悲劇のヒロイン妄想症候群   作:けゆの民

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5□転校生は馬鹿じゃない

 

 

 休み時間の10分の間に、ロクが日本語を聞き取れるということが発覚した。いや、してしまったとも言うべきか。

 むしろどうして話せることが露呈しなかったのか。これが謎である。

 

「ねぇロクちゃんって朝ごはん何派? パン? ご飯? やっぱり海外の人ってパンなのかな!」

「ロクさんって週刊恋愛雑誌メリケンサックに乗ってたことない? めっちゃ似てる子がいてね」

「モロフルさんモロフルさん、後でタピオカクレープ回転寿司行かない? 最近出来て美味しいって聞いたことなくてさ!」

「ロクちゃん! 数理科学研究科に興味ない? 今度妹が連れてってくれるっていうから……」

 

 

よ、ようやく解放された……

 

 

 恐るべき狂人達に囲まれ、常人でも正気を失いそうな会話の渦に叩き込まれていたロクは精神も肉体も共に尋常でない疲弊をしていた。

 2時間目の始まりを告げるチャイムのお蔭で、初対面の最初の会話デッキにしては荒唐無稽極まったものに対して○×だけで捌いていく新種のアキネイターの役割から、ようやっと解放され息をつく。

 

 これだけでも物憂げにするロクちゃん可愛い! となるのだからもう終わりである。

 完全に高校という概念への希望を成明莉愛カップル以外に失ったロクは、ハイライトの抜けた瞳でプリントを配る数学教師を見る。

 

「というわけで、予告通りテストをします」

 

(ん? 聞いてない聞いてない。え?)

 

 どうやら現在進行形で配られているプリントはテストらしいと認識する。

 頭上に疑問符を並べていると、成明が小声で横から補足してくれる。

 

「春休みに実力落ちてないか、ってテストするって言ってたからそれだよ」

 

(それだよも何も聞いてないんだって、それ。私だけ免除になったりしない? 転校聖女だし)

 

 都合の良い時だけ転校聖女を押し出そうとする女がここにいた。

 クラスメイト全員の血の池に沈めた満面の作り笑みを教師に向け、とても困ってることをアピールする。

 

「そういえば転校生が増えたんですね。まあ関係なく取りあえず受けるだけ受けて見てください」

 

(生徒と違ってデリ欠理系教師は無理か……)

 

 ここまでの事象の捻れ具合なら上手いこと世界が動いてくれるんじゃないかと期待を込めたものの、その願いは虚しくも空に消えていく。

 観念して筆箱からシャーペンと消しゴムを取り出し、ポイと鞄の中に余分な物をしまっていく。

 

「転校生だから出来なくても怒られたりはしないぞ? それにロクさんなら行けるって」

 

 何も知らない癖に成明(こいつ)、偉そうだなとロクは思った。

 しかし眼前に転がってきたテストから逃げられないことは確定事項として横たわっている以上、やらないわけにはいかない。

 

 

(──仕方ない、やるか)

 

 

 その瞬間、ロクの纏う雰囲気が一気に変化する。

 今まで纏っていた儚げで触れば崩れてしまいそうな聖女らしさが忽ちに霧散する。

 席に座り、テストと相対しているのは凛々しさと絶対性を兼ね備える戦鬼の如き存在。

 

(あれ……? ロクさんの雰囲気が、ガラッと変わった?)

 

 隣に座っていた成明はその変化に反応し……いや、反応させられる。

 周囲の温度が氷点下にまで下がったようにすら思える異常な悪寒が全身を走る。

 

「ロク、さん……?」

 

 その言葉が、自分達の新しい仲間となった転校聖女(ロク・モロフル)を自然と恐れて発されたものだと気づくのに、成明は数秒の時を要した。

 

 成明以外の面子も徐々にその違和感に気付き、その異様さに引き込まれすらする。

 進級に伴うクラス変更直後のテストにも関わらず漂う異常なまでの緊張感に数学教師は首を傾げる。

 が、そういうクラスもあるだろうと自身を納得させた。

 理系の教師というのは得てしてヒトのココロを解さないものである。

 

「予告通り制限時間は45分。終わらない前提解けない前提で入れたのもあるから解ける問題から解くように」

 

 死の気配すら漂う教室。

 異常という言葉では表しきれない“ナニカ”が教室を包み込む。

 

 

 

「────始め!」

 

 

 

 その雰囲気にクラス全体が呑まれたまま試験が始まった。

 教室全体に紙を裏返す音が一斉に響く。

 

 

 ロクは裏返した瞬間、その瞳で各大問の性質と大体の所要時間を見定める。

 

(1は小問。答えのみだから他の問題を解きながら答えだけ暗算で出しておこう。それで2は……)

 

 時間に直せば僅か数秒。

 その数秒で今後45分のタイムスケジュールを立て、最高得点に近づけるように脳内で思考を重ねていく。

 編入試験にて全科目余裕の満点を成し遂げたロクの得意分野が存分に発揮されていく。

 脳内で夥しい分量の計算式が飛び交い、答案を書く段階ともなれば同時に次の問題文を読むという絶技によって極限まで時間を節約していく。

 

 視界から目の前の問題以外が消え、自身の存在すら薄れる程に集中を重ねていく。

 その様子はまるで、スポーツにおいて自分の感覚だけが研ぎ澄まされ活動に没頭できる特殊な意識状態──則ち、ゾーンと呼ばれる物を試験において意図的に発生させているかのようだった。

 

 余人がその脳内を見れば、あり得ないと一言目に否定するような精密過ぎる理論構築によりそのスケジュールは運行されていく。

 現に、試験が始まってから一度も止まらずに動き続けている腕がその予定の完成度を示す材料となっている。

 

 

 

 ────結論。

 

 

 

 開始30分時点で彼女は全ての問題を解き終え、疲れを解すかのように空中を見上げていた。

 

 

(満点だったらマドレーヌ貰えたりしないかな。ああいや、満点のご褒美扱いで莉愛に貰えばいいんじゃないか?)

 

 

 自身の満点を全く疑わずに、余裕の表情で自身の好物について考える。

 それはそうと、マドレーヌくらい自分で買え。

 

 

 

 

 

 

「──はい終了! お疲れさまでした。結果は今日の帰りには出せるので6限終了後、教室に残っててください」

 

 

 

 生徒達が口々に「疲れた……」「二重の意味で終わった」「解けるわけないって……」と文句を言いながらも、その視線は一方向に自然と向かっていた。

 当然試験開始直前から異常な雰囲気を醸し出し始めた転校聖女の方である。

 

(あれ? どうしたんだろ、今回は本当に何もしてないはずなのに視線が集まってる……)

 

 当人の意識としてはただ少し集中しただけなのに、ここまで異様な視線が集まっている理由が出来なく困惑していた。

 テスト後にまだ誰かに話しかけられた記憶もなく、変に動いた記憶すらないので困惑に少しの恐怖が混じり始めていた。

 

 ──異様な物を見る視線。

 異物を排除し、知らない物を自分達のコミュニティから排斥しようとする思考。

 理解範疇外のモノを外に押しやろうとする純粋なる悪意。

 それを、ロクは知っていた。

 

(あれ!??皆私に惚れちゃった!?)

 

 そう、一目惚れである。

 自分の心の中だけは抑えきれなくなった情欲、情愛をもてあましその対象へと自然に向かってしまう視線。

 自分が自分でなくなってしまうと考えてしまうほどの、強烈にして苛烈なまでの感情の昂りを排除しようと、つい視線が動き──果てにはちょっとしたからかいを向けることにすらなりうる、恋愛感情というもの。

 

つまり、ロクはクラス全員に惚れられたと考えた。

 

(えへへ、確かに私が可愛いのはわかるけどそれは困っちゃうなぁ~~! この国で重婚は認められてないからなぁ~! それに、私は恋愛するより恋愛してるのを見たいし、まだそういうのは私にははやいっていうか~)

 

 数分前までこのクラス一回転していた脳は、明後日の方向に超豪速球で向かい始めた。

 

 ロクが明明後日の方向へ新幹線を使って向かっている最中、成明は確かに恐怖を感じていた。

 それは、ロクの発した驚異的な集中力に──ではなく。

 その集中力の根源にあるロクという存在そのものに、恐怖を抱いていた。

 

 そして同時に、彼には恐怖以外の感情も芽生えていた。

 出会って初日にして見せられたそのギャップとも呼ぶべき差異に、感情を向ける。

 それは現段階では興味、或いは関心としか呼称できないものではあったが……確かに、あの瞬間。彼は彼女に魅せられていた。

 不思議な聖女様に魅せられていたのだ。

 

 

 他の面々が、きっとクラス変え後のテストでみんな緊張してただけか、と日常に戻っていくのに対し、彼だけが感じ続けた魅力。

 

 小さく、されど確実に心の中に生まれた感情の灯火を大事にしようと彼は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(このまま行けば逆ハーレム・シャングリラも夢じゃないかも……!?そしたら私専用ATMが山のように沢山……!)

 

 

 預けたこともないATMからお金を引きずり出そうとする無法者は、思考を相も変わらずトリップさせ続けている。

 お前もう船降りろよ。

 

 

 

 

 

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