悲劇のヒロイン妄想症候群 作:けゆの民
キーンコーンカーンコーン、と4時間目の終了を告げるチャイムが鳴る。
学生達が勉強という責め苦から解放され、束の間の休息を享受する昼休みが始まろうとしていた。
(話しかけられない分授業中のが楽だな。勉強はチョロいし)
予想斜め下の方向で享受を拒む輩もいた。
暇潰しにと全授業のノートを異なる言語で書くという遊びをしながら、賽の河原で石を積んでいる赤子のような顔で昼休みを迎える。
一方隣の成績優秀者といえば、日々の勉強を積み上げていくのも大事だからな!と一生懸命復習しやすいレイアウトを考えながらノートを取ることに、つい数秒前まで授業に集中していたため、疲労が貯まっていたのであった。
疲労困憊となっていた成明は、転校初日で慣れない授業はどうだっただろうと気遣うつもりで隣のロクへと視線を向ける。
すると、日照不足で陸に打ち上げられた魚の目をしているロクに気付き、1時間目に感じた印象と真逆だなぁと思わず笑ってしまう。
(うわ、なんか突然横の人類が爽やかイケメンスマイルをしてきたんだけど。何そのギャルゲーみたいなイベントスチル。それで何人の人類を落として来たんだよ)
イケメンスマイル、等と言っているがロク本人はといえば微塵もそんなことは思っていない。100%濃縮還元の揶揄精神しかその言葉には込められていないのだ。
(そういうのは君の愛しの幼馴染みにやってくれないかなぁ。この浮気者)
ちなみに現在愛しがられてるのは、どちらかといえばお前のほうである。
「えっと、ロクさん……?授業、大丈夫だった?」
授業終わった瞬間に話しかけてくるお前の行動が×だ。
そんな拒絶の意思を込めて×の紙を見せる。
しかし成明からすれば、慣れない環境に放り込まれ、前の学校との進度の差異によって困っているが故の「×」にしか思えなかったのである。
同様の理由で、少しばかり下がった眉は拒絶ではなく、困惑である解釈するのであった。妥当である。
うーん、と成明がとあることを考えている内に、ロクは自身の昼ごはん──10秒チャージとカロリーメイトを取り出す。
ロクからすれば当然の、そしていつもの昼ごはん定番セットである。
おにぎり一つを食べるよりもよっぽど時間がかからず、更にはながら作業も用意である10秒チャージに、一々面倒なことを考えるまでもなく栄養素をバランス良く含んでいる長期保存食であるカロリーメイト。
便利以外の言葉で表現出来ない完璧な昼ごはん設計だと、ロクは自負していた。
数秒の激烈な葛藤の末、ロクに勉強の手助けはいる?と尋ねようとして視線を上げた成明は絶句する。
まるで飲み物とメインディッシュ!とでも主張するかのように机の上に転がっているブツがある。カロリーメイトと10秒チャージである。
視線を落とし、自身のお弁当と比較する。
栄養バランスと同時に、パッと見た時の配色まできちんと考えられた自作弁当。
去年度一年の経験を経て、幼馴染みと協力しておかずとご飯のバランスを完璧に調整し、献立に悩まないように一定のローテーションを組み上げ、それぞれのケースにおいて適切な栄養価を電卓とネットを駆使することで導き出した渾身の作品である。
出来上がった時には思わず莉愛と共に喜び、献立を考えて悩む毎日から解放されるんだ!朝の眠気に敗北宣言を連打したい時間帯に頭を使わなくて済むようになるんだ!と涙を流したものだった。
そんな苦労物語を思い出して、少しばかり遠い目をする。
──そして、視線を上げる。
ロクはカロリーメイトを食べ終えて、次の時間の科目である化学の教科書を取り出そうとしていた。
ちなみに、もう一人の苦労人である莉愛は本人がベスト・ランチタイム・ポジションと主張する『第三視聴覚室』に向かっていたりする。どんだけ視聴覚するんだよ。
「このひと、さっきっからかおがにぎやかだなぁ」
成明はロクが10秒チャージを飲み干し、ごちそうさま……とは言っていないものの、何か食材に感謝を告げる類いの食事終了の合図をしていることに気づく。
別にそんなことは言ってない。完全に気のせいである。
「ちょっと待って!?本当にそれでお昼終わり!?」
純粋にロクを気遣っての言葉がロクへと向けられる。
(だからこんな貧相な体型なのかって言ってる!?え???喧嘩売ってんのかコイツ!!土葬案件か??)
勝手にキレないで欲しい。
そもそもの話として別にそんなことは言ってない。こちらもまた、完全に気のせいである。
あと土葬案件ってなんだよ。案件って付けるほどお前は犯罪を繰り返しているのか。
「え?そうだけれど、どうしたの?」
いつかこの転校聖女様の発言を理解出来るようになりたいんだよなぁ、と思いつつも心配している旨を伝える。
栄養バランス的に。
成明は改めてロクを見て、その細さに不安を覚える。
もしかして、朝や夜もこんな感じじゃないんだろうかと。
実の所は、それ以上に酷かったりする。
夜ご飯は大抵の場合、サプリメントで済ませている上に朝ごはんに至っては半分以上は食べずに過ごしている。
当人としては、食事とか面倒なだけだしな……などと考えているのだから質が悪い。
しかし、流石に朝ごはんや夜ごはんにまで干渉するのは一介のクラスメイトにしてはおかしい、と判断した成明はそんな不安を一時的に払って、ロクに言う。
「俺のお昼ご飯、あげるから……もうちょっと、食べてくれ……」
佐藤成明、彼女いない暦=年齢の悲しき童貞モンスターの限界である。
それはそれとして、会って初日の人にそれはなくない?
実際、出会って初日の人に『俺の弁当食う?』と言われたら常人は、良くてドン引き悪ければ即通報である。
(は??そういうのはお前の幼馴染みにやれよ……!!)
ロクの常識が狂っていたお蔭で、成明の社会的地位は守られた。
「はぁ、そういうのはリアにやってきなさいよ。これだからおんなごころをわかってないおろかものは……*1」
成明は×の紙を不満げに掲げながら、今までにないほど長い台詞──恐らく、丁寧な拒否の言葉を告げるロクを見て、自分が何をしてしまったのかを悟る。
(まあ?主人公がそういうのに鈍感ってのはよくあるパターンだからね!そういうのを応援してこそ友人ポジションってやつでしょ!)
こんなやらかしをしてしまった以上、嫌われて罵倒される可能性すらあると考えていたのだが、恐る恐るロクの表情を伺うと、そこにあったのは『やれやれしょうがないなぁ』という風な呆れの表情であった。
不幸中の幸いなのは、ロクから本気で嫌われたわけではなさそうなところである、と成明は考える。
「こいつ、はさすがにまずいか……さとうは、おさななじみかつ、しょうらいのけっこんあいてであるりあのところにもっていってあげないとだめでしょう!*2」
なんだこいつ、固有名詞しか発音出来ないのか?
都合良く滑舌と呂律が働き、佐藤と莉愛という名前だけが理解可能言語として下界に出力される。
その結果、成明の持つ高1の学年末で現代文学年2位の文脈推測力を以て欠けている言語ピースがすごい勢いで填まっていく。
「確かに、莉愛を放置するのはおかしいよな……一緒のほうが自然だ」
成明は、ロクのことを気にかけていた莉愛を放置して(ある意味抜け駆けでもある)この行動をするのは、確かにフェアじゃないと思った。
同時に、ロクとしても同性の莉愛がいたほうがいいだろう──というかむしろ、俺はいらないんじゃないか?とも考えた。
まだお前、弁当あげるつもりだったのかよ。
(そうっ!
にっこりと笑みを浮かべながら、
「教えてくれてありがとな。じゃっ、ロクさんも行こうぜ」
(えっ!??恋人同士のイチャイチャスキンシップをお礼代わりに私にも見せてくれるってことですか!??そんなん実質初夜を解説実況させてくれるようなものじゃん!??)
は?無から文脈を作るな。