悲劇のヒロイン妄想症候群 作:けゆの民
視聴覚室に転がってる100均ボロ雑巾を肴にしながら、莉愛とロクが和気藹々と昼ごはんを食べる。
「ロクちゃん、これいる? カップケーキ」
「うん」
少しは日本語を話そうという姿勢を見せろ。
昼下がりの平和なやり取りを血涙を流しながら眺めているのは財布の中身まで漁られた死体こと、佐藤成明である。
莉愛に高級焼肉を奢るどころか、ロクにまで奢ることになり小遣いどころか売る臓器すらなくなろうとしている彼だが、この状況を意外にも幸運だと考えていた。
(余計な
出会ってから10年を余裕で越えるのに有象扱いされた莉愛は、持ち前の
だが莉愛は優しいので、焼肉で食べ放題じゃなくて単品毎に頼むことへの変更を条件に、心の中で許した。
(途中で上手いこと、こう……不純物を濾過して出来ないものか……)
心の中で不純物を飼い殺ししている似非聖女の本心には、微塵も気付かずに、次の休日への期待を膨らませている成明。
「うん、このカップケーキはおいしい。こんどのイチャイチャデートにもついていけるし、これはせきはんあんけんか? 」
うっとりとしながらカップケーキを食べるロクに視線が固定されながらも成明は考える。
どうやったらもっとこの転校聖女様と仲良くなれるのか、と。
さっきまで隣にいたせいか、彼女の優しいふんわりとした香りが脳裏によぎる。
勉強も出来ていそうだったし、授業は困っているにしても俺より莉愛のほうが聞きやすいだろうし……と悩み、とにもかくにもロクのことを知らな過ぎるということに気づく。
よしそれならばと埃を叩きつつ立ち上がり、仲良くなるためにロクのことを知っておこうと口を開く。
「ロクさんの個人情報をもう少し知りたいんだけど」
──紛れもない不審者である。
莉愛はどこからか取り出した防犯ブザーに手をかける。
次に迂闊な動きをした瞬間に社会的地位と共に生存権を剥奪するぞ、という視線が成明を襲う。
弁解しようにも、防犯ブザーの守護神が存在している以上迂闊に動けない成明は、許してくれ誤解なんだとロクへと縋るような視線を送る。
本当に誤解か?
(うんうん、確かに自分の彼女に近付く新しい女の素性は気になるよね! ふとした時に、こういう独占欲が見え隠れするところも女子的採点ポイントとしてgood!)
お前が女子を語るの?
全く気にしていないどころか、成明の言葉がまさか自分へのセクハラ擬きになっていると微塵も思っていないロクは気分を良くする。
よし!このままの勢いで昼休みだけどやっちゃえ!などと不埒な思考を回すくらいには、脳内に余裕があった。
(うーん、でも私の話か……いいけど、なんか話すようなことあったっけ?)
ロクはここまでの自身の生活を振り返り、されどそこまで特筆すべき事項がないことから、成明にどう説明すればいいかを悩んでいた。
「……?」
話したいことが定まっていないことも重なり、普段よりも何倍か増した終焉滑舌を披露したロクはやらかしたな、と思う。
案の定ともいうべきか、成明は余計首を傾げて聞き直す。
「あー、えっとごめん。例えばほら、好きな食べ物……」
成明の視界に、ロクが現在進行形で頬張っている大量のお菓子類が入る。
聞くまでもないことだ。
「得意なこと……」
脳裏に、1時間目の恐怖に似た感情が呼び起こされる。
考えるまでもないことだ。
「こいびと……」
ロクさんに限ってそういうことはなさそうだ、いや!あって欲しくない!ないと信じたい!真実を知りたくない!と閉口する。
お通夜なのか合コン会場なのか、どっちかわからない雰囲気が漂う。
「はぁ、もうなんでヘタれるかなぁ、成明は。で、ロクちゃん、どうなの?」
(え?私から見て莉愛成明カップルがどうかって?)
誰もお前の意見は聞いてない。
ロクはうーん、と考え△の印を出す。
「三角……?」
二人が困惑する。
マルバツで答えろよ。
ロクは恋人がいるかどうかを聞かれて「いるわけでもいないわけでもない」と答える人類になった。
愛人か妾あたりにでもなったのかな?
「えっと……どういうこと、ロク、さん?」
事実を知りたくない悪魔の成明と、真実が願望通りであると願う悪魔の成明が鬩ぎ合い、絶妙な言葉遣いになる。
天使は死滅した。
(確かにあれだよ?幼馴染み恋愛コンビっていうのは高校生になってから結ばれるパターンよりも長く寄り添ってきただけあって一種の熟年夫婦みたいな感じが醸し出されて、熟成された白ワインみたいな味わいはするのよ。でも莉愛と成明のペアからはまだそんな感じがしないというか、恋人っていうより親友の延長線上みたいなイメージを強く受けるわけよ。恋愛ソムリエの私からすれば?この状況も確かに“味”があると思えるよ?でもこれじゃあちょっと初心者にとっては癖が強い味になっちゃうかなって思うわけでして。だからなので私としては莉愛と成明には遊園地デートだかお泊まりデートだかでしっぽりと過ごして距離感を親友のそれから恋人、更に一足飛びして夫婦みたいになってくれればいいと思うわけで。いやでも待てよ、親友っていうよりこの二人の関係性は“家族”では?家族だとすればそれはもう夫婦という段階を通り越した最終完成形といっても過言ではない。このロクとしたことが見落としていた──つまりそう考えればこの莉愛と成明のペアは私が口を出すまでもなくパーフェクト・いちゃラブカップルなのでは??くっ、私の目が三次元に負けただと……!?そんなことあり得るはずがない、私はこれでもクソゲーから神ゲーまであらゆる種類の恋愛シュミレーションゲームを男性用から女性用まで全て踏破したパーフェクト恋愛マスターだぞ……!高速シューティング海中遊泳恋愛ゲームからバグ技のせいでヒロインと主人公の顔面が崩壊して醤油皿になる王道RPG恋愛ゲームまで制覇した、『恋愛王者』ロク・モロフルだぞ……!そんな、私がっ、見落としたというのか……!なるほど、世界は、ひろい、な……)
やっぱり答えるな、黙っておけ。
妄言も天元突破すると無駄に説得力を帯び始め、悟りの境地へと片足突っ込むことになる。
考えたくもない真実を、目の前の似非聖女がその存在を用いて証明する。
成明と莉愛は、得体の知れない悪寒を覚えた。
恐る恐る、莉愛が口を開く。
「えっと…三角、さんかく、ってことは……ロクちゃん……
誰かに脅されてるってこと!?」
違う。
「脅されて付き合わされてる!???」
違う。断じてそんなことはない。
(え??莉愛と成明のペアって誰かに脅されて付き合ってないムーブをさせられてるの???)
お前はもうなんか色々違う。