悲劇のヒロイン妄想症候群 作:けゆの民
(うわ~っ、ただでさえ幼馴染み特有痴話喧嘩を見せて貰ってるのに、これ以上イチャイチャを見せられたら、役得過ぎてサボテンになっちゃうな……)
人間であることを容易に放棄しようとする似非聖女を背景に、成明と莉愛の二人は言い合いをする。
「まあいいや、七千歩譲って成明が何もしてないとしよう」
おおよそ5kmの譲りスペースを確保し、そして物理的にも距離を取り、手で成明を制しながら莉愛は言う。
「──でも、私がどうして一人で食事をしてるのか忘れたとは言わせないわよ」
視聴覚室の温度が下がっていく。
否、下がったのは成明の体感温度だけであり、それ以外に何ら変化したところは存在していない。
二人が莉愛の方に視線を向けると、その周囲には成明の持ってきた昼食と同じくらいの分量のもの──が2つ、とデザートが並んでいる。
男子高校生が充分な分量だと考える弁当を二つ。更に追加するようにモンブランやクリームパンと言った追加商品。
(なるほど、これがこいつと交換したり「あーん」したりする分ね)
何も理解していないロクがアホ面を晒していた。
女子にしては、どころか人類にしては多めの昼ごはんを目の前にして、いい匂いだなぁとすら思っていた。
「ぃ、いやでも、莉愛。落ち着いて聞いてくれって」
「あ?何?落ち着きたいなら息の根ごと落ち着かせてあげるんだけど」
莉愛が近くに転がっていた鉄パイプを手に取る。
なんでそんなものが近くに転がってるんだ、この学校は。
(お、これはもしかして莉愛、成明を私に寝取られたと思ってるな?それで愛の制裁、ってとこか……)
正解をハンカチで撫でるみたいなニアミス精度の思考を垂れ流しながら、ロクは両手を上げる。
別に私は成明を寝取ろうとしたわけじゃないんです。ただ二人の間柄が縮まるついでに爛恋愛が見れればなと思って、ちょっかいをかける愛のキューピッドみたいなものなんです、と。
そう主張しようと口を開こうとし──
(──いや、私と莉愛の間柄なら視線だけで充分か)
ふんっ、と安心したように目を閉じる。
莉愛と私の間にある“絆の力”がある以上、わざわざ口に出すほうが不粋というもの。
大人しく痴話喧嘩を観察する観葉植物に戻ろう、とロクは近くにあった椅子に座ろうとする。
「え、なんでロクちゃんは他人事みたいな表情をしてるの?」
ピタリ、とロクの動きが止まる。
状況を理解しているかのように、止まりかけの機械らしいギギギ、と音が聞こえてきそうな動きで莉愛へと視線を向ける。
「え?さんにんで、ってこと?もしかして」
本当にこいつの滑舌が死んでてよかったな。
隣にいた成明が、え?やっぱりさっき話してくれたのって……と情緒を破壊されてるのを完全無視しながら、ロクの脳内は違法薬物で満たされていく。
(三人で、ってそれは……ちょっと、流石に特殊な嗜好過ぎませんかね?莉愛さんや)
ドン引きの表情を浮かべながら、一歩その場から後ずさる。
ロクがなりたいのはあくまで観葉植物であり、イチャラブを深めるための触媒ではないのだ。
そんなダシに使われるなんてよくない!倫理的に!と視線で抗議する。
お前が倫理を語るのか……
「……ロクちゃんは本当にわかってなさそうだしいっか。聖女だし」
ロクは聖女パワーで見逃された。
「射角調整。誤差修正。照準確定────」
成明は見逃されなかった。
振りかぶられた鉄パイプは、正確にその延髄を貫通しようとしていた。
脳幹が諦めろと信号を出し、走馬灯を見せようとしてくるなか、大脳が頑張って生存を勧めてくれる。
「よしオッケーっ!今度スイーツバイキング奢るから!」
あ、『デート』のランチにスイーツバイキング付いてたな。
ロクはそんなことを考えた。
命だけは、命ぐらいは見逃してくれたっていいだろ?とおおよそ高校の昼休みだとは思えないスラム街治安が展開される。
(へぇ、この幼馴染みカップルって莉愛優勢なんだ……)
そんなことを考えながら、気配を殺して莉愛の隣に座る。
近くに置いてあるフィナンシェを取ろうとして、ここで取ったらそのまま未来永劫カップル専用パーティーグッズになりそうだな、と本能が警笛を銅鑼で鳴らしてきたので、手を引っ込める。
「今ロクちゃん、フィナンシェ取ろうとしなかった?」
ロクは目を反らした。
私は酸素、私は酸素、私は酸素だから。
追い詰められた状況で、人間にとって必須のものになろうとする辺りに、ロク本来の性格が透けて見えてくる。
「友達なんだから、声をかけてくれればいつでも上げるのに」
「なら、えんりょなくいただきます」
それが日本語だったら文句ないんだけどね、と呟く莉愛を無視してロクはフィナンシェを手に取る。
「えっ、いいんだ……」
処刑台に上げられっぱなしの成明が羨望の眼差しでロクを見る。
「だってロクちゃんは成明に巻き込まれただけでしょ?だったら
「なんかすごい物騒な漢字が浮かんでたけど、気のせいだよね?」
丁度視聴覚室は防音性に優れているから、殺人してもバレにくいねと冗談なのか本気なのかわからない言動をする莉愛を、成明は必死に宥めようとする。
(ヤる……?)
もうお前は一回黙れ。
「……夜ご飯の焼き肉食べ放題もつけて、なら命くらいは助けてあげるわ」
成明の財布が羽のような軽さになることが確定した。
「あ、叙々苑ね」
「クソ、悪魔かよ……」
成明の精神が羽のような軽さになることも確定した。
今度買おうとしていた『異草原物語~俺のDIYは世界最強、庭に生えてる魔草だけで世界制覇です?~第三巻』を諦めることをなくなく決断する。
ちなみに近未来SFアポカリプス・スローライフハーレム物である『異草原物語』の作者は、『花壇の聖女』シリーズと同一人物である。
最新刊は十三巻、現在も更新中である。
成明が買おうとしていたのは、その第十三巻の限定特装版であったりする。
『魂の消失』のようなタイトルで芸術作品として展示されそうな表情をしている成明に、優しい莉愛は慈悲の心を向ける。
「『異草原物語』の特装版は安心なさい。私が買っておくから」
寛大さが海よりも深く、山よりも高い莉愛からの救いの言葉に、成明は平伏し流れるように日本の伝統的感謝表現方法こと土下座を華麗に決める。
「莉愛様、靴を舐めればよろしいでしょうか……?」
プライドとかないのだろうか……
平身低頭している成明を鼻で笑いながら、莉愛は唐揚げを食べる。
(二人とも、随分と不思議な“癖”を持ってるんだなぁ……)
今回ばかりはロクの意見が正しく見えるから不思議である。
だが実情は、幼馴染み特有の気の置けないやり取り。
双方に恋愛感情の「れ」の字もないどころか、そんなことをもし仮に言い出そうものなら全力で鼻で笑った上で一生ネタにし続ける抱腹絶倒モノのギャグだと思われるのが関の山な関係である。
「ま、その特装版限定小説が『花壇の聖女』シリーズとのコラボ小説だったから元々買う予定だったんだけどね」
「チッ、やっぱ悪魔は悪魔だったか……」
近未来SFアポカリプス・スローライフハーレム物とゾンビ物ハートフル恋愛ストーリーがコラボして生まれる小説ってなんだ?
混沌と混沌が合わさって最凶に見えるバグを現実で起こしそうな特典小説に期待のハードルを積み上げまくっている二人が此所にいた。
「は?今成明の生殺与奪を握ってるのが私だって、もう忘れたみたいね」
「よ~し!スイーツバイキング、二日連続にしよっと!」
どうしてこう、自ら罪を嵩まししていくのか……
瞳のハイライトは消え、精魂は尽き果て満身創痍となったボロ雑巾が一枚増えた。
視聴覚室の床がほんの少しだけ綺麗になった。
(ふーん、面白そうじゃんそのバイキングデート。私も準備しなきゃいけないし、日程とか教えて欲しいんだけど)
そして何食わぬ顔で付いていこうとしてる奴がいた。
優しい莉愛はそんなロクの気持ちを悟ってか、食べ歩きデートに誘う。
「あ、ロクちゃんも来る?もちろんそこの死体の奢りで」
床に転がってる死体がビクンと跳ねた。
死後硬直かな?