悲劇のヒロイン妄想症候群 作:けゆの民
これは成明がロクを先導する形で、莉愛のいるであろう『第三視聴覚室』へと向かっている最中。
(莉愛は
この瞬間的に限り、男女平等を世界一真面目に実行しようとしている男がいた。
何度も言うが、出会って初日の男子にそんな親しくするわけないだろ。
人類は平等に作られたんじゃなかったのかよ……!と福澤諭吉に八つ当たりをしながらも、直接ロクにそれを言わない程度の理性は残っていた。
ちなみにロクが成明を佐藤呼びするのは、そちらのほうが短いからである。成明は四文字、佐藤は三文字。
コミュニケーション弱者にとっては、その一文字の違いが生と死を分ける境界線に化けてしまうのだ。
成明は泣いていい。
(──
逆境で覚醒する勇者のような言動をしながら、やっていることとしては、ロクに名前で呼ばれようとする純情男子高校生である。
成明にとってこの上なく不運なことに、彼はこの感情を未だに恋愛感情だと気付いていない。
それは彼自身の持つ軽度の
幼い頃からお泊まりを繰り返したり、同じバイトをしたり、年越しを過ごしたり、遊園地に行ったり、旅行に行ったり、勉強会を開いたりと。
……将来、成明の恋人になる人が可哀想なレベルで定番イベントを潰されている。
幼馴染みに性癖のみでなく、常識についても存分に狂わされた可哀想な人類である。
一方、ロクはと言えば。
(今から二人の愛の巣に連れてってくれる……ってこと!?)
相も変わらず脳内で違法薬物畑を運営してるかのごとく、ピンクであった。
お前、地味に成明から狙われてるんだからしっかりしろよ。
お互いが不毛なことを考えている状況下。
先に切り出したのは、ロクのほうであった。
「……さとうさん、りあさんと仲良く、ですよ?」
先程までとは違い、周りに人がいないということ。
そして同時にロクの本音であったこと。
最後に、これからのイチャラブ観賞を楽しみにしていたことが重なり、
「─────っ!」
その瞬間、成明は世界が止まったように思えた。
心臓がバクバクと音を鳴らし、それ以外の全てが凍結してしまったかのように思えた。
視界に入るのは、儚さと神聖さを兼ね備えた聖女のみ。
──その声に、その仕草に魅入ってしまった。
ね?と成明に微笑みかけるロクは、まさに地上に降臨した神の使いのようで。
(やっべ、やっばい、今俺が表情が崩れてない自信がない……!)
的確に、そして簡潔に表現するならば、まさに一目惚れである。
際限なく赤くなる顔を出来るだけロクへと向けないようにと、顔をそらす。
聖女様は、そんな対象じゃないだろ……!と自身に言い聞かせ、触れてみたいという欲を抑え込もうとする。
(ダメだろ、
この男、自分の恋愛感情に対しての感性が終わっている。
鈍感等という次元ではなく、恋愛を自分のものとして捉えていない──そんな節すら感じさせる思考。
対して、もう一方の鈍感はと言えば。
(やっばい!やばばい!今他人に見せられない表情をしてるって!絶対!)
誠に遺憾ながら、その見せられない表情で惚れた奴がいる。
(これから始まる視聴覚室での禁断の恋!初夜税ならぬ初夜実況権が私に来てる!!もうっ、これは天から愛されてるといっても過言じゃない!!世界はっ、私中心に全てが回ってる!!!!)
目の前の男が視線に入っていないどころか、天上天下唯我独尊になっていた。
私こそ世界の中心だ。地動説でも天動説でもなくロク以外動説が正しい歴史なんだと疑わない傲慢な聖女である。
聖女にしたくない人類ランキングをすごい勢いで駆け上がっているロクは、気分は上々世界は好調万事快調であった。
(この調子なら、私が用意しようと考えた『デート』も絶対上手く行くに違いないっ!)
は?ちょっと待て『デート』って何??
ついに未知の概念を虚空から取り出し始めたんだけど……
(3時間目と4時間目の間に
なんか知らんけど本日初対面のカップル(カップルではない)のために大枚をはたいていた。
それにしても、他人に決められた道筋をなぞるデートは如何なものなのかと思わないでもない。
両者、致命的な間違いを犯しながら『第三視聴覚室』と書かれた部屋の扉を開ける。
「莉愛ー!いるー?」
感情の奔流を隠すように、大声で叫ばれたその声が無駄に広い教室に響く。
「成明?何よもう。私は一人静かに、ってロクちゃん!?」
成明だけだったら締め出すついでに自販機でカフェオレでも買って来て貰おうか、と考えていた莉愛だったが、視界に入った
「ロクちゃんに何した!??なんか顔赤いんだけど!?」
成明は全面的に悪くない。100%戦犯は似非聖女のほうである。
「いや、何もしてないって!な?俺がそんな奴に見えるか??」
長年共に過ごしたが故の相互理解に期待して、成明は莉愛を説得しにかかる。
実際成明は、ロクに『莉愛を仲間外れにしないで』と言われたことに謎の罪悪感を抱いている。こっちが本物の聖人かもしれない。
故に正確に表現するならば、これ説得というより弁明や言い訳に近しいものであった。
「でもなんかロクちゃんを見る目が変だったもん。あれ、絶対惚れてるか発情してる目だし」
長年共に過ごしてきた経験から、莉愛は成明の違和感を感じ取った。
この勝負、完全に莉愛の勝利である。
「は!???惚れてないが!???はつっ、じょうなんてぇ?論外だから!!」
惚れてはいるだろ。
必死さが天元を突破し、ここが視聴覚室でなければ隣の部屋まで聞こえるほどの声音で言い合う二人。
当の本人が横にいることを忘れてるんじゃないか……?
「いーや、怪しかった。あれは絶対恋愛対象として見てる目だって。私の女子としての
ちなみに莉愛の
今回まともに動いているように見えるのは、実際のところ壊れた歯車同士が上手く噛み合っているだけだったりする。
「その
莉愛の自室にある勉強机。その二段目の引き出しに置いてある現在読み途中の本の名前を上げて対抗する成明。
「なっ、ななななんで成明がそんなこと知ってるのよ!」
ちなみに『花壇の聖女』は全三十四巻で堂々完結しているゾンビ物ハートフル恋愛ストーリーである。
荒廃した世界において襲い来るゾンビ貴族達を倒しながら、唯一貴族でありながらもゾンビにならなかった『狼公爵』との恋愛物語を描いた大人気ベストセラーでもある。
もしかして性癖が終わってるのはクラスだけじゃないのかもしれない。
「昨日お前の家に行った時に机の上に放置されてたじゃねぇか!」
「はー???乙女のプライバシー知らないんですかー?」
「乙女??えっ、ここに乙女は聖女様しかいないけど?」
いや、多分この場に本物の乙女はいないと思う。
「……はぁ、まあいいや。それにしてもごめんね、ロクちゃん。こんな醜いものを見せて」
(いっ、今のが新手の言葉攻めってやつ……!うわうわうわっ、アガってくる~~!クソっ、もっと見せろ!あっ、まていやでもこれを録画して売れば儲けられるか……?)
この場で一番醜いのは、間違いなくそこで勝手に興奮してる聖女である。