の事情としてはそんなことはない。
幼稚園の頃から家族ぐるみの付き合いをしてきた成明と莉愛は、年の差がない兄妹のようにお互いを思っているのである。
なんならお互いがお互いの家に朝ごはんや夕飯を作りに行ったりすることもある。
あれ? それは付き合ってるんじゃないか?
そんな事情を全く知らないロクは、キタキタキタキタと勝手に興奮してカップリング反応を完成させていた。
(家に帰ったらお互いが他所には絶対に言えない色々をしてるに違いない! ここに私の望んだ
今後はこの二人の関係を中心に見ていこう! と強く決意する。
(ゆくゆくは観葉植物枠として、二人の生活を眺める立ち位置になってやる!)
人生を観葉植物になることに捧げようとしている愚か者に相対している成明はといえば、転校聖女がこのクラスに馴染めそうでよかった、などと考えていた。
お前、滅茶苦茶監視されようとしてるぞ……?
まずはこの二人のSNSアカウントを見つけて、とドス黒い思考をしながら気分上々となっているロク。
そんな様子を見て、成明はふと考える。
莉愛にマドレーヌいる? と言われて頷いていた。
自分が名前を呼んだ時は止まってくれた。
つまり──
「ロクさん、もしかしてマドレーヌ好き?」
キーンコーンカーンコーンと、鐘が寂しげに鳴り響く。
それは1時間目が終わる合図であり、同時に倒れ付していた人間達が起き上がる合図でもあった。
──ロクはこくり、と頷き
救えない人間は、いる。